チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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反響がありましたので、少しだけ続きを製作しました。
次回は掲示板編をやって『笑ってはいけないシリーズ』終了の予定ですが‥‥突然、予定が変わることもありますのでご了承の程と過度な期待はされないでください。

一部キャラ崩壊も継続してありますのでご注意ください。


番外編15 if 笑ってはいけないアイドル24時 その2

どうも、私を見ているであろう皆様。

346プロの年末企画として『笑ってはいけないアイドル24時』に挑戦することになってしまいました。

企画自体は先程始まったばかりなのですが、進行役を務めるのが似非っぽい広島弁を話す美波だったり、シンデレラ・プロジェクトのユニット衣装を着せられたり、バスには大きくてへぺろ顔の心が描かれていたりと既にネタのオンパレードで早くも食傷気味です。

良くも悪くも我が346プロは業界最大数の所属アイドルを誇りますから、仕掛け人の選別には困ることはないでしょう。

しかもその所属アイドル達も其々が独自の個性を持っており、活かし方次第で凶悪な刺客になること間違いなしです。

本当に今からでも辞退できるなら辞退したいのですが、請け負った仕事を投げ出すのは私の流儀に反しますので精一杯頑張らせてもらいましょう。

因みに、現在は346プロダクション通勤用バス『SH(シュガーハート)号』に揺られて、美城本社を目指している最中です。

本家と同じようにあからさまな遠回りで向かっているのですが、ここでツッコミを入れても進路変更はないでしょうね。

因みに席順は運転席側から瑞樹、楓、私、ちひろ、菜々の順番になっています。

 

 

「始まったわね」

 

 

沈黙が支配していた車内で、最初に口を開いたのはやはり瑞樹でした。

いつものメンバーにおいて何かと企画を立案する発起人を務めることが多いですから、そうではないかと思っていましたよ。

きっと学生時代は委員長とかで色々仕切っていたのでしょうね。

 

 

「何で私達が選ばれたんでしょうね」

 

「菜々はJKなのに‥‥」

 

 

本当に現役女子高生だったら労働基準法に抵触するので撮影不可になるでしょう。

それに菜々が本当は私達と同年代だという事は、恐らくファンであれば9割以上が、そうでなくても半数以上の人間が知っていると思いますよ。

一応、『ウサミンの年齢に触れてよいのは自爆芸を披露した時のみ』という暗黙の了解があるようですから、積極的な拡散はされていないようです。

本当にこの世界のアイドルに関わる人やファン達は、色々と訓練され過ぎでしょう。

 

 

「JKじゃ()()()‥‥ふふっ」

 

「「「「あっ‥‥」」」」

 

『高垣 アウト』

 

 

この企画の事をすっかり忘れていたのか、いつも通りに駄洒落を言って楓が自爆しました。

お馴染みの音楽の後に美波の声で楓のアウトが告げられ、バスが止まります。

SH号の後ろを付いて来ていたハイエースからお仕置き部隊の仕置人が、懲罰棒を携えて意気揚々という感じで乗り込んできました。

美城の社員内で倍率百数倍の選抜試験を潜り抜けたアイドルのお尻を叩いても興奮し過ぎず、自身を律し続けることができる紳士は、ゆっくりと丁寧に楓に受刑態勢をとるように促します。

 

 

「お、お手柔らかにお願いします」

 

 

思ったよりも恐ろしく見える懲罰棒とそれを構える仕置人に、楓は若干引きつった笑みを浮かべてお願いします。

仕置人もリアクションが売りのお笑い芸人ではなく、夢と笑顔を振り撒くアイドル相手なのですからそこまで酷いことにはならないでしょう。

 

 

「いったい!」

 

 

そう思っていた時期が私にもありました。

懲罰棒自体はアイドルの肌に青あざなどを作ってしまわないよう、本家のものよりも柔らかい素材でできています。

ですが、狭いバスの車内でも無駄に高い仕置人の技量により、罰ゲームとして十分過ぎる威力を発揮できるようですね。

誰がこんなことに本気を出せと言ったのでしょうか、そこまで痛くなくても私達だって演技はするというのに。

処刑第1号となってしまった楓は、叩かれた部分を軽く擦りながら座ります。

どういった理由かは知りませんが、運転手を務めている土生部長は楓がちゃんと座ったことを確認してから再びバスを進め始めました。

 

 

「えっと‥‥私達も笑ったらアレを受けるんですか?」

 

「そうですね」

 

 

目の前で起きたことを認めたくないちひろの問いかけに対して現実を突きつけます。

例え罰ゲームのレベルが想定を超えていたとしてもカメラが回ってしまえば、アイドルに逃げ場など何処にもないのですから。

 

 

「えっ、これ不味くない?」

 

「菜々の腰‥‥持ってくれるでしょうか?」

 

「みんな、ひどいです!私の心配もしてください!」

 

 

罰ゲームを受けたのに他のメンバーから一切心配されないことに不満を持った楓が、子供っぽく頬を膨らませて抗議しますが私達はそれを軽く受け流します。

瞬間的な痛みはあれどそこまでダメージがないのは、楓の様子を見ればわかりますので自身の心配で手一杯なのですよ。

我が身可愛さと言いますか、楓の方を見てしまって罰ゲームの連鎖に巻き込まれたくないのです。

私の場合あの程度の懲罰棒では欠片もダメージは入らないでしょうが、それでも叩かれる回数は少ないことに越したことはありません。

 

 

「いや、自爆する方が悪いでしょう」

 

「笑ってはいけないって、わかってたじゃないですか」

 

「楓、ちらないもん!」

 

『千川、安部 アウト』

 

 

楓の突然の幼児退行にちひろと菜々が罰ゲームの犠牲者となりました。

こんな仲間割れを誘発するような行為をしてくるのなら、私も厨二言語の解放せざるを得なくなるでしょう。

ですが、今はまだその時ではありません。こういったものは周囲の流れを感じ取り、ここぞとばかりに使用するからこそ威力を発揮するのです。

むやみやたらに抜かれ振るわれる刀は名刀に非ず、一度抜いたら血を吸わせてからでなければ納めてはいけないとも言われているククリのように必殺の意志を持って解き放ってこそでしょう。

 

 

「もう!楓さん、卑怯で‥‥あいたっ!」

 

「な、菜々の腰はガラス製なのでソフトにィッ!!」

 

 

懲罰棒の味に2人共情けない顔をカメラに曝していますが、視聴者サービスとしては文句なしなので番組側としては大歓迎でしょうね。

2人を道連れにすることができたことで満足したのか、楓は鼻歌を歌い始めました。

顔も満面の笑みという感じですし、監視班と思われる人も判定に困っているようですが限りなく黒に近いグレーとして処理するのでしょう。

 

 

「あんた達、仲間割れはやめなさいよ」

 

「楓さんに言ってくださいよ!」

 

「ホントですよ!結構痛いんですからね!」

 

 

罰ゲームを受けた事で少々気が立っているのか、ちひろと菜々は楓の事を恨みの籠った視線を向けています。

その穿たんばかりの視線の射線上には間に座る私がいるので勘弁してもらいたいのですが、嵌められた側からすれば無理な話でしょう。

開始10分も経っていないというのに早くも険悪なムードが漂うのは、あまりよくありませんね。

恐らく、そろそろ第一の刺客が現れる頃でしょうから、その人がこの雰囲気を吹き飛ばしてくれることを願います。

 

 

「というか、七実さん達も笑いましょうよ!」

 

「そうです!菜々達は一蓮托生でしょう!」

 

 

まだ興奮冷めやらぬのか、とうとう矛先がまだ罰ゲームを受けていない私達の方に向いてきました。

 

 

「無茶言わないでください。まだ、何も起きていないのに」

 

「こういうのはねぇ、笑わないって意識すると沸点が低くなるから自然体が良いのよ」

 

 

楓の駄洒落が微妙なのは通常運行ですし、幼児退行なんていつもの飲みの席で嫌という程に見ていますから、今更笑う要素がありません。

2人もその筈なのですが、笑ってはいけないという気負いの所為か余計に笑いやすくなっているようですね。

何も見えない闇に飲まれるような、これから先のことを憂慮しているとSH号は大きめの駐車場へと入っていきます。

勿論美城本社に着いたわけではありませんので、とうとうこの企画が本当に牙を剥く時間が訪れたのでしょう。

先程まで荒ぶっていた2人も刺客に備える為に、口を閉ざして扉の方を見つめます。

バス特有の開閉音が車内に響き、空気圧の抜ける音と共に扉が開かれました。

さて、鬼が出るか蛇が出るかの運命の瞬間ですね。

 

 

「コンニチハロー♪」

 

『川島、高垣、千川、安部 アウト』

 

 

開かれた扉から勢いよく飛び込んできたフレデリカに私以外のメンバーが撃沈しました。

フリーダムさだけならアーニャすら凌駕する存在自体が喜劇と呼ばれ笑いを誘うというのに、巨大なチューリップの花形をした頭部、木の幹のような胴体、巨大な葉っぱの腕をもつ『うえきちゃん』と呼ばれるLiPPS考案の謎ゆるキャラスタイルで来られたら当然の結果でしょう。

つい先程この雰囲気を吹き飛ばしてくれるような人が来ることを望みましたが、誰がこんな核爆弾クラスを持って来いと願いましたか。

このうえきちゃんスタイルは脚部に当たる部分が黒い固定具になっている為、自分で移動することが不可能なのでお仕置き部隊の人間が運んでいます。

最初の刺客でこれとは、本当に気を引き締めなければ笑い殺されますね。

 

 

「これ無理ですって!‥‥きゃい!‥‥だから、ソフトにぃ」

 

「もう帰りたい‥‥みゃあ!」

 

「ふふっ、ふふふ‥‥いたっ!」

 

「スタッフ、本気出し過ぎよ!‥‥アタッ!」

 

 

うえきちゃんを倒れないように固定した後、お仕置き部隊のメンバーは罰ゲームを執行していきました。

容赦ない快音を響かせていく懲罰棒は、早くも多くの活躍の機会を貰え喜んでいるようにも思えます。

 

 

「改めてコンニチハロー♪346の非公認マスコット、うえきちゃんだよ♪

どうかな、この挨拶?日本語とフランス語を混ぜてみようと思って!けど‥‥ハローって日本語だったね♪」

 

『全員 アウト』

 

 

こんな絶えることなく機関銃の様に吐き出されるフリーダム会話、どう耐えろというのです。

登場シーンは何とか耐えきりましたが、これは無理でした。

想定よりも早くこの瞬間が訪れてしまったことに溜息をつきながら席を立ち、受刑態勢をとります。

開かれたままの扉からお仕置き部隊が入ってきたのですが、その中の1人が持っている懲罰棒は他の者が持つものと明らかに違いました。

黒檀製と思われる長さ1.2m、厚さ5cmはあるであろう警策には、不動明王を示す梵字と『渡 七実専用』と白い墨を使い達筆で記されています。

どうやら、普通の懲罰棒では私にダメージを与えることができないとわかっているのか、特別製の物を用意してくれたようですね。

その温かい配慮に思わず感動して涙を流してしまいそうです。勿論、皮肉ですが。

たった一度の企画の為に高価な黒檀を使った懲罰棒を製作するなんて、その費用に見合った視聴率を獲得できるのか心配になります。

この程度の散財で美城の柱は揺るがないでしょうが、悪ノリを一度許してしまうと際限なくやる人間もいますから注意が必要でしょう。

まあ、その辺は専務や昼行燈達が上手く手綱を握るでしょう。

 

 

「な、なんですか、アレ!くぅッ!」

 

「七実さんだけひどくありま、せんッ!」

 

「ハローが日本語って、日本語ってェッ!!」

 

「やっぱり、この娘最強よ。もうッ!」

 

 

まず通常懲罰棒を持ったお仕置き部隊員が私以外に罰を執行します。

そして、他の部隊員が撤収した後に私担当の部隊員が警策を振りかぶり、溜をつくって狙いをしっかり定め勢いよく振り下ろしました。

堅くも木材としての柔軟性を持つ黒檀が空気を裂きながら進み、私の臀部を強かに打ち付けます。

 

 

「‥‥なるほど」

 

 

この企画の罰ゲームとは、想定通りなかなかの過酷さがあるようですね。

チートボディで威力は9割方逃しましたが、それでも受ける衝撃をゼロにすることはできません。

というか、あのお仕置き部隊員の人から容赦のよの字も感じられなかったのですが、これは私であればこのくらいどうってことないという信頼感からの行動でしょうか。

しかし、横薙ぎではなくあえて自重と重力加速を合わせた振り下ろしを選択した件について、真壁さんには何かしらの報復が必要ですね。

私の母校で教鞭をとっている奥さんにちょっと情報提供をしておきましょう。

 

 

「ワォ!痛そうだねぇ‥‥お尻、大丈夫?」

 

「ええ」

 

 

お仕置きが終わったことで、再び驚異のフレデリカワールドが展開されます。

心配そうに声をかけてくれましたが、他のメンバー達は口を開くと笑いの罠に引っかかる予感がある為か口を閉ざしているので私が代表して応えました。

 

 

「えっと、何の話してたっけ?フレちゃんのしるぶぷれ~♪百選?それとも周子ちゃん達と人助けユニットを組んだ時の話かな?」

 

 

手に当たる葉の部分を上下に揺らしながら笑顔で話しかけてくるフレデリカに、笑いの沸点がかなり低いメンバー達は早くも崩壊寸前です。

しかし、周子たちと一緒に組んだ専務の悩みの種と化しているお助けという名のフリーダムユニットについてはわかりますが、シルブプレ百選とはいったい何なのでしょうね。

フレデリカが延々と様々なシチュエーションでシルブプレと言い続けるものなのでしょうか、需要がない訳ではありませんが購入者層が限定され過ぎていて商品化するには少々決め手に欠けます。

私達は企業なので商品を製作するならばそれ相応の利益を確保することが求められますから、面白そうというだけでは理由にはなりません。

 

 

「違いますよ。新しい挨拶がどうこうといった話です」

 

「ああ!そうだったね!フレちゃん、うっかり♪

でも、今は朝だし、芸能界は夜でも『おはようございます』だから、コンニチハローは流行らないよねぇ。

だったら、『おはようございます』と『グッドモーニング』を合わせたら‥‥『モーニングございます』?何だか、喫茶店みたいだね♪」

 

 

『川島、高垣、千川、安部 アウト』

 

 

勢力拡大を続けるフレデリカワールドにお仕置きのペースが加速していきます。

この拷問のような時間を終える頃には、私達は何度懲罰棒の餌食になっているのでしょうか。

情けない声を出しながらお仕置きを受ける4人に同情しながら、まだまだ撤退の兆しを見せないフレデリカに備えます。

 

 

「菜々が何したって言うんですか‥‥こんなの若い人の仕事ですよ」

 

「楓さん、気を強く持ちましょう」

 

「‥‥帰りたい」

 

「後、23時間近くあるのよね‥‥わからないわ」

 

 

早くも心が折れかけている人間もいますが、ギブアップは認められていないのでまだまだこの地獄に付き合っていくしかありません。

菜々が自爆フレーズを呟いていますが、いつものことなので放置しても大丈夫でしょう。

 

 

「モーニングございます!

 

あら、今日のメニューは何かしら?

 

はい、焼き魚と味噌汁、納豆、たまご、そして産地や研ぎ方、炊き方にもこだわったコシヒカリのご飯です」

 

「それは、モーニングというより普通の朝ご飯では?」

 

『高垣、千川 アウト』

 

 

1人で寸劇を始めたフレデリカにツッコミを入れると両隣に座っていた2人が笑ってしまいました。

そんなつもりはなかったのですが、最近バラエティ番組の出演が多かったせいかついツッコミを入れてしまうようになってしまったのです。

これもバラエティ系の企画ではありますが、下手なツッコミは笑いを助長するので悪手以外の何物でもありません。

 

 

「ツッコまなくていいじゃないですか!キャッ!」

 

「もう、七実さん!本当にやめてくださ、いつッ!」

 

「すみません、つい」

 

 

お仕置きを受けながら物凄い視線を向けられたので、素直に謝罪しておきます。

 

 

「いや、今の七実はひどいわ」

 

「菜々もそれは考えていましたけど、あえて言わなかったのに」

 

 

たった1度ツッコミを入れてしまっただけなのにひどい言われようですね。

私に非がある以上は何も言い返すことができませんし、ここでの仲間割れは23時間以上時間を残している耐久系企画において致命傷となり得ます。

 

 

「う~~ん、確かにモーニングといえばパンだけど‥‥今日はご飯な気分だから」

 

「そうなんですか」

 

「でも、明日はパスタな気分かな♪」

 

「なら、ありすに伝えておきま「それは、やめて」‥‥はい」

 

『全員 アウト』

 

 

私の言葉を遮るように真顔でお願いしてきたフレデリカに、私達は見事にやられてしまいました。

絶対に、今のは素の反応でしたね。再び特別製の警策の一撃と他メンバーからの咎める視線を受けながら、そう確信します。

確かに『橘流イタリアン いちごパスタ』はいちごソースや生クリーム、カットいちごにブルーベリーが添えられた、まさに言葉を失う一品でしたね。

頑張って作ったいちごパスタが残ってしまって、ありすが泣いてしまわないように私と弟子2人で6人前はあった大皿を平らげたことがあります。

脳がパスタと言えば、トマトソースやクリームソースといったものと絡んでいるという先入観から最初こそ拒絶反応的なものがありました。

ですが、慣れてしまえばこういった食べ物であると普通に食べることができる味でしたね。

甘味と酸味もどちらかに偏り過ぎず、いちごソースが絡み薄い桃色に染まったパスタに生クリームのコクが加わることで味の暴走を優しく受け止めてくれます。

まだまだ調理過程や食材の下処理において改良の余地はありますが、それをするくらいだったら普通にパスタで一品、いちごを使ったデザートを作った方が建設的ですが。

因みにこのいちごパスタに対する弟子2人の反応は、味噌ココアボルシチに慣れ親しんだアーニャは最初から苦も無く普通に食べ、味覚も常識的なみくの方は一口目こそ表情を硬くしましたが何とか耐えきってゆっくりと食べ進めていました。

その後数日間、みくはいちごに対して拒否反応を示すようになったそうです。

フレデリカの表情を見る限り、どうやらいちごパスタは経験済みのようですね。

同じプロジェクトクローネのメンバーですし、周子と一緒に何かと絡んでいるそうですからきっと日頃のお礼といった理由で振舞われたのでしょう。

完全な善意として振舞われた品を無下に断ることなどできる2人ではありませんから、ありすを泣かせてしまわない為に頑張って完食したのでしょうね。

 

 

「あっ、そろそろレッスンの時間だ。じゃあ、しぃ~ゆぅ~♪」

 

 

どうやら、フレデリカワールドもここで時間切れの様です。

再び現れたお仕置き部隊のうえきちゃん輸送班によって搬出されてゆくフレデリカを見送りながら、私達は示し合わせたわけでもなく同時に安堵の溜息をつきました。

10分にも満たない短い時間でしたが、それでも大戦果といっても過言ではないでしょう。

出だしからこのペースだと現在一番笑っている楓は、最終的な回数が200の大台に乗るは間違いないと断言できます。

 

 

「「「「「‥‥」」」」」

 

 

フレデリカが去った後の車内に早くも気まずい空気が流れ出しました。

4人共アイドルがしても良い限界ギリギリを攻めるような、素に近い表情をしています。

こういった時にムードメーカーとして活躍してくれるのは一番精神年齢が幼く、無駄に元気溢れる楓なのですが、今回は一番気落ちしている為それは見込めません。

考えるまでもなく、私が頑張るしかないようですね。

 

 

「とりあえず、気を持ち直しましょうか」

 

「むぅ~~りぃ~~」

 

「‥‥楓、その似ても似つかないそれは乃々の真似ですか?」

 

『川島、千川 アウト』

 

 

場の空気を紛らわそうとしたのに、似てない乃々の真似をしてきた楓の所為でつい声のトーンが落ちてしまいました。

 

 

「最近、七実さんが乃々ちゃんを気に入ってるのは知ってましたけ、どォッ!」

 

「だからって、なんでそこで怒るの、よッ!」

 

 

最近デビューを果たした森久保 乃々というアイドルは、小動物チックな行動と自信のなさが表れているネガティブ気味な言動が私に守護らねばという気持ちを抱かせるのです。

私と同じようにお節介焼き気質な凛もそう思っているようで、ラジオで共演して以来何かと気にかけて一緒に仕事をしているようですね。

乃々の性格上、己の肉体を賭して言葉の弾丸が飛び交う激戦区駆け抜けるバラエティ番組は鬼門ともいえるので、私はなかなか一緒に仕事をすることができません。

それに強大な存在を敏感に察知する小動物的なセンサーか何かに引っかかるのか、私が近づくと机の下に隠れてしまいます。

まあ、そんな娘を甘やかしてゆっくりと懐かせるというのも楽しみの1つですので、気長に頑張っていくつもりですよ。

 

 

「いや、乃々とこの25歳児、どちらが愛らしいか語るまでもないでしょう?」

 

「‥‥パパ、酷い」

 

「娘よ‥‥何故、敢えて鬼にならんとするこの父の気持ちをわからぬ!」

 

『高垣 アウト』

 

 

いつも同じ返しをすると思わないことですね。

揶揄うように『パパ』呼ばわりしてきた楓に、オペラのような大仰な仕草を交えながら返してやりました。

厨二とは違いますが、これでも効果は十二分であることが証明されたでしょう。

アウト判定を取られたのは楓だけでしたが、菜々やちひろもアウトになってもおかしくないグレーゾーンな表情をしていました。

 

 

「卑怯、卑怯卑怯ひきょう、ひぎょッ!」

 

『川島 アウト』

 

 

想定外の返しに呪詛のように卑怯と呟きながらお仕置き受けた楓の変な声に、笑いの連鎖が生じて隣に座っていた瑞樹が巻き込まれます。

今の声はファンに聞かせたら不味いだろうと、後で編集班に直談判をしなければならないと思わせるほどにひどい声でしたね。

例えるなら引きつったペンギンの鳴き声でしょうか。

 

 

「周りを巻き込むのはやめなさいよ!もうッ!」

 

「なんでしょう‥‥菜々、もうこの空気に馴染みつつあります」

 

「菜々さん、バラエティ馴れしてますもんね」

 

 

私と同じくバラエティ系の番組で活躍することが多い菜々は、早くも覚悟を決めきったようでセオリーの復習を始めました。

そんな菜々を見て、ちひろが物凄く同情的な視線を向けます。

確かにそうしたくなる気持ちは解らないでもないですが、それは例え身体が追い付かなくても心まではそうならない菜々に対する侮辱にしかなりません。

ですが、今度武内Pに真っ当なアイドルらしい仕事を回してあげられないかと打診しておきましょう。

 

 

「とりあえず、今後も襲い来るであろう刺客に備えましょうか」

 

 

再び動き出した車内で、私は再び空気を一新するように発言します。

今度は茶化すのは無しだとアイコンタクトで厳命していますし、わざわざお仕置きを受けにいきたいと思うドMな性癖は持ち合わせていないはずなので大丈夫でしょう。

 

 

「最初から346プロ最強格を持ってくるあたり、番組側も本気よね?」

 

「菜々の経験上、ここからも同等の刺客が来ますよ」

 

「七実さん達の苦労がわかった気がします」

 

「お酒飲みたい‥‥」

 

 

約1名現実逃避をしている人間が居ますが、その他のメンバーは私の意見に賛同してくれたようですね。

フレデリカはあくまで前座であると私の勘も告げているので、これからも厄介な笑いの刺客たちが次々に襲い掛かってくるのは確定でしょう。

346プロの定番ネタは勿論のこと、元ネタをリスペクトしたネタも豊富に取り揃えているでしょうから、油断すると私達の腹筋はそれはもう鍛え上げられるに違いありません。

 

 

「バスでの刺客って、だいたい何組くらいでしたっけ?」

 

「確か平均3組くらいだったと思いますよ」

 

「つまり、後2組は覚悟した方が良いと」

 

「でしょうね」

 

 

最初の刺客にすら甚大な被害を被ったというのに、それと同等の刺客が後2回は来る可能性が高いと知り、ちひろの笑顔が固くなりました。

そんな笑顔では346プロを代表する笑顔評論家である武内Pから、厳しい言葉を貰うことになるでしょうね。

 

 

「というか、七実さんだけお仕置き棒が酷くないですか?」

 

「同じものだったら不公平だ!って思ってたけど、あれって殆ど木刀じゃない。大丈夫なの?」

 

 

フレデリカショックで後回しにされていましたが、話題は私専用懲罰棒についてとなりました。

他のメンバーが受けたら冗談にならないレベルのダメージが与えられる特製警策ではありますが、問題はありません。

 

 

「ええ、全く」

 

「七実さんって、耐久力も規格外ですよね」

 

「鍛えてますから」

 

 

剥き出しの右腕の筋肉を誇示するように力瘤を作り、そう答えます。

本気で私にダメージを与えたいのなら七花レベルの存在を連れてこなければ、不可能でしょう。

 

 

「でも、七実さんの筋肉って柔らかいんですよね」

 

「楓‥‥一応撮影されているのですから、もたれ掛かるのはやめなさい」

 

 

トップアスリート達を見稽古して作り上げられたこのチートボディは全身が上質な筋肉で構成されている為、その見た目に反してそこまで力が入っていない平時ではかなりの柔らかさを誇ります。

それに加えて私は全身の筋肉の張り具合を調整できますので、やろうと思えば頭部に絶妙な具合でフィットする肉枕を創造することができるのです。

今日までに数多のアイドル達を虜にした膝枕も、これのちょっとした応用というやつですね。

 

 

「でも、いい感じの高さなんですよ?」

 

「理由になってません」

 

 

長丁場になるのですから、こんな序盤でへたばっていたらこの先生き残れませんよ。

それを伝えようとしたら、SH号が再び大きめの駐車場へと侵入していきます。

この流れは確実に次の刺客が待機している場所へと辿り着いてしまったという事なのでしょうが、いくら何でもペースが早過ぎますね。

他のメンバー達も同意見なのか、顔が強張って会話が途絶えました。

集合場所が美城本社からあまり遠くない公園だった時点で嫌な予感は覚えていたのですが、まさか刺客のペースを縮めてくるとは思いたくありませんでしたよ。

無理に予定を詰め込むと破綻してしまいかねませんので、余裕を持った計画を立てることをお勧めします。

そんな私の思いやりを無視するかのように、開閉音と共に扉が開かれました。

いったい、次はどんな刺客が現れるのでしょうか。

 

 

「きゃっぴぴぴぴ~ん!まっこまこりーん♪みんなのアイドル、菊地真ちゃんなりよ~!」

 

『川島、高垣、千川 アウト』

 

 

開いた扉から満点の笑顔で颯爽登場したのは、ピンクを基調とした甘ロリ系ファッションに身を包んだ765プロを代表するイケメンアイドル菊地 真さんでした。

前世知識で菊地さんは外見こそイケメンですが、中身は女の子らしい格好や少女漫画に憧れたりする普通の女の子である事を知っています。

そんな思いをネタにするような真似をしてしまい、笑いよりも申し訳なさで心が一杯ですよ。

本当にこの番組の企画班が申し訳ありません。

 

 

「これ以上はお尻が大変なことになりますってぇ!」

 

「ごめんなさい、本当にうちのプロダクションがごめんなさいぃ!」

 

「これ他のプロにも声かけてるわけぇッ!」

 

 

アイドル達がお尻をしばかれる光景を目の当たりにしながらも、一切表情を変えないあたり765プロのバラエティ馴れを感じます。

うちの幸子ちゃんとトップバラドルの座を懸けて覇を競い合っている天海 春香を擁しているだけのことはありますね。

 

 

「あれれぇ~~ボク、ここで待ち合わせてるんだけどぉ?皆さん知りません?」

 

「いえ、知りません」

 

「菜々もです」

 

 

愛読している少女漫画に影響された所為か、かなり暴走した女の子らしさアピールを見て私の居た堪れなさゲージは天元突破しそうな勢いで上り詰めています。

いや、本当に笑えないんですよ。これ。

笑いのツボは人それぞれなのでケチを付けるつもりはありませんが、私にはこのネタは受け付けられません。

笑いという一点ならば先程のフレデリカの方がダメージは大きいでしょうが、罰ゲーム的な地獄レベルではこちらの方が格段に上です。

笑ってはいけない企画で笑わないことが、こんなにも苦痛になるとは想定していませんでした。

 

 

「おかしいなぁ、どうしたんだろ?」

 

「ごっめ~~ん!」

 

 

ここでもう1人の刺客がやってきたようですが、私の耳に入ってきた声からして脳内で警鐘が鳴り止みません。

まるで見てはいけない深淵を覗き込もうとして、深淵から頂上的な存在に覗き返されてしまった探索者のような気分です。

違っていてほしいと願いますが、私の人類の極限たる聴覚と解析スキルが無情にそれはないと残酷に伝えてきました。

ネタの傾向と相手が解っていても、これは笑ってしまうでしょうね。予測可能回避不可能というやつです。

 

 

「なっつなつき~ん♪スーパーロックアイドル、木村 なつきちちゃんだぜッ!」

 

『渡、高垣、安部 アウト』

 

 

菊地さんが待ち合わせていた相手は、うちのイケメンアイドル枠である夏樹でした。

いつものクールでロックなハートを感じさせる装いとは打って変わって、気合の入っているリーゼントスタイルを解き、菊地さんの着ているものと似たクリーム色の甘ロリ衣装を纏った姿はいつぞやのメイド服を思い出しますね。

ですが、肩に担がれたギターケースにロッカーとしての確固たる意志と魂を感じます。

ポージングも無駄にキレがあって完成度も高く、イベント限定ユニットを組んだこともある私と菜々がこれを耐え切ることなど不可能でしょう。

 

 

「笑っちゃダメだ、笑っちゃダメだ笑っちゃダメだ、笑っちゃダメェ!」

 

「なつきちちゃん!貴方はこっちに来ちゃ駄目でしょォ!」

 

「足を踏ん張り、腰を入れましょう。そんなことでは、私にダメージを与えられませんよ」

 

『千川 アウト』

 

 

急いでいる為か警策の振るい方が雑になっていたので、アドバイスを入れるとちひろが撃沈しました。

 

 

「なんで、お仕置きのアドバイスなんかするんですか!バカでしょう!?バカバカバカァ!」

 

「馬鹿呼ばわりは酷いですね。強いて言うならば、何となくですよ」

 

「それをバカって言うんですよ!」

 

 

連鎖に巻き込まれた所為か、若干興奮気味のちひろですが撮影中ともあり、すぐに気持ちを切り替えて席に座りました。

そんな様子を見て夏樹や菊地さんは、お仕置きの心配がないので存分に笑っています。

 

 

「もう、なつきちちゃん、遅ぉ~い。何してたのぉ?」

 

「服を選んでたのぉ♪」

 

 

普段の2人からは程遠い甘えるような猫撫で声での会話に、早くも他のメンバーの腹筋は崩壊寸前です。

かく言う私も、先程までは全く笑える気がしませんでしたが、夏樹が加わったことによって居た堪れなさが軽減されちょっとまずいですね。

さっきから思うのですが、色々際どい所を攻めていってこれちゃんと放映できるのでしょうか。

準備や出演料に掛かった費用を含む諸々から考えて、放映できなければ346プロの懐事情に結構な打撃を受けることは間違いないでしょう。

まあ、あのやり手な専務や昼行燈達美城上層部がそんな無駄になるような浪費をするわけないので、あまり心配はしていませんけど。

 

 

「どこでぇ?」

 

「原宿ぅ♪」

 

「えぇ~~、何でボクも誘ってくれなかったのぉ?」

 

「ごめぇ~ん」

 

『川島、高垣 アウト』

 

 

序盤のじの字にすら到達していないバスでの第2の刺客で、これほど罰ゲームを受けている私達は平和に終わりを迎えることができるのでしょうか。

『笑ってはいけないアイドル24時』はまだまだ続くようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

この後、甘ロリ衣装のまま完璧すぎる『Jet to the Future』を披露され全員が笑ってしまうのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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