ラブライブ! ―夢を追って―   作:北屋

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第三十五話 Music Re:Start!

「ぱぱぱぱ!パン屋さん!!」

 

「あぁ!?何か言ったか?すまんが聞こえない!!」

 

 

風を切って走るバイク。

それを駆るのはスラックスに開襟シャツ姿の成人男性。しかし彼が後ろに乗せるのは制服姿の女子高生。

一歩間違えばあらぬ疑いをかけられそうな姿であった。

 

 

「ちょっと!飛ばしすぎだって!怖い怖い怖い!!」

 

「だから聞こえないっての!もうちょい大きな声で喋れや!」

 

 

京助が怒鳴りつけると同時に目の前の信号が赤に変わった。

それを目で確認すると忌々しそうに溜息を一つ、京助は思い切り急ブレーキをかける。

突然の急制動で起きた反動で、穂乃果の体は京助の背中に思い切り押し付けられた。

 

 

「むぎゅぅ……」

 

「ちょっ!くっつくな小娘!」

 

 

不可抗力とはいえ背中に押し付けられた柔らかな二つの温もりに、京助は顔を赤くしながらも慌てて怒鳴りつける。

そうでもしなければ平静を保ち続けられる自信がなかった。普段から年下は守備範囲外と言い張り続ける京助だが、しかし彼も健全な男性であるわけで。しかも21年に渡る彼女なしの筋金入りの純情青年である。

これしきのことだというのに心臓の鼓動がおかしくなっている。

 

 

「くっつかなかったら危ないよ!ここまだ一般道だよ!?何で100キロも出すの!!」

 

 

信号のおかげで停車したのをいいことに、穂乃果は京助の耳元で、大声で叫んでいた。

始めて乗るバイク、青年の広い背中の安心感。興奮と安心感に支えられて先ほど学校を意気揚々と出発した穂乃果だったが、その思いは数秒と立たない内に脆くも崩れ去った。

この男、無駄に運転が荒い。

黄色信号の交差点への急加速&突入は序の口。車と車の間を縫っての無茶な追い抜きも朝飯前。挙句車道がすいてきたと見るやいなや、アクセル全開で軽く100キロを超えたスピードで走り出す。

いつも元気が売りの穂乃果も、この時ばかりは心なしか青ざめていた。

 

 

「しょうがねぇだろ!時間がねぇんだから!」

 

「それは分かるけど!せめて交通ルールは守ろうよ!」

 

「うるせぇ!そんなもん犬にでも食わしとけ!……ほれ、密着しない程度にしっかりしがみついてろ!」

 

 

信号が青に変わったのを確認するや否や、京助は再びアクセルを全開までひねった。

無茶苦茶な操作にエンジンが悲鳴にも似た轟きを上げて車体が一気に加速していく。

 

 

穂乃果(・・・)!」

 

 

京助が怒鳴った。

それは叩きつける風の音にも負けないくらいにしっかりしていて、しがみつくのに精一杯の少女の耳にもちゃんと入ってくる。

穂乃果――

初めて京助が彼女の名前を呼んだ。

 

 

「よく聞けよ。今から最高にダサいこと言うからな!」

 

 

そう前置いて、京助は大きく息を吸い込み、

 

 

俺みたいになるんじゃねぇ(・・・・・・・・・・・)!!」

 

 

喉が張り裂けんばかりに、京助は声高に宣言した。

 

 

「俺だって、こう見えても昔は――お前たちと同じ位の年の時は色々やったんだぜ?夢があって、仲間がいて、目指すものがあって……今でこそこんな冴えない男だけど、昔はお前らに負けないくらい輝こうとしてたんだ」

 

 

思い出すのは青春の日々。

まだ京助が、今の穂乃果達と同じ位の年齢だったころ。周りには仲間がいて、それだけで何でも出来る気がしていた。

夢を追いかけてさえいれば嫌なことも辛いことも全部忘れられて、毎日が輝いていた。

 

 

「それが今じゃ、嫌なことがあって、友達捨てて逃げ出して、そんでもって夢さえ諦めて、そのクセ今でも残骸にしがみついてウジウジしてるんだぜ!?笑えるだろ!?夢の末路がこれだ!」

 

 

半ばヤケクソで、京助自身何を言っているのか分かっていなかった。

伝えたいことは山ほどあるのに、それを伝えられる言葉が見つからずに思ったことをそのまま口にするしかなかった。

 

 

「だけど、お前達は違う!俺みたいな思い、お前らはしなくて良い!」

 

 

逃げても良いと、そう思う。挫けても良いと思う。

負けても良いと、そう思う。

その結果、夢を諦めるのもまた仕方がないことだとは思う。

だけど、

 

 

「後悔だけはするな!」

 

 

最近になってようやく分かった。

自分が何に後悔して悩んできたのか。夢を諦めてしまったこと、友人から逃げ出してしまったこと。

それももちろんそうだが、それだけじゃなかった。それらを全部ひっくるめて、後悔の残る道をたどってきてしまったこと。

それが京助にとってどうしようもなく心残りで仕様がなかった。

だから、

 

 

「絶対、間に合わせるから!絶対、南に会わせてやるから!」

 

 

彼女たちに後悔だけはさせたくなかった。

その一心で彼は叫び、走る。

 

 

「空港までは責任もって、命に変えてもお前を送ってやるが、そっから先はお前の仕事だぜ!」

 

「うん!……それより今は命かけなくて良いから安全運転を心がけて!」

 

「俺が何か言っても、南ちゃんを説得するのは無理だ。力ずくってわけにもいかないしな。小娘一人ハイエース、じゃなかった、掻っ攫……拉致るのは朝飯前だがそんなことしても意味はねぇ」

 

「物凄く不穏だよ!言い直してもあんまり意味変わってないからね!?」

 

「無理くりヤっても仕方がない。こういうのは相手の合意がねぇとな。筋は通さねぇと……型にハメねぇとな!」

 

「発言が怖いよ!っていうかこれ私どこに連れてかれちゃうの!?大丈夫なんだよね!?」

 

 

そんな漫才じみたやり取りを怒鳴り声で続ける内に、やがて二人を乗せたバイクは高速道路への料金所に差し掛かる。

 

 

「お前が、お前自身の言葉でちゃんと話してこい!どうして欲しいのか!どうしたいのか!」

 

「……うん!」

 

 

短く、しかし力強く、穂乃果が答えるが聞こえた。

しがみつく彼女の体から伝わる鼓動が、熱が、彼女の決意裏付けるようだった。それは燃え上がり始めていた京助の心を更に奮い立たせていく。

もう、今の京助に迷いなど微塵も残っていなかった。

彼女達のために、自分の出来ることをなんとしてもしてやりたいと、心のそこから強く願った。

 

 

「それじゃ、もうちょいスピード上げてくぜ!」

 

「え?えぇぇぇ!?ちょっと、これ以上何をどうする気なの!?」

 

 

今の今まで、高速道路に乗る前だというのに京助は既に凄まじいまでのスピードを出していた。それこそもうこれ以上はマシンが耐えられないのではないかというほどに。

それなのに、彼はこれ以上、上があると言うのだろうか。

またしても青くなる穂乃果をちらりと振り返って、京助はヘルメット越しに不敵に笑う。

そして、ハンドル付近に付けられた、見るからにヤバそうなボタンに指をかけて、

 

 

「ニトロブースト!GO!!!」

 

 

ノリの良いセリフと同時にボタンが押された。それによりエンジン付近に施されていたギミックが発動する。

 

NOSシステム――

 

タンクから解き放たれた亜酸化窒素ガスがエンジン内部に吹きつけられてガソリンの燃焼を補助し、その結果、マシンに爆発的な加速を与える。

急加速に耐え切れず、一瞬前輪が浮かび上がった。

 

 

「え、ちょッ、いやああぁぁぁぁぁああああ!!?」

 

 

最早京助とその愛車の暴走を止められるものはどこにもいなかった。

穂乃果の叫び声だけが、巻き起こる風の彼方に木霊していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いたぜ、穂乃果ちゃん」

 

 

空港前にバイクを止めて後ろにしがみついている穂乃果に声をかけるが返事がない。

不思議に思いながらバイクを降りると、京助に続いてよろよろと彼女も地面に足を下ろして、震える手でヘルメットを脱いだ。

真っ青に血の気が引いた顔に恐怖の相をありありと浮かべ、自身を落ち着かせようとしているかのように二度三度と深呼吸を繰り返す。

 

 

「し、しししし、死んじゃうかと思った……」

 

「んな大げさな……」

 

「大げさ!?メーター振り切ってたの見てなかったの!?本当に死ぬかと思ったんだからね!」

 

 

京助は申し訳なさそうに頬を掻く。何分急いでいたもので飛ばすことしか頭になかった。もちろん本人的には安全に細心の注意を払っていたつもりだったが、いかんせん京助の感性は万人とは大分異なっている。

ぷりぷりと怒る穂乃果だったが、そのおかげで幾らか元気が戻ってきたのか気がつけば震えが止まっていた。

 

 

「こうして空港にたどり着けた訳だし、結果オーライってことで。……まぁあれだ、死にそうな思いして、怖かっただろ?」

 

「怖いに決まってるでしょ!?」

 

 

穂乃果の噛み付くような返答に、京助は満足したかのような微笑みを浮かべて軽く頷く。

その微笑みはいつになく優しいものだった。

 

 

「そうだろ?それで良いんだ。これ以上怖いことなんて無いんだからな。安心して行ってこい」

 

 

ぽん、と彼女の肩を叩く。

時計を確認すればフライトまでは15分以上の時間がある。これなら間に合うはずだった。

 

 

「う~……うん、まだ言いたい事はいっぱいあるけど、行ってくるね!」

 

「言いたいことは俺じゃなくて友達に言えっての……頑張ってこいよ」

 

 

穂乃果はまだ何か言いたそうだったが、表情を一変させて京助に笑いかけた。

だから京助も笑い返してみせる。

笑顔で見つめあったのは一瞬のこと、その次の瞬間には少女は空港のロビーへと駆け出していた。

駆けていく後ろ姿を眩しそうに見つめ、青年は目を細める。瞬く間に見えなくなっていく少女の背中に、一瞬羽根が見えたような気がした――

 

 

「パン屋さん――京ちゃん(・・・・)!」

 

「あ?……って、え!?俺のことか?」

 

 

不意に穂乃果が振り返って京助の方に大声をあげた。

聞きなれない呼び方に一瞬戸惑う彼に、彼女は続ける。

 

 

「今度また、ことりちゃんとお店に行くからね!美味しいパンとコーヒー準備して待ってて!」

 

 

ことりを連れて――

その言葉だけで十分だった。胸の内に熱いものがこみ上げてくるのを感じながら、京助もまた大声で返す。

 

 

「おう、任しとけ!!」

 

 

再び走り出した少女が振り返ることは二度となかった。

人ごみの中に消えていく少女の姿を見つめ続け、京助は今までに感じたことのない満ち足りた気分を感じていた。

 

――きっと、大丈夫

 

確信なんてものはどこにもないが、それでも何故かそう思えた。

 

 

「さて、と……」

 

 

ここから先は彼の領分ではない。

囚われのお姫様を救うのは王子様、なんて言うけれど、あいにくと京助はそんな格好の良い者じゃないし、第一この物語にそんな存在は必要ない。

少女を連れ戻すのはその親友の役割だ。

場違いなお節介焼きはすべからく去るに限る。

そう思って一服いれようとしたものの、タバコもライターも家に忘れてしまったようでどれだけポケットを漁ろうとも出てくることはなかった。

代わりに……

 

 

「んあ?」

 

 

指先が固くて小さな物に触れた。

何かと思ってつまみ出して見ると、それは一枚の五円硬貨だった。

 

 

「こいつはあの時の……」

 

 

数日前に神社の賽銭箱に投げ入れて、しかし跳ね返された五円玉。

あの時願ったのは確か、『彼女達を見守ってやってほしい』という想い。

 

 

「他人に頼まず、その位てめぇがやれってことか……」

 

 

今ならそんな風に思えてきた。

五円玉を空にかざし、目を凝らして穴を覗いてみる。小さな穴から見える空は、気持ち良いくらいの青空だった。

 

 

「頑張れよ……」

 

 

そう呟いて目線を僅かに横にずらす。

腕時計に記された時刻は丁度フライトの15分前を指している。これなら十分間に合うはず――

 

――ん?

 

何か、嫌な予感がした。

フライトの15分前……

 

 

「……おい、まさか。嘘だろ、おい?」

 

 

記憶が確かならフライト15分前には保安所を通って搭乗口付近までいかねければならないはず。

もしそうなら、チケットを持っていない穂乃果はことりに会うことが……

 

 

「くそがッ!」

 

 

気がついた時には京助は走り出していた。

 

ここまで来たというのに、こんな幕引きは冗談ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ことりちゃん!ことりちゃーん!」

 

 

周囲の目もはばからずに声を上げて探して回る。

しかし、いくら探せど、穂乃果は親友の姿を見つける事が出来ずにいた。

小さな頃からの親友の姿なら、何があっても見つけられる自信があったのに……もう、飛行機に乗ってしまったのだろうか?

ここまで来たのに、そんな終わり方――

 

――穂乃果!

 

へこたれそうになった時、不意に自分の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。

μ’sの誰かの声ではない。

もっと低くて錆び付いた男性の声。いつも不機嫌そうな声色なのに、何故か安心してしまう、不思議な声。

 

――後悔だけはするな!!

 

続いてそんなセリフが聞こえてくる。

それはきっと幻聴なのだろう。なぜならそれは、さっき彼に言われた言葉なのだから。

後悔だけはするなと、そう叫ぶ彼はどこまでも悲しそうだった。まるで身を切っているかのような痛みのこもった一言だった。

あの人にも昔何かあったのだろうか?

穂乃果はふと考える。

京助は自分のことをあまり語らない。

だけど、今度聞いてみたいと思った。

ことりと、μ’sのみんなと一緒に、あの人の焼いてくれたパンを食べながら。からかうように笑う自分たちと、少しむくれたように、でも小さく笑うあの人の顔が思い浮かぶ。

あの人はいつか教えてくれるのだろうか?

いつか、きっと……

そのいつかを、掴むために。

 

 

「ことりちゃーん!!」

 

 

叫ぶ。

驚いた周りの人たちが何事かと目を向けるが、もうなりふりなんてかまっていられなかった。

必死で周りを見渡す。絶対に後悔なんてしたくなかった。諦めたくなんて、なかった――いた!

グレーがかった長い髪、その華奢なシルエット。

見間違うはずがなかった。

その人は、今まさに保安所を抜けようとしていて……

 

 

「ことりちゃん!」

 

 

気がついた時には走り出していた。

間に合え!

心の底からそう願う。

一歩、また一歩。どんどんことりとの距離が縮まっていく。

あと少し、あとちょっと!

 

 

腕をこれでもかと伸ばして友達の名を叫びながら走る。

 

 

まだ足りない。

あと少し、ほんのちょっとで良い!

届け!

 

 

「世話の焼ける小娘共め……」

 

 

不意に、後ろからそんな声がかけられた。

錆び付いて掠れた声……でも今度は幻聴じゃなかった。

思わず振り向こうとするよりも早く、穂乃果の横をすり抜けていく一陣の風――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「世話の焼ける小娘共め……」

 

 

一言だけ呟いて、穂乃果を追い越して駆け抜ける。

 

 

――ふざけるな!

 

 

心の底からそう思った。

こんな形でも幕引き、誰も望んでやいやしない。

昔から、何をやっても肝心なところで失敗してばかりの人生で、幾分そんな生き方に諦めはついている。

だけど今だけは諦めるわけにはいかなかった。

自分のことなら何だって耐えてみせる。だが、自分のくだらない人生のどうしようもない不運に少女達を巻き込むわけにはいかなかった。

だから、必死で足を動かす。全力で走る。

それでもまだ足りない。

運動不足と不摂生が祟って心臓が破けそうな程に脈を打つ。息が切れて声すらあげられない。

涙が出てくる。

千切れんばかりに思い切り手を伸ばす。

それでも足りない。差し出したこの手は、まだ少女には届かない。

まだ足りない。

だから、だけど、それでも!

 

 

――ふ、っざけんな!!

 

 

心の中で吠えて、伸ばした手を、今度は逆に握り締めた。

この手は元より、誰かに差し伸べる為の手ではない。誰かの手を取る為の掌なんかじゃない。

この手は殴って壊すことしかしらない、野蛮で不器用で、どうしようもない手だ。

壁を打ち砕き無理を通す、その為にある手だ。

 

 

――いっ、けぇぇぇぇぇ!!

 

 

指先で思い切り手の中の物を弾いた。

それは先ほどポケットの中から見つけた一枚の五円玉。

りん、と。鈴のような音を上げながら硬貨は空気を切って放物線を描く。

瞬く間に足りなかった距離を稼いでいく。

京助の見ている前で、一枚の小銭はことりの背中に追いついて、そして、

 

 

 

 

 

彼女を追い越して飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

背中でも荷物でもどこでも良い。当たってさえくれれば彼女がふり帰ってくれる可能性は十分にあった。

だが、かすりもしなかったそれに少女は気づかない。

一瞬にして、これまでにない脱力感と疲労感、絶望がのしかかってくる。だが、それは一瞬のことに過ぎない。

次の刹那には京助の瞳には強い輝きが宿っていた。

 

 

――まだだ!

 

 

例え何があろうとも諦めないこと。何度挫かれてもすぐに立ち直ること。それが京助の強さだった。

諦めさえしなければ、立ち向かう勇気があれば、きっと奇跡は起こる。

例え何万分の一の確率でも構わない。そんな小難しいことは他の頭のいい奴に考えさせておけば良い。

京助はただ強く願う。

 

奇跡よ、起これ!

 

 

「え?」

 

 

保安所に、ブザーの音が響いた。

京助の弾き飛ばした硬貨が、彼の無心の想いを乗せたちっぽけなたった一枚の小銭が、ことりの一人前で金属探知機を作動させたのだった。

ほんの僅かな間ではあるが、検査待ちの列が止まった。

その、僅かな一瞬で良かった。それだけで、奇跡は十分だった。

全身から力が抜け落ちて、京助はその場に崩れ落ちるようにうずくまる。

もう一歩も動けなかった。

早鐘のようにせわしなく脈打つ心臓、あがりきった息。

立ち上がろうと思っても全身がだるくて体が言うことを聞いてくれない。

ここまできて――そんな思いがない訳ではなかった。

だが、もうどうでも良い。

最初から、これより先の事は自分の役割ではないと分かっているのだから。

 

崩れ落ちたままの京助の横を、穂乃果が追い越していく。

もう、彼女が振り返ることはなかった。

 

 

「いけ……穂乃果……!」

 

 

息も絶え絶えに呟く。

その目の前で、穂乃果が目一杯伸ばした手が遂にことりの手を取って……

 

 

 

 

 

「行かないで、ことりちゃん!」

 

 

 

 

 

遂に、物語はクライマックスを迎える。

 

 

 

 

 

 

 

「けっ……ざまぁ見ろってんだ」

 

 

誰にともなく呟いて、京助は買ったばかりのタバコに火を点けた。

乱れた呼吸はまだ治らないし、吹き出す汗もとどまるところを知らない。心臓は相変わらず忙しい。

震える手でタバコを吸って、紫煙を思い切り吐き出す。

瞼を閉じればイヤが応でも先程の穂乃果とことりの姿が蘇ってくる。

涙を流して抱きしめ合う、二人の少女の姿。

 

……正直な話しをするならば、京助自身ここまで綺麗に話が終わるとは思っていなかった。穂乃果かことり、どちらかが――あるいは二人共が傷つく未来さえ考えていた。

でも、現実はそうならなかった。

結局、自分は彼女達を信じきれていなかったのか――そう考えるとヘコんでしまう。

 

 

「京ちゃん!」

 

「ゲホッ!っ、何だ?」

 

 

喫煙所の扉を勢いよく開けて飛び込んでくる二人の姿を見て、京助は思わず吸いかけのタバコを灰皿の中に投げ捨てていた。

満面の笑みに、涙の痕を残したままに、少女達は京助のもとに駆け寄ってくる。

 

 

「ありがとう!京ちゃん!京ちゃんのおかげで……」

 

「俺は何もしてねぇよ」

 

 

ぷい、とそっぽを向いてぞんざいに短く答える。

正面から彼女達を見ることが出来なかった。

もしそうしてしまえば、きっと自分は笑顔が浮かぶのを我慢できなくなってしまいそうだ思ったから。そんなだらし無い、優しい顔を人に見せるのは恥ずかしかった。

 

 

「もう、そんなこと言って!本当にありがとう!おかげで……」

 

「えぇい、触るな饅頭娘!それより時間は良いのか?これから学校でライブだろ?」

 

 

笑顔のまま手を握ってくる穂乃果を振りほどいて、京助は問いかける。

これもまた希から聞いた話。

ライブまでの時間は――それほど残っているわけでもないが、今から急げば間に合うだろう。

 

 

「あ!そうだった!」

 

「悪いが帰りは乗せないからな」

 

 

流石に三人はバイクに乗せられない――

ここから先は二人で行かなければならない。二人で帰って、そして九人と。

そこに京助は必要ない。

 

 

「分かってるよ!ことりちゃん、行こう!」

 

「あ、穂乃果ちゃん……!」

 

 

穂乃果に促されて喫煙所を出ていくことりと、一瞬目があった。

彼女は真っ直ぐに京助を見つめる。

そこにどんな思いがあるのか、京助には測りかねない。だが、それでも彼は同じように真っ向からことりを見つめ返した。

時間にすれば一瞬のこと。

 

 

「何してるのことりちゃん!早く!あ、そうだ!京ちゃんも良かったらライブ……」

 

「気が向いたらな」

 

 

素っ気なく言ってひらひらと手を振る。

そんな彼をもう一度見つめて、ことりは深々とお辞儀をすると、しびれを切らした穂乃果に手を引かれてて転びそうになりながら駆け出していく。

 

 

「ようやく巣立ったって感じか……」

 

 

走り去っていく二人の少女の背中を見て、京助は思ったことを口に出していた。

まだ、飛び方を覚えたばかりで頼りない翼。しかしそれはやがて大空を飛ぶための大きな力に変わっていく。

京助は大きく伸びを一つ、

 

 

「それじゃ、俺も行きますか……」

 

 

呟くと、京助は両手をスラックスのポケットに突っ込んでよろよろと歩き出す。

ようやくひと仕事終わったというのにまだ京助に休む暇はなかった。

 

 

彼女たちにパンとコーヒーをご馳走する仕事が、まだ残っているのだから

 




ついに一期完結です。

思えば長かった……
まさかここまで時間がかかるとは思いませんでした。
就職活動があったり卒論があったり、仕事が始まったりでなんだかんだありましたが、一区切りつけられてようやく一安心です。

……とはいえ、あまりおちおちもしてられません。
二期の話も書かなくてはだし、劇場版も書かなければ。


ここまで書いてこられたのは読者の方がいてのことです。読んでくれている方々には本当に感謝しています。
これからも物語にお付き合い頂ければ幸いです。
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