ラブライブ! ―夢を追って―   作:北屋

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第四十六話 Der Tanz in der Dorfschenke

伴瀬 貴仁。年齢、21歳。

UTX学院大学3年。

名実ともに国内No.1のスクールアイドル、A-RISEのマネージャーにして作曲担当。

マネジメント、サポート、作曲。それだけでなく、自ら行う楽器の演奏においてもそれぞれのプロ顔負けの能力を発揮し、A-RISEの勝利に決して少なくない貢献をしてきた青年。

そして何より津田 京助に敗北と挫折の概念を刻み込んだ男。

彼らの因縁は、二人がまだ少年と言える頃から続くものだった。

 

小学生の時分、放課後の音楽室。

当時から喧嘩に明け暮れていた、何も持たない、夢も見られない粗暴な一人の子供

楽し気に、寂し気に、鍵盤を叩き続ける一人の子供。

物語は、そこから始まった。

 

「いつか、お前に勝つ」

 

一人の少年は完膚なきまでに叩きのめされ、その衝撃は彼にささやかな夢と大きな目標を与えた。

 

「楽しみにしてるよ」

 

一人の少年はこれまでに感じた事のなかった驚きを得て、その邂逅は彼に未来への希望と、初めて自ら進みたいと思える道を示した。

 

ともあれ二人の少年は親友(ライバル)宿敵(とも)を同時に得たのだ。

 

敗北に次ぐ敗北、挫折に次ぐ挫折。その度にもう一度立ち上がり、次こそはと拳を握りしめる少年の我武者羅な姿に、ある者は呆れ、あたある者は心配し、あるいは根負けする形となって、彼の夢に共感し、共に歩む者が増えていった。

夢はやがて群像となり、現実へと変わっていった。

ささやかな夢は形となり、されど決して大きな目標には手が届かないまま。

けれどいずれその手は星に届くと、愚直なまでに自分に言い聞かせて拳を突き上げる日々。

けれどその満ち足りた日々は、唐突に終わりを迎えた。

京助自らが終わらせた。

たった一つの目標、友への勝利も果たせぬままに。

巻き込んだ仲間を捨てる形で。

 

「考えてみると最低な野郎だな、俺」

 

客のいなくなった店内、差し込む西日に目を細めながら京助は独り言ちる。

友との予期せぬ再会は、彼の心に暗い影を落とすのに十分すぎる出来事だった。

思い返してみれば彼の今までにあったのは敗北と挫折の歴史。屈辱と恥に満ちた生き様。

今でも時折夢に見ては彼の心を苛み続けるそれは、これからも決して彼を解放することはないのだろう。

久方ぶりに出会ったかつての友は、京助の知らないところで、知らない内に新たな輝きを手にしていた。

比べて自分はどうなのか。

あの決別から数年、多くのモノを失った。自信も信念も打ち砕かれて、夢は錆びて朽ち果てた。

もう一度、今度こそ。最後に一回だけで良い。

そんな覚悟で再び立ち上がろうとしたその矢先にこの邂逅は、なかなか厳しいものがある。

またしても心が折れそうだった。逃げ出したくてたまらない。

そう思う自分がどこまでも情けない。

 

「難儀なことだ」

 

火のついてない煙草を咥え、手元に置いたプラケースを弄ぶ。

掌に収まりきらないくらいのサイズの平たいそれは、本当の重さよりもずっと重く感じられてならない。

約束の為、そして彼女たちの為に、先日から精魂込めて仕上げたそれは、けれども今となっては彼女たちの足かせ、余計な物に思えてならなかった。

なら、このまま両手に少し力をいれてやれば良い。

今回、これを用意したのも京助の気まぐれ。彼女たちはまだこれの存在を知りはしない。

所詮は口約束だ。破ったからと言って何がある訳でも……

 

「邪魔するわよ、京助」

 

「おじさん、いつもの!」

 

「うおっ!?」

 

ドアベルの音が響き、店内に入ってくる気配が三つ。

一人黄昏れて悦に浸っていた京助は頓狂な声を上げてしまった。

 

 

「こんにちは、お兄さん。……もしかしてお取込み中でしたか?」

 

「いや、そんな事はない……席で待ってな。すぐに用意するから」

 

 

手元のそれをカウンターに置いたまま席を立つ。

店を訪れたのは真姫と凛、それに花陽。一年生の三人だった。

 

 

「はいよ。それからこれはサービスだ」

 

 

それぞれの前に彼女たちがいつも頼む飲み物を置き、ついでに小皿に切り分けた菓子を配る。

今日の菓子はカステラプリンケーキ。スポンジ生地の上にプリン層とカラメルが乗った、甘めのケーキだ。

京助もこうして作るのは初めてで、まだ売り物として店頭に並べるには自信がないが、試食品として彼女達に出す分には問題ない。

 

 

「また新作? あなた、私たちの事毒見にしてないかしら?」

 

「さてな?」

 

 

真姫のちょっとからかうような問いに、京助は微かに笑って答えてみせる。

つい先日までは仏頂面で適当にあしらうことしか出来なかったのに、我ながら大した進歩だと、そう思う。

配膳を終えて、再びカウンターの向こう側へ戻ろうとした彼だったが、その手首を少女の手が掴んで止めた。

 

 

「……何か用か?」

 

「聞きたい事があるんだけど」

 

「あん?」

 

 

笑みも引っ込み不機嫌そうに呟いて、それでも京助は別のテーブルから引っ張ってきた椅子に腰かけて彼女達に向かい合った。

 

 

「聞きたい事? 何だ?」

 

 

もしや、いつぞやの約束の事かと、視線がカウンターの方へ行きかけるのを堪えて、首を傾げる。だが、真姫が切り出してきた話題は彼が予想していたものとは違うものだった。

 

 

「UTXの……A-RISEの所にいたあの人、一体何者なの? 京助の知り合いみたいだったけど」

 

「それを聞くか?」

 

ため息を一つ、適当に流すか、正直に話すかを戸惑うのは一瞬の事だった。

もう、京助と彼女たちは無関係ではない以上、これは話しておくべきことなのだろう。

ましてや、あの男の事ならばなおさらだ。

A- RISEと手を組んだ、かつての仲間の事を。

 

 

「あのフザけた野郎は、伴瀬 貴仁。俺の古い馴染みでな。……いいや、違うか」

 

 

つい以前の癖で、当たり障りのない事を言って終わらせようとしたが、京助はすぐに考え直し、

 

 

「昔の、仲間だ」

 

「え? それって、」

 

「一緒に、バンドやってたメンバーだ」

 

言ってから京助は立ち上がると、間もなく持って帰ってきた自分の分のコーヒーを一口、

 

「あいつは化物……悪魔そのものだ。担当はキーボードと作曲……の癖に、歌わせても叩かせても、一級品。ギターに関しちゃ、担当だった俺よりよっぽど上手い」

 

「そんな」

 

「おまけに、頭も信じられないくらいに良いし、運動神経も抜群、お前らも見たように顔もスタイルも申し分ない。ガキの頃から何やっても勝てなかったよ」

 

 

茶化すような言いざまとは違い、彼の顔には不機嫌を煮詰めきったような表情が浮かんでいて、さすがの三人と言えども何も言えなくなってしまう。

彼女達は想像がしてしまった。

彼のいう事が本当だとして、そんな才能の塊が傍らにいたらどうなるのか。

彼の言い方からして、何度も、何十回も、ひょっとすると何百回も彼はそんな友人に張り合おうとして負け続けて来たのではないだろうか。

京助が夢を諦めたというのならば、その原因とまではいかずとも、遠因はあの青年なのではなかろうかと。

しかしそれを察したのか京助は、

 

 

「何考えてるのかは想像つくが、俺がへし折れたのは奴の所為じゃないからな」

 

 

それは別件だ、と。

呻くように呟く。

 

「その、おじさんの友達が何でA-RISEと一緒にいるにゃ?」

 

「さてな……俺も奴と会うのは3年ぶりだ。その間に何があったのかは知らねぇ」

 

 

いつもなら耳聡く聞きつけるはずのおじさん呼びをスルーして、京助は項垂れ気味に話を続けた。

 

 

「でも、あれは……何で、あの人、お兄さんの事をいきなり」

 

「それは、その……俺が、何だ。一人旅に出るにあたって、えーと、」

 

「何となく察しがついた。あなた、解散の時に何か揉め事起こしたのね」

 

 

しどろもどろになった京助を見かねて、真姫が言うと返答は思いがけないところから帰って来た。

 

 

「ご名答」

 

 

4人の視線が一斉にレジカウンターの方へ向いた。

つい先ほどまで京助が腰かけていた椅子には、いつからそうしていたのか、一人の青年が悠然と腰を下ろしていた。

朗らかな、人のよさそうな笑みを浮かべるその男こそ、今まさに京助と彼女達の話題に上っていた人物その人だった。

 

 

「こんにちは、μ’sの一年生さん達。それに京助」

 

「てめぇ、いつからそこに」

 

 

弾かれたように京助は席を立ち、真姫や凛達を背に貴仁と対峙する。

 

 

「あのさ、京助? この間もそうだけど、何でその子たちと僕の間に立つのかな? もしかして僕がその子達に何かすると思ってる?」

 

「さてな。だが、お前は子供の教育には悪そうだ」

 

「君ほどじゃないと思うけど」

 

 

こつり、と。

固い靴音が響く。貴仁が立ち上がり、京助たちの方へ歩み始めた。

 

 

「この間は碌に挨拶も出来なかったから、久しぶりにちゃんとお話ししようと思ったんだけど。今取り込み中?」

 

「……いいや」

 

「それは良かった」

 

 

真姫たちの隣のテーブルにつき、メニューを見つめ始める貴仁の横顔は、なんと言うか様になっていた。

思わず三人の少女も、そして京助でさえも見とれてしまう程に。

 

 

「悪い。真姫、星空ちゃん、小泉ちゃん。今日はもう閉店だ」

 

「え~? まだケーキ食べてないにゃー」

 

「すまん。包んで持たせてやるから勘弁してくれ」

 

「でも、」

 

なおも食い下がる凛に、京助は申し訳なさそうに頭を下げる。

いつもの彼からは想像も出来ないようなしおらしい様子だった。

勿論、凛とて気づいていないわけではない。分かった上での我儘だ。

このまま京助と貴仁を二人きりにしてしまったら、何か大変な事が起こるんじゃないか。京助がまた傷つく事になるんじゃないかと、心のどこかでそう感じていたのだった。

 

 

「分かりました。それじゃあ、また今度お邪魔しますね。……さ、凛ちゃん、行こう?」

 

 

花陽が一瞬、決意したような顔を見せ、しかしすぐにいつもの様子で凛の説得にかかる。

本当は、彼女の心中も凛と同じだった。

彼を心配しているのは、きっと真姫も同じだ。

けれど、ここで止めるのは違う気がした。

彼が取り戻しつつある強さと輝きを信じてみたかった。

 

 

「行きましょ、凛」

 

「……うん」

 

 

渋々といった風に頷いて、凛も先を立つ。

間もなく京助が小分けにラッピングしたケーキを持って店を出る三人。

心配そうにちらちらと京助を伺う様子は、けれど、彼にとっては少し苦いものだった。

去り行く彼女達、その背中にふと声がかかる。

 

 

「ごめん、真姫ちゃん。これ!」

 

 

ひょい、と。

貴仁が投げてよこしたものを真姫が慌ててキャッチする。

 

 

「お前、それは!?」

 

 

薄いプラスティックのケースに入ったそれは、先ほど京助が一人、弄んでいた一枚のCDだった。

真姫に託すべく作り、しかしいざ作り終えた後で渡すのを躊躇していた音源だった。

そんな事など知っているはずがないと言うのに、貴仁は当然とでも言うようにそれを真姫に手渡してみせた。

 

 

「京助が君たちに、って。ほら、こいつこう見えてシャイだからさ」

 

 

悪魔の微笑みを浮かべたまま貴仁は言う。

京助の意思など一切無視して、しかし彼がしたかった事をこともなげに成し遂げてみせる。

まるで全て自分の掌の上の事だと言うように。

まるで全ては無駄だと突きつけるように。

真姫は京助と貴仁を見比べて、そして手元のCDを見つめなおす。

 

 

「京助、これ、使わせてもらうから」

 

「……あぁ」

 

 

有無を言わせぬ強い調子の真姫の宣言に、京助は頷く事しか出来なかった。

少女は頷き返し、そのまま足早に店を出ていく。彼女が振り返る事はもうなかった。

二人きりになった店内、少女たちが出ていった扉を見つめ、京助は歯を食いしばる。

その両の拳が真っ白になるくらいに握り締められていた。

そこにあるのは先に進む決意なのか。それともまた進むことを躊躇した自分への怒りなのか。

さもなければ、屈辱なのか。

それは京助自身にも分からなかった。

ただ、そんな青年を見つめる貴仁だけは、訳知り顔に小さく頷く。

彼の心中に渦巻くそれの正体を正確に見定め、悪魔はなおも笑みを深くする。

 

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