ラブライブ! ―夢を追って―   作:北屋

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第二十七話 悪魔が来りて鍵を打つ

遠くから、ピアノの旋律が聞こえてくるのが響いていた。

少女は迷いのない足取りで、その音をたどって足を進める。

平日とはいえ、朝も早くのことであり、廊下には彼女以外の人の姿はない。チリ一つない、掃除の行き届いた廊下、いつも見慣れた風景であるのに、こうして見るとうすら寂しさを感じさせる。

やがて少女はある教室の前にたどり着く。

扉一枚を隔てて部屋から聞こえて来るピアノの戦慄。

 

羊は安らかに草を食み――

 

バッハ作曲の音楽であった。

彼女が扉を開いて室内に入り込んでみれば、ピアノに向かうのは一人の青年であった。

年齢は十代後半から二十代前半、すらりとした体格に、整った顔立ちをしていた、

 

 

「……やぁ、おはよう。ツバサちゃん」

 

「おはよう。朝から元気ね」

 

 

彼は演奏をやめて顔を上げ、にっこりと笑みを浮かべてみせた。

人好きのする優しい微笑み、しかし彼の整った顔、目元にはうっすらと隈が浮かんでいるのが見える。

 

 

「もしかして、また徹夜?」

 

「まぁ、ね。さすがにこの頃忙しくなってきたから」

 

 

言いながら、青年は目元を押さえる。

とあるイベントが近づいてきた今、彼女達が忙しいように、彼もまた多忙な日々を送っていた。

しかし、疲れた疲れたと、口ではそう言いながらも、彼には余力が有り余っているように見える。

 

 

「頑張るのは大いに結構だけど、根を詰めすぎないでよ?あなたに倒れられでもしたら、それこそ大変なんだから」

 

「あはは……面目ない。まぁ、大丈夫だよ。自分のことは自分が一番わかっているから」

 

 

頬を掻きながら、彼は困ったように笑う。

どこまでも笑顔を絶やさない青年であった。

 

 

「それに、僕よりも大変なのは君達だろ?七日間連続ライブなんて、なかなかハードなことを考えつくね」

 

「何事にも万全を期して向かいたいのよ、私たちは。それに――」

 

「それに?」

 

「それだけあなたを信頼してるのよ?マネージャーさん?」

 

 

照れたように、今度は頭を掻く。

マネージャー。それが彼の肩書きであった。

もっとも、それは形式的なものに過ぎない。彼がこなすのは、彼女たちのスケジュール管理や雑用だけにとどまらない。

 

 

「そっか、じゃあ、信頼に報いるためにも頑張らなきゃね。それより新曲の方はどう?我ながら悪くない出来だと思ってるんだけど?」

 

 

悪くない、と。

その言葉とは裏腹に、彼の様子には自信が満ち溢れていた。彼女達が満足していると、そう確信しているのだった。

マネージャーとして彼女たちを支える傍ら、作曲をこなす。言葉にすれば簡単ではあるが、それは並々ならぬことである。

およそ常人には不可能に近いそれをそつなくこなしてみせる、それはまさに“天才”の領域か、それにとどまらぬ何かに他ならない。

 

 

「もちろん、文句なんてあるわけがないわ。この曲なら、最高のパフォーマンスが出来る」

 

 

彼女の言葉に満足が言ったのか、頷きながら彼は再びピアノに向かい合う。

 

 

「さて、と」

 

 

ふっ、と短く息を吐いたかと思うと、彼は鍵盤に鋭く指を走らせた。指先の精緻な動きが連続した音が形を作り上げ、一つの曲になっていく。

 

 

『メフィスト・ワルツ』(悪魔のワルツ)

 

リスト作曲。

悪魔、メフィスト・フェレスと契約したファウストの物語よりインスピレーションを受けて作られた一曲――その第一番、『村の居酒屋での踊り』

 

――悪魔の奏でる音楽に惹きこまれた彼は

 

物語の一節が彼の脳裏をよぎる。

機械のような正確さで鍵盤を叩きながら、彼は頭の片隅である人物のことを思い出していた。

かつて、自分を友と呼び、共に過ごした仲間のことを。

 

 

――踊り子の少女の手をとって、森の中へと姿を消すのだった

 

 

演奏を終わると同時に、拍手の音が聞こえた。傍らの少女が、満足気に手を叩いていた。

礼の代わりに片手をあげて、彼はゆっくりと腰を持ち上げる

 

 

「それじゃ、僕は少し散歩でもしてこようかな」

 

「散歩?」

 

「うん。気分転換をかねてね。少し、面白いことになりそうだから」

 

 

怪訝な顔をする彼女をしりめに、彼は足を進めていく。

こつり、と。

シューズの靴音が、静まり返った部屋の中で不気味に響いた。

少女に背を向けて青年は口元を釣り上げる。

 

それは優しい笑みだった。

ひどく楽しそうな笑みだった。

どこまでも酷薄な笑みだった。

 

悪魔(メフィスト)――

 

その言葉を連想させずには置かない、悪意に満ちた顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 

凝った肩を何回か回して、それでもなお取れぬ披露を拭うように自分で揉みながら廊下を歩く。

月に一度の書類提出、必要なこととは分かっていても理事長室まで向かうのはイマイチ気が乗らない。

かつて、呼び出しを受けては雷を落とされてきた学生生活の頃の名残だろうか、どうも校長や理事長といった単語を聞くと気が滅入ってくる。

気晴らしにタバコを一本、そう思っても悲しいかなここは校内である。さしもの京助も、そんな無茶苦茶をやれるほどに常識は捨てきっていなかった。

 

 

「しっかし、すげぇな……どこもかしこも文化祭準備。祭り一色、って感じか」

 

 

廊下に施された未完成の飾り付けを見ながら、京助は独りごちた。

夏も終わりに近づいた時分、学生生活の一大イベントとも言える文化祭が始まろうとしていた。

彼にとっては最早遠い世界の事――とはいえ、気にならないといえば嘘になる。

ちらりと壁に張られた宣伝のポスターに目を向ければ、彼の目下の関心の対象であるそれが目に飛び込んできた。

 

μ’sのライブ――

 

どうやら屋上で行われるらしい。聞いた話では、にこが場所決めの抽選を外して、屋上で行われることになったらしい。

ならば、校舎全体に聞こえるように、精一杯の力で歌おうと、穂乃果が意気込んでいたのを思い出して、京助は知らず知らずのうちに微笑を浮かべていた。

 

 

「きゃっ!」

 

「うおっ!?」

 

 

曲がり角、急に飛び出して来た生徒と肩がぶつかった。

 

 

「あ、すみません!」

 

「いや、こっちこそ」

 

 

互いに頭を下げていると、またしても角を曲がって二人の少女が姿を現した。

 

 

「ちょっと、ヒデコ、気をつけなさいよ……」

 

「すみません……あれ?」

 

 

少女の一人が、京助の顔を見て小首をかしげた。

 

 

「え?」

 

「あー!購買のお兄さん!」

 

「本当だ、津田さんだ」

 

「はい、購買のお兄さんこと、津田ですが――ってなんで自分の名前を?」

 

 

購買のお兄さん、というところまでは分かるが、名乗ったわけでも名札をつけているわけでもないのに、自分の名前を彼女たちが知っていることが不思議だった。

 

 

「私達、穂乃果や海未とクラスメートなんですよ!だからたまに津田さんの名前は聞いてるんです」

 

「あぁ、なるほど……んじゃ、改めまして。津田京助です」

 

 

そういえば、穂乃果や海未から、三人組の友達がいると、ちらりと聞いた覚えがあった。それがこの子達かと、一人納得をしてみる。

 

 

「ヒデコです」

 

「フミコです!」

 

「ミカです。よろしくお願いします!」

 

「よろしくお願いします、っと……まぁ、購買もそうですが、店の方も良かったら遊びにでも来てください」

 

 

板についた営業スマイルを浮かべて、京助は軽く一礼。少女達は釣られたように頭を下げて、じゃあ、と小さく言って踵を返した。

彼女たちも文化祭の準備で忙しいのだろう。歩き出しながらも、何事か相談を始めている。

 

 

「どうする?会場設営」

 

「そうだよね……私たちだけじゃ少し人手不足よね」

 

「でも、他のみんなも自分のクラスで忙しいみたいだよ?」

 

 

ちらりと聞こえて来る少女たちの会話。

いつもの京助なら、間違いなくスルーして歩き出していただろう。しかし、彼女たちの会話の中に現れた一つの単語が彼の足を止めた。

 

 

「μ’sのライブの準備、どうしよう」

 

 

μ’s――

 

音ノ木坂スクールアイドルのグループ名。

それは彼の足を止めるのに十分すぎる名前だった。そして、今の今まで止まっていた足を、動かすのに足りる名前だった。

彼女たちのために、何かをしてやりたい、と。

彼の矮小な願いが、形を伴い始める。

 

 

「えーっと……」

 

「はい?」

 

 

京助が何かを言いかけると、途端に少女達は一斉に京助に向き直った。

 

 

「その……会場設営、手伝おうか?男手があった方が楽だろうし」

 

 

頭を掻きながら言うそれは、尻すぼみに声がどんどん小さくなっていった。

手伝いたいのは事実ではあるが、いらないお節介なのではないか、分を超えすぎた行為なのではないかと、不安だけがどんどん膨らんでいく。

答えを聞く前から、早くも京助は言ったことを後悔し始めていた。

動き出した足が、また止まりそうになる。

 

 

「お願いします!」

 

「ッ!」

 

 

刹那の迷いもなく、ミカが言った一言。

それは、彼女にとって、彼女たちにとって人手が欲しいというだけの、深い意味などない言葉。

だが、その言葉は、京助の動き出した足を前に踏み出させる一言になっていた。

 

 

「ちょ、ミカ!」

 

「さすがに津田さんに悪いって……」

 

「いや……俺――自分のことは気にしないで良いですよ。自分も、あの子たちのことは応援してて……出来ることがあるなら手伝ってやりたいと思ってましたから」

 

 

営業スマイルではない微笑みを浮かべて、京助は心中の思いを口に出した。

μ’sのメンバー相手では言えないことも、こうして他のところでは素直に言える。

意地や面目、そんなつまらない事に未だしがみつく自分は、あまりに卑怯だと、そう思う。

京助は温まりかけた心に冷たい風が吹くのを感じた。

 

 

「うーん……じゃ、申し訳ないですけど、文化祭当日、お手伝いをお願いしてもいいですか?」

 

「もちろんです。むしろ、こちらからお願いさせていただきたいところですよ」

 

 

彼の返事に、少女達は色めき立つ。

 

――なんだ、簡単なことじゃないか

 

思わぬ増援に、嬉しそうな彼女達を見てそう思った。

その場にとどまり続け、動こうとしない日々を送る内に、どうやら動き方を忘れてしまっていたらしい。

動くことは、何かをすることは、難しいことではない――

 

 

「でも、外部の人に手伝ってもらうのって大丈夫なのかな?」

 

「そりゃ……」

 

「大丈夫ではないわね」

 

 

不意に後ろから掛けられた声に、京助は飛び上がらんばかりに驚いた。

少女達も彼の後ろに立つ人影を見て、目を丸くし、慌ててかしこまった態度をとっている。

慌てて振り返って見れば、そこに立つのは紛れもなく……

 

 

「理事長先生……」

 

 

呆れたような顔で溜息をつく彼女――音ノ木坂学院高校、南理事長の姿を見て、知らず知らずの内に京助も体が固まるのを感じていた。

 

 

「津田さん。いくら購買の人間とは言っても、外部の人間が文化祭を手伝うなんて、少し勝手が過ぎませんか?」

 

「……はい、すみません」

 

「あの子たちが気になるのは分かりますが、その辺は守っていただかないと。あなたも大人なんですから、生徒に示しがつきませんよ?」

 

「おっしゃる通りです……」

 

 

先程までの思いはどこにやら、京助はコメツキバッタのようにペコペコと頭を下げ続けるよりほかに出来ることがなかった。

雇われ者の悲しいサガである。

 

 

「そういうことは、きちんと私に許可をとってからにしてください」

 

「はい……え?」

 

 

理事長の言葉に耳を疑い、思わず聞き返してしまう。

それはつまり……

 

 

「今回は許可を出しますけど、次回からは私を通してくださいね?」

 

 

悪戯っぽく笑う理事長は、どこか少女のようで。

とても京助の母親と同年代とは思えなかった。

 

 

 

 

 

「うん……問題はないようね。確かにこれは受け取りました」

 

 

京助の持ってきた書類に一通り目を通して、理事長は満足そうに頷いた。

 

 

「うっす……ところで理事長先生。先程はありがとうございました」

 

「別にお礼を言われることではないわ」

 

「しかし、自分で言い出してあれなんですが……いいんですか?俺なんかを生徒の手伝いとして校内に入れて」

 

 

なおも不安そうに尋ねる京助を、理事長はまっすぐに前から見つめた。

 

 

「勤務態度は真面目、教員からの受けは良く、生徒からの評判も悪くない……そんなあなたなら特に問題はないでしょう。それに――」

 

「それに?」

 

「これは私情が入ってしまうから、学校のトップとしては言いたくないんだけど、ことりやあの子達から色々と聞いてるわ。これだけの条件が揃っているのだから、断る理由はありません」

 

 

彼女の言葉を、心の中で反芻する。

彼女の言う、真面目で教員、生徒からの評価も悪くない人物というのが、どうも自分のことだとは思えなかった。

外面だけはしっかりしていて良かったと、今、心から思う。

 

 

「あの子達も大分あなたにアドバイスをもらったり、背中を押してもらったりして感謝しているようよ。この間も、ことりに何かしらのアドバイスをしてくれたみたいじゃない?」

 

「それは――まぁ、それとなく」

 

 

京助は言葉尻を濁した。

正直、あれがアドバイスと言えるのかは非常に微妙なところではある。

 

 

「あの後、あの子も少し吹っ切れたような顔をしていたわ。親として、あなたには感謝しなきゃね」

 

「それは――」

 

 

――難儀な

 

なんと返していいのか分からず、思わず口癖となりつつある言葉を発しかけて慌てて飲み込んだ。

何はともあれ、自分のかけた言葉のおかげで彼女が悩みを解決するのに一役買えたなら、それは嬉しいことではある。もう、あんな辛そうな顔を見ずに済むのなら、それに越したことはない。

 

 

「それじゃ、文化祭の件、よろしくお願いしますね」

 

「……はい」

 

 

小さく、しかし力強く頷く。

今度こそ、今度ばかりは自分から、彼女たちの為に力を貸したいと、素直にそう思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 

呼吸を整えて、目の前を見据える。

彼女の前にあるのは、神田明神の裏門、男坂と呼ばれる急な石段である。μ’sの定番の練習場所となっているそこに、彼女――矢澤にこはいた。

いつもは一緒にいるメンバーの姿も今は見えず、今は彼女一人……メンバーには内緒で行っている自主トレーニングの最中であった。

意識の違いから一人、また一人と仲間が離れ、たっと一人残されたのはかつての出来事。目標を同じくする仲間たちと出会い、念願のラブライブ出場まであと僅かとなった今だからこそ、より一層力を入れなければならないと、そんな思いから始めたことである。

新たに入った仲間たちに負けないように、アイドル部の部長として示しをつけるために、そして何より自身の夢の為に。少しでも自分の力を伸ばしていきたいと、彼女は考えていた。

 

――それにしても

 

ふと、思う。

少し前までは夢を諦めかけ、心が擦り切れそうな日々を送っていたというのに、人生というものはいつどこで転機が訪れるのか分からないものだ。

新しい仲間との出会いが、こうも短時間で状況を変えるものなのか。

 

 

「それだけじゃ、ないわね……」

 

 

首にかけたネックレスをぎゅっと握って、彼女は小さく呟いた。

それは以前、ある人から送られたもの。目指すところは違えども、同じように見果てぬ夢を追いかける先輩のことを思い出す。

彼との再会もきっと、今のこの状況に強い意味を持っているのだと、そう思うと少し笑えてきた。

 

――あの人も頑張っているのだから

 

ネックレスを離して、スタートダッシュを切るために身構える。

夢への一歩を踏み出すためにも、自分も頑張らなければと、そう言い聞かせて、彼女は一気に駆け出した。

急な坂道を全力疾走。以前は息を切らし、登りきるだけでも精一杯だったというのに、今ならこうして易々と登りきることが出来る。

最後の一段を力強く踏みしめて――

 

 

「うわっ!?」

 

「きゃっ!?」

 

 

突然目の前に現れた人とぶつかり、はじかれて尻餅をついてしまう。

石段を降りようとしていたのだろうか、見ればその青年も同じように尻餅をついていた。ぶつかった衝撃でバッグが飛んだのか、その中身の書類が何枚か、周りに飛び出している。

 

 

「すみません!大丈夫ですか?」

 

「あぁ、うん。大丈夫」

 

 

幸いにして彼女も青年も怪我はしなかったようだ。

にこは散らばった書類を一枚ずつ集めて、彼に手渡す。その時に、ふとその書面を見てしまい――彼女は目を丸くした。

そこに記されたのは、何かの音楽の譜面だった。何分、一瞬のこと、ぱっと見では何の曲かまでは分からない。だが、その音符の並びに、彼女は何か既視感のようなものを覚えたのだった。

 

 

「ありがとう、拾ってくれて」

 

 

にこやかな笑顔でにこから書類の束を受け取る青年。

端正な顔立ちをした青年だった。年齢は20代前半といったところだろうか。優しそうな雰囲気に、人好きのする笑顔。その風貌のおかげか、180cmを超えるかと思われる長身であるのに、まったく威圧感を与えない。

 

 

「すみませんでした……」

 

 

にこが素直に頭を下げて誤ると、青年は慌てて手を振って、

 

 

「いや、こっちこそ、少し考え事をしていて、不注意だったよ。ごめんね、怪我はなかった?……あれ?」

 

「え?」

 

 

きょとんとした顔で、青年はにこの顔を見つめ、

 

 

「もしかして、μ’sの矢澤にこちゃん?」

 

「え?何で……」

 

 

言いかけて、彼女は自分が何者であるのかを思い出した。

今の自分は、ランキング上位に食い込むスクールアイドルμ’sの一員なのだから、こうして地元の誰かが顔を知っていてもおかしくはない。

遂に自分も有名になってきたのかと、うっとりしていると、

 

 

「あいつが言っていた通りの子だね……」

 

 

しみじみとした調子の彼の言葉を聞いて、一気に肩から力がぬけるのを感じた。どうやら、彼の知人がにこのことを知っているらしかった。

 

 

「あいつ?」

 

「あぁ、僕の友達。津田京助、って分かるだろ?」

 

「え!津田先輩とお知り合いなんですか?」

 

「うん。知り合いも何も、小学校からの長い付き合いさ。彼が一時期、君のことを話していたからね。僕たちと同じように、大きな夢を持って、努力している後輩がいる、負けられない、って」

 

「……!」

 

 

またしても、驚きに目を丸くする。

自分が彼に対して感じていたことと同じことを、彼もまた自分に対して思っていたこと。それは少し恥ずかしくもあり、誇らしいことでもあった。

夢を諦めずにいて良かったと、素直にそう思えて、心の中が暖かくなるのを感じた。

だが――

青年の次の言葉が、その心を凍りつかせる。

 

 

「まぁ、そんなことを言ってた彼も、今じゃ夢を諦めて、逃げ帰ってきてるんだから世話ないけどね。とんだ口だけ野郎だよ、彼は」

 

「……え?」

 

 

彼の言葉に、耳を疑った。

 

――夢を、諦めた?

 

彼が何を言っているのか、理解が追いつかなかった。理解してしまえば、今まで信じていたことが崩れてしまいそうで怖かった。

それでも、彼女は聞かずにはいられない。

 

 

「それってどういう……?」

 

 

青年は、困ったように微笑む。

それは優しい笑みだった。

同時に、どこか嗜虐的な、悪魔の如き微笑みだった。

 

 

「あいつはね……」

 

 

青年の言葉は、容赦なく京助の嘘を暴いていく。

全てを知った彼女は、声もなくそこに立ち尽くすより他なかった。

 




こんばんは、北屋です。
ついに物語が大きく動き始めました。
京助にいい意味でも悪い意味でも転機が訪れます。
そして、暗躍を始める不穏な影……

次回も頑張って年内に更新します!
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