ラブライブ! ―夢を追って―   作:北屋

61 / 62
第四十八話 Live to win

空を夜が染める頃。

彼女達のステージは幕を下ろす。

UTX学院の屋上に作られた特設ステージの周りは未だ冷めやらぬ熱気と歓声に包まれていた。

その中にあって、舞台袖に立つ少女達の表情は周囲とはまるで真逆のものだった、

驚愕、感心、怖れ、不安。色々な感情や思惑が混ざり、どうにも処理しきれていないのだ。

それほどまでに、A-RISEのステージは衝撃的だった。

同じスクールアイドルとして、仮にも同じ側から彼女達を見るμ’sには3人の持つ圧倒的なまでの能力がどれほどのものか分かってしまった。

そして、自分たちは未だそこに辿り着けてはいないことにも気づいてしまった。

 

「無理だよ……」

 

誰かがそんな泣き言を口にした。

 

「悔しいですが、私達では」

 

同調する声が続く。

沈んでいく空気の中、それでも一人だけ声を張り上げる。

 

「そんなことない!」

 

穂乃果だった。

仲間たちに語り掛けるように、

 

「確かにA-RISEはすごい! でもそんなのは当たり前だよ!だから、この折角のチャンスを逃さないように私達も続こう!」

 

台詞は短く、飾り気もない。言っているのは内容は当然の事。

けれど彼女が言うこの場合に限りそれは何十小節の言葉よりも彼女達を勇気づけるものだった。

穂乃果の一声はどこまでも等身大で、血が通っていて、だからこそ皆を引っ張っていける。

 

カリスマ

 

そう呼ばれるものがある。トップが持つべき、一つの才能。

心折れかけた少女達の目に再び光が宿った。

 

「自分たちも思いきりやろう! μ’s、ミュージック、」

 

「こんばんは、音ノ木坂のみんな」

 

奮い立ち、いざ自身のステージに向かわんとする彼女達の前に一人の青年が姿を現した。

染み一つない白いシャツと、それを際立たせるスラックス。固い革靴の音だけを響かせて、何の前触れもなく。

タイミングだけは完ぺきに、白衣の青年は彼女達の前に姿を現した。

無論、それは良い意味などでは断じてない。

 

「あ、ごめん。邪魔しちゃったかな?」

 

「あ、いえ。……どうしたんですか?」

 

「A-RISEのステージはどうだったかな?」

 

「あ、はい! 最高でした!」

 

にこやかな問いに穂乃果は間髪入れずに答えた。

それは反射的なものであるが故に、心からの本音だった。

 

「だよね。彼女達は積み上げてきた物が違うから」

 

満足そうに頷いて、彼はμ’sの面々の顔を見回すと、

 

「ツバサちゃんに英玲奈ちゃん、あんじゅちゃんもそれぞれ凄い才能の持ち主だよ。それこそ僕がいなくても、個人で成功できるような器。そんな子達がアイドル活動のために全部投げ出すような覚悟でいるんだから、そりゃ凄いに決まってるよ」

 

「全部……」

 

「そう。青春……って言うのかな? 学生生活であったかもしれないちょっとしたひと時。友達とわいわいしながら放課後にゲームセンターに行ったり、こ洒落たカフェに行ってみたり、ファストフード店で軽食をつまんだりとか? 懐かしいな、僕もやったよ……そういうのを投げ出す覚悟。なかなか出来るもんじゃないと思うよ」

 

青年は微笑む。

その笑みは穂乃果に、μ’sのメンバー全員に問いかけているようだった。

 

お前たちにそこまでの覚悟はあるのか?

 

ここまでやっている相手に、勝算はどれだけあると思うのか?

 

もちろん、貴仁はそんな言葉は一言も口には出していない。

それなのに、メンバーは誰しも同じことを感じ、考え、思い、口をつぐんでしまった。

立ち直りかけていた心が、またしても―

 

「そこまでにしとけ」

 

横合いから声がかかった。

錆びを含み、掠れたよう。決して耳触りはよくないけれど、聞き慣れて安心できる声.

 

「あ、」

 

今回も来てくれないと、そう思っていたのに。

何の遠慮をしているのか、いつもみんなとは距離をおいて。

むこうからは関わってこないくせに、何かがあれば全部放り出してでも駆けつけてくれる。

喧騒から少し離れたところで不機嫌そうに顔をしかめ、でもこっそり優しく寂しく、照れくさそうに微笑んでいる。

 

まったく、どうしてこういつもタイミングが良いのだろうか。

思わず、泣きそうになってしまった。

 

「薔薇の花を撒かれる前に失せろ、悪魔め」

 

そんな穂乃果の様子には気づかないのか、京助は億劫そうに足をすすめ、μ’sと貴仁の間に割り込んで立つ。

貴仁に立ち向かうかのように。あるいは彼女達を背に守る様に。

よれよれのシャツ、くたびれたスラックス、ボロボロのネクタイ……凡そ、対峙する二人の青年の格好自体は似通っているのに、どうしてこうも差が出るのか。

京助が立ち止まった時、微かに匂いがした。

バターと煙草の入り混じった、彼と彼のパン屋の匂い。

 

―私達の場所

 

UTX学院。A-RISEの本拠地でのライブ。

彼女達のステージに気圧され、固くなっていた心が解れていく。

白衣の青年によって凍り付きかけていた心が融けていく。

 

「あれ? 何で京助がこんなところに?」

 

「あ?」

 

「関係者以外立ち入り禁止なんだけど」

 

「あぁ、エラく厳重なセキュリティで入るのに骨が折れたぜ」

 

貴仁が絶句したのを見て、彼は面白そうに鼻で笑って後ろを親指で指し示した。

 

「冗談だ。あの子らに話したら快く入れて貰えた」

 

彼が指さす方を穂乃果たちは振り返ってみる。

そこには、彼女達に対して手を振る、同じ音ノ木坂の生徒たちの姿があった。

だれもが嬉しそうに、誇らしそうに笑っている。

貴仁のうすら寒いそれとは違う、温かな表情で。

 

「なるほど。正攻法か。安心したよ。それで?」

 

ため息を一つ。笑みをひっこめて白衣の青年は京助に向き直る。

 

「あ? それでってな何だよ?」

 

「君はこんなところに何をしに来たのかと思ってさ」

 

今度は貴仁が鼻で笑う番だった。

 

「別に。ただ、てめぇがこの子らに興味持ってるみたいだったから妙なちょっかいださないように身に来てみれば案の定ってだけだ。てめぇはガキの教育に悪い、もっぺん言うがさっさと失せな」

 

「ふーん。応援に来たわけではないんだ?」

 

「何?」

 

「それもそうか。君みたいなのが応援にきたところで、迷惑以外の何物でもないからね」

 

京助が何かを言おうとして、言葉を呑んだ。

ムカつく台詞で、言いがかりも甚だしいと思ったが、けれど彼の言う通りなのではないかと思う自分が、心の中にいた。

昔から彼のアドバイスは正確で、言う事は全て正しかった。

 

「ガサツで乱暴。ぶっきらぼうで不愛想。昔からロクでもない事件ばかり起こす問題児。夢に破れて地元に帰ってきて、今度は一丁前に子供の指導の真似?」

 

「そんなことした覚えは、」

 

「君がそう思ってなくても周りからはそう見えてるよ。あの悪ガキが、子供相手になにしてるんだろう、ってね」

 

「ッ、てめぇ」

 

「うん、ちょっと言いすぎたか。嘘嘘、冗談……それは置いといて、それで? 今回はついに彼女達の活動にも本格的に参入しようってわけか。いや、別に悪い事じゃないよ? 仮にも僕たちまとめてて、音楽はそこそこ齧ってたわけだし」

 

「何が言いたい?」

 

「だけど、君の実力じゃその子達相手に指導なんて出来ないだろう。よしんば出来ても、ねぇ?」

 

「だから、何が……!」

 

「他の有象無象が相手ならともかく、相手は僕と、僕のA-RISEだよ? μ’sのみんなはともかく、君はどうなんだろうね?」

 

言葉が出てこなかった。

μ’sとA-rRISE。

個々のメンバーの才能だって決して劣る物ではなく、彼女達の努力もトレーニングも十分に足りている。

現状では実力はA-RISEの方がまだ上を行くが、μ’sの成長速度と瞬間的な爆発力を以てすれば、贔屓目なしに見ても将来的には勝ちの目だって十分にある。

 

だが、それはμ’sとA-RISEに限っての話だ。

 

相手に、この青年がつくというのならば話は変わって来る。

条件が同じならば、そこに加えられるプラスアルファが持つ意味はとてつもなく大きい。

 

「前も聞いたけど、君が僕に何かで勝てたことあったっけ?」

 

拳を、握りしめる。

京助が彼女達に何か指導をした覚えなんてない。音楽やトレーニングでアドバイスを送った事もほとんどない。

楽曲への介入も今回が初めてだ。

とはいえ、彼の存在がμ’sへのプラスアルファになってしまっていたことには変わりない。

ならば、その差は如実に結果に結びついてくるのではないか。

 

「どう? これから先、僕に何かで勝てそうかい?」

 

悪魔がまたしても笑みを浮かべる。

どこまでも優しく、どこまでも酷薄。限りなく無邪気で、限りなく無慈悲。

口が、からからに乾いていた。

足元が覚束ない。吐き気までしてくる。

言い返す言葉が見つからなかった。

友の言葉は正しく京助が心のどこかで考えていた事に似ていて、そして客観的に見ても主観的に見てもどうしようもなく事実だ。

 

―昔なら

 

まだ若く、気力に満ちていた頃。自分がμ’sのみんなと同じくらいの頃なら反射的に勢いで言い返せていただろう。

だが、今の京助にはそれすら出来ない。

無駄に年を重ねるうちに知りたくもない現実を知ってしまったから。

それに、彼に対しては負い目や引け目があるのも大きい。

気力だけで相手取るには些か分が悪すぎた

 

「京ちゃん……」

 

握りしめた拳から力が失われていくのを感じたその時だった。

不意に彼の耳に届く声がある。

とっさに振り向いた先、京助をみつめる少女達と目が合った。

穂乃果が、ことりが、海未が。凛に花陽、真姫が。絵里、希が、それに、にこが。

彼女達が京助を見つめていた。

助けを求めるような、目では決してない。

そこにあるのは、確かな信頼と、

 

「あ……」

 

ばっちりと、にこと目があった。

今回は、彼女は京助から目を背けることはなかった。何も言う事もない。

ただ、目で問いかけられているような気がして、だから、

 

「反論する言葉も持ってないのなら失せるのは君の」

「オラァッ!」

 

いきなりだった。

いきなり京助が咆哮と共に固く握り直した拳で貴仁の顔面を殴りつけた。

さすがに予想もしていなかったのだろう。哀れ、貴仁は軽薄な笑みを浮かべたそのまま殴り飛ばされてしまう。

 

「うううう、うるせぇ! がたがた抜かしてんじゃねぇ、この馬鹿!」

 

震える声で、どころか、膝をがくがくと震わせながら彼は言う。

かなり無理をしていた。

まだ、かつての友と対峙するには勇気が足りない。立っているのもやっとだったが、それでも彼女達に後ろを見せるわけにはいかなかった。

間もなく、最初の対決が控えているこんなところで、彼女達に情けない姿を見せるわけにはいかなかった。

 

「お、お前……」

 

立ち上がりながら貴仁が信じられないものを見るような目で京助を見た。

驚くべきことに、そこには怯えさえ浮かんでいた。

 

「言葉で言い返せないからって、いきなり殴るか、普通……?」

 

「あ? 言い返して欲しいならいくらでも言ってやるよ、この馬鹿。馬鹿、馬鹿、バーカ、ヴァアアアーーーカッ! 満足かよ?この馬鹿!」

 

「ガキか、お前は……っ!」

 

なおも困惑する貴仁を睨みつけて、京助は吠える。

 

「うるせぇんだよ! 今まで俺はてめぇに勝てた事なんざ一回もないし、今だって勝てる未来なんざ一つも見えねぇ! だが、だからどうした!? これから先の長い人生、何かの間違いでどうにかなる事だってあるかもしれねぇだろ!?」

 

「お前、」

 

「才能がなんぼのもんだ! そんなモン、持って生まれなかったからなんだ! 俺はいつか勝ち取るために生きてんだ!」

 

つかつかと、貴仁の近くまで歩み寄ると徐に彼の襟首をつかんで無理やり立ち上がらせた。

 

「大体、嬢ちゃん達の話に、俺とてめぇの話を持ち込むのが気にくわねぇ! 俺がてめぇに敵わねぇって話と、μ’sとA-RISEの話に何の関係がある!? あ!?」

 

唾がかかりそうなほどの距離で大音量で怒鳴り散らされて、さしもの貴仁も堪えたのか、顔をしかめた。

彼が劣勢になったのはここしばらくで初めてのことだった。

 

「おい、穂乃果!」

 

「は、はい!」

 

京助の突然の暴挙に唖然としていた穂乃果だったが、不意にかけられた声で我に返る。

それは他のメンバーも同じだった。

 

「勝ち負けなんざ気に掛けんな! お前らはお前らの全力でやる、それだけを考えろ!」

 

青年は力強く吠える。

 

「お前らがあいつらと決着つけるのはこんなチンケな舞台じゃない!」

 

「っ……うん!」

 

だから、穂乃果も力強く頷いて見せた。

 

「さぁ、行け! もうすぐお前らの番だろ? このバカタレは俺が引き受ける!」

 

貴仁の首を締め上げてがくがく揺らしながら、京助は言う。

別に彼はμ’sの足止めをするつもりなんて一切ないのだが。

 

 

「あ、ありがとう、京ちゃん……?」

 

勢いに負けて礼を言いながら、彼女達は彼の横を通り過ぎて舞台に向かっていく。

開演の時間はもうすぐだった。

結局、傍から見れば京助がした事はただ頭にきて蛮行に及んだだけなのだが、その突拍子もなさが逆に緊張や萎縮を解くには適解だった。

そんなところもどうしようもなく彼らしかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。