ラブライブ! ―夢を追って―   作:北屋

37 / 62
fragment 4 兄の思い

「ただいまー」

 

 

家に帰ってくると、自然と言ってしまう一言。

お母さんもお父さんもまだお仕事に行っていて、誰もいないはずの家の中から返事は帰ってこない。そう分かっていてもつい言っちゃうのはなんでだろう。

 

 

「おーう、お帰り」

 

 

でも、今日は違った。

低くてどこか気怠げな声が一つ。ちょっとびっくりしながらも、聞きなれたその声と足元に乱暴に脱ぎ捨てられたボロボロのスニーカーを見て、お客さんが来ていることに気づいた。

自分の靴とお兄ちゃんの靴、それにお客さんの靴を揃えてリビングに向かうと、思った通りの人がソファーに座ってこっちを見ていた。

 

 

「こんにちは、妹ちゃん。邪魔してるぜー」

 

「こ、こんにちは……」

 

 

にかっと笑って手を振ってくるその人に、今日こそはちゃんと挨拶をしようと思うのだけど、やっぱり目の前にしてみると上手くいかない。

失礼だって分かってるのに、緊張して声が尻すぼみになって、最後の頃にはもごもご言ってるようにしか聞こえない。

そんな私の様子にも慣れたのか、その人は優しく微笑んで、

 

 

「ごめんな、いつも押しかけて」

 

「いえ、そんな……」

 

「すまないと思ってるなら、人の家に入り浸るのやめろよな」

 

 

キッチンとリビングの間の扉が開いて、お兄ちゃんが迷惑そうに呟きながら出てくる。

でも、それは本心からじゃないみたい。

迷惑そうなのにどこか嬉しそうにお兄ちゃんは麦茶の入ったグラスを差し出す。

 

 

「あぁ、サンキュ……まぁ、そう言うなって小泉よ。俺とお前の仲だろうに」

 

 

楽しそうにグラスを受け取って、きょーさんは一気に半分の麦茶を飲み干した。

 

 

「きょーさん、今日も来てるんだ」

 

 

きょーさん。

お兄ちゃんが高校に入ってから出来た友達。

最初に会った時は、目があった途端に泣きそうになったのを覚えてる。何か言ったら怒られるんじゃないかってくらいに機嫌が悪そうなつり上がった目。怖い人だと、そう思った。

でも、本当はそんなことなくて……話してみたら優しいお兄さんだった。

 

お兄ちゃんときょーさん。

私のお兄ちゃんはどっちかって言うと私と同じで少し地味で気弱な感じで、どっちかっていうとインドア派だけど、きょーさんはその正反対。

バンドでギターをやっていたり、休みの日になると家を飛び出してどこかに遊びに出て行ったり。

そんな二人なのに、こうしてよくきょーさんはお兄ちゃんと遊びにうちにくる。これもお兄ちゃんに聞いた話なんだけど、やっぱりお兄ちゃんに最初に話しかけて来てくれたのはきょーさん。

入学式の日、一人でいたお兄ちゃんに話しかけてきてくれたのが縁で、よく話をするようになって、気がついたら仲良くなっていたらしい。

性格も何もかも正反対なのに、不思議と馬があったんだって。

何だか私と凛ちゃんみたい。

 

 

「ってか、そのきょー“さん”なんて畏まらなくていいぜ。呼び捨てでも俺は構わないしな」

 

 

そう言ってきょーさんは麦茶を飲みながら私に笑いかけてくる。

こうしてたまに見せてくれるこの人の笑顔はとっても暖かくて――なんだか落ち着くのはなんだろう?

突然話を振られて反応できないでいる私に、きょーさんはにこにこと、期待したような目を向けてくる。

えっと、それじゃ……

 

 

「えっと……それじゃ、……きょーお兄さん?」

 

 

きょーさんがむせた。

 

 

「げほっ……っ、そう来たか……げほっけほっ」

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 

おろおろとする私に掌を向けて、大丈夫とジェスチャーをすると、きょーさんは呼吸を落ち着けて、

 

 

「いや、不意打ちでそれは反則だろ……」

 

「あ……ごめんなさい」

 

 

やっぱりこんな呼び方は失礼だったのかな?

 

でも、しゅんとする私を見て、きょーさんは慌てて手を振りながら、

 

 

「いや、謝らなくていい……てかその呼び方気に入った」

 

「え?」

 

「“お兄さん”か。悪くないな、いや、むしろ是非積極的にそう呼んでくれ」

 

「お兄さん?」

 

 

戸惑い勝ちに口にすると、きょーさん改めお兄さんは嬉しそうに無言のままこっちが見ていて恥ずかしくなるくらいのガッツポーズを決めていた。

……こんな嬉しそうなきょーさん、初めて見た。

 

 

「……おい」

 

「っ!いや、俺一人っ子だからさ、なんつーかこういう呼び方新鮮で……」

 

「ほーう……?」

 

 

何だかお兄ちゃんが睨むようにお兄さんを見ている。

どうしたんだろう?

 

 

「べ、別に他意はないって!」

 

「おれはまだ何もいってないんだが……?」

 

 

いつも不思議なんだけど、たまーにこうやって二人でよく分からない話題で喧嘩みたいになる。

お兄ちゃんに後で聞いてみても言葉を濁されてばっかりで、よく分からない。

 

 

「ま、まぁともかく。妹ちゃんや、久しぶりに三人でゲームでもするか?」

 

 

話題を変えるみたいにお兄さんがコントローラーを掲げて見せてきた。正直お兄ちゃんやお兄さんと一緒にゲームをするのは楽しいけれど、でも……

 

 

「ごめんなさい。来週テストで、勉強しなくちゃならなくて……」

 

「あー……それなら仕方ないな」

 

「あぁ、もうそんな時期か……」

 

 

しみじみと、残念そうに呟く二人だけど、お兄ちゃん達の高校も確か来週からテスト週間じゃなかったっけ?

……うん、きっと気のせいだよね。気のせいだよね?

 

 

「じゃあ、失礼します。……ゆっくりして言ってくださいね、お兄さん」

 

 

そう言って軽く会釈をして部屋を出る。

 

 

「妹ちゃん、やっぱ可愛いよな……」

 

「な!?てめ、やっぱり――!!妹は渡さんぞ!!?」

 

「だから違ッ……危ねっバカ、やめろ!!」

 

 

閉めた扉の向こうから何だか暴れるような音が聞こえてきたけど、これもきっと気のせい……なのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中学生の頃のお兄ちゃんは今からは想像できないくらいに暗かった。

学校から帰ってくると、何も言わずに自分の部屋に入ったままで、私と話すことも少なかった。

部活にも入らず、友達と遊ぶこともなければ友達を家に呼ぶこともない。いつも辛そうな顔をして学校に行って、たまに擦り傷やあざをつけて、泣きそうな顔で帰ってくるばかり。

私やお母さん、お父さんが聞いても何も言わない。

 

何となく気づいてた。

 

お兄ちゃんが学校でクラスの人と馴染めていないこと。

苛め……なんていうほど大げさなものじゃなかったみたいだけど、毎日が楽しくなさそうで、まるで目の前が全部灰色に見えているんじゃないかってくらいにひどい目をしてた。

 

そんなお兄ちゃんを見ているのはとっても辛くて、何とかしてあげたいのに、私にはなんにも出来なかった。

何か言ってあげることもできなくて、そんな自分が余計に辛くて――

 

お兄ちゃんが中学校を卒業した時はすごくほっとしたのを覚えてる。

でも、私の安心とは違って、お兄ちゃんは全然楽しそうな顔をしていなかった。

 

違うよ、お兄ちゃん。

新しく始まる高校での生活はきっと今までとは違うんだって、きっといろんな友達が出来て、きっと楽しい日々になるんだって、そう言ってあげたかった。

 

入学式から数えて、楽しくなさそうな顔で学校に行って帰ってくる日が何日経った頃だろう。

あの人が初めてうちに来た時のことは今でも覚えてる。

 

私が学校から帰ったら、知らない男の子がリビングのソファーにふんぞり返って漫画を読んでて、凄くびっくりした。

 

つり上がった目の、怖い顔をした男の子。

 

すごく失礼なんだけど、怖くてどうしたら良いのか分からずに固まってた私に、最初に話しかけてくれたのはきょーさんが先だった。

逃げ出したい気分でいっぱいだった私に、きょーさんは目尻をこれでもかってくらいに下げて、

 

 

「こんにちは。お邪魔してます」

 

 

短い挨拶。

なのにその声はどこまでも優しくて、それを聞いただけなのに不思議と体から緊張が取れるように感じて不思議だった。

後からお兄ちゃんに聞いたんだけど、きょーさんも私にびっくりしてたみたいで、どうしたら良いのか分からなくて怖かったんだって。それを聞いたら何だか笑えてきちゃった。

 

それからきょーさんはうちによく遊びにくるようになった。お兄ちゃんと一緒にずっと漫画を読んでいたり、二人でゲームをやってたり、たまに私も一緒にテレビゲームに熱中したり。

 

静かに漫画を読んでたと思ったら、いきなり大笑いしだしたり無言で涙を流したりするきょーさんには本当に驚いた。

ゲームでお兄ちゃん――だけじゃなくて私にも負けて、本気で悔しがってるきょーさんには思わず笑っちゃった。

きょーさんがしてくれる、嘘かホントか分からない話は面白くて、いつもワクワクしながら聞かせてもらった。

 

いつの間にかお兄ちゃんも辛そうな顔をしなくなってた。

 

きっとそれはきょーさんのおかげ……なのかな?

私よりも5つも年上。見かけは――今でもちょっと怖いけど、とっても優しくて、どこかかわいいようなところがあるお兄さんが、恋とかそういう意味じゃないけど、私は好きだった。

お兄ちゃんとお兄さん。兄弟が増えたみたいでなんだか嬉しい。

 

これからもずっと、お兄ちゃんときょーさんは仲の良い友達。

 

そう思ってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはある日の放課後。

学校が5時限で終わって、友達と遊ぶ予定もなかったから、お母さんに頼まれて、私はお買い物。

今日の晩御飯はハンバーグ。

今日もきょーさんが来るのなら、せっかくだから晩御飯を食べてってもらおうか、なんて。私が家を出るとき、お母さんは笑いながら言ってた。

 

ひき肉に卵、小麦粉に野菜。いつもより重い買い物袋を持って帰り道を急ぐ。

今日の晩御飯は私も手伝うつもり。お兄さんは美味しいって言ってくれるかな?

まだお兄さんがうちに来るって決まったわけでもないのに、そんな勝手なことを考えてたら、自然と足取りも軽くなってくる。私が家に帰る頃にはお兄ちゃん達も帰ってきてるはず。

 

家まで後もう少し――

 

あと5分もしないうちに家に着くってところで、遠くにいくつかの人影が見えた。

あれは……お兄ちゃん?

 

兄妹だからかな?遠目でもお兄ちゃんの姿がはっきり分かった。

でもその横にいるのは、お兄さんじゃない。

何だ、今日はお兄さん来ないんだ……ちょっとがっかりしながらお兄ちゃんに駆け寄ろうとして、気がついた。

 

何だか様子がおかしかった。

二人の男の子が何かを問い詰めるかのようにお兄ちゃんを塀の方に追いやって……いきなり殴った。

 

 

「お兄ちゃん!」

 

 

殴られた衝撃で倒れたお兄ちゃんに駆け寄ると、男の子たちが私の方に目を向ける。

お兄ちゃんが来るな、って顔をしてたけどもう遅い。

二人は私とお兄ちゃんを見比べて、にやりと笑った。

とっても――怖くて嫌な笑い方。

それだけで足がすくむ。

逃げたいのに足さえ動いてくれない……

 

 

「さがってろ!」

 

 

いきなり、私の横を強い風が吹き抜けた。

私をかばうように飛び出した、大きな背中。

 

 

そこから先のことはあんまり覚えてない。

ただ、暴れるお兄さんの顔が、心の底から楽しそうで――

私の知ってるお兄さんと、そこにいる人が別人みたいで……お兄さんが別人になっちゃったみたいで、怖くて、怖くてたまらなかった。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

まだうずくまったままのお兄ちゃんに、お兄さんが手を差し出す。

 

 

「あぁ……」

 

 

お兄さんの手を借りて立ち上がって、お兄ちゃんはふと私の方を見た。

その時の私は驚きと不安が混じった顔をしてた――つもりだった。でも、本当は……心のそこではちょっとだけ、こんなお兄ちゃんがカッコ悪いって思ってた。

お兄ちゃんにはそれが分かっちゃったみたい。

 

――情けないところを見られた

 

そんな風に思ってたんだと思う。

 

――違うの!

 

そう言おうとして、でもまた言葉が詰まって言えなくて。

 

そんな私たちを、お兄さんははっとしたような顔で見比べた。

 

 

「違っ……」

 

 

私が言う前に、お兄さんが動いていた。

 

 

「ちっ!」

 

 

いきなり、何かを決めたような顔でお兄ちゃんを殴りつけた。

 

 

「っ……何すんだよ!?」

 

「はっ……情けねぇ野郎だ。妹の前でも情けねぇ格好しやがって。見下げ果てたぜ」

 

 

何が起きたのかわからないでいるお兄ちゃんを、一方的に殴りつける。

いつものつり目をこれ以上ないくらいにつり上げて、まるで漫画の鬼みたいな顔で。

 

 

「やめろっ!京助!」

 

「前々から、俺は!お前の!そういうとこが気に食わなかったんだよ!」

 

 

鈍い音。

思わず目をつぶってしまう。

こんなお兄さん、始めて見た。なんであのお兄さんがこんなことをするのかわからなくて、優しいお兄さんがどこか遠くに行ってしまったみたい。

 

 

「やり返して見ろよ、タマ無し野郎!」

 

「何で……!」

 

「やめて!」

 

 

たまらなくなって、二人の間に割って入る。

いつもの二人に――優しいお兄さんに戻って欲しかった。

 

 

「どけ、小娘!」

 

 

どん、と。

お兄さんが私を突き飛ばした。

尻餅をついた私は、何が起こったのか分からなかった。とっさについた手が痛くて、それよりも何であのお兄さんがって思ったら心が痛くて、

 

 

「お前っ!」

 

 

思えば、お兄ちゃんが本気で怒るところを見たのはそれが初めてだった。

 

 

「お兄ちゃん!やめて!」

 

 

殴り飛ばされて派手に転んだきょーさんと、荒い息を吐きながら睨みつけるお兄ちゃん。

本当に何でこんなことになっちゃったんだろう?

友達のはずの二人なのに、仲が良かったはずの二人なのに。そう思うと、涙が自然と溢れてくる。

 

 

「覚えてろ、小泉ッ!!」

 

 

それだけ言って、きょーさんは駆け出した。

さっきまであんなに広かった背中が、ひどく小さくしぼんで見えた。

 

その背中を見送りながら呆然としていると、ふと気づいたようにお兄ちゃんが私の涙をぬぐってくれた。

 

 

「帰ろうか……」

 

 

小さく、お兄ちゃんがそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

あの日を境に、私もお兄ちゃんも、きょーさんに会うことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

それからずっと後でお兄ちゃんに聞いた話。

 

あの時、お兄ちゃんに絡んでいたのは中学生の時の同級生で、これまでも何度かちょっかいをかけられていて、その度にきょーさんが追い払ってくれていたって。

 

そしてあの時、きょーさんは退学の通知を受けていたんだって――

 

それをお兄ちゃんが知ったのは、あれからしばらくしてのことだったらしい。お別れの挨拶を言う暇もなく、きょーさんは学校をやめて、街を飛び出した。

 

 

だからあの時のことは、きょーさんなりのお別れだった。

 

多分、自分がいなくなっても、お兄ちゃんがしっかりやれるように自信をつけようとしたんだと思う。

 

そして――

 

お兄ちゃんを、私にとって『情けないお兄ちゃん』にしないために。

お兄ちゃんと私が、きょーさんとのお別れが悲しくならないように。

 

そんな思いできょーさんは……お兄さんはあんなことをして、嫌な奴になりきろうとしたんだって。

 

 

「それなのにこうやって、俺にバレてるんだから、世話ないよな……」

 

 

お兄ちゃんはそう言って寂しそうに笑った。

 

 

お兄さん。

乱暴で、不器用で、優しいお兄さん。

 

あなたは今、どこで何をしていますか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから何年も経って、私は高校生。

今日は、大学に通うために家を出て一人暮らしをしてる兄ちゃんが久しぶりに帰ってくるんだって。

友達の凛ちゃんのこととか、学校の先輩達の話、それに私がスクールアイドルを始めたこと。

話したいことがいっぱいある。

会ったら最初は何から話そうかな?

 

 

チャイムの音が聞こえた。

思ってたより早かったみたい。

 

 

「お帰りなさい――」

 

 

玄関に立つのは二人。

お兄ちゃんと、最近になって知り合ったある人。

 

 

 

 

 

もうおぼろげになっていた記憶がだんだんと鮮明になってくる。

 

そうだ、何で忘れてたんだろう。

 

あのお兄さんの名前は、きょー……

 




こんばんは、北屋です。

過去シリーズ、今回は花陽ちゃん編、今回はちょっと趣向を変えてみました。

実は絵里ちゃん編から始まって、その度に主人公が年をくっていくこと、気づいてる人はどれくらいいるんでしょうかw

次回は西木野編――ですが、恐らく真姫ちゃんはほとんどでません……

では、次回も頑張っていきます!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。