ラブライブ! ―夢を追って―   作:北屋

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第七話 青年の傷、少女たちの夢

体が熱い。

ぬるりとした暖かい液体が染み出して、体を濡らすのが非常に不快だった。照明の外の暗闇にどよめきが走り、悲鳴や怒号が聞こえてくるのが聞こえる。

鉛でも流し込まれたかのように動かない体を動かして、灼熱の中心、自分の腹部に手をやると、そこには人体には有り得ない冷たい何かが突き立っていた。

――!

 

それが引き抜かれる。灼熱が爆ぜて、どうにかなってしまいそうな悪寒が駆け巡る。

直ぐにでも飛びそうな意識の中で目にしたものは、引き抜かれた鈍い輝きを手に持った見知らぬ少女の姿。

彼女は呆けたような顔で見つめてきたかと思うと、すぐさま獣の如きその目を自分の後ろにやった。

真っ赤に染まったそれを、振り上げた瞬間、遂に耐えられなくなったのか視界が真っ白に染まった。

純白の中で感じたのは、何か柔らかい物を殴りつける、ぐにゃりとした嫌な感触と右手を突き抜ける鈍い痛み。

そこから先はあまり覚えていない。

 

 

 

 

 

「あぎッ……ァああッ!」

 

 

汗だくになって飛び起きた。

腹部に走る激痛に顔をしかめる。

 

――落ち着け……!

 

脂汗を流しながらも、深呼吸を繰り返す。5分も経っただろうか、そうしている内に痛みは嘘のように退いて、思考もはっきりとしてきた。

 

 

「ちッ……」

 

 

あの時の事を夢に見るのは本当に久しぶりだった。もう何年も前の出来事でありながら、決して忘れることのできない記憶。時たま悪夢として蘇っては、もう完治したはずの古傷をこうして痛ませる。

ここのところ見ることがなかったので油断しきっていた。

 

――やっぱ疲れてんだな。

 

女性が苦手となった決定的な原因。ここのところの購買の仕事、特に昨日は女子生徒と関わることが多かったため、無意識にそれを思い出してしまったらしい。

つくづく精神衛生上宜しくない仕事だ。

そう思いながら時計を見れば、時刻は午前5時前。いくらなんでも早く起きすぎだった。

だが、もう一度寝なおすには目が冴えすぎているし、何よりそんな気分にはなれそうにない。

汗で湿ったシャツを脱いで洗濯機に放り込んで新しい服に着替え直し、ベランダに出る。

ぼんやりと明るくなった空を見上げて、愛飲するフィルターなしの安タバコに火をつけると幾分心が休まるのを感じた。

刺々しい紫煙を肺いっぱいに味わってから吐き出せば、煙は僅かの間目の前に漂って、直ぐに朝の空気にとけた。

 

 

「……早く、起きすぎちまった。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ……はぁぁ。」

 

 

石段を登りきったところで大きくため息をつく。

小さな頃は笑いながら駆け回った場所だが、今では登りきるのさえも息切れがする。もう歳だろうか?ふと頭をよぎった考えを全力で否定する。

冗談ではない、まだ20代前半だというのに老いなんてきてたまるものか。

タバコに酒、寝不足、食うや食わずのその日暮し、不摂生な生活を続けた結果に違いない。

生活習慣を改めなければこのままぽっくりなんて事も案外有り得そうだ。

 

 

「ふぅー……っつ!」

 

 

息を整えてから伸びを一つ。朝焼けの空が目に眩しい。

ポケットからタバコを取り出し、咥え、そこで苦笑する。今さっき生活習慣を改めようと思ったのにその矢先にこれである。長年染み付いた習慣をぬぐい去るのは難しいらしい。

煙を吹き上げるタバコを咥えたまま神社の境内を歩く。あまり褒められない……どころか無作法極まりない罰当たりもいいところの行為ではあるがあまりその辺は気にせずに敷地内を見回せば矢張りというべきか、この場所は記憶と違いが感じられずに妙な安心感を覚えた。

ここには小さい頃から良く遊びにきていて、そしてかつて仲間達と共に本番前などにお参りに来たものだ。

考えてみれば大分お世話になった場所である。時間つぶしの散歩とはいえ、こうして訪れた以上お参りをするくらいしなければそれこそバチが当たりそうだ。

チビた煙草を携帯灰皿に突っ込んで始末すると、小銭入れから五円玉を取り出して指で弾いて賽銭箱に放り込む。

二礼二拍手、手を合わせたまま拝もうとするが、そこで彼は困惑を覚えた。

 

――何を願えば良いんだろう?

 

夢をなくして捨て鉢同然となった今、願うべきことが見つからない。

健康を願おうにも、不健康を地でまっしぐらしてる身ではイマイチ不自然だ。ここは大人しく商売繁盛でも祈願しておくべきだろうか?

 

――何か目的を見つけて、それに打ち込めますように

 

手を合わせて目を閉じたまましばし悩んだ末に結局願ったのは、それこそ具体性のない願いだった。神様も困惑しそうな願いではあるが、目下の一番の願いであることに違いはない。

夢も希望もないおまけのような人生でも、何か目的があれば多少はマシになりそうなものだ。

最後に一礼して、その場を去ろうとすると、ついさっき自分が上がってきた石段の方から小気味良いテンポで足音が聞こえてきた。

 

 

「あー……?」

 

 

腕時計を確認するが、時刻はまだ5時半にもなっていない早朝。他人の事を言えないが、人が来るのは少し早すぎる。

ぼんやりと眺めてみると、石段を上がったところには二人の少女の姿があった。誰かを探すように辺りを見渡し、何やら話を始めているのが伺えた。

 

――どっかで見覚えがある……ような?

 

京助はその二人の姿に覚えがあった。しかし、どこで会ったのかまで思い出せない。

記憶の糸をたどるうちに不意に少女の一人と目が合ってしまった。

青みがかった綺麗な黒髪の少女は、こちらを見ると一瞬不審者をみるような訝しげな表情を見せる。

 

――まぁ、当たり前か。

 

商売中ならまだしも、散歩中の彼の格好は人様に見せられたものではない。

ジャージのズボンにヨレヨレのシャツ、寝癖のついた髪。おまけに無精ひげまで生やしていればロクな人間には見えるまい。

しかし相手は元来きっちりした性格なのか、すぐに真面目な表情になってこちらに軽く頭を下げてきた。釣られたように、もう一人のグレーに近い髪色をした少女も頭を下げる。

慌ててこちらも会釈を返し、妙な疑いを生まないためにも踵を返す。

それにしても、今時の子にしては随分育ちが良いように思える二人だ……そう考えた時、何か引っかかるものを感じた。

 

 

「おーい!」

 

 

立ち去ろうとした時、後ろから聞き覚えのある元気な声を聞いて思わず振り返ってしまう。

息を切らしながら石段を駆け上がってくる太陽のような髪色をした少女。

 

 

「遅いです!言い出した本人が初日から遅刻するとは何事ですか!」

 

「ごめん、海未ちゃん、ことりちゃん!寝坊しちゃって……」

 

「穂乃果ちゃんらしいね。」

 

 

一通り会話を終えると、最後の少女が京助の方に視線を向けた。

 

 

「あれ?……あー!」

 

「っ!?」

 

 

京助を見つめたかと思うと、彼女は彼に駆け寄って、

 

 

「パン屋さんだよね!こんな時間にどうしたんですか?」

 

「お、おう……おはよう、高坂ちゃん。俺は、その……散歩で。」

 

 

朝から元気な彼女に押されながらもどうにか答える。

見れば、二人の少女たちも心配そうにこちらに来ていた。

 

 

「穂乃果ちゃん、知ってる人?」

 

「うん!ほら、購買のパン屋さんだよ!」

 

「なるほど、どうりで見覚えがあるわけです。」

 

 

穂乃果の紹介に少女たちは納得がいったというように頷いていた。

 

 

「あー……っと。俺……いや、自分は紹介に預かりました通り、購買で仕事をさせていただいています、ベーカリー&カフェTSUDAの津田 京助です。」

 

「おはようございます。穂乃果の同級生で、園田 海未と申します。」

 

「南 ことりです。よろしくお願いします、京助さん。」

 

 

今度は自己紹介と共に頭を下げる。

名前を聞いて、初日の仕事で見かけた二人だとようやく思い出した。記憶が確かならば、園田性も南性も日舞の家元に学院の理事長と、この辺では結構な名家だったはずである。

良いところのお嬢さんがこんな朝っぱらから何故に神社に来ているのだろうか?

関わるつもりなど毛頭なかったはずなのに、気がついた時には疑問は口をついて出てしまっていた。

 

 

「三人は、こんな時間にどうしたんですか?」

 

「今日はトレーニングに来たんです。実は、私たちアイドルを始めることにしたんです!」

 

 

穂乃果が胸を張って高らかに言ったその言葉に、京助は驚いて目を見開いた。

 

 

「は?え……」

 

「穂乃果ちゃん、説明が足りてないよ……」

 

「端折りすぎです。」

 

「あれ?えへへ……」

 

 

苦笑とため息混じりのツッコミを受けて、穂乃果は照れくさそうに頭を掻いた。

一瞬何を言っているのか分からなかった京助だったが、“アイドル”の単語に昨日の街中でのスクリーン映像を思い出し、なんとなくではあるが合点がいった。

 

 

「えっと……スクールアイドルを始めるってことですか?」

 

「あ、スクールアイドルのこと知ってました?はい、私たちの学校の魅力を少しでも多くの人に知ってもらいたくて……」

 

「あー……」

 

 

彼女たちの学校はもうすぐ廃校となる。

それを止めるために穂乃果達はスクールアイドルという形を選んだらしかった。

 

 

「成程。衣装とか歌とか……曲はどうしてるんですか?」

 

 

興味本位で尋ねてみると、彼女たちは顔を見合わせて困ったような顔をして、

 

 

「衣装は私が作ることになって……」

 

「不本意ながら歌詞は私が作ることになったんですが……」

 

「曲の方が……まだ……」

 

 

どうやら行き当たりばったりらしい。詳しいことを決める前に動き出してしまったようだった。

一見して無謀、しかし京助はそんなやり方は案外嫌いではなかった。

若さ故の恐れ知らずとも言われるかもしれないが、それは逆に言えば恐れを知らないからこそ次の一歩を躊躇なく踏み出せるということだ。

そして、そうやって踏み出した一歩は案外になんとかなってしまうことも京助は経験から知っていた。事実、彼も彼女たちと同じくらいの時はそうだった……

 

 

「?どうか、しましたか?」

 

「いや、何でもない。……上手く、いくといいな。」

 

 

ふっ、と薄く笑う。

それは彼にしては珍しい、優しい自然な顔の微笑みだった。

 

 

「はい!絶対成功せてみせます!」

 

 

そう言い切る穂乃果の様子はさながら太陽のようで、横で力強く頷くことりと海未も同じく輝いて見えた。

 

 

「そっか。……じゃあ、邪魔な野郎は消えると……っと、すみません。自分はここで失礼します。」

 

 

軽く会釈して今度こそ踵を返して歩き出す。

だが、彼も気づかないうちに彼女たちに当てられたのか、普段ならば絶対に言わない言葉を口にしてしまう。

 

 

「何か、困ったことがあったら……相談くらいにはのりますよ。」

 

 

言ってから少しだけ後悔する。

何もない自分が彼女たちの何の相談に乗れるというのか。そもそも、生徒たちと関わるつもりなんこれっぽっちもないというのに。

心の中で自嘲しながら、それでも彼自身不思議なことに……後悔はほんの少しだった。

 

 




こんばんは、北屋です。
なかなかどうして筆の進みが遅くなる今日この頃です。
ようやく主人公とμ’sの面々との絡みが増えてきて楽しくなってきたのですが……
その分、少しでもいい物を書けるように頑張っていきます!
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