ラブライブ! ―夢を追って―   作:北屋

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第十九話 才能と経験

初夏の日差しが降り注ぐ正午。

設置を終えた購買スペースにて、授業の終了を待つ男の顔は暗い。

 

 

「やっちまった……」

 

 

昨日のことを思い出して彼は後悔を口にした。

校舎に勝手に侵入し、教室に乱入し、生徒会長相手にお説教、言いたいことだけ言って窓から逃亡。挙句にアバラには罅が入るわ、捻った足はまだ痛みを訴え続けているわ、得るものも何もない。

傍から見れば正直言って正常な人間のやることではない。

主観的に見ても正気の沙汰とは思えない。

通報されなかっただけでも御の字、この後μ’sのメンバーと顔を合わせるのが怖くて仕方がない。いや、もしかするとこの後通報されるパターンではないだろうか。

いっそこのまま授業が終わらないで欲しい。

 

 

「どうしよう」

 

 

彼にしては珍しく、不安をそのまま言葉にしていた。

口にしても答えるものは誰もいないし、問題は何も解決しない。

無情にも時計の針は進んでいく。チャイムの音が鳴り終わると同時に、購買に殺到してくる生徒たちを見て京助はいつになく力ない営業スマイルを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよー!」

 

「あぁ、おはよう……って時間でもねぇな。こんにちは、高坂ちゃん」

 

 

いつもどおり、ピークを過ぎた頃にやってきた穂乃果と海未に苦笑しながら応じる。既にツッコミに対する受け答えは考えついてある。

 

 

「パン屋さん、昨日大丈夫だった?3階から飛ぶんだもん、びっくりしちゃったよ」

 

 

「ん?ナンノコトカナ?」

 

 

シラを切り通すことにした。

先程まで散々考え続けた結果、導き出した最適解がそれだった。

 

 

「あの時間に学校にいること自体が問題なのに、何てことをするのですかあなたは」

 

「何の話でしょうか?そうそう、これ新商品でオススメなんですが、お一ついかがですか?」

 

「あ、美味しそう!じゃ、それとこれとこれと……」

 

「穂乃果!いくらなんでも買いすぎです!少しはカロリーを控えてください。……それに京助さんもちゃんと話を聞きなさい!」

 

 

あからさまに話題を逸らしてみたが、流石に海未は簡単には追求をやめてはくれそうになかった。

 

 

「いや、まぁ、あれですよ。物の弾みって奴」

 

「なるほど、あなたは物の弾みで女子高に潜り込んで三階から飛び降りるんですか。……そんな人がいてたまりますか!」

 

「海未ちゃん、ナイスノリツッコミ!」

 

「穂乃果は黙っていてください!ともかく!あなたは大人として恥ずかしくないんですか?」

 

 

だんだん海未の声のトーンが大きくなっていく。京助は誰かに聞かれたらマズイと怯えながら、その一方でこんな風に人に怒られるなんて久しぶりだ、などと見当違いの事を考えていた。

 

 

「聞いてるんですか!?」

 

「っ!申し訳ございません!」

 

 

怒声を聞いて反射的に頭を下げてしまう。

女子高生に頭ごなしに叱られて萎縮する大人は、なかなかどうして惨めな図だった。

彼のそんな様子に溜飲が下がったのかそれとも憐憫の情を抱いたのか、海未は深く息を吐き出すと、つり上がっていた眉尻を戻し、

 

 

「全く……人に見られなかったから良かったようなものの。それで、体の方は大丈夫だったんですか?」

 

「あぁ……特に怪我もなく問題はありませんよ」

 

 

半分嘘だが、半分本当だった。

確かに怪我はしているが、この程度は慣れているため怪我にカウントしていない。問題がないのは少なくとも彼にとっては真実だった。

 

 

「いい年なんですから無茶苦茶なことはやめてください」

 

「誰がいい年だ」

 

 

――こちとらまだ20代前半だ

 

いい加減にいい飽きてきたセリフを口の中でもごもごと呟いた。

 

 

「で、話が変わるようですまないんだが……あの後、どうなりましたか?」

 

 

個人的な興味から聞いてみる。

あれだけやってあの後何も変わらないのでは正直骨折り損もいいところだ。それこそ文字通りに。

 

 

「そうそう!今日はそのことを言いに来たんだよ!あの後、絵里先輩と希先輩も正式に入ることが決まって本格的にレッスンをしてもらえることになって!今朝も一緒に朝練が出来て本当に夢みたい」

 

 

目をキラキラと輝かせて言う彼女は本当に楽しそうで、京助も、不覚にも自分の口元が緩むのを感じた。

 

 

「そりゃ良かった。まぁ、これから大変だとは思うけど、頑張ってな」

 

 

ぶっきらぼうで在り来りな返答。そんな言い方しか出来ない自分が少し嫌だったが、それは京助の本心からのものだった。

 

 

「うん!パン屋さんのおかげだよ」

 

「俺の?まさか。前にも言ったが、人生上手くいくときは何したって大成功するもんだ。俺なんかがいなくたって、お前らはきっとこうなってたさ」

 

「それでもありがとう、パン屋さん」

 

 

にっこりと、まるで春の太陽のように微笑む彼女を見ていたら、京助は少し照れくさくなって顔を背けてしまった。

 

 

「もしかして照れてる?」

 

「まさか。小娘相手にこの俺が……」

 

 

動揺を隠せず目を宙に彷徨わせていると、視界の隅に見覚えのある影が映って京助が固まった。

目に見えて挙動がおかしくなった彼を見て、不審そうに穂乃果達二人が彼の視線を追う。

 

 

「あ、絵里先輩に希先輩!」

 

 

向こうも穂乃果と海未に気がついたのか、手を振りながら近づいてきた。

彼女達との距離が近づくにつれ、反比例して京助の顔が曇っていく。

 

 

「……げ」

 

「ちょっと、その反応は酷いんと違う?」

 

 

小さな呟きを耳ざとく聞きつけて、希が早速絡み出す。対する京助は心の底から嫌そうな顔を隠そうともしなかった。

 

 

「こんにちは、穂乃果、海未」

 

 

二人に優しく笑いかける絵里を見て、京助はほぅ、と目を丸くする。

つい昨日まであんなに固い表情をしていた彼女がこんな顔を浮かべるようになるとは、京助も思ってもみなかった。

 

 

「それに、購買の……」

 

 

不意に声をかけられて、京助は反射的に体ごと彼女から顔を背けた。

 

 

「流石にその反応はどうかと思いますよ?」

 

 

海未の呆れた声を聞いて、恐る恐るといった風に絵里の方に顔を向ける。

正直な話をするならば昨日のことで何を言われるのか怖くて仕方がなかった。

 

 

「津田、京助さんでしたっけ?」

 

「……いえ、違います。名も無き購買のおっさんで……痛ッ!」

 

 

適当な事を言ってごまかそうとしたら、海未に背中を小突かれた。

 

 

「……はい、津田です。昨日は本当に申し訳ありませんでした」

 

 

諦めて素直に頭を下げる。

最早恥も外聞もなかった。事情が事情だけに、職がなくなるどころか両手に縄がかかりかねないため京助も必死である。

 

 

「何か謝罪が板についとるなぁ」

 

 

――好きで謝っているわけではない

 

そう言いたかったがぐっとこらえて頭を下げ続ける。この光景こそ人に見られたら楽しい事態になりそうな絵柄なのだが、この際そんなことに構っている暇はなかった。

 

 

「あ、あの……」

 

「お願いですから警察だけは!警察だけは勘弁を!前科がないのが自慢なんです!」

 

 

必死なあまりにあらぬことを口走ってしまった。

周りがドン引きしているが京助は相変わらず気がつかない。

 

 

「叩けばホコリがでそうやな……ともかく、顔上げて。別に絵里ちもうちらも怒ったりしてないから」

 

 

そっと、疑うように京助が顔をあげると絵里は、

 

 

「確かにあなたのやったことは本来許せることではないけど……でも多めに見てあげます」

 

「……いいんですか?」

 

「幸い、目撃者もいませんでしたし、私たちが黙っていれば特に問題はありませんから。それに、今回のことは私も少し……感謝してますから」

 

 

そう言って彼女は困ったように笑ってみせた。

 

 

「……感謝されるような筋合いは全くないんですけどね」

 

 

何故彼女たちが自分に感謝の言葉を投げるのか、京助はイマイチ分からなかった。

自分がやったことはただの後押しに過ぎないし、そんなことをしなくてもいずれ彼女たちはなるようになっていたことだろう。

だから感謝される謂れはないし、正直な所こそばゆい。

そんな悶々とした思いを抱えながらも、京助は一先ず昨日の一件が許された事に安堵の溜息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

購買の仕事も終わり、店の仕事に戻って数時間後、いつもと変わらない人の減った時間帯。

2、3人の一般のお客さんに混じってμ’sのメンバーがいて、そんな光景がこの頃では日常に変わりつつあった。

最初は抵抗があった彼女たちの来訪も、この頃では自然な流れとして受け止めることができるようになっているのだから慣れとは恐ろしい。

だが、今日に限ってその風景は少しだけいつもとは違っていた。

今現在店内にいるのは真姫と海未の二人だけ。時折小難しい顔を浮かべて小さくため息や唸り声を発しているくらいで、μ’sメンバーが来ている割には珍しく静かだった。

穂乃果やにこのようなやたら絡んでくる少女達もいなければ、凛や希のような人の神経を逆撫でしてくるような少女達もいない。それはそれで精神衛生上大変よろしいのだが、この状況をいまいち活気にかけると思ってしまう自分がいて、毒されているようで何となく恐ろしい。

 

 

「お疲れ様」

 

 

コーヒーのお代わりを注ぎながらなんとはなしに声をかけてみると、海未が机に広げられた神から顔を上げて、

 

 

「ありがとうございます。いつもすみません」

 

「なに、気にすんな」

 

 

ひらひらと手を振って京助は口元を僅かに釣り上げた。

この頃では半ば習慣として行っていることではあるが、こうして礼を言われると嬉しいものがあった。

 

 

「しっかし珍しいな。今日は二人だけか」

 

「えぇ。作詞の作業は静かに行いたかったので」

 

「あぁ、なるほど」

 

 

テーブルに広げられたノートをちらりと見て、京助は合点が行ったというふうに頷くと、

 

 

「んで、西木野ちゃんは作曲か?」

 

 

話を振ってみたが返事はない。いや、返事はおろかこちらに気づいている様子すらなく、ただひたすらPC画面を睨みつけ、時折悩ましげな溜息をついている。

少しだけ興味がわいて画面を横から覗き込んでみるが、余程集中しているのかそれさえも気づかれはしなかった。

なので、少し近い距離で、なおかつ先ほどよりも声量をあげてみる。

 

 

「西木野ちゃんや」

 

「うぇっ!?」

 

「ぶッ!?」

 

 

真姫が反射的に振った手の甲が、京助の鼻っ柱を直撃した。

 

 

「急に話しかけないで!びっくりするじゃない!」

 

「お、おう、でも鼻はいくないぞ……」

 

 

涙目で鼻をさする京助に、真姫も少し気がとがめたのか目を逸らして、

 

 

「勝手に覗いてるそっちが悪いんでしょ?……叩いたのは悪かったけど」

 

「まぁそりゃそうなんだが。で、どうしたんだ?難しい顔して。金のこと以外なら相談にのるぞ」

 

 

茶化すような京助を冷たく一瞥すると、無言で再びPCに向き直る。

無駄に絡まれるのはキツイが、無視されるとこれはこれでくるものがある。

 

 

「真姫。大分煮詰まっているようでしたが、大丈夫ですか?」

 

「……大丈夫よ。少し、上手くいかないところがあっただけ」

 

「聞かせてもらってもよろしいですか?」

 

 

真姫から受け取ったイヤホンを耳につけ、海未は目を閉じて曲に集中する。

 

 

「確かにいまいちぱっとしないところがありますね。これは……」

 

「ふむ……ちょっと失礼」

 

「ちょっ……何すんのよ?」

 

 

しばし無言で眺めていたかと思うと、京助はおもむろに真姫の横からPCを操作し始めた。

イヤホンを引き抜いてスピーカーで音を出したかと思うと、すぐに曲を止めてソフトの操作を始める。

彼の行動に怒りが浮かびかけたが、PCと彼の顔を見比べて真姫ははっとした。画面に浮かぶ譜面を見つめる彼は真摯ささえ感じさせる、真剣な面持ちをしていた。

 

 

「んで、こうすれば……っと。これでどうだ?」

 

 

馴れた手つきでソフトを操作し、

半信半疑でイヤホンを挿し直し、彼が弄った曲を聞いてみる。どうせ素人の仕事だ――あまり期待せずに聞いていくうちに、彼女の期待はいい意味で裏切られた。

 

 

「良くなってる……!?」

 

 

驚きを隠せずに目を丸くした彼女を見て、京助は鬼の首でも取ったかのような満面の笑みを浮かべていた。

 

 

「そりゃ良かった。俺の好みで弄っちまったから、後は西木野ちゃんがおんなじ手順で弄れば割かし上手くいくと思うぜ」

 

「今何したの?」

 

「聞くな。経験で弄っただけだから詳しい説明は知らん……それから園田ちゃん」

 

「は、はい……?」

 

 

急に話を振られた海未が慌てて若干裏返ったような返事の声を上げた。

 

 

「その歌詞の2番か?……の3段目のところ、もう少しソフトな言い回しにした方がいいかもしれない。今のままだと全体の雰囲気に対して少し固いし、それだと発音しずらいだろ」

 

「え?あ、確かに……」

 

「具体的には――いや、辞めた。少し考え直してみろ」

 

 

言い換える言葉はいくつか頭に浮かんだが思いとどまって口に出すのを辞めた。

この曲は彼女たちのもの。故に彼女たちが考えて、自分の手で作らなければ意味がない。

自分がしてもいいのは、ちょっとした手助けだけなのだと、自分に言い聞かせた。

 

 

「あなた、何者なの?」

 

「前にも言っただろ?購買のお兄さんだ」

 

 

飄々と、からかうような調子で返す。

だがそれだけで追求をやめてはくれなかった。

 

 

「それはもう聞き飽きた」

 

「なら、ただのロクデナシだ」

 

「真面目に聞いてるの!」

 

 

思い切り睨みつけられた。

元が美人なだけに、こうして怒った表情を浮かべられると迫力がある。京助も一瞬だけひるんで、諦めたように

 

 

「……昔、音楽をかじってただけだ」

 

「それにしては多芸すぎない?ピアノ……は下手だったけど一応弾けて、音楽編集ソフトを扱えて、おまけに作詞にも口を出せるなんて」

 

 

もっともな真姫の意見に、京助は苦笑いを浮かべた。しかしその笑みは、真姫には何故か自嘲するように見えた。

 

 

「あいにく俺には才能のかけらもなくて、それでも何か出来ないかって関係のあることならなんでもやってきただけだ」

 

「なんでも?」

 

「あぁ。学校も遊びも全部捨てて、そのために全力を費やせば誰でも出来るさ。それに……昔は仲間がいたからどうにでもなったが、一人で放浪してる間は作詞も作曲も個人でやらなきゃならなかった。だから少しばかり覚えがあるって、ただそれだけの話だ」

 

 

そう言って京助はポケットをあさり、タバコ――の代わりに棒付きキャンデーを取り出して口に咥えた。

 

 

「ま、それだけやっても俺の技術は三流以上二流以下止まりのゴミばっかなんだから笑い話にもなりゃしない。ロクデナシはどこまでいってもロクデナシ、ってこったな」

 

 

何もかもを捨てて打ち込んできた――

京助は何気ない事のように言って笑うが、真姫も海未も笑う気にはなれなかった

後先を一切考えず、好きなことだけをやる生き方。一歩も引くことの出来ない、引いたら何も残らない歩みに彼は恐怖を感じなかったのだろうか。

ましてやその努力が全て徒労であったのだと、自分の限界に気がついてしまった時の彼の絶望はいかほどのものだったのだろう。

努力の末に身につけた技術をゴミと言い切り、嘲笑えるようになるまでにどれほどのことがあったのか。

彼女達はそんな事を考えて、黙り込んでしまった。

 

 

「ま、そんなんでも良ければ相談くらいはのってやるよ」

 

 

それだけ言って彼はトレー片手にカウンターに戻ると、再び作業を始めた。

食器の手入れを行いながら、京助は厳しい顔で考え事をしていた。

今回はアドバイスを送ることが出来たが、すぐに技術的なものでは抜かれる自信がある。歌詞を書き始めたばかりの海未や、クラシックをメインに聞いてきた真姫に比べれば僅かに京助の方がまだ実力はあるが、その差もあと一月保つかどうか怪しい。

それほどまでに彼女たちの伸びは凄まじかった。

天才――その一言以外を彼は思いつかない。

 

 

「……危ねぇな」

 

 

ぼそり、と呟く。

今までに才のある人間は何人も見てきた。何をやっても上手くこなし、失敗も挫折も経験せずに突き進み――

本当に小さな出来事で、呆気なく潰れていった奴ら。

胸の奥で、小さな警告音が響いていた。

 

 

「へっ……」

 

 

京助は不敵に笑う。

きっと、自分に出来ることはそれだ。

自分にはあいにく才能はかけらもなかった。

その代わりに誰にも負けないものを一つだけ手に入れることが出来た。

幾十の挫折を、幾百の失敗をくり返し、それを乗り越えて培ってきた経験だ。

最早、夢に敗れた自分には無用の長物となったそれだが、いつかきっと彼女達の役に立つことがあるのではと――

そんな漠然とした予感が彼の中にあった。

 




こんばんは、北屋です。
リアルの都合で執筆が遅れて申し訳ありあせん……
感想の返信は明日にでも行いますのでご容赦ください……
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