まず、津田京助という人間について説明しよう。
年齢は20代前半、血液型はAB。身長は170cmくらいのやせ型だが、かと言ってただ細身というわけでもなく適度に鍛えられた体をしている。
趣味はこれといってないが、挙げるとすればパチンコとパチスロ。
好きなものは刺激物で、主にキツイ煙草と酒を愛飲。
苦手なものは――年下の女の子。
誤解の無いように言うが別に女性が嫌いなわけではなく、これまでの人生で深く関わることがなかったためにどう接していいのか分からないというところが大きい。
仲良くなった女性は大体にして彼の仲間に思いを寄せることになるか、さもなければ彼の奇矯な言動に呆れてしまい、どちらにせよあまり深い仲にならないうちに疎遠となるのが常であった。
重ねていうようだが、津田 京助という人間は女の子が苦手である。
それなのに……
「どうしてこうなった……?」
自分の置かれた状況を確認して頭が痛くなる。
今日は店の定休日。本来ならば昼まで惰眠を貪って、そのままパチンコであわよくば所持金を倍に増やしてやろうと考えていたというのに、何の因果か彼は今、カラオケ店の一室にいた。
辺りを見れば、彼の周囲には7人の少女達――言うまでもなくμ’sのメンバーが席について談笑をしている。改めて自分がいかに場違いな場所にいるか確認して余計頭痛は増していく。
気を紛らわせるためにポケットに手を突っ込んで煙草を取り出そうとするも、周りにいるのは10代の女の子ばかり。こんなところでまさか煙草に火を点けるわけにもいかず仕方なく棒付きキャンデーを口に咥えて急場を過ごす。
昨日散々な目にあったばかりだというのに、何故こうもロクでもない目にばかり会うのだろうか……そう考えて顔をあげると、にこがマイクを持って画面の前に立つところだった。
「一番歌とダンスが上手い者がセンター!それなら文句ないでしょう?」
どうやらまずはカラオケの採点で競い合うらしい。うっすらと浮かべた笑みを見るに、よほどにこは自信があるらしい。
「私、カラオケは……」
「私も特に歌う気はしないわ」
「それより何で俺はここにいるんだ……」
飴を咥えながら京助がぼやく。
折角の休日だというのに朝っぱらからチャイムを連打され、強制連行のような形で連れてこられた身としては説明を求めたかった。それはもう切に。
「なら、リーダーの権利が消失するだけよ!」
「あのさ、俺帰ってもいいかな?」
「さぁ!始めるわ!」
「いや、ガンスルーはやめてくれ。頼むから本当に」
にこは京助をちらりと一瞥し、
「津田先輩には記録と審判をお願いするわ。」
「審判……?」
「そう。もしメンバーで得点が同じだったり僅差だったりした場合、最終的な審判をしてもらう。それは外部の人間である先輩に頼みたいの」
「何でこの俺が……」
「いいから。とにかくお願いね。」
有無を言わさずノートとペンを渡された。
これに得点を記入しろということなのだろうか……何の気なしにページをめくると何やら曲名がいくつか羅列されているのが目に付いた。
「ん……?」
「ッ!何勝手に見てんのよ!?」
「す、すまん」
慌ててページを戻してからふと気づく。
一瞬だったために良くはわからなかったが、今の曲はにこの声質によくあった曲ばかりだったように見えた。
――この子は……
恐らく事前に高得点を取れるような曲をピックアップしていたのだろう。公平な審判などとどの口で言うのか。
だが、彼の口もとに浮かんだのは優しい小さな笑みだった。
「分かった。それじゃきっちりと公正な審判をさせてもらうよ」
センターに対する憧れ。それは昔からアイドルを目指してきた彼女にとって人一倍強いものなのだろう。それこそ、ちょっとした小細工を弄してでも勝ち取りたいくらいに。
だが、それでいて彼女は少しの後ろめたさを感じているのかもしれなかった。
最上級生ということを盾に無理やり話を通してもいいはずなのに、素直にリーダーになりたいと言わないところや、こうして勝負に持ち込むところ、そして京助に審判を頼むところ。それはそう言った感情の裏返しのように感じられた。
それは京助の都合の良い錯覚かもしれない。でも彼はそう考えたかった。
「当たり前でしょ!じゃ、今度こそはじめるわよ!」
†
「すげぇ……」
海未が歌い終わり得点を記入し終わった時、京助は思わず呟いていた。
ノートに記入された点数を見れば全員が90点以上という驚異的な数字をたたき出している。
これがジェネレーションギャップというやつなのだろうか……
「こいつら化物か……」
ふと見れば、楽しげに会話するメンバーの中でにこだけがぎょっとした表情で仲間たちのことを見ていた。
「次、パン屋さんも歌ってよ!」
「え……!?俺?……いや。俺はあくまで審判で――」
「審判が歌っちゃいけない、ってことはないと思いますよ?」
ことりが笑顔で差し出してきたマイクを受け取ってしまい、京助は困惑した。
自慢ではないがカラオケに自信は全くない。
かと言って全員の視線が集まっているこの状況で断るのも気がひける……
「……んじゃ、一曲だけ」
そう言って曲を検索するものの、何を歌おうか悩んでしまう。
今時の歌を知らないわけではないが歌ったことはなく、ロクな点数を取れる気がしない。この高得点が連続している中で下手に低い点数を取るのはあまりよろしくない。
どうしたものか……
悩んでいる最中に、ある曲が目に付いた。
――Ben E King 『Stand by me』……
昔、楽器を始めたばかりの頃に練習し続けていた思い出のある曲だった。
これならば全員、サビの部分くらいは知っているだろう。
入力を終えると、画面に曲名が浮かびあがり、特徴的なアコースティックギターのブラッシング音が響き始めた。
「ふぅ……」
歌詞もうろ覚えだったがどうにか無事に歌いきることができた。
安堵から額の汗を拭うと、穂乃果が物凄い勢いで拍手をしてきた。
「おぉ!英語の歌なんて歌えるんだね!」
「ちゃんと歌えてるかどうかは別だけどな。」
正直な話をするならば京助の歌はそれほど上手くはなかった。下手かそうでないかと言われると決して下手ではないのだが、やはり穂乃果達に比べると格段に劣ってしまう。
得点を見ても85点という微妙なラインで、苦笑いしか浮かばない。
「感情が篭っていて、不思議と心地よい歌でした」
海未に言われて京助はしかめっ面で顔を背けた。
この男、褒められるのに慣れていない。
†
「次はダンスで勝負よ!」
次に訪れたのはゲームセンターだった。
ダンシングゲームの機の前でにこが宣言する。だが、よく見れば穂乃果たちはそれぞれクレーンゲームの方で勝手に遊び始めていた。
京助も彼女達に習ってにこ達からそっと距離をとることにした。巻き込まれてはたまらない。
そっと喧騒の中を抜け出して、建物の横、路地裏にひっそりと置かれた灰皿のところまで移動する。
尻ポケットからゴールデンバットの緑色の包みを取り出し、ひしゃげて曲がった煙草を口にくわえた。
驚きの1箱210円という日本一安い煙草。通常の煙草よりも短く、フィルターを通さないキツイ煙が口内から肺の中に満ちていく。
明らかに体に悪い味だが、それでも美味いのだからやめられるものではない。最近では面倒事が続いていて、吸う機会が減っているので余計と美味く感じられる。こうして煙を楽しんでいる間は何もかも忘れてゆっくり出来るような気がした。
「やってられっか……」
自分の今置かれている状況を考えてみたら、そんな言葉が口をついて出てきた。
そもそもにして、自分が引き受けたのは購買の仕事だけだったはずなのに、何が悲しくて休日返上で小娘共の相手をしなければならないのか。
流されるままにしていたら、いつの間にか店はたまり場にされているし、こうして連れ出されて気がついたらカラオケ代を払わされている始末。挙げ句の果てには彼女たちに遠慮して好物まで制限しなければならないのだから、京助からしてみれば踏んだり蹴ったりも良いところだ。
「……ん?」
そこまで来て京助はふと頭の片隅に疑問が浮かんでくるのを感じ――
「あ!こんなところにいた!」
「ッ!?……ゲホッ、コホッ!」
大きく吸い込んだところで、ひょっこりと路地裏を覗き込んでくる少女と目が合ってしまった。思わず咳き込んで涙ぐみながらもどうにか煙草を灰皿の中に投げ込む。
「あなたが喫煙者だなんてみんな知ってるんだから、別に慌てることないのに」
「違ぇよ、制服に煙草の匂いが付いたらコトだろうが……で、何の用ですか?」
改めてことりと真姫に向き直る。つくづくこんな薄暗い場所が似合わない二人だった。
「その……今日はごめんなさい。何だか無理やり連れ出すような形になってしまって」
――自覚があるなら自重してくれ
「いや、構いませんよ。こっちも暇だったわけだし」
「でも、この頃毎日のように押しかけてるし……」
――分かってるならやめてくれ
「こっちも商売ですから。あんま気にしなくていいですよ。」
言っていて、当の本人が困惑を隠せずにいた。
心に浮かんだ文句が言葉にならない。口から出るのは常日頃の鬱憤とは逆のことばかりだった。
「そのどっちつかずの口調、気持ち悪いからやめない?」
「あ?気持ち悪いって何だよ……」
真姫に指摘されて彼はようやく気がついた。
この頃の京助は、当初に比べて砕けた話し方をするようになっていた。
決して行儀がいいとは言えない、接客業をするにあたってはどう考えてもNGな言葉遣い。だが、不思議とμ’sの面々と話していると年や立場を忘れてしまうのだった。
困惑の表情を浮かべる京助を見て、ことりがくすりと笑った。
「そういえば津田さん、この頃雰囲気が変わったよね?ちょうどにこ先輩が入ったくらいから」
「そう……か?」
自覚はなかった。
だが変わったとするならば、それは昔に戻りつつあるということなのだろうか?夢も希望も失ったというのに、何故?
「そういえばあなたってにこ先輩とどういう関係なの?『先輩』なんて呼ばれてるけど音ノ木の卒業生……」
「に見えるか、この俺が?……中学がおんなじだっただけさ。もっとも、代は一つか二つずれてて被らなかったけどな」
「えー?でも昔の知り合いって言うにはやけに仲がいいような……」
「何を期待しているのかは知らないが、それ以上の関係はねぇよ。」
京助と彼女が出会ったのは旅に出る少し前のことで、実際に顔をあわせたことなんて数えるくらいしかなかった。
正直な話をするならば、この間再会した時もまさか彼女が覚えていてくれるなんて思わなかった。
ましてや夢を語ったことなんてもう忘れていると思っていたのに、まだ夢を追い続け、共に歩く仲間と出会っているなんて――
「あぁ、そうか」
不意に、頭の中で歯車が噛み合う音がした。
何故、自分はこんなところにいるのか。その答えがなんとはなくだが浮かんできた。
店はたまり場にされるわ休日は潰されるわ、ロクな目にあっていないのに、それでも自分がこんなところにいるのは、きっと彼女たちに昔の自分たちを重ねて見ているからだ。
自分たちが夢を抱いたのは彼女たちと同じくらいの年頃。夢を追って仲間と出会い、悩んだりぶつかったり殴り合ったりを重ねて、更なる高みを目指してきた。
あの時代は泣こうが喚こうが、何をしたって戻ってこない。砕けた夢は、二度と輝くことはない。
どんなに手を伸ばしても二度と届かないからこそ――無意識のうちに彼女たちに自分たちを投影していた。
終わってしまった物語の続きを他人に求め、それを見ることで満足しようとしていた。
「随分とまぁ、手前勝手な話だな……」
「え?」
「何でもない。悪いが、頭痛いから俺は帰る。他のみんなによろしくな」
ノートを一番近くにいた真姫に渡す。そして後ろ手に手を振りながら、次の言葉がかけられないよう足早にその場を去った。
――滑稽だ
今まで気づかないフリをしていたが、なんのことはない、ただそんな自分が嫌でたまらなかっただけだ。
滑稽を通り越して醜悪ですらある。
紫煙を燻らせるバットを咥えて、京助は自らに向けた嘲笑を浮かべていた。
†
定休日の店内には、当たり前だが京助以外の人間はいない。
いつもパンが並んでいるトレーも今は空っぽで、余計に寂しさを増すばかりだった。
薄暗い店内で一人、京助は何本目か分からないタバコを取り出して火を点ける。中身のなくなったパッケージを握りつぶして丸めてゴミ箱に投げ込んだ。
紫煙を吐き出しながら京助はぼんやりと考えを巡らせていた。
――どうしたものか
今の生活に不満があるわけでは――いや、たいしたことのない不平不満は掃いて捨てるほどあるが――ともかく、今の生活が死ぬほど嫌な訳ではない。
最初は思わぬ事の連続に戸惑う毎日だったが、元来料理の類は嫌いではないし仕事もこなれて多少なりとも楽しくなってきていた。
放浪生活に比べれば生活水準も十分に上がっているし、自分なんかには勿体無い毎日を過ごしている。
だが――だからこそ考えてしまう。
本当にこれで良いのかと。
「くそっ……」
悪態をついてみても現状は変わらない。
悩んだところで答えなどでないことは分かりきっている。
もう一度飛び上がろうにも、その為の翼はとっくにへし折れた。残っているのは僅かばかりの無残な羽根。
翼を失った鳥は、ただ地上で腐るのを待つしかないのだ。
自分もこのまま腐るのを待つしかないのだろうか。
「あ、やっぱりここにいた!」
店のドアが唐突に押し開けられた。
こもっていた室内に新鮮な風が吹き込んでくる。
「ちょっと!審判役が途中でいなくなるってどういうことよ!?」
「まぁまぁ……パン屋さん、頭痛いって言ってたけど大丈夫?」
「風邪ならこんなところにいないで部屋で休んでなさいよ」
矢継ぎ早にかけられる声に、思わず京助は苦笑を浮かべて立ち上がる。
鍵こそかけ忘れていたが、店先にはcloseの札がかかっていたはずだ。
それなのにこいつらは――
おちおちと悩んでいることも出来やしない。
「あぁ、大丈夫だ。疲れただろ?何か飲み物でも出すぜ」
「わー!おじさん太っ腹にゃ!」
「次おじさんって言ったら、通常料金倍額な」
いつもの掛け合いを凛と交わして京助は厨房に入っていった。本来今日は休業日だが、特別に貸切ということにしよう。
サイフォン一式をいじって準備をしていると、少女たちの話し声が聞こえてくる。どうやら勝負の結果はうまい具合には出なかったらしい。
「いいんじゃないかな?なくても」
コーヒーとジュースを運んでいくと、耳を疑うような発言が飛び込んできた。
「なくても?」
「リーダーなしでも全然平気だと思うよ?みんなそれで練習してきたんだし」
「しかし……」
「聞いたことないわよ、リーダーなしなんてグループ」
「大体、センターはどうするの?」
真姫が至極真っ当なことをいう。
「私考えたんだ。みんなで歌うってどうかな?みんなで順番に歌えたら素敵だなって」
まっすぐな、綺麗な瞳で穂乃果はそう告げた。
思わず京助も手を止めて聞き入ってしまう。
「できないかな?」
「歌はできなくはないですが……」
「そういう曲、なくはないわね」
「今の七人なら、ダンスも出来るとおもうけど」
七人の意見が、まとまりつつあった。
全員がセンター、全員が主役。
「なかなか面白いことを考えつくな」
飲み物を置きながら、京助が笑みを浮かべた。それは今までに彼が見せたことのない優しい微笑みだった。
「パン屋さんも賛成してくれるの?」
「あぁ……部外者が言うのもあれかも知れないが、高坂ちゃんたちには一番あってるんじゃないか?」
京助の言葉に穂乃果は照れ笑いを浮かべ、6人はそれぞれ苦笑や納得の表情を浮かべて頷く。
「よーし!そうと決まれば早速練習!」
コーヒーを一気に飲み干して、穂乃果は店を飛び出していった。
決めたら揺らがない。その姿はまさに――
「何にも囚われないで、一番やりたいこと、一番面白そうなことにひるまず向かっていく。それは穂乃果にしかないもの。……やはり穂乃果がリーダーです。」
コーヒーを美味しそうに一口飲んで海未が呟く。
それは奇しくも、その昔京助が友人に言われた言葉と同じものだった。
「……」
「どうしたの?京助さん?」
ことりの呼びかけにも反応せずに京助は黙って目を閉じ、考え込む。
胸のうちに燻る何かが、また熱を帯び始めていた。
砕けた夢が彼の心の中で集まりつつあった。例え全て集まったとしても二度とは元に戻るはずのない欠片たち。輝くことのないそれも、集まればひとつの山になる。
こんな残骸でも、誰かの踏み台くらいにはなれないだろうか。
「すまん。何でもない。」
そう言って再び目を開いた彼の表情は、今までの疲れきったそれではなかった。
かつての彼とは比べるまでもなく弱々しいが、それでも新しい光を宿していた。
こんばんは。
難産でしたがどうにか書き上がりました!
冒頭で少し書きましたが、主人公のプロフィールをここで少々……
津田 京助
年齢○20代前半(飲食店員)
血液型○AB型
身長○172cm
好きなもの○刺激物(キツイ煙草や度数の高い酒)
苦手なもの○年下の女の子
趣味○パチンコ、パチスロ
特技○料理(特に菓子パンの類)
チャームポイント○困り顔
昔の夢○非公開
得意料理○シフォンケーキ
そういえばtwitter始めました。気軽にどうぞ