-第2話 舞い戻る愛機-
連れいていかれた部屋―教員室だろうか―には時間のこともあるだろうが、人は一人しかいなかった。
「織斑先生、お疲れ様です・・・って、誰です?この人?」
その一人、メガネをかけた女性が声を掛ける。
織班先生。
トロワを連れてきた女性はそう呼ばれた。
「ああ、山田先生。校内をうろついていた不審者だ」
山田先生。
メガネをかけた女性はそう呼ばれた。
なお、トロワと目を合わせた瞬間、
(スゴイ髪・・・)
と第一印象を受けた、とだけここに記載しておく。
「ところで、空いている部屋は?こいつからいろいろ話を聞く必要がある。」
「それならこちらに」
山田先生は教員室の奥にある部屋に向かい、扉を開ける。
来客用に使う部屋だった。
「行くぞ」
「ああ」
織班先生に促され、トロワが部屋に入っていく。
「山田先生はどうする?私はしばらくこいつと一緒になりそうだが?」
「わ、私もご一緒します。織班先生一人で大変な場合、人手が要りそうですし」
「助かる」
織班先生は一言感謝の意を述べ、山田先生が織班先生に続いて来客用の部屋に入っていった。
トロワが席に着き、織班先生、山田先生がその対面に着席する。
「では、トロワと言ったか。単刀直入に聞く。お前の狙いはなんだ?」
少しトロワを睨みながら、織班先生の尋問が始まった。
「狙いと言われてもな・・・。俺も気がついたらここにいたわけだが」
トロワが淡々と答える。
「あまりふざけない方がいい。ここ、『IS学園』を知らないとは言わせないぞ?」
『IS学園』。
この学校はそういう名前らしい。
知らないとは言わせない、とはいうものの、トロワの工作員の記憶をもってしても、その名前は一切聞いたことが無かった。
この島国の特殊な機関なのだろうか?
「悪いが知らないな。この国では有名なのかもしれないが―」
「そんなはずはありません!」
山田先生、と名乗った教師が大声で反論する。
「どういうことだ?」
「このIS学園はIS操者を育成する世界唯一の学園なんですよ!?それを知らないなんて―」
「悪いが」
トロワが山田先生の言葉を遮る。
「さっきから話に出ている『IS』とはなんだ?『MS』の間違いではないのか?」
『IS』という単語が頻出しているが、トロワにはその『IS』という単語に心当たりが無かった。
「・・・なんだ、その『MS』というのは?」
逆に織班先生が怪訝な表情をしながらMSについて聞き返してくる。
「・・・『MS』を知らないのか?あの戦争を、知らないとは―」
「―待て、あまりにも話がかみ合わなさすぎる。」
織班先生が話を静止させる。
成り立たない会話。
お互いがお互いの言っていることを理解できない異常な事態に無理にでも話を静止せざるを得なかった。
「一度話を整理しよう。お前は本当に『IS』を知らないのだな?」
「・・・ああ」
トロワがうなずく。
「それで、お前の言う『MS』も私たちは知らない。・・・どういうことだ・・・」
「俺にも理解できない」
「・・・その割にはそういう風には見えませんが・・・。でも、『IS』を知らないとなるともうこの世界の人間じゃないってくらい常識知らずですよ」
淡々と答えるトロワに、山田先生が困った表情をしながら会話に混ざる。
しかし、織班先生は真剣な表情を変えなかった。
「・・・この世界の人間ではない、か・・・。なるほど、ありえるな」
「って、えええええ!?何言ってるんですか!?織斑先生!?」
例えで出した話に織班先生が
「・・・トロワ、お前の出身地と生年月日を言え」
織班先生が確認をする。
目の前にいる男がどんな現実を抱えているのかを。
しかし、返ってきた答えは想定していたとおり、途方も無い現実だった。
「AC.180といったところか。詳しくはわからんがな。出身はL3コロニーだ」
「う・・・そ・・・」
山田先生の顔色が一気に青くなっていく。
「・・・トロワ、今は西暦だ。A.C.という年号は聞いたことが無い。そしてL3コロニーというものも、聞いたことが無い。」
織班先生が静かに、そして確実にトロワに現実を突きつける。
「・・・そうか。西暦は、俺にとってはあまりにも旧時代の話になるんだがな・・・」
「あまり、驚かないのだな」
真剣な表情を変えないまま、織班先生が話しかける。
「・・・驚いてはいるさ。さっき話したとおり、元からこういう顔のだけだ。」
「どう・・・しましょう・・・」
あまりの現実離れした現実に、頭がなんとか追いつかせようとする山田先生。
織班先生はあり得ない現実を受け入れた上で話を進める。
「このまま外に放り出せば確実にこいつは何かを引き起こす。だが、政府にでも報告しようものなら、―実験動物だ」
「実験・・・」
青かった山田先生の顔色がさらに悪くなる。
「・・・どの選択をしても寝覚めが悪くなりそうだな・・・」
ふぅ、とため息をつく織班先生。
「・・・ならここで働かせてくれないか?俺も死にたくないのでな。世界が違うということは口外しない」
トロワが提案する。
しかし、織班先生は首を横に振った。
「・・・悪いが、ISは女性しか動かすことができない。つまり、ここは女子校だ。そんな中、お前のような男という存在がこの校内にあれば―わかるな?」
「ああ。理解した」
女子高の中に男子。
しかも、トロワもまだ若い男子だ。
そんな異分子が女子高の中にいればどうなるか・・・。
そんな不安分子を学園に招き入れることは教師という立場としてはなんとしても避けたいところだった。
「物分りが早くて助かる。さて、ならお前の持ち物を確認させてくれ。何か手がかりがつかめるかもしれないし、職探しのヒントになるかもしれない」
「わかった」
そう言ってトロワは抱えていたショルダーバッグを机の上に置く。
「これが俺の持ち物だ」
「・・・案外荷物は少ないんですね」
意外そうな表情をする山田先生。
「重くなると移動に支障が出る」
「・・・だが、このようなものはしっかりと携行しているのだな」
織班先生がトロワのカバンの中から拳銃を取り出す。
「えっと、本物、ですか?」
少し顔を引きつらせながら山田先生が尋ねる。
「自衛用だ」
それに対してトロワはさも当然のように答えた。
「この国では許可が無いものの携行は違法だ、馬鹿者・・・」
言うなり、織班先生は拳銃を没収する。
「あとは、これ・・・?なんでしょう?」
ショルダーバッグから出てきたのは1枚の、縦半分に割れた仮面だった。
「ピエロの仮面だな。サーカスで働いて身分を隠していた」
意外な過去に、素直に驚きの表情を見せる二人。
「サーカスですか・・・。えっと、サーカスで働く、というのもいいんじゃないんですか?」
「・・・考えてみよう」
A.C.の世界でもサーカスで身分を隠してきた。
そして、戦争が終わった今、改めて仲間のサーカスの下に戻ろうとしていたトロワとしては悪くない提案だった。
「・・・待て」
しかし、その提案も織班先生の言葉で断ち切られる。
「どうした?」
「この仮面、どうした?」
織班先生がトロワの仮面をかざす。
「ああ、見てのとおりだ。ピエロの面だが?」
「ピエロの面は、こんなに硬いものなのか?」
織班先生がかざした仮面の表面を拳で叩く。
するとどういうわけか金属音が返ってきた。
「・・・確かに。俺の仮面は金属を使っていない。プラスチック製だったはずだが・・・」
自身の仮面の状態の変化にトロワも違和感を感じる。
そのトロワの返事に織班先生はひとつため息をつき、事実を告げた。
「単刀直入に言おう。これは待機状態のISだ。」
「ISですか!?」
山田先生が驚く。
トロワも淡々とした表情を少し崩し、驚きの表情を見せる。
「これが・・・IS・・・?」
『IS』
先ほどの話の中心となったこの世界の技術だ。
しかし、それはどこからどう見てもただの金属の仮面だった。
「ISとは宇宙開発をも視野に入れたパワードスーツであり、兵器だ。だが、それを常に携行するにはこのような待機状態にする必要がある。」
「なるほどな。・・・だが、これがか?どう見ても俺の仮面だが?」
先ほどの疑問を直接口にする。
「もしかしたらトロワくんもISを動かせるのかもしれないですよ?一夏くんのような前例もありますし」
「・・・まあ、その可能性は否定はしないが・・・」
険しい表情を浮かべる織班先生。
先ほどの話の内容から、どういうわけか、このISは女性にしか装備できないもののようだ。
それを男性であるトロワが装着できるなど・・・。
そう言わんとしている表情だった。
「それじゃあ早速!トロワくん、その仮面をつけてみてください!」
そんな織班先生を余所に、山田先生が話を進めていく。
「ああ」
サーカスの舞台にあがるかのように、トロワが仮面を装着する。
その瞬間だった。
ブオン
いくつもの電子ディスプレイがトロワの目前に広がった。
「!?」
驚きの表情を浮かべる先生二人。
それに対してトロワは冷静だった。
「・・・なるほど、ISとはこういうものか」
それどころか愛機と呼ぶ機体に登場していた頃の懐かしい雰囲気を感じていた。
それから電子音声が室内に響く。
「推進機正常作動、バッテリー20%、補充中」
「ガトリング砲2門無事、弾薬補充中」
「火器類正常作動確認、弾薬補充中」
「機体損傷率、48%。自己修復中」
「ヘビーアームズ、コンディションレッド。装着を認めることはできません」
電子音声が途切れたところで電子ディスプレイがすべて消え去った。
「そうか・・・。ヘビーアームズはまだ戦えるか・・・」
すべてが終わったことで爆破させた愛機がまさか、このような形で戻ってくるとはトロワは思っていなかった。
懐かしくもあり、しかし、ヘビーアームズを使うということは再び戦いが起こることを示唆しているような気がし、なかなか複雑な心境だった。
「・・・まさか、本当に・・・」
冗談半分、本気半分で提案した山田先生も驚きを隠せていなかった。
「・・・さて、今年は忙しくなるな・・・」
先ほどまで驚いた表情を浮かべていた織班先生だったが、すぐに冷静な顔つきに変わり、考え事を始めていた。
「どうかしたか?」
「トロワ、お前をIS学園に入学させようと思う。どうだ?」
「何?」
「織班先生!?」
トロワは冷静に、しかし驚いた表情を浮かべた。
山田先生にいたっては本日何度目の吃驚だろうか、あらゆる事象に振り回されっぱなしだった。
「お前には行くアテが無いんだろう?ならば悪い話では無いと思うがな」
「・・・見事な手のひらの返しようだな」
先ほどまでは入れることはできないと言っておきながら、ISが起動したとなった瞬間に保護する。
あからさまな手のひら返しにトロワの表情も怪訝なものとなった。
「そこは許してくれ。何せイレギュラー―世界で二人目の男性装者だ。私としてもほうってはおけない。」
「・・・」
「私からいろいろ手を回してお前が別の世界の人間だということは周囲に漏らさないようにする。どうだ?」
「選択肢は一つしかないとみえるな」
トロワが了解の意を伝える。
「理解が早くて助かる。この学園にいる限りは国籍も人種も関係ない。全ての権利がここでは守られる。―それが、異世界からの来訪者だとしてもだ」
「そうか。ならば、俺にとっても悪い話では無さそうだな」
「そうですか!なら」
山田先生が笑顔を浮かべて話かけようとしたが、トロワの言葉に遮られる。
「だが、帰る手段が見つかったなら俺は帰らせてもらう。そして、ヘビーアームズは爆破させる」
トロワが条件を提示する。
帰還に関する条件。
そして、ヘビーアームズの爆破。
帰還に関しては言わずもがな、当初の目的である。
ヘビーアームズの爆破については、トロワの時代の産物をこの西暦の世界に残しておいてはならないと判断したためだ。
「かまわない」
織班先生が即答する。
「いいんですか!?貴重な男性の操者とISなんですよ!?」
それに対して山田先生が反論する。
「トロワは元々この世界にいていい存在ではないんだ。そして、彼には早く帰ってもらった方が私たちも多くの嘘を重ねずに済む」
「・・・織班先生、結構ドライなんですね」
残念そうな表情を浮かべる山田先生。
それに対して薄く笑みを浮かべるトロワ。
「俺としてもそれぐらいがちょうどいい。さて、交渉成立だな。・・・聞いていなかったが、名前を聞きたい」
「そういえば、名乗っていなかったな」
二人が自己紹介をする。
「織斑千冬。ここで教師をしている」
「山田真耶です。同じくここで教師をしています」
「教師・・・。ならば、これから返事は「わかりました」が良いか?」
「・・・よろしい。では―」
千冬が手を差し出す。
「ようこそ、IS学園へ」
そして、トロワはその手を握り返した。
波乱に満ちた数時間が終わった。
しかしそれが終わった後、世界は急に広がっていった。
西暦の世界。
IS。
IS学園。
あらゆる異世界の現実がトロワに押し寄せていた。
しかし、トロワにはそれをよける術は存在せず、すべての事象を受け入れるしかなかった。