チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~ 作:被る幸
惜しむらくは、名刺を用意していかなかったことくらいでしょうか。
次回参加できる機会に恵まれたとしたら、ちゃんと調べて名刺を作り先輩プロデューサーの方々と交流してみたいと思います。
どうも、私を見ているであろう皆様。
午前中は自主レッスンという後付け理由を達成する為に、零閃を披露して弟子が増えたり、亡霊に更に目を付けられたりしてしまいましたが元気です。
目下の悩みとしては、事あるごとに私に正座を強要するようになってしまった美波についてくらいでしょうか。
すっかりちひろのように私に対して口煩くなってきてしまい、いったい何処で私は選択肢を選び間違えてしまったのでしょう。
あまりおかしな選択はした覚えはないのですが、レスポンスが決まりきっているゲーム世界と現実の人間は違いますから悩んでいても深みに嵌るだけでしょうね。
そんなどうしようもないことは一旦思考の隅に置いておいて、莉嘉との昼食を済ませた私はシンデレラプロジェクトのプロジェクトルームにいました。
私物の持ち込みが始まり、お洒落で落ち着いた雰囲気のオフィスだったプロジェクトルームはアイドル達それぞれの個性の色が加わることにより無秩序ながらも華やかなものとなっています。
私物申請で持ち込んだ書庫も資料整理に早速活躍しており、やはり私の見立ては間違っていなかったという証明でしょう。
「李衣菜、コードの移行が上手くできないなら、一度止めてゆっくり反復練習しましょう」
「はい!」
少し曲が弾けるようになった初心者にありがちな、苦手なコード移行を誤魔化すのを注意すると李衣菜は素直に演奏を止めて反復練習に入りました。
こういった基礎訓練は上手くなってきたという自負があればあるほど嫌うものですが、それをしっかりと聞き入れることのできる李衣菜はいずれ大成するでしょう。
指導当初は初心者向けの曲も殆ど弾けなかったのですが、それが少し弾ける程度になり嬉しさが隠せないようで、本当に楽しそうな笑顔を浮かべてギターを弾いています。
しかし、学生時代から思っていたことではありますが、この
ということで、
①まず、相手の演奏能力を見稽古します。
②見稽古した能力で軽く演奏してみて、得意分野と苦手分野を全て洗い出します。
③後は、その苦手分野を最適な手段で克服させ、得意分野は更なる強みへと昇華させます。
ね、簡単でしょう。
相手がどれだけの能力を持っていて、どんな事が苦手なのかを理解していれば、あとは適切な指導を行っていくだけで相手が成長してくれるのです。
母校において私が所属していた3年間で、様々な分野におけるプロフェッショナルが数多く輩出されたのも全てこの育成システムの賜物でしょう。
特に私は各分野の世界最高レベルの技能を習得しているわけですから、それを相手に合わせたものに改変して指導すれば数年で劇的な効果を発揮するのは当然の結果です。
指導の中で全く新しい概念を自分で閃く天才もいて、それを見稽古することで私自身も強化されるというまさにwin-winな関係でしたね。
まあ、指導を受けた舎弟達が妙に恩義を感じ過ぎているという点が唯一の欠点と言えるでしょう。
私がしたのはその人の弱点という粗探しをして、強みを教えてあげただけで、成功を掴んだのは全て自身の力なのですけどね。
どうして、ああいう風になってしまったのでしょう。
ゆっくりとコード移行の練習を反復する李衣菜を眺めながら、私は小さく溜息をつきました。
李衣菜の練習を片目で見守りつつ、もう片目を使って最近活躍の場がなかったタブレット端末を確保しておきます。
お目付け役の李衣菜は反復練習に集中していますし、莉嘉はお腹いっぱいになって満足したのかソファで夢の世界へと旅立っていました。
つまりは、今の私を邪魔する存在がいないという事です。
タブレット端末から私の愛機にアクセスして、ちょっとしたお手伝いの準備を開始しました。
指の動きも最小限に抑え、視線誘導等のスキルを使用して気がつき難くなるように隠蔽もしていますからこれを正面から見破るのは簡単ではないでしょう。
今は、李衣菜の指導が最優先事項ですが、それが終わったと同時に行動が開始できるようにしておきます。
社会人の仕事というのは、前準備の有無によって効率や質が大きく変化してしまいますから。
「押さえることに意識が向き過ぎて、指に無駄な力が入ってますね。少し力を緩めて弾いてみてください」
「はい、先生!」
反復練習が上手くいっていない李衣菜に軽くアドバイスしながら順調にお手伝いを進めていると、プロジェクトルームに接近してくる軽快な足音が聞こえてきました。
音の反響具合から人物を特定し、作業を終えたタブレット端末を隠しておきます。
このタブレット端末に罪はないのですが、周囲の人達には私がタブレット端末を弄る=仕事という方程式が確立されていますので、持っているのを見ただけで没収されかねません。
確かにこのタブレット端末は仕事用にカスタムしてはありますが、普通の調べ物においてもサクサクできるので色々重宝しており、仕事と私事の割合は7:3くらいです。
そんな風に無駄に警戒レベルが上がってきているようなので、念には念を入れておいて損はありません。
「それです。今くらいの力で押さえるのが一番いいでしょう」
「なるほど、これくらいですね!」
「もう少し反復練習をしたら、また最初から通してみましょう」
「はい!」
ロッカーに憧れている割には、指導を受ける姿勢が典型的な優等生なのは親御さんの教育が良かったからでしょう。
初期の舎弟達の中には反骨精神旺盛な不良も居ましたし、そういった輩を実力を以って黙らせたことも両手両足の指では足りないくらいありますね。
しかし、最近増えつつあるアイドルの弟子達は、全員が良い子過ぎて少し寂しいのです。
素直に私の言う事を守り順調に成長してくれているのは、師として嬉しい事でしょう。
しかし、ダメな子ほど可愛いという訳ではありませんが、もう少し我儘を言って『仕方ないですね』とか言いながら世話を焼きたいとも思ってしまうのです。
自身でも何と屈折した身勝手な願いだとは理解しています。それでも、世話焼き気質の人間100人に聞けば4,5人くらいは理解してくれるのではないでしょうか。
その点、弟子ではありませんがいつものメンバー達、特に某25歳児は私のそういった欲求を程よく擽ってくれますので得難い存在ですね。
「おはようございます!」
「おはようございます、卯月」
「おはよう、卯月ちゃん」
聞いているこちらまで明るくなってしまいそうな、弾んだ声で挨拶をしながら入ってきた卯月に私と李衣菜も挨拶を返します。
古事記には書いていませんが、実際社会に出ると挨拶は大事です。当たり前すぎる事ではありますが、これを怠ってしまうだけで与える印象が大きく変わりますからね。
特にこの業界は、挨拶を怠る人間は大成することはないと言っても過言ではないでしょう。
「あれ、七実さま?今日はお休みで‥‥まさか、休日出勤ですか!?
大変です!プロデューサーさんに連絡しないと!」
「違います。自己レッスンしに来て、その後ちょっと顔を出しただけですよ」
オフの筈である私がいるのに驚いた卯月が、慌ててスマートフォンを取り出し武内Pに連絡を入れようとしたので後付け理由を伝えて止めます。
全く、どうして周囲の人達は私が出勤していると直ぐに仕事をしようとしていると考えるのでしょう。まあ、間違っていないのですが。
「そうなんですね。七実さまって、そういうのは必要ない方と思ってました」
「あっ、それちょっとわかる。人類の到達点とか呼ばれてるし、ギターだってすごい上手だし」
確かに見稽古のお蔭で、自主レッスンどころか普通のレッスンも1度あれば十二分なパフォーマンスを発揮できるという自負ありますが、そこまで効率化を求めては機械と同じでしょう。
何より、最近の心の癒しであるアイドルとのふれあい(一部の成人済アイドルを除く)を絶たれると、私の心の消耗が素晴らしいことになるでしょうね。
それでも、仕事の質には影響は出しませんが、その日の食事量が上乗せされるでしょう。
「それは、もう自信ではなく慢心です。慢心すると心に隙を生じ、いつか致命的な失敗へと繋がります」
何を思ってか私に憧れる人間が増えてきているので、ここはちゃんと釘を刺しておかなければなりません。
私は
それを直接的でも間接的でも捻じ曲げてしまうようなことになってしまえば、私は後悔するでしょう。
私なんて、見稽古が無ければ誰からも敬意を受けるに値しない矮小な人間なのですから。
「そうですよね‥‥わかりました!私、慢心なんてしないよう頑張ります!」
「確かに慢心してる人って、ロックじゃないよね」
「日々精進。最初は、ただひたすらに進み続ければ良いんです。
それを辛いと思う事も、投げ出したいと思うこともあるでしょう。ですが、止まらない限り道は続きます。
だから、休んでも良いですし、逸れてみてもいい‥‥ただ、止まってしまわないようにしてください」
つい説教臭いことを言ってしまいましたが、これは半ば自身に言い聞かせている言葉でもあります。
私は止まってはいけない、止まることを考えてはいけない、何故なら私は
「お説教っぽくなってしまいましたね。李衣菜、反復練習はそれくらいにしてまた通してやってみましょうか」
「はい!」
変に湿っぽくなってしまった雰囲気を転換する為に、李衣菜に指示を出すと目を輝かせてギターを掻き鳴らし始めました。
地味な反復練習を嫌わない素直さを持つ李衣菜ですが、やはり実際に曲を奏でるとなると嬉しいようですね。
初心者向けの曲をまだまだ拙い技術での演奏ではありますが、その姿と音色からは本当に音楽を楽しんでいるというのが伝わってきます。
「李衣菜ちゃん、七実さまからギターを教わってるんですね」
「ええ、少し前から」
李衣菜の演奏する姿に、私の隣に座った卯月が羨むような視線を送りながらそう尋ねてきたので肯定します。
いつも見る人を幸せにしてくれる眩しい笑顔を浮かべる卯月の浮かべた微かに憂いを秘めた表情に、私の危機察知のチートが警鐘を鳴らしました。
よく観察していても見落としてしまいそうな変化であり、これは心内に何かを溜め込んでいたとしても笑顔で気がつかず隠されてしまう可能性がありそうですね。
爆発してから気がついたという事になってしまわないよう、武内Pに注意を払うように伝えておきましょう。
「他にもみくちゃん、アーニャちゃんには虚刀流。他の部署のアイドルにも色々教えられてるんですよね」
「そうですね」
そう答えると卯月は、何か言いたげにもじもじとします。
顔を若干赤らめて、伏し目がちにちらちらとこちらを見てくるいじらしくて可愛らしい姿は、性別関係なく抱きしめたいと思わせる魅力がありました。
きっと通っている高校にもこの無自覚な可愛らしさにハートを撃ち抜かれた男子生徒が数多くいる事でしょう。
恐らくですが、卯月が言いたいことは察しています。ですが、それは自身の口から発せられなければ意味をなさいないでしょう。
どのような力であっても、求めなければ与えられないのです。
「あ、あの‥‥私にも何か教えてもらえませんか?」
「そうですね。その何かが定まったのなら、責任を持って私の持つ全てを伝授しましょう。
李衣菜、コードに意識が向き過ぎてますよ。正しい音を出すことにではなく、音楽を奏でることを意識しましょう」
「はい、先生!」
卯月が求める何かが定まったのなら、私は見稽古を含めた全てのチートを十全に活用して教えるでしょう。
勿論、法を犯すような悪行は駄目ですが、魂の芯まで善性で構成されている卯月であればその心配は杞憂だと断言できます。
「は、はい!島村卯月、頑張ります!でも、どうやって決めたら‥‥」
自分の欲しい力が定まらなくて不安そうな表情を浮かべる卯月に、私は何も言わずに自身の心臓を指さします。
これ以上の言葉は無粋でしょうし、きっと卯月であればこれだけで察してくれるでしょう。
伝えたいことを理解した卯月は、私と同じように自身の心臓を指差していつも通りの笑顔で力強く頷きました。
さて、卯月も将来的な弟子入りが確定したことですし、今はもう一人の弟子の平和な音楽教室を頑張っていきましょうか。
○
李衣菜の音楽教室を終え、レッスンに向かった3人を見送った私は次の監視者が来るまでの間にタブレット端末と武内PのPCを駆使してちょっとしたお手伝いを開始します。
李衣菜が「すぐ来ますから」と言っていたので、時間的な余裕はそれほど確保されていないでしょう。
意識を集中させ、自身の思考速度を加速させ身体の反応速度もそれに付随して向上させます。
普通のタブレット端末では処理落ちを起こしてしまうであろう速度での入力でも、チートに対応できることを前提でカスタムしたこの子であれば問題ありません。
事前準備は仕込んでおきましたので、後は完成形へと導くだけです。
これは仕事の代行ではなく、あくまで仕事が円滑に進めることができるようにするためのちょっとしたお手伝いですから、ばれても文句が付けにくいでしょう。
通常時より範囲を拡大してある索敵センサーが、プロジェクトルームへと接近してくる2つのアイドルの存在を察知します。
予想接触時間迄には余裕がありますから、ここは一気に加速して残りの作業も片付けてしまいましょう。
更に作業速度を上げてちょっとしたお手伝いを完遂した私は余裕を持って隠蔽工作も完了させ、プロジェクトルームに備え付けられているコーヒーメーカーからコーヒーを貰ってから移動し、ソファで寛ぎます。
淹れてから少し時間が経っている為、若干酸味が強くなっていますが誤差の範疇で済ますことができるレベルですので問題ありません。
本当に美味しいコーヒーが飲みたいのであれば自分で淹れた方が速いのですが、作業している間に勝手に淹れてくれるという便利さは重要です。
美城グループは、備品のコーヒーにも拘っているので極上とは言いませんが、泥水を啜っているような最低品質のものより格段に美味しいものが飲めるのが嬉しいですね。
程よい苦味とあっさりとした香ばしさを味わっていると、予想していた時間通りにプロジェクトルームの扉が開きます。
「おはようございます」「おはようございます、かわいいボクが遊びに来ましたよ」
「おはようございます」
現れたのは、次なる監視者として派遣されてきたみくと言葉通りに遊びに来たと思われる輿水ちゃんでした。
珍しい組み合わせですが、2人共寮住まいなのでそれなりの接点はあるのでしょう。
「珍しい組み合わせですね」
「確かに、2人で行動するのは初めてかもしれません」
「そうですね。みくさんの隣にはいつもアーニャさんか誰かが居ますし、ボクも小梅さんや輝子さんと一緒にいることが多いですからね」
2人で行動するのは初めてという割には、慣れない相手と一緒にいることで生じる変な緊張感はないようですし、関係は良好のようですね。
みくの世話焼きお姉さん気質か輿水ちゃんの妹気質の所為か、はたまたその両方の所為か普通の姉妹のようにも見えます。
こう言っては不本意かもしれませんが、2人共素晴らしいリアクションとツッコミセンスも悪くないのでバラエティー番組向けのアイドルでしょう。
みくの本格デビューが終わったら、2人で組ませて何かさせても面白いかもしれませんね。
秋から冬にかけて良さげな仕事がないか探っておいて、丁度良いものがあれば2人のプロデューサーに打診しておきましょう。
アイドルの育成方針としては王道展開を好む武内Pは、デビューと同時に方向性を固めてしまいかねない仕事は好まないでしょうから。
輿水ちゃんの担当プロデューサーは、アイドルが傷つくことがなければ後は面白いかどうかで判断するタイプなので問題ないでしょう。
「まあ、みくさんにはボクと同じものを感じますからね。元々親近感は抱いてましたよ」
「えっ、それってみくもバラドルみたいってこと?」
「違いますよ!?ボクと同じかわいい系のアイドルだって言いたかったんです!
どうして、ボク=バラドルという方程式ができてるんですか!そんなのあの天海春香さんだけで、十分です!」
それは担当プロデューサーの方針の所為もあるかもしれませんが、普通のアイドルではできないリアクションの多彩さが評価されているのでしょう。
天海春香という例外を除けば、笑いとかわいさという華を両立できるアイドルなんて輿水ちゃんくらいでしょうね。その天性の資質を本人が喜ぶかどうかは別でしょうが。
まあ、私もネット上では輿水ちゃんとは別ベクトルの意味でバラエティー番組向きだと言われていますし、武内Pがそういった仕事を持ってきたのなら全力を尽くすつもりです。
仕事に貴賤はありませんし、未成年な輿水ちゃんと違い私なら法的拘束力が弱く身体能力も高い分できる仕事の幅が大きいでしょうから重宝されるでしょう。
「でも、幸子ちゃんってバラドル界の双璧って言われてるらしいし」
「それは、バラエティー系の仕事ばかり取ってくるプロデューサーさんが悪いんですよ!
わかりました。そこまで言うのなら、みくさんもこっちに引き込んでバラドル界の三銃士って呼ばれるようにしてあげますよ!」
「えっ、それひどくない?」
今まで2人で話したことがないとは思えない会話のテンポの良さは、やはりどこかしら似通った部分があるからこそできるのでしょうね。
つい見に回っていましたが、そろそろ混ざらせてもらいましょう。
「大丈夫ですよ。ネットでは、私も『バラドル界の超新星覇王』とか呼ばれているみたいですし、三銃士ではなく四天王とかになると思いますよ」
「あの‥‥それ何の解決にもなってないです」
「七実さんと一緒の仕事は無茶振りのレベルが格段に上がるので、ボクもノーサンキューです」
引きつった笑みを浮かべる手を横に振るみくと首を横に振りながら両手で大きなバツを作る輿水ちゃんの相性は、時間経過と共に向上しているようです。
これは、いつか絶対に2人もしくは私を含めた3人で組んで仕事をしてみたいですね。
「そんなに酷いの?」
「ひどいって訳じゃないんですけど‥‥それより七実さんが無茶し過ぎないかが心配でハラハラするんです」
「無茶なんてしたことないんですけどね」
今まで受けたバラエティー番組ではあのライオン親子の悩み解決や心霊スポット巡りくらいですし、どちらも無茶のむの字もない普通の仕事だったはずです。
「そこがずれてるんですよ!七実さんの安全上限はどうなってるんですか!」
「流石に、紛争地域でロケしていて重火器とかで武装したテロリスト集団に囲まれていたら危ないなと思いますよ」
私一人であれば無力化は可能でしょうが、撮影スタッフの安全も確保するとなると最悪被弾覚悟で行動しないといけなくなりますから。
まあ、流石に346プロがそんな安全性が考慮されていない過激極まりない番組に所属アイドルの出演を許可するとは思えませんがね。
「それは危ないなんてレベルじゃなくて、大事件レベルですよ!?というか、そこまでいかないと身の危険を感じないってどんな人生を歩んできたんですか!?」
おっと、輿水ちゃん。
「幸子ちゃん、ほら七実さんって鍛えてるから」
「鍛えてるからって安心できるレベルじゃないでしょう!というか、本当にそう思っているんだったら目を逸らさず言ってください!」
「だって、みくは虚刀流門下生で七実さんの実力知ってるから『あっ、それでも七実さん1人なら何とかなりそう』って思っちゃったんだもん!」
「確かにそうですけど‥‥いくら七実さんでも銃弾は避けきれ「可能ですよ」‥‥ははっ、そんな馬鹿な」
見えない位置からの狙撃は殺気さえ気がつくことができれば対処可能ですし、他の銃器であれば銃口が見える分弾道予測が容易ですからチート技能を活用すれば回避は可能です。
試したことはありませんが、得物の強度次第では某斬鉄剣使いのようにすべての銃弾を切り伏せることも可能でしょう。
アニメやゲーム等の空想世界において、余程のリアル系作品以外では銃弾は避けられるのが普通という不遇な扱いをされています。
そんな空想世界の能力の技能すら見稽古可能な私が銃弾を避けられないでしょうか。いや、避けらないはずがありません。
実弾ではありませんが、昔参加したサバイバルゲームでは2m程の距離から放たれた弾も避けきることはできました。
慢心する訳ではありませんが、不可能と断言する必要もありません。
「ほらね」
「ほらね、じゃありませんよ!銃弾を避けられるアイドルって斬新過ぎません!?
というか、さっきからボクばっかりツッコミで疲れるんですよ!みくさんもサボらないでください!」
「いや、言いたいことを幸子ちゃんが言ってくれるし‥‥みくも普段からアーニャへのツッコミで疲れてるから、楽でいいなって」
ツッコみ過ぎて疲れた輿水ちゃんの矛先が私からみくに向き、協力しないことについて咎められたみくは頬を掻きながら素直に答えます。
確かに四六時中あのフリーダムなアーニャのツッコミを担当していたら、疲れてしまうのも当然でしょう。
それにそうやって周囲の人の力量や性格を把握して、存在感をアピールしながら自分の消耗を抑えることができるというのは長丁場になる撮影とかでは重要となるスキルです。
元々アイドルになりたいと思っていたみくは、そういった部分でもちゃんと研究しているのかもしれません。
だからといって、最小限の仕事しかしないようになったら注意をしなければなりませんが、みくであればそうはならないでしょうし、親友がフリーダムで世話焼き気質ですからそんな暇はないでしょう。
「流石、ねこキャラ‥‥ずる賢いですね」
「そこは、あざといって言ってほしいかな」
みくと輿水ちゃんという新たなる可能性の発見に、アイドル達の無限の可能性の一端を見た気になります。
きっと私達が気がついていないだけで、少し組み合わせが変わると今まで知らなかった隠されている魅力が見えてくるのではないでしょうか。
時は金なり、桜梅桃李、和気藹々
楽しくも平和なこの空間にも、可能性という神はいるようです。
○
「~~~!」
毒茸伝説を熱唱しきったちひろに、私達いつものメンバーは惜しみない拍手を送ります。
本日は夕方から全員がオフになっていたので、私達は妖精社ではなく私がアイドルデビュー前に通っていたカラオケ店に来ていました。
カラオケ店に居合刀を持って入ると通報されかねませんので、一度帰って置いてきていますので問題はありません。
アイドルになって仕事でも歌っているのだから、態々カラオケ店に行く必要があるのかと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、ライブ等の仕事で歌うのと仲間内でわいわい騒ぎながら歌うのは別物です。
そんな時には、やはりカラオケ店に行くのが一番手っ取り早いでしょう。
SNSで拡散されてしまわないように、ある程度信頼のおける店でないといけないという条件もありますが、ここなら問題はないと思います。
因みに、何故ちひろがキャラクターに似合わない星ちゃんの毒茸伝説を歌っていたかというと、瑞樹考案の『くじ引き歌合戦』が原因です。
ルールは、346プロの所属アイドル達の曲が書かれたくじを引き、その曲の採点結果で勝敗を決めるという簡単なものですが、くじ運次第ではちひろのように慣れない曲にあたるので厳しい戦いになるでしょう。
最下位の罰ゲームは、ここの代金全額負担なので私も負けてあげる訳にはいきません。金欠ではありませんが、タダになるというなら手を抜く理由はありません。
「いやぁ、良かったわよ。ちひろちゃん」
「ちひろちゃんの『ヒャッハー』様になってましたから、案外こういった路線も似合うんじゃないですか?」
「無理ですね。下手すると一曲で喉がやられます」
確かにちひろの得意とするタイプの曲ではありませんから、慣れないのに無理をすると喉を傷めてしまうでしょうね。
私であれば、ちひろボイスを使って完璧に歌い上げることも可能ですけどね。
「スミノフレモネードとフライドポテト、軟骨唐揚げください」
自身の勝利を確信しているのか、それともただ好きなように飲み食いしてるだけなのか、楓は遠慮も我慢もなく矢継ぎ早に注文をしていきます。
アルコールは飲み放題コースなので問題はないのですが、楓は飲むだけではなくおつまみも同じペースで消費していくタイプなので着実に敗者が被る代金は増え続けていました。
辛口で点数を付ける採点機が『84.3点』とトップバッターで慣れない歌だったにしては、なかなか悪くない点数を表示します。
これから歌う私達の基準はこの点数になり一喜一憂することになるでしょう。
まあ、チートを惜しむつもりがない私に敗北はあり得ませんが。
確定した勝利の前祝ではありませんが、私は自身が頼んでいたハニートーストを頬張ります。
分厚い食パンにハチミツだけでなく生クリームにバニラアイス、いちごが添えられた豪勢な仕上がりは勝者に相応しい一品でしょう。
中を一度刳り抜いて焼き上げた香ばしい食感に少し溶け出したバニラアイスの冷たい爽快さ、生クリームのふわふわと甘い柔らかさ、いちごの甘酸っぱさをハチミツの粘度ある甘味が繋ぎ満足のいく仕上がりになっています。
あまり贅沢に乗せて食べ過ぎると後半が寂しいことになってしまうので注意が必要ですが、そこはきちんと計算していますから大丈夫です。
しかし、材料自体は簡単に手に入るので今度自宅でも作って振る舞ってみましょう。
その際にはパンの厚さや上に乗せるものについて調整をかけておかなければ、油断して重量を増加させてしまうメンバーが現れてしまうので注意しなければいけませんね。
「次は七実さんですよ。早く引いてください」
「わかりました」
ハニートーストの至福に浸っていると、ちひろがくじの入った箱を持ってきました。
歌う順番はじゃんけんで一番負けだったちひろから時計回りなので、私、菜々、瑞樹、楓という風になっています。
どんな曲が来ても負ける気がしないので、箱に手を入れて最初に触れたくじを取り出します。
両隣のちひろや菜々が覗き込む中でくじを開くとそこには『絶対特権主張しますっ!』と瑞樹の見やすく整った字で書かれていました。
『絶対特権主張しますっ!』は、私のイメージとはかけ離れたかわいい系の曲ではありますが、この程度なら難題の範疇に入りませんね。
寧ろ、黒歴史を刺激するような厨二力をもつ二宮ちゃんの『共鳴世界の存在論』ではなかった分だけマシと言えるかもしれません。
精々、似合わない可愛らしさアピールをしながら歌うとしましょうか。
飲みかけだったアップルジュースを飲み乾して喉を潤し、マイクを構えて端末を操作して曲を入れます。
「~~~♪」
入りのタイミングも完璧且つ私の声質を変えることなく可愛らしさを強調しながら歌い始めたのですが、歌詞が進むにつれてちひろや楓から謎の威圧感が放たれているのですが、気のせいでしょうか。
「なんだか、七実さんに勝利宣言されてる気がします‥‥」
そんなちひろの小さな呟きを私のチート聴力は聞き逃さなかったのですが、そんな理不尽な理由で威圧感を放たれたら私はどうすればいいのでしょう。
何度も私は武内Pにそういった感情は持っていないと説明しているのに、どうして誤解が晴れることがないのでしょうね。
まゆ曰く『それは師匠の日頃の行いが原因です』だそうですが、私としては恋愛フラグに繋がるような行動は一切していません。
所々チートを使ってはいますが、本当に普通の仲間として接してきたはずなのです。
本当に恋する乙女達の心情は複雑怪奇で、どうしてこうなったと声を高らかに叫びたいですね。
「負けないもん‥‥負けないもん‥‥」
楓の方も残っていたハイボールを飲み乾しながら、ソファに三角座りをしてそう呟いていますし、さっさと歌いきってしまいたいです。
5分にも満たない1曲の時間が、これほど居心地悪く感じるのは初めての経験ですね。
途中で放棄するのは、負けず嫌いな私の性格上選択肢には上がりません。
なので、早く終わってほしいと内心で願いながらも高得点の為に精一杯可愛らしく歌うしかできることはないです。
とりあえず、この原因をつくり今現在も実に楽しそうに笑っている瑞樹には、後で何かしらの報復行為はさせてもらいましょう。
八つ当たりでしかないかもしれませんが、相手がされたかもわからない寧ろ幸せを感じるような報復行為であれば神様も許して下さるはずです。
そんな面倒くさい状況に置かれてしまった私自身に諦めを促すよう、経験哲学の祖とも呼ばれるとある哲学者の言葉を贈るのなら。
『恋をしている時に、思慮分別に従って、しっかりとしているということは、およそ不可能なことである』
この後、飲み過ぎて『熱血乙女A』の途中で粗相しかけた楓が最下位になったり、翌日早速作ってみたハニートーストで瑞樹にだけサービスと称してカロリーマシマシにしたりするのですが、それはまた別の話です。
福岡公演のMCで『好いとうよ選手権』なるものがあり、それが可愛らしかったので七実でもやってみたいと思います。
因みに、29日で個人的に一番可愛かったのは、松井恵理子さんだったと思います。
『博多弁について教えて欲しい?私は生まれも育ちも東京ですし、福岡出身のアイドルならうちにもいるはずですが?
まあ、良いでしょう。で、何を教えて欲しいんですか?
「好きだよ」を博多弁で言うとですか。それは「好いとうよ」って言うんですよ。
かわいい響きですよね♪』