ラブライブ! ―夢を追って―   作:北屋

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第四十七話 Born to lose

「良かったね、京助。音源、使ってくれるってさ」

 

京助が淹れたばかりのコーヒーの香りを嗅いで、貴仁は幸せそうに頬を緩めた。

強めだがすっきりした香りは彼好みのものだった。

 

「ちッ……」

 

舌打ちを一つ。

顔をこれ以上ないくらいに歪めながら京助も自分のマグカップを手に貴仁の前の席に着く。

二人の青年はテーブルと、それから茶菓子を挟んで対峙する形になった。

 

「余計な真似を」

 

「余計? 感謝してほしいところなんだけど」

 

貴仁はコーヒーを飲んで、またしても幸せそうに息を吐く。

 

「君、あの音源作るのに苦労したんじゃない? それなのに渡さないなんて勿体ない」

 

「うるせぇ」

 

余裕を崩さない貴仁に対し、京助に余裕なんてものは全くと言っていい程なかった。

歯を食いしばりながら呻く。そうしなければ、弱音が口から洩れてしまいかねなかった。

それほどまでに、今の京助にとってこの青年は恐るべき存在だった。

 

「3年、か」

 

「あぁ」

 

「僕らが袂をわかってから3年……君も色々やってたみたいだけど、成果はどうだい?」

 

にこやかに。

久しぶりに出会う友人との会話を楽しむかのように、何気なく貴仁は尋ねる。

だがそれは優しい刃物に他ならない。

京助がどうしてこの町に戻ってきたのか、察しがつかない彼ではない。分かっていて言っているのだ。

 

「しばらくお休みしてたみたいだから、多少のブランクはありそうだけど……でも、少しは腕が上がったみたいだね」

 

「……さぁな」

 

ぎりぎりと。

軋む音が聞こえた気がした。それは京助の胸の奥、深いところが上げる悲鳴だった。

 

「そういうそっちはどうなんだ? お前がマネージャー……小娘のお守りに転職とはな。案外天職なんじゃないか?」

 

「なかなか良い仕事だよ? 今まで見えなかったものが見えるようになったし、業界にも多少、顔が売れたし」

 

何とかして京助が口にしたなけなしの皮肉を貴仁はこともなげに払いのける。その上、重い反撃も忘れない。

 

「それに、僕がやってるのはマネさんの仕事だけじゃないからね。彼女たちの曲、僕が手掛けてるんだ。君も似たような事しようとしてるでしょ?」

 

無駄な事を、と。

彼の微笑みの中にそんな嘲りが含まれているような気がしてしまい、京助は顔を伏せてしまう。

一言、一呼吸。貴仁が一挙手一投足を行う度にそれだけで京助は自分が削られていくような気がしてならなかった。

京助が貴仁や仲間たちをほっぽり出して逃げ出してから3年。それなり以上の努力は積み重ね、苦労も経験も積んだつもりだった。

もっと強く、もっと遠くへ。一歩でも前へ。

そうすれば、きっと……

そんな願いをこめて歩んだ道は、けれども間もなくへし折れて粉々になった。孤独に耐え、報われぬ日々を過ごす毎日は、少年の心を砕くのには十分過ぎた。

 

「僕も、いや、僕たちも君がいなくなってから何もしなかったわけじゃない。やれる事はやってたさ」

 

貴仁の刃がまた京助の心を抉った。

京助が地べたを這いつくばる続ける間にも、貴仁は靴音も高らかに階段を上っていく。

そして夢に破れ、泥に沈んでいる間にも、彼はさらに高みへと進んでいく。

京助が僅かでも彼に近づけた瞬間など、この3年の間で刹那もありはしなかっただろう。

そして今やその差は天と地ほどに隔たってしまっているに違いなかった。

それが、たまらなく悔しかった。

勝てない。

どうやっても勝てない。

まるで全てが元から決まったシナリオ通りに進んでしまっているようだ。

気分が悪い。自分の足が本当に地面についているのかさえも不安になる。

自分が信じて進んできた道は何だったのか。ここまでに残したと思った足跡は一つも残らず消えてなくなったのか。

自分は何のために生まれてきたのか。

 

「それはそうと」

 

顔色が悪いを通り越して、土気色、死人の顔をした京助を見て、貴仁は話題を変えた。

だがそれは決して友を思いやっての事ではなさそうだった。

その証拠に、彼の目はどこまでも楽しそうに笑っていた。

 

「μ’sの子達、やっぱり可愛いね。生で見るとなおさら良く分かる」

 

「……そうかよ。あいにく俺は小娘には興味がないんだ」

 

急な話題転換を訝しがりながらも、京助は吐き捨てるように答えた。

 

「その辺、君とは趣味があわないな……まぁいいや。もし、だよ?」

 

「あ?」

 

「もし僕が、彼女たちに手を出したら、君は怒るかな?」

 

思いきり眉間に皺を寄せる京助の顔を覗き込んで、貴仁は悪戯っぽく微笑んだ。

 

「なに?」

 

「例えば矢澤ちゃんとか? 精いっぱい頑張ってるところとか可愛いよね。是非ともお近づきになりたいな。京助、個人的に紹介してくれないかな?」

 

「別に、構わん。……紹介するなら、矢澤ちゃんにも確認とってからだがな」

 

その発言は貴仁が京助を揶揄い、あるいは挑発する目的だったのだろう。

しかし、京助はそっけなく即答してみせた。

 

「俺はあいつらの親でもなければ教師でもない。誰と誰が付き合おうと、どんな関係になろうと、それは当事者同士の問題だ。好きにすれば良い」

 

「あれ?」

 

目論見が外れたのか、貴仁は目をぱちくりと瞬かせた。

 

「だが」

 

貴仁の様子にはお構いなしに京助が続ける。

彼は胸ポケットからゴールデンバットのパッケージを取り出して一本を口に咥えると、

 

「もしお前があいつらの誰かとそんな関係になったとして、だ」

 

大して美味くもなさそうに紫煙を吐き出して、京助は気怠そうな目を貴仁に向けた。

 

「あの子達の髪の毛一本傷つけてみろ。涙の一滴流させてみろ。……その時は、」

 

その続きを、京助は口にしなかった。

語気を荒げたり、強めたりする事は無い。もちろん、冗談めかす風もない。

ただ友人と取り留めない会話をするような調子だった。

続きを口にしない代わりに、煙を思いきり顔に吹きかけてやった。

 

「……冗談だよ、冗談。いや、こんな怖い保護者がいちゃおいそれ手出しできないや」

 

初めて貴仁の顔から余裕の笑みが消えた。

その額を冷たい汗が伝っている。京助の様子に底知れないものを感じ、気圧されたのだった。

 

「しかし、あれだね」

 

「なんだ?」

 

煙たそうに目の前を手でパタパタさせながら、貴仁は言う。

 

「結構、酷い事言ってやっても怒らないのに、あの子たちが関わると反応が違うね。面白い」

 

「うるえぇ……あ? てめぇ、非道ぇこと言ってる自覚あったのか。よし、戦争だ」

 

「そうやって話を変えようとするあたり、本気っぽいね。やっぱり肝はここにあるわけか……」

 

不機嫌ここに極まれりの表情で椅子から腰をあげる青年を冷静に分析してのけ、挙句には最後に何か不穏な言葉を付け加えた。

その意味は京助には察せ用はずもない。

だが、何もかもが読まれている気がしてならなかった。心の中を、ひょっとすれば未来とその結末までもこの男は知っているのではないかと、そんな考えが脳裏をよぎってゾッとする。

もし、そうやって足掻き苦しむ京助を見て笑っているのならば、

 

「悪魔め」

 

「ははは。なら悪魔らしいことの一つでもしてみようか?」

 

思わず口をついて出た悪態を冗談の類と受け取ったのか、彼は楽しそうに、

 

「『さぁ、私と賭けをしよう』」

 

「お断りだ。『もしおまえが甘い言葉を囁いて騙し、おまえが快楽によって私を欺くことができたとするのなら、それが私にとっての終わりの日だ』……悪魔との契約なんざ、ロクなことにならん」

 

妙に芝居がかった貴仁の言い回しに対し、京助は面倒くさそうに言ってのけた。

 

「あれ? 知ってたのかい」

 

「ファウスト」

 

詩人、ゲーテによる古い戯曲の名を事も無げに答えると、彼は少し眉を寄せ、

 

「それにしたって台詞が違うだろう。お前のそれはファウスト博士のそれだ」

 

「ご名答。なら言い換えよう。『約束したぞ?』」

 

「待て。何をだ」

 

その問いには答えずに、貴仁はいつの間にか空になったカップを残して立ち上がる。

テーブルの上には過不足なくぴったりの料金が置かれていた。

 

「さて、今度は楽しませてくれよ? 京助」

 

では、と。

恭しく一礼をして見せて、白衣の青年は店を後にした。

残された男は席に座ったまま、しばらく微動だにすることも出来なかった。

秒針の刻む音だけが、やけに響いてうるさかった。

 

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