ラブライブ! ―夢を追って―   作:北屋

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第三十九話  Don't Let Me Down

「ぶえっくしょい!!」

 

 

μ’sの面々には似合わないおっさんくさいくしゃみの音が響く。無論それは少女たちのものではない。

 

 

「ハックショイ……げほッ、ゲホッ!うぇ……」

 

 

くしゃみに続いて見るからに苦しそうな咳き込み方をして、彼は荒い呼吸を繰り返す。

 

 

「風邪、まだ治らんの?」

 

「あー……誰かさんのおかげでな。……ったく、ひでぇ目にあった」

 

 

京助は毛布をかぶって暖炉の前で震えながらながら悪態をついた。びしょ濡れになった登山用の服からいつも通りの開襟シャツとスラックスに着替えてはいたものの、寒いものは寒い。

にこと凛を庇って崖から転がり落ちた彼だったが、命からがら淵から這い上がったところを助けにきた面々に発見され、一先ず彼女たちの拠点で介抱されることとなったのだった。

 

 

「ごめん……」

 

 

さすがに申し訳ないと思ったのか、しゅんとした様子の凛に一瞥をくれると、舌打ちを一つ、京助は

 

 

「ちっとは落ち着けってこの間も言ったよな?」

 

「うん……」

 

「ったく……怪我してからじゃ遅ぇからな?今回は偶然運良く助かったから良かったが……」

 

「うん……」

 

「ごめんなさい……」

 

 

本気で怒っている様子の京助に、凛も、そしてにこもさらに小さくなる。

いや、そればかりではなく部屋の中にいる他のメンバーも、まるで自分が怒られているかのように黙り込んでしまい、重苦しい沈黙が続く。

 

 

「まぁともかくだ。お前らに怪我がなかったんならそれで良いけどよ……あんまし心配かけんな」

 

 

最初にそんな空気に耐えられなくなるのは、いつも決まって京助だった。

元来、説教をされるのは嫌いなのは彼も一緒。だから人に説教を垂れるのも長い話も好きではない。

丁度そんな折に、お茶をお盆に乗せた花陽が部屋に入ってきて、

 

 

「みんな、お茶淹れたよ?お兄さんもどうぞ」

 

「あ、あぁ。ありがとな」

 

 

花陽が入ってきたのを救いとばかりに、京助は受け取ったお茶を一口飲む。

緑茶の優しい香りと暖かさが冷え切った体を芯から温めてくれるようで気持ちがよくて、先ほどまでの険しい表情はどこへやら、つい口元が緩んでしまう。

 

 

「それはともかくとしてだ。何でお前ら、こんな山奥にいるんだよ?」

 

 

花陽のおかげで空気が和らいだのが話を変える良い機会になったのか、京助はこの別荘に招かれてから不思議に思っていた事を聞いてみる。

 

「それはこっちのセリフよ。津田さんこそ何でこんなところにいるの?」

 

「こうも偶然が重なると何か出来すぎやと思うんやけど。……もしかして津田くん、うちらのストーカー?」

 

「アホ抜かせ。寝言は寝て言えエセ関西娘。俺はもう3日前から入山してるし、お前らが来るのなんざ今始めて知ったわ。むしろお前らが俺のストカーなんじゃねぇかと疑い始めてんだがな」

 

 

いつも会うのは職業柄当たり前のことではある。休日まで外で出会うのは狭い街のことだからとまだ納得が出来る。それにしても夏の合宿といい今回といい、学校から遠く離れた場所でこうして出会ってしまうのはいくらなんでも出来すぎだ。

偶然というにはあまりに不自然で、しかしそれ以外に言い表せるものがない。強いて言うのならば、女神の悪戯だろうか?

そこまで考えて、京助は深いため息をついた。

腐れ縁とはこういう事をいうのだろうか?

 

 

「京ちゃんは山の中で何してたの?しかも3日間も」

 

「あー……それはその、なんつーか、な」

 

 

今度は逆に穂乃果に問いかけられて、京助は口ごもる。

 

 

「?」

 

「山に入った当初は良かったんだが……その後で、ちょっとな、その」

 

 

そこまで言って不自然に言いよどむ。

なんとなくオチは見えていた。

 

「まさか、遭難したとかいうんじゃないでしょうね?」

 

「…………」

 

「え?お兄さん、まさか……」

 

 

いやな沈黙。

 

 

「そーなんだ!」

 

「笑えねぇよ!」

 

 

場を和ませようとした洒落なのか、それとも単純に事実を述べただけなのかは分からないが、穂乃果の一言に京助はテーブルを叩いた。

 

 

「おじさん、人の事いえないにゃ……」

 

「うるせぇ、俺はいいんだよ、俺は。お前ら小娘と違って自己責任で済むから。……それと、次おじさんって言ったら川に投げ込むからな」

 

 

自分の失敗談は幾つになっても恥ずかしい。居心地が悪くなったのか、話題を変えようと彼は部屋の中をぐるっと見回して、

 

 

「しっかし、さすが西木野先生の別荘だな。今時暖炉なんて見かけねぇぜ……って、ん?何だ、これ?」

 

 

彼が不審そうに見つめるのは暖炉の中であった。

煌々と燃える炎の奥、レンガ造りの暖炉の内側に何か絵とも文字ともつかないものが揺れる火に照らされているのが目にとまったのだ。

その正体を見極めようと彼は暖炉に一歩近づいて目を凝らすが、以前として不明のままだった。

 

 

「サンタさんが来てくれた証拠、なんやって」

 

「は?」

 

 

目を丸くして、希と暖炉を交互に見比べる。

言われてみれば確かに暖炉の壁には雪だるまとサンタクロースの絵、それに“Thank you!”の文字。

 

 

「真姫がそう言ってたの」

 

「素敵な話だよね」

 

「……待て。あの西木野ちゃんが?」

 

 

話の流れから察して京助は驚いたように聞き返す。対して絵里と花陽は唇に人差し指を当てて、それ以上は口に出さないようにとジェスチャーを送って見せた。

いつも冷静で時折頑固、どちらかといえば現実主義者の真姫がそんな事を言ったのかと思うと、何だか少し微笑ましく思えてくる。

 

 

「ふふっ……」

 

 

思わず笑い声をこぼしてしまい、慌てて口元を抑える。

別に馬鹿にするつもりがあったわけではない。あの真姫がそんな無邪気な一面を見せたのを想像したら、可愛らしくてつい頬が緩んでしまったのだった。

 

 

「サンタさん、ねぇ……」

 

「もう!おじさんまで!笑っちゃ真姫ちゃんがかわいそうだよ!」

 

「いや……そんなつもりじゃねぇって。しかしサンタさんか……ついぞ俺は縁がなかったな」

 

 

慌てて笑顔を引っ込めると、京助は感慨深そうに腕を組んでため息をつく。

 

 

「京ちゃん?」

 

「いや……こちとら昔から悪ガキの日本代表みたいなもんだったからな。ついぞサンタさんには会ったことはないし、勿論友達にもいねぇな……まぁ、色々悪いことはしてるからサタンさんにはいつか会うとは思うが」

 

「友達って……」

 

「ん?津田くんもサンタさんを信じてるん?」

 

 

京助の冗談に絵里は苦笑を浮かべ、希はからかうように問いかける。

 

 

「ん?あぁ、サンタさんにもサタンさんにも友達はいないが、悪魔(メフィストフェレス)なら友達にいる――いたからな。あんなのがいるんだから、サンタさんくらいいても良いだろ……ってか、いてくれた方が面白いのは間違いないな」

 

「ふふっ……お兄さんもたまには冗談なんていうんだね」

 

 

花陽が楽しそうに笑うと、釣られて他の面々も笑い出す。

しかし、当の本人は――京助は笑ってなどいなかった。

 

――悪魔

 

自分で言ったその言葉を噛み締めるように、何とも言えない表情で黙りこくる。それは、かつて共に歩み、そして決別した友の事を思いだしてのことだった。

 

 

「……そういや、他の三人の姿が見えないが、どうしたんだ?」

 

 

暗い考えを振り払うかのように、あるいは過去を振り払うかのように、京助は話題を今の現実へとシフトさせる。

先ほど彼女達と合流してから今に至るまで海未、ことり、真姫の三人にはまだ出会っていない事が、今更ではあるが気にかかった。

 

 

「海未ちゃん達なら二回で作曲とか衣装の事を考えてるよ。……そうだ、海未ちゃん達にもお茶持っていってあげなきゃ!私行ってくる!」

 

「そんなら俺も付き合おう。まだ家主殿に挨拶もろくすっぽしてないしな」

 

 

よっこらせ、と爺むさい事を言いながら京助はソファから腰を上げると、花陽からお茶の乗ったお盆を受け取る。

 

 

「ほいじゃ、ちょいと行きますかね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真姫ちゃん、入るよ?」

 

「おっす、西木野ちゃん。突然ですまないが邪魔して、る……ぜ?」

 

 

真姫の部屋のドアの前、ノックをして声をかけるも反応はなく、仕方なく穂乃果は扉を開けて室内に入る。京助も彼女の後に続いて入っていって、目を丸くした。

 

 

「あれ?いない……?」

 

「もしかしたら他の二人のところに行ってんじゃねぇか?」

 

「あ、なるほど。じゃあ海未ちゃんの部屋に行ってみようよ」

 

 

真姫の部屋をあとにして、二人は隣の海未の部屋に向かう。しかしそちらもノックに対して返事はなく、

 

 

「海未ちゃん……?」

 

「おっす、園田ちゃん。色々あって邪魔して……」

 

 

部屋に入ってみるもそこは真姫の部屋と同様に蛻の空だった。

海未の姿はどこにもなく、机の上にも……

 

 

「って何じゃこりゃ!?」

 

「え?……うわああああああああ!?」

 

 

京助が驚きの声をあげ、続いて穂乃果も叫び声をあげた。

机の上に置かれていたのは一枚の和紙。そこにはご丁寧にも筆で書かれた綺麗な字で、

 

『探さないでください 海未』

 

 

「ちょ!ことりちゃん!」

 

「あ、待て穂乃果!」

 

 

慌ててことりの部屋に向かう穂乃果と、それを追って走り出す京助。

 

 

「ことりちゃ……わぁぁぁぁぁ!?」

 

「おっす、南ちゃん、色々あって……うおッ!?」

 

 

ノックもせずに扉を開くなり、穂乃果は悲鳴をあげていた。一歩遅れて入った京助の目にまず飛び込んできたのは、壁に掛けられた絵画――の上にマスキングテープでデカデカと貼られた『タスケテ』の文字。

そして、肝心のことりの姿は部屋の中にはなかった。

 

 

「大変だ……あれ?」

 

「……おい」

 

 

冷や汗を一筋流して、二人は部屋の中を改めて見回し、すぐにその中にあった異質なものに気がついた。

布、である。

おそらく、いや間違いなく衣装作成のためのものなので、衣装担当等のことりの部屋にあっても別におかしいことはない。

問題はその状態だ。

 

 

「何、これ?」

 

「何って……」

 

 

ロールから伸ばされたその布はご丁寧に途中途中でいくつもの結び目が作られ、一端は部屋の中の柱にくくりつけられていた。

それこそよくドラマや漫画で見る、布切れを使ったロープのように。

 

 

「……」

 

 

正直、触れたくなかった。

このまま踵を返して部屋を出て行ってしまいたかったが、そういうわけにもいかず、京助は渋々布が垂らされた窓の下を覗き込む。

 

 

「……よぉ」

 

「……あはは」

 

 

目があった。

 

 

「何してんだ、ひよこ娘」

 

 

眉間にこれでもかというほどの皺を刻んで、京助は問いかける。

窓の下で布に吊り下がったままの少女は困ったように笑いながら、

 

 

「これは、その、えっと……え!?何で津田さんがここにいるの!?」

 

「それは……まぁ何というか、俺も上手く説明出来ないんだが……説明は後だ、さっさと地面に降りるかこっちに登り直すかさっさとしろ。無駄に危ない」

 

「あ、は、はい!あ……!」

 

「バカ!慌てるな!」

 

 

京助に言われて焦ったのか、ことりがバランスを崩しロープが大きく揺れる。

いくら束ねたといっても所詮は布、人一人の体重を支えて、なおかつ垂直降下を行うなど用法用量が完全に間違っている。おまけにそれをやっているのは知識も経験もない女の子である。

 

 

「ことりちゃん!落ち着いて!……京ちゃん、GO!」

 

「おう!」

 

 

穂乃果のGOサインを受けて、何の事か聞き返すこともせずに彼は動き出していた。

窓枠を乗り越え、二階から飛び降りる。

着地の衝撃で脚が震えていたところに、ことりがついにロープを手放して降ってきた。

 

 

「ぬッ……うっがあああ!」

 

 

地面に落ちる寸前で、彼女の体を受け止める。

自分の落下の衝撃から立ち直っていないところに更に次の衝撃を受けて、京助はたまらず苦悶の声を上げた。

 

 

「っ……また無茶なことを……怪我はねぇだろうな?」

 

 

抱え込んだままのことりに、京助は眉間に皺を寄せたまま問いかける。

本当はもっと悪態をつきたいところだったが、両脚がしびれてそれどころではなかった。

 

 

「つ、津田さん……」

 

「あのな……南ちゃん。お前はまだ、比較的、他の面々に比べれば、多少は落ち着いてる――ように見えるから今まで何も言わなかったがな……お前も他の小娘どもの例に漏れず、ちったぁ落ち着けっての」

 

「あの……」

 

「大体だな。こんな無茶なことが許されるのは漫画の中だけだ。落ちたら痛いじゃすまねぇぞ?」

 

「その……」

 

「さっきは矢澤ちゃんに猫娘、続いて今度はひよこ娘。次は誰だ?ふざけんな。心配の種を増やすのやめろ、しまいにゃ胃に穴あくわボケ」

 

「えーっと……」

 

「聞いてんのかコラ?……ん?」

 

 

一人で柄にもなく説教をたれていたが、ここでふとことりの反応に不審を覚えて彼女の顔を覗き込む。

彼女は京助から目を背け、心なしか頬を桃色に染めていた。

 

 

「その……顔が近い、です。あと、降ろしてください……」

 

「って、うおっ!?」

 

 

ことりに指摘されて初めて気づいたが、今の格好は傍から見ればお姫様だっこそのもの。ましてやこうして彼女の顔を間近で覗き込む様子はまるで……

そこまで考えたところで京助は大慌てで彼女を放り投げかけて、しかし既のところで考え直して彼女をそっと地面に下ろした。

 

 

「す、すまん!悪い!」

 

「い、いえ……」

 

 

何だか妙に気まずくて、それ以上会話が続かない。

4つも年下の子供相手に何をドギマギしているのかと、自分で自分が情けなくなってくる。

 

 

「京ちゃん、ナイス!ことりちゃんも大丈夫?」

 

「あ、穂乃果ちゃん……うん、津田さんのおかげで!」

 

 

二人とは違ってちゃんと階段を使って降りてきたのだろう、穂乃果が別荘のドアを開けて二人のところに駆け寄ってくる。この時ばかりは彼女の存在がありがたかった。

 

 

「その、津田さん、ありがとうございました!」

 

「……別に。それよか気をつけろよ?いつでも誰かが助けると思ったら大間違いだからな?」

 

 

何はともあれ穂乃果のおかげで気まずさはどこかに行ってしまったようだった。

彼女からのお礼を聞いて、しかし京助はいつもの如くそっぽを向いてしまう。大人のくせに、こんな時に気の利いた返しの一つも言えない自分がアホらしくて、京助は一人また新たな気まずさに苛まれてしまう。

 

 

「とか何とか言っても、誰かじゃなくて京ちゃんが助けてくれるんだよね」

 

「うん!だって津田さんは……」

 

 

憮然とした表情を浮かべて目をそらしたままの京助を見ながら、少女たちはこそこそと話しては笑う。

 

 

「そこ、聞こえてるぞ。ったく……それよか、南ちゃんよ。一体全体何だってあんなことをしたんだ?」

 

 

眉間の皺を深くして、京助は問い詰めるようにことりに言うが、

 

 

「えっと……その……あはは」

 

「あはは、じゃなくてな。そんな風に笑って誤魔化せるのは多感な男子だけだ。いい大人に通じると思うなよ?……それに西木野ちゃんや園田ちゃんはどうしたよ?三人まとめて何か変だぞ?」

 

「あー……京ちゃん?二人なら……」

 

 

穂乃果に肩を叩かれて振り向いた先、そこに彼の口に登った二人の少女の姿があった。

 

 

「はぁ……」

 

「ふぅ……」

 

「…………何してんだ小娘共!?」

 

 

木陰にうずくまって、これでもかと言うほど溜息を真姫と海未の二人のどんよりとした姿を見て、京助は思わず目を丸くした。

 

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