ラブライブ! ―夢を追って―   作:北屋

9 / 62
第九話 First Live

校舎の窓から見える天気は今日も晴れ。流れる雲の目に痛いほどに白い。

休日を挟み、つかの間の平穏を満喫したはずの京助の表情はしかし暗かった。仕事中は努めて笑顔を心がけているものの、それでも今日は時折、素の表情が顔を出してしまい生徒に怯えられることも多々あった。

 

――帰りたい

 

それが今の彼の正直な心境である。

正規の購買の仕事が終わった今、本当ならばもう帰路についている頃だというのに、希からの“頼まれごと”の所為で今も見繕ったパンを持って生徒会室に向かわなければならない。それが彼の憂鬱にさらに拍車をかける。

 

 

「あ、もう来たん?」

 

「あ……どうも。」

 

 

盛大に溜息をついたところで曲がり角を曲がってきた憂鬱の種の本人と出会った。

 

 

「ん~?何だかえらい不機嫌な顔しとるけど、どうしたん?」

 

「別に」

 

 

“頼まれごと”が面倒くさいからとは言えず、憮然とした様子で京助は短く答えた。

ついでに言うならば、不機嫌な本当の理由は昨日息抜きで行ったパチンコで大負けに大負けを重ねた結果であるが、これも流石に花の女子高生相手に言うべきことではない。

喫煙に続きパチンコなど、いくらなんでも世間体が悪すぎる。

 

 

「そう、ならええんやけど……。で、今日はどんなレパートリーなん?津田くん。」

 

「そうですね。今日はこんな――って津田“くん”!?」

 

 

敬称付けや“パン屋さん”呼びはともかく、おじさんとまで様々に呼ばれてきたが、まさか年下の女の子にそんなフレンドリーな呼び方をされるとは思わず、京助は目を見開いて驚きの声を上げた。

 

 

「ん?あんまし歳も離れてないようやしそれでもええやろ?」

 

「あくまで、そんなには、ですがね……」

 

 

にこにこと嬉しそうに笑いながら言う少女を前にして、京助は呆れてため息も出なかった。

まともな大人ならばここで年長者には礼儀を払えと注意すべきところなのだろう。しかし、京助は自身がまともな大人とは微塵も思っていない。いや、むしろロクデナシの自覚があるくらいだ。そんな身の上で礼儀を語るのは滑稽な気がして、あまりそう言ったことは好きではなかった。

 

 

「まぁ、構いませんよ。それはそうと、これなんかどうですか?」

 

 

さらに付け加えれば、目の前の少女に対して下手な反応を取ろうものならば、余計にいじり倒されるのが目に見えている。なので軽く流して仕事に移る。

年下相手に情けないが、この少女はやはり苦手――というより勝てる気がしない。

 

 

「うん。ほな、それにしようかな。教室から購買まで遠いから助かるわー」

 

 

新商品の苺サンドを手に取り、支払いを済ませる。

ともあれ、これで京助の仕事は終了となった。今日は店の方は休業日のため、これで今日の仕事は終わりとなる。

 

――まぁ、やることもないんだが

 

休みといってもやることは何もない。ここは一つ、大人しくパチンコで昨日の負けを取り返すか……

性懲りもなくロクでもない事を考えて、ふと外を見る。

 

 

「んあ?」

 

 

窓から見える中庭、ベンチに腰掛ける見覚えのある顔ぶれに思わず声が出た。

穂乃果、海未、ことりの三人組、しかし三人の表情はどこか固く、穂乃果の笑顔にもいつものような快活さが欠けているように見えた。

 

 

「知っとるん?」

 

 

いつの間にか京助の横に並ぶように立っていた希が、同じように窓の外を見ながら問いかける。

 

 

「あー……まぁ、一応。」

 

 

説明が面倒なので適当に流そうとするが、

 

 

「じゃあ、あの子達がスクールアイドルをやってることも聞いてる?」

 

「まぁ……」

 

 

答えてから不意に思い出したが、先日渡されたチラシに書かれていたファーストライブの日時――それは今日ではなかっただろうか?

初めてのアイドル活動、初めてのライブ。そうなれば緊張するのも当たり前のことだ。

 

 

「今日、彼女たちがライブをやるんやけど……津田くんも、見てみる?」

 

「は!?いや、流石にこんな――風体の悪いロクでもない奴が校内うろついてたらマズイでしょ?」

 

「あ、風体が悪い自覚はあるんやね」

 

「余計なお世話だ。」

 

 

希は口元を隠して楽しそうに笑う。

完全に遊ばれているのが分かってむっとするが、それ以上何も言い返せずに直ぐにため息をついて情けない表情を浮かべてしまう。京助は本当にこの少女が苦手だった。

こういう態度が面白がられる一因なのだが、悲しいかな本人は気がついていない。

 

 

「ともかく、見たいんやったらうちが特別に取り計らってもええよ?こう見えて生徒会の関係者やからね。」

 

「いや……そんな。別に俺……自分は、」

 

「興味があるんは事実やろ?じゃなきゃ、さっき風体うんぬん言うよりも、興味がないの一言ですんでるやん。」

 

「………えぇ。まぁ……ほんの少しばかりだ……ですが、興味はありますね」

 

 

この少女相手には、否定するだけ無駄だと感じたのか京助は素直にその旨を伝える。

幸い今日の仕事はここで終わり、午後は店もない。多少なりとも興味はあるのだから、パチンコで無為に時間を潰すよりかは幾分マシに違いない。

 

 

「どうするん?」

 

 

可愛らしく小首をかしげて希は問いかける。

からかわれているだけか、それとも本当に便宜を図ってくれるのか、まずそこからして怪しいところではあるが、京助は少しだけ悩んで、

 

 

「あー……えっと、本当に取り計らってくれるんですか?」

 

「もちろん。じゃあ、そうと決まれば――そうやね?とりあえず、放課後になったら校門の前で待っとって。そしたら迎えにいくから。」

 

 

どうやらからかって遊んでいただけではなく、本当に便宜を図ってくれるらしい。

 

 

「あ、それから。」

 

「はい?」

 

「もうちょい君は、素直になった方がえぇと思うよ」

 

 

またからかわれているのか……そう思ったが、京助は彼女の表情を一目見てそうではないことに気がつく。

相変わらず微笑を浮かべる彼女だったが、その微笑みのなかには、まるで京助を諭しているかのような意味ありげなものが含まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……結局来ちまった。」

 

 

音ノ木坂の校門付近に立って小さくぼやく。

希の誘いにのって勢いのままに来てしまったが、今更になって後悔が募っていく。これはどう考えても失敗だった気がしてならない。

下校する生徒の怪訝な視線に耐えるのもそろそろ限界となってきたところで腕時計を確認すれば、授業終了時刻から既に20分は経っている。

 

――帰りてぇ……

 

切にそう思った。

 

 

「ごめん。待った?」

 

 

心が折れる寸前のところで約束していた少女が駆けてきた。

その姿を見て京助は力ない疲れきった微笑を浮かべる。

 

 

「帰ろうかと思いました……不審者で通報されるかと思いました……せめて待ち合わせ場所変えるべきでしたね……」

 

 

しきりに痛みを訴える胃を抑えながら言うと、希も申し訳なさそうに苦笑する。

 

 

「ごめんごめん。ほら、これつけたら行くよ。」

 

 

差し出された生徒会の腕章を付け、希に導かれるままに校内を歩き出す。

途中、何人かの生徒とすれ違う中でふと気になった事を尋ねてみた。

 

 

「そういえば、今の自分の立場ってどうなってるんですか?」

 

 

生徒会の方で何かしらの理由をでっち上げてくれているらしいが、今のうちに聞いておくに越したことはない。万が一他人に何者かと尋ねられた際に答えに詰まっては怪しさが増してしまう。

 

 

「ん?あぁ、工事の下見に来た人、ってことにしてあるで。」

 

「業者さん、ですか」

 

「それともうちの親族ってことにしとくべきだった?」

 

 

京助は首を思い切り横に振って答える。

まぁ、今のこの設定は妥当なところだろう。

 

 

「さ、着いたよ。」

 

 

案内されたのは校内に設置された講堂だった。固く占められた扉の向こう、おそらくそこでライブが行われるのだろう。

扉に手をかけようとして、京助は僅かに違和感を感じた。

 

――人の気配がしない……?

 

いくら防音がなされているとはいえ、所詮は高校の講堂。扉一枚隔てたところで中のざわつきくらいは感じ取れてもいいはずだ。

嫌な予感に、扉にかけた手が止まる。見ないほうがいいのではないだろうか、このまま大人しく帰るべきではないか。胸の奥で何かが警鐘を鳴らす。

 

 

「どうしたん?」

 

 

不思議そうに希が首を傾げた。

 

 

「いや……」

 

 

苦笑して強ばった手に力をいれる。

何を戸惑う必要があるのだろうか。

自分がここにいるのは、所詮はただの暇つぶしに過ぎない。演じる少女達もただの顔見知り、何かを心配してやる義理なんて微塵もない。

良くも悪くも、何を目にしたとしても京助には関わりのないことだ。

 

 

「っ!」

 

 

ゆっくりと音もなく開いた扉の先、そこにあった光景に京助は息を飲んだ。

誰もいない空っぽの客席、静まり返った空気。

舞台に立つ衣装を着た少女たちは呆然とした顔で立ち尽くしていた。

 

 

「穂乃果……」

 

「穂乃果ちゃん……」

 

 

少女たちを見ながら、タバコ代わりに、棒付きキャンデーを取り出して口に咥える。

 

――そりゃ、やっぱりこうなるわな。

 

実績も何もない高校で、素人が始めたばかりのスクールアイドル。心のどこかでこうなるのではないかという漠然とした不安は感じていた。

その不安は今こうして、彼の思った通りの結末を迎えていた。

 

 

「そりゃそうだ!世の中そんなに甘くない!」

 

 

穂乃果の声が静まり返った講堂の中に木霊する。

明るく元気のいい、いつもの彼女の声。しかし、それは無理にそう振舞おうとしているのが見え見えだった。

今にも泣き出しそうに、目元に涙をためる少女の姿を見て、京助は胸が締め付けられるように感じ、そしてその事に戸惑いを覚える。

夢に敗れ、未来を見失った自分。

対して今壇上に経つのは今を精一杯走る少女たち。

失った輝きを、いつの間にか京助は彼女たちに見ていたのかもしれない。

 

 

「ちッ……」

 

 

希望が――夢が。今までの努力が音を立てて全て崩れ去る瞬間。

そんなもの、二度と見たくなかった。

彼女たちにはそんな思いはして欲しくなかった。

 

 

「……あれ?あれ……ライブは?あれ……」

 

 

不意に別の扉が勢いよく開き、誰かが入ってくる。

二人の少女――見ればその姿にはどこかで見覚えがあった。

誰もいない講堂の中を見渡して、不安そうな表情を浮かべる少女。その姿をじっと見つめたかと思うと、穂乃果が表情を引き締めた。

 

 

「やろう!」

 

「え?」

 

「歌おう!全力で!そのために頑張ってきたんだから!」

 

 

京助は見た。

穂乃果の、海未の、ことりの瞳に力が戻るのを。

流れ出す音楽。それに合わせて軽やかに舞う少女たち。

それを見て京助は目を細める。今を輝く彼女たちは、京助には眩しすぎてまともに見ることが出来なかった。

気がつけば、講堂の中にはいつの間にやら先日のショートヘアの女の子や、椅子の影に隠れるようにして見ている女の子の姿があった。

途中までダンスを見て、京助は満足したように、くるり、と踵を返して講堂を出ていく。

 

 

「最後まで見んでえぇの?」

 

講堂の外、廊下で待っていた希が不思議そうに聞いてくる。よく見れば、廊下の曲がり角に隠れる人影の、赤みがかった髪が見えていた。

 

 

「えぇ。今日は本当にありがとうございました。」

 

 

――あの子たちはきっと大丈夫。

 

根拠も何もないが、何故だかそう思えた。

ポケットに両手を突っ込んで、廊下を歩いてい京助の顔には、うっすらとだが彼本来の優しい微笑みが浮かんでいた。

 




こんにちは、北屋です。
ようやくファーストライブの回までたどり着けました。
それにしても希ちゃんの絡みが増えていくw
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。