チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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更新が滞ってしまい、誠に申し訳ございませんでした。


己の秘密を守ることは他人の秘密を守ることよりも堅い

どうも、私を見ているであろう皆様。

私物の持ち込みを許可されたということで早速目を付けていた書庫を搬入して、美波を筆頭としたシンデレラ・プロジェクトのほぼ大半のメンバーから呆れられてしまったり、迂闊な一言で黒歴史を重ねることになったりしてしまいましたが、私は元気です。

まったく。収納スペースの余裕が増えるということは、部屋が散らかることがなく心の余裕にもつながり作業効率の向上にもつながるのですから。

搬入時から『それは私物じゃありません!事務用品です!』と美波に怒られもしましたが、美城が懇意にしているメーカーのものではありませんでしたので、事務用品申請がちょっと面倒臭そうだったのです。

自費購入したものであれば事務用品とはいえ私物扱いに何とかできますので、こうさせてもらいました。

元々必要以上の物は買わない質なので私物を持ってくると言われても、何を持ってくればいいのかわからないのです。

 

 

「だから、もう少し飾り気というものが必要なのよ!」

 

「軍装をベースにしていますし、私は脇役なのですからそこまで華美にする必要はないでしょう」

 

 

そんな言い訳じみた私物に関する件はさて置き、私は現在巫女治屋にて店主と、蘭子のPVに使う衣装のデザインについて議論を交わしていました。

本来であれば従業員、又は、店主の認めた人物しか入ることができない作業室に入室が許可されたというのは喜ばしいことですが、この店主の服に対する熱意はもう少し何とかならないものでしょうか。

前回の虚刀流最終決戦仕様装束の際も、あまり高価な素材を使用する必要がないと節約気味に私が選んだ生地は殆ど没にされてしまい、結局当初予定されていた予算限界ギリギリになってしまったのです。

まあ、その分衣装の出来は最高であり、私が7割方力を解放して虚刀流を使っても綻び1つありませんでした。

流石はプロの仕事だと感心し、是非そのスキルを見稽古したいと思っていたところでしたので、今回の一件は渡りに船だったともいえます。

 

 

「ここは絶対、こうした方が気品とか感じられるわ!」

 

「しかし、やはり耐久性や機能性を重視すると装飾を増やすのは不安要素も増えることになるのでは」

 

「貴方は実用の美を追求し過ぎよ。アイドルの衣装なら相応の飾りは必要なの!

いい?アイドルは皆の憧れなの。見てくればかりを取り繕ったけばけばしいのは論外だけど、夢や憧れには華を欠かせてはいけないわ」

 

 

頑固な部分があると自覚している私でも一理あると認めざるを得ないくらいに、その言葉には説得力がありました。

アイドルとは、誰よりも鮮烈に輝き、諸人を魅せる姿を指す言葉。すべての少年少女の羨望を束ね、その道標として立つ者。

故に、アイドルには華というものが必要なのでしょう。舞台に立つその姿は、ファン達の想いの総算なのですから。

なれば、私が製作しようとしていた実用性一辺倒を追求した衣装は、エゴの塊ともいえる代物だったのでしょう。

それを教えられなければ気が付かないとは、私もまだまだですね。

見稽古があるせいで何でもすぐできるようになってしまうので、気を引き締めたつもりでもいつの間にか慢心が出てしまいます。

ずる(チート)は私自身の力ではないのですから、驕り高ぶってはいけないと思っているのですがね。

 

 

「‥‥確かに、そうかもしれませんね」

 

「まあ、貴女の場合は身体能力が凄まじいから心配するのは理解できるわ」

 

 

アイドルの衣装というものは繊細な飾りが多く、そのガラス細工の如き脆さと儚さは私が少し身体能力を発揮するだけで傷んでしまいかねません。

チートを使えばそうなってしまわないように配慮しながら動くのは可能ですが、少し面倒臭いのです。

喩えるなら身体の各所に並々と水が注がれた器を置き、水を一滴も零さないようにしながら歌って踊るという縛りプレイですね。

巫女治屋の店主等、超一流の服飾関係スキルを持つ人達の作品であればそんなことはないのでしょうが、いつもそんな上等な衣装を用意するわけにもいきません。

予算というものは決まっていますし、それを無理矢理増やそうとすると他の部署や企画に影響を及ぼすので選択肢に入れたくはありませんしね。

 

 

「私がアイドルをしているって、伝えていましたか?」

 

 

以前このお店を訪れた際は、デザイナー兼パタンナーと思われていたはずです。

デビューしたてで知名度もそんなに高くない癖に自分からアイドルなんですと言い出すのも恥ずかしかったので、その時に否定せずに流したので勘違いされたままだと思っていました。

素直に驚いた顔をしていると、店主は呆れたように溜息をつきます。

最近思うのですが、私の周囲から段々と優しさという人間生活において欠かせない大切なものが欠けつつあるのではないでしょうか。

 

 

「あのね、私はアイドルの衣装を作ったりするのよ?自分の作った衣装がどんな風に使われるかくらいは確認するわよ」

 

「そうですよね」

 

 

確かにその返答はプロとして至極真っ当な物でした。

アイドルの衣装は企画次第では乱暴に扱われることもありますから、自身の持てる技能をつぎ込んで作り上げた我が子とも呼べるであろう衣装がどう扱われるかは気になるでしょう。

ということは、この店主にあの黒歴史最新版ともいえるあのMVも見られているのでしょうね。

自社の販売物にケチを付けるような真似はしたくありませんが、黒歴史の拡散は必要最低限で済んでくれるとありがたいです。

アイドルのCD売り上げランキングに名を連ねている時点で、そんな希望的観測は打ち砕かれているのですが、それでも縋りたいと思ってしまうのが人間というものでしょう。

本当に頭が痛い限りです。

 

 

「それにしても貴女、凄いわね。あの衣装はアクション向きじゃないと思ってたんだけど‥‥生地を傷めることなく、あれだけ動けるなんて」

 

「勿論、プロですから」

 

 

折角再現してもらった素敵な衣装を乱雑に扱うことなど、私にはできません。

 

 

「ねえ、黒い片翼を付けてみない?常人だったらバランスが取れないでしょうけど、貴女ならいけるでしょ?」

 

「はい?」

 

「こういう職についてるとね、本格的な厨二スタイルの衣装を作ってみたくなるのよ!」

 

「そうですか」

 

 

いきなりそんなことを力説されても反応に困るのですが、自身の持ちうるスキルを十全に発揮して妄想を具現化したいという気持ちはわからなくもないです。

片翼の天使というのは厨二心を痛く刺激される設定ではありますが、実際に衣装にするとアンバランスで使いにくい事この上ないでしょう。

極限まで軽量化したとしても衣装映えするようなものとなるとkg単位での重さになるでしょうから、それを背負ったまま演技をしたりするのは少々骨でしょうね。

簡単なアクションシーンも少し入れたいと蘭子も希望を出していましたから、それを考えると可能なアイドルというのは私ぐらいになってしまいます。

 

 

「翼はどちらにつけるつもりで?」

 

「右がいいわね」

 

 

そう言いながら、店主は複数案用意しておいた中の1つに黒い片翼を書き入れていきました。

黒い片翼を背負って現れる、軍服をベースにした衣装の人物。間違いなく、ラスボス枠ですね。

魔王やラスボスといった扱いは馴れているので別に気にしないのですが、それよりも1つ確認しておかなければならないことができました。

 

 

「‥‥身の丈以上の刀身を持つ刀を持った方が良いですか?」

 

「あっ、やっぱりわかる?」

 

「はい」

 

 

この店主、私に○フィロスコスをさせる気でしたね。

まあ、今世の私と同年代と思われる店主にとっては直撃世代ともいえないことはありませんし、その格好良さからリメイク版が製作されたり、コラボ企画のボスキャラとして度々登場していたりしますから、知っている人にとっては堪らないキャラクターでしょう。

しかし、流石にそれは著作権等諸々の関係から不味いですね。

やってみたくないかと聞かれると7:3くらいの割合で、やってみたいに傾きますが。

 

 

「流石に著作権云々が煩いでしょうから、却下せざるを得ませんね」

 

 

私が片翼の天使風のデザイン案を退けようと手を伸ばすと、店主に手首を掴まれました。

回避しようと思えば容易にできたのですが、相手の意見も聞かずに強行してしまうと良好な人間関係を構築できませんから大人しく掴まれます。

 

 

「問題ないわ!アニメ等において片翼のキャラクターは少なくないし、翼の位置を逆にして衣装も改変を加えればオマージュであると濁せるわ!」

 

「いやいや」

 

 

態々そんなグレーゾーンを歩くような真似をしなくても、別デザインの衣装にすればいいだけの話です。

それにこのPVのメインは蘭子なのですから、脇役の私が目立ってしまうというのはあまり好ましいことではありません。

やはり、ここはきちんとリスク回避のできる大人として却下するべきでしょうね。

 

 

「とりあえず、貴女の原案も踏まえて何パターンかイメージを描き出すから、担当プロデューサーに見せてみてよ」

 

「‥‥わかりました」

 

 

私が着用する衣装ではありますが、最終決定を下すのは担当である武内Pですから、私が勝手な判断をしてしまうのは顔を潰すことになりかねません。

武内Pと蘭子に見てもらって一番良いと思うものを選んでもらうのが最適でしょう。

見稽古は万能であっても全能ではないので、蘭子の厨二言語を翻訳することは可能でも、蘭子が思い描く世界観までは見通すことはできません。

ですが、かなりの高確率でこの片翼の天使(偽)が選ばれるような気がするのは、気のせいだと思いたいですね。

 

 

「じゃあ、この片翼の天使について詰めていきましょうか。武器は刀とは言わないけど、剣確定ね」

 

 

却下されなかったことによって何かのスイッチが入ったのか、恐ろしい速度で片翼の天使(偽)の衣装イメージに改良が施されていきました。

そのプロの技を見稽古しながら、上手く原型をぼかしながらも洗練されたデザインに仕上げられていく光景に素直に感心します。

 

 

「帽子とかあっても良くありませんか?」

 

「良いわね。なら、軍帽っぽい方がいいかしら?」

 

 

製作が決まったわけではありませんが、私が着る可能性がある以上は意見する権利はあるでしょう。

それに、こうして誰かと意見を交わしながら何かを作るという経験は今世において少なかったので、結構新鮮で楽しいのです。

黒歴史時代は、基本的に基本設計等を纏めて丸投げするか、チートを使って私一人で作り上げるということが多かったですからね。

自らそうしていたとはいえ、今思うと本当に勿体無いことをしていたと思います。

 

 

「だから、肩部分にはアーマーが欲しいのよ!」

 

「それだと、元ネタに引っ張られますから外套にしましょうって言っているんです」

 

 

とりあえず、平和とは言えませんが私の衣装事情は楽しいものですね。

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」

 

「3名です」

 

 

お昼時、いくつかのデザイン案を受け取り巫女治屋を後にした私は、蘭子を連れて挨拶回りをしていた武内Pと合流し一緒に昼食をとることになりました。

都内に限定するなら車や公共機関を使用するより自分の脚を使った方が速いので、拾ってもらうだけで済みます。

時間帯の所為か、チェーン展開しているファミリーレストランの中は混雑気味でした。

午後からの仕事もありますから、ここで待って時間を浪費してしまうのは避けたい所ですが、反響定位や聴覚で探ってみた所私達がスムーズに案内されそうなだけの空席がありそうです。

都内の飲食店同士の鎬の削り合いは熾烈を極めているのかもしれません。

この店の近くにもハンバーガーや牛丼の大手チェーンやコンビニもありましたから、そちらの方にもお客は流れているのでしょうね。

 

 

「喫煙席と禁煙席、どちらにされますか?」

 

「禁煙席で」

 

 

アイドルの喉は商売道具ですから、それを痛めてしまう可能性がある喫煙席は選択肢にも入りません。

蘭子は未成年ですし、成人している私も武内Pも煙草は吸いませんから問題ないでしょう。

ハンバーグが大好物である蘭子は壁に貼られている『ハンバーグフェア』の広告に釘付けになっていますし、武内Pの方も蘭子を見守りながらも同じように広告の内容に目を奪われているようです。

期間限定の特別なハンバーグもある上に既存のハンバーグ類が50円引きされるというのが、ついお昼の食費を節約してしまいがちな社会人としては嬉しいですね。

私も今日はハンバーグを食べようかなと考えさせられてしまいます。

 

 

「では、お席の方にご案内いたします」

 

「はい。2人共、行きますよ」

 

「はい」「うむ!」

 

 

私が声を掛けると、二人は若干上の空気味で返事をし、案内をしてくれる店員さんについていきます。

恐らく、何ハンバーグを食べるかで頭を悩ませているのでしょうが、小さな子供がドリンクバーの方へと駆けて行ったりしていますから接触事故が起きないように私の方で注意しておきましょう。

本来なら大人として店内を駆ける子供に注意をすべきところではありますが、まだ何も事が起きていないのに騒ぎの火種を作ってしまうのは避けたい所です。

事なかれ主義的な部分のある典型的な日本人気質である私は、無用なトラブルに関わることは御免被りたいですね。

子供を注意したことに対して激怒するような、人として決定的な何かが欠けているのではと疑問視したくなる親も存在していますし、関わらないことが吉ということもあります。

 

 

「こちらへどうぞ」

 

 

4人掛けのテーブル席に案内され、私と蘭子が並んで座り私の対面に武内Pが座りました。

下手に隣に座ることになったりして、それがちひろ達に知られでもしたら即恋愛法廷行き案件なので注意が必要です。

しかし、スーツ姿の男女とゴスロリ少女の3人組というのは悪目立ちしていますね。

先程から周囲のお客が私達についてひそひそと話し込んでいますが、その内訳としてはアイドルであるとバレているのが4割、邪推を含むそれ以外が6割といったところでしょうか。

そこそこの知名度にはなってきてはいるようですが、まだまだ精進が必要ですね。

まあ、こちらに対して何かしらのアクションを起こしてこない限り対応する必要はないでしょう。

あまり過敏に反応し過ぎても自意識過剰でしょうし、一々気にしていたらこれから人気が出て注目度が上がってもっと見られるようになった際にメンタルが持ちません。

メニュー表を取り片方を武内Pに渡して、もう片方を蘭子にも見え易い様に広げます。

勿論、開いたのはハンバーグ系のメニューが掲載されているページです。今日の私のお腹もハンバーグを所望しているようですから。

 

 

「うむむ‥‥ここに記されし数多の禁断の秘薬は、我を魅惑し悩ませてくれる。

(う~ん‥‥どのハンバーグも美味しそうで、決められなぁ~~い!)」

 

 

子供も大人にも大人気なファミリーレストラン会の王道といえるハンバーグ系のメニューは、ソースや上に乗るもの、お供と多様性を極めており、蘭子が悩むのも仕方ないでしょう。

私も、濃厚なチーズ入りにするか、あるだけで嬉しいたまご乗せにするか、それともがっつりエビフライ付きにするかと、選択肢が多いのは幸せですが、それと比例するように生み出される悩みに翻弄されます。

武内Pも重要な仕事を処理している時並の集中力でハンバーグのページを熟読していました。

笑ってはいけないのでしょうが、あまり見ることのない武内Pの子供っぽいところに自然と笑みがこぼれそうになってしまいます。

強面の男性がどのハンバーグを食べようかと悩む。これが所謂、ギャップ萌えというやつなのでしょう。

 

 

「どうかされましたか?」

 

 

露骨に視線を向けていたことに気が付かれ、武内Pは右手を首に回しながら尋ねてきます。

成人男性が、色気の欠片もない相手とはいえ異性からジロジロ見られて嬉しいことなんてないでしょうから、明らかな失態ですね。

本当の理由を言うと傷つけてしまいかねませんので、いつも通り誤魔化させてもらいましょう。

 

 

「いえ、何でもありません」

 

「‥‥そうですか」

 

 

完璧な笑顔を作り何でもない風を装うと、武内Pは不思議そうな顔をしながらも、再びハンバーグ選びに没頭します。

私も何を頼むか決まっていないのですから、こんなことをしている場合ではなかったですね。さっさと選んでしまいましょう。

しかし、いざ決めてしまおうと意気込むと何故か迷ってしまうのが人間の不思議な所でしょう。

あれもこれもが魅力的に見えてきて、本当に悩んでしまいます。

こういった時に思いがけずメニューが被ってしまうと損した気持ちになってしまう事があるのですが、この現象に名前はあるのでしょうか。

それとも、こんなことを思うのは私だけなのかもしれませんね。

 

 

「我への供物は決まった!(決まりました!)」

 

「自分も決めました。渡さんは、決まりましたか?」

 

 

不味いです。この3人の中で最年長なのに悠長に他の事を考えていたせいで、全く決まっていません。

健啖家であるという自覚はありますが、子供のように決めきれないのは何だか食い意地が張っているみたいで恥ずかしいですね。

 

 

「これにします」

 

 

焦って選ぶと碌なことにならないというのは重々承知ですが、私は自身の直感を信じてミックスグリルのランチを指さします。

ハンバーグだけでは物足りなさがありますので、今回はボリュームを重視しました。

お供付きであれば子供から大人まで大人気のエビフライでも良かったのですが、今回は巫女治屋の店主と大論争を繰り広げた後なのでがっつり肉を食べようと思います。

 

 

「わかりました。では、注文します」

 

「待たれよ!饗宴の開幕を告げる鐘を鳴らすのは、我が役目!

(待ってください!それは私がやります!)」

 

「‥‥わかりました。では、神崎さんお願いします」

 

「うむ♪(はい♪)」

 

 

店員さんを呼び出すボタンを押す役目に異様に拘る人って居ますよね。

蘭子のような見目麗しい少女であれば可愛らしいと思えるのですが、成人を過ぎた大人がみっともなく勝手に押されたと不機嫌になる姿は見ていられません。

まあ、こんなことを考えていてもご飯が美味しくなくなるだけなのでこの辺で打ち切っておきましょう。

今思ったのですが、悩みに悩んだ末に出した結論がボリュームたっぷりのミックスグリルランチというのは、結局第三者から見れば食い意地が張っているようにしか見えないのではないでしょうか。

武内Pや蘭子がそんなことで相手を貶すような人間だとは思っていませんが、やはり大人の女性としてもっとお淑やかなメニューを頼むべきだったかもしれません。

ですが、そんな事を気にしていては美味しいものを堪能することなんてできなくなってしまいますから、私には好きなように食べるのが一番なのでしょう。

テーブルマナー類は見稽古済みなのですが、それを活用するのは食事という名目ながら食事が目的ではないお偉いさんたちとの会食の時くらいで十分の筈です。

程なくして注文を取りに店員さんが現れました。

込み合う戦場の如きこのお昼時の時間帯で、これほど迅速に動けるのはしっかりと役割分担と教育がされている証拠でしょう。

 

 

「はい、ご注文をどうぞ」

 

「チーズINハンバーグとミックスグリル、後このワイルドプレートをドリンクセットでお願いします」

 

「はい。ご注文を繰り返します」

 

 

忙しさなど微塵も感じさせないベテランの風格すら漂う立ち振る舞いで注文を繰り返した後、良い笑顔で厨房の方へと去っていきました。

例えアルバイトであったとしても、あのようにプロ意識のようなものを持って働く人の姿はとても好感が持てますね。

 

 

「渡さん、そちらの進捗状況はどうですか?」

 

 

店員さんが去ると武内Pは早速仕事の話を始めました。

仕事の話となると内容次第では蘭子が入ってこられず除け者気味になってしまうので、別の話題を出そうと思っていたのですが、遅かったようです。

本社に戻った後は私はドラマ出演の打ち合わせがあるので別行動となる為、時間を無駄にしたくないのはよくわかるのですが、もう少し場の雰囲気というものを読むように努めた方が良いと思いますよ。

まあ、今回は私の衣装がどんな風になるのかと蘭子も瞳を輝かせているので大丈夫でしょう。

 

 

「私と店主さんでいくつかイメージ案を作ってきました」

 

 

3つ程度に絞るつもりが、私との大論争でイメージを掻き立てられたらしく結局その4倍近くの衣装イメージ案を押し付けられてしまいました。

『貴女、アイドルを引退したらうちに来なさい!アイドルのみならず服飾界に革命を起こせるわ!』ととても熱烈なラブコールを受けましたが、果たしてアイドルを引退したからといって美城が私というチート持ちを手放すでしょうか。

見稽古が万能過ぎて、このような勧誘を受けたのは初めてではなく、両手両足の指では足らなくなってからは数えていません。

ですが、久しぶりにそういった道に進むのもいいかもしれないと思える殺し文句でした。

とりあえず、バッグに入れていた衣装イメージ案の入った封筒を対面に座る武内Pに渡します。

 

 

「拝見しても構いませんか?」

 

 

反響定位と気配察知スキルを総動員してクリアリングを行い、周囲のお客の視線がこちらに向いていないことを確認しておきます。

隠し撮りからのSNSなどネット上への拡散による情報流出となっては問題になってしまいかねません。

紙ナプキンを丸めて指弾を作っておきましたから、いざという時はこれでインターセプトさせてもらいましょう。

所詮は紙製なので殺傷能力は皆無ですが、黄金回転を加えて射出される指弾ですからそれなりの衝撃力はあります。

下手をすると訴訟問題にまで発展しかねない行為をしているのですから、それくらいは人生の授業料として甘んじて受けてもらいましょうか。

 

 

「どうぞ」

 

女教皇(プリエステス)の纏いし闇夜に溶け込みし暗黒の装束、我が瞳にて見定める!

(七実さんの衣装ですか!私も見たいです!)」

 

 

了承を得て武内Pが封筒を開けて中からイメージ案を取り出すと、私の隣に座っていた蘭子も飛び出すように武内Pの隣へと移動しました。

周囲の確認もせずに慌てて飛び出してしまうと事故の元なのですが、蘭子くらいの年齢の子に常に自らを律して行動せよと言っても難しいでしょう。

ですから、ここは大人である私が細心の注意を払って未然に防ぐように努めるしかありません。

 

 

「コンセプトは片翼の天使だそうです」

 

「成程、良いデザインだと思います」

 

「片翼の天使!我が二律を纏う翼とは違い、深淵の闇を想起させる凶相を感じさせるわ!

(片翼の天使!私の光と闇の2つの翼と違って、強く大きな黒い翼がカッコいいですね!)」

 

 

蘭子はセフィロ○を知らないようですが、お気に召したようです。

まあ、厨二系キャラランキングを製作したら間違いなくトップ5に食い込むこと間違いなしなキャラですから、気に入らないはずがないでしょうね。

いずれ菖蒲か杜若、好物に祟りなし、興味津々

蘭子と武内Pがどの案を選んだとしても心の平穏を保てるようにしておきましょうか。

 

 

 

 

 

 

「渡係長、今回は助かりました」

 

「いえ、お気になさらず。寧ろ、新人アイドルである私にゴールデンタイム放送のドラマの役を回してもらって感謝しているくらいです」

 

 

恐縮した様子で私に頭を下げてくる麻友Pに私も頭を下げて礼を言いました。

次期ライダーにおいて主演等が決まっている私ですが、まだまだアイドルとしては低ランクであり、例え数話程度しか出演しない脇役だとしてもゴールデンタイムのドラマで役を掴むのは難しいのです。

特に私は年齢が年齢ですし見た目も女性らしさに欠ける部分がありますから、配役が難しく武内Pも適当な仕事を見つけにくいようですね。

そんな中で今回麻友Pが持ってきてくれた、まゆが出演する学園ドラマの教師役の1つに空きが出て、監督の方から出演してみないかというオファーが来ているという話は、渡りに船でした。

ついこの間オンエアされた料理バトル番組での私とまゆの組み合わせに可能性を感じたらしく、私の演技力次第では出演回数を増やす可能性すらあるようです。

私の役は生徒指導部にも所属する体育教師であり、ガサツな部分が目立ちますが生徒のことをちゃんと見ている姉御肌なキャラなようで、かつて数多くの舎弟を抱えていた私には適任かもしれません。

 

 

「そんな!右も左もわからなかった新入社員の時に受けた恩に比べたら、全然大したことじゃないですって!」

 

「そんな事なんて気にしなくていいんですよ。新人を助けるのは先輩社員の役目ですから」

 

 

確かに麻友Pに限らず、新入社員には気を配って何かトラブルに巻き込まれたり、大きなミスをしてしまわないようにそれと無くアドバイスをしたりしてきましたが、そこまで恩を感じなくてもいいと思うのですが律儀ですね。

チートのお蔭でそういう手助けをしても大した負担になりませんし、失敗は成功の基とは言いますが挫折や企業に影響を及ぼすような可能性は極力少なくしておくに限ります。

つまりは、恩を売ろうという意味合いは一切なく私個人の独善的な価値観からの行動なので、感謝されてしまうと違和感でくすぐったいですね。

 

 

「‥‥敵わないなぁ」

 

「‥‥しぃ~しょ~う~?」

 

 

只の先輩後輩のやり取りだったはずなのですが、まゆのセンサーに引っかかるものがあったらしくジト目で咎めるような視線を送られました。

恋する乙女のボーダーラインというものは曖昧過ぎて本当に困りますね。

いっそのことマニュアルを作成して欲しいと思わないでもないですが、まゆに言うと徹夜してノート何十冊分になってでも書き上げてきそうなので、言わないでおきましょう。

読むのが面倒臭いとかではなく、私は麻友Pに対しての恋愛感情等は皆無なのにまゆにそんな無駄な労力を費やさせたくないのです。

 

 

「どうしました?」

 

「どうしたんだ、まゆ?そんな怖い顔して?」

 

「‥‥本当にちひろさん達の苦労がよくわかります」

 

 

そういった心の機微も見稽古の対象になってくれると私の日常生活も楽になるのですが、そうなると自身の感情も塗りつぶされそうですから諸刃の剣でしょうね。

 

 

「では、仕事の話に入らせてもらいますが、渡係長が出演するシーンの撮影日はこの日から2日間を予定しているそうです」

 

「場所は?」

 

「維新高校という公立の高校を貸切って‥‥渡係長?」

 

 

いやいや、維新高校は私の母校ではないですか。何ですかこれは、運命の悪戯というやつなのですか。

黒歴史最盛期からは外れていますが、高校生時代も人間讃歌を謳いたい魔王を引きずっていた頃ですから、記憶からも抹消してしまいたい地雷が形として残っている可能性が高いです。

いや、そんな希望的観測を言うのはやめておきましょう。十中八九残っているはずですから。

特に特徴もなく人気もない無名だった高校が、私の行った改革で部活動は全国大会の常連、学力も底上げされて高ランク大学への合格率が50%を超えるようになったので、伝説の生徒会長として今もなお語り継がれているはずです。

卒業式には、私の功績を讃える為だけの項目が追加されたくらいですし。

ああ、見える。当時から在籍している教員も何名か残っているはずですから、そこから芋づる式に私の過去がサルベージされてしまう未来が見えます。

最悪な未来に、思わず目の前が真っ暗になってしまいそうですね。

 

 

「師匠?大丈夫ですか?」

 

「ええ、大丈夫です。問題ありません。全く、これっぽっちも」

 

「そうは見えませんけど?」

 

 

絶望が表情に表れてしまっていたのでしょう。先程までジト目で睨んできていたまゆが、心底心配そうに私の顔を覗き込んでしました。

害意が無いとはいえ、少し頭を動かせば額が触れ合ってしまいそうになる距離まで接近を許してしまうとは、私の動揺も相当の様です。

 

 

「有名校ですけど、何かあったんですか?問題があるようなら対応するつもりですが?」

 

 

麻友Pも私のおかしさに気が付いているようで、心配そうにしています。

できることなら撮影場所を変えて欲しいというのが本心ですが、脇役の1人に過ぎない私の我儘で今更確保したものを変更できないでしょうから、心の奥底に無理矢理封印しておきましょう。

波紋呼吸をして心をフラットに落ち着けて、平静を取り戻します。

 

 

「‥‥私の母校なんですよ。だから、昔の私を知っている教師と会うと思うと恥ずかしいなと」

 

 

下手に隠そうとすると興味を刺激して詮索されてしまいかねないので、適度に情報を与えて興味の矛先を逸らしておきましょう。

まあ、それも実際に撮影で母校を訪れるまでの延命治療にしかならないでしょうけどね。

 

 

「そうなんですね。あんな有名校に通ってたなんて、流石は渡係長です」

 

「‥‥どうして、それがあんな顔に繋がるんですか?」

 

 

麻友Pの興味は完全に逸らすことができたようですが、まゆの方は駄目そうです。

私の思惑に乗らず、絶望した表情の意味を絶対に説明してもらうという強い意志を瞳から感じさせますね。

そういったのは懸想している麻友Pのみに向けて、私のことは放っておいて見なかったことにしておいてくれると嬉しいのですが、難しいでしょう。

料理を教えてあげたり、甘やかしたりと色々していますが、こんなにも心配される程好感度が上がっているとは思いませんでしたよ。

さて、本当にどうしましょうか。下手な誤魔化しはまゆを刺激してしまうだけでしょうし、困りました。

 

 

「そこは、詮索しないでほしいのですが‥‥」

 

「師匠‥‥どうして、自分のことは隠そうとするんですか?」

 

「別に隠そうなんて」

 

「嘘‥‥師匠、知ってます?

『大丈夫?』と問いかけられ『大丈夫』って答えるのは、虚勢を張って、意地を張っている人が無意識的にそうしてしまうらしいですよ?」

 

 

何でしょう、まるで浮気を問い詰められている亭主のような気分に陥ります。

まゆの視線は有無を言わさない強いもので、圧倒されることはありませんがやりづらくて仕方ありません。

麻友Pにまゆを止めて欲しいと視線で伝えますが、申し訳なさそうに両手を合わせて拝まれてしまいました。

どうやら、この状態になったまゆは懸想している相手である麻友Pの言葉であっても止めることができないようですね。

担当アイドルなのですから、しっかりと手綱は握っておいてほしいものですが、10代の少女達は一癖も二癖もあるので難しいでしょう。

 

 

「どこ見てるんですか?」

 

「まゆ、今はドラマの話を「話題をすり替えようとしないでください」‥‥はい」

 

「ちゃんと答えてくださいね♪」

 

 

私も女ですが、こうも綺麗な笑顔が相手に心理的負担を強いるとは知りませんでした。

今まで何気なく使用してきましたが、これをされた男性が何も言えなくなってしまうという気持ちが今なら痛いほどにわかるでしょう。

 

 

「‥‥高校時代は、ちょっとヤンチャしてた時代なんですよ」

 

「それで?」

 

「そんなことがバレたら、折角今まで築き上げてきた頼れるお姉さん像が崩れてしまうではないですか‥‥」

 

 

誤魔化しがきかない以上、私の最優先事項を黒歴史の欠片を掴ませない事にシフトさせて本心の一部を吐露します。

隠し事をするのなら損切りラインを定めておくことは重要ですから、ここまでなら私の精神的ダメージは許容範囲内で収められるでしょう。

本当なら、この内心でさえ言いたくありませんでしたが、割り切るしかありません。

 

 

「ふふっ‥‥ふふふ‥‥そんなことを気にするなんて師匠も人なんですね」

 

 

大きな溜息をついて頭を抱えるとまゆの心底可笑しそうな笑い声が聞こえてきました。

 

 

「失敬な。人より出来る事は多いですが、ちゃんと人ですよ」

 

 

まあ、特典(チート)を持って転生しているので普通のというがつくと怪しいところですが。

 

 

「だって、師匠って基本的に何でもできちゃうし、解決しちゃうじゃないですか。

そんな師匠が、頼れるお姉さん像が崩れるからってあんな顔をするなんて可笑しくて」

 

「私にとっては死活問題なんです」

 

 

どうやら、まゆの追及の魔の手から何とか逃れることができたようです。

今後はまゆの前では迂闊に内心を表に出さないように気を付けなければ、詮索されて黒歴史時代のことが白日の下に晒されることになりかねません。

本心を隠し続けるようで後ろめたいという気持ちが物凄くしますが、黒歴史の開帳だけは避けなければなりませんので仕方ないのです。

 

 

「こんなかわいいところがあるなんて‥‥師匠って、ずるいですね♪」

 

「褒めてます、それ?」

 

「褒めてますよ」

 

 

何だか釈然としない部分がありますが、今は黒歴史を守りきれただけ良しとしましょう。

そんな特大の秘密を守り切れた私の今の心境を、合衆国の超越主義哲学を世に打ち出したとある思想家の言葉を借りて述べるなら。

『己の秘密を守ることは他人の秘密を守ることよりも堅い』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、維新高校が私の母校であるとの情報が恐ろしい速度で346プロ所属のアイドル達に広まり、女子の情報伝達力に恐怖することになるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




7/29の5th Liveに当選しました。
こうしたライブに参加するのは人生初ですが、もう今からワクワクとドキドキが止まりませんね。

先輩Pの皆様方
もし、ライブの作法等がありましたらメッセージ等で教えていただける幸いです。

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