ラブライブ! ―夢を追って―   作:北屋

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第四十一話 Get back

「よっ……と」

 

 

火の点いていないタバコを咥えたまま、岩を乗り越える。

運動不足気味の体に山登りはいくらか堪えるものがあるが、それもまた良し。額に浮かんだ汗を拭って、京助は小さく溜息を吐きだした。

 

 

「ったく……何のために俺を引き止めたんだか」

 

 

呟いて、タバコに火を点ける。

相談にのって欲しいと、そう言われて引き止められたというたのにまだその肝心の相談事とやらをしにくる者はおらず、そうこうしている内に日が暮れてしまっていた。

ことり班は三人まとめて昼寝を始めてしまうし、真姫の班は……にこの一件があるため気まずくて声をかけづらい。

そんな訳で海未の班の様子でも見てみようかと思って山を登ってはみたものの、あいにく日頃からトレーニングを積んでいる健康的な彼女たちと、日頃から酒にタバコに溺れているダメな青年では体力に開きがありすぎて、一向に追いつける気配がなかった。

このままでは今日一日ただぼーっとしていただけである。それはそれで良い気分転換にはなるのだが、彼としてはあまり釈然としないものがあるのだった。

 

 

「しっかし……園田ちゃん、やけに張り切ってたが、星空ちゃんは大丈夫なのか?」

 

 

他のメンバーと違って本格的な登山用ザックにトレッキングシューズ、挙句は杖まで持参しているときた。山に入っていくのをちらりと見かけたが、明らかに海未と凛では温度差が見て取れて、妙に心配になってくる。

 

 

「東條ちゃんがいるし大丈夫か」

 

 

いつも人のことをおちょくって遊んではいるが、あれでも希は三年生。それに何だかんだ言っても周りのことをちゃんと見ているのは京助もよく知っている。

彼女がいれば滅多なことにはならないだろう。

 

 

「……やっぱ俺、いらなくないか?」

 

 

ふと、そんな風に思った。

彼女たちは9人がそれぞれ違った味を持っている。誰かが失敗すれば誰かがそれをフォローして、そうやって確実に前に進んでいく。これまでもそうだったように、きっとこれからもそうなのだろう。

そこに果たして自分は必要なのだろうか――

そこまで考えて、くぅ、と腹の虫が鳴く音で彼は我に帰った。

 

 

「……腹、減ったな。それに何だってこんな独り言ばっか言ってんだ、俺は」

 

 

独りの時間が増えると人は独り言が増えるという。だが、地元に逃げ帰ってくるまでの旅の間はここまで一人で騒がしかった覚えはない。

きっと独りに慣れてしまっていたからだろう。

そして今は逆に小うるさい小娘達といることに慣れてしまったから……

またしても溜息をついて、京助は背負っていたザックを下ろして食事の準備に取り掛かる。

手頃な細枝を着火剤代わりにしてライターで火を点け、それをもっとしっかりした薪に移す。

瞬く間に大きくなっていく火を見ながら、今度はザックから取り出した鍋とケトルに汲んでおいた湧水を注いで火にかける。

後は同じく昼間のうちに集めておいた食材を愛用のナイフで切って鍋に放り込んでいくだけだ。

 

 

「ふむ……」

 

 

今回の収穫物を確認。

ザックの中に無理やり押し込んでおいた小型のクーラーボックスの中には、ウワバミソウにイワタバコ、それにキノコが数種類。それから小ぶりではあるがヤマメが3匹程。

それから尻ポケットにはウイスキーがまだ半分ほど入ったスキットル。

調味料も魚の醤油挿しが何本か残っている。

簡単に鍋にでもしようかと考えていたら口の中に唾が湧き出して、もう一度腹の虫が鳴き出した。

苦笑しながらその辺に生えていた楓の枝を切って来て串を作り、魚を刺して火にかける。

そうこうしている内にゆだってきた鍋の中に山菜を次々に放り込んでいく。

ものの数分と経たずにいい匂いが立ってきて、思わず笑みが浮かんで来るのを隠しきれなかった。

あと少し……鍋の完成を待ちながらフォア・ローゼスの入ったスキットルを傾けて、

 

 

「何やらいい匂いが……」

 

「ぶッ!?」

 

 

思わず吹き出した。

 

 

「園田ちゃんか……脅かすな。てっきり頂上近辺で夜を明かすのかと思ったぜ」

 

「あれ、津田さん……?別に驚かせたつもりはないのですが……」

 

 

つい数時間前にも聞いたようなやりとりだった。

 

 

「それより津田さんは何でこんなところに?」

 

「そりゃ、お前らが……」

 

 

そこまで言ってから、京助はしまったとばかりに眉間に皺を寄せて口をつぐむ。

その様子に海未は小首をかしげて不思議そうに、

 

 

「私達が、何ですか?」

 

「いや、その……」

 

 

言葉に詰まって口ごもる。

思っていることをちゃんと言葉にするのあまり得意ではない。それに今は思った事をそのまま口にすれば……

 

 

「うちらがちゃんと作詞出来てるのか心配で、見に来てくれんたんよな?津田くん」

 

「あ、おじさん!いい匂いがすると思ったら料理なんかしてたの?」

 

 

海未に気を取られていて二人の接近に気がつかなかった。

不覚をとった代償は大きく、言いたくなくて心に留めたばかりの事を代弁されてしまう。

 

 

「だ、黙れエセ関西娘。俺は、その……お前らに飯の邪魔されるのが嫌で山の上まで逃げてきただけだ!」

 

 

図星だった。だがそれを認めるのは恥ずかしくて慌てて言い繕うが、そんな彼の態度も彼女たちにとっては見慣れたもので、希はどこか優しい目線を京助に送り、

 

 

「ふーん?あ、もしかして、誰からも相談がなくて寂しいとか?」

 

「っ……お前、俺に喧嘩売ってんのか?」

 

 

すごんでは見せるものの、これもまた図星だった。

 

 

「あぁ、なるほど……ありがとうございます、津田さん。おかげさまでどうにか、」

 

「うん……まだ進み方は順調とはいえないにゃ」

 

「ちょっ、凛!?」

 

 

海未が言うのを途中で遮って、凛がため息混じりに答える。海未としてはあまりその事を人に言っては欲しくなかったようで、しどろもどろに、

 

 

「いや、その……インスピレーションが沸かないというか、何と言いますか」

 

「そうか。そりゃまた……難儀なことだ」

 

 

京助はそれだけ言うと紙コップを三つ取り出して、インスタントコーヒーを淹れ始める。それは考えての行動ではなく、最早体に染み付いた動きだった。

彼がとやかく言う事ではないし、せっついたところでいい歌詞ができるわけでもない。それが分かっているからこそ京助は何も語らない。

こんな時にしてやれるのはコーヒーでも淹れてやることだけだ。

 

 

「ほらよ。安物のインスタントだが勘弁してくれ」

 

「お!ありがとな、津田くん」

 

 

早速受け取ったコーヒーを一口飲んで、希はほっと一息。安心しきった表情で、

 

 

「ふぅ……やっぱ山で飲むコーヒーは最高やんな。それも津田くんが淹れてくれたのやから格別や」

 

「……そういうもんか?」

 

 

京助もコーヒーに口をつける。

なるほど、山の中で飲む一杯というのも悪くはないと思えた。

所詮は安物のインスタントなのだが。

 

 

「……さてと。どうする?」

 

「どうする、とは?」

 

 

京助に問いかけられて、三人は顔を見合わせる。その様子を見て、彼は薄く微笑んで、

 

 

「どうせ飯もまだなんだろう?折角だから食ってくか?」

 

「え!いいの?」

 

「たいした料理ではないけどな。鍋だけで米だの麺だのはないし、それで良いのなら」

 

「あぁ、それなら乾麺持っとるから、ラーメン鍋なんてどうやろ」

 

「のった。……人も増えたことだし、少し具を足すか。少々もったいない気もするが、奮発すっかね」

 

 

クーラーボックスをあさり、中からいくつかの茸を取り出したかと思うと、彼はそれを鍋の丁度真上あたりに放り投げた。

突飛な彼の行動に呆気にとられた三人の目は、後に続く銀の一閃を目の当たりにした。

それが目にも止まらぬ速さで振るわれたナイフの軌跡だと気づいた時には、既に茸たちは丁度いい感じに両断されて鍋の中に飲み込まれていた。

 

 

「雲南茸鍋……中国あたりの鍋料理、だったっけな。美味い茸をしこたま鍋に放り込んで煮込むことで旨味が複雑に絡み合う、なんてな」

 

 

楽しそうに調味料を足しては鍋をかき回し、お玉で少しすくっては小皿にいれて味見をくり返して味を整えていく。

無言でそんな事を何回か繰り返す内に納得がいく出来になったのか、京助は満足そうに頷いて全員に紙製の器を渡していく。

 

 

「山の中じゃたいした料理も出来やしないが、まぁ悪くないと思うぞ」

 

「また謙遜して。こんないい匂いしてるのに美味しくないわけないやろ」

 

 

さっそく希がおたまを受け取って全員に鍋をよそっていく。

料理が4人に行き渡り、後は箸をつけるだけという段になって、

 

 

「その、津田さん?これは、本当に食べられる茸なんですか?」

 

 

海未は毒々しいまでに赤色の茸を恐る恐る箸でつまんで京助に問いかける。

彼女が躊躇うのも無理はない。元より茸は種類が多く、その中には非常に強力な毒を持つものも少なくない。素人が生半可な知識で採った茸を食べて中毒するなんてニュースも毎年のようにあるのだ。

 

 

「あぁ。試しに食ってみろ。多分大丈夫だから」

 

「……多分?今、多分って言いませんでしたか?」

 

 

不安げに京助に問いかける海未と、にやにやと笑うばかりの希を見比べていた凛だが、やがて空腹に負けたのか、その毒々しい茸を一口、

 

 

「凛……?」

 

 

もぐもぐとよく噛んで味わい、口にしたひとかけらを飲み込んで、凛はほっと一息をつくと、

 

 

「……にゃ」

 

「え?」

 

「にゃははははは!」

 

 

心底楽しそうに笑い出した。

 

 

「津田さん!?やっぱり食べたらいけないものだったんじゃないんですか!?」

 

「ちょっ!?てめっ、シャツの襟掴むな!破れる!いくらすると思ってんだ!?」

 

 

海未に襟首を掴まれた京助が悲鳴に似た声をあげる。無理やり引き剥がすわけにもいかず、かと言ってされるがままにされてはシャツが破けるし、何より首がしまって危ない。

京助と海未が攻防を繰り広げてるのをしりめに希は至って冷静に、

 

 

「凛ちゃん?どうしたん?」

 

「うん、これ凄く美味しい!希ちゃんも海未ちゃんも食べてみてよ!」

 

「え……しかし、」

 

 

凛に言われて、海未も恐る恐ると言った風に鍋に箸をつける。そしてもぐもぐときのこを味わうように噛み締めると、一瞬大きく目を見開いてその次には笑顔になった。

 

 

「美味しいです……!」

 

「これ、タマゴタケ?よく見つけられたね?」

 

「まぁな。時期と環境が分かってればそこまで珍しいものでもねぇ。……ってか紛らわしい反応すんなよ、猫娘……おかげで一張羅をダメにされるところだった」

 

 

ぼやきながら乱れた襟を正すと、ふとそこから地面に落ちるものがある。

それは昼間に花陽からもらったノコンギクの花だった。

 

 

「おっと……」

 

 

地に落ちたそれを拾い上げる。もう摘んでから時間が経ったためか幾分萎れてはいるが、それでも京助はそれを襟元に付け直した。

 

 

「津田くん?オシャレさんやね。どうしたのそれ?」

 

「別に。小泉ちゃんにやられただけだ」

 

 

ひどくぶっきらぼうに言い放つが、それでも捨てずに今までずっと身に付け続け、さらには落ちても拾う当たりこの男の人となりが現れているようだった。

もしくは純粋にその花飾りが気に入っただけかもしれない。

 

 

「ノコンギク、かな?」

 

「良く知ってるな」

 

 

驚いたように希を見つめる。しかし、いろいろと底の知れない彼女の事だから、彼が知っている程度のことは知っていて当然なのだろう。

 

 

「うん。ちなみに花言葉は知ってる?」

 

「『忘れられない想い』だったか?」

 

 

昼間に花陽に教えたばかりのそれを、京助は答えた。しかし、希はそっと首を振り、

 

 

「うん、そうやけどそれだけじゃないよ。もう一つのほう」

 

「ん?いや、知らん」

 

 

もう一つ――

花言葉は一つの花に一つではない。確かにこの花にも別の何か意味があったはずなのだが、さして興味もなかったため忘れてしまっていた。そもそもにして一つだけでも覚えていたことが奇跡に等しいくらいなのだ。

希は何故かひとしきり納得したように頷くと、

 

 

「ふふ……出来すぎやね。いや、津田くんらしいのかな?」

 

「勿体ぶんなよ……別段知りたいわけでもないけどな」

 

 

 

「んー……そうやな。前に津田くんの事占ってみたって話はしたよね?」

 

「あ?あぁ、そう言われてみれば確かに……だが、」

 

 

それとこれとに何の関係があるのかと、問おうとすると彼女はそっとポケットから取り出した一枚のタロットカードを彼の目の前にかざしてみせた。

カードの図柄に描かれるのは一人の若い男だった。一本の剣を握り締め、馬にまたがる姿から彼が騎士だということが分かる。その男の目は鋭く、真っ直ぐに前を見据えている。何者も恐れず、立ちふさがる物を切り伏せんとする力強さの感じられるカードだった。

 

 

「え?見覚えのないカードなのですが、そんなカードありましたっけ?」

 

 

海未が首をひねりながら尋ねると、希は困ったように笑って、

 

 

「んー……本当はこれ、いつも使ってる大アルカナには入ってないカードなんよ」

 

「あぁ、小アルカナのカードですか」

 

 

海未が納得がいったように頷く傍ら、今度は京助が首をひねる番だった。

 

 

「小アルカナ?」

 

「えぇ。普通タロットカードと言えば大アルカナ……一般的に知られている22枚の絵柄のカードを指すのですが、それとは別に56枚のカードがあるんですよ。杖、聖杯、金貨、そして剣の4組に分かれるトランプの原型となったカードです。」

 

 

京助は彼女の説明に関心したように頷いた。そんなカードがあった事はもちろんだが、海未がこんなことを知っていた事も驚きである。どちらかというとお堅いイメージの彼女もまた女の子なのだと、ふとそんな風に思った。

 

 

「そうそう。うちも普段は大アルカナを占いに使ってるんやけどね。でも、いざ津田くんの事を占ってみたら、何故か混じってたんよね。一枚だけ」

 

 

感慨深げに希は呟いて、騎士のカードを掲げて見入る。

 

 

「希ちゃん、そのカードの意味って何なの?」

 

 

凛に尋ねられて、希は真面目な顔で

 

 

「勇気、決断、大きな流れ。積極的な意味のカードやね。……まさに今の津田くんにぴったりやないかな」

 

 

京助を見つめて、希はそう告げる。

対する彼は何かを考えるかの如く、じっと自分の手元を見つめる。

決断。

逃げることはもう出来ない。だが、進むべき道はまだ見えている。悩む時はもう終わっている。今更占いなんかで言われなくても、やるべきことは分かっている。

あとは勇気だけだ。占いを信じるつもりなんぞさらさらないが。

 

 

「へっ、まぁ参考程度には覚えとくぜ。……さ、飯も出来たんだ。暖かいうちに食おうぜ」

 

 

今考えたところで仕方がない、そう思って京助は流れを断ち切るかのように箸を手にとった。それに釣られるように少女たちも慌てて鍋に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……美味しかった」

 

「おじさん、料理上手だね」

 

 

締めのラーメンを平らげ、京助が新たに淹れたコーヒーを飲みながら、少女たちは一息をついた。

 

 

「よもや山の中でこんなに美味しいご飯を食べられるとは思いませんでした。ありがとうございます」

 

「……褒めても何にもでねぇぞ」

 

 

同じくコーヒーを一口飲んで、京助はつぶやくと、

 

 

「さてと、満腹になったことだし、俺はそろそろ別荘の方に戻るが……園田ちゃん達はどうするよ?」

 

「そうですね。私たちもそろそろテントの方に戻りますか」

 

「えー?おじさん戻っちゃうの?つまんないにゃ」

 

「おじさんじゃねぇってんだろ小娘……まぁな。寝袋やら何やら向こうに置いてきちまったし……流石に夜は冷える。お前らも風邪ひかねぇように気をつけろよ」

 

「そうやね。それじゃ、また明日」

 

「おう」

 

 

三人が立ち上がるを見ながら、京助はひらひらと手を振った。

ふと希が思いついたように振り返り、

 

 

「そうだ、さっき言ってたことやけど」

 

「さっき?どの話だ?」

 

「ん。その花の事」

 

 

希は京助に近づくと、ちょん、と彼の胸元のノコンギクの花を指先で突いた。

 

 

「花言葉は、『忘れられない想い』……それから『守護』」

 

 

そう言って彼女はくすりと笑う。

 

 

「お似合いの花やと思うよ?μ’sの『騎士』さん?」

 

「あ?誰が、」

 

 

眉間に皺を寄せて反論する彼を遮るように、

 

 

「誰かが失敗したら誰かが助ける。これからも、これからもそうやって進んでいく。でも、それでも時には挫けそうになる時もあるんよ。そんな時、うちらを支えてくれるのは、いつも見守ってくれている人やんな。……本人は特別な事をしているつもりはないのかもしれないけれど、あなたは私たちにとってとっても特別で重要な人。だから、もっと自信をもって?」

 

 

呆気にとられる京助を残して、希は彼に背を向けて歩き出す。少し先で希と京助を見つめていた海未と凛に合流して帰っていく後ろ姿を見ながら、彼は胸元の花にそっと触れてみた。

 

 

「何が、ぴったりだっての……」

 

 

『騎士』なんて似合うわけがない。ましてや『守護』……守り護るなんて柄じゃない。

だが、彼女達を見ていると胸にこみあげてくる思いがある。

 

 

「ちっ」

 

 

舌打ちを一つ、京助も立ち上がって火の始末をすると踵を返して元きた道を戻る。

似合わなくとも柄じゃなくとも、彼女たちが望むのなら仕方がない……なんて考えることこそ自分らしくはない。

いつにも増して悶々としながら京助は薄闇に包まれた山道を歩いていくのだった。

 

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