ラブライブ! ―夢を追って―   作:北屋

19 / 62
第十八話 私のやりたいこと / 俺に出来ること

本日も売上は上々、ピークがすぎた店内にはμ’sの姿もなく、今日は静かなままに一日が終わりそうだった。

だが、京助の心中はあまり穏やかではない。店を占めるまで……いや、深夜になって布団に入るまでは完全に安心は出来ない。いつ、どのようなタイミングで、何をしに現れるか全く検討もつかない少女達に対して、京助はいささかナーバスになりつつあった。

 

 

「ふん……」

 

 

警戒をしておくに越したことはないが、かと言って誰もいない店内で扉をにらみ続けるというのもあまり面白くはない。

カウンターを出て、自室に向かう。せっかくなのでまた何か音楽でも流したい気分だった。

それなのにガラス棚の下に備え付けられた引き出しを適当にあさってみても、いまいちピンとくる曲が見つからない。苛立ちを覚えながらも引き出しを次々に開けていき――

 

 

「ッ!」

 

 

一番下の引き出しを開いて、彼は動きを止めた。

そこに収まっていたのは一着のジャケットだった。元の色合いは黒……だったと思われる。酷使しすぎた所為でかすれ、無茶の所為で変色しきっていて定かではない。

しかめっ面を浮かべたままその服を広げてみれば、脇腹には大穴が開いていてその周りはうっすら茶褐色に変色している。当時のことを思い出して、傷跡が熱を帯びるのを感じた。

まるで幾つもの色を無理やり引っ掻き回したかのような酷い痛み方。それなのに、背面に描かれたロゴだけはやけにはっきりと残っていた。

 

 

「こんなもん、まだあったのかよ……」

 

 

そう呟いて、彼はそれを丸めてゴミ箱に放り込んだ。

もう二度と着ない衣装なんてただのゴミだ。今はなきグループのロゴ入りジャケットなど、一体どれほどの価値があるのだろう?

酷く不愉快な気持ちで引き出しを閉めようとして、ふとその中にあった一枚のCDに気がつく。

 

 

「悪くは、ねぇな……」

 

 

曲目を確認して、再び店に戻る。

少し警戒しながら店内を見渡すが、人の影は見当たらない。ほっとして彼はCDをプレーヤーにセットした。

椅子に深く腰掛けてタバコに火を点ける。

流れてくる曲はThe Beetlesの『Blackbird』。

好きな曲を大音量で聞きながらの一服、これほど至福を感じる時間はあるだろうか?長く楽しみために一曲をリピートに設定。

にやけながら深く煙を吸い込んで……

 

 

「邪魔するでー」

 

「ゲホッグァッ……ェッ!!」

 

 

響き渡るドアベルの音、聞き覚えのある声、見覚えのあるシルエット。

油断した瞬間を狙いすましたかのような来訪に京助は思い切りむせた。見ている方は心配になるほどに咳き込んだ後でタバコを捨てると、涙目で来訪者を睨みつけ、

 

 

「……出たな。何しにきやがった」

 

 

彼の口をついて出たのは店員らしからぬ暴言だった。

対する希はキョトンとして、

 

 

「何しにって……普通にお客としてきたんやけど?」

 

「……」

 

 

京助は警戒しきった目を向ける。

今まで生きてきた上での経験が、旅の中で得た勘が、少女たちと関わってからの記憶の数々が、彼の中で派手に警鐘を打ち鳴らしていた。

厄介事は忘れた頃に、少女と共にやってくる――彼の中でそれは一種のジンクスと化しているのだった。

 

 

「そんな警戒せんでも……ほら、余計に老けて見えるで?」

 

「余計に、ってなんだよ。こちとら結構気にしてんだから、いい加減ほっとけ」

 

 

確かに彼女たちに比べれば年上ではあるが、まだ21歳の身の上でおじさん扱いされるのはいい加減堪えるものがある。というかそろそろ京助も泣く寸前であった。

しぶしぶといった表情を浮かべながらもコーヒーの準備をしようとして、彼は希の背後に別の誰かが立っていることに気がついた。

一度見たら忘れることのできない、蒲公英を思わせる金色の髪に凛々しい顔立ち――

 

 

「……何で生徒会長殿がこんなところに?」

 

 

京助の疑問に対し、当の本人も困ったように

 

 

「こんにちは。希につれてこられたんだけど……津田さん、でしたっけ?ここあなたのお店だったんですね」

 

「えぇ、まぁ、一年ほど臨時の店主やってます。……てか東條ちゃんよ、どういうつもりだ?」

 

「どういうつもりも何も、うちが友達つれて喫茶店に来ちゃあかんの?」

 

 

――あんたの場合、裏がありそうなんだよ

 

それだけ返して、京助は注文も聞かずに店の奥に引っ込んでいってしまう。

希の言うことはもっともな言い分ではあるが、逆に京助の警戒は強まっていくばかりだった。

 

 

「ほな、適当な席に行こか?」

 

「え?でも、何か注文しないと」

 

「大丈夫よ。津田くんとは友達やからその辺は、な?」

 

「誰が友達だ、小娘」

 

 

席についた二人の前に、アイスのコーヒーとココア、それに小皿にひとかけずつサマープディングが出される。

 

 

「これは……?」

 

「こちらでははじめまして、ってことでサービスです。」

 

 

営業用の笑顔を浮かべ、京助はそそくさと席を離れる。

君子危うきに近寄らず。最近の彼のモットーであった。

 

 

「希はここによく来るの?」

 

「そうやね。でも、ここに来るようになったのは最近なんよ。」

 

「へぇ……なかなかいいお店じゃない」

 

 

プディングを一口食べて、絵里は小さく口元を綻ばせた。

 

 

「そうやろ?アイドル部のみんなもよくきてるんよ。」

 

 

アイドル部

その単語が出たとき、絵里の表情が目に見えて曇った。

 

 

「今日はあの子達にダンスの練習つけてあげたんやって?あの子達、感謝しとったよ」

 

「……別に、たいした意味はないわ。そんなことを言うためにここに来たの?」

 

 

希は曖昧な微笑みを浮かべてコーヒーに口を付け、

 

 

「そんなつもりやないんよ。ただ、少し聞きたいことがあったんよ」

 

「聞きたいこと?」

 

「うん……えりちが本当にやりたいことは何なの?」

 

 

店内が一気に静まり返ったように感じられた。

希がカップを置く音と、店内に流れるBGMだけがいやに耳につく。

 

 

「やりたいことを我慢してるんやない?えりちだって本当は、あの子達のことを、」

 

「……しょうがないじゃない」

 

 

希の言葉を遮って、呻くように言葉を紡ぐ。

 

 

「あの子達みたいにスクールアイドルをやってみたいんと違うの?」

 

「そんなこと……今更、そんなこと言えるわけないじゃない!」

 

 

絵里が感情を顕に、声を荒げた。

つり上がった眉、きつく結ばれた口元。でも、その表情に隠されたのは単純な怒りではないことが希には見て取れた

今まで見たことのない彼女のそんな顔に、追い詰められた様子に言葉が続かなくなってしまう。

 

 

「好きなことだけやってどうにかなるんなら私だってそうしたいわよ!でもどうにもならないでしょ!?……私だって、」

 

 

彼女が最後に言った言葉は聞き取れなかった。

ただ、足早に店を飛び出していった彼女は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 

 

「……」

 

 

希には去っていく友を追いかけることが出来なかった。追いかけたところでかけるべき言葉がみつからない。

ただ、唇を噛んでうつむくことしか出来ない。

 

 

「ほらよ。おごりだ」

 

「……ありがと」

 

 

いつの間にか京助が彼女の隣に立っていた。騒ぎを聞きつけたのか、それともこっそり話を聞いていたのかは定かではない。

彼がぶっきらぼうに差し出してくれたホットコーヒーを一口飲むと、思わずため息が口から漏れた。空調の利いた部屋の中、適度に温められたそれは優しく体に染み渡っていく。

 

 

「人の店で厄介事起こすなよ、七面倒臭ぇ」

 

「……ごめん」

 

 

悪態に答える彼女の口調には、いつものようにからかう調子がなかった。思っていたのと違う反応に、京助も思わず眉を寄せる。

 

 

「学校だと、どうしても立場的に素直になれないから……ここだったら正直な気持ちを聞けると思ったんやけどね。」

 

 

「……」

 

 

希の話を聞いているのかいないのか、京助は彼女に背を向けてタバコを口に咥えて後ろに向き直った。

彼女の方から青年の顔は見えない。

広い背中だけが、彼女の話を聞いてくれるようで、不思議とそれが居心地良かった。

 

 

「ほんまにごめんな、お店で騒いでしもうて」

 

 

申し訳なさそうに。

寂しげに笑う彼女を横目に見て、京助は聞こえないように舌打ちをしていた。

 

――だから俺は小娘が苦手なんだ

 

うるさくて面倒くさくて、今までロクな目にあってこなかった。

この仕事に就いてから出会った彼女たちに至っては、人の平穏を乱してばかりで心の休まる暇がない。

その挙句、こうして弱々しい姿を見せられては――

 

 

「……気にするな。喫茶店なんてのは、もともとそういう目的に使うところだ。」

 

 

どうして彼女たちは人の平穏を乱さずにいないのだろうか。

悲しそうな顔をされてしまっては……何とかしてあげたいと、思わずにはいられなくなってしまう。

 

 

「難儀なことだよ、まったく。」

 

 

火の点いていないタバコを二指に挟んで、溜息をついてみせた。

何とかしたい。

でも何をすれば良いのか分からない。

 

自分の甘さと、頭の悪さがここまで憎いと思ったのは初めてだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日は休業日。

本来ならばパチンコにでも行こうと思っていたその日ではあるが、京助は朝から部屋にこもったままだった。

ベッドに腰掛け、紫煙を吐き出す。テーブルの上に置かれた灰皿には吸殻がうずたかく積まれている。窓を開けていない部屋の中は煙とアルコールの匂いがこもりきっていた。

 

好きなことだけやってどうにかなるなら……

 

彼を悩ませているのは先日の絵里の言葉。

とりとめもないその言葉が、わだかまりとなっていた。

灰皿と同じくテーブルに置かれたグラスを傾け、琥珀色の液体を一気に煽る。何杯目になるか分からない安酒の、腹のそこから熱くなる感覚が心地よい。

絵里のいうことはもっともだと思う。やりたいことだけやった結果が先日まで自分なのだから、その辺りは断言しても良い。

だが、望むことも出来ない生き方に意味があるのだろうか。そんな学生生活は楽しいのだろうか。

そう考えると、やもやしたものを感じる。

そして一方で同じように胸の奥底で、先日から感じていた燻りが大きくなるのを感じていた。

 

 

「忘れてた。俺は物事を考えられる程頭が良くないんだったな……」

 

 

今度はボトルからウイスキーを煽った。

酔いが回るに連れ、胸の奥のを焼く炎は勢いを増していくのが分かる。アルコールを燃料としたその炎は、やがてもやもやを焼き尽していく。

何をすればいいのか分からない?

そんなの簡単だ、やりたいことをやれば良い。

自分のやりたいことなら分かっている。

思い立ったら即行動、それがこの津田京助という男のやりかただったはずだ。

 

 

「へっ……そんじゃまぁ、ちっとばっかし行ってみるかね」

 

 

一度は捨てたジャケットをゴミ箱から引きずり出して羽織った。最後に袖を通したのは3年前、しかしサイズはぴったりそのまま。

その行動にきっと意味はない。ただの気分の問題だが、不思議と体に力がみなぎるような錯覚さえ覚えてしまう。

右手を自分の胸元に当ててみる。左胸に描かれたのは、グループでの立ち位置を示した数字の“1”の飾り文字。その下で心臓が熱い鼓動を奏でている。

それなら何も問題ない。

心臓が止まるまで、何だってやってみればいい。

ばさり、とジャケットを翻して、津田 京助は夕暮れの近づく街へと踏み出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

希に連れられ喫茶店に行った翌日。

授業の終わった教室。

誰もいなくなったそこで、絵里は何をするでもなく席に座り続けていた。

今日一日、希ともまともに顔を合わせることができず、生徒会室に顔を出すことすら気が重い。

こんな気分になったのは初めてだった。

 

 

――本当にやりたいことは何?

 

 

昨日の友達の言葉が脳裏をよぎる。

本当にやりたいことは――

その答えは分かっている。でもその選択が正しいのかどうかが分からない。

 

 

「どうしたらいいのよ……」

 

 

たった一人きり俯いて、こぼれそうになる涙を必死でこらえながら絵理は呟いた。

無論それに答えるものはいない。

否、答えるものはいないと、そう思っていた。

 

 

「そんなの簡単だろうよ。やりたいことをやればいいのさ」

 

 

一瞬、何が起きたのか分からなかった。

閉じきっていたはずの窓から吹き込む涼しい風に頬を撫でられて、はっとしたように彼女が窓の方に向き直る。

それは、いた。

夕日に照らされた真っ黒な固まり。開け放たれた窓枠に、こちらに背を向けて座り込むそれは人の形をしていた。

ジーンズにジャケットというラフな服装、その声にも覚えがある。だが、それは本来こんなところにいるはずのない、ある男性のものだった。

 

 

「あなた……!」

 

「おっと。別に怪しいものじゃないから逃げんでも……おい110をプッシュしようとするのをやめろ!」

 

 

彼の必死な制止の声をうけて彼女は携帯を操作する手を止めた。

ばさり、と音を立てて彼の着ていた薄汚れたジャケットが風に翻った。その背中に、“六重奏”を意味する英語が描かれていたのがやけに目に付いた。

その男は、

 

 

「津田……」

 

「違う。俺はただの――通りすがりのアン○ンマンだ」

 

「ア○パンマンって……」

 

「おう。悩める少女にアドバイスをしに来た。……何ならアンパン食うか?」

 

 

懐から本当にアンパンを取り出してみせる。

もちろん絵里はそんなものを受け取ろうとするはずもなく、混乱やら何やらが入り混じった――要は不審者に対峙した面持ちで京助を見つめる

その様子をどう受け取ったのか、酔っぱらいは先を続けていく。

 

 

「まぁ、何だ。悩める少女にアドバイス――何やら小難しいことで悩んでるようだが、もうちょいシンプルに考えればいいんじゃねぇのか?正直言って、そこまで抱え込む問題か?」

 

「……」

 

 

黙り込む絵里の方を見もせず、京助はただ薄い雲に覆われた空を見ていた。

 

 

「ぶっちゃけた話をするなら、今重要なのはあんたが何をやりたいか、じゃねぇのか?」

 

「……そんな簡単な話じゃないわ。私はこの学校を守るために、」

 

 

本来ならば、こんな得体のしれない男とまともな会話をするなんて間違っている。

それが分かっていながら、彼女は何故か応じてしまっていた。

あるいは人を熱くさせる何かを、目の前の男は持っているのかもしれなかった。

 

 

「はっ……!笑わせんじゃねぇ小娘。建前なんざいらねぇ、やりたいことがあるんなら手を出せばいいじゃねぇか。失敗したら学校の恥、とか言ってたみたいだが、それもまた上等だろ。どうせ何もしなきゃ潰れちまう運命なんだ、そんなら何に構うことがあるってんだよ。」

 

「そんなの無茶苦茶よ!他人事だからって勝手言わないで!」

 

「あぁ、他人事だとも。だから言いたいこと言ってやる。やりたいことを我慢して、その結果廃校なんざ死ぬほどつまんねぇな。つーか俺なら死ぬ。そんな風になるんなら、盛大に無茶苦茶やらかして共倒れしたほうが面白ぇに決まってる。」

 

「面白いかどうかで物事を判断しないでよ!!」

 

「はぁ?これだからなまじ頭良い奴は苦手なんだ。……面白いつまらないで判断しないで、あんたは何で自分の人生を決めるんだよ?」

 

 

それは有り得ないくらいの暴言だった。

真っ当な大人なら決して口にしないであろう、不真面目を絵に書いたような台詞。だが、それに絵里は反応出来ない。

彼の言葉はどこまでも間違っていて認められないが――それでも彼女には全てが間違っているとは断言出来なかった。

 

 

「最後にもう一回聞くぜ。“てめぇのやりたいことは何だ?”」

 

 

開け放たれた窓から、涼やかな風が吹き込んできた。

 

 

「私の、やりたいことは……」

 

 

心の片隅にあったもの。

気づかないふりをしてきたものが口をついて出てくるその寸前、教室のドアの開く音がした。

行き詰まった状況を砕くような、力強い音だった。

 

 

「やっと見つけた……」

 

 

にこが疲れたように呟いて、絵里と京助を交互に見ていた。

 

 

「あなた、何考えてるの?急に屋上に現れて『生徒会長を探せ』だなんて。言いたいことだけ言って本人は先に行っちゃうし。」

 

「そもそも、何で放課後にあなたがいるんですか?これって先生方にバレたら問題に……」

 

「あー、はいはい。文句は後でまとめて聞き流してやるよ。それよりお前らは自分のことをやれよ」

 

 

耳をほじりながら適当に話を流す。

まだメンバーは京助に言いたいことがありそうだったが、一様に口をつぐんだ。代わりに、彼女たちの目は絵里のまえに出ていく穂乃果に向けられる。

 

 

「――絵里先輩。お願いがあります」

 

 

彼女が何を言おうとしているのか、絵里には言われる前から何となく分かってしまった。

それはきっと、自分が無視してきた“やりたいこと”。

ついに無視出来なくなったそれが今、彼女の前に少女と共に現れた。

だから、答えも決まっていた。

 

 

「――分かった」

 

「え?」

 

 

穂乃果が本題を切り出す前に答えを口にした。

予想していなかった絵里の反応に、穂乃果は目に見えて慌て始める。そんな様子を見て、絵里は優しく微笑む。

それは、今までに“生徒会長”が見せたことのない笑顔だった。

 

 

「こちらからもお願い。私を、μ’sにいれて」

 

 

一瞬、穂乃果が目を見開いた。

その動揺はメンバーの中に伝わり、やがて歓喜の声に変わっていく。

 

 

「これで8人。やね?」

 

 

穂乃果達の後に、隠れるようにして立っていた希がにっこりと笑っていた。

まるで我が事のように嬉しそうにする彼女を見て――京助は険しい顔を見せる。

 

 

「何言ってやがる。お前もいれて9人だろうが」

 

「え……?」

 

 

キョトンとした表情を浮かべる希に、ことりがにこやかに手を差し伸べた。

恐る恐るその手を取る様を見て、京助はいつもおちょくり倒されている鬱憤が晴れる思いでいた。

これで9人――

いつか調べたが、ミューズと9人の女神の名前。

ついに彼女たちは、本当のスタートラインに立つことが出来た。

 

 

「おう、やってみろ嬢ちゃん達。上手くいったら大したもんだ。――出発の手向けに、良い事教えといてやるよ」

 

 

緩んだ頬を見せないように、おどけた調子でそう言うと、とん、と軽い音を立てて彼は窓枠からベランダに降りた。

 

 

「人間、何したって死ぬときは死ぬし……人生、上手くいくときゃ何したって大成功するんだぜ!」

 

 

ジャケットを黒い翼の如く大きく翻して――9人になったμ’sの前で彼は飛んだ。

柵を乗り越えてからの滞空時間はほんの1秒にも満たない。

彼女達の目の前で、彼の体は重力に抗うことがかなわず、ゆっくりと視界から消えていく。

 

 

「って!ここ三階よ!?」

 

「あの人何考えてるにゃ!?」

 

「と、とにかく救急車!119番って何番でしたっけ!?」

 

急な展開に呆けていたメンバー達が、真姫の声で正気に戻ってベランダに殺到した。

地面に広がっているであろう悲惨な光景を想像して、それでも恐る恐るベランダから真下を覗き込む。

しかし、そこには彼女たちが想像したようなものはなく――

ただ一つ、教室の机の上にアンパンだけが残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ……ははははは!」

 

 

学校から全力疾走で裏道を駆け抜け逃げながら、思わず笑い声を上げていた。

こんなこと、酒の勢いが入っている今でなければきっと出来なかった。

しばらく走った先でビルの壁にもたれてへたり込む。久しぶりの無茶に、膝が震えている。

 

 

「いってぇ……」

 

 

ひとしきり笑ったら、今まで忘れていた痛みがぶり返してきた。

胸に鈍痛を感じる。受身はきちんととったつもりだったが失敗していたらしい。幸い折れてはいないようだが、この感じは間違いなく罅が走っている。足も少しひねったらしく軋むように痛む。大怪我をしなかったのが幸運としか言えない。

何であんなことをしたのか、自分でも意味は分からない。だが、それは分かる必要なんてない。

ノリと勢いで行ったことに深い意味なんてあるはずがないのだから考えるだけ無駄だ。

体中が痛い、つまりは生きている。それなら何も恐れることはない。

 

 

夢だけ追い続け、そしてその夢をなくした俺には、最早何もないと思っていた。

翼をもがれた鳥は飛べないのかもしれない。

だが、死ぬまであがくことは出来る。その中で、誰かの助けになることが出来るなら、今の自分にも意味はあるんじゃないだろうか。

 

 

――俺にはまだ出来ることがある。

 

 

そう考えたら、また笑いがこみ上げてきた。




こんばんは、北屋です。
晴れてμ'sが揃い、9人になりました。そんでもって京助がブッ壊れましたww
もっとも、今までの京助はかなり凹んでいたので、今回ラストの彼の方が本性に近いのですがw
では、次回も頑張っていきます!!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。