音ノ木坂スクールアイドル、μ’sは一年生3人を加えて晴れて6人になり、活気を増した。
これからの活躍に期待が高まり、部外者のはずの京助も態度にこそ出さないものの内心では我が事のように嬉しく感じていた。
それはそれで喜ばしいことである。あるのだが……
「おじさん、ジュースお代わり~」
「あ、私にもアイスコーヒーをお願いします。」
いつにも増して賑やかな店内を見回して、京助は渋い顔をした。
学校からもほどよい距離にある彼の店は、見事にメンバーの練習後や会議の場として利用されていた。
店の窓から見える空はどんよりと曇っていて、今にも泣き出しそうな天気。まるで今の京助の心情を表しているかのよう。
しかも近頃、梅雨入りした所為もあって雨でロクに練習が出来ないメンバーが毎日のように来るため、さながらたまり場とかしているのであった。
「はい、ただ今……あと星空ちゃん、次おじさんって言ったら怒りますよ?」
店としては常連客が増えて嬉しいことではあるのだが、京助としては正直微妙なところだった。
なまじ顔見知りなばかりに、少女たちは彼に対してあまり遠慮がない。大分治ってきたとはいえ女の子が苦手な京助としては、彼女たちとの距離感が結構苦痛に感じることさえもある。
この頃、やること成すこと全て胃痛の種をばらまく結果となっている気がした。
「お待たせいたしました。こちらお品物になります。」
「あれ、何かパン屋さん疲れてない?」
気の抜けた営業スマイルを浮かべる京助を見て、穂乃果が首を傾げるが、まさかお前らの所為だとは言えず、力なく微笑んで返答代わりとする。
「何だか顔色も悪いみたいですけど、本当に大丈夫ですか?」
「無理は、いけないと思います。」
ことりと花陽が心配したように覗き込んで来て、余計胃痛に拍車がかかる。その心遣いは嬉しいが、こちらの身を案じてくれるなら頼むから放っておいて欲しかった。
「前から思ってたけどホントに人相……じゃなくて顔色悪いわよ?一度うちの病院で健康診断でも受けてみれば?」
「……顔色が悪いのはもともとなので気にしないでください。……ご注文は以上でよろしいですか?」
言い直したのが気になるが、あえて聞き流す。
これ以上ここにいると素が出てしまいそうなので、さっさと彼女達から離れたい一心で切り上げようとするが、
「あ、あの。この間のカップケーキありますか?美味しかったから……」
「はいはい。少々お待ちください。」
花陽から新たな注文を受けて内心げんなりしながらも注文を伝票に書いて踵を返そうとすると、今度は凛が、
「この間と言えばおじさ「おにーさん!」……おにーさん、今より前の口調の方が、凛は合ってたと思うにゃー」
「前の口調……?どういうこと?」
先日の一件を知らないことりが疑問を口にすると、
「この前三人でこの店に来たときは地で喋ってたのよ。」
「そうなんです。花陽も、前の口調の方が似合ってると思います。」
――余計な事を
そう思った時には、穂乃果が面白そうに目を輝かせ始めていた。
「パン屋さん、折角だしもっとフレンドリーに話してよ!知らない仲でもないんだし。」
「いや、お客様相手にそれはちょっと……」
前回は無理やりとは言え相手を客とみなさないことにしたから出来た事であって、本来ならば褒められた行為ではない。
それともこれは暗におごりを要求されているのだろうか?
「え~、だっておじさん、余計に老けて見えるよ?」
「うるせぇ!誰がおじさんだ、こちとらまだ二十代前半だ!」
何度言っても治らない“おじさん”扱いに、遂に京助も頭に来て素の口調が出てしまった。
しまった、そう思って口を塞ぐが既に遅し。初めて京助のそんな様子を見た二年生はキョトンとして、それに加えて何故か一年生もびっくりした表情を浮かべている。
「おぉ!パン屋さん、結構ワイルドなしゃべり方するんだね!」
「あの……失礼ですがその――二十代、前半なんですか?私はてっきり……」
「三十ちょっとくらいかと思ってたにゃ……」
額に青筋が浮かぶのが自分でも分かった。
このままだと怒鳴ってしまいそうなので無言で踵を返して今度こそ調理スペースに引っ込む。
これまでにもずっとからかわれてきていたが、言うにことかいて実年齢から10歳も年上に見られていた事に非常に腹が立った。
†
気分を入れ替えるためにプレーヤーに適当なCDをセットすると、今回は静かなクラシック音楽が店内に響きだした。ムソルグスキーの『展覧会の絵』……ただし、今流れているのはアコースティックギターによる演奏だった。
好きな曲のおかげで少しだけテンションが戻り、『プロムナード』の緩やかな曲調に合わせるようにゆっくりと商品を運んでいく。
「お待たせ致しました。こちらお品物になります……」
「わー!可愛いー!」
京助の低いテンションとは逆に、品物を見たことりが歓声をあげた。
小さめの生地にふんわりホイップクリームがのせられ、その上にそれぞれフルーツやチョコレート菓子が飾られたお洒落なカップケーキに、他の少女たちも目を丸くしていた。
「ちょっと待って、これ……あなたが作ったの?」
「? はぁ、そうですが?」
商品を作る店員は基本的に一人しかいないため、京助が作った物以外が店頭に出ることはまずない。そのため喫茶店メニューのカップケーキは一日の数量限定で、何を隠そうもう今日の分はこれで売り切れだった。
「人は見かけによらないのですね……」
「美味しい!パン屋さん、ケーキ作りも上手いんだね!」
失礼な発言が聞こえた気もするが、穂乃果の素直な感想のおかげであまり気にならずにすんだ。うっすらと笑みを浮かべて一礼すると、彼はそそくさとその場をあとにしようとして……
「あ……!」
「んあ?」
ことりがケーキをつつくフォークを止めてガラス張りの店の外に目をやっていた。京助もその目線の先を追うが特に何も見つけることは出来なかった。
「今、お店の外に誰かいたみたい……また今朝の人かな?」
心配そうな顔をして、ことりは穂乃果と海未の方に目をやった。
釣られてそちらを見て、よく見れば穂乃果の額が少しだけ赤くなっていることに京助は気づいた。
「今朝、何かあったんですか?」
余計な詮索は無用――そう知りつつもつい尋ねてしまった。
「うん。何だか知らない人に『解散しろ』っていわれちゃった……」
穂乃果は額を掻いて、えへへ、と小さく笑ってみせる。
「そういえば最近、変な視線を感じることがあるのですが、同じ方でしょうか?」
「そういえば、私も……この頃誰かに見られてる気がします。」
「まぁ、それだけ凛達が有名になったってことだよね!」
凛が楽観的に言うが、海未と花陽の顔は晴れない。
やはり、得体のしれない人間に見られているということはあまり気持ちのいいものではない。
「ッ!やっぱり誰かいるわよ!」
真姫が店の外に鋭い視線を向ける。今度は京助もガラスの向こう側で何者かが木製の扉の影に隠れる様子を目にすることができた。
「待て」
憮然とした様子で立ち上がって扉に向かおうとする真姫を京助が手で制する。
一瞬真姫が彼を睨んだが、いつになく真面目な彼に雰囲気に気圧され、全員が一斉に黙って彼を見つめた。
「下手に刺激すんな。……妙な手合いを刺激すると何されるか分からねぇ」
一瞬、脇腹にチクリとした痛みが走るのを感じて、京助は眉を寄せた。
「でも、このまま見られてたら練習の邪魔に……」
なおも食い下がる真姫を見て、京助は苦虫を噛み潰したかのような顔をする。
眉間に皺を寄せて何かを考えたかと思うと、彼は盛大に溜息をついて、
「………はぁぁー。これ、俺がどうにかしなきゃならないのかよ……まぁ、店内トラブだしな……気が乗らねぇ……」
ブツブツ言いながらも、自然な動きでプレーヤーまで移動し、音楽を変える。曲のスタイルが180°変わって、騒がしいハードロックの音楽が流れ始めた。
一気に騒がしくなり、外から話を聞き取ることは不可能となった店内で、さらに彼は声を潜めて続ける。
「そこの厨房を抜けると、裏口に出る。一先ずそこから逃げろ。」
「え!?……しかし、」
「変な手合いに関わるとロクなことにならねぇ……俺を刺したのもそんな感じの奴だったしな」
「え!?刺されたってどういう……」
不用意な発言にツッコミが入りそうになったが、京助は面倒臭そうにしっしっと手を振って、早く行くように急かす。
不安げに、あるいは釈然としない顔をしながらも、全員が外に出て行ったのを確認する。そのまま扉の方を見れば、まだそこには人の気配があった。
――さて、と。
忍び足で扉に近づく。
幸いにして相手はこちらに気づいた様子はない。
京助は扉の前に立つと、その顔いっぱいに獰猛な笑みを浮かべる。それは、とてもではないが多感な十代の少女たちに見せられた顔ではなかった。
「――せーのッ!!」
思い切り、壊れてしまえとばかりにドアを蹴り開ける。
破壊音に近い盛大なドアの開く音に続き、ごつん、と鈍い音がした。かと思うと、勢いよく開いたドアの向こう側に誰かが転がるのが見える。
その姿を確認し、彼は冷たい目を向けた。
――あいつらに……お客さんにロクでもない事をするような相手に容赦はしねぇ
場合によっては仕置に腕の一本や二本や三本、へし折ってやろうとさえ考え――そこでようやく京助は、自分が思っているよりも自分が感情的になっていることに気づいた。
いつの間にか考え方が、荒れていた若い頃に戻っている。その事を良くないと自覚しながらも、目の前の人物を睨みつけ――
だが、尻餅をついたその人物は京助の想定外すぎて、さしも彼も一瞬思考が停止してしまう。
それは小柄な少女だった。黒い長髪を両サイドでツインテールに結んだ、穂乃果達と同世代位の女の子。
変装のつもりなのか、顔の大半を大きなマスクで覆っていて、彼女の足元には今の衝撃で吹き飛んだと思わしきサングラスが転がっていた。
「いたた……あんた、何するのよ!?」
少女がマスクを外して不満の声を上げた。
それを見て、京助の抱いた“まさか”という思いは確信に変わっていく。
京助は監視者が女の子だったから驚いただけではなかった。
――この子は……!
「矢澤、ちゃん……?」
「え?……えぇ!?京助先輩!?」
二人分の驚きの声が静かになった店内に木霊した。
こんばんは、北屋です。
ついに、遂に私のお気に入りの子、みんなのアイドルのあの子を出すことが出来ました!
次回は主人公の過去にちょっとだけ触れて、彼女との関わりについて書いていくつもりです!