ラブライブ! ―夢を追って―   作:北屋

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第二十二話 自信の在り処 / 有りし日

「ふぅ……ここまでくれば大丈夫か?」

 

 

乱れた息を正して、京助は額に浮かんだ汗を拭った。

久方ぶりの全力疾走に体が悲鳴をあげていた。

放浪中やその前は、官憲の追跡を撒くためによくやったものである。昔取った杵柄で、今回も特に問題はないようだった。

ビルの壁に背中を預け、安心ついでにタバコを咥えようとして、

 

 

「あ、先輩!」

 

「げぇっ!?矢澤!?」

 

 

道を駆けてきた少女の一団、そのうちの一人が目ざとく気づいて急ブレーキ。進路を変えて京助に突進してきた。

驚きのあまり、口元からぽろりとタバコが地面に落ちる。

反射的に逃走に移ろうとするが時すでに遅し。瞬く間に6人の少女たちに囲い込まれて逃げ場を失ってしまった。

 

 

「何よその反応!」

 

「す、すまん、つい……」

 

 

思わず謝罪の言葉が口をついて出るが、今はそんな場合ではなかった。

元はといえば彼女たちから逃げていたというのに、先ほどの一件で完全に失念していた。

頭の中で警鐘が鳴り響き、どうにかこうにか言い逃れる術を模索するが、いかんせん京助の足りない頭では即座に考え出せない

観念するしかないのだろうかと、冷や汗を浮かべるが、次に続いた少女たちの言葉は彼の予想と大きく違っていた。

 

 

「パン屋さん!ことりちゃん見なかった?」

 

「こっちの方に来たはずなんだけど」

 

「こと……南ちゃん?いや、特に見てないぜ?」

 

 

どうやら現在の彼女たちの追跡対象は京助からことりへと移ったらしかった。

内心でほっと胸をなで下ろしながら、京助は逆に尋ねる。

 

 

「俺も今さっきここら辺に来たばっかりだが……何かあったのか?」

 

 

彼の問いかけに、少女たちは困ったように顔を見合わせた。

 

 

「ん?……あぁ、無理に聞く気はねぇから、言いたくなければ言わなくていいぜ」

 

 

気にならない、と言えば嘘になる。だが、あくまで部外者という立場上、京助はあまり踏み込んだ真似はしたくなかった。

そんな様子をどうとったのか、海未はことさら困ったように、

 

 

「いえ、別にそういうわけではないのですが、説明が難しいというか……」

 

「どこから説明すればいいのかな……?」

 

 

彼女たちの様子を見て首を傾げるが、はっ、としたように京助は冷静になって警戒を強めた。

この流れはまずい――

脳内で警報が鳴り響く。この流れは間違いなく厄介なことになる前触れだと、経験が声高に語っていた。

 

 

「……いや良い、分かった。これ以上何も言うな。頼むから俺を、」

 

「みんな、見つけたわよ」

 

 

時はすでに遅かった。

 

――巻き込まないでくれ

 

そう言ことすら出来ないまま、前に遅れてやってきた絵里が見事に京助の予想通り、厄介事を持ってきていた。

 

 

「ことりちゃん!」

 

「…………げっ!?」

 

「あ、あははは……」

 

 

満足気な笑みを浮かべた希に連れられて現れたのは、先ほど絡まれていたメイドさん――改め、メイド服を着たことりだった。

 

 

「……難儀な」

 

 

額に浮かぶ冷たい汗を拭って、京助はかろうじてそれだけをつぶやくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何でこの俺がこんなところにいるんだ……」

 

 

半ば諦観にも似た思いを胸に、それでも京助はそう呟かずにはいられなかった。

 

 

『お帰りなさいませ、ご主人様♡』

 

 

聞こえてくる甘い声に胃が痛くなるのを感じて、思わず両手で顔を覆って、テーブルに顔を伏せてしまう。

京助が今いるのは、何を隠そうメイドカフェだった。

フリフリのメイド服をきた可愛らしい女の子たちが、メイドになりきってこれまた愛くるしい仕草で接客をしてくれる――のだが、京助にとっては苦痛でしかない。

どうもこういう場所は彼の肌には合わない。

加えて、ただでさえむさい男が仏頂面を浮かべて、なおかつ女子高生と一緒にいるのだから、周りの好奇の目にさらされるのは明白で、その視線が余計に彼のストレスを加速させていく。

 

「あのさ、俺、もう帰って良い?」

 

「ことり先輩が伝説のメイド、ミナリンスキーさんだったんですか!?」

 

 

花陽が興奮気味に問いかける。

対することりは申し訳なさそうに、

 

 

「そうです……」

 

「俺、帰りたいんだけど」

 

「何で言ってくれなかったの!?」

 

「頼むから。少しは俺の話を聞いてくれ」

 

 

疲れきった顔で言う京助だったが、誰も相手にしてくれない。彼にしてみれば、成行きとはいえ、何で自分が彼女たちに付き合わされているのか分からなかった。

助けを求めるように、にこに目線を送るが、不自然に目をそらされてしまう。何だか、無性に泣きたくなってきた。

 

 

「言ってくれれば遊びに来て、ジュースとかご馳走になったのに!」

 

「そういう所が言いたくない理由じゃねぇのか……?」

 

 

彼は行儀悪く背もたれに寄りかかってひどく正論を呟いた。

最早逃げることはかなわぬと見て、開き直って会話に参加するつもりらしい。

 

 

「だって、幼馴染なんだよ!?」

 

「幼馴染に奢らせるのか、お前は。つーか、うちでタカってなおも友達にタカるか……」

 

 

しみじみと呟く。

今までに彼女たちにサービスで出してきた品物の数々と金額を思い出して、京助はさらなる頭痛を感じ、やめた。

精神衛生上、非常に宜しくないことだった。

 

 

「あははは……ごめんなさい」

 

「俺に謝るなよ……」

 

 

京介と穂乃果のやりとりをしりめに、海未がことりに向き直って、

 

 

「でも、何故アルバイトを?」

 

「……私には、何もないから。穂乃果ちゃんや海未ちゃんみたいに、何か、誇れるものを持ってるわけじゃないから……」

 

「何も、ない?」

 

「そんなことないよ、歌だってダンスだって、うまいのに」

 

「衣装もことりが作ってくれてるじゃない」

 

 

メンバーから寄せられる意見の数々に、彼女は悲しげに首を振る。

 

 

「私は、みんなについていってるだけ」

 

 

「――っ!」

 

 

彼女の姿が、京助の中でかつての自分と重なって見えた。

仲間との才能の差に歯噛みをして、打ちのめされて。それでもなお、何か出来ることはないかと迷走をくり返し、何度だって立ち上がって追いすがろうとしたかつての自分。

 

 

「……そう、卑下するもんじゃねぇよ」

 

 

思わず、口を挟まずにはいられなかった。

 

 

「南ちゃん自身が気づいてないだけで、お前にしか出来ないことは腐る程あるんだ。ましてや、お前はまだ俺と違って若いんだ。――自分に見切りをつけるようなこと、言うもんじゃない」

 

 

全員の視線が京助に向いた。

全員が思わず言葉を失うほどに、彼の言葉には重いものが込もっていた。

 

 

「津田くんも、何か経験があるん?」

 

「20年も生きてりゃ、それ相応にはな。俺だって昔は――」

 

 

言ってしまってから、京助はしまった、と思う。

だが、彼の次の言葉を待つように見つめてくる彼女たちを見れば、とても黙っていられる雰囲気ではなかった。

深くため息をついて、京助は観念したように自分の経験を口にしようとする。思えば、京助が彼女たちに自分のことを語るのは始めてかもしれなかった。

これから自分のことを語るならば、話さずにはいられまい。いかなる道を通ってここまできたのか。そして――自分が挫折し、夢を諦めたことを。

ちらりと、彼の視線がにこの方を向く。

自分のことを先輩と呼び、同じく大きな夢を追う者として認めてくれた少女。彼女に、自分が夢を諦めたことを面と向かって言うのは、初めてだった。

こんな自分を、彼女は何と言うのだろうか。

 

 

「俺は――」

 

 

意を決して、重い口を開く。

いつまでも、隠せるものではない。下手に隠しごとを続けるならば、それは後になって大きな解れを生むことになると、それは彼が一番よく分かっていることだった。

 

 

「あれ?もしかして――津田京助君?」

 

 

不意に、通路を歩いていた店員に声をかけられた。

メガネをかけた、京助と同じくらいの年齢の女性だった。メンバーが驚いたように彼女と京助を見比べる。

 

 

「津田さんの、お知り合いですか?」

 

「いや、まさか……ん?待てよ?」

 

 

否定しかけて、記憶の片隅に引っかかるものがある。

メイド服もどこかで見た覚えがあった。

確か、自分がμ’sのメンバーと同じくらいの年の頃……高校の時に見た覚えがある。

 

 

「もしかして――高校ん時の先輩か?」

 

 

中身のない頭をフル回転させて、ようやくそれだけを思い出した。

悲しいかな、どこで会ったのか、名前がなんだったのかまでは思い出せない。

 

 

「そうそう!なんだ、やっぱり津田君だ!久しぶり!」

 

「え?先輩、津田さんのこと知ってるんですか?」

 

嬉しそうに笑みを浮かべる店員に、ことりが困惑気味に尋ねると、

 

 

「こう見えて、彼、結構有名人だったから」

 

 

先輩店員はにこやかに答える。

 

 

「え?パン屋さん、昔何かやってたの?」

 

「あら?知らないの?3、4年くらい前だったかしら、いろんな意味で有名人だったのよ?」

 

 

昔のことを思い出して、京助は渋い顔を浮かべた。

当時のことはあまり思い出したくはない。

だが、そんな京助の思いとは逆に、メンバーたちは興味深そうな目で話の続きを期待していた。

 

 

「ギタリストやってて、一時はメジャーデビュー寸前!ってまで言われたバンドの実質的なリーダーだったのよ」

 

「え!?津田さんが!?」

 

「おじさん、実は凄い人!?」

 

「ちょっと!何でそんなこと黙ってるのよ?」

 

 

京助は無言でテーブルに突っ伏した。これ以上、何かを聞かれたくなかったし話したくなかった。

 

 

「全く、みんなして情報に疎いんだから」

 

 

8人が驚きの様相を見せる中で、にこだけがやれやれといった風に腕を組んでふんぞり返る。

 

 

「え?にこ先輩はお兄さんのこと、知ってたんですか?」

 

「当たり前でしょ。一枚だけだけど、CDだって持ってるわよ」

 

 

そう言って胸をはる彼女の姿はどこか誇らしげで。

京助は胸が締め付けられるのを感じた。

この場から離れたくなって、逃げ出したくて仕方がなかった。

 

 

「それはそうと、津田君に会えて良かった!あの時のお礼、言いそびれちゃったんだもの」

 

「礼?……そんなことされる覚えはないんですがね……」

 

 

話題が変わってくれたのを好機とばかりに、京助は顔を上げる。

だが、記憶の糸を再びたぐっても、人に礼を言われるようなエピソードは思い浮かばなかった。

人に恨まれるようなことは死ぬほどしてきたが、感謝されるようなことは終ぞしたことがない。

だからこそのロクデナシ――それが彼の、自分への評価である。

 

 

「覚えてないの?ほら、文化祭の時」

 

「……あ」

 

 

思い出した。

割と思い出したくない部類に入る出来事だったが、思い出してしまった。

 

 

「あの時助けてもらったのに、何も言えないままいつのまにか学校辞めて、行方不明になっちゃうんだもの」

 

「助けてもらった?あの、どういうことなんですか?」

 

 

――もう限界だ

 

絵里が尋ねるのを聞いて、徐に京助は席を立ち上がった。

 

 

「すまん、用事を思い出した!俺は帰る!」

 

 

伝票をひっつかんで、早足に出口に向かう。

一刻も早く、それこそ1秒でも早く店を離れたかった。

 

 

 

 

 

 

 

京助が去った後。

彼の見事なまでの逃走に呆気にとられている

 

 

 

「えっと……」

 

 

続きが気になるのか、おずおずと穂乃果が切り出すと、先輩店員はうっすらと微笑んで、

 

 

「えぇ、本人がいないところで言うのもあれなんだけどね」

 

 

そう前置きして彼女は話を続ける。

 

 

「高校の文化祭で私のクラスはメイド喫茶をやってたの。でも、その日は運が悪くてね。」

 

 

文化祭二日目。

彼女のクラスはなかなか盛況で、多忙を極めていた。それが災いして、彼女が些細なミスを犯してしまったのがことの発端だった。

注文の順番を間違え、商品までも間違えて届けてしまうという、学生ならばあっても仕方がないような些細な間違い。しかし、相手が悪かった。

相手は、地元でも札付きとして有名な他校の生徒。

返金と謝罪、それだけでなく、慰謝料と称して売上の一部まで要求してきた。

怒鳴り散らし、椅子を蹴飛ばして今にも暴れそうな様相を見せる相手に、男子は震えるばかりで宛にはならず、女子も皆、怖がって近づこうとはしなかったという。

 

 

「それで、みんなして困ってたら、隅っこの方で席に座ってた津田君が立ち上がってね」

 

 

――俺の見えるところで、面白くないことしてんじゃねぇ

 

たったの一言。

彼が口にしたのはそれだけだった。

ドスの聞いた低い声に、刃物のように鋭い眼光。

京助と不良の目線がぶつかり合い、一触即発の様相を見せたのは一瞬のことだった。

相手は忌々しげに京介を睨みつけると、興が覚めたらしく、舌打ち一つして店を出て行ったらしい。

 

 

「あのおじさんが、そんな格好いいところ想像できないにゃ……」

 

 

感心したように凛が呟く。概ねその意見には同意だったようで、メンバーの誰もが困惑の色を見せていた。

店員は苦笑しながら、

 

「今でこそあんなに老けてるけど、昔はもっと――なんていえばいいんだろ?……ともかく、素行は悪かったけど、面倒見のいい人ってことで有名だったのよ。何かあった時は助けてくれる、って」

 

 

――あなたたちも、覚えがあるんじゃない?

 

 

そう締めくくると同時に、新たな来客を告げるドアベルの音が鳴り、彼女は少女たちのテーブルをいそいそと離れていった。

残された彼女たちは、思い当たるフシがあるのか、顔を見合わせてくすりと小さく笑い合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「畜生……」

 

 

レシート片手に、忌々しげに呟く。

慌てて店を飛び出したはいいものの、適当に伝票を掴んでしまったのは不味かった。

支払いの時は急いでいて、やけに高いなー、くらいのことしか思わなかったが、こうしてレシートを見てみるとそこに記されていたのは、全員分の注文だった。

今更、彼女たちに支払いを求めるわけにもいかず、京助は随分と軽くなった財布をポケットに、安タバコに火をつけた。

 

 

「しっかし、難儀なもんだな」

 

 

先ほどの思わぬ再会を思い出して、彼はたまらずに苦笑を浮かべた。

文化祭の一件は、京助にとって手ひどい失敗の歴史の一つだった。

ただの喫茶店だと思って3年生のクラスに入ってしまったのが運のつき、メイド喫茶などという自分とは縁遠いものの中、たった一人でいたたまれない思いをしていた時のことである。

そんな丁度虫の居所の悪い時に、見るからにタチの悪い他校の生徒と3年生の女生徒が揉めている声が耳に入ってきてしまったのは、最早不運としか言えない。

あの場は相手が引いてくれたから良かったものの、問題はその後だった。

案の定、廊下で囲みを受けてしまい、売り言葉に買い言葉、喧嘩を買っていしまったのが運のつき。

昔から、喧嘩速かった。気にらないものを見つけたら徹底的に叩きのめしたくなるのは、最早生まれついての性分としか言えない。

廊下で大乱闘を起こした挙句、後に残ったのは、退学という無情な通知だけだった。

 

 

「ちっ……今日は厄日か」

 

 

いらないことを思い出した上に、いらない事を彼女たちに知られてしまった。

しかも、話そうと思っていた事をロクに話すことも出来ないままに。

鬱々とした気分のまま、燃えさしを足元に落として踏みつける。

 

――まぁ、後で機会があれば言おう……

 

 

そんな風に思って、両手をポケットに突っ込んだまま歩き出す。

 

 

 

 

だが、今日、この時、話しておかなかったことを彼は後になって悔やむことになる。

いずれ彼と彼女たちの関係に大きな亀裂を与えると、この時の彼は思っていなかった

 




こんばんは、北屋です。
随分と日が空いてしまい、申し訳ありませんでした!!
リアルが立て込んだり、筆に疑問が生じたりしてなかなか書く事ができませんでした。
とにもかくにも、復活しましたのでまたお付き合い願えれば幸いです。
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