ラブライブ! ―夢を追って―   作:北屋

48 / 62
悪ふざけはここで一端終わりです。


閑話 理事長と一夜の間違い(下) ~gold finger~

そして来る文化祭……その前日。

講堂の奥、控え室の薄闇の中に立つ人影が二つ。

 

「この格好はさすがに……」

 

「いいじゃない、たまには」

 

理事長の手が、京助の襟元に伸びる。

シャツの襟を正したその指先が京助の胸元に触れた。

京助の着る薄手の白いシャツ、その下は何も纏っていなかった。

 

「今更なんすけど、本当に良いんですか?今ならまだ退けますよ?」

 

「本当に今更ね。残念だけど、もう私もあなたも退けないわ」

 

くすり、と理事長は薄く微笑んだ。

 

 

「さ、それじゃ始めましょうか」

 

「はい……」

 

乗り気な理事長に、どこか気が乗らない様子の京助。

 

『--では、これにて音ノ木坂学院高校、前夜祭を終了します』

 

アナウンスの音が響いた。

扉一枚隔てた向こうは前夜祭の会場。滅多にない状況に緊張の糸が張り詰めていた。

ましてや、多感な女子生徒達の前である。

 

「本当に良いんですか?酔った乗りと勢いでこんな事になっちまいましたけど、さすがに問題になりますよ?」

 

「大丈夫よ。みんなそういうのが好きなお年頃なんだから」

 

理事長に言われてもなお不安そうな京助だったが、そんな彼の事など関係なくスケジュール通りに時間は進む。

 

「津田さん!時間です!」

 

扉を開いて入ってきたのはヒデコ、フミコ、ミカの二年生の三人組。

彼女たちも今回の一件について詳細を知っていた。

いつもμ'sの手伝いをしている彼女たちの腕を見込んで理事長と京助、それにことりからも内々にサポートを頼み込んでいたのだ。

 

「って、津田さんその格好……」

 

「何か、その……セクシーというか……」

 

「何も言うな。好きでやってるんじゃないんだ……」

 

顔を赤らめる三人を見て、京助は困ったように顔を背けた。

本当ならもう既に逃げ出してしまいたかった。

 

「さ、頑張ってきてね!」

 

ぽん、と理事長に肩を叩かれて、彼は意を決したように一歩踏み出す。

半ばヤケクソだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『 これにて音ノ木坂学院高校、前夜祭を終了します 』

 

演目が全て終わり、前夜祭終了のアナウンスが響くと、講堂の中は一気に騒がしくなっていく。

演し物の感想を語り合うもの、明日の文化祭本番への期待を高めていくもの、それはアイドル研究会のメンバー達も同様であった。

 

「演劇部の寸劇、面白かったね!」

 

「えぇ。落語研究会の演し物も素晴らしかったです」

 

「うん!」

 

生徒達はそれぞれに話ながら、やがて腰を上げて講堂を出て行こうとする。

 

「あ、ちょっと待って!」

 

「どうしたの、ことりちゃん?」

 

他の生徒達と同様に席を立とうとするメンバー達を、不意にことりが引き留めた。

 

「そろそろ、かな?」

 

「え?」

 

ことりの発言に怪訝な顔をするメンバー達。

しかし、彼女の発言のすぐ後に、今まで黙っていたスピーカーが軽快な音楽をけたたましくならし始めた。

講堂を出て行こうとする生徒達も急な事に思わず足を止め、誰もいなくなった舞台に目を向ける。

 

『はい!今回は最後に理事長先生からサプライズが用意してあります!最後の最後まで前夜祭をお楽しみ下さい!』

 

「サプライズ?」

 

「えぇ!?ってあれ?」

 

音楽に乗せて、舞台袖かれステージに登っていく人影が一つ。

その人物がステージ中央に立った瞬間、眩いばかりのスポッとライトが彼を照らしだした。

 

「せ、先輩!?」

 

「パン屋さん!?」

 

「何でおじさんがあんなとこにいるの!?」

 

舞台上に立つのは津田京助その人だった。

だが、いつもの彼とは大分印象が違う。それこそ一番関わりのある筈のμ'sメンバーが一瞬目を疑う程に。

ボロボロよれよれの服装はどこに行ったのか、ストライプの入ったスラックスに、薄手のドレスシャツを第二ボタンまで開けて胸元を大きくはだけさせている。

野暮ったい髪をかきあげると、彼はいつになく鋭い面もちでギャラリーを見回した。

講堂中にどよめきが走る。

 

-あの人って……

-ほら、あの購買のカッコいいお兄さんじゃない?

-え?あの冴えないオジサン?

 

ひそひそと話し声がする中で、京助は大きく息を吸い込む。そして、スタンドマイクに向かって声をたたきつけた。

 

「嘘……」

 

「上手いにゃ……」

 

Ricky Martin 『livin la vida loca』

日本では郷ひろみがリメイクして歌ったことで有名な一曲。

身振りを加えながら、錆を含んだ低い声でひたすらに歌詞を紡いでいく。いつぞや皆でカラオケに行った時からは想像も出来ない程に、その歌声は人の心に響いた。

曲の一番が終わると同時に、京助はステージ上から不敵に笑って見せる。

最前列で見ていた生徒達から黄色い歓声があがる中、二番の歌詞に突入する……かに思えた。

 

「あれ、日本語の歌詞?」

 

郷ひろみによるリメイク、『Goldfinger 99』、今度はダンスを交えながらの歌い続けていく。

普段の気怠そうな言動が嘘のように、キレッキレの動きである。

 

「come on!」

 

サビに入る直前、京助が吠えた。

最初は面食らっていた生徒達も、この頃にはもう既にノリノリで、μ'sのメンバー達も一緒になってサビを歌い始める。

 

間奏に入ると共に、京助が舞台上で一回転。どこからともなく取り出した一輪の白いバラを手に取ったかと思うと、それを職員席に--理事長に投げた。

驚きながらも理事長が受け取るのを確認すると、京助はウインクを一つ、再び歌って踊り始める。

 

「come on!!」

 

二度目のサビに入る。

 

『A chi chi A chi!!』

 

今度は全員が一緒になっての大熱唱であった。

京助を中心に、生徒も職員も、講堂の中の人々は今この時一つになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー…………死にてぇ………!」

 

前夜祭が無事終わった後、舞台裏の控え室で俯いてつぶやく男が一人。ってか俺だ。

滝のごとく流れる汗も、乱れた服装もそのままにパイプ椅子に腰掛けて、そこから一歩も動く事ができないでいる。体力的にも精神的にも限界だ。

 

「パン屋さん!」

 

「あ?冷たっ!」

 

扉を開けて誰かが近づいてくる気配を感じ、かすかに顔を上げると、首筋に冷たいペットボトルが押しつけられた。

 

「小娘共……ありがとよ」

 

涸れて嗄れた声で礼を一つ、素直に高坂ちゃんが差し出したスポーツドリンクを受け取って一気に半分程飲み干した。

乾いた体に染み渡って、生き返る心地だ……

 

「こういう事だったんですね」

 

「絵里ちゃん達は知ってたの?」

 

「いいえ、前夜祭のラストで理事長が何かサプライズをするとは聞いてたんだけど」

 

「うちも知らんかったよ。おかげで津田くんには驚かされたわ」

 

「黙ってたからな……」

 

こんなこっ恥ずかしいこと言えるか。

どうせ言ったら言ったで厄介事が増えるのは目に見えてたし……折角なら驚かしてやろうって気持ちもちっとはあった。

 

「ことりは知ってたの?」

 

「うん、この間津田さんとお母さんに教えて貰ってた」

 

いらん誤解の所為で南ちゃんには事前に説明する羽目になっちまったが、まぁそれは仕方ないだろ。それよりも……

 

「はぁ……帰りてぇ……」

 

もう何でも良いから一刻も早くこの場から離れたくて仕方がない。ホント、冗談抜きで。

 

「ちょっと、何でそんな落ち込んでんのよ?」

 

「だってよ!いくら何でもこんなん恥ずかしすぎんだろ!?俺、教職員じゃねぇんだぞ!?あー、あぁもう!俺、どんな顔して購買の仕事すりゃ良いんだよ……」

 

「いやいや……みんな楽しんでたんやしええんやない?人気でるよ?」

 

「ガキからの人気なんていらん……好奇の視線はもっといらん……帰りたい。布団にくるまって三日くらい部屋から出たくない……」

 

「あはは……でも、何でお兄さんがステージに何て立ったの?」

 

「そりゃ……話せば長くなるんだが」

 

本来俺は外部の人間。こんなとこにいちゃいけないはずの人間なのに、それが何であんな事をしなきゃならなかったのか。

話せば長くなるが、簡単にまとめるといつぞや理事長と飲んだのが事の発端だった。

お互い溜まったストレスを発散する相手もいない者同士、さんざん飲んで愚痴ってまた飲んで、そりゃもうべろんべろんになって前後不覚、挙げ句は自分がなに言ってんのか分かんなくなる始末。

……いや、もしかするとそんなになってたのは俺だけだったのかも知れないが。

ともかく、訳分かんなくなって上機嫌だったのは覚えてる。

 

『文化祭とかもねぇ……本当なら生徒達の要望通りに有名人とか呼んであげたいのよー』

 

『へぇ……そいつぁいいや!小娘共も喜ぶぜー』

 

『そーなのよー。でもねー。今廃校騒ぎとかで余裕もないでしょー?代わりに何かサプライズを用意してあげたいんだけど、どうしよーかしら~~って』

 

『う~ん……よっしゃ分かった!この俺様が一肌脱ごうじゃねぇか!』

 

『あら、何かやってくれるの?』

 

『おうよー!大事な妹分達の為だー!歌でも踊りでも何でもやっちゃるぜー!』

 

『本当に?』

 

『こちとら江戸っ子でぇ!男に二言はねぇ!どれ、景気づけに裸踊りでぇーー!』

 

……そこから先の記憶はない。

いや、正確に言えばマスターに止められて死ぬほど怒られたところまでは覚えてる。

本当、あの時の俺を殺したい。

 

「そんな次第でな……」

 

「うわ……」

 

「バカにゃ、本物のバカを見たにゃ」

 

「うん。分かってる分かってるからなにも言わんでくれ」

 

そんなこんなで良く分からないまま引き受けたのが運の尽き。しかも質の悪い事にちゃんと理事長先生はその事を覚えてるんだから始末に追えない。

男に二言はない、とまで言っちまった以上引き受けない訳にはいかないし、下手にここで断れば俺の沽券……はともかく、売り上げに関わりかねない。

 

「でも何で歌とダンスなんて選んだの?そりゃまぁ上手かったけど、あなた……」

 

「そうよ先輩。何でギター弾かなかったの?」

 

「いや、そりゃ……なぁ」

 

西木野ちゃんと矢澤ちゃんに言われて頬を掻く。

俺はそもそも夢に破れてこんなとこに帰ってきた身の上。こう見えて落ち込んでるんだぜ?

……まぁ、最近はちょっと、ちょっとは立ち直りかけてるけどさ。

それでも、まだ人前で演奏する気にはなれねぇよ。

それに、さ。

お前らにちょっと張り合ってみたなんて言ったら……どうする?

歌って踊って、皆を笑顔にするーーもちろん俺はアイドルなんてガラじゃないけど、さ。

 

「……まぁ、興が乗ったってとこだ」

 

曖昧に言って誤魔化した。

小娘共に張り合ってみた、なんて格好悪すぎて口が裂けても言えねぇや。

 

「ふーん……」

 

「べ、別に良いだろ?」

 

何か言いたそうな東條ちゃんを見て、あわてて目を背ける。何だか心を見透かされてるようで居心地が悪かった。

 

「でもパン屋さん、すごく素敵だったよ!」

 

「えぇ。大盛り上がりでした」

 

「そいつぁ……良かった。一発芸でも楽しんでもらえたんなら」

 

良かった。

何でだか知らないけれど、心からそう思える。

この娘らの笑顔を見れたのなら、それだけでも十分やって良かったような気がする。

俺らしくないけど、たまにはこういうのも良いかも知れないな。

もう、二度とはやらないけど。

 

「ありがとな」

 

「え?今何か言いましたか?」

 

小さく、聞こえないように。

ふと思い浮かんだ言葉を口にする。

この期に及んでまだ俺のチンケなプライドが邪魔をする。子供相手にすら、妹みたいな奴らにすら素直になれないなんて、最低だな。

 

「何でもねぇよ」

 

いつか、素直に、この子達に面と向かって礼を言える日がくるのだろうか。

その日はきっと、一緒に笑って、泣いてやれる日なのかもしれない。

 

「何でもない……俺もちっと休んだら帰るから、お前らもさっさと帰れ」

 

しっしっ、と手を振ってぞんざいに彼女たちを追い返す。

すると、彼女たちと入れ違いにまた一人、控え室に入ってくるのが分かった。

 

「津田さん、今日はありがとうございました」

 

「いや……どういたしまして」

 

力なく微笑んで返す。

というか疲れすぎていてそれくらいしか出来なかった。

 

「ごめんなさい、こんなことを頼んでしまって」

 

「いえいえ、困った時はなんとやら、って事で」

 

最初は嫌でたまらなかったけど、途中からは俺も割と乗ってたし……案外楽しかったし。

いい気分転換にもなれたから結果オーライってとこだ。

 

「それにしても多芸なのね」

 

「多芸……ってほどじゃないですよ。あんなんはタダの一発芸です」

 

何でも在る程度はやってみせるけど、何でも一定水準以下しかできない、人呼んで器用貧乏。

今日のだって、ノリと勢いで通しただけで、見る人が見ればガッタガタのカスみたいなステージだった訳だし。

 

「それと、ライブ途中にお花ありがとう。私がバラの花が好きなんてよく分かったわね?」

 

「あー……まぁ、サプライズってことで」

 

折角こんな舞台を貰った訳だし、ちょっと驚かせてみようかな、なんて。

ホントに俺らしくもない遊び心。観客を沸かせられたし、理事長先生もまんざらでもなさそうだから、これもまた結果オーライってことで勘弁して欲しい。

理事長先生はにこにことしながら一輪のバラを手に、俺の後ろに回った。

 

「……ところで、白バラの花言葉って知ってる?」

 

「?さぁ?」

 

あいにくと、花言葉なんて高尚なものをこの俺が知っているはずがない。

あれか?なんか変な意味でもあって失礼なことしちゃったか?

 

「え?」

 

ぱさり、と。

俺の肩口にかかる軽いもの……理事長先生の髪。

って!

え!?え?どういう状況だ?

俺の顔の横、息がかかる距離。女性特有の、優しく甘い香りに包まれる中、耳元で先生が呟く。

 

「『私は貴方に相応しい』……なかなか情熱的なアプローチね」

 

「え……?」

 

頬に感じる柔らかで、湿った感触。

今のって……いや、まさか、え?

ちっぽけな脳みそはキャパを完全オーバー。今起きた事を理解出来ない。

え?

え?えええぇぇぇ!?

 

「今日はありがとう」

 

少女のようにはにかみながら、理事長先生は控え室の扉を開いて外に出て行く。

その去り際、

 

「この間の晩は楽しかったわ。まさかあんなに激しい夜になるなんて、ね」

 

意味深な微笑みを残して、彼女は部屋を出て行った。

残された俺は呆けたまま、頬を撫でる。

……いや、ちょっと待て。

この前って飲んだ時の事か?

正直な話、あの時の事はあまり記憶がない。酔ってバーを出て、それから……

 

「いや、待て。待て待て待て」

 

激しいって……

いや、嘘だろ!?いや、理事長先生の冗談だよな?

おい!!誰か嘘だと言ってくれ!!

 

「な、難儀な……」

 

半ば口癖になりつつある言葉を呟いて、タバコを一本。しかし、校内で火を点ける訳にもいかず、口に咥えて窓の方を見る。

窓に写るのは、真っ青通りこして真っ白な顔色の表情の冴えないおっさん。っていうか俺の顔だった。

 

「どうすんだよ……!」

 

呟いてみても答える人もなし。

どうやら俺の苦労の日々はまだ終わらないらしい。

今だけは誰かに--この際、小娘どもでも良いから話し相手が欲しかった。




悪ふざけに付き合っていただきありがとうございました。

次回からは本編に戻ります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。