「そんな事があったんだ」
「あぁ……」
話を聴き終えた時、しみじみと真姫は頷いてみせた。
「喧嘩ってわけじゃないだろ?これはどっちかって言うと、俺が」
「喧嘩ではないわね。でも、あなたが一方的に悪い訳でもない」
俺が悪いと、そう言おうとした京助を真姫は遮る。
「どっちが良いとか悪いとかの話じゃない」
「どっちも悪くない、ってか?そんな灰色の答え、俺は望んじゃいない」
輝きを求めて失敗し、さりとて泥の中に埋もる事さえ出来なかった。
京助は自分の生きてきた道をそう思っている。
だが、せめて。
せめて、彼女たちに対してだけは、どっちつかずの灰色でいたくなかった。
けれど、
「白を黒、黒を白なんて言うくらいなら灰色のが万倍マシよ。何で、全部自分が悪い事にしようとするの?」
彼の心の内を見透かしたかのように真姫はばっさりと切って捨てた。
「何でも何も、」
「何でにこちゃんや私たちが無条件でよくて、あなたが悪者なの?」
言い返そうとして、言葉が続かなかった。
全部人の所為にしてしまえば気が楽なのと同じ。
全部自分が悪い事にしてしまえば、何も考えなくて良いのだから。
「俺は、大人だから」
かろうじて、振り絞れた答えはそれだった。
言っておいて、自分でもみじめで情けなくなるような答えだった。
「呆れた。まるっきり子供の答えじゃない」
「小娘に子供呼ばわりされるとは、俺も焼きが回ったかね」
足元に落ちた煙草を拾いなおして、自嘲気味に笑う。
焚火の中に放り込むと、もう火の消えたそれは再び燃え上がって、やがて燃え尽きた。
「あなたが夢を、その、諦めた事はみんな何となく気づいてた。何か事情があることくらいは」
「そりゃまぁそうだろな」
苦笑を一つ。
京助の言動を見れば、今の仕事が彼の本当にやりたかった事ではないと、子供だって分かる。
「にこちゃんだって気づいてたはずだわ。なのに、」
「それは、あの子の優しさだろう」
真姫の言葉を遮った。
きっと……いや、間違いなく彼女だって気づいていたはずだ。それなのに気付かぬ振りを続けてくれていたのは、彼女が京助の事を考えてくれていたからに他ならない。
彼女は信じてくれていた。それを裏切ったのは自分だ。
「違うわよ」
再び自責の念に苛まれる京助だったが、その思いを、真姫が一言でばっさり切り捨てた。
「
真姫が京助の目を真っすぐに見て、彼の名を呼ぶ。
普段ならバツが悪くなって目を逸らすはずなのに、今日、今回だけはそれが出来なかった。
いつに増しても真剣な彼女の面持ちに、気おされてしまう。
「あなたもにこちゃんも、二人してどうしょうもない人ね。どっちもどっちで、相手の事を誤解してる。……いいえ、神聖視?お互いに夢を見すぎなのよ」
「神聖視って」
「あなたとにこちゃんがどんな関係なのかは知らないけど」
そう前置いて、
「にこちゃんは、まだ夢を追い続けているあなたを信じたかったから信じた。あなたは、そんなにこちゃんを無条件に良い子だって信じた。それじゃどこまで行っても平行線よね」
「それは……」
言葉に、詰まる。
彼女が今言った事はまさしくその通りだった。
先輩、後輩。
にこと京助はそんな関係で、数年前からそれなりに付き合いがあって、でもよくよく考えてみれば二人は互いの事をそれ以上に詳しく知らない。
矢澤にこと言う少女は、アイドルが大好きで、アイドルにあこがれて、どこまでも直向きで、誰よりも……
それしか、知らない。
きっと、彼女もそうだ。
彼女が知る津田京助という男は、自分が思っている自分とは違うのだ。
それにどうして気が付くことが出来なかった?
「そういう事、なのかねぇ……それにしても西木野ちゃんや。今日はえらく饒舌だが、どうしたよ?」
揶揄うような調子で、今度は京助が真姫に問いかけた。
「私は真面目な話をしてるんだけど」
「ははっ」
京助は笑いながら、その場にごろりと横になり、目を閉じた。
態度こそ余裕ではあるが、彼の心中はとてもではないが穏やかではなかった。
色々な考えが、頭の中を、心の中を、ぐるぐるとかき混ぜる。
今まで自分は何をしてきたのか。何もしてこなかった。
彼女の事を知ろうともしなかった。
自分の事を知ってもらおうともしなかった。
彼女に幻想を押し付けた。
彼女に押し付けられた幻想を正そうとしなかった。
一度だってちゃんと、自分がどうしてこんなところにいるのか、彼女たちに話したことがあっただろうか?
年長者としての見栄がそんな事をさせたのか?
なら、そんな役に立たない見栄なんて、自分を傷つけるだけの見栄なんて。ましてや、女の子を傷つけたままにする見栄なんて。
そんなもの、刻んでカラスの餌にでもした方が万倍役に立つ。
「いっぺん、矢澤ちゃんと話し会ってみるよ」
自分の腕を枕に、そうはっきりと言う。
それは真姫に対する答えであり、そして、自分自身に対する一種の宣言でもあった。
真姫は何も言い返さなかった。
ただただ、静まり返ってしまった中で、火の爆ぜる音だけが心地よく響いていた。
「……そ。あんたがそうしたいって思ったんなら、そうすれば良いんじゃない」
どれほどの時間がたった頃だろうか。
真姫はそう言って立ち上がる。
ことん、と。
軽い音が聞こえた。真姫がコップを丸太の上に置いた音だった。
「コーヒー、ごちそうさま。私はテントに戻るけど……」
「俺はこのまま寝る」
ひらひらと手をふる京助に、真姫はちょっとだけ考えてから、小さく、控えめに手を振って見せた。
「おやすみ、京助」
「おやすみ、
彼女の気配が遠ざかり、再び静かな夜がやってくる。
目を開いた。
見上げる空には星が瞬いている。都会では見えなかった、気づけなかった天上の光。
そこに向けて手を伸ばしてみる。
決してこの手は届かない事は知っている。
だが、それでも……
この手は、今度こそ何かを掴めるような、そんな気がした。
†
「あれ、京ちゃん?」
「おう、おはよう」
翌朝。
まだ日も上りきらない頃。
匂いにつられてか、穂乃果が別荘のキッチンに顔を出した。
「早いな。良く寝れなかったか?」
「ううん、もうぐっすり……って、何してるの?」
「寝ぼけてんのか?見りゃ分かるだろう」
フライパンを振りながら、京助が穂乃果の方に振り返る。
彼女の後ろには、花陽と絵里。続いてにこと希、凛が顔を出す。
「少し待ってろ」
丁度良く、炊飯器の炊き上がりのアラームが鳴り響く。
ふわりと香る出汁の匂いはみそ汁だろう。
今しがた京助が振るっていたフライパンの中には焦げ目の綺麗な卵焼きがのっている。
今朝の朝食は京助が腕によりをかけているらしい。
「わぁ!美味しそう……じゃなかった!あの、ことりちゃん達見なかった?」
「……おっと」
京助は人差し指を自分の唇に当てて、
「南ちゃんに園田ちゃん、真姫ちゃんは向こうで寝てる。明け方まで頑張ってたみたいだな」
卵焼き切りながら、小さな声で彼は言う。
その横顔には安心したような微笑みが見て取れた。
「今は、ゆっくり寝させてやれよ。ほれ」
淹れたてのコーヒーを彼女たちに手渡す。
それはどれも、ミルクや砂糖の量が彼女達一人一人の好みに合わせられたものだった。
「そうね」
京助の言葉に絵里が頷いた。
他のメンバーも顔を見合わせて微笑み合う。
「さて、と。飲み終わったらでいいから、みんな少し手伝ってもらってもいいか?もう何品か作りたいんだが」
「はい!お兄さん」
「凛も凛も!」
「そんなに料理得意じゃないんやけど、それでもええんなら」
「まったく。で、何作るの?」
いの一番に花陽が手を挙げるとそれに続いて、他のメンバーも続々と彼女に倣う。
今日の朝食は、豪華なものになりそうだった。