チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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番外編19 if 笑ってはいけないアイドル24時 その3

どうも、私を見ているであろう皆様。

 

視聴者アンケートを踏まえ大企業が血迷ったともいえる悪ノリで実現してしまった『笑ってはいけないアイドル24時』へ参加中の渡 七実です。

他プロダクションにも声を掛け、アイドルとしての越えてはいけない一線の上で反復横跳びを行う本企画ですが、参加者視点ではお家に帰りたいと切に願いたくなるものでしかありませんが、番組制作側の視点ではこれは視聴率が取れるだろうなと思ってしまいました。

まあ、この仕事の報酬は過酷さ等を考慮しても他のバラエティ番組とは比べて十分過ぎるものですし、何よりも請け負った仕事を投げ出すのは矜持に反します。

 

 

『やだやだやだやだ!来ないでちょうだいぃ~~!!』

 

「瑞樹、ファイトです」

 

 

隔離スペースに居る為、普通の聴覚では聞こえるはずのないグラウンドで鬼ごっこに興じるメンバーの声を、私のチート聴力は拾い上げてくれます。

見せられないよのフリップかモザイクを掛けられそうな必死の表情で逃げているので、せめて無事を願い声援を送りましょう。

 

 

『やめてやめてやめ‥‥いづっ!』

 

 

私の声援も空しく瑞樹は『スリッパ』と書かれた黒づくめの鬼に捕まり罰ゲームを受けてしまいました。

一応、アイドルが相手の為、本家のようなよく見る茶色い業務用ではなく、可愛らしいピンクで柔らかめの素材で出来たものが使用されていますが、それでも勢い良く頭に振り下ろされれば痛いものは痛いでしょう。

瑞樹の惨状から察している方もいるでしょうが、現在のプログラムは本家で言う『絶対に捕まってはいけない鬼ごっこ』であり、開始からまだ5分も経っていないのですが地獄のような様相を呈しています。

私のチートしている身体能力では鬼が捕まえることができないであろうと十二分に理解してくれている美城の制作スタッフは、松○枠として隔離することにしたので暇を持て余していました。

その代わりに生贄として投入されたのが、専務役を演じていた心です。菜々とコンビでバラドルとしての素質は十二分に備えているので、さぞかし輝いてくれることでしょう。

今いる鬼は『スリッパ』『ハリセン』『ジーパン』と打撃系に特化した構成となっており、ダメージ量もその順番で酷くなっています。

因みに今の被害状況ですが、ちひろがジーパンとスリッパ、瑞樹がハリセンとジーパン、菜々がハリセン、楓と心がスリッパを受けている状態で、楓は既にロシアンキックや猫ビンタを受けている為か、鬼も積極的に狙いませんね。

同じアイドルばかりに被害が集中しては、そのファンからのクレームが殺到しかねませんから妥当な判断だといえるでしょう。

本家より時間は短めにされているので、そろそろ次の鬼が追加される時間と思われますからもっと酷くなるのは確定事項です。

 

 

『来るなよ?来ないでぇ!?いや、振りじゃないって!マジだかんな!!』

 

 

畳が敷かれコタツにみかん等、物が揃っていて過ごしやすい隔離スペースでみかんを糖度の高い順番に並べていると、心の叫びが耳に入ります。

どうやら『ジーパン』鬼に追いかけられているようで、その姿は普段のしゅがーはぁとなら絶対に見せないであろう佐藤 心としての姿がありました。

この企画の良い面でもあり悪い面でもある、そのアイドルの根っこの部分が見える場面ですね。

 

 

『はぁとさん、それどきついんで覚悟した方が良いですよ』

 

『おい、ちっひ!変われよ☆変わって!』

 

『ちょっと何言ってるのかわかりませんね』

 

 

普段誰にでも礼儀正しい姿勢を崩さないちひろが、心相手だと辛辣になるのはどうしてなのでしょうか。

チートを総導入すれば相手の過去を調べ上げる自信はありますが、それをやってしまうとメンヘラストーカー女なんて比較対象すらならない地雷女に成り下がってしまいます。

ユニットを組んでいる相方として思う所がない訳ではありませんが、人には言いたくない秘密、言う必要のない事なんて数多くありますから詮索はしません。私もチート転生や数多くの黒歴史等、星の数ほどの秘密を抱えていますから。

 

 

『おい、てめぇ☆後で覚えて置け‥‥って、ちょっとタンマタンマ、お゛お゛ぉん!』

 

 

『ジーパン』鬼に捕まった心が四つ這いにさせられ、その臀部を綺麗なスイングで振るわれたジーパンが強襲します。

アイドルとしてのプライドから顔から地面に突っ込むようなことはありませんでしたが、未だに四つ這いのままなのはダメージが抜けきっていないのでしょう。

 

 

『お、おお‥‥おおおぉ‥‥』

 

『ほら、はぁとさん。早くしないと別の鬼が来ちゃいますよ?』

 

 

いつまでも立ち上がろうとしない心を見かねてか、ちひろが近づき腕を取って引き起こします。

撮影スタッフもよくわかっているようで、しっかりベストアングルから撮影を行っていました。

しゅがちひ、そういうのもあるのか。前世と比較してこのアイマス世界では、アイドル同士のカップリングに妙なこだわりを見せる人も居ますから、今回のこれは良い新規開拓になったのではないでしょうか。

 

 

『ちょ、待てよ☆待って、今動かさないで!

てか、ちっひも受けてたのに何で大丈夫なわけ!?』

 

『私達は朝からお尻をしばかれてるんですから‥‥慣れますよ』

 

『お、おう‥‥大変だな。今度、はぁとが奢るから元気だしな☆出せよ♪』

 

『あっ、それだったら、この前楓さんが頼んだ龍泉っていう大吟醸がまた入ったらしいですよ』

 

『てめぇ、それって飲み代がそれ1本で6桁いって、七実パイセンに〆られたやつだろ☆ぶん殴るぞ☆』

 

 

あれは、嫌な事件でしたね。

以前にもあって相応の報いを受けさせたのですが、人間喉元過ぎれば熱さを忘れるを体で表したかのように2度目があるとは思いませんでした。

妖精社を出た後、往来の場でタワーブリッジを楓に掛けたことはもう少し場所を考えるべきだったと反省はしていますが、あれは誅伐です。私は悪くありません。

最近覚えたセントエルモスファイヤーのような拷問技ではないだけ温情です。

 

 

『5分経過、鬼追加します』

 

 

CO2ガスの噴射と共に3人の鬼が現れました。

 

 

『よっしゃー!〆るわよ~!』

 

『うひひ、これは罰ゲームだから合法だよね♪』

 

『ラッキー オア ダイですよ~』

 

 

追加された鬼は我が346プロのアイドルで、それぞれの黒タイツには早苗には『上四方固め』、棟方ちゃんには『愛海』、鷹富士さんには『ババ抜き』と書かれています。

棟方ちゃんは自分の名前が罰ゲーム扱いされている件について思う所はないのかと問い質したくなりますが、彼女にとって今大切なのは合法的にアイドル相手に登山が出来る事だけに違いありません。

早苗はいつも通りですが、一番安牌だと思える鷹富士が登場の際に口走った台詞が物騒過ぎて恐ろしいですね。

チート聴力が『アナスタシアさん、そろそろ準備をお願いします』と言っていたのを捉えていますから、きっとババ抜きの敗者はそうなるのでしょう。

誰が狙わるのかはわかりませんが、運要素が絡むゲームで彼女に勝てる人間は私と一部の人間だけでしょうね。

そんなほかのメンバーの未来を案じていると隔離スペースの仕切りカーテンが開き、2人分のお茶を持ったまゆが入ってきました。

どうやら、時間経過での私への罰ゲームも始まったようです。

メインは鬼ごっこの筈なので酷いことにはならないでしょうが、プロですからしっかりと撮れ高を確保するとしましょう。

 

 

「師匠、お茶ですよ」

 

「はい、ありがとうございます。まゆ」

 

 

こたつで温まりながら差し出されたお茶を受け取ります。

持てないくらいの熱々かと思っていたのですが、そんな事はないようですね。だったら、悶絶級の苦いお茶なのでしょうか。

バラエティ番組で、世界中を飛び回り珍味佳肴から罰ゲームメニューまで様々なジャンルを網羅した私に死角はありません。

しかし、香りを確かめても上等な玄米茶の香ばしい香りしかしませんね。

野生動物並のチート感覚を誤魔化せるような加工を施すのはほぼ不可能な筈ですから、このお茶はただの上等な玄米茶という事になります。

どういったスタッフの思惑かはわかりませんが、せっかくの心遣いですからありがたく頂戴しましょう。

 

 

「美味しいですね」

 

「良かった。おかわりはたくさんありますから、言ってくださいね」

 

「では、早速もう一杯いただきましょう」

 

「はい」

 

 

周囲に警戒網を広げているのですが、いつまで経っても動きがありません。

電気攻撃やキス程度の罰ゲームは覚悟していたのですが、その兆候が一切見られずまゆと2人でのんびり過ごしている姿を映していて大丈夫なのでしょうか。

 

 

「師匠、このみかんの列は何ですか?」

 

「手持ち無沙汰だったので、右から糖度の高い順に並べてみただけです」

 

『菜々さん、捕まえましたよ。では、闇のゲームを始めましょう♪』

 

 

まゆとみかんについてほのぼの空間を形成していると建物中から鷹富士さんのそんな声が聞こえてきました。

どうやら、ロシアンキックの生贄は菜々になったようですね。まあ、追加枠である心と隔離されている私を除けばメンバーの中で唯一ロシアンキックの被害を受けていませんでしたから妥当な判断でしょう。

手加減をしていますから菜々のガラスの腰でも大丈夫な筈です。

 

 

『茄子ちゃん!?何ですか、闇のゲームって!?ただのババ抜きじゃないんですかぁ!?』

 

『それじゃあ、ラッキー オア ロシアンキック!闇のババ抜きを始めますよぉ~』

 

『ウソォ!?』

 

 

菜々、強く生きてください。きっとその先にはバラドルとしての新しい道が見えるはずです。

 

 

「えっ、みかんの糖度って触っただけでわかるものなんですか?」

 

「熟練の農家さんなら分かるものらしいですから、他の人にできる事なら私にできないはずがないでしょう?」

 

「でましたね、師匠の暴君論。でも、それで本当にできるようにするんですから凄いですよね。

あっ、まゆこの一番甘いやつを頂きますね」

 

「どうぞ」

 

 

私は平均的な糖度のみかんを手に取り皮を剥きます。闇のゲームは絶賛進行中ですが、こちらには何も起きる気配がないので自分で撮れ高を確保する必要がありますね。

皮に爪を当てて切れ込みを入れて形をある程度付けておきます。勿論、傍から見て一目でわかるようなわかりやすくはしません。

まゆと談笑しながら普通に皮を剥いているよう見せかけて、いざ剥いてみると皮がおせちに欠かせない海老の形になっている。

これぞエンターテイメント性というものでしょう。

 

 

「その時、幸子ちゃんがですね『イソメも触れないなんて‥‥まったく、まゆさんはアイドルとしての自覚が足りませんね』って言ったんですよ!

いいじゃないですか!アイドルがイソメに触れなくても!!

言っておきますけど、それってどちらかと言うと芸人さん系の仕事ですからね!」

 

 

確かにイソメは一般的感性の少女達であれば二の足を踏むような地球外生命体みたいな外見をしていますから、嫌悪感を抱くのも仕方ありません。

それにしても幸子ちゃん、海外ロケもするようになってからさらに逞しくなっていますね。

この前あったグアムでのロケの後、自由時間で観光射撃場に一緒に行った際は最終的には6割的に当てられるようになっていましたし。

帰る際には使っていたベレッタPX4・ストームという銃を本気で購入しようかと悩んでいました。

 

 

『これがあれば、野生動物相手のロケも自衛ができますから安心感が出ますよね』

 

 

という台詞出てしまうあたり、幸子ちゃんは芯までバラエティ番組に毒されてしまったのだなと思いました。付いて来ていた九杜Pも泣いて謝っていましたね。

結局は、買っても日本に持って帰ることができないということで諦めました。

私はバレットでコンクリートブロックを破砕したり、S&W M500で百発百中の命中率を叩き出したりして職業を再確認されましたね。

 

 

「‥‥まゆ。幸子ちゃんは、慣れなければならなかったんですよ。

そう、周囲の大人達が寄ってたかって幸子ちゃんをバラドルにしてしまったんです」

 

「‥‥そうなんですね。まゆ、今度から幸子ちゃんをうんと甘やかしてあげます」

 

「ええ、そうしてあげてください」

 

 

不満げだったまゆの表情が一気に哀れみ一色に染まります。

幸子ちゃんはバラドル経験が強烈なものが多くなり過ぎて色々と感覚が麻痺していますから、年の近いまゆ達と触れることで普通を思い出してくれたらいいのですが。

年頃の女の子が可愛いブランドのカタログではなく、シ○ナルという消防・警察・海保・自衛隊等のサポートグッズを販売している通販サイトのWEBカタログを真剣に眺めているのは絶対におかしいです。

溜息をついた後、剥き終えたみかんの1房を口に運びます。思った通りの糖度で酸味とのバランスも良く、実に美味しいミカンですね。

柑橘類は甘いだけではいけません。甘さの中にしっかりと特有の酸味が無ければ、それは一般的な果物と同じになってしまいます。

 

 

「ちょっと待ってください、師匠。その皮、おかしくないですか?」

 

「おかしくありません。仮称みかんえび君です、可愛いでしょう?」

 

 

幸子ちゃんトークで脇道にそれていましたが、ようやくまゆが仮称:みかんえび君に気がついてくれました。

あまりにも気がつかないようであれば、何かしら目立たせることが必要になると考えていましたから良かったです。

 

「だから、おかしいんですよ!今、普通に剥いてましたよね!?」

 

「ええ、普通に(細工しながら)剥いていましたが」

 

『オカシクナイヨ!オカシクナイヨ!』

 

「えっ、喋った?その子、喋りませんでした!?」

 

 

まゆの反応が楽しすぎて、声帯変化と腹話術スキルを使用して語りかけると想像以上に面白いリアクションをしてくれました。

もし、道を踏み外してこちら側(バラドル面)にやって来たとしても十二分にやっていけるでしょう。

 

 

「何を言ってるんですか、まゆ?

これは、みかんの皮ですよ。喋る訳ないでしょう」

 

『マユチャン!ボクノナハ、ミカンエビ。チキュウハネラワレテイル!』

 

「師匠!何だかこの子、物凄く壮大なこと言いだしたんですけど!」

 

 

この反応ならば、今度の未成年組を交えたプチ忘年会のかくし芸としても十分反響を得られるかもしれません。

習得したチートの中には1度に数十の人形を操作する人形遣い皆伝(パペットマスター)があるので、それと組み合わせて人形劇でも開くのもいいでしょう。

とりあえず、今はその予行練習としてしっかりまゆを楽しませてあげましょうか。

 

 

「私には、まゆが急に錯乱したようにしか見えませんよ」

 

『ダレカセツメイシテクレヨォー!』

 

「まゆの方が説明してほしいですよぉ!

師匠がやってるんでしょう!?知ってますからね、声帯模写とかできるの!!」

 

「そんなことないですよ」

 

『ソレハ、ウソダヨ。ニンゲンハウソヲツクケド、ミカンエビウソツカナイ』

 

「だからぁ!」

 

 

そうやってまゆを揶揄っていると、遠くから菜々の叫び声が聞こえてきました。

どうやら、菜々は予定調和通りに鷹富士さんとのババ抜きに敗北し、ロシアンキックは恙なく執行されてしまったのでしょう。

打撃音的に他の3人が受けたものより威力は抑えられていましたから、まだまだ残っているこの過酷な試練をリタイアすることはない筈です。

しかし、未だに時間経過罰ゲームがないというのは、どういう事でしょうか。

時間が短い分、ちひろ達の方に撮れ高を集中させたということも考えられますが、それでは私の所にまゆが来た理由がわかりません。

 

 

「しぃ~しょ~~」

 

『ナニ、マユチャン?』

 

「ほら、やっぱり!」

 

 

この仮初の平和がいつまで続くかはわかりませんが、その瞬間まで精一杯謳歌しましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、ラッキー オア ロシアンキック!闇のババ抜きを始めますよぉ~」

 

 

『ババ抜き』と書かれた黒鬼服を着た茄子さんに捕まった菜々さんは、その宣言を聞いて口から魂が抜けそうになっていました。

茄子さんの宣言に合わせて奥の方から簡易テーブルとイス、そして枚数の少ないトランプを持った黒鬼が駆けてきます。

私も控室で志希ちゃんのクイズに失敗してアーニャちゃんのキックを受けた身ですから、その気持ちは痛いほどにわかりました。

あの脊髄を遡ってやってくる鈍い痛みと衝撃は、一瞬意識が飛ぶかと思うくらいで、もう二度と何があっても受けたくないと断言できます。

例え、どんな犠牲を払っても私はその脅威にさらされないように逃げるでしょう。そう、菜々さんを生贄に捧げたとしても。

全く、七実さんはどうして虚刀流なんてとんでもないものを作って、それをアーニャちゃんやみくちゃんに教えてしまったんでしょうね。

 

 

「おい、ちっひ。ロシアンキックって、そんなにやばいの?」

 

 

『ジーパン』の罰ゲームを受けた後から一緒に行動している心さんが、私に尋ねてきます。

そういえば、途中参加の心さんは仕方ないとしても、アーニャちゃんに虚刀流を教えた張本人である七実さんもロシアンキックの被害を受けていないんですよね。

お仕置き棒も1人だけ木刀になっているのに、ダメージを受けるどころかアドバイスまでしてしまう、感性が常人とは900度くらい捩じれている七実さんが受けてもどうにもならないでしょうが。

 

 

「そうですね。はぁとさんにわかりやすく伝えるなら、さっき受けた『ジーパン』の罰ゲームを何倍にも鋭く痛くした罰ゲームです」

 

「‥‥おいおいおい、そんなの受けたら死ぬぞ、菜々パイセン」

 

「大丈夫でしょう。たぶん」

 

 

これは美城本社が製作したバラエティ番組の一環であって、アイドルを使い潰すような極悪番組ではありませんから、後遺症が残るようなことはさせないでしょう。

それに本当に怪我の心配があるなら企画段階でロシアンキックを中止させていた筈です。

でも、痛いものは痛いですけどね。この企画の打ち上げは、師匠の責任として七実さんに払ってもらいましょう。

それくらいの我儘なら七実さんは受け入れてくれます。だって、七実さんは頼られると否と言えなくて、どうしようもないお世話焼きですから。

 

 

「うぅ‥‥どうして、菜々がこんな目に‥‥知ってます?菜々、これでも今年度のシンデレラガールなんですよ?」

 

「では、ルールを説明しますね。

ルールは簡単。4枚の数字カードとセーフカード、アウトカードの手札5枚を持って、最終的にアウトカードを持っていた方がロシアンキックを受けるという、観察力と運が試される罰ゲームですよ」

 

「茄子ちゃん相手に運勝負って、ほぼ確定事項じゃないですかぁ!」

 

 

茄子さんの幸運体質は本当に奇跡としか言いようがなく、くじを引けば大当たり、会った人は運気が上向き、壊れていたモノに触れば直るというビックリ人間です。

事務所でのトランプや麻雀大会とかでは大抵優勝していますが、そんな相手にも善戦して勝ち越すのが七実さんなので、やっぱり346プロで一番規格外なのは七実さんで満場一致でしょう。

本当に何でしょうね。カードゲームなら表情やバイタルサインの変化を見て、捨て札を全て覚えて予測する等をしておけば大抵のゲームで負けないとか、コンスタンスに和了速度が速くて千点程度の安手から始まって、和了する度に徐々に点数の高い役になるとか、私が頑張って塞ごうとしてようやく止まるとかオカルトか何かですか。

 

 

「菜々パイセン、ガンバ!ワンチャンありますって!」

 

「うぅ‥‥そうですね。勝てばいいんですよ、勝てば!」

 

 

心さんの励ましを受けて菜々さんは奮起しますが、正直に言わせてもらって私には勝ち筋が全くないようにしか思えません。

いつも通りの笑顔の筈なのに、2組のカードセットのどちらかを選ぶように促す今の茄子さんの笑顔がもっと恐ろしいものに見えてしまうのです。

まるで、牛や豚に対して、かわいそうだけど明日の朝にはお肉屋さんの店先に並ぶ運命なのねって感じの残酷な眼をしているようにしか見えません。

 

 

「うふふ、それじゃあ、いきますよー。ラッキー オア ダイ♪」

 

「怖いこと言わないでください!茄子ちゃんが言うと、洒落にならないんですよ!」

 

「やれー!やったれパイセン!」

 

「菜々さん、頑張ってくださいね」

 

 

心さんに続いて、私も菜々さんに声援を送ります。

こんな声援を送ったところで、未来は変わらないのかもしれません。それでも、ただ見るだけよりはいいと思ったのです。

 

 

「では、菜々さん。先攻をどうぞ」

 

「わかりました」

 

 

手札の状態としては、菜々さんの方にセーフカードがあるので最悪は避けられました。

もし、アウトカードがこちら側にあった場合、きっと茄子さんは数回の攻防でアウトカードを引くことはないでしょうから。

菜々さんもいきなりアウトカードを引くことはなく、これで1組分カードが減りました。

たった1組カードが減っただけなのに、茄子さんから感じられるプレッシャーは倍以上になった気がします。

 

 

「あらら、アウトカードは引いてもらえませんでしたか。では次は、私のターンですね。

う~~ん、悩みますけど‥‥これですね」

 

「あっ!」

 

 

悩んだと言うわりには淀みない手つきで、茄子さんは菜々さんの手札からセーフカードを抜き去っていきました。

 

 

「セーフカード、ゲットです。これで、勝負が解らなくなりましたね」

 

「くっ、それでも菜々は負けませんよ」

 

 

強気な発言をしていますが、菜々さんの動揺は明らかでカードを引く為に伸ばされた手や声が震えています。

額には汗も滲み出して呼吸も荒くなっていますし、先程の1手による菜々さんへの精神的衝撃はそれほどの物だったのでしょう。

 

 

「やばい、何だか見てるはぁとも緊張してきた」

 

「菜々さん、落ち着いてください。まだ勝負は五分になっただけです」

 

「パイセン!深呼吸して、切り替えていきましょう!」

 

 

私達の声援が届いたのか、菜々さんは一度こちらを見た後、大きな深呼吸をして茄子さんに向き直ります。

その瞳には覚悟が決まったアイドルとしての強い意志が燃えていました。

 

 

「キャハ☆ウサミンパワー、充填完了!この勝負、勝っても負けても恨みっこなし☆

だって、ウサミンは皆に笑顔を届けるアイドルですから!!では、茄子ちゃん‥‥改めて、勝負です!」

 

「ええ、私も負けるつもりはありません。幸運の女神と呼ばれる私の運命力、見せてあげましょう」

 

 

戦いの決着はあっさりとしたものでした。

順調に手札が減っていき、菜々さん1枚、茄子さん3枚となった状態での菜々さんのターンでアウトカードを引いてしまったのです。

それが敗着となり、菜々さんの敗北が決まりました。

 

 

「対戦、ありがとうございました」

 

「ええ、楽しい戦いでしたよ。

またしましょうね、茄子ちゃん。今度は負けませんから」

 

「はい」

 

 

ロシアンキックが怖くないはずが無いのに、菜々さんはとても晴れやかな表情で茄子さんと握手と再戦の約束を交わします。

 

 

「菜々さん‥‥」

 

「パイセン‥‥」

 

「良いんです。菜々は、大丈夫ですから」

 

 

まるで漫画の1シーンのような綺麗過ぎる光景と、迫りくる悲劇の時に私達の涙腺は少し緩んでしまいました。

どうしてこんなことになってしまったのか、バラエティ番組ではこんなはずじゃなかったとすべてが無駄になってしまう事が多々ありますが、少なくともこの戦いには意味があった。

それだけが、救いでしょう。

 

 

『安部 ロシアンキック』

 

 

無情な宣言と共に、近くで待機していたロシアの白い死神(アーニャちゃん)が満面の笑みでやってきます。

アーニャちゃんには悪気はないのでしょうが、今の私達には本当に死神(そう)としか見えません。

 

 

「押忍!よろしくお願いします!」

 

「はい、アーニャちゃん。よろしくお願いします。

菜々もバラエティ番組に出ることが多いのでわかってますけど、菜々の腰は色々とギリギリで繊細なので手加減してくださいね」

 

「Конечно же‥‥もちろんです。ちゃんと、手加減します」

 

「そうですか‥‥じゃあ、一思いにやっちゃってください」

 

 

恐怖で手を震わせながらもアーニャちゃんに罪悪感を抱かせない為にとても綺麗な笑顔浮かべる菜々さんは、今年度のシンデレラガールに恥じない素晴らしいアイドルでした。

隣にいる心さんの涙腺は崩壊しかけていて腕で目元を隠しながら『パイセン、マジかっけぇです。一生、ついていきます』と声を震わせています。

頭を抱えてお尻を突き出す受刑態勢を整えた菜々さんに、周囲の雰囲気を感じ取ったアーニャちゃんは無言でロシアンキックを放ちました。

 

 

「あ゛あ゛ぁぁ~~~‥‥」

 

 

心構えができていても、実際に身体に走る痛みと衝撃はどうしようもなく菜々さんは床に倒れ悶えます。

私達が受けた時と何が違うのか、武道に関しては素人の私にはわかりません。ですが、アーニャちゃんが嘘をつくことはない筈なので、ちゃんと手加減はされているのでしょう。

 

 

「押忍」

 

 

今までと違い粛々とロシアンキックを終わらせたアーニャちゃんは、何も言わず去っていきます。

その立ち振る舞いはシンデレラガールズで見せる年相応の自由活発な姿ではなく、研ぎ澄まされ凛とした武人然とした姿は、格好いいでは言葉が足りない不思議な魅力でいっぱいでした。

みくちゃんとアーニャちゃんの2人が他のメンバーに比べて女性ファン比率が高いのは、あの姿に憧れるからなのかもしれませんね。

 

 

「こ、これ‥‥ダメなやつです‥‥後には残らないけど、無茶苦茶痛いやつです‥‥」

 

「パイセン、立って!じゃないと、他の鬼が来ちゃう!」

 

 

四つ這いで生まれたての小鹿みたいに震えている菜々さんを心さんが支えに行きます。

私もすぐに駆け寄ろうと思ったのですが、この企画が始まってから散々酷い目にあってきたことで急成長している第六感(ゴースト)が、今行くべきではないと囁きました。

ふと視線を動かすと、罰ゲームが執行されたというのに茄子さんが先程と同じ恐ろしい笑みを浮かべたままその様子を眺めています。

おかしいですね。こういった準備が必要な罰ゲームは、置いたままにしていると邪魔になる為、終わったらすぐに撤収班がやってくるはずなのです。

その瞬間、私の脳裏に恐ろしい推理が浮かび上がりました。

 

 

『いつから、罰ゲームが1回だけだと錯覚していた』

 

 

考えたくないですが、もしそうだとするならば此処は未だに処刑場のど真ん中なのでしょう。

茄子さんがゆっくりと動き出し、菜々さんに肩を貸す心さんに近寄っていきます。

普段であれば直ぐに『危ない』と注意喚起を行う所ですが、もしそれによって茄子さんの意識がこちらに向いた場合、次の生贄になるのは私でしょう。

 

それだけは、嫌です。もう、ロシアンキックは受けたくないんです。

 

後日ネット上で『鬼、悪魔、ちひろ』という書き込みされるであろう下衆な行為だという事を自覚しながら、私は回れ右をして足音を立てない早歩きでこの場を立ち去りました。

 

 

「はい、では第2試合といきましょうか♪はぁとさん、対戦よろしくお願いしますね♪」

 

「えっ?は?‥‥ウソだろ?おい、ウソって言えよ☆

マジ?リアルガチ!?おい、ちっひ‥‥って、アイツ居ねぇ!!逃げやがったな!!」

 

 

やっぱり、私の推理は的中していたようで背後から心さんの恨みのこもった叫びが聞こえてきましたが、聞こえなかったことにします。

鬼ごっこに参加しているメンバーで心さんだけ、まだロシアンキックを受けていないのですから、良い経験になるでしょう。

そう、これは同じ痛みを知ることで結束を高める事が目的なんです。だから心さん、強く生きてください。

 

 

「うひひ、楓さんの次はちひろさんかあ♪大漁だね♪」

 

「あ、愛海ちゃん!」

 

 

逃げ出した先に、楽園はありませんでした。

『愛海』と書かれた黒鬼服を着た愛海ちゃんは、我慢できないと両手をワキワキさせながら立ちはだかります。

 

 

「ちひろさんのハリと柔らかさが絶妙なバランスなお山は、また登りたいと思ってたんだあ♪」

 

「愛海ちゃん、貴女はこんな扱いでいいの!?」

 

「合法的にお山に登れるなら無問題(モーマンタイ)!!後のお仕置きを気にして、今のお山を逃したくない!!」

 

 

愛海ちゃんは、既に覚悟完了しているようで、私の如何なる言葉も届くことはないでしょう。

前門の愛海ちゃん後門のロシアンキック。きっと、これは心さんを見捨ててしまった私に対する罰で、因果応報なのでしょう。

願わくは、この地獄のような収録が一刻も早く終わりますように。

襲い掛かって来る愛海ちゃんをスローモーション撮影のようにゆっくりと認識しながら、私は切に願いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、新年あけましておめでとうございます。

旧年中は全く更新がなく、申し訳ありませんでした。
今後はなるべく更新していくつもりですが、誠に勝手なこちらの都合になりますが感想返しが滞ると思います。
皆様感想は大変うれしく、いつもチェックして活力を頂いているのですが、どうかご了承くださると幸いです。

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