ラブライブ! ―夢を追って―   作:北屋

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第三十話 亀裂の音

「ご心配おかけしました!」

 

 

開口一番、穂乃果が勢い良く頭を下げた。

十分に反省しているのだろうが、謝罪の時までこうして元気いっぱいで一生懸命なところが彼女らしくて何だか可笑しくなってくる。京助は口元に微かな微笑みを浮かべて、しかしすぐに気を取り直していつもの仏頂面を作る。

 

 

「……別に、心配なんざしてねぇよ」

 

「それはそれでひどくない!?」

 

 

穂乃果の元気な声を聞き流して、京助は手元のコーヒーを一口飲む。

今日の一杯はスコッチウイスキーを通常より大分多めに使ったゲーリック・コーヒー。本来ならば仕事中に、それも未成年の前で飲むべきものではないのだが、今日だけはこの味わいを楽しみたい気分だった。

 

 

「へー、そんなこと言っても、一番慌てて心配してたの、津田くんやんな?」

 

「そうそう!お見舞いの時だって、高そうなフルーツの盛り合わせを凛達に持たせたり!」

 

「ぶっ!俺は別に……」

 

 

コーヒーを吹きかけながら、慌てて否定する。

 

 

「え!?あのお見舞い、パン屋さんだったの!?」

 

「……ちッ」

 

 

居心地が悪くなった京助はいつもの如く不機嫌そうな舌打ちを一つ、彼女たちから目をそらした。

 

 

「そんなことより、はじめるならさっさと始めろっての。こっちだってわざわざてめぇらのために店締め切ってんだからよ」

 

「そうね……にこ、お願い」

 

 

絵里が目配せすると、にこがグラスを片手に立ち上がる。

 

 

「みんな、グラスは持った?」

 

 

それぞれがグラスを片手に注視するなか、にこは続ける。

 

 

「では、学校存続が決まったということで!部長のにこにーから一言挨拶させていただきたいと思います!」

 

 

学校存続。

その知らせが届いたのはほん2,3日前のことだった。彼女たちの活躍のおかげで入学希望者が一気に増え、音ノ木坂は廃校の危機を乗り越えることが出来たらしい。

先日の文化祭のライブこそ散々な結果になってしまい、ラブライブ出場も果たせなくなってしまったが、こうして彼女たちが目標を達成できたこと、そして今こうして笑顔で全員揃って祝杯を挙げられることが、京助にも嬉しくて仕方がなかった。……もっとも、そんな様子は間違っても顔にはださないが。

何一つなすことが出来ず、散り散りになってしまった自分たちとは違う道をたどってくれたことに安心を覚えてしまう。確かにラブライブ出場という夢を今一歩で失したことは惜しいが、こうしてお互いに笑い合えるなら問題はないはずだ。

 

『転んでもまた起き上がる意思がある限り、チャンスはいつだって訪れる』

 

京助はかつての自分の矜持を思い出していた。

 

 

「思えばにこが部長になってからどれほどの月日がたったことか、最初は一人だったアイドル研究部も……」

 

『かんぱーい!』

 

「ちょっと、人の話を最後まで聞きなさいよ!」

 

 

にこのはなしの途中でみんなが一斉にグラスを掲げる。

京助もつられてコーヒーカップを掲げ、口元に小さな微笑を浮かべた。

 

 

「さて、と。今日は……まぁ、好きなだけ飲んで食べて騒ぐと良い。どうせ貸切だ、他に客もいねぇしな……って、遠慮ねぇなお前ら」

 

 

京助が何かを言う前に、既に彼女たちはテーブルに並んだ料理に箸を付け始めていた。花陽に至っては勝手に炊飯器を持ち出してご飯まで炊き始めている始末。元気というかなんというか、それもまた彼女達らしいと思って、彼は苦笑を漏らした。

 

 

「津田さん、今回は場所を提供していただいてありがとうございます」

 

「別に気にすんな。それより絢瀬ちゃんもさっさと食わねぇとなくなるぜ?」

 

 

こんな時までどこか固い絵里の様子に、京助は堪えられなくなったのか無表情を崩して笑いかけた。

 

 

「えりち、ほっとしたみたいやね?」

 

「えぇ。ようやく肩の荷がおりた気分」

 

 

希と絵里が揃って他のメンバーに目を向けた。年長者であり、なおかつ生徒会として廃校阻止に誰よりも真面目に勤めていた二人だからこそ、この結果にも感慨が深いのだろう。

彼女たちの様子を肴にコーヒーを飲み干す。ウイスキーが効いてきたのか、体が芯から暖かくなるのを感じた。

 

 

「……ん?」

 

 

ぼんやりと見回す中で、海未とことりが目に付いた。みんなから少し離れ、店の端っこの方で思いつめたような顔をしている。

とても祝いの席に似合う顔ではなかった。

 

 

「おーい、堅物娘にひよこ娘。どうしたよ?」

 

 

浮かれて気が大きくなっていたのだろうか、京助は二人のまとう重苦しい雰囲気に何も気づかずに声をかけた。

からかい混じりの、軽い言葉。だが、帰ってきたのはひどく思いつめた二人の視線だけだった。

 

 

「ごめんなさい。みんなに話があります」

 

 

海未に全員の視線が向けられた。その真剣な様子に何かを感じ取ったのか、今までの騒ぎが嘘のように場が静かになる。

――何かあったのか?

目で希と絵里に問いかけてみるが、二人共何も聞いていないらしく首を傾げるだけだった。

改めて京助はことりと海未に目を向ける。

嫌な予感がした。それもここしばらく感じたことのない、とびきりの嫌な予感だった。

 

 

「突然ですが、ことりが留学することになりました。……2週間後に日本を発ちます」

 

 

それは突然の告白だった。

あまりにも唐突過ぎて、誰も、何も言うことが出来なかった。

 

 

「けほっ……おい、そりゃまた……急な話だな?」

 

 

先日から治らない咳を一つ。努めて冷静さを繕うことで、ようやくそれだけを尋ねることができた。

彼は、暗雲の如くどんどん膨れ上がっていく嫌な空気を感じていた。かつて感じたことのある空気だった。

彼が仲間を失った時に感じたものと非常に似通っていて、焦燥感がこみ上げてくる。

 

――やめろ

 

そう言って、彼女たちの口を塞いでしまえたらどんなに楽なことだろうか。そんな風にさえ思ってしまう。

 

 

「……前から、服飾の勉強をしたいと思っていて、それでお母さんの知り合いの人が、勉強に来てみないかって……それで……」

 

「本当は、もう少し前に言うつもりだったんです。しかし、みんなが文化祭に集中している時に言うべきではないと、判断したんです……」

 

 

ぴしり。

どこからか亀裂が入るような音が聞こえた気がして、京助は店の中に視線を彷徨わせる。だが、音の出処は見当たらなかった。

 

 

「……どうして」

 

 

穂乃果がゆっくりと立ち上がって、ことりの方にふらふらと進む。

 

 

「どうして言ってくれなかったの?」

 

 

穂乃果とことりが何やら話すのが、京助にはどこか遠い世界での出来事のように見えていた。

 

ぴしり、と。

 

今度ははっきりと聞こえた。京助は胸を押さえて荒い息を吐く。音の出処はどこでもない、彼の胸の内だった。

思い出すのはいつかのことりの顔だった。ひどく物憂げで、何かを悩んでいたあの時の顔。

 

――夢のために何かを諦めなければならないとしたら

 

――友達を裏切ることになるとしたら、津田さんは、どうします?

 

その問いに自分は何と答えたのか?

 

『仕方のないこと』

 

そう答えたのはどこの誰だったのだろうか。

 

 

――俺の、所為だ……

 

 

悩み抜いて、ホントは行きたくない気持ちもあって。

それなのに一番大事な友達には相談できなくて。

だから気持ちに区切りを付けるべく、京助に相談をしてみたのだろう。あるいは彼に止めて欲しかったのかもしれない。『友達を裏切るな』と、そう言って欲しかったのかもしれない。

 

それなのに、自分がやったことは何だ?

 

迷う少女の背中を押して、事態を良くない方向に導いた。それなのに何も気づかず満足感を感じて、一人悦に浸る。

なんと滑稽なことか。なんと醜悪なことか。

 

なんと――おぞましいことか。

 

こみ上げてくる吐き気をこらえて、倒れそうな体を無理やりに支える。

 

 

「ッ、ゲホッごほっ!」

 

 

それでも支えきれなくて、胸の奥が痛んだ。

何か彼女たちに声をかけようとして、それなのに、代わりに嫌な咳しか出てこなかった。

 

 

「穂乃果ちゃんは、初めてできた友達だよ!ずっと、そばにいた友達だよ!そんなの、そんなの……!」

 

 

ことりの叫びが、京助の意識を店の中に戻した。

 

 

「ま、待て、みな……ゴホッ、グッ!」

 

 

涙を浮かべて店を飛び出していく、ことりを見て、京助は思わず手を伸ばす。だが、言葉は言葉にならない。これまでに感じたこともないような息苦しさに、それさえも叶わなかった。

扉をくぐる少女の背中が目に焼き付く。

その小さな背中にどれほどの苦悩を、悲しみを背負い込んでいるのだろうか。

そんなたった一人の少女に手を差し伸ばすことさえ出来ない自分が、ひどく嫌だった。

ことりがいなくなり、一気に静まり返った店内に、京助の咳き込む声だけが響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「げほッ……」

 

 

一つ、咳き込む。

あの雨の日からずっと続く嫌な咳は一向に治ることがなく、むしろ日を追うごとに悪化しているようにさえ思えた。

咳止めの代わりとでも言うように、手元のウイスキーを掴んで瓶から直接一気に喉に流し込む。アルコールが傷んだ喉を焼き、こぼれた雫が胸元を濡らす。そんなものはどうでも良かった。

少し足を動かすと、蹴飛ばされた空き瓶が迷惑そうな音を立てる。

ことりが留学に出ると、そう言った日から一日が経った。

μ’sの面々が店を出て行ったその時から一人で酒を飲み始め、気がつけば西日が店内に差し込んでいた。

ぼんやりと、店の中を眺めてからタバコに火を点ける。カートンでまとめて買ってあったそれも気がつけば最後の一本となり、テーブルの上には灰皿からはみ出した吸殻が汚らしく散らばっている。

あれから一日、何もする気が起きなかった。適当な理由をでっち上げて学校での購買の仕事をサボり、ただ気を紛らわせるためにタバコと酒を一日中飲み続けていた。

何かを考えれば、すぐに昨日のことを思い出してしまう。そうすれば、己の仕出かしたことの重さに潰されそうになってしまう。

自分に出来ることも、自分がしたいことさえも、今の彼には分からなかった。

脈打ち続ける自分の心臓の音さえも、今では煩わしいもののように思えてならず、いっそこのまま止まってくれはしないかと、そう願わずにはいられなかった。

 

 

「ふぅ……グッ!?」

 

 

肺を満たした紫煙を吐き出すと、今までにない酷い咳が出た。飛び散った唾に混じって赤いものが見える。ただでさえ喉の調子が良くないのに、無茶をしすぎた所為で遂に喉が裂けたらしかった。

袖口で汚れた口元、そしてテーブルを適当に拭っていると、不意にドアベルの音が耳をついた。

からり、と。聞きなれた澄んだ音のはずなのに、がんがんと頭に響いて思わず額に手をやってしまう。

今日は臨時休業だと、そう告げるのも億劫で、しかし面倒臭そうに顔をあげて京助は冷水を浴びせられたように体の芯が冷たくなるのを感じた。

 

 

「ッ!?」

 

 

目線の先に立つのは、酷くギョッとした様子のにこだった。可愛らしい顔を不快そうに歪めて口元を覆い、京助を見つめる。

紅玉を思わせる彼女の瞳に映るのは、目の下にくっきりと隈を浮かべ、凄まじいまでの倦怠を浮かべた様子の冴えない男の姿。

自身の今の体たらくを思いだし、そしてすぐに店の中に立ち込めたタバコと酒の匂いに気づき、大慌てで窓を開けて換気扇を最大にする。

 

 

「どうした、矢澤ちゃん。すまんが俺は見ての通り疲れててな。相手をしてやる余力が……」

 

 

疲れきった顔で、それでもどうにか取り繕って笑顔を向けるが、彼女から笑顔が帰ってくることはなかった。

彼女が彼に向けるのは、鋭い視線だった。

まるで非難するかのようなその眼に、京助はたじろいでしまう。

 

 

「……今日、穂乃果が言ったの。アイドルを、やめるって」

 

「え……」

 

 

にこの言った事が、一瞬理解できなかった。

穂乃果が、アイドルをやめる……その言葉が頭の中でぐるぐると渦巻いて、ようやく理解できた時には、にこは次のセリフに移っている。

 

 

「学校の存続は決まったから……ことりがいなくなったから。だから、アイドルをやめるんだって」

 

「そんな、」

 

「私は」

 

 

京助が何かをいうのを遮って、彼女は続ける。

 

 

「私は、あの子が本気だと思ったから、本気でアイドルをやりたいんだって思ったから、賭けてみたいって思った。これが最後のチャンスだって思った。それなのに……

 

「矢澤ちゃん……」

 

 

その名を口に出してみるが、後の言葉が続かなかった。

彼女にかけてやれる言葉が見つからなかった。

夢を追い求め、挫折を繰り返してきて、ようやく掴んだチャンス。彼女の胸の内が京助には痛いほどに良く分かっていた。だからこそ、なんとしても彼女には上手くいって欲しかった。

視界が揺らぐ。今の今まで気づかなかった吐き気と悪寒がじわじわと体を蝕んでくるのを感じた。

 

 

「先輩」

 

「……なんだ?」

 

 

嫌な、予感がした。

止せばいいのに、それでも反射的に聞き返してしまって軽く後悔を覚える。

 

 

「この前、聞いたの」

 

 

にこが次に発する言葉が、怖くて仕方がなかった。

先ほどの彼女の非難するような眼が目に焼きついて離れない。

 

――何も言わないでくれ!

 

そう願わずにはいられなかった。もしここで何かを言われたら、もう二度とは立ち上がれないと、そんな気がした。目をつぶって、痛いほどに歯を食いしばって、一秒先の現実から目を背け用としてみる。

だが、京助のそんな抵抗は無意味だった。彼の不安は現実のモノとなり、彼に死刑宣告にも似たあの事実を突きつける。

 

 

「先輩が夢を諦めたって。夢を諦めて、逃げ帰ってきたって」

 

 

何かが、崩れ落ちる音がした。

膝から力が抜けて、慌ててそばにあったテーブルで体を支える。

 

 

「嘘、よね?ねぇ、先輩はまだ、夢を諦めてないわよね?」

 

 

それは確認というよりも懇願に近かった。

事実を知りながらそれを認めたくないと、嘘でも良いから否定して欲しいと、そう願う者の言葉だった。

 

 

「……矢澤、ちゃん。俺は――」

 

 

違う、と。

そう言ってやりたかった。だが、その一言が、小さな嘘がどうしても口に出せなかった。

 

 

「本当、なのね?」

 

 

背中を嫌な汗が伝う。喉がカラカラに乾く。

言い表しようのない不快感をこらえて、そして京助がどうにか出来たのは、首を縦に振ることだけだった。

 

 

「信じてたのに!先輩は、まだ夢を追ってるんだって、信じてたのに!だから、私も頑張らなきゃって、そう思ってたのに!!」

 

 

身を切るような、切実な言葉だった。

いつかこうなることが分からないほど京助は愚かではない。分かっていてなお、その言葉は彼の心を深く抉った。

少女は今にも泣き出しそうな顔をしていた。

それを見るだけで胸がどうにかなりそうなくらいに締め付けられる気分だった。

 

 

「違う、俺は……!」

 

 

そんな言い訳が口をついて出てくる。

何も、違うことはないというのに。

 

俺は――

 

その後に何を続けようというのか。そこから先に、何か意味があるのだろうか。

 

 

「あんたなんか、大嫌い!!」

 

 

その一言を残して、にこは店を出ていってしまった。

ドアの締まる重苦しい音が店内に響くのと同時に、京助は床に崩れ落ちた。

視界が歪み、溢れた雫が床を濡らす。

 

 

「うっ……ぐぅっ……」

 

 

うつ伏せに倒れたまま、嗚咽を殺してタイルを拳で叩く。

 

惨めだった。

 

見苦しくてたまらなかった。

 

このまま、消えてなくなってしまいたかった。

 




こんばんは、北屋です。
忙しさにかまけて、長らく更新出来ず申し訳ございませんでした。
重ねて申し訳ないのですが、しばらく更新が遅延しそうです……

流石に暗い話は書いてて気が滅入りますね。早く明るい話が書けるように、一層の精進をせねば!

そんな訳で、少し遅れるかもしれませんが、次回もなるべく早くに更新できるよう、執筆を頑張らせていただきます!
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