ラブライブ! ―夢を追って―   作:北屋

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fragment 2 いつかの約束

一枚の写真を手にとって眺めてみる。

今ではすっかり見る機会も減った、フィルムを現像した写真。これだけ見れば何の変哲もないただの写真。でもこれを見るたびにあの時の事がありありと思い出せる。

神社の一風景を切り取った写真の中央に収まる学生服を来た少年の後ろ姿。良い事や悪いこと、何かがあった時には思い出す。

彼の言葉を……あの時交わした約束を。

 

あれから何年経つのだろうか……

 

 

 

 

 

神社の境内、その中でも奥まった場所にある祠の前。薄暗いここが、今の私の居場所だった。

小さい頃から神社やお寺さん、そういったスピリチュアルな場所が好きだった。一人になれるということにも加えて、そういうところにはいつも何かしらの気配が感じられたから。

人には見えないもの、感じられないものが見える――そんな自分の特技はこういう時ほど役に立つ。

 

 

「……」

 

 

親の転勤に伴う転校につぐ転校――一つのところに留まっていた覚えがなかった。その度に友達も一新されて、新しい場所で新しい人間関係を作ってのくり返し。

もうそんな生活にも慣れたもので、別に学校で孤立するようなこともない。友達はちゃんといるし、一緒に遊ぶ相手だっている。

でも、そこまで深い仲になろうという気はしなかった。

仲が良くなればそれだけ別れは辛いものになる。いずれ、そう遠くないうちに別れが見えているのに、それをあえて辛いものする必要はないから。

 

だから、本当に友達といえる人は私の周りにはいなかった。

 

小さい頃はそれでもよかった。でも、大きくなっていろんなことを考えるようになってくると、どうしても考えずにいられない。

自分の居場所はどこにあるのか――と。

そう考えるとどうしようもなく胸がざわつく。言い知れない不安に押しつぶされそうになって、いてもたってもいられなくなる。

一人は嫌なのに、無性に一人になりたくなってきて、気がつくとこうして近所の神社にきてしまう。

 

 

「……あれ?」

 

 

ぱたり、と。

地面を一滴の雫が濡らした。雨でも降ってきたのかと、驚いて空を見上げてもそこに広がるのは雲一つない青空だった。

 

 

「お狐さんの嫁入りやろか?」

 

 

頬を伝う暖かさには気づかないフリをして、無理に笑ってみる。でも落ち込んだ気分は全然晴れなかった。

そんな心を忘れるために辺りを見渡してみる。

神社特有の澄み切った空気。小さい頃から慣れ親しんだそれは私にとって心地良いものだった。

神社を囲む森の緑に、吹き抜ける風の冷たさ。

それらは私の小さな体を包み込んでくれるようで、何とも言えない安心感が全身を満たしてくれる。

それはとても幸せなように感じられて――どこまでも恐ろしかった。

 

ざぁっ、と。

一際強い風が吹いた。ざわざわと周りの空気が一変して、目には見えないナニモノかが私を呼んでいるような気配がする。

 

――こっちに来い

 

と。

いつもは跳ね除けるそんなこの世ならざるモノの声がとても愛おしく感じられた。その呼び声に導かれるようにして、一歩踏み出して……

 

 

「きゃっ!?」

 

 

ぱぁん、と何かが破裂するような鋭い音が聞こえて思わず飛び上がってしまった。

神社の隅から隅まで届いたんじゃないかというくらいの大音量、皮膚がビリビリするほどの威力。

近くに雷でも落ちたのではないかと思うほどの轟音だった。

 

 

「失せろ」

 

 

小さく、唸るような声。

まるで獣が唸っているようなそれに驚いて振り返って見れば、いつからそこにいるのだろう、学生服を着た一人の少年が立っていた。

 

 

「この子はまだ彼岸(そっち)のモンじゃねぇ。失せろ」

 

 

今度ははっきりとそう言うのが聞こえた。

年齢は私よりも2つか3つ年上――中学生。両方の掌まるで拝むかのように合わせているのを見て、さっきの音は彼が柏手を思い切り打った音なのだと気がついた。

虚空を見つめていた彼の視線が私に移る。

彼と目が合って、今の今までぼんやりとしていた意識が一気にはっきりとした。

 

――なんて目をしているのだろう

 

野生の獣を思わせる鋭い目。纏う空気は刃物のようで、近づいたら斬れそうな気さえする。

さっきの気配と同じで、目の前の少年も人間ではないと直感的にそう思った。

獣の瞳、雷鳴みたいな轟音。

雷の獣……”雷獣”。

その妖怪の名前が頭の中に浮かんできた。

 

 

「大丈夫か、お嬢ちゃん」

 

 

気配が消えてなくなると、雷獣が私にそんな風に声をかけてきた。

鋭い目、でもそこからは考えられない優しい声音をしていて、思わず目を丸くする。

よく見れば雷獣はただの、どこにでもいそうな少年だった。

 

 

「おい、どうした?大丈夫か?」

 

「……うん。大丈夫」

 

 

はぁ、と一息ついて返事を返すと少年は同じように小さく溜息をつく。

表情は相変わらず険しくて、顔からは判断がつかないけれど――どうやら安心しているらしかった。

 

 

「気をつけろ。女の子がこんなところに一人なんて――ちと危ないぜ」

 

「……うん」

 

 

小さく頷いてみせると、彼は踵を返そうとして……私の顔を見て足を止めた。

 

 

「あ……」

 

 

慌てて頬を拭うけど少し遅かった。

眉間にシワを浮かべて、心底面倒くさそうに頭を掻いて、彼は私の方にゆっくりと近づいてくる。

 

 

「どうした、何か悩み事でもあるのか?」

 

「……あなたには関係ないやろ」

 

 

ぶっきらぼうそう言うと、彼はまた頭を掻きながら、

 

 

「おう。関係ない。見知らぬガキが何を考えていようが、訳分からんモンに連れてかれようが俺の知ったこっちゃない。だけどよ――気に入らない事を見過ごすのは寝覚めが悪いんだ」

 

 

何だかよく分からない人だった。

私が頼んだわけでもないのにこうして話を聞いてきて、そのくせ凄く不機嫌そうに今すぐ帰りたいという雰囲気を出している――それは何だか自分自身にイラついているようで、どこかちぐはぐな人だった。

 

 

「あなた、誰ですか?」

 

「名乗ってなかったか……俺は京助、津田 京助。修学旅行に来てた、ただの中学生――なんだが、どうも集団行動は性に合わなくてな。サボって単独行動の真っ最中ってわけさ」

 

 

私が警戒心むき出しで睨みながら聞いてみても、彼は動じた様子もなく、逆にその辺にあった切り株にどっかりと腰を下ろしてポケットから小箱を取り出し始めた。

中学生と今さっき言ったばかりの口で彼は美味しそうにタバコを吸ってみせた。

 

 

「ここで会ったのも何かの縁だ、少し話を聞かせてみろ。話せば気が楽になるかもしれないし――俺の暇つぶしになるかもしれん」

 

 

彼は顔を上げて、吐き出した煙で輪っかを作って空に吐き出す。雲一つない青空に、紫煙は揺らめいて溶けていった。

 

 

「……あなたも、見えるの?」

 

 

彼に最初に尋ねたことは、悩みのことでもなんでもなくて、ただ純粋な疑問だった。ともすれば突拍子もない質問だったのに、彼は苦笑いを一つ、

 

 

「いーや?見えないし何も聞こえない。だが、なんつーか勘だけは人一倍良い方でな。何かヤバそうなのはわかるんだ」

 

「野生の勘?」

 

 

思わず口をついて出た言葉に、一瞬彼は目を丸くして、すぐに声を出して笑い始めた。豪快で屈託のない、笑い声。

そういえば私があんな風に笑ったのは、一体いつが最後なのだろうと――なんだか少し寂しくなってくる。

 

 

「いや、違いない。まぁ、俺はお嬢ちゃんみたいに繊細な質じゃないからな――んで、お嬢ちゃんや。悩みはそのことじゃねぇんだろ?」

 

「……」

 

 

私の目を覗き込んできた。

心の奥底まで切り込んできそうな鋭い瞳。怖い――なのに、不思議と恐ろしくはなかった。矛盾しているようだけど、それが正直な感想。

生まれつきらしきそのつり目はともかく、彼の瞳の奥に見え隠れする優しさ、そして寂しさは、何だか私の思いに似ている気がした。

 

気がついたら、私は自分のことをぽつりぽつりと話始めていた。

 

会ったばかりの人に話すようなことじゃないのに、何故か彼に聞いてもらうことは当たり前のような気がして、一度堰を切った言葉は止まるところを知らなかった。

 

数え切れない転校の不満や、両親の転勤への文句とか――

その度に新しく友達を作る大変さ、どれだけ自分が努力をしているか――

 

決して口に出したことのない、心の底に封じ込めて、見て見ぬフリをしてきた愚痴の数々。

途切れ途切れで声も小さくて、聞き取りづらい上に、聞いていて楽しいはずのない話。

 

それでも彼は、真剣な顔で最後まで聞いてくれた。

 

 

「ガキも大変だな……」

 

 

私が話に一区切りをつけると、彼はしみじみとそう言った。

何気ない一言なのに、何故か彼の言葉は私の耳に心地良かった。

 

 

「あいにくと、俺は頭が良い方じゃなくて……相談なんて乗ってやれる出来た人間じゃない……」

 

 

そう前置きして彼は新しいタバコを咥えなおす。

空を見上げる彼の横顔は相変わらずの仏頂面。でも、何だかとっても申し訳なさそうだった。

他人のことなのに、何でこんなにこの人は――

 

 

「在り来りな言葉で悪いが……いつかは良い事があるさ」

 

 

本当に在り来たりで、誰もが言いそうな薄っぺらい言葉。

それなのに彼が言うとこんなに心に染み入るのはなぜだろうと考えて、彼の寂しそうな様子に気がついた。

あぁ、彼も自分と同じなんだ――

生まれも境遇も全く違う、けれどもきっと彼も私と同じ思いをしてるのだろうと、何となく悟ってしまった。

そんな彼が自分に言い聞かせるように、信じ込ませるように言った言葉だから、同じ気持ちの私にも同じように感じられるのだ。

 

 

「はぁ……」

 

 

 

不意に、彼はつま先で何度か地面をたたいて、リズムを取り始めた。かと思うと、目を閉じて何かを小さく歌を口ずさむ。

 

The Beatles『Nowhere man』

 

その曲のタイトルと意味を知ったのはずっと後になってのことだった。

ただ、意味はわからなくても彼の錆を含んだ声で紡がれるその歌は心地よくて、何だか暖かい気持ちになれた。

いつのまにか、沈んでいた気持ちはどこかに消え去って、肩の荷が下りたような気分だった。

 

 

 

 

 

 

「さて、と」

 

 

歌い終えると彼は腕時計を確認して大きく伸びを一つ。

 

 

「そろそろ帰らないと面倒くさいことになりそうだ。……まぁ、せいぜい頑張れよ」

 

 

それだけ言って踵を返そうとする彼を私は慌てて引き止める。

一つだけ、言いたいことがあったから。

 

 

「あの……津田くん?」

 

「津田……くん?……まぁいいや。何だ、嬢ちゃん」

 

「私と、友達になってくれる?」

 

 

勇気を振り絞って言ってみた。

言ってから恥ずかしくなって顔をうつむけていると、しかしいくら待っても返事は帰ってこなかった。

そっと、伺うように目線を上げてみると、津田くんは困ったような顔をしてタバコの煙で輪っかを作っていた。

 

 

「あー……」

 

 

心の底から困ったように彼は空を仰ぐ。

やっぱりそんな反応だろう。知り合ってすぐの子供にそんな事を言われたらそれが正しい反応なのだろう。

でも彼は、

 

 

「そうだな……別にお前が俺をどう呼ぼうと勝手だが……こんなロクでもない奴意外にも友達は出来るだろうよ?」

 

「……」

 

 

思わず黙り込んでしまう。そんな私を見ながら、彼は優しく――本当に惚れ惚れするような暖かい微笑みを浮かべ、

 

 

「信じろ。いつかきっと、お前の周りにはそりゃ凄い仲間がいるってな。こんな奴じゃなくて、誇れるような友達がきっと出来る」

 

「ホントに?」

 

「あぁ、本当だ。さっきの歌にもあっただろ?『世界は君の思うがままに』ってな。ようは気のもちようさ」

 

 

そう言うと、彼は今度こそ踵を返して私に背中を向けた。

 

 

「まぁ――こっから先、お前と会うことはないだろうけどよ」

 

「?」

 

 

振り返りもしなければ、こっちに顔さえ向けずに彼は言う。

 

 

「また何かの拍子に会うことがあれば……そんな縁があったなら、その時は好きに呼んでくれて構わない」

 

「え?」

 

「“友達”――ってな」

 

 

――あばよ、嬢ちゃん

 

 

そう言って後ろ手に手を振って遠ざかっていく彼の姿。

ぱしゃり。カメラでその背中を切り取って写し取る。

パパからもらったカメラは一人で遊ぶのにいい趣味だった。でも、写真を撮るのはきっとこれが最後になるのだろう。

 

縁があったら――

 

彼はそう言ったけれど、いつかまた彼とは出会う予感がしていた。だからその時に、約束を忘れないように、そっとその背中を切り取ったカメラを撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして月日は流れる。

 

 

 

 

 

普段から賑わいを見せる昼時の購買部。

でもその日に限ってその賑わい方はいつもと違った。聞いた話では店員さんに若い男の人が来ているらしい。

少しだけ興味がわいて向かってみたが、残念ながら私が着いた時には店は終わってしまっていた。

 

 

「あれ?」

 

 

諦めて教室に戻ろうと振り返った廊下の先に、ちらりと見えた男性の後ろ姿。

一瞬の出来事だったが、それは見覚えがあるものだった。

 

気がついた時には駆け出していた。

 

いろいろな場所を見て回って、やがてたどり着いたのは体育館の裏手。何でこんなところに来てしまったのか、自分でも分からない。

強いて言うなら、勘……だろうか。

 

 

『やってられっか!!』

 

 

不機嫌そうな声が聞こえた。

昔よりも低く、錆びた声。でも間違いなかった。

漂ってくる紫煙の匂い。それがまた懐かしい。

きっと彼は私のことなんて覚えていないだろう。でもそれでも良い。あの日のことは私がちゃんと覚えている。

私の初めての“友達”のこと。

 

 

「いーけないんだ」

 

 

そう言って私は彼の前に姿を見せて――

 




こんばんは、北屋です。

はい、今回は希と京助の出会いの話でした。
本編中で希が京助を”津田くん”、”友達”と呼ぶのはこういう事が昔あったからで……
もっとも、京助自身はそのことをちゃんと覚えていない&昔あった女の子が希と気付いていないという情けない状態なんですがorz

次回は1年生の誰かの短編になると思います。

ではでは
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