夢を見ていた。
若かりし頃、一番輝いていた時代のことだった。
周りを見れば同じ夢を持った仲間たちがいた。
一癖も二癖もあるメンバー達は衝突をくり返し、時には殴り合いの喧嘩までしながらもそれなりに上手くやってきて、気がつけばノリと勢いで始めた活動がようやく軌道に乗り始めていた。
しかし、そんな折に届いた一通の知らせを目にして、京助は思わず溜息をついた。
「本当にどうすっかな」
つぶやいては見たものの反応するものは一人もいない。それぞれ自分の得物の手入れか携帯電話をいじることに夢中で、京助の話を真面目に聞いている様子はなかった。
それを見て京助はさらに深いため息をついて再び手元の紙に目を向ける。
“参加申込書”
そう書かれた紙にはいくつかの事項があり、その殆どは京助の汚い字で埋められている。
だが、一番肝心なところだけがかけていた。
それはメンバーの氏名記入欄。
一番はじめに名前を書くべき代表者の座についてもめているのだった。
「ったく……おい、お前名前書けよ。」
シンバルの音が小さく鳴る。声を掛けられた本人は京助に向き直って両手のスティックで×印を作って見せた。
「んじゃ……リーダーって言ったらボーカルか?」
「あたしはパス~」
携帯をいじっていた少女は顔すら上げずに拒否する。
続けて他のメンバーの顔を見ると、それぞれ曖昧な笑みを浮かべたり、あからさまに視線を外し始めた。
代表者――すなわちチームのリーダー。
暫定的とは言えそれを決めることは難航していた。だがそれは全員がその地位を巡って争ったわけではなく、逆に誰もやりたがらないのであった。
「俺もパス。めんどい」
「めんどい、じゃねぇよ。誰かがやらなきゃ次のライブ、どうすんだよ!」
若干キレ気味に京助が言うが、誰も気に求めた風もなくそれぞれの作業を続けていく。
その中で一人、今まで静かにキーボードに向かっていた少年が顔を上げて短く告げた。
「あのさ、やっぱリーダーは――」
†
にこが店に来てから数日が経った。
あの後どういった事があったのか、その経緯について京助は知らないし、特に踏み込んで聞くつもりもない。しかし、結果として見ればにこはμ’sの一人として活動することになったようだ。
口の中で飴玉を転がして、京助はぼんやりと考える。
にこが夢を諦めることなく先に繋ぐことが出来た――その事に京助は安堵のような物を感じていた。
かつて、一瞬とはいえお互いの夢を語った相手。今の自分は夢に敗れてしまったが――諦めてしまったからこそ、にこにはそうなって欲しくなかった。自分の代わりに、などと見苦しいことは考えているわけではないが、彼女には成功して欲しいというのは心からの思いだった。
だから当然、彼女が仲間たちと共に新たな一歩を踏み出したことは彼としては非常に喜ばしいことである。
喜ばしいことではあるのだが――
「にっこにっこにー!」
「「「「「「にっこにっこにー!」」」」」」
「てめぇらいい加減にしろよ……」
店内に響き渡る複数人の声。
これが一度なら苦笑で済むが、何度も店内で練習されてはたまったものではない。耐え兼ねたのか京助も若干のイラつきを見せていた。
μ’sは三年生のにこを加え7人となった。最初は3人から始まった活動も今では倍以上の人数になり活気も勢いも増す一方。
だが、それに伴い京助の店に訪れる頻度も日毎に増して来ている。ここのところほぼ毎日、ひどい時には休日にまで来店する始末である。
メンバーが増えるにつれ、彼にかかる心労も倍になり、今ではひどい胃痛さえ感じる始末であった。
「あ、おじさん!ジュースお代わり!」
「はいはい……次おじさんって言ったら、出禁くらわすぞ。」
頼まれたジュースの他に、空になっているカップを確認してそれぞれにコーヒーを継ぎ足す。無論京助のおごりである。
そう言った何気ないサービスが、彼女たちがこの店をよく利用する要因の一つになっているのだが、悲いかな京助は気がついてすらいない。
「それはそうと……」
8つ目のカップにコーヒーを注ぎながら京助は嫌そうな顔を隠そうともせずに持ち主に視線を向ける。
そんな京助とは対照的に、希は楽しそうに微笑んでいた。
「何でアンタまでここにいるんですか?」
「そんな嫌そうな顔しないで。津田くんとうちの仲やん?」
希のからかうような口ぶりに、京助の眉間に深い皺が寄る。ただでさえ良くない人相が普段を通り越して極悪人のそれに変わっていた。
本格的にこの少女が苦手らしい。
「あの、津田さん、希先輩とお知り合いなんですか?」
「えぇ、まぁ、一応……」
花陽に尋ねられて京助は口ごもる。
知り合いと言えばそうだが、知り合った経緯が経緯なだけに説明しづらく返答に困る。
「二人はどういう仲なのかにゃ?」
「ん~、そうやね?未成年には良くない話になるけどいいん?」
無論、京助の喫煙の事である。
だが、彼女の誤解を招くような発言にツッコミをいれようとして、しかしそこで彼は口を開くのをためらった。
途端に空気が変わるのが肌で感じられた。
7人の視線が一気に集まって、それだけで圧力のような物を感じて京助は思わず一歩退く。
「ぱ、パン屋……さん?」
「あなた……何考えてるの!?」
「ちょっ、待て!絶対誤解してる!つーか、てめぇ、東條!ふざけんな!」
突き刺さる様々な視線に耐え兼ねて京助は両手を振って否定する。しかし希はと言うと、悪戯が上手くいった子供のように嬉しそうに微笑んでいる。
誤解を解くために順を追って説明しようとする京助の腕が、不意に掴まれた。
「津田先輩?これはどういうことよ!?」
「痛ぇ!爪立てんな!だから誤解だって言ってんだろ!?俺はただ弱みを……」
――握られている
そう言おうとしたが、少女たちの間にどよめきが走り彼の声がかき消される。また余計な誤解が生まれてしまったらしい。
「不潔です!あなたは最低です!」
「だから誤解だって言ってんだろ!?」
「ひっ……!」
「……」
「小泉ちゃん、人の顔見て悲鳴あげんな!そんで南ちゃんはあからさまに軽蔑の視線を送るのをやめろ!」
ひとしきり身に覚えのない非難にさらされ続け、それに応戦して声を張り上げているうちに、遂に京助がキレた。
「だぁぁあ!黙れガキ共!つーか俺の店から出てけ!!」
†
怒鳴り散らしてから数分後。そこには少女たちから離れた机に突っ伏す京助の姿があった。
事態を見かねたのか、それともひとしきり遊んで満足したのか定かではないが希が悪ふざけでからかっていただけだと白状したため京助の疑いはどうにか晴れた。だが、疑いは消えても彼にかかった心労は消えてはくれなかった。
「もう来んなよ……大人しくファーストフード店にでも行けよお前ら……」
よっぽど堪えたのか、京助は店主としてあるまじきことを泣きそうな顔でぶつぶつつぶやき続けていた。
「ごめんごめん、堪忍してや。で、何でうちがここにいるか、だったよね?」
「もう、そんな話もお代も結構だから帰ってくれ……」
涙目で言う京助に構わず、穂乃果が話を引き継ぐ。
彼女たちは頑としてこの店を離れる気はないらしかった。
「希先輩は生徒会の方で私たちの紹介用映像を撮ってくれてるんだよ」
「紹介用……映像?」
「そうです。学校の部活動紹介で取り上げていただけるそうなので」
気怠げに京助は体を起こし、タバコがわりに棒付きキャンデーを口に咥える。
近頃スクールアイドルが流行っているというし、こういった活動は彼女達μ’sの活動にもプラスになるだろう。それに、廃校を阻止するという目的にも合致している。
だが――
「で?何で俺――自分のところにまで?」
学校での撮影なら分かる。本人の家の取材というのも理解は出来る。
だが、何故彼女たちの取材のために自分の店に来ているのかが分からない。
「ほら彼女達、津田くんの店に入り浸ってるみたいやん?ありのままを撮影するにはもってこいかと思ったんよ」
「はぁ……まぁ構いませんが、せめて一声かけて欲しかったですね。」
言ってくれれば多少なりとも店の宣伝効果はあるだろうし、それに京助自身μ’sの活動の応援はしたいところなので、別に構うつもりはない。
「ごめんなさい。つい……」
「や、別に怒ってはいないから。次から言ってくれれば……」
しゅんとした態度で謝ることりを見て、京助は慌ててフォローをいれる。どうもこの子が相手だとこっちが悪いことをしているような気分になって居心地が悪くなる。
「あ、ちなみにさっきの会話も録画してあるんよ?」
「前言撤回。怒ってるからその映像を直ぐに消せ。今すぐに!」
そんなこんなでしばらくわいわい騒いだあと、京助はカウンターの向こうに引っ込んで大きなため息をついていた。見ればその顔には疲弊の色がありありと浮かび上がっている。
だが、今日の業務が終われば明日は休日、ゆっくりと疲労の回復に勤められる。
もっとも、これといってやることもないためまたパチンコにでも行こうかなどと考えながら食器を洗っていると、少女たちの会話が耳に入ってきた。
「そういえば、振り付けの練習は海未ちゃんがやってるん?」
「そうですね、私が仕切っています。」
「じゃあ、作詞は?」
「それも海未ちゃんが……」
「え?じゃあ、作曲は?」
「それは真姫が」
断片的に聞こえてくる会話を聞いていると、若い頃のことを思い出す。
――自分が昔つるんでいた連中も才能や芸に秀でる人間ばかりだった
作詞や作曲、歌唱力から楽器の扱い、センスに至るまで、京助に勝てるものなどなかった。それでもどうにかやって来れたのは、そんな仲間に負けじと食いつく意地があったからだ。
『リーダーは君がやれ』
「っ!」
ふと、友人のある日の言葉が蘇った。
手元が狂って床に落としそうになったグラスを寸でのところでキャッチする。
「前から、思ってたんやけど……穂乃果ちゃんて、どうしてμ’sのリーダーなん?」
「え……?」
†
「だいたい私が入った時に考えておくべきだったのよね」
希が先に帰ってから、にこが真剣な様子でメンバーの顔を見回しながら言う。
「リーダー、ね」
「私は穂乃果ちゃんでいいけど……」
「ん?リーダーって高坂ちゃんじゃなかったのか?」
お代わりのコーヒーを注ぎながら思わず問いかけると、にこが鋭い目で彼を睨んだ。
「ダメよ。この子はリーダーに向いてない。そもそもリーダーっていうのは、熱い情熱、懐の大きさ、メンバーからの尊敬が必要なのよ!……って津田先輩、どうしたのよ?」
「いや……」
胃のあたりを押さえて渋い顔をする京助を見て、不思議そうににこが尋ねてきた。
――どれ一つとして当てはまってなかったな……
にこの語る理想のリーダー論は、彼にとっても胃が痛くなる話だった。
あるいは自分がそんな出来た人間だったならば、まだ解散せずに済んだのではないだろうか。そう考えてしまう。
「そうなると――海未先輩かにゃ?」
にこがずっこけた。
「そんな!私には無理です!」
「じゃあ、ことり先輩――は副リーダーって感じだね。」
「あの、津田さんはどう思いますか?」
「え?……そりゃボーカルが……センターがやればいいんじゃねぇか?」
またしても話題を振られてしまった。とっさのことに反応できずに、適当に考えていたことが口をついてしまう。
彼の発言に呆れたように溜息をついて、
「だからそのセンターを決めようって話よ……一年生がやるわけにはいかないわよね」
「仕方ないわね~」
妙に嬉しそうな顔でにこが言うが、メンバーの反応は薄い。
「やっぱり穂乃果ちゃんが良いと思うんだけど……」
「仕方ないわね!」
「私は海未先輩を説得したほうが良いと思う」
「しーかーたないわねー!」
「投票がいいんじゃないかな?」
「しーかーたーなーいわねー!!」
「うるせぇ!!」
にこがバッグから取り出した拡声器をひったくって取り上げる。店内で、しかも耳元でそんな物を使われたらたまったものではない。
「で、どうするにゃ?」
にこを完全にスルーして凛が問いかけた。
「分かったわよ!歌とダンスで決着をつけようじゃない!」
「決着?」
「そうよ!津田先輩!明日は確かここ休みよね?」
「あ?あぁ、休みだがそれがどうした?」
まだ痛む耳をいじりながら京助は答えた。
彼は、長年の経験が警告音を鳴らしているのを感じた。何故だか知らないが、このままいくと折角の休日を潰されそうな嫌な予感がする。
「あいにくだが、明日は予定が――」
「明日、誰が真にリーダーにふさわしいか決めるわよ!」
先手を打とうとしたところ、言い切る前に言葉を遮られてしまう。
「えっと……まぁ、あれだ。頑張れよ?」
「何を人事みたいに言ってんの?」
「……え?」
京助は、すでに心のどこかで諦めの境地に達していた。
――この子達はやっぱ苦手だ……
遠ざかていく休日を考えて、京助はうんざりといった風に天井を仰いだ。
こんばんは、北屋です。
リアルが立て込んでなかなか執筆時間が取れないのがこの頃の悩みです。
希ちゃん誕生日SSも書きたかったのに……
さて、劇場版見に行ってきましたが、やっぱりあれですね。
ネタバレは避けますが、私は思わず映画館ですすり泣きましたよ。えぇ、いい年して情けないですが。
おかげで創作意欲もどんどん湧いてきてくれました。
さぁ、これからも気合入れて書いていきますよ!