チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~ 作:被る幸
今後も不定期ですが、拙作をよろしくお願いいたします。
笑ってはいけないシリーズは、現在鋭意製作中です。
どうも、私を見ているであろう皆様。
『恐怖とはまさしく過去からやってくる』という言葉を知っているでしょうか。
これはとある漫画の5部において、ラスボスであるギャングのボスが自分の存在を脅かすようになった娘に放った言葉です。
過去での自分の行動が巡り巡って、いつか自分に襲い掛かって来ることを何と端的に表した言葉でしょうか。
そう、恐怖というものはまさしく人が必死に忘れて封印しようとしている頃になって、それを嘲笑うかのようにやってくるのです。
廃教会を模したセットの祭壇部分に腰掛けながら、心の奥底から溢れ出んとする羞恥の叫びと歓喜の悲鳴を押し殺しながら目を閉じ、皮肉った笑みを浮かべながら軍帽を目深にかぶりました。
右肩にずしりとかかる黒翼の重み、足元に置かれたクレイモアの存在感がその時が来たのだと私に告げます。
そう、
ユニットと言いながらソロ活動となってしまった蘭子と共にアイドル活動をするのが嫌なわけではありません。
ですが、ユニットとしての方向性が私の過去には
巫女治屋の店主と私の軍装ベースの衣装と蘭子の堕天使風の衣装を、美城の技術班とクレイモアや黒翼、蘭子の薔薇の錫杖と闇の剣、光の剣といった撮影に使用する小道具を製作するのは、チートスキルの振るい甲斐があり楽しかったです。
特に黒翼は、左手の指先から繋がれたワイヤーの微かな動きで自在に動かせるという私と技術班の粋を結集して作り上げた逸品であり、巷に煩雑する安易に使われるCG等と比較してほしくないですね。
翼の動きを自然で魅せるものにする為に相応の操作技術が必要なのと、左手で何かを握ったりすることはできないという欠点はあるものの使用者が私なので問題になりません。
刃渡りだけで私の肩より少し高い、刃渡り150cmオーバーの特大クレイモアもアクション用に見栄えと強度を考慮し所々金属加工を施していますが、きちんと軽量化も図っていますので総重量は8㎏程度と私なら十分片手で振り回せる範囲に収まっています。
黒に近い濃い紫の刀身に紅いラインや文字で装飾を施し、堕天使の翼をイメージに取り入れた金装飾の鍔の中央には紫の模倣宝石があしらわれ、柄まで厨二装飾を施した蘭子の闇の剣と違い、私のクレイモアは華美な装飾は控えシンプルにまとめました。
イメージとしては某黄金の魔戒騎士の斬馬剣をベースに、刀身等の装飾を必要最低限の実用性重視な私好みのものに変更し柄を少し延長したものになっています。
流石にデザインをそのまま流用しては御法に触れて、折角のMVが訴訟問題に発展し大変なことになるので飽くまでデザインのベースイメージだけに留め、外見は殆ど別物に仕上げました。
スタッフの準備も終わったようで、そろそろ私のシーンの撮影が開始となるでしょう。
MVの主役である蘭子や付き添いで来ている武内Pが居るのは当然として、シンデレラプロジェクト全員とちひろが居るのもまだ許せます。
ですが昼行燈、貴方は駄目です。何故、ここに居やがるんでしょうね。
部長職に就いているのですからやることなんていくらでもある筈なのに、絶対に面白半分で顔を覗かせたに違いありません。
「では、渡さんの戦闘シーンの撮影入ります。用意‥‥スタート!」
開始の掛け声とともに撮影開始のブザーが鳴りました。
黒歴史を刻む時間は短ければ短い程良いので、気持ちを切り替えて一発成功でさっさと終わらせてしまいましょう。
今回のMVにおける私の役は、純真無垢な天使だった頃の蘭子が魔道に堕ちる原因を作った混沌より這い寄りし闇を彷徨う者だそうで、簡単に言うなら暗躍している黒幕ですね。
蘭子を堕としただけでは足りず、更に暗躍しようとしていたところを突き止められて最終決戦という形です。
ありきたりな展開と言ってしまえばそれまでですが、映像時間が僅かしかないMV系では複雑なシナリオは組み込みにくいので致し方ありません。
見る人を飽きさせないようにアクション面で、頑張って魅せていくとしましょう。
最初は蘭子が入ってきての問答からなので、身体を包むようにしていた黒翼を周囲の埃を吹き飛ばす勢いで広げながら立ち上がります。
この黒幕の性格は相手を試すのが大好きで、どんな行動をしてくれるのかを楽しみながら嘲笑する性格が捩じ切れた紳士なので、まずは歓迎するように恭しく大仰な手振りを持って迎え入れる真似をしました。
表情もしっかり筋肉を動かし、化物が人間の矮小さを嘲笑うような嫌悪感を抱かざるを得ない表情を作ります。
奥の方で見学している蘭子や智絵里、卯月に莉嘉ちゃん、みりあちゃんといった年少&か弱いメンバーの表情が引きつり固まっていたのできっと上手くいっているのでしょう。
一昔前の演劇みたいな大仰でくどい演技をしながらの会話パート自体はすぐに決裂し、すぐさま戦闘シーンへと入ります。
「おやおや、物騒なことだ。荒事は嫌いなのですがね‥‥仕方ありません。
さてさて、翼を焼かれて堕ちてしまった可愛い、可愛い天使さん、1曲お相手願えますか?
ふふ、ふふふ‥‥ふはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」
悍ましい笑い声をあげながら軍帽を落とさぬように気をつけつつ天を仰ぎ右手で顔を覆い、指の隙間から狂気に濁った瞳でカメラを睨みつけました。
演技に熱が入り過ぎたためか、瞳を見てしまった人達が小さな悲鳴をあげます。
やり過ぎてしまったのかもしれませんが、ここで加減をして取り直しになるのも嫌なので、このまま行かせてもらいましょう。
足元のクレイモアを頭上に向かって蹴り上げ、左手で黒翼を操作し力強く羽搏く為の前準備として大きく広げます。
この黒翼は操作次第で翼の角度も自在に調節できるようにしていますから、映像に映えること間違いなしでしょう。
カメラに対して幅広な刀身を真正面から見せつけつつ黄金回転で床から垂直に上がったクレイモアを右手で掴みます。
そして、黒翼を羽搏かせて打ち合わせで決められたポイントへ一気に跳び、身体の撓りを効率的に伝え加速させながら振り下ろしました。
私のチートボディを最大稼働させて様々な剣術、体術スキルを惜しむことなく使用した振り下ろしですので、このクレイモアの強度で床に叩き付ければ両方が砕け散ることになりますので、床上1㎜の所で止めます。
撮影毎にものを壊していては費用が嵩むので、こういった部分はCGで上手く格好良く処理しておきましょう。
次は今の一撃を回避した蘭子が頭上から振り下ろされる剣を受け止めて弾く場面ですので、気怠さを隠そうともしない舐め切った態度でクレイモアを頭上で横に構えてから指定秒数待ちます。
蘭子やアーニャが興奮で手を握り締めており、他のメンバーの顔にも恐怖の色が見えなくなってきたので今後の私に対する評価に影響が出ることはないでしょう。
気持ちを新たに演技を続行し、大きくあからさまな溜息をついてから思い切り宙を薙ぎ払います。
ここからは空中戦に移りますから、チートの輝かせ所ですから派手にいきましょう。
振り向きながら大きく開いた黒翼で背後の空間を薙いでから、羽搏きながら跳躍しセットの壁を三角跳びの要領で蹴りつけ滞空します。
流石に舞空術は見稽古習得の対象外であった為、只人でしかない私は重力の軛から長時間逃れることができません。
なので、今回は仕方なくワイヤーアクションに頼ることにしました。
体術スキルや軽功を上手く使えば、数秒間は滞空して5連撃くらいは可能なのですが、速度が優先されるので今回のイメージとは合わないという事で見送りとなったのです。
没となった映像も私を売り込む際の映像資料とすると武内Pが言っていたので、全く無駄にならなかったのは幸いですね。
腰から延びたワイヤーに引かれ、上下反転状態でバランスをとりつつ身体を上手く使って回転斬りや唐竹、切上、刺突等組み合わせた見栄えを重視した空中コンボを行います。
某グラップラーでもやっていたリアルシャドーを応用して
空中を蹴ることができないのは、空中戦においては大きすぎるハンデであり私は力任せにクレイモアを振るい、仮想蘭子を吹き飛ばして距離を空けてから着地します。
着地と同時に猛禽類が滑空し獲物に襲い掛かる如く地を低く駆け抜け、鋭く抉り穿つように突きを放ち仮想蘭子を更に弾き飛ばしました。
「這い蹲り、心折れる姿を見せてください」
床に手をつき立ち上がろうとする仮想蘭子の頭を踏みつけ、冒涜的な嘲笑を浮かべます。
これは台本にあるそのままなので、私がやりたくてやっているわけではありません。
Sっ気があると言われる私ですが、こんな風に倒れた相手の頭を踏みつけるなんてことは黒歴史時代以降したことないのでセーフでしょう。あれは、若気の至りというやつですからノーカウントです。
仮想蘭子は、それでも戦意喪失することなく立ち上がろうと踏んでいる足を頭で押し返してきました。
「おお、素晴らしい!その姿があまりにも素晴らしいので、贈り物を考えました」
この上なく楽しそうに嘲りながら、足をどけて浮いた顔をボールのように蹴り飛ばします。
「絶望を贈りましょう」
翼を自然な形で羽搏かせながら、クレイモアを投槍のように投擲します。
槍投げ用の10倍近い重さがあり空気抵抗を受けやすい造形のクレイモアですが、私の手に掛かれば鈍い衝突音と共に用意されていた的に突き刺さりました。
やり過ぎに見えるかもしれませんが、私のターンはここまでで、これから天使だった頃の自分と力を合わせた蘭子が光と闇の剣の二刀流でこれでもかという程にフルボッコにされるのでお相子になるでしょう。
「これにて本演目は終幕ですね。さて、次は何で遊びましょうか‥‥
天使さんは飽きたので、そろそろまた人間にしましょうか。彼の存在は存外脆いので、今度は痛みではなく正気を少しずつ削っていきましょう。
きっと面白い反応を示してくれるでしょうから、しばらくは退屈せずに済みそうです」
仮想蘭子に興味を失い、そこにいるのに認識すらされない路傍の石扱いです。
親指を顎に当てて悍ましさと嫌悪感しかない笑みを浮かべ、次の獲物について思案を巡らせる姿は、温情をかける必要すらない邪悪そのものでしょう。
今更ですが、次期○イダーで主演の1人を務めるものの今まで演じてきた役は圧倒的に悪役系が多いので、私=悪役というイメージが定着してしまわないか心配です。
私のアイドルイメージが平和的なものになる様に、精一杯気持ちの良い負け方をしてきましょうか。
○
「うわぁ~~、すっご~~い!」
「色々あるみたいだよ。ねえねえ、莉嘉ちゃん。一緒に探検しよ?」
キャビンに到着するなり、何日も前から今日を楽しみにしていた莉嘉ちゃんとみりあちゃんが興奮冷めやらぬ様子ではしゃいでいます。
蘭子のMV撮影は午前中で終わるようにし、シンデレラプロジェクトのメンバー全員の予定を武内Pと綿密に打ち合わせして調整して、昼行燈の手を借りながらも今日の『シンデレラプロジェクト+サンドリヨン+α お泊りキャンプ』は無事開催されることとなりました。
元々はみくが私の家にお泊りをしたことによる不公平だという意見から、みんなでお泊り会をしようという話だったのですが、その話が広がりあれよあれよと参加希望者が増えて私の部屋では容量超えなってしまった為、キャンプ場にて複数のキャビンを貸切っての大規模なものとなったのです。
その分費用は割高になりますが、大手企業に勤める大人組で割勘すればそこまで大きな負担にはなりません。寧ろ私が全部出しても良かったのですが、それは止められました。
大所帯ですが賑やかなことは良い事なので、こういったことは楽しまなければ損でしょう。
「コラコラ☆まずは荷物を運びこんでからでしょ」
「「はぁ~い」」
今にも遊びに飛び出しそうな2人でしたが、城ヶ崎姉さんがそれを止めて荷物の整理を促します。
ご両親の教育がきちんと行き届いている為か、城ヶ崎姉さんはきちんとお姉さんしていました。
転生して人生経験が多かった筈なのに、黒歴史とはいえ
私だったら、きっと甘やかして荷物の整理はしておくので遊びに行って良いと許可を出していたでしょう。
両脇に抱えた大型クーラーボックスを台所に搬入しながら、そんな違いに打ちのめされます。
まあ、そんな拘泥した気持ちは雄大な自然と夜に見ることができるであろう満天の星空に洗い流してもらいましょう。
「渡さん、こちらはどちらに運べばよいでしょうか?」
自己嫌悪に陥りそうになっていると私と同じようにクーラーボックスを抱えた武内Pが台所にやってきました。
いつものスーツ姿ではなく、今日の為にお洒落をしたという感じではなく自然で着慣れた感のあるアウトドアシャツにトレッキングパンツ姿は、落ち着いた雰囲気で良く似合っています。
ノーネクタイになるだけでお堅い雰囲気も和らぐ為か、シンデレラプロジェクトのメンバーとの距離感も近くなっており良い結果になったと言えるでしょう。
普段なら絶対に見ることができないウルトラレアな武内Pの姿に、ちひろ、凛、城ヶ崎姉さんは他のメンバーも撮りつつこっそりと武内Pを撮る割合が多めになっています。
そこに触れてあげないのが情けというものでしょう。
「そちらの中身は昼食で使うものなので動線の邪魔にならない場所に置いておいてください」
「わかりました」
武内Pに指示を出しながら、夕食に使う食材で痛みやすいものと要冷凍なアイス等を備え付けの冷蔵庫に入れていきます。
流石に今回のような大人数になると、備え付けの冷蔵庫では全部収納するのは難しいですね。
昼食分である程度消費されるでしょうが、それでも多いので大容量クーラーボックスと保冷剤を大量に用意しておいてよかったです。
「搬入系はほぼ終わりましたから、それを置いたら自分の荷物を整理しに行って大丈夫ですよ」
「いえ、自分の荷物は着替えと少ししかありませんから彼に運んでもらいましたので、最後までお手伝いします」
「ああ、麻友Pですか。そういえば、同期でしたね」
武内Pの視線の先には、食材以外の荷物運びを手伝っている麻友Pとその後ろを軽めの荷物を持って歩くまゆを筆頭としたアイドル達の姿がありました。
アフリカの先住民族や猛禽類にも負けないチート視力には、麻友Pの数歩後ろをさりげなく陣取ってご満悦そうなまゆの表情までしっかりと見えます。
あまり露骨な行動はアイドルとしては御法度ですが、折角のオフでキャンプに来ているのですからあれくらいには目を瞑ってあげるべきでしょう。
パパラッチ等に写真を撮られたらある事ない事捏造されかねませんが、このキャンプ場周辺に張り巡らせた野生動物の防衛網を突破し、私のチート感覚センサーを誤魔化して撮影できるなら即刻スパイに転職することをオススメできます。
作業自体は食材を冷蔵庫に入れるだけだったので、然程時間もかからず終わりました。
「さて、これで終わりです。武内Pもオフなのですから、今日くらいは仕事を忘れてのんびり身体を休めてください」
複数の米袋とミネラルウォーターを背負い、両脇に土鍋を抱えて武内Pにそう伝えると右手を首に回してため息をつかれます。
今日のお昼ご飯はアイドル達の手作りカレーですから、ご飯は必要でしょう。
日本式カレーにはライスを必ず付けるべし。これは日本国民であれば法として定める必要もないくらい当然のことです。
これを破ろうものなら、〇ンジーも助走をつけて殴りかかってくることでしょう。
アイドル達は数合程度なら飯盒炊爨等をしたことはあるかもしれませんが、流石に今回の大所帯分のご飯の準備は経験したことがないはずです。
料理においては、量が倍になったから火にかける時間も倍にすれば良いという単純な計算式は成り立ちません。
折角の楽しいイベントに失敗で影を落とさせたくはありませんから、チート能力で最高においしい土鍋ご飯を仕上げることができる私がやろうというのです。
これが他のことでのちょっとした失敗ならいい思い出になるかもしれませんが、ことご飯関係になると今後にしこりを残しかねない地雷が隠れたイベントなのです。
そのことを力説したのですが、武内Pの反応は先程と全く同じものでした。
「渡さんの言い分は理解しました。ですが、その量をお一人で仕込もうとされるのを看過することはできません」
「大丈夫です。私にかかれば二合も三合も十数合も変わりありませんから」
武内Pがアイドルに関して心配性で過保護気味なのは昔からですが、立場がアイドルとプロデューサーに変わったとはいえ新入社員時代から面倒をみる側だった私にまでそれを適応しなくてもいいでしょう。
「お手伝いします。これでも食には興味がありますので、役には立つかと」
そう言って私の前に立つ武内Pの瞳には、揺るぐことのない強い意志の光が見えました。
未央の一件の後から昔の姿を取り戻しつつある影響か、こういった時に簡単に引き下がったりせずに自分の意思を、言葉を伝えるようになったことは素晴らしいです。ですが、今この場においては少々厄介と言わざるを得ないでしょう。
最近では家事にも協力的な男性のほうが人気ではありますが、ここは昭和時代の父親よろしく食事の用意は任せたと気持ちよく任せてもらいたいものです。
「とりあえず研いで、水にさらしておくだけですから、特に手を借りることはないので大丈夫です」
私の持つ一京数千兆と言ったら嘘になりますが、2000は優に超えるスキルを使えば数十合のお米を研ぐのも一般人が普通に行うよりも早くできるでしょう。
原作での絶対殺すマンのせいで攻撃的な印象が強い黄金回転ですが、こういった日常生活における応用力も高く重宝しています。
能力バトル系で複雑な能力よりも単純明快な能力のほうが強力なのは、この応用性の高さがあるからでしょうね。
そんなことは脇に置いておいて、今は不退転の意思を固めている武内Pをどうするかを考えねばなりません。
ステルススキルで通過したとしても、炊事場の位置等は大人組で行った事前ミーティングにて共有されていますからすぐに追いつかれるでしょう。
「渡さん‥‥貴女のその能力を最大限活用する姿勢は美徳ですが、全てを背負い込もうとするのはプロデューサーとして、私個人としても無視することはできません」
本当に最近の武内Pは自分の意見を譲らなくなりましたね。
人間讃歌的にはその姿勢は大歓迎ではありますが、それは今発揮する場面ではないでしょう。
真っ直ぐに私を見つめる武内Pに対して、成長してきた眩しさから目を逸らすと今後もこれで押し切られてしまうような気がしてならないので負けじと見つめ返します。
「何でもは背負っていませんよ。私にはできることですし、これくらい負担にすらなりませんよ」
黄金回転を利用すれば、常人の何倍もの速度で全員分のお米を一度で研ぐことができます。
なので、今この瞬間こそが時間の浪費と言えるでしょう。
そして、私の感知範囲に接近中の2人の存在がありますから、絶対に面倒なことになる気しかしません。
今日は私もオフ気分なので、巻き込まれてしまうのは御免なので追いつかれてしまうでしょうが、早急にこの場から退散させてもらいましょうか。
ステルス及び私の持つ潜入系技能を最大活用し、お米や土鍋等必要なものを抱えて武内Pの脇を通り抜け勝手口から撤退を完了させます。
今の状態であれば、ステルス単体を破ってみせた昼行燈ですら私を認識することはできないでしょう。
「七実さん、武内君。そっちは終わりました?」「プロデューサー、手伝いに来たよ」
撤退が完了した同時にキッチンに到着したちひろと凛の声もチート聴力であればクリアに聞こえます。
まあ、2人にとっては武内Pの手伝いがメインで私はオマケなのかもしれませんが、あのまま留まっていれば恋愛法廷行きは免れなかったでしょう。
恋愛法廷とは別件で何か言われそうな気もしますが、心的ストレス量を考えればどちらがマシであるかは言うまでもありません。
「千川さん、渋谷さん‥‥実は今、渡さんを説得中でし‥‥居ない!?」
「もしかして、七実さんがまた何かしようとしてたの?」
「私達が入って来た時には、プロデューサーだけだったけど?」
武内Pからすれば、突然目の前で白昼夢や幽霊のように消え去ってしまったようにしか感じられないでしょうね。
「いけません、炊事場に急がなくては!」
「どうしたの、プロデューサー?」
「凛ちゃん、とりあえず炊事場に行けばわかると思うわ」
昔の武内Pなら判断に困り、事情の説明をしていたでしょう。そうしてくれれば、余裕を持ってご飯が研ぎ終わったのですが、今は成長している姿を喜ぶべきですね。
後、ちひろ。そのあからさまな溜息については少し語り合う必要がありそうです。
備えあれば患いなし、時は金なり、狡兎三窟
こうして始まりを迎えるキャンプが平和で終わることを切に願います。
〇
「もう!カレーのお肉は牛肉に決まってるでしょ!」
『
古来より食での対立は戦争を招くものと相場が決まっていました。
タケ〇コとキ〇コの菓子、漉し餡と粒餡、赤いきつねと緑のたぬき等々、お互いの主張を一切譲らぬ両者の対立は今日に至っても和解の糸口すらつかめない現状です。
現在、私が直面している紛争の名前は『カレーのお肉は牛肉か?豚肉か?紛争』と言います。
みくや智絵里、美波を筆頭とした西日本牛肉派、NGSとアーニャが主導する東日本豚肉派、いつもは仲の良いシンデレラプロジェクトのメンバー達が敵意を顕わにして向かい合う光景は新鮮ですね。
「私が両方作りましょ「七実さんは、そのまま正座をしてて下さい」‥‥はい」
私の発言を遮った美波の視線は養豚場のブタでもみるかのように冷たい、とは言いませんがその気がある人には堪らないであろうものでした。
『私はまた一人で色々しようとしました』と書かれた反省ホワイトボードを胸の前で掲げながら、私は炊事場の片隅で正座を続行するしかありません。
度々『一人で何でもやるな』と言われていますが、その単独行動は利己的な側面もあるので利用してくれるくらいが助かります。
特に食に関しては、チートを使って自分が美味しいものを食べたいだけの事が多いですし。
「杏はどっちでもいいからさ、できたら教えてね」
こういった争いごとには関わらない主義の杏は、足早に戦線を離脱し正座をさせられている私の隣に折り畳み式のアウトドアチェアを広げ腰掛けます。
お尻がスッポリはまるスタイルで、座面と背もたれの傾斜で姿勢が上向き加減になるので寛ぐには最適でしょう。
そこにおやつとして持ってきた瓶詰めの飴が加われば、もう気分は最高の休日気分です。
「アンズ!同郷なのに
そう言えば、2人は北海道出身でしたね。
346のアイドルはあまり地元色を出さない人間が多いので、つい忘れそうになります。
折角、全国各都道府県出身のアイドルがいるのですから、ご当地アイドル方面でも売り出していけば他プロダクションとの差を広げることができるでしょう。
大企業による質を確保しつつの数を活かす純粋な力押し作戦は、この業界においては至極効果的ですから。
このキャンプ中は無理でしょうが、帰ったら企画書を作って昼行燈あたりに投げておきましょう。
「いや、杏は美味しければそれでいいタイプだし」
「
味方をしてくれない杏にアーニャは、冷たい笑顔を浮かべてその小さな身体を肩に担ぎました。
元から鍛えているのに加え、虚刀流の鍛錬も加わっているので30㎏しかない杏を担ぐのは余裕でしょうね。
その程度を耐えられないようなやわな鍛え方はしていません。
アイドル活動の合間で密度を高めた鍛錬により、武道経験の皆無だったみくも自身では気がついていないでしょうが身体能力はレベルアップをしています。
ソーシャルゲームで例えるなら、レベルMAX状態で特訓をしてレアリティにプラスがついたくらいでしょう。
「横暴だぁ!杏は休養を要求する!」
「まったく、杏ちゃんはアーニャの扱いが下手だね。ああいった時は如何に手綱を握るかを考えたほうがいいのに」
ネコミミを外してすっかりオフモードになっているみくは、担がれた杏を憐れみながらそう言います。しかし、その表情には自分が巻き込まれなくて良かったという安堵の表情が露骨に表れていました。
そんな中カレーのお肉はどちらか論争はお互い譲る気配がないため終戦の兆しが見えず、このままでは百年戦争に突入しかねません。
プロデューサー陣も豚肉派武内Pと牛肉派麻友Pで袂を分かっていますので、ここは最年長の私が納めるしかないでしょう。
音を最大限に高め意識の波長に影響させるように一度だけ手を叩きます。
「材料は沢山ありますから、両方作りましょう」
周囲が静まり注目が集まったところで、ゆっくりと口を開きそう提案しました。
夜はBBQの予定でお肉は牛豚鶏羊鹿猪と各種揃えていますし、こんなこともあろうかとカレー用のお肉も牛豚鶏の3種類分用意してあります。
それに複数用意した方が、食べ比べることできるので牛肉派と豚肉派の相互理解も深まる事でしょう。
正直なところ、これ以上時間を浪費して楽しみにしていたランチタイムが伸びるのは我慢ならないのです。
「それでいいですね?」
答えは聞いていませんけど。
有無を言わさない凄みをもって意見を述べると全員が頷きました。
「はい、では牛肉派と豚肉派でグループを作ってください。食材はプロデューサー達が持ってきてくれたクーラーボックスの中に入っています。
喧嘩しないように分け合ってください」
それでは調理開始です。
各派閥が材料を選別している間に、こちらも準備を始めましょう。
私はウエストポーチを開き中からジップロックに入った何種類もある茶色の粉の1つを取り出します。
これは御法に触れるようなものではなく、七実特製のカスタマイズカレー粉です。料理を嗜むものとして各種素材に適したカレー粉を常備することは常識でしょう。
今回取り出したこれはチキンカレー(大人)用のもので、通常の日本式カレーよりも香辛料の風味と辛さを強めた一品で淡白になりやすいチキンカレーを風味豊かなものにしくれます。
チートで気配を消してマイ包丁等の調理道具、メインの鶏肉を含む材料を集め、
ゲーッハッハハ!食材達よ、我が
「アンズ、労働は義務です」
「い、イヤだ!杏は働きたくない!」
「ふーん、そういうの案外嫌いじゃないかな」
「しぶりん!?お願いだから影響受けないで!」
金の鎌と槌が似合いそうな赤い旗を幻視しそうになる豚肉派。
「みくちゃん、お肉をお願い。私は野菜を切っておくから」
「了解、美波ちゃん。お肉の下味は塩コショウと何かに漬ける?」
「私の家ではお酒に漬けることが多かったけど、みんなは?」
「わ、わたしの家は炭酸に漬けてたかな」「白き母なる恵み(牛乳)!」
とても和気藹々としたアットホームな牛肉派。
「~~♪」
鶏肉派、私 総勢1名 参陣。
この序盤から波乱なキャンプな行く末はきっと神様にだってわからないでしょうが、今の私の素直な気持ちをアメリカの一般家庭にフランス料理を紹介した女性シェフの言葉を借りて述べるのなら。
『食べるのが大好きな人が、一番です』
さて、美味しいカレーを作りましょう。