μ’sの初ライブを目にした翌日、京助はいつになく気分のいい朝を迎えていた。
あの少女たちとはさして親しいわけでもないし、あのライブ自体成功とは言えない状況ではあったが、彼女たちの踊る時の一生懸命な姿、折れなかった姿を目にして、京助は胸の内に燻るものを感じていた。
それが何なのかは分からない。
部屋の片隅に置かれたアコースティックギターにちらりと目をやって苦笑する
もしかすると、自分の夢への未練なのかもしれなかった。
それでも良いと、彼は思う。
久しぶりに感じる自分の心の動きに戸惑いはあるものの、それもまた心地良かった。
ベランダに出てライターをこする。
いつもと変わらない銘柄なのに、いつにも増して煙が美味しく感じられた。
「さて、今日も一日頑張るかね!」
†
「いらっしゃいませ!」
「こんにちは、パン屋さん!」
昼の購買部、いつものように現れた穂乃果は同じくいつものように太陽のような笑顔だった。
昨日のことがあって沈んでいるかもしれないと少し不安だったが、そんなこともなく吹っ切れたようで一先ず安心する。
「昨日のライブ、すごかったですね。」
「え!?見に来てくれたの!?」
「途中までは、ですけど。後は家に帰って動画投稿サイトにあがってたのを見ました。月並みな表現で悪いんですが……素晴らしいの一言でしたよ。」
言葉こそ足りないが、お世辞も何もない、混じりっけのない京助の心からの感想であった。
実際に動画サイトでの評価もなかなか好意的な意見が目立っていた。
「いや~、そんなに褒められると照れますな~」
照れを隠そうともしない素直な反応に、京助も思わず笑ってしまう。
ここのところストレス続きだが、思えば心から笑える機会も増えてきている気がする。
「あれ?でも動画?」
「え?」
穂乃果が首をかしげる様子を見て、京助も目を丸くする。
「あれ、高坂ちゃん達があげたんじゃないんですか?」
「ううん。聞いてない。海未ちゃんかことりちゃんかな?でも、それなら何か言ってくれると思うんだけど」
「えーっと……」
微妙な空気が流れる。
困った顔をする京助に気づいたのか穂乃果は話を断ち切るように、
「またそのうちに、もっとメンバーが集まったら次のライブもやるから、その時はよろしくお願いします!今度は最後まで見ていってね!」
「えぇ。行けたらですが、見に行きますよ」
笑顔で言葉を交わしてその場を別れる。
「――応援、してるからな。」
パンを片手に、手を振りながら教室に戻っていく穂乃果に対して京助は聞こえないように小さな声で呟いた。
†
「かーよーちんっ!」
「凛ちゃん?」
放課後の学校。授業も終わり、帰ろうとしていた小泉 花陽のもとに幼馴染の星空 凛が駆けてきた。
「一緒に帰ろ!」
「うん」
二人は並んで夕暮れどきの道を歩き出す。
積極的に話題を振って、大げさな身振りや手振りを交えて感情豊かに話す凛に対して、花陽はそれに相槌をうったり小さく笑ったり、どちらかというと受身な態度。あまりに対照的な二人だったが、それはいつもの二人のあり方。
小学校から、こうして高校まで長い付き合いの一番の友達。気心の知れた二人にとって、こういう時間が一番楽しくて心地よいものだった。
「そういえばかよちんは、もう部活決めた?」
「え……」
不意に振られたその話題に、花陽は答えに詰まってしまう。
問いかけに対してすぐに頭に浮かんだのは、先日のμ’sのライブの光景だった。
――アイドル部
そう答えようとして、でもそれは言葉にはならなかった。
「ううん、まだ。」
幼い頃から、アイドルになるのが花陽の夢だった。その思いは今でも彼女の胸の内で燻っている。
自分もステージに立ちたい。あんな可愛い衣装を着てみたい……先輩達のライブを見てからそんな事を何度も考えて、でも、自分にそれが出来るのだろうかと考えてしまうと急に自信がなくなってしまう。
「そっか。でも早く決めないと、もうみんな部活決めて練習始めてるよ?」
「うん……」
凛の言葉に花陽の顔が陰ってしまう。
きっぱりと決められず、誰かに助けを求めたくなってしまう、そんな自分が好きではなかった。
「あ、そうだ。かよちんこの後暇?ちょっと気になるお店があるんだよね」
「気になるお店?」
「お洒落なカフェタイプのパン屋さんなんだけど、凛だけで入るのはちょーっと気がひけちゃって。一緒に行こうよ!」
「うん、いいよ。」
学校終わりで少しお腹も減ってきた時間帯、夕御飯まではまだ時間があるしおやつが欲しいところ。お洒落なお店というのにも興味がある。
花陽は二つ返事で頷いて、凛に手をひかれるままに歩き出した。
†
「~♪」
鼻歌混じりに店内設置のテーブルを磨く。
今日は朝から機嫌がいい上に、売れ行きもそれなりに上々。こんなに安らかな気持ちになったのは本当に久しぶりだ。
まだ店じまいまで時間はあるものの、仕事はひと段落し、今の店内にお客さんはいない。
店内を軽く掃除し終えたところで、片隅に置かれたオーディオ機器が目についた。この間、穂乃果達が来た時にCDを再生してみたが、特に問題もなくクリアな音を出してくれた。
「ふん……」
少し思うところが有り、自室のCDラックを漁り、山積みになった中から適当に数枚を抜き出して店内に持ち込む。
店内音楽で趣味の曲をかけるというのも乙なものだろう、そう考えて一枚のCDをオーディオにセットした。
円盤の回転する音に続き、半瞬遅れて軽快でポップな音楽が流れ出す。
伝説的なアーティスト、The Beatlesの一曲で彼が気に入っている曲の一つだった。
「『HELP!』か。アルバムの邦題は確か、『4人はアイドル』……だっけか?」
そう呟いたところで、来客を告げるドアベルの音が店内に響いた。
「いらっしゃいませー」
挨拶をしながら振り返ると、
「あれ?」
「あ……」
またしても見知った顔があった。
とは言っても今回は穂乃果達いつもの三人組ではない。いつぞや購買に買いに来た生徒たちで、先日のライブにも顔を出していた……
「あー!購買のおじさん!?」
「誰がおじさんだてめ……!こほん、先日はどうも。」
怒鳴り散らしそうになるのを寸前で飲み込む。
この頃、素の口調が出てきそうで大分ヒヤヒヤする。
「こ、こんにちは」
「おじさん、ラーメンパン、結構美味しかったよ!」
「はい、どうもこんにちは。そうですか、初めての試みでしたから美味しかったなら“おにーさん”も嬉しいです。」
わざわざ強調して言っているのに少女は気づいた様子がない。いい加減に年齢のことを考えるのが悲しくなってくる。
深い溜息をついてカウンターに戻ると、その少しの後に二人が商品のパンを一つずつ持って会計に来る。
「おじさん、これとあと、オレンジジュースお願い」
「私は紅茶をお願いします……」
「はい、ではそちらの席でお待ちください。」
席に着いた二人が談笑を始める頃に紅茶が出来上がる。漂う良い香りに満足げに頷いてから今度は氷を入れたグラスにオレンジジュースを注ぎ、二人分が揃ったところでトレーにのせる。
「かよちん、本当は入りたいんでしょ?」
「え?」
「アイドル部。昔からアイドルになりたかったんでしょ?」
「……私には無理だよ」
「そんなことないよ!だってかよちん、こんなに可愛いんだから!」
二人の会話が耳に入ってくる。
どうやら大人しそうな眼鏡の子はアイドル部に入りたいが悩んでいるらしい。
「お待たせいたしました。」
飲み物を運んでいくと、ショートヘアの子が振り向いて
「おじさんもそう思うよね!?」
「え゛?」
急に振られた話に変な声が出た。
「かよちん、こんなに可愛いんだもん!絶対アイドルに向いてるよ!ね!?」
「え、え……そんなことないよ……」
二人にそれぞれ見つめられて京助も言葉に詰まってしまう。
何を言おうと、絶対ロクなことにならない気がしてならないが、かと言って黙り込むのもあまりに失礼すぎる。
どうすれば……
嫌な汗が背中を伝ったところで、
「い、いらっしゃいませ!!」
タイミングよく鳴ったドアベルに勢いよく反応して、ここぞとばかりに逃げるようにその場を去る。
救世主にも等しいお客さんに営業スマイルを見せたところで、その正体が救世主などとは程遠いものだと気がついて顔が固まった。
「げ……!」
「あ!あなたは……!!」
この間、音楽室で出会った赤い髪の少女。あの時は無理やりに逃げ帰ってしまったため、こうして再び顔を合わせると非常に気まずい。
少女に鋭い目で睨まれて、京助は額を流れる冷や汗をそっと拭った。
「西木野さん?」
かよちん、と呼ばれていた少女が不意に声を上げた。
それに反応して赤い髪の子もそちらに目を向けて驚く。
「あれ、あなた達……」
今がチャンスとばかりに、隙のない動きで素早くカウンターの内側に戻る。
今日は良い日だと思っていたがとんでもない。今日ほどの厄日はそうそうない。
「……コーヒー」
カウンターの向こうでレジをいじって誤魔化そうとする彼に一瞥を向けると、彼女はそれだけ言って二人の席に向かう。
「小泉さん、まだ悩んでるの?」
「え?」
「スクールアイドル。興味があるんでしょ?だったら早く決めちゃえばいいのに」
そう言われて、少女はまたうつむいてしまう。
「ちょっと!何で西木野さんがこの話に入ってくるの!?」
「別にいいでしょ。この子だって本当はそう思ってるんだから」
「かよちんの事は凛が一番よく知ってるんだから構わないで!」
険悪なムードに非常に悩んだが、職務を全うするために品物を運ぶ。恐る恐る、ゆっくりと気配を消して三人に近づくき、テーブルにコーヒーをおき、一気に逃げ出そうとしたところで、
「「おじさんはどう思う!?」」
二人が同じタイミングで京助に問いかけてきた。
今度こそ本当に逃げ場がない。
「いや、あの……俺に聞くなよ……ってかおじさん、って言い方何とかなりませんかね?」
「おじさんはおじさんでしょ?」
その発言に、彼の額に青筋が浮く。
「だって、あなたの名前知らないんだもの。」
「あぁ、そう言えば名乗ってませんでしたっけ……。ここの店員の津田 京助です。よろしくお願いします。」
正直あまりよろしくしたくはない。
だが、話題を変えるチャンスだったので丁寧に一礼して名乗る。
「京助……さんね。西木野 真姫よ」
名前と敬称の間に何故だか悩むような間があったのが気になるが、赤い髪の子が名乗り返してきた。
「私は、小泉 花陽です。よろしくお願いします……」
「凛は星空 凛だにゃ。よろしく、津田のおじさん!」
――だから、おじさんじゃねぇっつってんだろ!?
そう言い返そうと思ったが、これ以上言っても無駄な気しかしないので京助は溜息をついて諦めた。
二十代前半にしておじさん呼ばわりは流石に答えるものがある。
「で、京助さんはどう思う?この子、アイドルに向いてると思うわよね?」
「そうそう。可愛いと思うよね!?」
挙句、話題のすり替えにも失敗してしまった。
順当に考えれば素直に“可愛いと思う”と答えてお茶を濁すのがベストなのだろう。
しかし、目を潤ませて困ったようにこちらを見つめてくる花陽を見ていると、面と向かってそういうのも非常に恥ずかしい。
「私、声も小さいし、どんくさいし……私なんか……」
どうしたものかと悩んでいる京助の耳に、そんな小さな呟きが聞こえた。
はっとして彼女の顔をまじまじと見る。
本当はやりたいことがあるのに、悪い方向のことばかりが浮かんできている……そんな葛藤を抱えた表情をしていた。
――やっぱりこの子は苦手だ……
改めてそう思う。
即断即決即行動、彼女とは対照的な考えで今まで生きてきた京助だが、だからといって彼女の気持ちが分からない訳ではない。
悪い癖が、また顔を出し始めてしまう。
「はぁ~……」
深く、大きなため息をついて、空になった二人分のカップを回収。その場から早足に去る。
突然の行動に面食らう三人を尻目にカウンターの内側に入り新しく二人分のコーヒーを淹れ、そのついでに商品のカップケーキを更に乗せて三人のもとに戻る。
「はい。これはおごりです。」
「え?ちょっと、何よ急に……意味わかんない。」
「いいんですか?」
急に出されたおごりの品に驚きながらも、三人がそれぞれ少し口を付けるのを見て、再び京助はため息をついた。
「先に言っとくが、俺は口が悪い。そこは勘弁してくれ」
接客用の丁寧な口調をやめて、素の口調で話し始める。
お客さんとはお金を払ってくれる人のこと。こちらのおごりでとは言えタダで飲み食いする人間はそうみなさなくても良い。こじつけのような理論だが、それでも理由付けが欲しかった。
お客さんが相手ならば何がなんでも丁寧に接するが、それ以外なら話は別だ。
これでやっと、言いたい事を言える。
「小泉ちゃん。君、本当はアイドル部に興味があって……入りたくて仕方ないんだろ?それならもう答えは出てるだろうよ。」
「え、え……?」
突然の京助の変貌に流石の凛も真姫も驚いているのか何も言わずに目を丸くしていた。
「でも、」
「でももだってもヘチマもヒョウタンもあるか。小泉ちゃんも、星空ちゃんも西木野ちゃんもまだ若いんだ。やりたいことを我慢して何もしないなんて、面白くねぇぞ?」
――もっとも、やりたいことだけをやった結果の成れの果てが目の前にいるが。
そんなことを考えるが、口には出さない。
思えば京助も彼女達と同じ歳の頃には信じられないような無茶を繰り返してきた。やると決めたらやる、その信念のもとに駆け抜けて来た。
その結果が夢に敗れた今の姿だが……彼は自分の人生に不思議と後悔はしていなかった。
「さっきもそっちの二人がしきりに言ってたが……実際、小泉ちゃんはスクールアイドルとしても十分やってけると思うぜ。」
そこまで一息で言ってから、今度は視線を花陽から外して凛と真姫に向け、
「あんたらもだ。何を迷ってんのか知らねぇけど、あんたらも興味があるならやってみれば良い。」
「そんな、凛にアイドルなんて……」
「おい、星空ちゃんも小泉ちゃんと言ってること変わんねぇぞ?」
さらに京助は真姫に目線を向ける。
「な、何よ?」
「西木野ちゃん。ちっとは素直になるのも必要だと思うぜ」
思い切り睨まれた。
だが、今度はひるむことなく不敵に笑って視線を真っ向から受け止める。
「……っと、俺から言えるのはこの位ですね。大変失礼を致しました。」
言いたいことは全て言い切った。
京助は思い切り頭を下げて謝罪の意を示す。
そうしている内に頭に上った血が冷めてきて、代わりに冷や汗が吹き出てきた。
かっとなりやすく、ふとすれば思ったことを全て口に出してしまう、京助のもう一つの悪い癖。この所為でずいぶんといらない苦労を重ねる羽目になってきた。
顔色を伺うようにそっと顔を上げると、三人は驚いたような顔をしていた。だが、直ぐに真姫が口元を押さえて笑い出した。
「あなた……そっちの性格の方が見かけとあってて良いわね。前から気持ち悪い気がしてた。」
「き、気持ち悪い……?」
一生懸命丁寧を心がけていただけあって、案外にショックだった。
釣られたように凛も笑い出し、しまいには花陽まで吹っ切れたように笑い出してしまった。
「津田さん、ありがとうございます。」
お礼まで言われて、京助は逆に困惑してしまう。
彼が語ったのは傍から見れば薄っぺらい一般論に過ぎない。
しかし、彼の乱雑な口調とは裏腹に、真剣な表情で語られた言葉の端々には彼が経験してきた苦労や思いが滲んでいた。
だからこそ彼女たちに響いた。
「じゃあ、かよちん!そうと決まれば先輩たちのところに行こう!」
「今から?」
「えぇ。善は急げ、よ!」
二人に引っ張られるようにして、花陽も立ち上がり、三人は店の出口に向かっていく。彼女たちの表情は晴れ晴れとしていた。
「おじさん、ありかとうだにゃ!」
「いえいえ。次おじさんって言ったら店にいれませんよー」
少女たちを見送ったところで京助は営業スマイルではない笑みを浮かべた。
食器を片付けたところで、ふと思いついてかけっぱなしになっていたCDを別の物に入れ替える。
流れてきた音楽を聞いて、遂に京助は吹き出した。
「
京助意外誰もいなくなった店内に、小さな笑い声と優しい音楽だけが流れていた。
こんばんは、北屋です。
少し執筆の速度が上がりました。
ようやく一年生もメンバー加入にこぎつけ、次回は遂に!あの子の登場です!
書くのが楽しみで仕方がないw
PS.京助くんはまだ二十代前半も前半です