ラブライブ! ―夢を追って―   作:北屋

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第三十六話 In My Life

 

からん、と。爽やかにドアベルの音が響いた。

パンの焼ける良い匂いと、コーヒーの優しい香り。店主の趣味を反映してか、店内には

The Beatlesの『In My Life 』が流れている。

静かな昼下がり、今日もベーカリー&カフェTSUDAは平和だった。

 

「いやー!今日もパンが美味い!」

 

いつもの喫茶店にお決まりの声が響く。 その声は、普段に比べてやや大きめに、まるで今この時が現実であるかを確かめ、噛み締めているかのようで、

 

「うるせぇ……」

 

呆れたような店主の台詞もまた同じ。

彼の声も面倒くさそうな調子の中にいくらか楽しそうな様子さえ伺える。

 

「いや、だって最近京ちゃんのパン食べてなかったし。久しぶりに食べるとやっぱり美味しいんだもん!」

 

「……おだてても何もでねぇからな」

 

ぷい、とそっぽを向く京助だったがその口元に嬉しそうな微笑が浮かんでいのはばっちりこの場にいる全員に見られていた。

先日の一件以来、バラバラになりかけていた彼女たちが再びこうして一堂に会していることが、彼にとっても嬉しくてたまらないのだろう。 それを裏付けるように、誰も何も言っていないのに菓子パンやケーキの類を皿に取り分け、新たに全員分の飲み物のお代わりまで用意し始めている。

 

「おじさん、顔がにやけてるよ?」

 

「別ににやけてなんて……って誰がおじさんだ猫娘。店からつまみ出されたいか?」

 

この掛け合いもずいぶんと久しぶりなような気がした。

いつも通りの、いつもと変わらない日常が戻ってきた。もちろん、何もかもが元通りという訳にはいかない。にことはあの一件以来お互いに口もきいていなければ目すら合わせられてはいないし、ことりに対しても顔を正面から見る事が出来ずにいる。 問題は山積みで、考えるだけで胃が痛くなりそうな状況に変わりはない。

それでもこうしてこの店に、誰一人欠けることなく集まることが出来たのは一つの進展で、きっと全ては時間が解決してくれることだろうと、そんな風にも思えてくる。

 

「元の鞘に収まったってとこかしら?」

 

「そうやね。……ううん、少し違うかもしれへんよ?」

 

絵里に対して一度は肯定して、しかし希は悪戯っぽく笑って否定してみせた。

 

「少し違う?」

 

「そ。変わらないもの何て世の中には何一つないちゅーとこやな」

 

希の発言に首を傾げながら絵里は店内を見渡し、いつもの面子を見回し、最後に京助の顔を伺って、得心がいったように頷いた。

 

「ん?俺の顔になんかついてるか?」

 

不思議そうに首を傾げる京助。

最初に出会った時からは考えられない程に険が取れて別人のような表情をしている。

疲れてふてくされたような顔はそのままに、しかし少女達を見る目は誰よりも優しく、

 

「少し、若返った?」

 

「……喧嘩売ってんのか?」

 

一瞬にして不機嫌そのものに変わった。

おじさん扱いされる事が多いとはいえ、京助はまだ21である。確かに身だしなみはだらしないし、いつも気怠げで疲れてしょぼくれたような様子だが、まだ若い。

そして何より老けて見られる事を嫌っているのだ。

 

「そうね。何か最近印象変わったんじゃない?出会った頃に比べて、大分ましな顔するようになったわ」

 

「西木野ちゃんまで……別に、俺は変わっちゃいねぇよ」

 

決まりが悪そうに京助はタバコを取り出そうとして、しかし彼女たちの前であることを思い出してやめた。

そうは言うものの、事実、京助も最近色々なことが変わり始めていることをなんとなくだが感じてはいた。

それは周りなのか、彼女たちが言うように自分がなのか。あるいはその両方なのかもしれない。世の中は移り変わる。不変のものなどどこにもない。

そうやって前に進んでいくのだ。

そして、最近変わったものの代表といえば、

 

「そういや、穂乃果。次の生徒会長になったんだってな。おめでとさん」

 

この間始まった新学期から、穂乃果は音ノ木坂の新生徒会長を就任したのだ。

その知らせを聞いた時、京助は飲んでいたコーヒーを思い切り吹き出してこれでもかというくらいに咽せていた。

だが、冷静に考えてみるとなるほどとも思う。

穂乃果の持つ求心力は確かに凄まじい。土壇場での爆発力もある。

 

「カードによれば……穂乃果ちゃん、生徒会長になってから大分苦労するみたいやなー」

 

「ちょ、希ちゃん!脅かさないでよー!」

 

「津田くんの事も占ってあるんよ?津田くんのは……」

 

「要らん。占いは苦手なんだ……それよか、まぁ、気楽に無理のない範囲で頑張れよ」

 

「ありがとう、京ちゃん!」

 

そして何よりも変わったのがこれである。

 

「……どうでも良いが、その呼び方やめねぇか?」

 

京助にしてみればこっ恥ずかしくてたまらない。

その呼び方は彼が幼少の頃にご近所でつけられた愛称であり、未だに当時を知る方からはそう呼ばれ続けているのだった。

おそらく穂乃果は彼女の父母からその呼び方を聞いたのだろう。

 

「いつまでもパン屋さん、って呼ぶのは何か他人みたいだし、この際いいかなー、って」

 

「良くねぇよ。そもそも俺とお前らは……」

 

ーー他人だろ

 

そう言いかけて、しかしそれを口に出すことは出来なかった。

最初は購買店員と生徒という関係だった。

彼女たちが店に来るようになって街のパン屋と常連の関係になった。

彼女たちの事を知るようになって、柄にもなく相談にのったりアドバイスなんてことをしてみた。

いつしか彼女たちの事を放っておけなくなった。赤の他人ではいられなくなった。

そして、先日のことりの件……ついに傍観者ではいられなくなった。

ならば今の関係性はなんなのだろうか?

 

「……」

 

「お兄さん、また難しいこと考えてる」

 

「え?いや、そんな事は……」

 

花陽に指摘されて否定するが、

 

「顔を見れば分かります。考え事をする時、険しい顔をするの、悪い癖ですよ?」

 

「……そんな酷い顔してたか?」

 

自分でも気が付いていない癖だった。

そういえば浮かない顔だの怖い顔だの、色々と言われてはきたが、そんなに自分の顔は酷いのかと、頬をつねってみた。

 

「してるにゃ!おじさん急に黙って機嫌悪そうな顔するんだもん!今はもう何か考えてるんだなー、って分かるけど!」

 

「そうそう!最初の頃は怒らせちゃったのかって不安だったんだからね!」

 

「……たぶん、それはだいたい怒ってる時だと思うぞ」

 

会った当初は面倒くさがっていたのは事実なわけで。

それはともかくとして、こうして彼女たちが、京助が何を言わずともその考えている事が分かるようになってきているのも、余計とその関係性について考えさせられる事だった。

他人ではない。ただの知り合いと言うには付き合いが深いし、友達というのはちょっと違う。

他人ではないが、決して友達ではない不思議な関係。だがそれは不思議なことに心地良かったりする。

 

「難儀なことだ」

 

小さく呟いた。

口癖になりつつあるその言葉以外に、今の状況を現す良い言葉が見つからなかった。

 

「あ!その決め台詞久しぶりに聞いた気がする!」

 

「き、決め台詞?」

 

「そうね。ようやく日常が戻ってきた気がするわ」

 

少女たちは顔を見合わせて微笑んだ。一方、京助は釈然としない様子で、しかし彼女たちに釣られて笑い出す。

何もかもが平和だった。

こんな時間が長く続いてほしいと、そう思った。

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませー」

 

いつも通りの昼下がりの購買。

昼休みも終わりに近づいたこの時間、購買スペースに立ち寄る生徒はいなくなり、京助の気の抜けた声だけが廊下に響く。

最後の一声にも反応はなし。これを合図として京助は今日も店仕舞いを始めるのだった。

 

「はぁ……」

 

本日も売れ行きはまぁまぁ上々。文句はなしで黒字の域。疲れて凝り固まった首を軽く回せば、ごきり、と嫌な音がして最近の運動不足を思い知らされた。

後は早く帰って一服いれて、店の方に専念するのみと、そう考えていた。

 

「お兄さん!」

 

「うおっ!?どうした、小泉ちゃん?そんな目の色変えて」

 

慌てた様子の花陽に面くらいながら尋ねてみるが、求めた答えが返ってくることはなく、

 

「穂乃果ちゃん見なかった!?」

 

「え?あぁ、饅頭娘ならさっきイチゴジャムサンド買って教室の方に……」

 

「ありがとうございます!」

 

足早に去っていく花陽の後ろ姿をぼんやりと眺めるしかなかった。

何があったのかは知らないが、また面倒なことになったのだろう。

近々また難儀なことになりそうな予感がした。

 

「あんたも来るのよ!」

 

「は?ちょっ、ま!」

 

前言撤回。近々ではなく、それは今すぐの間違いだったらしい。

ぼんやりと考えていたところを、にこにネクタイを捕まれて、

 

「てめ、ネクタイ引っ張るな!千切れるから!って、首!首締まってる!ぐえっ!」

 

ネクタイを握りしめたまま走り出すにこと、それに引きずられて走り出す京助。

日常が戻ってきたのはうれしいが、この無茶苦茶だけはあまり嬉しくないと思う今日この頃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果見なかった!?」

 

「矢澤先輩、あれ?それに購買のお兄さんまで。穂乃果ならさっき外に行きましたよ?」

 

「ありがと!」

 

「矢澤!良いからネクタイを離せ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果ちゃん見なかった!?」

 

「メェ?」

 

「いや、アルパカに聞いてどうすんのよ!?」

 

「あぁ、サンキュ……中庭の方にいるってさ」

 

「!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、今日もパンが美味い!」

 

「穂乃果ぁあ!」

 

散々走り回り、京助を連れ回した結果、中庭でイチゴジャムサンドを頬張る穂乃果の姿を見つけた時にはもう既ににこや花陽達はヘトヘトになっていた。

 

「あんた、ちょっとはじっとしてなさいよ……」

 

「げほっげほっ……てめぇは、まず俺に、どういう了見か説明しやがれ……げほっぐぇっ、おぇッ」

 

思い切りネクタイを引っ張られ連れ回された所為で、後ろの方でしゃがみ込んで激しくせき込んでいる男が一名。

さすがに今回ばかりは気の毒に思ったのか、真姫と花陽がその背中をさすっていた。

面倒臭そうに振り返ったにこと京助の目があった。しかしすぐに、どちらからともなくそっぽを向くように目を背けてしまう。

前の一件以来、二人は未だにまともに口をきくことすら出来ずに気まずい関係が続いているのだった。それでも時折、そんな事を忘れて以前のように振る舞っては余計と気まずくなってしまっているのだから余計と質が悪い。

 

「穂乃果!もう一度あるわよ!」

 

「え?」

 

「もう一度、『ラブライブ』があるんです!」

 

「……何だと?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜京助は一人、自宅のベランダで背中を手すりに預けて空を見上げていた。

東京の空はやはり狭い。こうもガスがかかっていては星もくもってしまう。

 

「……ふぅ」

 

タバコの煙で肺をいっぱいに満たして、彼は困ったように携帯を取り出した。

 

-もう一度、ラブライブ

 

昼間の出来事。

その知らせを聞いたときは本当に驚いた。そして、本当に嬉しかった。

彼女たちにはまだチャンスがあるのだ。

そのチャンスを、何としてでも掴んでほしいとそう思った。

彼女たちはきっとまた歩き出すのだろう。

 

「俺も……」

 

言いかけて、口ごもる。

彼女たちと違ってチャンスなんて転がってきやしない。

それでも、前に進みたい。だから、

 

「?」

 

通話ボタンをタッチしようとしたタイミングで、不意に携帯電話が鳴りだした。

響く音楽はH II Hの『feels like HEAVEN』

大ヒットホラー映画のテーマとして有名な曲。

 

「うおわっ!?」

 

思わず携帯を投げ捨てた。

自分で設定しておいてあれだが、夜中にこの音楽は心臓に悪い。聞いていけば音楽自体は明るい曲なのだが、映画のイメージのが先行してしまうのだ。

慌てて、しかし恐る恐る携帯電話を拾い上げると幸いにして携帯に傷などはなかった。だが、ディスプレイには浮かぶμ'sの文字に、京助は思わず表情を険しくする。

このままスルーした方が良いのかと数秒悩み、しかし意を決したように結局着信ボタンにタッチする。

 

「……もしもし?」

 

『あ、津田くんも繋がったみたいやね』

 

『やっほー、おじさん!』

 

「イタ電なら切るぞ」

 

少女達にダウンロードさせられた連絡用アプリでの全体通話らしく、聞き覚えのある声がいくつも耳に入ってくる。

 

『もう、津田くんはせっかちやな……話くらい聞いてくれてもええやろ?』

 

「……用件は何だ?用がないなら切るぞ」

 

タバコを咥えたまま、京助が不機嫌そう

な声で尋ねると、

 

『津田さん。前々から思ってたけど、その斜に構えたような態度、どうにかしたほうが良いわよ』

 

絵里に怒られて、京助は電話ごしに頭をぽりぽりと掻いた。これが他のメンバーならば適当な事を言うところだが、どうにも彼は絵里に怒られると妙に座りが悪くて誤魔化しきれない。

それに、京助本人も自分の物言いが大分ひねくれている自覚はあるから言い返しようがないのだった。

 

『そうです。いらない誤解を招くだけですよ?』

 

「あー、それは、なんつーかすまん。……じゃねぇよ、今は俺の事じゃなくて」

 

今度は海未にまで怒られて、たまらず京助は話題を逸らした。

 

「一体全体、何の集まりだこれは?見たところ……穂乃果がグループに入ってないみたいだが」

 

ディスプレイに浮かんだメンバーを見てみても、穂乃果の名前だけがそこにはない。

彼女に黙って内緒話だろうか?

しかし、そこに自分が呼ばれた理由がまだ判然としない。

 

『そうね。まずは一端話を整理しましょう。今から話し合うのは次のラブライブの事よ』

 

「あぁ、なるほ……ん?」

 

ラブライブ!第2回大会

今日になって開催が明かされたそれは、この場の全員の話題の中心……おそらく、全国のスクールアイドルの話題の中心だろう。

その相談と聞いて一瞬納得しかけた京助だったが、すぐに違和感に気が付いた。

 

「ちょい待ち。なら何でリーダー殿をハブにして、よりによって俺を通話に追加した?」

 

『……それが』

 

「うん?」

 

ことりが言いよどむ。

続きの言葉を待ちながら、京助はタバコの煙を肺いっぱいに吸い込んで、

 

『穂乃果ちゃんが、出なくてもいいんじゃないかって言い出したの』

 

「げほっ!?」

 

思い切りむせた。




長らくお待たせしました。
二期開始です。

一期とは違って成長した面々をご覧下さい!
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