チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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話が長くなってしまったので、今回は前後編になります。


我が心と行動に一点の曇りなし、全てが正義だ

どうも、私を見ているであろう皆様。

最近、世界が私の黒歴史を発掘しようと躍起になっているとしか思えません。

アイドル業が順調なことは嬉しいのですが、片翼の天使(偽)からの黒歴史生誕の地でもある母校来訪の流れは疑わざるを得ないでしょう。

この件に関しては情報流出を避けるという大義名分のもとに、緘口令を敷かせてもらいました。

武内P等を通して七花に伝わると、そこから舎弟達に伝わってしまいこの前のイベントを超える人数が集合しかねません。

そうなれば、撮影の邪魔にもなるでしょうし、これまで頑張って隠し通してきたあの忌々しき黒歴史が開帳されてしまう事間違いなしです。

考えるだけで身震いしてしまうような恐ろしい未来に胃が痛くなりそうですが、一度請け負った仕事を放りだすなんて無責任な行動は私の矜持が許さないので諦めるしかないでしょう。

大いなる力には、大いなる責任が伴うという言葉もありますし、見稽古というチートで人類最高峰のスキルを多々備えているのですから、自身の感情という軟弱な理由で逃げるわけにはいきません。

ですが、心の奥底で憂鬱に思うくらいは許してもらえるでしょう。

 

今日はアイドル業も係長業務もオフな完全休日で、本来なら最近の趣味である食べ歩きに出ようかと思っていたのですが、現状では美味しいものもしっかり味わうことができそうにないので中止しました。

美味しいものを食べてこその人生ですが、しっかりと味わう為には万全な精神状態でなければなりません。

チートのお蔭で若干不安定な精神状態においても私の味覚は十全に識別してくれるのですが、それでは折角の料理やそれを作ってくれた方にも失礼でしょう。

 

 

「さて‥‥どうしようかしら」

 

 

趣味の食べ歩きを中止するとなるとやる事がありません。

家事関係は週の半分は誰かが泊まりに来ているので、溜め込むことなくきっちりしていますから追加でやる事もありませんし、あったとしても私なら1時間もかからないでしょう。

元々が無趣味な人間ですから、休みとなると時間を持て余してしまいます。

かつての私であれば、休日は抑圧されていたチートを解放したいという欲求を満たすためにカラオケに行ったり、ゲームセンターで各ゲームの最高記録を塗り替えたりしていたのですが、アイドルとしての知名度が良くも悪くも高くなり出したのでプライベートの行動にも注意が必要でしょう。

以前よりもチートの制限を緩くしているので、私の行動は1つ1つが悪目立ちしてしまう傾向がありますから。

情報というものは、扱い方次第で人を生かす妙薬にも殺す凶刃にもなり得るものですから、対策は十二分に取っておいて損はありません。

そう考えると行動範囲は極端に狭くなってしまいますね。

いっそのこと家から一歩も出ずに怠惰を極めてしまうというのも良いのかもしれませんが、シンデレラプロジェクトの皆やいつものメンバー達に武内P、部下達はトラブルなくちゃんと仕事ができているだろうかと気になりだすと身体がそわそわして落ち着きません。

泊まりに来ていたちひろからは『今日は仕事のことを忘れて、しっかり休んでくださいね。七実さんは只でさえ働き過ぎなんですから』と出勤していく前に言われたのですが、この様子だと無理そうです。

しかし、ここで何の理由もなく出勤したならば、また正座でお説教コースが待ち受けているでしょう。

ちひろと美波の2人は、特に事あるごとに私に正座をさせようとしてきますからね。

長時間正座をさせられても足が痺れることなく行動することはできますが、それでも床に正座させられてお説教されるというのは避けたい所です。

しかし、昔の偉い人は言いました。

 

 

「無いなら、作ってしまえばいい」

 

 

所謂、後付け設定というやつですね。

私は346プロダクションアイドル部門の係長ではありますが、同時にそこに所属するアイドルでもあるのですから理由なんていくらでも作れてしまいます。

蘭子のMVに出演することが決まってしまい剣を使った軽い殺陣を演じることになりましたから、軽く勘を取り戻す為に自主レッスンをしに行きましょう。

アイドルが次の仕事に向けて自主レッスンを行うことは、褒められこそすれ決して非難されるものではありません。

何時如何なる時でも最高のスペックを発揮できる私には全く必要のない行為ではありますが、周囲の人達はそれを知らないはずなので十二分に大義名分となり得ます。

素晴らしい名案に、黒歴史開帳の可能性や暇を持て余していたことによる陰鬱な気持ちも晴れていくようです。

そうと決まってしまえば、こんな所で悠長に時間を浪費している暇はありません。

1日に与えられた時間は有限、無駄にしてしまう前に行動あるのみです。

チートスキルをふんだんに使用して着替えと厳重に保管しておいた居合刀を含む荷物の準備を終え、鼻歌交じりに外へと飛び出しました。

空模様は今の心境と反してどんよりとした厚い雲が覆っていますが、今なら心象風景を具現化して快晴の空へと変えることもできそうです。

まあ、私の心象風景なんて具現化してしまったら碌な世界になりそうな気がしませんが。

黒歴史時代の私であれば神話の神々が殺し合う、物騒至極極まりない神々の黄昏(ラグナロク)のような末恐ろしい世界でも顕象していたかもしれません。

とこんなくだらない妄想をしてしまうのは、きっと自身に施している封印が解けかけているのでしょう。

本当に厄介な存在ですよ。忘れ去りたい黒歴史というものは。

 

 

「では、その時間でお願いします」

 

 

いつものセットといっても通じそうなチートスキルセットを使用し、気配を殺して移動しながらレッスンルームの確保をしておきました。

できて間もないと言っても、業界最大手の我が346プロに所属するアイドルは中小プロダクションより多いので、こうして予約を入れておかないとすぐに埋まってしまいます。

それに346プロの芸能部門はアイドル部門だけではありませんので、レッスンルームの確保は意外と激戦だったりするのです。

刀袋から伝わる居合刀の重みは、久しぶりに手入れ以外で保管庫から出られることに対して歓喜しているようでした。

元ネタの虚刀流は刀を使えない剣士ですが、見稽古と私が完了に満たない事のお蔭で問題なく使えています。

昔は色々と技を再現しようして無茶な使い方をして、何本も折ってしまい自分の未熟さに落胆したものですが、今では刀を痛めることなく零閃擬きを放てるまでに極めました。

流石にこの居合刀は斬刀ではないので何機も出撃させることはできませんし、光速に至る斬撃を繰り出せば現実的なレベルでの人類最高峰でしかないチートボディもただでは済まないでしょう。

過去一度、限界に挑戦しようとして筋完全断裂寸前の大怪我(全治3日)を負って、両親と七花から鍛錬禁止令を出されかけてしまったこともあります。

我ながら無茶をしたものだとは思いますが、チートを貰ったらどこまでできるかやってみたくなるのが人間の性というものでしょう。

 

通勤や通学途中の人波を時にすり抜け、時に周囲の建造物を利用して飛び越え美城本社までの最短経路を駆け抜けます。

この異常極まりない出勤風景を認識できる人が居れば『人力TAS』とか言われてしまいそうな変態機動でしょうが、誰も認識できない以上問題ありません。

ばれない事実は真実となり得ないのですから。

既に美城本社は視界に入っていますので、更に加速して一気に駆け抜けましょう。

勿論、出勤途中の社員達に認識させず、今の風は少し強かったなと思わせる程度の影響しか与えないように注意します。

そして、エレベーターではなく緊急避難やサボり、時間潰しくらいにしか使われることのない階段を駆け上がり確保しておいたレッスンルームのある階層へと一直線に向かいます。

階段を昇り終えフロアに出た所で発動していたチートを解除し、少し乱れてしまった身嗜みを整えてからゆっくりとレッスンルームの前まで移動しました。

レッスンルームの扉はいつもと変わらない普通の物でしたが、扉の向こうから禍々しいオーラとそれを隠そうともしない人の気配がします。

その気配を私は嫌というほどに覚えがあり、またこんなに情報が渡ってしまった原因については昼行燈か私の部下が一枚噛んでいるのでしょう。

してやられた感がありますが、今更どうしようもないので溜息をついてゆっくりと扉を開きました。

 

 

「おはようございます、美波」

 

「はい、おはようございます。

じゃあ、七実さん。早速ですが、正座しましょうか」

 

 

挨拶と同時に正座を要求してくる美波に、私は隠すことなく大きな溜息をつきました。

後付け理由は用意してきていますので、後は平和に終われるよう頑張りましょうか。

 

 

 

 

 

 

「話はちゃんと聞きますから、とりあえず正座しましょう」

 

「お断りします。ところで、美波は何故ここに?」

 

 

見ている人に恐怖感を与えてしまう、アイドルあるまじき黒い笑みを浮かべる美波に対し拒否の姿勢を示します。

いつから美波は、とりあえずビールみたいな気軽さで正座させる系キャラになったのでしょうね。

会った当初のあの初々しさは、今ではすっかり無くなってしまいました。

まあ、今のお世話焼きでお節介な所もある美波が素なのでしょうし、こうして本音でぶつかってきてくれるようになったことは悲しむどころか大歓迎です。

 

 

「七実さんが休日出勤する気みたいだからって、ちひろさんに頼まれたんです。後、拒否権はありません」

 

「休日出勤じゃありませんよ。ただの自主レッスンです」

 

 

この展開は想定済みなので、刀袋を揺らしながら用意しておいた理由を伝えました。

自主レッスンはアイドルの私用ですから、咎められる理由なんてありません。

レッスンが終わった後で、シンデレラプロジェクトや部下の所に顔を出してちょっとお手伝いをしたとしても、それは仕方ない事です。

助けを求める手を振り払うのは、仁義に悖る行為ですから。

 

 

「‥‥それは?」

 

「愛用している居合刀です。今度の撮影では剣を使うみたいですし、流石に家では本身を振るうに十分なスペースがありませんから」

 

 

私に掛かれば室内であっても周囲の家具を傷つけずに刀を振るうことは可能ですが、それを知る人間はいません。

実に素晴らしい理由付けではないでしょうか。

 

 

素晴らしい(ハラショー)!!』

 

「あの3段突きでわかっていましたが、やはり七実さんは剣の道も修めていたのですね!」

 

 

レッスンルームの隅で観戦態勢を整えていたアーニャと脇山さんは、楽し気に私がどんな剣術を使うかについて盛り上がっていました。

チートによって再現された数々の漫画の技は、元が娯楽作品なだけあって見栄えが良いものが多いですからね。

あんなふうに楽しみにされると嬉しくて、つい限界ギリギリまで見せてあげたくなります。

 

 

「そこの2人、ちょっと静かにしててね」

 

はい(ダー)』「はい」

 

 

そんな2人を黒い笑顔で黙らせた美波に、私は心のメモ帳にある怒らせてはいけない人リストの欄に美波をそっと加えました。

女性というのは、笑顔であんなにも怒れるというのがすごいですよね。

私に向き直った美波は、何か諦めたような微妙な表情を浮かべて黒い笑顔を解き、そして大きな溜息をつきました。

 

 

「わかりました。自主レッスンなら、私に止める理由はありません」

 

「理解してもらえて何よりです」

 

 

追及を逃れられたことに心の中でガッツポーズをとり、正座と説教から逃れられたことを神に感謝します。

昼行燈のような例外もいますが、転生分の人生経験は伊達ではないのですよ。

 

 

「但し、七実さんが余計なことに手を出さないように監視させてもらいますから」

 

「‥‥そんな事必要ないのでは?美波にも予定があるでしょうし」

 

 

確かラブライカは午後から雑誌の取材を受けることになっていましたから、その準備や打ち合わせも必要な筈です。

デビューしたばかりの新人アイドルグループ紹介コーナーの1組ということなので、そこまで時間的な拘束もなく比較的楽な仕事に分類されるでしょう。

ですが、どんな簡単なものだったとしても仕事は仕事です。こんな所で油を売っている暇はありません。

これは監視されては手伝いがやり難くなるという理由だけではなく、先輩アイドルとしての言葉です。

 

 

「大丈夫です。他のシンデレラプロジェクトの子達も協力してくれるみたいですから」

 

「‥‥成程」

 

 

ちひろの提案でしょうが、しっかりその辺は考慮していたようですね。

交代制なら1人当たりの負担量も少なく済みますし、急用が入ったとしても対応可能でしょう。

この後予定していたお手伝いが至極やり難くなるという点に目を瞑るのなら、文句のつけようのない良い案であると言えます。

ここで下手に断ってしまうと後付け理由も崩れてしまい、正座お説教コースが待ち構えているでしょうから妥協点はここでしょう。

損切りラインというものを見極められるようにならないと、何かと柵が多い大人の世界を上手く渡っていくことができません。

流石にどこぞの紅茶好きな国やうちの昼行燈のような、変な交渉スキルを身につけろとは言いません。寧ろ、あそこまでいくと引きますね。

 

 

「わかりました。それでいいですよ」

 

「じゃあ、私も七実さんの自主レッスンを見学させてもらいますね」

 

 

そう言って美波は、先程までの黒い笑みとは正反対の花開いたような笑みを浮かべて筆談で静かに盛り上がっていた2人の下へと移動しました。

監視が付いてしまったのは痛いですが、とりあえずは後付け理由を達成してしまいましょう。

この場には異性の目がないので、その場で早着替えスキルを利用して持ってきていた道着に着替えました。

いつものトレーニングウェアでも良かったのですが、やはり刀を使うならこちらの方が様になりますし、心に程よい緊張感が生まれて身が引き締まる気がします。

 

 

「また、七実さんは‥‥他の子が真似するようになったらどうするんですか」

 

「何という早着替え!珠美も見習わなければ!」

 

「ワクワク♪ワクワク♪」

 

 

確かに更衣室でなく、この場で着替えるのは行儀が悪い行為でしたね。

これを仁奈ちゃんやみりあちゃんが真似するようになってはいけませんから、今後は年少組の前での立ち居振る舞いはより気をつけるようにしましょう。

さて、この愛刀を振るうのは久しぶりですので、最初は素振りから始めましょうか。

2尺5寸の至って普通の居合刀を抜き、上段に構えて軽く振り下ろします。

ただの素振りですが、見稽古のお蔭で無拍子且つ無音というそれは見る人が見ればその異常性がきちんと解ってもらえるでしょう。

構えては、振り下ろす。それを1つ1つ丁寧に、焦る素振りなく、しかし着実に速度を上げながら繰り返していきます。

刀身はぶれる事もなく、正中をリプレイ映像のように何度もなぞり、心も水面のように穏やかに静謐に満ちた無の世界へと至る。

私は刀であり、刀も私である。そんな武の境地ですら、見稽古は容易く習得してしまうのですから恐ろしいチートです。

100回の素振りを終えて、一息入れる為刀を納めました。

これくらいで疲れることはありませんが、勘が一切鈍っていないということが確認できたので素振りはこれくらいで十分でしょう。

 

 

「お見事です!」『お見事です!』

 

 

素振りが終わった途端に、脇山さんとアーニャが深々と頭を下げてきました。

やはり、武道の経験があるだけあって、全てではないでしょうが、わかってくれたようですね。

脇山さんは別として、虚刀流門下であるアーニャがこれを理解できないようであれば、今度の鍛錬は厳しめにしなければと思っていましたが杞憂に終わってよかったです。

流石に、美波は何が何やらわかっていないようですが、それは仕方のない事でしょう。

 

 

『御見事!』

 

 

心底嬉しそうな笑みで音のない拍手を送る侍亡霊の存在に溜息をつきたくなります。

また地下から出張してきたようで、毎度のことながら誰も伝えてくれる相手がいないのにどこから嗅ぎつけてくるのでしょうね。

私の素振りを見て昂ってきたのはわかりますが、今すぐ死合いたいという猛禽類のようにぎらついた目を向けてくるのはやめて欲しいです。

自由な亡霊でいる為に一般人に仇なさないという約定があるようなので、この場では仕掛けてくることはないでしょうが、また眠りの浅い日々を過ごすことになるのでしょう。

 

 

「ねえ、アーニャちゃん、珠美ちゃん。今の七実さんの素振りってそんなに凄いの?

確かにフォームとかは凄い綺麗だなと思ったけど」

 

「美波殿、凄いなんてものではありません!あの素振りは達人の境地です!」

 

師範(ウチーティェリ)は凄いんです!」

 

 

美波が質問すると、興奮冷めやらぬ2人は凄まじい勢いで語り出しました。

 

 

「まず音が全くしなかった点!普通の素振りなら少なからず風切り音がするんです!

それがしないという事は、七実殿の技量がそれだけの境地にあって空を斬っているからなのです!」

 

「そして、師範(ウチーティェリ)の剣は見えても避けられません。気が付いたら斬られています」

 

「そ、そうなんだ‥‥」

 

 

2人の勢いに気圧されている美波でしたが、何となく私の素振りの規格外さを理解したようです。

 

 

「2人共、その年齢でよくそこまで見抜けましたね」

 

『私は虚刀流の弟子(パスリェドヴァーチェリ)ですから!』

 

「珠美は、剣で七実殿を超えるつもりですので!」

 

 

誇らしげにロシア語で宣言するアーニャと、若干の怯えの色が見えますがしっかりと私を見て答える脇山さん。

その姿は遥かなる高みを目指す挑戦者が持つ穢れなき真っ直ぐな輝きがあり、見稽古のお蔭でそんなものとは無縁の人生を送ってきた私にはひどく眩しく見えました。

こんなものを見せられては、私も出し惜しみなく頂というものを見せてあげたいと思ってしまいます。

なので、家から持ってきた新聞紙を丸めて簡易な試し斬りの標的を作り、自分の前に置きました。

 

 

「そうですか‥‥なら、刮目して見なさい」

 

 

私の言葉に、正座してその瞬間を待つ2人と今から何が起こるのか楽しみで仕方ないという侍亡霊を尻目に、ゆっくりと構えます。

刀が折れてしまい飛び散った破片で3人を傷つけるわけにはいかないので、愛刀の耐えられる範囲での全力ですが、それでも頂の片鱗くらいは見えるでしょう。

軽く呼吸を整え、愛刀を抜き放ちました。

 

零閃編隊――三機

 

厨二は封印しているので技名は言いませんし、口に出す頃には終わっていますから意味がありません。

しゃりん、しゃりん、しゃりんという輪唱の如き3連続の鍔鳴り音がレッスンルームに響き渡ります。

正確にいえば零閃擬きなので、もしかしたら侍亡霊には3回目あたりの刀身が見えていた可能性がありますね。

宇練流の居合い術は相手に刀身を見せないことが本質なので、そうであるなら今のは零閃失格の技だったかもしれません。

欲を出して3機編成にしたのが良くありませんでしたね。驚かせるなら2機編成で十分だったでしょう。

4つに分割されながら崩れ落ちる新聞紙の棒を眺めながら、つい格好を付けたがる自身の性格を反省します。

 

 

「どうでしょうか?」

 

 

軽い痛みを訴えだす右腕を無視しながら、全員に尋ねます。

やはりですが、零閃編隊は空想だからできる技であり現実世界で再現するには難があるのでしょう。

昔より更に強化された人類の到達点であるチートボディをもってしてもダメージを受けるのですから、これが3倍以上である10機になったらと考えると恐ろしいですね。

 

 

『ふふ、ふはははははは!何という、何という境地!見事、御美事!』

 

 

最初に反応したのは、予想通り亡霊でした。

零閃がどの程度の境地であるか正しく測れたのか、私の前では滅多に見せない隙だらけな状態で笑い転げていました。

白坂ちゃんの協力によってあの比較的最新に属する黒歴史の特撮を見たり、虚刀流のPV撮影も覗いたりしていましたが、こうして刀を振るう姿を見せたのは初めてでしたね。

戦国時代の戦いは割と何でもありだったと聞いているのですが、この亡霊は刀で斬り合うのが好きなのでしょうか。

 

 

『渡殿。其方と死合える日を心よりお待ちしておりますぞ!』

 

 

それだけ言い残すと亡霊は、私にだけ聞こえる高らかな笑い声を響かせながら地下の方へと消えていきました。

これはやってしまった感がありますが、ここで零閃を見せたことは後悔していません。

 

 

「連続居合い斬り!?何ですかそれ、すごく格好いいです!是非、珠美にもご教授を!」

 

師範(ウチーティェリ)はニンジャマスターだけでなく、サムライマスターだったんですね!素晴らしい(ハラショー)!!』

 

「虚刀流の映像も見せてもらいましたけど、本当に規格外ですね」

 

 

ようやく理解が追い付いた3人からの感想に、決して無駄ではなかったというのがわかりますから。

特にじゃれつく小型犬のように私の元へと寄ってきたアーニャと脇山さんを見れば、良い刺激になったことが身体全体から伝わってきます。

脇山さんの肉体の成熟度から考えて、流石にいきなり零閃は教えることはできませんが、簡単な技や術理から教えてあげましょう。

葦ふくむ雁、武芸百般、宣戦布告

私の剣は平和とは程遠い殺人剣ですが、それでも平和な空間を作れたりもします。

 

 

 

 

 

 

零閃を披露した後、殺陣に映えそうな軽い剣舞を行い自主レッスンを終えました。

その後は、時間も余っていたので新たに私に弟子入りした珠美に軽く手解きをしてあげたり、4人で談笑したりしていました。

1人だけ年代が違う為あまり話題についていくことができず、聞きに徹する破目になりましたけどね。

アイドル部門で仕事をしているので流行等は把握していますが、やはり可愛いとかの感性ばかりは若い娘と同じとはいきません。

特に私はデザイン性よりも実用性を追い求めるきらいがありますから、余計についていきにくいのです。

 

 

「ねぇねぇ、七実さま。これも頼んでいい?」

 

「いいですよ」

 

「ヤッタ~~☆」

 

 

そして現在、お昼時には少し早い時間ですが、私はラブライカから監視役の任を引き継いだ莉嘉と共に346カフェで早めの昼食をとっていました。

私達はハンバーガーセットを頼み、莉嘉はストロベリーサンデーを追加注文します。

346カフェのハンバーガーは、一般的なチェーン店のものよりもボリュームがあるのですが、食べ盛りで甘いものは別腹な現役JCなら問題ないでしょう。

御釣りが出ないようきっちりで料金を払い、莉嘉と共に座る席を探します

朝はどんよりとしていた天気も、厚かった雲が晴れて心地良い日差しが差し込んでいるので、一番日当たりのよい席を確保しました。

 

 

「その袋の中って、何が入ってるの?」

 

 

好奇心旺盛な莉嘉は日常生活では、まず目にすることがない刀袋に興味津々なようです。

好奇心は猫を殺すというイギリスの諺もありますが、そんな事をいった所で止まる子供はまずいないでしょうし、隠せば隠すだけ余計に好奇心を刺激するだけでしょう。

 

 

「刀ですよ」

 

「えっ、ホント?すっご~~い!ちょっと触らせて♪」

 

「駄目です」

 

 

愛刀は斬れない模造刀ではなく、本身ですから何かの拍子に怪我をさせてはいけません。

チート技術を用いて入念に手入れしてある為、切れ味も普通の物より格段に向上しているでしょう。

そんな愛刀でできた刀傷は容易に皮下組織までに達して、一生消えない傷痕を作ってしまう可能性があります。

自らの不注意で愛らしいアイドル達にそんな傷を負わせてしまったとなったら、私は自分の命を絶つ程度では許せないくらいの後悔に襲われるでしょう。

なので、ナイフ術の心得もあるアーニャや剣道経験のある珠美にも触らせることはありませんでした。

鍵付きロッカーに預けずに、こうして絶えず持ち歩いているのも、誰かが触ってしまう可能性を極力減らす為なのです。

 

 

「えぇ~~、なんでなんで!い~じゃん、ちょっとくらい!」

 

「何といわれても駄目です」

 

「ケチ!イジワル!!」

 

 

普段であれば少なからず精神的なダメージを被るであろう言葉も今の私には響きません。

守る為には時には自ら傷つくことも耐えなければなりません。そして、それには覚悟が要ります。

傷つくことがわかっていれば覚悟ができる。そして、覚悟はそんな痛みを吹き飛ばすでしょう。

某漫画でラスボスを務めた神父が『覚悟した者は幸福である』と言っていましたが、今なら少しだけそう思った気持ちがわかるような気がします。

 

 

「お待たせいたしました。ハンバーガーセットとストロベリーサンデーです」

 

 

無言の上目遣いで了承の言葉を引き出そうとしていた莉嘉ですが、覚悟を決めた私には通用せず、そんな事をしている間に注文した品が運ばれてきました。

 

 

「さて、料理も来ましたから食べましょう」

 

「はぁ~~い」

 

 

どうやら、刀を触らせてもらえないことがかなり不服なようです。

まあ、いくら自分のことを思ってとはいえ、大人の理由で自由が制限されてしまえば子供が面白くないのは当然ですね。

 

 

「‥‥剣道でも居合道でもいいので、しっかりと修めることができたら触らせてあげましょう」

 

 

我ながら甘いとは思いますが、きちんと武道を修めたなら無暗に振るうことはないので触らせてあげても大丈夫でしょう。

 

 

「いいの?」

 

「武の道を修めるのは、トップアイドルになるくらい難しいですよ?」

 

「あたしはカリスマギャルになる予定の城ケ崎莉嘉だよ?アイドルもブドーもカンペキでしょでしょってこと、ショーメーしちゃうんだからー☆」

 

 

私の問いかけに、瞳を輝かせて親指を立てたピースサインを目元に持ってくるギャル特有のポーズで答える莉嘉の姿に、思わず笑みがこぼれます。

自分が挫折することなんて全く思っていない青臭くも眩い姿、これが若さですか。

 

 

「いただきます」

 

「いっただっきま~す☆」

 

 

糧となってくれる全ての食材に感謝を込めて祈り、ハンバーガーに齧り付きます。

ふっくらと焼き上げられた小麦の匂いがかぐわしいバンズを越えるとチェーンの倍の厚みはあるであろうパテへと辿り着きました。

しっかりと火が通っているパテは、噛み応えを失わないようあえてゴロゴロとした肉の塊が混ざっており、噛みしめる度に濃厚な肉汁が新たに溢れてきます。

肉を食べているという満足感たるや、もはやハンバーグではなくステーキを食べているかのようですね。

厚いパテ以外には瑞々しいレタスとケチャップベースの特製ソースしかないというシンプルな構成も、このボリューム満点なハンバーガーをより高めているのでしょう。

シンプルだからこそ誤魔化しのきかない素材1つ1つの味とバランスが要求されるのです。

何度も食べているのですが、それでも飽きがくることなく食べたく思えるのは、このハンバーガーの完成度が高いという証左でしょうね。

アイドルとしては失格かもしれませんが、小口でちまちま食べてはこのハンバーガーに失礼なので、見苦しくない最低限の節度は保ちつつ豪快に齧らせてもらいます。

 

 

「おいしー☆」

 

 

ジャンクフードを食べ慣れている莉嘉も、このハンバーガーの美味しさは初体験だったようで、私に負けず劣らずの勢いで食べ進めていました。

地味にチートを使っている私とは違い、勢いだけで食べている莉嘉の口元はソースで汚れてしまっていますから後で拭いてあげましょう。

半分くらい食べ進めた所で、今度はセットで付いてきたポテトに手を伸ばしました。

皮目のついた大小入り乱れる形が不揃いなポテトですが、丁寧に二度揚げされているので外側はカリッと中はホクホクという最高の加減に仕上がっています。

塩だけでなく微かに振りかけられた粗挽き胡椒の風味と辛味が、このシンプルなハンバーガーとベストマッチしていて、配分を間違えて食べ尽してしまいそうになりますね。

そして、ここでコーラ等の炭酸飲料で口の中を洗い流すのは、まさにジャンクフードの醍醐味と言えるでしょう。

通常の1.5倍の大きさはあったのですが、あっという間に完食してしまいおかわりを頼むか悩みそうになります。

ここでおかわりを頼んでしまうと、来て食べるまでの時間で莉嘉を待たせてしまう事になりかねないので今回は諦めましょう。

午後から活動するだけのカロリーは摂取済みなので、食べなければ倒れてしまうという事はありません。

その気になればチートで数日間飲まず食わずでも活動は可能です。

 

 

「ほら、付いてますよ」

 

「ありがと~」

 

 

莉嘉の口元を拭いてあげていると、ふと昔のことを思い出しました。

そういえば、幼い頃の七花もよく口元を汚していたのでこうして私が拭いてあげていましたね。

流石に高校生に上がった頃には姉に世話を焼かれるのが恥ずかしくなってきたのか、殆ど汚すこともなくなり自分で気がついて拭くようになっていました。

黒歴史中であっても、そういった家族団欒の時間では私もまだまともだったと思います。

口元を拭いた紙ナプキンを丸めてハンバーガーの入っていた籠に放り込み、空を見上げました。

さて、午後からはどうやって監視の目を掻い潜りながらお手伝いをしに行きましょうか。

こんな悪巧みを考えている私を正当化する為に、とある漫画の並行世界を行き来できる能力を持った大統領の言葉を借りて述べるなら。

『我が心と行動に一点の曇りなし、全てが正義だ』

 

 

 

 

 

 

 

さて、後付け理由は達成したので午後からはしっかりとお手伝いをしていきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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