ラブライブ! ―夢を追って―   作:北屋

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第六話 叶わなかった夢の残骸

昼休み、学校の廊下。

今時の子は教室内で過ごすことが多いのか、思っていたよりは静かだ。母校でこそないものの、学校自体に来るのは本当に久しぶりだったため、何となく懐かしさや一抹の寂しささえも感じてしまう。

とはいえ、商売の終わった今、そんな感傷に浸っている暇などないし、昼休みの間に帰らなければならない。それに京助自身、早くこの場を離れたいというのも本音であった。

 

 

「……煙草吸いてぇ」

 

 

正直言ってオーバーワークだ。

ただでさえ女の子は苦手だというのに、商売柄、接する機会が多く精神的に宜しくない。この頃一日の煙草消費量も心なしか増えている気がする。

 

――そういえば明後日は休みだったよな?

 

毎週土曜日、パン屋自体は営業しているが購買の仕事はない。それだけで大分気が休まる。

それにその次は日曜日で一日休み。そこで何か息抜きをしたいところだ。

しかし息抜き――何をすれば良いのか?

昔は夢に向かうのが精一杯で、練習自体も楽しくて仕方なかった。夢を諦めてからはただ毎日を生きるので精一杯で、今までこれといった趣味をもってこなかった。

 

 

「仕方ねぇ。パチンコでも行くか」

 

 

――確か新台が入荷したはずだ。

 

ダメ男の典型のようなことを考えて歩いていると、微かに聞こえた旋律が彼の脚を止めた。

オリジナル曲なのか、今まで聞いたことのない曲だった。ピアノの旋律と共に、少女の歌う声も聞こえてくる。

誘われたかのように、いつの間にか京助はふらふらと音楽の聞こえる方へ歩みを進めていた。

 

 

「あ!」

 

「あ……」

 

 

音楽室と表示された教室の前で、京助は見知った顔と出会った。

そう、確か……

 

 

「高坂ちゃん……でしたっけ?」

 

「はい!あれ?でも何でパン屋さんがこんなところに?」

 

「いや、ちょっと野暮用がありまして……ところでこの曲は?」

 

 

尋ねると、彼女はしー、と人差し指を口の前で立てて静かにするようにジェスチャーをすると、部屋の中を指し示した。促されるままに京助も彼女の隣に立ち、室内を覗き込む。

そこには、ピアノに向かう赤い髪の少女がいた。

 

――上手い。

 

素直にそう思う。

京助はいつになく真剣に少女の弾くピアノに聞き入っていた。

美しい旋律。それだけでなく、彼女が楽しく弾いているということが聞いている側にも分かるような、何か心に訴えるものがある。才能や努力だけではこうはいかない。ここまで来るには本当に音楽が好きでないと……

そう考えていたとき、少女がこちらに目線を移動した。

 

 

「う゛ぇ!?」

 

「……やべッ」

 

 

ピアノが吐き出した不協和音に我に返ってみれば、謎の男が女生徒を覗き見していたという犯罪じみた状況がそこにあった。

慌てて踵を返そうとするが、目尻を釣り上げた少女が扉を開いてすぐ目の前まで迫っていた。

 

 

「ちょっと、あなた達!そこで何してたの?」

 

「いや、その、俺……自分はこういうものです」

 

 

苦し紛れに腕章を指差し、次いで抱えたトレーを見せる。少女の京助を見る目が多少は柔らかくなったものの、まだ納得のいってない顔で、

 

 

「購買部?……で、何でパン屋のおじさんが人のこと覗いてるのよ?」

 

「な、てめッ……誰がおじ………!」

 

 

老け顔のことは自覚しているが、結構気にしていたりする。ましてや今日になってそれを指摘されるのは3回目だ。

いい加減に怒鳴りつけたい衝動に駆られたが、どうにかそれをこらえ、咳払いをして誤魔化し、青筋の代わりに営業スマイルを顔に浮かべた。

 

 

「新商品のパンはいかがでしょうか?」

 

「………」

 

 

少女の目が痛い。

少しは和らいだように思えた視線が、急速に凍てついて、不審者をみる目で京助を睨みつけている。

そんな時、嫌な沈黙を打ち破ったのは穂乃果だった。

 

 

「凄い凄い凄い!感動しちゃったよ!」

 

「べ、別に……」

 

 

穂乃果の勢いに、今の今まで眉間に皺を寄せていた少女もたじろいでしまう。

 

 

「歌上手だね!ピアノも上手だね!それに、アイドルみたいに可愛い!!」

 

 

矢継ぎ早に掛けられた賞賛の声に、今度は真っ赤になってしまう。

その様子を見ながら京助は不覚にも笑いそうになり、それをかみ殺すのに必死だった。

肩を震わせる彼をきっ、と睨むと少女は立ち上がりその場を去ろうとする。

 

 

「あのさ!いきなりなんだけど……アイドルやってみない?」

 

「……は?」

 

 

穂乃果のその言葉に、京助の口から疑問符が飛び出した。

問いかけられた少女は眉をよせ、すぐに、

 

 

「何それ?意味わかんない!」

 

「だよね……」

 

 

不機嫌そうに言い放ち、教室を出ていこうとする彼女を見て、穂乃果も笑い出した。

 

 

「……?」

 

 

彼女の表情にはどこか寂しげな表情が浮かんでいるのを、悲しげに溜息をつくのを、京助は運が悪いことに目にしてしまった。

 

――苦手なんだよな……

 

どうも、女の子のこういう表情を見るのはあまり好きではない。自分のことでもないのに、その場にいるのがいたたまれなくなって、どうしたら良いのか分からなくなって、遂には放っておけなくなってしまう。昔から変わらない、彼の悪い癖。

何も言わない穂乃果の横で、為すすべなく立って辺りを見渡し、やがて目の前のピアノが目に付いた。

 

 

「あー……」

 

 

ピアノを前にして、彼の心に小さな悪戯心が湧いた。

あるいはそれは、少女の奏でる演奏を聞いて彼にも何か感じるところがあったからかもしれない。

椅子に座って鍵盤に向かう。京助の思いがけない行動に、さっきとは打って変わって驚いた顔をする穂乃果にほんの少しだけ笑って見せて、

 

 

「キーボードは苦手なんだけどな……」

 

 

苦笑混じりに小さく呟くと鍵盤に指を走らせた。

友達に教わった、彼の弾ける数少ない曲の一つ。

かつて、音楽の楽しさを教えてくれた一番のお気に入りの曲で、誰もが一度は耳にしたことがある有名なバンドの曲だ。

 

 

――僕達の街に、海に出た男が居たんだ

 

 

譜面も英語の歌詞もうろ覚えだが、指は思った以上に動いてくれる。

少女のように、歌いながら演奏するなんて器用なことは出来ないが、曲の明るいテンポに弾いている京助自身も少し楽しさを感じてしまった。

思えば幼い頃から楽器はなんでも、それこそ突き詰めれば音の出るものならなんでも好きだった。だから成長していくにつれて、その道に進みたいとも思うのは当然のことで、気がつけば周りには同じような思いを持つ仲間たちとも出会えた。

あんな事がなければもっとあの仲間たちと夢を追い続けていられたのかもしれない。それこそもしかしたら、今でも夢を捨てずにいられたのかもしれない。

 

 

――友達はみんなここにいて……

 

 

曲の途中で不協和音が響き、そこで曲は終わった。

長らく触れていなかった苦手な楽器でここまでやれたのが奇跡に等しいのに、演奏途中で余計な事を考えたのがいけなかった。

頭をかきながら立ち上がれば、穂乃果も、そして立ち去ろうとしていた少女さえも振り返って、驚きと困惑の混じった顔で彼を見ている。

 

 

「いや、少し音楽をかじっててね。見ての通りこの程度だが……」

 

「凄い凄い!パン屋さん、ピアノ弾けたんだ!?」

 

 

パチパチと拍手をして驚きの声を上げる穂乃果。その大げさな喜びように、京助も少し恥ずかしくなってしまって頭を掻いた。

叶わなかった夢の残骸のような代物でも、役に立つこともあるものだと……そんな風にさえ思えた。

しかし、一方の少女は呆れたような目で京助を一瞥し、

 

 

「下手ね」

 

「ぐ……」

 

 

予想以上に傷つく一言だったが、自分でも納得しているから反論出来ない。

才能があれば、なんて何度考えたことかも分からない。

 

 

「でも、不思議と悪くない演奏……。あなた何者?ただの購買のおじさんじゃないでしょ?」

 

「……ただの購買の”おにーさん”ですよ。」

 

 

誤魔化すために煙草を取り出そうとして、ここが学校であることを思い出しそれを止める。

ここまで煙草が恋しくなったのは初めてだ。

 

 

「さて……。ほいじゃ、ともかく俺……自分はここら辺で。」

 

 

疑惑の眼差しに耐え切れなくなり、立ち上がって足早に踵を返す。

ほんの小さな悪戯のつもりだったが、我に返ってみれば酷く恥ずかしい事をしてしまった。もう二度とは楽器に触れることもないとさえ思っていたのに。

どうも、この学校に来ると――ここの生徒と接すると、調子が狂う気がする。これ以上何かがあったらボロがでそうだった。

 

 

「あ!ちょっと、待ちなさい!」

 

「ベーカリー&カフェTSUDAを今後共ご贔屓に!」

 

 

後ろから聞こえる声にそれだけ返して、早歩きから一気に加速、走るようにしてその場から逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「散々な目にあった……」

 

 

車を運転しつつ、紫煙を吐き出しながらぼやく。

今日一日だけで疲れることが多すぎて、一気に老け込んだ気がする。このままではストレスでハゲるか胃に穴があくか、ともかく健康にとてつもなく悪い。

しかも、その原因は大体彼にあるのだから、なおさら質が悪く、責任転嫁すら出来やしなかった。

 

 

「もっと機械的に仕事したほうがいいのかね、っと。……んあ?」

 

 

車の窓から見える景色に違和感を覚えた。

秋葉原の街の中、いつも賑わっている場所ではあるが今この時はその賑わいが少し違うように見える。

何やら人が一箇所に集まって何かを見上げているような……

 

 

「っと!」

 

 

信号が変わったのか、前の車が止まり、慌てて自分もブレーキを踏み込む。

ちょうど良いタイミングで止まってくれた。

興味本位で人々が見上げる方に彼も目を向けてみる。

 

 

「なんじゃありゃ?」

 

 

街中に設置された巨大スクリーンに映し出されたのは、アイドルのPVと思わしき映像だった。

三人組のユニットらしいが、彼女たちは京助の知るアイドルと比べて随分と若いように感じる。自分より年下……それこそ高校生くらいなのではないだろうか。

 

 

「すげぇな……」

 

 

煙草を咥えたまま、その姿に見蕩れてしまう。

アイドルに別段興味のない彼からしてみれば、ダンスの善し悪しなどあまりわからないし音楽に関しても畑違いもいいところ。

普通ならさらっと流してしまうところだが、彼女たちの姿には何か惹かれるものがあった。それが何なのか、京助自身にも説明は出来ない。強いて言えば輝きやオーラとでもいうものだろうか?

見ている前でスクリーンの映像が切り替わり、リーダーと思わしき少女が何かを画面から語り始めた。あいにくと車道からではその内容はわからない。

ただ一つ、スクリーンの隅に映った小さな紹介だけが見て取れる。

 

 

「スクールアイドル……A-RISE?」

 

 

そういえば聞いたことがある。

学校の部活動やクラブ活動として結成されたアイドルユニット――通称スクールアイドルが若者たちの間で人気を博しているらしい。

あの少女たちもまたその中の一つなのだろうか。

 

 

「あちッ!」

 

 

燃えつきた煙草の灰がこぼれ落ち、京助のジーンズを焦がした。その熱さに我に返ったところで、更に追い討ちをかけるかのように後方の車がけたたましいクラクションを鳴らしていることに気づく。

いつの間にか信号は青に変わっていたらしい。

慌ててアクセルを踏み込んで車を走らせ、帰路につく。

 

 

「あれで高校生かよ……今時のガキは怖ぇな……」

 

 

なんとはなしにそんな事を呟く。だが、彼にしてみればそれは他人事以外の何者でもなく、現に呟いた次の瞬間には別のことに気持ちがシフトし終えている。

アイドルなんて自分とは関わりのない、遠い世界の出来事。

この時の彼はそんな風にしか思っていなかった。

 




こんばんは。北屋です。
この頃取材兼ねて秋葉原付近にちょくちょく出没してるんですが、矢張り楽しいですね。
行くたびに新しい発見があって、全然飽きませんw
アイデアもどんどん湧いてくるような気さえします。
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