ラブライブ! ―夢を追って―   作:北屋

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またしてもμ'sの出番が少ないです。


第二十五話 在りし日の……

「さて、と」

 

 

ひょい、と竿を上げてみる。

昼を過ぎたあたりから丁度群れと当たったのか、サビキの仕掛けに小アジやヒイラギが数匹ずつ食いつくようになってきた。釣り上げた魚から器用に針を外し、馴れた手つきでクーラーボックスの中に魚を放り込んでいく。

 

 

「……最近は、どんな調子だ?いや、最近というか――」

 

 

京助はそこで口ごもる。

問いかけてはみたものの、考えてみれば京助は彼と連絡をとるのも顔を合わせるのも3年ぶり。友が今何をしているのか、それさえも分からないのだった。

 

――あるいはもう、友達ではないのかもな

 

逃げ出した自分が、友を名乗る資格などあるのだろうか?

そう考えて、彼は心の中を冷たい風が吹くような気分に陥った。ここまで成り果ててもなお、寂しいなどという人の情が残っていたことに、我が事ながら少しだけ驚いた。

 

 

「それはこっちのセリフだ。いきなり何も言わずにトンズラかましやがって。あの後、どんだけ大変だったことか……」

 

「それは――すまなかった」

 

「堀は無茶苦茶荒れるし、橘川もブチ切れるわ、危うく友情崩壊するとこだったぜ……挙句、お前、入院中にいきなり飛び出しただろ?西木野病院の院長先生、スゲェ心配して、おれ達にまで連絡してきたんだからな」

 

「それは……」

 

 

――また、難儀な

 

言ってみて、京助は思わず苦笑してしまう。

思えば入院していた一週間、散々馬鹿なことをしたものだった。ついには冷静で温厚で通っていた西木野先生までブチ切れさせて、ひと悶着起こしたのは、少なくとも彼にとってはいい思い出……なのかもしれなかった。

18になってまで、あんな重い拳骨をもらうなど思ってもみないことだった。

 

 

「で、お前は今どうしてんだ?風の噂に、実家のパン屋継いだとか聞いたけど?」

 

「あぁ、それであってる。今じゃ冴えないパン屋の店長さ」

 

「へぇ――変われば変わるもんだな」

 

 

驚いたという顔をした後に、歩は少しだけ悲しむような目で京助を見た。

かつて共に夢を目指した仲間の現状に、思うところがあるらしい。

 

 

「で?そっちは?」

 

「おれと堀は普通に進学して、今は大学生。橘川は浪人して、同じく大学生やってるよ」

 

「……他の二人は?」

 

 

とたんに、歩の表情が曇った。

 

 

「二人共、ここしばらく連絡が取れてない。楡はあの時のショックで真っ先に音楽を辞めたんだが……噂だと、その後で復帰して一人で活動してるらしい。風の噂だと、今はアメリカでシンガーやってるとか聞いたぜ」

 

「それはまた、すごいな……」

 

 

素直に感嘆の思いが口をついて出た。

今にして思えば、一番夢に貪欲であったのはあの少女だったのかもしれない。自分が逃げ出したことで彼女の夢を奪ってしまっていたら――そう考えると恐ろしくて仕方がなかった。

だが、自分がいなくとも世界は勝手に回るらしい。

こんな無才な時分と違って、彼女はまだ自らの夢を追いかけている。それが知れただけでも嬉しかった。

願わくば、彼女の夢が大成しますように――

そう祈って、ビールの最後の一口を飲み干した。

 

 

「伴瀬はどうした?あの完璧超人のことだ、有名大学の医学部とかでも行ってんだろ?」

 

 

京助の問いかけに、またしても歩は渋い顔を浮かべる。

 

 

「いや……どうも、音楽系に進んだらしい。なんつったっけな、割と最近できた学校で、横文字の……U、U――UD……?」

 

 

よくよく見れば、歩の顔は酒の影響か紅潮していた。どうやら思ったよりも酒に弱いらしい。

呂律の回らない舌で、ある学校の名前を口にしようと奮闘するが、諦めたのか咳払いを一つ、

 

 

「ともかく、おれ達の予想を見事に裏切ってくれたよ、あいつは」

 

「だなぁ……」

 

「っとぉ!?」

 

 

会話の途中で、歩は頓狂な叫び声と共に竿を上に鋭く持ち上げた。

しなる竿をコントロールしながらリールを巻き上げていくと、その先にはなかなか良いサイズのカサゴが食いついていた。

 

 

「負けちゃいられねぇ」

 

 

つられて京助も投げっぱなしにしておいた仕掛けを回収にかかる。特に竿先に反応があったわけではなかったが、リールが妙に重い。

小さなキスか何かがかかっているのかもしれなかった。

 

 

「こいつは……来てるな!」

 

「お!そのままバラすなよ!」

 

 

急いでハンドルを回すが、遠くに投げすぎたのか一向に仕掛けは手元に戻ってこない。

からからとリールが音をたてているのを聞いているうちに、京助はふと今まで胸にしまっていたある質問を口に出していた。

 

 

「なぁ……」

 

「ん?どうした?」

 

「お前……いや、お前らは、俺を恨んでるか?」

 

 

それは、3年前からずっと彼の心に刺さったままのトゲだった。

突然の事に動転して、遂には何も告げずに逃げ出した苦い思い出。それが後で、仲間たちにどんな思いをさせるのかも考えなかった、手ひどい失敗。

答えを聞くのが怖くてたまらず、ずっと先延ばしにしていたその問いかけ。だが、もう逃げられなくなった。

 

 

「当たり前だ馬鹿」

 

「……」

 

 

当然といえば当然なその言葉に、京助は黙り込むしかない。

自分がしたのは恨まれて当然のこと。今更許してもらえるとは思っていないし、許しを請うつもりなどなかった。

それでも、彼が言える言葉は一つしかない。

 

 

「……すまない。俺がもっと上手く立ち回ってれば」

 

 

あの時のことは今でも夢に出てくる。

突然の事に、足がすくんでしまった自分がいた。あそこでもっと動けていれば、こんなことにはならなかったはずだ。

普段、大口をたたいておいて、急場で使い物にならないなど――とんだ道化も良いところだ。

 

 

「はぁ!?お前、そっちじゃねぇよ」

 

「え……?」

 

「あんなもん、とっさにどうにか出来るやつの方がどうかしてる。おれが頭にきてんのは!あいつらをかばってお前が刺されたことでも、逃げたことでもねぇ!にっちもさっちもいかなくなる前に、相談も何もしてくれなかったことだ!」

 

「っ!」

 

 

怒りも顕に、彼は京助に噛み付かんばかりの勢いでまくし立てた。

彼と付き合いは長いが、それでもここまで感情を爆発させる様を見るのは初めてのことだった。

 

 

「昔からお前は自分勝手すぎんだよ!あの一件に関して、お前に落ち度はなんにもなかった。それをさも自分の責任みてぇによ……」

 

「だが……俺が、あんなことにならなければ、俺たちは……お前たちは夢を叶えられたかもしれない」

 

 

歩は勝手に京助のクーラーボックスを漁ると、新しいビールを取り出して断りもなく飲み始めた。

 

 

「馬鹿。あのくらいでふいになるようなチャンス、こっちから願い下げだ。」

 

 

数回、喉を鳴らしたかと思うと、彼は長いため息を一つついて、

 

 

「おれだって、お前と同じことをしたら、怖くて逃げたくもなるわな、そりゃ。だがな……逃げるなら逃げるで、俺たちに一言あってもいいだろ?」

 

 

京助は黙り込む。

自分がしたことを改めて見つめ直し、またしても落ち込む一方で――心に刺さっていたトゲが少しだけ抜けるような思いがした。

 

 

「それを一言もなく、お前は……全治3ヶ月のところ、2週間で病院飛び出して消えるなんて、さすがに心配にもなるっての」

 

 

しみじみと、彼がそう言った時だった。

丁度良いタイミングで、仕掛けが手元に戻ってきたのは。

 

 

「……って、うおぉぉ!?」

 

「ん?……ぶっ!ちょっ、おま!!外道もいいとこじゃねぇか」

 

 

針の先に食らいついていたのは、魚でもなんでもなくヒトデだった。

 

 

「う、うるせぇ!」

 

「何が『来た』だよ!マジでうける……痛っ、ヒトデ投げつけんな!」

 

 

湿っぽい空気から一転。

気がつけば二人共腹を抱えて笑いあっていた。

ここまでバカ笑いをしたのは、京助にとって久しぶりのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひたすら馬鹿な話をつづけていた。

京助が去ってからの歩や仲間たちの話。あるいは京助の旅先での話。

3年の空きを埋めるかのようにひたすら笑って騒ぎ続けた。

時刻は夕暮れ、日が西に傾き始め頃合。

 

 

「俺はともかく、堀やら橘川にあったらお前、半殺しは覚悟しといたほうがいいぞ」

 

 

冗談めかしたセリフに、京助は薄ら寒いものを感じて苦笑を浮かべた。

 

 

「それは――怖いな」

 

 

正直、会いたくないと思ってしまう。

だが、そういうわけにもいかないのだろう。今回のように、直接会って話さなければ、きっと自分は前には進めない。

立ち止まり続けることには、もう飽きた。

 

 

「それよりも一番気をつけなきゃいけないのは、伴瀬だな」

 

「あ?」

 

 

歩の顔がすっ、と真面目なものに変わっていた。

 

 

「あいつはあの時、おれや堀達と違って騒がなかったが……多分、一番腹に据えかねてるのはあいつだ」

 

「そんな馬鹿な。奴とも付き合いは長いが――あいつがキレるところなんて見たことないぜ?」

 

「だから怖ぇんだよ。普段おとなしい奴ほど、何するか分からない」

 

 

京助は視線を外して、ぼんやりと水面を見つめた。

寄せては引く並に揺られる仕掛けをちらりと見て、瞼の裏に、かつての友人の姿を思い浮かべた。

整った顔立ちに、いつも笑顔を浮かべた少年。

どこまでも優しい、頼りになる笑顔だった。

だが、どこまでも酷薄で、背筋が寒くなるような笑顔でもあった。

 

 

「そりゃまた難儀な……」

 

「難儀、なんてもんじゃねぇぞ。……多分、あいつはお前のことを下手すりゃ憎んでさえいるぜ」

 

「は!?」

 

「人一倍プライドが高いからな、あいつは。友達が自分を庇って大怪我、そして行方不明。挙句は夢を諦めて帰ってくたびれてるなんて……許せることじゃないだろう。ましてやそれが、お前ならな……今度会ったら、ただじゃすまないだろうな」

 

「けっ……上等だ。正面切って受けて立ってやる」

 

 

チビたタバコを、空になった缶に詰め込んで、新たな一本に火を点ける。

紫煙をひと吐き、二指にタバコを挟んで京助は堤防のコンクリートに横になる。青と赤の混じった空が、いつにも増して綺麗に思えた。

 

 

「さて……いい頃合だな。おれは帰るけど、どうする?」

 

「……俺はもう少し残る。つーか、飲みすぎて動けない。このまま夜釣りと洒落込むとするぜ」

 

「だらしねぇな。ま、そういうところも変わらないか」

 

 

横たわる京助の耳に、歩の笑い声が届いた。

 

 

「じゃあな、京助」

 

「おう。“またな”……ダチ公」

 

 

横になったまま軽く手を上げる。遠ざかっていく足音を聞きながら、京助は上げた手を空に伸ばした。

夕暮れの空、輝きはじめる気の早い星々。数えてみればその数は9つだった。

手を伸ばせば届きそうで、決して届かない光を目にして、彼はまぶしそうに目を細めた。

しばらくそうしていたかと思うと、京助は勢いをつけて上半身を起こした。

 

 

「さて、と」

 

 

釣具とは別に持ってきていたものケースから引きずり出す。

こんなものを釣りに持ってくるなんて、普通はありえない。歩もギョッとした顔をしたっきりで何も突っ込まなかったそれを構え、ネックの部分を握ると、昼間の熱気を受けてか、心地良い熱を持っているのが感じられた。

じゃらり、と弦をひとなでして鳴らしてみる。

海から吹き付けるひんやりとした潮風が、今は心地良かった。

うろ覚えのコード。うろ覚えの歌詞。

 

――夜が来る……

 

その歌いだしで始まる、懐かしい思い出を歌った一曲。

 

stand by me(そばにいて)

 

友人と久しぶりに会って話した今、一番聞きたい曲だった。

昔のことを思い出して、ほろりとする一方で、いつぞや、μ’sのメンバーとカラオケに行った時のことも思い出して、少し笑えた。

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

演奏を終えて、小さくため息をつく。

すると、後ろからパチパチと拍手の音が聞こえてきた。

 

 

「いい曲やんな」

 

「な!?東條に西木野!?何でここに……!?」

 

 

振り向いた先に希と真姫の姿。

いるはずのない二人に思わず目を疑う。

 

 

「それはこっちのセリフよ。合宿でわざわざこんな遠くまで来てるのに、なんであなたがここにいるのよ?」

 

「いや、俺は友達と釣りに……」

 

 

地元、秋葉原から遠く離れたこんなところで出会うなど、思ってもみなかった。

つくづく、彼女たちとは不可思議な縁があるらしい。

何だか呆れを通り越して笑えてきた。

 

 

「津田くんがギター弾いてるところ始めてみるけど、思ってたよりずっと上手いやん。在り来りな感想だけど、感動したよ?」

 

「……お世辞はやめてくれ。本気にしちまう」

 

 

彼女たちから目を背ける。だが、二人は彼の顔がほんのり赤くなっているのを見逃さなかった。

夕焼けのせいでそう見えただけなのか、それとも他に原因があるのかは分からなかった。

 

 

「ねぇ……その、もう一曲聞かせてよ」

 

「は?」

 

「途中からしか聞けなかったから……ちゃんと最初から聞かせて」

 

 

いつになく素直な真姫に驚く。彼女の横で、希がニヤニヤしているところを見ると、何かあったらしい。

 

 

「ちっ……」

 

 

嫌そうに舌打ちを一つ。

しかし、彼の左手は既に次の曲の最初のコードを押さえていた。

Eの音から始まる、先ほどよりもテンポの早い一曲。

特にその選曲に意味があるわけではない。ただ、何となく弾きたくなっただけだ。

 

to be with you(そばにいるよ)

 

波の音だけが聞こえる海辺、響く彼の歌声に、二人の少女はいつの間にか目を閉じて聞き入っていた。

 

 

 

 

 

「さて、と。お前ら、買い物帰りかなんかだろ?暗くなってきたし、そろそろ帰れ」

 

 

演奏も終わり、余韻に浸る間もなく、京助はしっしっと手を振って二人を追い払うような仕草をしてみせた。

 

 

「そういう津田くんはどうするの?」

 

「俺は、もう寝る」

 

「寝るって……こんなところで?」

 

「野宿は慣れてる」

 

 

言うが早いか、彼はそのまま仰向けにゴロンと寝転がって目を閉じてしまった。

あまりにそっけ無さ過ぎると自分でも思ったのか、目を閉じたまま彼はこう付け足す。

 

 

「……少なくとも、朝まではここにいるから、何かあったら遠慮なく連絡しろ」

 

「連絡って言っても、うちら、津田くんの連絡先知らないんやけど」

 

「……ちっ」

 

 

舌打ちをして、めんどくさそうに起き上がると、京助は携帯電話を取り出し、QRコードを表示する。

 

 

「メールはあんまり見ないから、緊急の時は電話してくれ」

 

「うん。えっと、うちのは……」

 

「こっちから連絡取ることはねぇだろうから、別に教えてくれなくていい。俺はもう寝るからさっさと帰れ。夜の海は危ねぇから、気をつけろ。火の元の確認と戸締りだけは忘れるな」

 

 

言うだけ言って、京助は再び横になる。

 

 

「それじゃ、またな」

 

「うん、お休み、津田くん」

 

「じゃあね」

 

 

遠ざかっていく足音。今度は二人分のそれを聞きながら、京助は小さく手を振って、眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……翌日、電話でたたき起こされたかと思ったら昼食を作らされたり、今度は9人の前で一曲弾く羽目になったのはまた別の話。

 




友人編、ひとまずの終了です。
京助の立場上、合宿に参加できないため急遽作った話でした。
友との邂逅を通して、彼にも心境の変化が訪れます。
この頃筆のノリもいいですし、一期分を今年中に終わらせたいものです。

優しく、冷たい笑みの彼の出番はまた後ほどに
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