「いらっしゃいませー。」
どうにかこうにかこの仕事にも慣れてきた。
昔、仕事を手伝っていた頃の接客を思い出すことも出来たため、問題なく仕事はこなせている。女の子が苦手なのは相変わらずだが、こうして接するぶんには問題なく仕事を行うことができているし、いい加減生徒も慣れてきたのか好奇の視線を感じることも少なくなった。
この分なら少なくとも1年の間仕事をこなすことは出来そうだ。
次々に売れていくパンを見ながらそんな事を考えていた。
「さて、と。」
商品も残りわずかとなり、人もいなくなったのを確認すると、撤退の準備に取り掛かりながら、同時に昨日少女に頼まれた仕事の準備を行う。
矢張り年頃の女の子だし、甘いものが好きだろうか?いや、しかし昼時ということを鑑みて惣菜パンの方が……あまり高額商品ばかりになるのも相手に悪いのでそのへんのことも怠れない。適当に、しかし彼なりに考えを巡らせながらパンをいくつか選びだして運搬用のトレーにのせていく。
「あー!購買終わりかけてるにゃ!」
「り、凛ちゃん!あんまり引っ張らないで!」
――まだお客さんが残っていたか。
「いらっしゃいませ。」
しまいかけていた商品を再び机の上に置き直す。
もう人気商品は随分売れてしまったが、またしても京助の作った新商品は売れ残っていた。
「うわー!もうあんまり残ってない!」
並べられたパンを見るなり、駆けてきたショートヘアーの活発そうな子は落胆の声を上げた。
「すみません。代わりにお安くしときますので」
なんというか感情豊かな子だ。その様子に、京助も苦笑してついついサービスをしてしまう。
余ったらどうせ自分の昼飯か廃棄になるのだから、それなら多少安くても美味しく食べてもらった方が作った者としては嬉しい。
「えっと、あの……ほんとに良いんですか?」
ショートヘアの子に引っ張られるようにして来た子が恐る恐るといった風に尋ねてくる。こちらは対照的に大人しそうな子で、京助を見る目もどこかおっかなびっくりといったようだ。
「別にこのくらい構いませんよ。……あ、でもあんまりみんなには言わないでくれると嬉しいですかね。」
「あ、ありがとうございます。」
頬をかきながら答えると、小さな声でお礼が返ってきた。
別に脅かすような事はしていないつもりなのだが……それでも少女のどこかおずおずとした様子を見るとなんだか悪いことをしてしまったのではないかと不安がよぎる。
それとも自分の顔はそんなに怖いのだろうか?
――この子も少し苦手だな……
そんな感想を浮かべるが、この仕事についてから苦手な相手ばかりが増えている気がした。
「おじさん!これとこれと……あとこれくださいにゃー!」
「お、おじ……!?……はい。えっと130円になりますね。」
少女に言われた心無い一言に傷つきながらも会計を済ませる。
一方でもう一人の少女は商品とにらめっこをしたまままだ悩んでいるようだった。
「ほら、かよちんも早く選ぶにゃ!」
「え!?えっと……」
「そんな急がないで、ゆっくり選んでいいですよ。」
急かされ慌てだした少女に、京助はにっこりと笑って言う。
「えっと……あの、これ何ですか?」
彼の自然な笑顔を見て落ち着いたのか、彼女は一つのパンを指差した。
それは京助の新作――売れ行きの芳しくない商品だった。綺麗な三角系に海苔の貼り付けられた、一見してオニギリのようなパンである。
「あぁ、焼きおにぎりパンですね。中にまるごとおにぎりが入ってるんですよ。」
「えぇ!?そんなのアリ!?」
一人目の少女が驚きの声を上げた。
旅先で実際に京助が目にしてインパクトが強く、なおかつ美味しかったパンなのだが、逆にインパクトが強すぎて、ここでの売れ行きはまだあまり良くない。
しかし、尋ねてきた少女は少し悩んだ後、その商品を二つ掴んで京助に差し出した。
「これ……ください」
「ありがとうございます。えっと……んじゃ、おまけして100円でいいですよ。」
半額にさらに割引。赤字もいいところだが、これを機会に売れるようになってくれれば問題はないだろう。
「そんな、悪いですよ」
「計算面倒くさいから構いませんよ。別に。」
「いいなー、かよちん!……ねぇねぇ、おじさん!」
「はいはい。“おにーさん”に何かようですか?」
おにーさんと言うところをあえて強調するが、少女はあまり気にした様子もなく、
「もしかしてラーメンパンとか作れたりしないかにゃ?」
「ラーメンって、そんな……いや……」
記憶が蘇る。
どこだったかは忘れたが、それも旅先で見た覚えがある。
「多分……出来ますよ。」
「えぇ!?じゃあ、お願いしてもいい?」
「はぁ……まぁ。いいですけど。」
勢いに流され、二つ返事で受けてしまった。
面白い商品を作るのは結構好きだし、そういうノリは嫌いじゃない。だが、また面倒事を増やしてしまった事に少しだけ後悔が残った。
「わーい!今度持ってきてね!さ、かよちん行こう!」
「うん。ありがとうございましたお兄さん。」
大人しい方の少女がぺこりと頭を下げると、二人は踵を返して教室の方へ歩き出した。しかし、ふと思いついたかのように活発な方の少女が振り返って声をかける
「あ、そうだ!おじさん、もうちょっと自然に笑ったほうが若く見えるよ!」
「はいはい……」
――実際若いんだってーの!
苦笑しながら二人を見送った後で、ため息を一つ。
自分の頬をちょっと摘んでみる。そんなに自分の表情は硬いだろうか?
†
パンの入ったトレーを持って廊下を歩く。
購買の腕章に加え、生徒会で発行してくれた許可証があるため特に問題はないはずなのだが、それでも時折すれ違う生徒の視線に疲労感が増していく。
「なんでこの俺が……!」
何度目になるか分からない呟きを漏らした。
昨日、少女に敷地内での喫煙を黙っていてもらう代わりに課せられた仕事は昼休みのパンの出前だった。通常の業務終了後、昼休み半ば程度にいくつか適当に見繕ったパンを生徒会室まで届けるのだ。
正直、面倒くさくて仕方がない。
「ここか、っと……」
生徒会室、と書かれた部屋を見つけ扉を叩く。
間を置かずして中から返事が帰ってきて、戸は開いた。
「あ、思ったより早かったやん。」
紫がかった髪を揺らして、少女は京助が見繕ったパンを覗き込む。
「どうも。適当に見繕いましたが、どうしますか?」
「んー。そうやね……んじゃ、これとこれで。てっきり高額商品ばっか押し付けられると思っとったのに、見かけによらず随分良心的やんな?」
「見かけによらずって何だ……失礼。なんですか?」
言葉遣いが崩れた彼を見てくすりと笑うと、
「あ、領収書もらえる?」
「まぁ……宛名はどうします?」
「東條 希でお願いします。」
「へいへい、っと。これでいいですか?」
名を書いた領収書を渡すと、彼女――希は少し不満そうな顔をした。
「な、何だ?」
「名前。」
「は?あれ、間違って……ましたか?」
慌てる京助に対し、彼女はふるふると首を横に振る。
「こっちが名乗ったのに、そっちが名乗らんのは失礼やない?」
「は?いや、こっちは仕事なわけだが……」
少し疑問が残ったが、言われてみれば少女の言うことももっともな気がした。
どちらにしろ減るものではないし、改めて名乗る。
「カフェ&ベーカリーTSUDAの津田 京助です。よろしくお願い致します。」
「はい、よろしくね。……あと、前も言ったけどそんな仏頂面してると老けて見えるよ?」
「余計なお世……失礼。善処しますよ……」
矢張り先日思った通りにこの少女は苦手だ。しかしそれなのに、この少女との付き合いは長くなりそうな気がした。
これから先に面倒事があるような漠然とした予感を感じて、一気に疲れが貯まるのを感じながら、京助は生徒会室を後にした。
少し投稿がおくれましたね。
こんばんは、北屋です。
先日、取材を兼ねて神田祭りに行ってきました。やはりコラボの影響か若い人が集まっていてすごい活気でした。
おかげで幾分自分も元気をもらえた気がしますw
この元気のまま執筆が調子よく続けていきたいです!
ではでは