ラブライブ! ―夢を追って―   作:北屋

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第十六話 感情と理性、気持ちと立場

 

「はぁ……」

 

 

休業日の昼下がり。

薄暗い店内で物憂げな表情を浮かべて煙を吐き出す。

彼の心の内を占めるものは先日の出来事だった。

何故、無関係なはずの自分があんなことをしてしまったのか。何度目になるか分からない自問を繰り返す。

ただ一つ明らかなのは、あの時の生徒会長へ抱いた怒りが、紛れもなく本心からのものであったということだけだった。

 

 

「『無理』、か……」

 

 

あの時の絵里の言葉と冷たい態度を思い出すと、胸のうちが熱くなるのを感じる。

知り合いの少女たちの努力を、たった一言で切り捨てられたことに対する怒り――それが一番近い。

だが、その考えを京助は否定する。否定せざるを得ない。

μ’sのメンバーと自分はあくまでただの購買部員と生徒、さもなくば店主と客以上の関係はない。そんな自分が彼女たちの事で感情を顕にするなど……

 

 

「難儀なこった……」

 

 

チビたタバコを灰皿に押し付け、新しい煙草に火を点ける。

自分がただのガキであったならそんな怒りも認められよう。だが、今の自分は子供でいるには成長しすぎてしまっている。

理性の伴わない感情など、大人が見せるべきものではない。

 

 

「はぁ……」

 

 

何度目になるか分からない溜息をついたとき、不意に来客を告げるドアベルの音が響いた。

また鍵を締め忘れてしまったらしい、今日は休業日の旨を伝えようとして顔を上げたところで、彼は凍りついたように動きを止めた。

 

 

「邪魔するで、津田くん」

 

「うわ……煙草臭ッ!ちょっとここ空気悪いわよ!?」

 

 

京助が口を開く前ににこが勝手に窓を開けて、強制的に換気を始める。

吹き込む涼しげな風に、こもって澱んだ空気が流されていくのが肌で感じられた。

 

 

「おいこら。外の札が見えなかったか?今日は休業日だ」

 

 

二人の少女相手に、彼は一応正論を述べてみるが口調の端にはどこか諦めたような節が見受けられた。

ここのところ休日が見事に潰されている気がする。

 

 

「まぁまぁ、そんな些細なことは気にせんで。今日は津田くんにお願いがあってきたんよ」

 

「何だ……いや、良い。聞きたくない。帰れ」

 

 

聞いたら最後、気がついたら流されて丸め込まれそうな気がする。精一杯の抵抗とばかりに京助はしっしっと手を振って追い払う仕草をするが、あいにくそんなことで怯む希ではない。

 

 

「そんな邪険に扱っていいん?校内喫煙のこと、絵里ちに言うたらどないなるかな~」

 

「……ッ!分かった、話だけは聞いてやる。聞いてやるから終わったら帰れ」

 

 

痛いところをつかれ、渋面で応じてしまった。ただでさえ先日の一件で面倒事になりそうなのに、バラされたら確実に終わる。

 

 

「テストで赤点取ったらμ’sのラブライブ参加はなし、って聞いとるやろ?でな、今みんなでテスト対策しとるんよ」

 

「へぇ……そりゃご苦労なこった」

 

「一年生は真姫ちゃんと花陽ちゃんが凛ちゃんの、二年生はことりちゃんと海未ちゃんが穂乃果ちゃんの勉強を見る、そんで三年生はうちがにこっちの勉強を見ることになったんよ」

 

「ふん!このスーパーアイドルにこちゃんに限って赤点の心配ないのに、希が勝手に言い出したのよ!大体……」

 

 

希と京助の話に横から割り込んで無い胸を張るにこだったが、一瞬で希が彼女の背後に回り込みその胸を両手で鷲掴んだ。

 

 

「ひゃっ!!……ご、ごめんなさい……」

 

 

見る人が見れば眼福な光景なのかもしれないが、残念ながら京助にはそんな光景に目を輝かせるにはスレ過ぎているし余裕もない。それに目下のお願いとやらの方が重要であった。

焦るにこと邪悪な微笑みを浮かべている希を冷めた目で一瞥し、

 

 

「どうでも良いが、野郎の前でお前ら…………まぁいいや。で?」

 

 

先を促すものの、嫌な予感しかしない。

具体的に何が起こるか予想出来ないが、少なくとも喜ばしい自体には転ばないことは分かる。

 

 

「勉強のために今日一日、ここを使わせて欲しいんやけど……お願いでけへん?」

 

「断る」

 

 

即答だった。

当たり前である。

 

 

「何が悲しくて休日返上で店を開けなきゃならねぇんだ……」

 

「そこはほら、可愛い後輩のためってことで……なぁ、にこっち?」

 

「ひっ……そうそう!だからお願い、津田先輩!」

 

 

胸に添えられた希の手がぴくりと動くと、にこが慌てて京助に頼み始める。

 

 

「嫌なものは嫌だ。俺の休日は俺のもんだ」

 

「休日って言ったって、何もしてへんのに?」

 

「人を暇人みたいに言うな」

 

 

実際そうである。

 

 

「ね!にこにーを助けると思って!お・ね・が・い♡」

 

 

妙に甘ったるい声でにこが頼んできた。

彼女を見る彼の目が一瞬にして険しいものとなる。

 

 

「……女の子相手じゃなきゃ今殴ってたわ。つーか矢澤ちゃんじゃなければ今店から蹴り出してたわ」

 

 

一瞬湧き上がった苛立ちを寸でのところで押さえ込んだ。

相手は女の子で仮にも後輩。流石に手を上げるのは人間としてかなり問題がある。

 

 

「ここはうちらと津田くんの仲やん。なぁ?」

 

「そうそう!にこの可愛さに免じて」

 

「前言撤回。殴られたくなかったら即刻店から出ていけ小娘共」

 

 

気がついたら、またしても感情的になっている自分がいた。

 

 

 

 

†

 

 

 

 

 

「えっと、ここはこの式を代入して……」

 

「そう、それで?」

 

 

日も傾きかけてきた頃。赤い西日が窓から差し込む中、机に参考書を広げて向かい合う二人の少女があった。

 

 

「えっと……に、にっこにっこにー!」

 

 

やけくそ気味でお得意のポーズを取るにこに対し、希は満面の笑みを浮かべて腰を浮かせ、

 

 

「次、ふざけたらどうなるか言うたよな?」

 

「ひぃっ!?そんな、ちょっと!」

 

「わしわしする言うたよな~?」

 

「うるせぇ、人の店で暴れんじゃねぇ!」

 

 

テーブルに二人分の小皿を置きながら軽く叱りつけて黙らせる。

結局あの後、二人に押し切られる形で店を一時的に勉強スペースとして貸し出すことになってしまっていた。

流石の京助もいい加減に自分の意思の弱さにうんざりする今日この頃だった。

 

 

「ったく、何だってこの俺がこんな目に……」

 

 

コーヒーのお代わりを注ぎながらぼやく

 

 

「しかし津田くん、どんどん口が悪うなっとるね。」

 

「……うるせぇ」

 

 

品物をテーブルに並べ終えると、彼は不機嫌な雰囲気をまとって店の奥に引っ込んでしまった。

 

 

「希、少し休憩しない?ほら、コーヒーが冷めちゃう」

 

「そうやね。折角津田くんがうちらにご馳走してくれたわけやし」

 

 

にこの提案に乗って参考書の類を一先ずテーブルの脇にまとめ、コーヒーに口を付ける。違う豆を使っているのか、いつもよりも格段に美味しい。

 

 

「あ、このケーキ美味しー!」

 

 

見ればにこは一足先に小皿に乗ったシフォンケーキにフォークを入れている。

コーヒーもケーキも別に彼女たちが注文したものではなかった。

 

 

「あの人も、面倒くさい人やね」

 

 

口と態度はすこぶる悪く、見かけもくたびれていて無愛想。

その割りに面倒見が良いところがあり、妙に親しみを感じてしまう。パッと見ではロクな大人に見えないのに……大人に見えないからこそ、まるで同年代のような感覚で接することが出来る。

希の独り言に、にこがフォークを止めて小さく答えた。

 

 

「そうよね。……きっとすごく不器用で、お人好しなのよ。あの人は」

 

 

μ’sのメンバー達がこの店に来るのは、きっとそういうこと。

彼の不器用で、どこか寂しげな優しさにみんな安心や親近感を感じている。

希はそんな風に考えていた。でも彼に聞かれたら怒られそうなので言わなかった。

 

 

「どこかの誰かに似てるなぁ……」

 

 

そう呟いてくすりと微笑み、彼女もケーキを切ってひと切れ口に放り込む。

柔らかくて優しい甘さが口の中で溶けていった。

 

 

 

 

†

 

 

 

 

 

「ったく、あのガキ共は……」

 

 

食器を洗いながら京助は不平を漏らした。

折角の休日がこの頃音ノ木の生徒たちによって丸々潰されている。彼女たちがどういうつもりでこんなロクでもない奴にちょっかいを出してくるのか不思議で仕方がない。

むしろそんなに暇なのか?

 

 

「ちっ……」

 

 

不機嫌に舌打ちを一つ。しかし彼はそこで自分の口角が不自然に吊りあがっていることに気がついた。

そう、それはまるで――微笑みを浮かべるかのように。

 

 

「難儀なのは俺も同じか」

 

 

洗い物の手を止めてため息を一つ。

彼女達と接するのが案外嫌いではない自分に気がついてしまった。

先日の考えをふと思い出して、自らの左手を眺めてみる。昔は分厚く、硬くなっていた指の皮も今では見る影もなく柔らかく戻ってしまっている。

何の意味もなさなくなった夢の残骸、でもそれを誰かの夢の踏み台にでもすることが出来るなら――

彼女達の手助けをしたいと告げる声が、心の片隅で聞こえていた。

廃校を阻止したいという純粋な思い、アイドルになりたいという心からの願い。それを何とかして叶える手伝いがしたい。

だが、そのやり方が分からない。どうすればこんな自分が彼女達の助けになれるのか。そもそもこんなロクデナシの助けなんて誰も求めていないんじゃないのか。

悶々とする思いだけが積もっていく。

もし自分が彼女達と同じ年頃だったならば。

それならば大手を振って彼女たちに力を貸すことも、夢の後押しをすることも出来たのかもしれない。

現実は成人を迎え社会人として鬱々と働く成年と、片や学校生活で青春まっただ中を進む高校生。

あくまで町のパン屋とお客の学生。その考えが干渉したくなる気持ちを押さえつけている。

大人と子供の隔たりは思っていたよりも大きかった。

 

 

「……せめて」

 

 

せめて今の自分にかつての勢いがあったのなら。

今この状況でも、自分の思うがままに動けていたのかも知れない。だが、へし折れてしまった今はもう、昔なら小さく思えた壁を乗り越える気力すら湧いてこない

考えれば考える程、こんな自分が誰かの助けになれるなんて思えなくなっていく。

 

 

 

 

 

†

 

 

 

 

 

「……ともかく。テストって確か明日だろう?大丈夫なのか?」

 

 

西日で赤くなってきた店内、食器を下げながら何の気なしに問いかけてみた。

二人の会話を聞いていて、勉強の状況は大分はかどっていたように思える。

 

 

「うーん、まぁどうにかなるんやない?押さえるべきところは押さえた、って感じやし」

 

「それなら良いが……矢澤ちゃん、明日は頑張れよ。赤点で活動休止、なんて笑えないぜ」

 

「当たり前でしょ!……そういう先輩だってそんなに成績良かったわけじゃないんでしょ?」

 

 

冗談めかして言うと、むすっとした顔で逆に問いかけられた。

 

 

「悪いが俺は赤点なんかとったことはねぇよ」

 

「へ、へぇ……まぁにこだって本気を出せばテストくらい簡単なものよ」

 

「ほー、津田くんって案外頭良かったん?」

 

「いや。そもそも高校でまともにテストを受けたことがない。サボりまくってた」

 

と、いうより学校に行くこと自体が稀であったように思える。

聞いていた二人が彼の前で、がくりと脱力した。

 

 

「それ以前の問題やん。やっぱり頭悪かったんやね……」

 

「やっぱりってなんだよ?ってか人をバカみたいに言うんじゃねぇ」

 

「バカみたい、じゃなくてバカそのものだって言ってんのよ」

 

 

三人でなんやかんやと言い合っているうちに、時間は徐々に過ぎていく――

 




こんばんは、北屋です。
若いのになかなかどうして先に進めない京助です。
まぁ、彼は成人してますから、下手な絡み方をしてお縄につくのを恐れている節もあるのですがw
そろそろ気持ちに正直になってもらいたいな……
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