チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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私は機会があれば飲む。時には機会がなくても飲む。

どうも、私を見ているであろう皆様。

シンデレラ・プロジェクトのデビュー第2弾のとして蘭子が選ばれ、みくとアーニャも虚刀流としてようやく指先が届く程度まで成長すると良いことばかりが続く平和な日々を謳歌し心身ともに満ち足りています。

夏も近づく今日この頃、世間では衣替えも着実に進んでいきアイドル達の露出率も相応に高くなっていき、芸能部門に所属する社員達のやる気がうなぎ登りになっていました。

私も外見こそはいつも通りの蛍光緑の事務員服ですが、きちんと通気性の高い夏仕様なのであまり暑さを感じることはありません。

それに心頭滅却すれば火もまた涼しではありませんが、身体系チートの恩恵によって必要量以上の熱は放散できるスキルを習得していますので熱さ耐性は高いです。

その代わりに運動後だと放散される熱量が多くなり熱気を放つので近寄りがたい存在になり果ててしまうというのが難点ですね。

人間に過ぎたるチートというものは何かしらの欠点があるものですし、それを補ってあまりある利点があるので我慢します。

それにチートはオンオフ設定も自由自在なので必要に応じて使い分ければ問題ありません。

 

などといった前置きは置いておき、今回はシンデレラ・プロジェクトに第2弾デビューの事を伝える為にちひろと一緒に武内Pに同行しています。

未央のアイドル辞める騒動を乗り越えて、武内Pとメンバーの間に繋がったばかりですが確かな絆が結ばれたと言えるでしょう。

ですが、武内Pの口下手は解消されたわけではありませんから、そこをサポートする役は必要です。

それだけであればちひろ1人で十分なのですが、少し油断すると凛と恋の鞘当てみたいなことをしだしてしまうのでストッパー役として昼行燈にお願いされました。

お願いしてきた時の笑顔に薄ら寒いものを感じましたから、私が与り知らぬ場所で善からぬことが進行しているのかもしれませんね。

ちょっとした意趣返しに土生部長を使ったのは勇み足だったでしょうか。

 

 

「私物の持ち込みですか?」

 

「うん。事務所の中、明るくなるんじゃないかなって」

 

 

デビュー第2弾を発表する為のミーティングだったのですが、未央の提案によってのっけから脱線しそうです。

業務自体は部下に割り振っておきましたから、火急の要件さえ入らなければミーティングが夕方まで延びたとしても余裕はあるので問題はありません。

しかし、プロジェクトルームに私的物品の持ち込みですか。

美城社内の内装は大企業らしくかなりいいものを使っていますし、配置等もセンス良く落ち着いた感じで纏まっており殺風景で事務的な感じしかしない他企業とは違うでしょう。

まあ、色々と自分色にアレンジしたいお年頃の少女達にとっては物足りなく感じるのでしょうね。

 

 

「あら、いいんじゃないですか?」

 

 

武内Pの右隣を陣取っていたちひろが空かさず援護射撃を入れます。

仕事場としてある程度の緊張感は必要でしょうが、自分たちがやり易い様に場を整えるというのも大切なので私も反対意見はありません。

プロジェクトルームの雰囲気的にも賛成派が圧倒的多数みたいで、武内Pもアイドル達の自主性を尊重するタイプなので可決されるでしょう。

反対派筆頭のみくは先日の鍛錬で限界を超えた事による筋肉痛が尾を引いているのか、ソファでアーニャにもたれ掛かっています。

そんなみくの反対側には、今日の主役ともいえる蘭子がどんなものを持ってこようかと2人に相談していました。

智絵里も加われば寮生組が揃うのですが、智絵里は美波とかな子とタオル冷却スプレーについて意見を交わしています。

夏の炎天下の中でも屋外でクローバー探しに熱中する智絵里や、大学ではまるで格闘技だとも称されるラクロス部に所属している美波にとっては必需品なのでしょう。

 

 

「確かにそうかもしれませんが‥‥」

 

「プロデュ~サ~~?」

 

 

ついいつもの癖で丁寧口調をつかってしまう武内Pに対して、未央が不満げな表情をします。

鈍感力を発揮して、突然の表情の変化の原因が理解できていない武内Pは困惑した表情を浮かべていました。

年頃の少女達を相手する仕事についているのですから、もう少し心の機微に気が付けるようになれば関係は一気に進むと思うのですが、それを求めるのは梅雨に雨が降るなと言っているものでしょう。

仕方ありませんから、さり気無く助け舟を出してあげましょうか。

 

 

「武内君、未央ちゃんはまた丁寧口調になってるって言いたいみたい」

 

「そうだよ!」

 

 

そんな事を考えていると私が行動に移す前に、ちひろが先んじて助け舟を出しました。

善意で行動しようとしていたのですが、危うくまたやらかして恋愛法廷に出頭命令を出されてしまう所でしたね。

もしかすると、ちひろも私が助け舟を出しそうであるという事に気が付いていたから先んじて助言をしたのでしょう。

ちひろ達が邪推して心配しているような恋愛感情はないと何度も明言しているはずなのですが、どうして誤解が解けないのでしょうね。

 

 

「あっ、すみませ‥‥すまない」

 

 

首に手を回し少し困ったような表情で丁寧口調を崩した喋り方をするのですが、あまりにもぎこちなさ過ぎてまるで日本語を覚えたての外国人の様です。

そんな武内Pの様子に、卯月と凛が笑っていました。

人が頑張っている姿を笑うのは褒められた行為ではないでしょうが、2人の笑いは嘲る為のものではなく、その頑張りを見守る慈愛の感情によるものなので問題はないでしょう。

しかし、当人はそんなつもりでなくても誤解を招いてしまう事があるので注意は必要です。

後で、それと無く伝えておきましょう。

 

 

「仕事に関係ないものは必要ないと思うにゃ」

 

 

アーニャにもたれ掛かったままのみくが、右手を軽く挙げて反対だとスタンスを示しました。

プロ意識の高いみくは、仕事に対して真摯に取り組んでいますし、それ以外でも程良い緊張感というものを大切にしています。

なので、ここで私物の持ち込みを許可してプロジェクトルームの空気が緩み切ってしまう事を懸念しているのでしょう。

与えられたプロジェクトルームを自分達の色に染めてより良いものにしたいと思う未央と公私を混同することなくプロとしての意識を高く持ち職務に励むべきだと思うみく、どちらの意見も理解できます。

ここで私が変にどちらかに肩入れしてしまうとそちらに流れがいってしまいかねませんので、スイスよろしく永世中立を保ちましょう。

自意識過剰と思われるかもしれませんが、私個人の持つ影響力というのは案外軽くなかったりするのです。

 

 

「どうしてですか、ミク?」

 

「みくは公私の線引きはきっちりしておきたいの」

 

「我が同胞は、祭壇を自ら魔力で染め上げることを望まぬか《みくちゃんは、この部屋をみんなで飾りたいと思わないの?》」

 

「まあね、今のままで不便はないし」

 

 

賛成派だったアーニャと蘭子に何故かと問われ、みくは確固たる意志のある言葉を返します。

しかし、私には謎の副音声が聞こえる所為でさらっと流しかけていましたが、今みくは蘭子の厨二言語を普通に解読していましたね。

知り合ってまだ数ヵ月程度の筈なのですが、あの難解極まる厨二言語をある程度理解できるようになるとは、やはり言語理解は教本より実践という事でしょうか。

 

 

「えぇ~~、みくにゃんだってネコミミ持ってきてるじゃん」

 

「こ、これは仕事だし!」

 

 

未央の指摘に、みくはネコミミを抑えてそう抗議します。

確かに菜々もウサミン星人用のウサミミを所持していますが、状況に応じて使い分けられるように複数携帯していますから私物というよりは仕事道具の1つという扱いなのでしょう。

 

 

「仕事なんだね‥‥」

 

 

ネコミミ仕事発言にかな子がびっくりしていますが、これがキャラを作っているアイドルと自然体なアイドルの認識の差なのでしょうね。

 

 

「うぅ~~ん、みんなの個性が見れて面白いかなって、思ったんだけど‥‥」

 

 

それぞれの個性を発揮するというのは、今まで気が付いていなかった相手の部分を知れる良い機会ですが匙加減が難しいです。

この案件に関しては半分部外者である私が口を出すべきではないので、本格的な意見を求められるまで沈黙を貫かせてもらいましょう。

武内Pにどういった解決へと導くのか期待しているという視線を送りますが、どうやら気が付いていないようです。

まあ、今の武内Pの脳内は本案件に加えて、デビュー第2弾の通達やデビューシングルについて調整、丁寧口調にならない会話等様々なことが渦巻いていてあまり余裕がないのでしょう。

 

 

「皆さ‥‥皆は、どう思っている?」

 

 

武内Pの問いかけに対してシンデレラ・プロジェクトのメンバー達は各々意見を述べていきます。

賛成派として美波、きらり、みりあちゃん、莉嘉が意見を述べ、反対派はみくと李衣菜でした。

まだ意見を述べていない残りのメンバーもどちらかという賛成派に属する人間の方が多いようですから、民主主義に基づくならこの時点で賛成多数で可決でしょう。

そこから謀略を巡らせて状況をひっくり返してしまう交渉術というのもありますが、こんなことでそれらを駆使するような相手とは友誼は結びたくありませんね。

 

 

「だそうよ、武内君?」

 

「では、こうしま‥‥こうしよう。私物の持ち込みは1人1品限定で許可するという事で」

 

 

提案されたのは、私物の持ち込みを許可しつつも制限を課すという妥協案でした。

ただ許可しただけでは莉嘉等は際限なく好きなものを持ってきてしまうでしょうし、14品程度であれば余程の品を持ってこない限りプロジェクトルームの雰囲気を壊してしまう事もないでしょう。

無難で妥当な案であるとは思いますが、後はシンデレラ・プロジェクトのメンバー達が納得するかどうかですね。

 

 

「1品だったら何でもいいの!?」

 

 

その言葉を受けて一早く反応を示したのは杏でした。

先程まで人形を抱いてきらりの膝でいびきをかいて寝ていたというに、驚異的な反応速度ですね。

何処までが許可されるラインなのかを確認するようにメンバー全員の視線が武内Pに集中します。

 

 

「まあ、ある程度弁えて‥‥それで、どうでしょ‥‥どうだろう?」

 

 

ある程度弁えたものであれば許可するという武内Pの言質をとったメンバーの視線は、今度は反対派の2人へと向かいました。

妥協案を提案された上に12人の視線を向けられて、反対の姿勢を取れるほど2人も頑固ではなくすぐに折れます。

私物持ち込み案が可決されたことにより大多数を占めていた賛成派のメンバー達は、早速限られた1つという縛りの中で何を持ち込もうかと相談を始めました。

姦しいとも表現されてしまいそうな賑やかさは、それだけメンバー間の仲の良さを示しているでしょう。

 

 

「そうだ!ちひろさんと七実さんも何か持って来ようよ!」

 

「私達もですか?」

 

 

名案だと言わんばかりに未央より提案された案件は、私には少々予想外でした。

シンデレラ・プロジェクトのサポート役として関わることは多いですが、基本的には私は半分部外者な存在ですから今回の案件とは無関係だろうと思っていたのです。

 

 

「あら、それは面白そうね」

 

 

ちひろの方は完全に乗り気の様で、シンデレラ・プロジェクトのメンバー達の中にも反対派は一切いないようで満場一致で可決される見込みが高いでしょう。

まあ、丁度この部屋に置きたいなと思っていたものがあったので、それを持ち込む為に話を通す過程を省けました。

別に危険物を持ち込むわけではないので、話せば普通に許可されていたでしょうが省略できるものは省略した方が時間を別のことに使えます。

 

 

「七実さんは何を持ってくるんですか?」

 

 

私にそう問いかけてきたのは先程まで智絵里とかな子と談笑していた美波でした。

武内Pとシンデレラ・プロジェクトの関係を一気に改善させたあの件以来、美波の何かを刺激してしまったらしく何かと私に関わってこようとします。

それは同姓愛的な不純な感情ではなく、例えるなら片時も目を離せないやんちゃ過ぎる子供を見守る母親というのが近いかもしれません。

全く以って不本意極まりないのですが、美波にとってこれは譲れないものらしく改善される兆候はありませんね。

年齢、人生経験において圧倒的に私の方が上なのですが解せません。

 

 

「書庫です」

 

「しょ、書庫?」

 

 

私が持ち込もうとしている物品の名を告げると、美波は目が点になりました。

事務仕事の経験がない美波には理解が追い付かないかもしれませんが、書類というものは予想より何倍も早く増えていくのです。

シンデレラ・プロジェクトは今後の発展が見込める原石を多く抱えた部署であり、第3弾、第4弾とユニットが増えていくにつれて処理しなければならない書類は増えていくのは間違いありません。

そして円滑に業務を進める為には、何処に保管したかを探さなくて済むようにユニット毎、尚且つそこからある程度細分化する必要があります。

そう考えると現在のプロジェクトルームの収納量では早々に限界に至り、溢れかえってしまうでしょう。

なればこそ、先んじて収納量の多い書庫を用意しておくことが重要となるのです。

勿論、収納量という効率のみを重視して味気ないスチール製の書庫を配置して、この落ち着いたプロジェクトルームの雰囲気を崩してしまうという愚は犯しません。

大きさと収納量も合格点で、木目調でデザイン性も良い書庫を前々から目を付けていたものがあるのです。

寸法も確認していますし、このプロジェクトルームのどこに配置するかも複数案用意してありますので問題はないでしょう。

 

 

「今後の事を考えると、必要になりますからね」

 

「えっと、それって何を入れる為の書庫なんです?」

 

「業務書類等でしょう。寧ろ、それ以外に何を入れるんです?」

 

 

私の答えが気に入らなかったのか、美波と近くで聞いていたちひろが大きな溜息をつきます。

あの仏頂面で表情変化に乏しい武内Pですら、私の持ち込まんとする私物を聞いて首に手を回して困惑の意を示していました。

私物にしては大型なので事務に申請を出さねばならない件なら、少し前から手を回しているので時間的な浪費は殆どなく受理されるでしょう。

購入費についても私物申請なのでシンデレラ・プロジェクトに割り当てられた経費から割くことなく、全て私のポケットマネーから出すので問題ありません。

 

 

「それって、私物って言うんですか?」

 

「私物が実用的ではならないとは限りませんよ」

 

「美波ちゃん。七実さんはそういう人なのよ。

部屋だって私達が泊まりだすまで調理器具以外は実用性一辺倒で、本当に最低限のものしかなかったんだから」

 

 

そんな私の部屋も、今では匠達の手によってかなり華やかになりましたけどね。

侵食されているともいえますが、持ち込みについて独断専行ではなく最終的な裁可は私に委ねられており、その変化を好ましいと思っているので問題はありません。

元々は誰かを招いたり、泊めたりする予定のない気ままな一人暮らしだったので、家具等も最低限で実用的な物ばかりに行き付くのは当然の結果ではないでしょうか。

 

 

「うわぁ‥‥」

 

「何故、引いたんですか」

 

「それが、わからない七実さんに更にドン引きですよ」

 

 

私物の持ち込みを許可という楽しい話題から、何故こうも私が集中砲火を受ける状態になってしまったのでしょうか。

どうして、私が意見を述べると平和に終わることができないのでしょうかね。

 

 

 

 

 

 

「‥‥もう一度確認します。それが、蘭子の望みですか?」

 

「無論!(はい!)」

 

 

例え相手が子供であっても安請け合いはしてはいけません。

相手の限界等を知らず自らの欲求に従いお願いしてくる分、子供の方が無邪気で残酷極まりなく限界点を容易く飛び越えてきます。

これを今後の教訓としていきたい所ではありますが、子供に対して甘くなりがちな私はまたやらかすのだろうなという確信もありました。

自己分析というものは、できているつもりです。

 

 

「武内P、どうします?」

 

「‥‥現段階においてはっきりとしたことは言えませんが、調整すればできないことはないかと」

 

「そうですか‥‥」

 

 

CD第2弾のメンバーが発表され、信頼関係を築けている為特に問題なく通達は終わりました。

少しくらいは荒れるかもしれないと予想していたのですが、あの出来事はシンデレラ・プロジェクトにとって大きな意味があったという事でしょう。

そして、デビューが決まった蘭子とCDとそのPVの方向性についての話し合いとなったのですが、現状蘭子の厨二言語を完璧に理解している私が通訳として付くことになりました。

私謹製の厨二言語辞典を所持しているとはいえその場の流れで表現も変化するのが厨二言語ですから、認識の齟齬発生を予防するために必要な措置ともいえないことはないでしょう。

みりあちゃんも厨二言語を理解できているような節がありますが、語彙力の関係で意訳されてしまいかねませんので私が適任なのでしょうね。

因みにCDの内容については、武内Pの用意していた初期案は本物ゴシックロリータ色の強いものとなっていましたので修正させました。

厨二病を患ったことのない武内Pでは、この2つの違いを理解できないと思っていましたので、事前に確認しておいて良かったです。

私の適切な助言の下に作り直されたデビュー曲は蘭子もご満悦なようで、甚く気に入ってくれました。

ここまでであれば、後悔するような必要性はなかったのですが、その後に喜びに満ち溢れる蘭子の姿に気分が良くなった私は余計な一言を言ってしまったのです。

 

 

『私にできることがあれば、何でも言っていいですよ』

 

 

何気なく言ってしまった言葉に対して蘭子から返ってきた要求は『PVへの出演依頼』という、考えてみればそうなるなと思えるものでした。

どうして、安請け合いをしてしまう前に気が付けなかったのかと悔やまざるを得ません。

蘭子は私の衣装作成スキルを知っているはずなので、自身の頭の中にある衣装のイメージを形にしてほしいとかのお願いが来ると思っていたのです。

厨二設定が大盛や特盛といった言葉では全く足りない黒歴史化待ったなしのPVに出演するなんて、考えていませんでしたよ。

いや、無意識的にその可能性を頭から排除していたというのが正しいでしょう。

 

 

女教皇(プリエステス)‥‥我が絢爛たる饗宴に参加することを望まぬか?(七実さん‥‥もしかして、嫌なんですか?)」

 

 

ここで『はい』と答えられたら、どれほど心が楽になるでしょうか。

ですが、その選択肢は取ることはできません。

こんな私を慕ってくれている蘭子の期待を裏切って泣かせてしまうくらいなら、心の奥底で自身が羞恥心で泣き叫んだ方がましです。

それに、武内Pの方も乗り気のようですから私が了承すれば、この案件は確実に実現するのでしょう。

担当Pがその方針を取ろうというのであれば、入社時の契約に縛られている一社会人として労働の義務に従わなければなりません。そう、自分を殺せ。

 

 

「そんなことは、ありませんよ。では武内P、調整に関しては任せますし、役柄等が決まったら教えてください」

 

「わかりました」

 

 

精神的なショックをチートスキルをもって完璧に隠して蘭子のお願いを聞き入れ、武内Pにその調整を頼みます。

すると、武内Pの表情が見る見るうちに活気にあふれ輝きだしました。

どうやら武内Pは、いつの間にやら仕事を振られて大喜びする救いようのない仕事中毒者(ワーカホリック)である私の部下と同類になってしまったようです。

全く、どうして346プロには仕事が大好き過ぎる人間が多いのでしょうか。

確かに一部の黒よりも暗い企業の行っている『やりがい搾取』とは違い、やりがいとその働きに応じた報酬の支払われる素晴らしい労働環境ですから、与えられた職務に邁進せんとする気持ちはわからなくもないです。

ですが、これは行き過ぎでしょう。まあ、本人達が幸せなのなら変にケチを付けること等はしませんが。

 

 

「共に人間讃歌を謳おうぞ!(一緒に頑張りましょうね!)」

 

「嬉しいのはわかりますが、その言い回しはやめましょうか」

 

 

次その言葉を口にしたらPV中で、あの魔王を再臨させますよ。

そんな言葉を口にしようとして、それは何の脅しにもならないどころか諸手を挙げて歓迎されることではないだろうかと思い至り慌てて言葉を飲み込みます。

PVなので台詞を述べても使用されず、ただ演技に身が入りやすいだけなので問題はないのかもしれませんが、念には念を入れておいて損はありません。

さて、PV出演が決まったので後は武内Pと蘭子でPV原案と希望の摺り合わせを行うだけですね。

ならば、私がいなくても辞書レベルで対応可能でしょうからお暇させてもらいましょう。

いつまでも通訳におんぶにだっこで頼っていては、きちんとした関係性を構築することはできません。

この辺で一度じっくり腰を据えて1対1で話し合う機会を設けた方が、今後の企画について意見を交わすことになっても円滑に進めることができるでしょう。

そういう建前で論理武装しておけば、この精神的疲労を癒す為に逃げ出すことについて咎められることはない筈です。

 

 

「では、私は用があるのでこの辺で失礼しますよ。後は、2人でしっかりと話し合ってください」

 

「はい。ご協力、ありがとうございました」

 

「お気になさらず」

 

 

蘭子はPVについての妄想世界にトリップしてしまったようなので、そっとしておきましょう。

自分の思い描く理想像についてああでもない、こうでもないと思索に耽る時間というものは幸せそのものであり、それは邪魔されるべきではないからです。

まだまだアイドルとのコミュニケーション能力に不安が残る武内Pですが、ここで失敗したとしてもそれは無駄にならないのですから頑張ってほしいですね。

無駄な雑音を立ててしまわないように配慮しながら部屋から出たら、足早にプロジェクトルームから離れ人気のない場所へと移動します。

反響定位等のスキルで周囲に人が居ないことを確認してから、右手で顔を覆いながら大きな溜息をつきました。

蘭子に誰かと組んで何かを成すという経験をしてほしいと願ったのは他でもない私ですが、よもやその役目を自身で果たすことになろうとは思いませんでしたよ。

確かに厨二力というものを数値化した場合、蘭子を除いたアイドルで実戦レベルで通用しそうな基準を満たしているのは私か凛くらいでしょう。

だからと言って、これはあんまりです。

これも時間収斂(バックノズル)という事で、かつて人間讃歌を謳いたい魔王であった私はいずれそれに戻る日が来るというのでしょうか。

 

 

「‥‥そんなことがあって堪りますか」

 

 

脳内に浮かんだそんな恐ろしい想像を振り払い、両頬を軽く叩いて喝を入れます。

まだ出演が決まったというだけであり、魔王役を演じると決まったわけではないのですから未来に絶望してしまうのは早いでしょう。

そうです。蘭子の考えるコンセプトは堕天使系なのですから魔道に堕ちきってしまう前の天使サイドの役柄かもしれません。

私の肉体的なイメージからして、戦闘色が強めであるウリエル等の役柄が与えられるかもしれませんね。

 

 

「‥‥ないわ」

 

 

思わず苦笑いしてそんなことを呟いてしまう程に、天使という存在は私に似つかわしくないものでした。

もし天使という役があてがわれたとしても、某魔界と月の力を操る魔女が主人公の作品の敵系天使という扱いになってしまうでしょう。

認めたくはありませんが、やはり私は何処まで行ったとしても魔王や覇王というものから逃げ切れないのかもしれません。

心慌意乱、周章狼狽、諦めは心の養生

とりあえず、今日は心の平和の為に普段より贅沢に飲みましょう。

 

 

 

 

 

 

今宵の一人酒も妖精社。

都心の華やか且つ煌びやかな世界から少し外れた場所にあるここは、ゆっくりと心を癒す一時にもぴったりです。

ロックグラスに注がれたやや濃い目の琥珀色を口に注ぐと、口当たりはなめらかながらも舌に心地よいしっかりとしたボディ、甘美で高い熟成された薫り、長い余韻も奥行きが感じられ不快にならない完璧という言葉が陳腐になってしまう素晴らしさに感動を禁じ得ません。

響という国産ウィスキーの最高峰と称されるだけあり、偶の贅沢としては十二分な満足感に包まれます。

流石に30年は手が出せませんでしたが、奮発して21年を頼んだのは間違いではありませんでした。

軽くロックグラスを揺するとクリスタルグラスと氷の奏でる澄んだ響きが、私の一人酒を彩る音楽に早変わりします。

こんな良いお酒を1人で飲んでいるのがバレたら、他のメンバー達に軽い文句を言われてしまいそうですが、私だって1人で飲みたい時くらいありますよ。

 

 

「お待たせ致しました。特製バニラアイスです」

 

「ありがとうございます」

 

「どうぞ、ごゆっくり」

 

 

最早私達担当とも言えるくらいに顔馴染みになっている店員さんから、今日のお酒のお供を受け取ります。

ここの特製バニラアイスは乳脂肪分が豊富に含まれている為とても濃厚でミルキーであり、また卵を一切使用していないので後味もくどくなくすっきりしているので、この素晴らし過ぎるウィスキーの味を壊すことはないでしょう。

バニラアイスの天辺にスプーンで窪みを作り、そこにボトルから少しだけ響を垂らしてやります。

窪みに落ちたウィスキーに軽くバニラアイスが溶け出したところで、その周囲ごと掬って零さないように気を付けつつも素早く口に運ぶと、先程までとはまた違った至福に包まれました。

只でさえ響の甘美で奥深い味わいにバニラアイスの香りと甘味、濃厚さが加わり、先程までとはまた違った顔を覗かせるのです。

ここで欲張ってウィスキーを掛け過ぎてしまうと、食べる速度が追い付かず混ざり合い過ぎて味の境界線が曖昧になってしまうので注意が必要でしょう。

混ざり合ったものも美味しいのですが、私は適度に互いが主張し合う方が味に緊張感があり好みですね。

バニラアイスと響の織り成す至福の時間にいつまでも浸っていたい所ではありますが、こういった時間に限って邪魔が入るのは何故でしょうね。

 

 

「‥‥」

 

「無言で察しろというのなら、お断りしますよ」

 

 

どこから美酒の匂いを嗅ぎつけたのか知りませんが、私の隣に陣取った楓が向ける期待でキラキラと輝く視線を受け流してそう宣告します。

いつも1人ならその辺の居酒屋で飲んでいるというのに、何故今日に限って妖精社(ここ)に来たのでしょうね。

 

 

「ご相伴に預からせてください」

 

「‥‥仕方ないですね」

 

 

店員さんに追加のグラスとバニラアイスを頼み、私の飲みかけのグラスを楓に差し出します。

一度口を付けたグラスを渡すのはマナー的によろしくない行為ですが、グラスが来るまで待てないとちらちらと私のグラスを見ていたので問題はないでしょう。

寧ろ、私が差しだすように仕向けられた方ですよ。

まあ、これくらいの事を一々気にしていたら毎週のように一緒に飲んだり、うちに泊まったりできないでしょう。

 

 

「七実さん、大好き♪」

 

「はいはい」

 

 

楓のファンからしたら恐らく言われたい台詞トップ3に入るであろう殺し文句でしょうが、25歳児という内面やらを知っていて常日頃世話をしている私からすれば聞き慣れたものです。

ガードの硬い他のメンバーとは違い、楓はある程度親しくなれば好きや大好きが在庫処分セール並の大安売りですからね。

新しいグラスを待つ間、バニラアイスに響を垂らして素早く口に運ぶという行為を一定のペースで繰り返します。

 

 

「一口くださいな♪」

 

「もうじき自分のが来るはずですから、待ちなさい」

 

ひょ()()()、お願いします」

 

 

皆に知らせることなく隠れて飲んでいたので響は全て私持ちなのですから、これ以上の分け前はあげません。

甘やかし過ぎると際限なくだらけますし、無駄に駄洒落も捻ってあるところが何となく気に入りませんね。

 

 

「‥‥ケチ」

 

「なら、そんなケチな人間のお酒は要りませんね」

 

 

チートスキルを発揮して、一瞬にして楓の手からロックグラスを奪い取って飲み乾します。

奪われないようにガードを固めていたようですが、グラスを両手でしっかり持っているだけで私から守り切れると思っていたのなら甘いですね。

この特製バニラアイスよりも甘いです。

 

 

「あぁ~~!!私の響が!!」

 

「違います。私の響です」

 

 

勝利のファンファーレのように空になったグラスと氷で音楽を奏でてやると、楓は頬を膨らませてカウンターに伏せてしまいました。

これに懲りたら、口は禍の元ということを少しは学習しましょうね。

新しいグラスとバニラアイスを店員さんから受け取ります。

拗ねた子供のような態度を取る楓の姿は、アイドルとしての姿を知っている人間であれば少なからず衝撃を受けるものですが、あの店員さんからすれば見慣れた光景なのでしょう。

微笑ましいものを見たと顔を綻ばせて去っていきますが、不特定多数の人間に言いふらしたりはしないだろうと確信できます。

ネームプレートに書かれた苗字以外の個人情報を殆ど知らない間柄ではありますが、私達の間には奇妙な信用関係がありました。

 

 

「ほら、グラスが来ましたよ」

 

「‥‥つーん」

 

「それ、口で言いますか?」

 

 

届いたグラスとバニラアイスを前に置きますが、いじけた楓のご機嫌は治らないようです。

本当にちょっと面倒臭い娘ですね。もし、武内Pが楓を選んだとしたら色々と振り回されて苦労しそうです。

人間として器が大きい武内Pだったら、その辺も含めて面倒くさがることなくきちんと愛してはくれそうですが、こればっかりはそういう関係にならないとわかりませんね。

それに武内Pを巡る『正妻戦争(暫定名)』は、少しずつ参戦者を増やしながら水面下での争いを繰り広げていますから誰が最終的な勝者になるかも決まっていません。

まあ、誰が選ばれても皆で祝福し合えるような結末であってほしいとは思います。

 

 

「ほら、とりあえず乾杯しましょう。じゃないと、もう分けてあげませんよ?」

 

「ほら、七実さん。さっさと乾杯しましょう」

 

 

グラスに響を注いで渡してあげると、驚くべき変わり身の早さを以って笑顔で乾杯の音頭を急かしてきました。

この切り替えの早さは、流石は25歳児と言ったところでしょうか。

 

 

「では、美味しいお酒と私達の華やかな日々に‥‥乾杯」

 

「乾杯♪」

 

 

こんな私達のお酒に彩られる日々をとある近世スペインの作家の言葉を借りて述べるのなら。

『私は機会があれば飲む。時には機会がなくても飲む』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、武内Pと蘭子がしっかり話し合った結果決まった予想通り過ぎる配役に、笑う事すらなく受け入れるしかなくなるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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