ラブライブ! ―夢を追って―   作:北屋

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第八話 彼女たちの名前

「ふぅー……」

 

 

調理場の椅子に腰掛けて深いため息をつく。

購買の仕事は今日も無事完了。続けて店の仕事の方も、昼間の間だけ雇っているパートのおばちゃんの協力もあって、昼食のピークを無事に乗り越えることが出来た。

ここから閉店の19時まではお客さんもまばらで大分気が楽になる。

ほどよく疲れた体が煙を求めるが、残念ながら店内は禁煙のためそれも出来ず、仕方なく棒付きキャンデーを咥えて凌ぐことにした。

飴を口の中に転がしながら、ぼんやりと考えを巡らせる。今日の夕飯はどうするか、冷蔵庫の食材はあっただろうか。来週、購買に持っていくラインアップはどうするか。新作をまた持っていくか。そういえばラーメンのパンを頼まれていたような……

とりとめのない事が頭の中に浮かんでは消えていく中で、ふと今朝の出来事が浮かんできた。

“アイドルになる”そう言った少女たちのこと――

 

 

「――っと。いらっしゃいませー!」

 

 

来客を告げるドアベルの音が店内に響いた。京助は思考をやめて椅子から立ち上がり、カウンターに向かう。

 

 

「ここがことりのおすすめのお店ですか?」

 

「うん。パンも美味しいし、コーヒーも凄く美味しいんだよ」

 

「へぇ~、お洒落なお店だねー!」

 

 

お客さんはどうやら学校帰りらしい、制服姿の女の子達だった。

声を耳にした瞬間、何故か聞き覚えがあるように思ったがあまり考えずにカウンターについて営業スマイルを浮かべる。

 

 

「いらっしゃいま………せ!?」

 

「あ!!」

 

 

三人の姿をはっきりと確認して、京助は固まった。

 

 

「高坂ちゃんに……園田ちゃん、南ちゃん!?何でここに!?」

 

「え、あの……前にお母さんとここに来たことがあって、美味しかったから二人に紹介しようと……」

 

 

何で、も何もあったものではない。同じ町内に住んでいる以上こうして店に学院の生徒が訪れてくるのは当たり前のことである。

 

――それにしたって出来すぎだろうよ……

 

顔見知りの少女達に朝から出会っただけでも珍しいのに、それがこうして店にまで顔を出してくるとなると、最早驚きを通り越して笑うしかない。

 

 

「それよりパン屋さんがなんでここに!?」

 

「穂乃果……パン屋さんがパン屋にいるのは当たり前でしょう。それに良く見ればこのお店、今朝京助さんが言っていた所じゃないですか。」

 

「園田ちゃんの言う通りだな。まぁ、ここが俺……私の店です。タダには出来ませんが、少しくらいサービスしますよ。」

 

 

京助がそう言うと、途端に穂乃果の顔がぱーっ、と輝いた。

 

 

「ホントに!?何かオススメとかありますか?」

 

「そうですね……」

 

 

少し考えて、調理場に引っ込み

 

 

「これなんかどうですかね?新商品の苺サンド。知り合いの農家さんに頼んで仕入れた苺を使ってるから味は保証しますよ。」

 

「あ!じゃあそれお願いします!後、コーヒーも!」

 

「折角なので私も同じものを。ことりはどうします?」

 

「私もそれで。」

 

「分かりました。ほいじゃ、コーヒー淹れたら持ってきますんで席に座って待ってて下さい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいしー!この苺の甘酸っぱさが最高!」

 

「コーヒーもなかなか美味しいですね。」

 

 

苺サンドとコーヒーは少女たちになかなか好評だったようだ。

自分の作ったものを褒められるのは矢張り嬉しいらしく、京助もまんざらでもなさそうな顔をしている。

“美味しい”の一言がこんなに嬉しいものだとは思ってもみなかった。

少女達以外に客のいない店内、京助もカウンターの向こうで椅子に腰掛けてコーヒーをすする。

 

――平和だ

 

久しぶりに感じる平穏に、飲みなれたコーヒーも心なしかいつもより美味しく感じる。

 

 

「あ!パン屋さん!」

 

「ッ!……はい、なんでしょう!?」

 

 

急に立ち上がった穂乃果に声をかけられて、思わずコーヒーを吹き出しそうになった。

この頃音ノ木坂の生徒と関わるとロクなことになっていないので、あえて声をかけずにやり過ごそうとしていたのに、そんな彼の思惑は見事に打ち砕かれた。

 

 

「今度、私たち、ライブをやることになったんです!」

 

「ライブっつーと……あぁ、スクールアイドルの。あれ?曲が出来ないって言ってませんでしたっけ?」

 

 

今朝聞いていた話を思い出して京助は首をひねる。すると海未が横からその説明をいれてくれた。

 

 

「えぇ。実は穂乃果にあてがあったらしく……これが届いたんです。」

 

 

そう言って彼女が鞄から取り出したのは一枚の真っ白なCDだった。透明なプラスティックのケースに小さく短い文字が書かれている。

 

 

「そうだ!パン屋さんも聞いてみて下さい!とーってもいい曲だから!」

 

「え?えーっと……それじゃあ。」

 

 

どうせ今は他にお客さんもいない。京助はCDを受け取ると、店内に設置され、半ば置物と化しているプレーヤーの電源を入れる。

正直なところ、どんな曲なのか興味があるのも事実だった。

円盤の回転する心地いい音。

続いて一拍置いて流れ出すピアノの澄んだ音色。前奏が終わると、曲に合わせて少女のハスキーな歌声が流れ出す。

ぞわり、と京助の背中に冷たいものが走った。まるで氷水を浴びせられたような感覚に、京助は言葉を失った。

旋律の美しさ、そして少女の歌声。とても素人のものとは思えない。さらには――

京助は少女達に目を向ける。

海未が作ったという歌詞も素人の域を完全に超えていた。

果たして自分が――自分たちが彼女たちと同年代の頃、ここまでの物を作れていたのかどうか分からない。

“才能”その一言が脳裏をよぎり、知らず知らずの内に目つきが険しくなっていく。

 

 

「きゃっ!」

 

「――ッ!な、何ですか?」

 

 

ことりと海未の声で我に返った。

 

 

「つ、津田さん?どうしたんですか?」

 

 

ことりが恐る恐るという風に尋ねてきた。

 

 

「す、すまん!何でもない。」

 

「ふぅ~。……パン屋さん、今ものすごく怖い顔してたよ。びっくりしちゃった。」

 

 

別にそんなつもりはなかったが、彼女からしたら思い切り睨みつけられたように思えたらしい。

京助は心底申し訳なさそうな顔をしてから、話題を変えるように、

 

 

「……語彙が少なくて、適当な言葉が見つからないんだが――凄いな。園田ちゃん、本当に作詞は初めてなんですか?」

 

「えぇ。こういったことは……」

 

「海未ちゃんは中学生の時にポエムとか作ってたんだよ。だからお願いしちゃった」

 

 

穂乃果がそう言うと、海未は顔を真っ赤にして何か言いたげに口をぱくぱくさせる。

触れてはいけないことなのだと、京助も何となく察しがついて苦笑するよりなかった。誰しも若い頃には通る道だ。

 

 

「それにこの曲……弾き方からしてこの間の赤い髪の子のですよね?取り付く島もないって対応だったのに良く作ってくれましたね」

 

「凄い!やっぱり聞いただけで分かるんだね。差出人は書いてなかったけど、間違いなく西木野さんが作ってくれたんだよ」

 

「に、西木野ぉ!?」

 

 

穂乃果の口から出た少女の名前に、京助の声が裏返った。

この辺で西木野といったら、丘の上にある大病院がまず思い浮かぶ。その性を持つ人物といったらつまりは……

 

 

「もしかして西木野先生の、娘さん……ですか?」

 

「? うん。西木野病院の子らしいよ。」

 

 

急に痛みを感じ、頭を押さえる。

先日、無礼なことをしたばかりか適当に逃げ帰ってしまったばかりだというのに、よりにもよって相手は命の恩人の縁者……

やってしまったという思いが彼の心にのしかかった。

 

 

「……そっか。そういや確かに娘がいるって言ってたな……」

 

「津田さん?」

 

「いや、何でもない……。ライブ、上手くいくといいですね。」

 

 

ともあれ、過ぎたことを考えても仕方がない。

気分を一新するつもりで、無理やり話を下に戻す。

 

 

「うん。パン屋さんもこれどうぞ」

 

 

穂乃果がそう言って鞄の中から取り出した紙切れを京助に手渡す。見ればそれは彼女たちのファーストライブの、宣伝のビラだった。

 

 

「良かったらパン屋さんも見に来てよ!」

 

「ははは……行けたら行きますよ。」

 

 

ビラに書かれた時間を目にして、苦笑混じりに答えをはぐらかす。

開催時刻は放課後、彼が学校に出入り出来るのは昼休みの限られた時間なので到底見に行くことは出来そうにない。

それに、本来彼はアイドルといったものに別段興味などないし普段なら絶対に見に行こうとも思わない。

それなのに――彼女たちのライブを見てみたいと、そう思ってしまう自分がいることが、不思議でたまらなかった。

 

 

「じゃあ、そろそろ行くね。ごちそうさま!」

 

「御馳走様でした。」

 

「サンドイッチ、美味しかったです。」

 

 

少女たちは軽く会釈すると、席を立って歩き出す。

その背中に、京助は問いかけていた。

 

 

「あの!」

 

「何ですか?」

 

「君たちのグループ、何て名前なんですか?」

 

 

少女たちは京助の言葉に立ち止まり、ゆっくりと振り返る。

そして――

 

 

「私たちは、μ’sです!」

 

 

眩しいくらいの笑みを浮かべて、彼女たちはその名を誇らしげに名乗るのだった。

 




こんばんは、北屋です。
更新が遅れて申し訳ない限りです。
リアルが結構デッドヒート、まさにデッド オア アライブの状況でした。
今はようやくひと段落してきたのでどんどん更新していきますよー!
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