ラブライブ! ―夢を追って―   作:北屋

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fragment 3 猫と嘘

小学校からの帰り道。

今日は珍しいことに、幼馴染のかよちんと一緒じゃない。

今日は用事があったみたいで、一足先に帰っちゃって、いつも二人で帰る道がちょっぴり寂しいような……

 

そんな風に思いながら、公園の中を通り抜ける。

二人の時はめったに使わない家までの近道。かよちんと話すのが楽しくて、早く家に着いちゃうのがもったいないからだけど、一人だけの今日は別。

 

足音も軽やかに、走ってみれば頬を撫でる風が気持ち良い。

たまには――たまーになら、こんなのも悪くはない、かな?

 

 

「あれ?」

 

 

ふと道の横に置かれたダンボール箱が目にとまった。

何か白い紙が貼ってある、小さなダンボール箱。

 

何だろう?

 

気になって近づいてみると、ごそごそと小さく箱が動いた。

好奇心には勝てなくて、おっかなびっくり蓋をあけてみて……びっくり!

 

 

「あ!」

 

 

ダンボールの中から、小さくて可愛らしい顔が飛び出した。

驚いたように目を丸くしてこちらを見つめてくる子猫。

 

にゃあ

 

 

「にゃー!」

 

 

小さな鳴き声に思わず返してしまう。

か、可愛い!!

そっと頭を撫でて上げると、目を細めてゴロゴロと喉を鳴らして、凛の手をペロペロと舐めてきた。

くすぐったくて、自然と笑みがこぼれ落ちてくる。

 

ふと、猫ちゃんから視線を外すと、ダンボール箱に書かれた文字が目に入ってきた。

 

『ひろってください』

 

テレビとかでよく見るフレーズだけど、実際にこうして見るのは初めてだった。

どうやらこの子は捨て猫らしい。

 

にゃー

 

そういって見上げてくる猫ちゃんと目があった。

 

うちに連れて行ってあげる!

 

思わずそう言ってしまいそうになったところで、くしゅん!

はながムズムズしだしてくしゃみがでちゃった。

 

猫アレルギー……

 

こんなに猫ちゃんが大好きでたまらないのに、あんまり長く触れていられないのがもどかしい。

これくらい我慢――できなくはないけど、きっと家に連れて帰ったらお母さんに反対されるに決まってる。

 

どうしよう?

 

猫ちゃんの目が何かを期待しているように見えて心が痛むけど、凛に出来るのは……

 

 

「また、明日も来てあげる!」

 

 

ダンボール箱ごと猫ちゃんを木陰に移してそう言うことだけだった。

 

にゃー……

 

凛の言葉に納得したように聞こえたのは、きっと気のせい。

凛が来たところで何がどうなるってわけでもないけど……そうだ、明日はかよちんと一緒に来よう。

二人で考えれば何かいい方法が思いつくかもしれない!

 

 

 

 

 

「かーよーちーん!こっちこっち!はやくはやくー!」

 

「ま、待ってよ凛ちゃん!」

 

 

猫を見つけた翌日。

約束どおり、凛は今日も猫ちゃんのところにやってきた。昨日会ったばっかりだけど、あの子が元気にしているか、今日一日不安で仕方なくてそわそわしてた。

今日はかよちんと一緒だったけど、公園の入り口についたらいてもたってもいられなくなって、かよちんを置いて駆け出しちゃった。

 

 

「えっと、あの子は……」

 

 

きょろきょろと、辺りを見る。昨日、どこに動かしたんだっけ?

ここでもない、あそこでもないとひとしきり見渡して――あった!

 

……けど、あれ?

 

木の下にぽつんと置かれたダンボール箱、その中にちょこんと可愛らしくお座りをしている猫ちゃん。

そして、ダンボール箱の前に座り込む、見知らぬ人影。

真っ黒な服を着込んだ、男の人。ここから見える横顔は――なんだかとっても怖かった。

その人と猫ちゃんは微動だにせずにじっと目を合わせたまま。まるで睨み合いでもしているようだった。

 

と、急に男の人が手を動かした。ゆっくりと、猫ちゃんに右手を近づけていって……

 

 

「こらぁっ!!猫ちゃんをいじめるな!!」

 

 

思わずそう怒鳴って、気付いた時には凛は駆け出していた。

昔から考えるよりも先に体が動いちゃうのは良くない癖。

でも、そんなことより今は猫ちゃんのことだ。あんなに可愛いのに、苛めるなんて許せない!

そう思ってその人のところに駆け寄っていく。

 

 

「え?」

 

 

振り返った男の人と目があった。

よく見れば、近所の高校の制服を着た、凛よりもずっと年上の男の子だった。つり上がった目で真っ直ぐに見つめられたら体中からへなへなって力が抜けてしまうような気がした。

まさに蛇に睨まれた蛙……

 

でも、今は怖がってる場合じゃ、ない……猫ちゃんのためにも頑張らなきゃ!そう自分を勇気づけて、もう一度、

 

 

「猫ちゃんをいじめるな!!」

 

 

やっぱりその男の子は怖くて、目を閉じながら大きな声をだす。

きっと怒鳴られるんだろうな――そう思って身構えるけれど、いつまでたっても男の子は何もしてこなかった。

恐る恐る薄目を開けてみると、男の子は凛を見たまま、きょとんとした顔をしていた。

 

 

「えっと……」

 

 

にゃー

ごろごろ

 

差し出した手に、猫ちゃんが頭をこすりつけて、幸せそうに鳴いている。

その人はその様子と凛を見比べながら、困ったように微笑んだ。

 

 

 

 

 

「ごめんなさい!」

 

 

思い切り頭を下げて謝る。

どうやら凛ってば勘違いしてたみたい。はぁ……

しょんぼりする凛に、男の子は笑いながら、

 

 

「いや、いいよ。俺もこんな見た目だしな……」

 

 

つり目を気にしているのか、おどけるように自分のほっぺたをつねって、もう片方の空いた手で子猫の喉を撫でる。

最初に見たときは子猫を苛める悪い人だと思ったけど、そんなことはなくて――どこにでもいそうな普通のお兄さんだった。

 

 

「えっと……しかし、こんなところに可愛いらしい子が一人、何してんだ?」

 

「え?」

 

 

突然の言葉にびっくり。

可愛らしい……

今まであんまり言われたことのない言葉だった。

むしろ女の子っぽくないとか、男の子みたいって言われることが多くて、それはあまりにも新鮮だった。――っていうより、誰でも急にそんなこと言われたらびっくりするよね?

何て返していいのかわからなくて一人で固まっていたら、

 

 

「……あぁ、捨て猫か。可愛らしいやつめ」

 

 

ぼそりと呟いて、お兄さんは猫ちゃんをわしゃわしゃと撫で付ける。

あぁ、何だ、凛のことじゃなくて猫ちゃんのことか。

何だかちょっと――ちょっとだけ寂しいような不思議な気分。

 

 

「んで、お嬢ちゃんはどうしたよ?」

 

 

首をかしげながらお兄さんが凛に聞いてくる。

 

 

「え?あ、凛は昨日その子を見つけて――それで気になったんで、今日も来ようかと思って」

 

「そうか……お嬢ちゃんはこいつの友達ってわけか」

 

 

にゃ!

 

お兄さんの呟きに反応するみたいに猫ちゃんが短く鳴いた。

 

 

「ん?あぁ、なるほどな……」

 

にゃー!

 

 

「あー……」

 

 

にゃ

 

ぷっ!

お兄さんが声を出すと猫ちゃんが反応して、それがまるでお話をしているみたいで何だか可笑しくて、思わず吹き出しちゃった。

 

 

「……んで、お嬢ちゃんや。この子どうするんだ?」

 

 

思い出したようにお兄さんがひょいと顔をあげて尋ねてきた。

 

 

「さすがにずっとここに置いといてやるのも可愛そうだが……あいにく俺の家は飲食店でな。動物はちと……」

 

 

はぁ、って。心の底から残念そうにお兄さんはため息をついた。

 

 

「凛のうちも、ちょっと……」

 

 

気持ち的には今すぐにでも連れて帰りたいくらいなんだけど、そういうわけにも行かなくて。

本当にどうしよう?

お兄さんの言う通り、こんなところじゃ流石にかわいそう。

 

 

「うーん……仕方がない。ちっと飼ってくれそうな奴探してみるか」

 

「本当に!?」

 

「あぁ。だが嬢ちゃんや。悪いんだが嬢ちゃんの方でも友達を通じて探してみてくれないか?俺だけじゃ、ちっとばかしキツいし――早く見つかるに越したことはないから」

 

「うん!」

 

 

予想外の展開に、大きく頷く。

正直な話、凛とかよちんだけでどうにか出来るかちょっと不安だったんだけど、高校生のお兄さんが一緒っていうだけで、何だか上手くいくような気がしてきた。

 

 

「ありがとう、お――くしゅん、おじさん!」

 

 

あ……

急にはながムズムズしてきて出てきたくしゃみ。そのせいで噛んじゃった……

 

 

「お、おじさん!?」

 

 

しかもしっかり聞こえちゃったみたいで、お兄さんがショックを受けたように目を白黒してる。

や、やっちゃった!

 

 

「ち、違うの!ほら、あの、大人っぽいから、その!!」

 

 

慌ててフォローしようとするんだけど、慌てすぎちゃって本当のことが言えない。あぁ、どうしよう……

 

 

「……それは、俺が老けてるってことか?」

 

「うん!」

 

 

あー!!

違うの!そんな事言いたいわけじゃなくて!

でも時すでに遅し。

凛が思い切りうなずいたのを見るやいなや、お兄さんはがっくりとうなだれてしまった。なんだか見ているこっちの気が重くなってくるような落ち込み方――もしかして気にしてたのかな?

悪いことしちゃった……

 

 

「……ともかく、だ。それじゃ俺の方でも動いてみるけど、お嬢ちゃんも友達当たってみてくれよ?」

 

 

お兄さんは軽く咳払いすると、そう言って猫ちゃんの頭をもう一度軽く撫でる。

その仕草はとても優しくて、最初に見た時の怖さが嘘みたいだった。

 

 

『凛ちゃーん!どこにいるのー!?』

 

 

遠くからかよちんの声が聞こえてきてはっとする。

そういえば、この子をどうしようか相談しようと思ってかよちんを連れてきたんだった!

 

 

「ごめん、かよちん!こっちだよ!!」

 

 

大きく手を振ると、気がついたかよちんがこっちにかけてくるのが見える。

 

 

「ごめんね!!凛ってば、猫ちゃんのことで夢中になってた!」

 

「ううん、大丈夫だよ。……この子がその猫ちゃん?」

 

 

ダンボール箱から顔を出した猫ちゃんを見て、かよちんが目を輝かせる。

猫ちゃんもかよちんのことを気に入ったみたいで、差し出された指先をぺろりと舐めた。

 

 

「あ、おじさん!紹介するね、この子は……」

 

 

かよちんのことを紹介しようと後ろを振り向く。

でもそこに、さっきまで確かにいたはずのお兄さんの姿はなかった。

 

 

「あれ?」

 

「どうしたの、凛ちゃん?」

 

 

かよちんが首をかしげながら見上げてくる。

おかしいな、さっきまでここにいたはずなのに……

まさか幻だったのかな?

そう思った時、かさかさと木の葉っぱが音を立てる。公園の中を吹いた小さなそよ風は何だかタバコ臭いような気がして――でも、それが別に嫌でもなくて、変な気分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺がその日、公園に行ったのはただの偶然。

学校で嫌なことがあって、むしゃくしゃしながらの帰り道。無性にタバコが吸いたくなって喫煙所を探して入りこんだだけだった。

あいにくとその公園に喫煙所はなくて、適当にその辺で吸おうにも、ガキがやたら多くてそういうわけにもいきやしない。

仕方がないから煙の届かないところまで行こうと思って小道をそれたところまで。

 

 

「ん?」

 

 

hi-lightを取り出そうとポケットをあさっていたら、足元に転がるダンボール箱が目に付いた。

『ひろってください』

何だか見たことのあるような文字列だった。

これはまさかとは思うが……

 

 

「!」

 

 

予感的中。

目の前でゴソゴソと箱が動いたかと思うと、中から顔を出したのは一匹の子猫だった。

丸い目を見開いてじっと見つめてくるその姿が無性に可愛らしい。

 

 

「……」

 

 

にゃー

 

 

俺の顔を見つめながら、猫が小さく鳴いた。

何を訴えているのか分からないが、こうしてじっと見つめられていると――勘弁してくれ。

 

心の中で悪態を付きながらもそっと子猫の頭に手を伸ばす。

 

――昔から猫は大好きなんだ。

 

真ん丸な瞳に、何だか偉そうな表情。しなやかな動き。どれをとってもこれほどまでに愛くるしくて完璧な獣なんて、この世界広しといえど猫以外にいやしまい。

特に子猫ともなれば別格だ。

 

 

「こらぁっ!!猫ちゃんをいじめるな!!」

 

 

子猫に手を伸ばした途端、急に後ろから声を掛けられた。

 

 

「え?」

 

 

振り返ってみると、そこには女の子が一人。

俺よりも大分年下――小学生くらいか?目尻を釣り上げてこっちを睨みつけているが……

俺、何かしたか?

いや、猫をいじめるな……?

 

 

「猫ちゃんをいじめるな!!」

 

 

女の子は目をつぶってもう一度大きな声でそう言った。

あぁ、ようやく合点がいった――けど、いや、ちょっと待てよ……

 

 

「えっと……」

 

 

にゃー

ごろごろ

 

空気を読んだのか読んでないのか、差し出した俺の手に猫が頭をこすりつけて、幸せそうに鳴いている。

気まずい沈黙。なんつーか、笑うしかなかった。

 

 

 

 

 

「ごめんなさい!」

 

 

思い切り頭を下げて謝られた。

どうやら勘違いされてたみたいだが、誤解が解けて良かった。

っていうか、そんなに頭下げんでくれ。ガキをいじめてるみたいで座りがわるいじゃねぇか。

 

 

「いや、いいよ。俺もこんな見た目だしな……」

 

 

おどけるついでに自分の頬を引っ張る。祖父さん譲りのつり目の所為で良く女子供に怖がられちまう。別にそんなつもりはないんだが……

なおしょんぼりした様子が抜けない女の子を見ていたら、気まずくなってきて、仕方がないから話しかけて――みようとするんだが、あいにく生まれついての口下手。

何を言えば良いのか、会話の糸口が分からない。

こまったな……

 

 

「えっと……しかし、こんなところに可愛いらしい子が一人、何してんだ?」

 

 

何も思いつかないから、むしろ逆に思った通りのことを言ってみた。

でもすぐに失敗に気がつく。

いくらガキ相手でも、女の子にこんなこと言うのはやっぱり小っ恥ずかしい。

 

 

「え?」

 

 

ほらみろ、びっくりしてんじゃねぇか……

心の中で舌打ちを一つ、子猫の頭を撫でながら、

 

 

「……あぁ、捨て猫か。可愛らしいやつめ」

 

 

さっきのセリフは猫に宛てたもの。無理矢理に言葉を続けて前の言葉を濁す。

すまん、猫。後で煮干やるから許せ。

 

 

「んで、お嬢ちゃんはどうしたよ?」

 

 

今度は言葉をちゃんと選んで尋ねてみる。

この子もどうやらこの猫が目当てできたみたいだが……やっぱちっと気になるな

 

 

「え?あ、凛は昨日その子を見つけて――それで気になったんで、今日も来ようかと思って」

 

「そうか……お嬢ちゃんはこいつの友達ってわけか」

 

 

にゃ!

 

俺がつぶやくと、猫が返事をした。

 

 

「ん?あぁ、なるほどな……」

 

にゃー!

 

 

「あー……」

 

 

にゃ

 

 

うん。何言ってんのか分からねぇ。

さすがの俺でも猫の言葉は理解できないが、その可愛さだけは死ぬほど理解出来る。

今すぐ持ち帰って俺の家族に迎えたい気分になるが、そうもいかねぇんだよな……うち、飲食店だし。

なかなかに難儀なもんだ。

 

 

「……んで、お嬢ちゃんや。この子どうするんだ?」

 

 

自分にできないことを他人に求めるのは好きじゃないが――それでももしかしたらって願いをこめて尋ねてみる。

 

 

「さすがにずっとここに置いといてやるのも可愛そうだが……あいにく俺の家は飲食店でな。動物はちと……」

 

 

「凛のうちも、ちょっと……」

 

 

まぁ、そうだよな。世の中そんなに簡単にいくわきゃない。

何かを成したいなら――俺みたいなのが何かを願うなら相応に汗をかかにゃならんってわけか。

 

 

「うーん……仕方がない。ちっと飼ってくれそうな奴探してみるか」

 

「本当に!?」

 

「あぁ。だが嬢ちゃんや。悪いんだが嬢ちゃんの方でも友達を通じて探してみてくれないか?俺だけじゃ、ちっとばかしキツいし――早く見つかるに越したことはないから」

 

「うん!」

 

 

見ず知らずにガキ相手であんまり期待しているわけでもないが、文字通り今は猫の手でも借りたいところ。何かの足しにはなるだろうし、俺の負担が減るなら越したことはない。

なんて、そんな思惑があったんだがこの子の嬉しそうな顔を見たら――何故だか頑張らなきゃって気分になった。

ったく、俺らしくもねぇ。

 

 

「ありがとう、お――くしゅん、おじさん!」

 

 

感謝の言葉ってのは慣れないとやっぱ照れくさいもんだ。こう、背中のあたりがもぞもぞしてこそばゆい……

って、ん?

今なんつったよ?

 

 

「お、おじさん!?」

 

「ち、違うの!ほら、あの、大人っぽいから、その!!」

 

 

慌ててフォローしようとしてんのは分かるんだが、いや、それフォローになってないから……

 

 

「……それは、俺が老けてるってことか?」

 

「うん!」

 

 

がくり、と。

体から一気に力が抜ける。

……なんつーか、怒る気も起きなかった。そりゃ、そんな元気よく言い切られちゃね……

 

気を取り直して、

 

 

「……ともかく、だ。それじゃ俺の方でも動いてみるけど、お嬢ちゃんも友達当たってみてくれよ?」

 

 

女の子が頷いて何かを言おうとしたら、そのタイミングでどこからか別の女の子の声が聞こえた。

あぁ、どうやらこの子の友達らしい。

どれ、邪魔者は退散するかね。

そっと、何も言わずに踵を返して歩き出す。ちょっと歩いたところで何をしに道をはずれたのかを思い出して、タバコに火を点けた。

 

どれ、里親探しか……忙しくなりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

子猫とおじさん……じゃなかった、お兄さんと出会ってから1週間が過ぎた。

毎日のように猫ちゃんのところに通ってるけれど、あのお兄さんとはあれ以来会っていない。

でも凛が来るといつも必ず煮干とかキャットフードの袋、ミルクが入ったお皿が置いてあったりするから、お兄さんも暇を見つけてちょくちょく見には来てるみたい。

どうやら入れ違いになってるみたい。

困ったなぁ、猫ちゃんを拾ってくれる人見つかったかどうか聞きたいのに。

凛の方でも友達みんなに聞いて回ってみたけど、答えはやっぱりノーだった。思ったよりも難しいなぁ……

 

昨日もダメで、今日もダメ。一昨日もそのまた前もやっぱり誰に聞いてみてもダメ。

 

その度に猫ちゃんのところに報告にきて、今日もだめだったよって言うと、猫ちゃんはそんな事知らないから凛の手をペロペロって舐めるんだ。

大丈夫。心配しないで。

何だかそう言われてるみたいで心があったかくなってくる。

 

あーあ。今日も猫ちゃんに慰められるのか……いい加減、嬉しい報告をしてあげたいのに。

そんなことを思いながら、公園の小道をそれていく。

今日はお土産に給食の焼き魚をこっそり持ってきたんだ。

喜んでくれるかな?

 

いつもの木の下まで一直線にかけていくと、あれ?

見覚えのある人影――お兄さんが立っていた。だけどなんでだろう?あるはずのダンボール箱が見当たらなかった。

 

 

「おじさん!」

 

「……お嬢ちゃんか」

 

 

振り返ってこっちを向いたお兄さんは何だか元気がないように見えた。

“おじさん”からかうつもりでそう呼んだのにまるっきり反応がない。

 

 

「おじさん、猫ちゃんどうしたの?」

 

 

そう聞いてみたら、お兄さんははっと息を飲んで寂しそうな表情を浮かべた。

まさか――

 

 

「あの子なら……」

 

 

嫌な予感がする。

その先の言葉を聞きたくなかった。でもお兄さんは凛の考えなんてわからないから、その先をゆっくりと続けていく。

 

 

「あの子なら、飼ってくれるって人が見つかったんだ。急な話だったから、お嬢ちゃんには言う暇がなくて……本当にごめん」

 

 

がくり。

思わず転びそうになった。

何だ、もしかして猫ちゃんに悪いことがあったんじゃないかって心配しちゃったよ……

お兄さんもそんなもったいぶった言い方しなくていいのに。

 

でも、良かった。

新しい飼い主さん、いい人だといいな……ほんとうに、ほんとうに良かった

 

 

「お、おい、お嬢ちゃん?」

 

 

お兄さんが慌てたような声を出す。

 

あれれ?

何で目の前がかすむんだろう。

嬉しくて、良い事があったはずなのに、なんで涙がでてくるんだろう。おかしいな……なんで、こんなに寂しいんだろう?

おかしいって分かってるのに、涙が止まらない

 

 

「……お嬢ちゃん」

 

 

お兄さんが凛に視線を合わせるようにしゃがみこむ。

そして、ぽん。

お兄さんの手が凛の頭の上に乗せられた。大きくて、柔らかくて、とっても暖かい掌の感触が心地いい。

 

 

「ごめんな……寂しくなっちまったな……」

 

 

それだけ言って、お兄さんは凛の頭をそっと撫でた。

お兄さんの手の感触は暖かくて、優しくて――気がついたら凛の涙は止まってた。

 

 

「おじさん……」

 

「なんだ?」

 

「猫ちゃん、可愛がってもらえるかな?」

 

 

そう聞いたら、お兄さんもすごく寂しそうな顔を見せた。

何だか今にも泣きそうなのに、それを押し殺してるみたいな辛そうな顔。でもそれも一瞬のこと。

お兄さんは優しく微笑んで、

 

 

「あぁ。きっと幸せに暮らしてるよ」

 

 

その言葉だけで。

それだけで凛は何故だか安心できて、安心したらまた泣けてきちゃった。

結局お兄さんは凛が泣き止むまでずっと、ずっとそばにいてくれた。

 

 

 

 

 

結局、あのお兄さんにはあの時以来会うことはなくて、そのまま凛は今、高校生。

でも今でもあの時のことはふとした拍子に思い出すことがある。

猫ちゃんを見ると、あの時の子を思い出したり……当たり前だけど、あの子とはずっとあっていない。幸せで、元気でいてくれるかな?

 

そうそう、思い出すって言えばあの優しいお兄さんのこととかもこの頃思い出す機会が多くなった。……そう――例えば、

 

 

「おじさん!ジュースお代わり!!」

 

「誰がおじさんだ小娘!」

 

 

不機嫌そうなおじさんの横顔が、たまに何だか懐かしく感じることがある。

もしかして――

 

 

きっと、違うよね?

 

 

「どうした、嬢ちゃん。俺の顔に何かついてるのか?」

 

「え?ううん!なんでもないにゃ!」

 

 

そうだよね、きっと――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの子猫に、そしてあの元気のいい女の子に出会ってから一週間が過ぎた。

時間を見つけては――ってか、時間を作っては毎日のように猫の顔を見にきてるが、どうやら入れ違いになっているようで、あの女の子とは出会っていない。

ちと弱ったな、この子の里親、見つかったかどうか聞きたいんだけど……

里親探しと張り切ってみたものの、今日の今日まで名乗りをあげてくれる奇特な奴はいなかった。

いつも訪れる度に悪い報告ばかりで、その度に猫には何故だかタイミングよく溜息をつかれる。

まぁ、次は頑張れよ。

そう言われているみたいで、何だか妙な気分になってくるが――

まぁ、やると言った手前、頑張らなきゃ俺じゃねぇな。

 

とはいえ、今日も今日とて悪い報告。最後の頼みの綱だった、クラスメートの小泉に頭を下げてみたんだが答えはノー。思ったより難儀なもんだ……

 

また今日もため息をつかれると思うと気が重い……そろそろいい報告をしてやりたいもんなんだがな。申し訳ないが、今日は奮発して買ってきた高級煮干でご機嫌伺いといくか。

 

 

 

公園の道をそれ、いつもの木の下に向かう。

 

 

「んあ?」

 

 

見慣れたダンボール箱、でもいつもと何かが違うような気がした。

何だ、この違和感……首をかしげたら、その正体に気がついた。いつもなら俺が近寄れば顔を出してくるあいつが、今日はいやに静かだった。

まさか……嫌な予感がする。

焦って震える手で、そっと箱の蓋を開ける。

 

しかし、そこにはあいつの姿はなかった。

予想した最悪の事態にはなってなくて少しだけ安心したが、すぐに不安が湧いてくる。

 

 

「マジかよ……おい、猫!」

 

 

こんなことなら名前をつけておけばよかった。

猫だのにゃーだのみーだの、適当なことを――しかし俺自身は必死で言いながらあいつの姿を探す。

公園の中を隅から隅までくまなく、何時間も探し続けて……結局あいつの姿は見つからなかった。

あんな小さな体でどこに行ったんだ……不安だけが募っていく。もしかしたら、誰か優しい人が拾ってくれたんじゃないかって――そんな都合の良い事を考えてみたりしたけれど、不安はなくなってはくれなかった。

 

一人呆然と立ち尽くしていると、遠くから誰かの足音が聞こえてきた。ぱたぱたと、慌ただしくてどこか可愛らしい駆け足の音。

それが誰のものか分かった時には、俺はそれが当然のことでもあるかのようにダンボール箱をたたんで見えないところに隠していた。

 

 

「おじさん!」

 

「……お嬢ちゃんか」

 

 

振り返ってみれば予想通り。

“おじさん”……からかうような調子だったが、あいにくと反応してやれる気分じゃなかった。

 

 

「おじさん、猫ちゃんどうしたの?」

 

 

何か気がついたのか――恐る恐るという風に女の子が尋ねた。

こういう時、何で子供はこんなに勘が良いのかねぇ……

 

 

「あの子なら……」

 

 

正直に見たままを話そうか――

そう思ったが、女の子の顔を見たらそんなことは出来なくなった。何かあの子にあったんじゃないかって、不安そうな顔。

 

 

「あの子なら、飼ってくれるって人が見つかったんだ。急な話だったから、お嬢ちゃんには言う暇がなくて……本当にごめん」

 

 

嘘を、ついた。

本当のことを言ったらこの子はきっと心配して悲しむだろう。

 

例えほんの一時でも安心させてやれるなら……このくらい、なんてことない。こんな小さな嘘、いくらだってついてやる。

 

 

「お、おい、お嬢ちゃん?」

 

 

なんて、一人格好つけていたら俺の目の前で女の子は泣き出してしまった。

弱ったな、泣かせるつもりなんてなかったのに……

 

 

「……お嬢ちゃん」

 

 

あいにく、小さな女の子を泣き止ませる方法なんて俺には分からない。

どうすれば良いのか分からず、一先ずしゃがみこんで目線を合わせ――気がついたら俺は彼女の頭に手のひらを置いていた。

 

 

「ごめんな……寂しくなっちまったな……」

 

 

それだけ言って、頭をそっと撫でる。

俺がもっと頭のいい奴だったら、もっと気の利いた嘘をついてやることもできたのかな?

つくづく不器用で、頭の悪い自分が嫌になってくる。

 

 

「おじさん……」

 

「なんだ?」

 

「猫ちゃん、可愛がってもらえるかな?」

 

 

その一言が、俺の胸を抉った。

 

 

「あぁ。きっと幸せに暮らしてるよ」

 

 

きっと――

 

きっと大丈夫。それは自分に言い聞かせるための一言だった。

 

ごめんな……

 

胸の中で小さく呟いた。

 




こんばんは、北屋です。
思いのほか凛ちゃんの描き方に難航しました……

まぁ、皆さまお気づきでしょうが、この短編シリーズはμ'sメンバーと主人公の過去の出会いを描いていくものです。かつてあったはずの絆の物語……なんてちょっとクサいですがw

次回は花陽ちゃんの短編です!
早めに更新しますので乞うご期待!
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