うららかな春の日。
支払い日はもう目前だというのに銀時はいつもの如く金もないのにパチンコ屋に赴き、全額すってしまった。
例にもれず、家賃の支払いを待ってもらおうと銀時は重々しく戸を開けた。
今日はどう言い訳つけようか。突然やくざに因縁つけられて云々はこの前つかっちまったしなどと考えながら……。
―寺田屋―
「銀時様。本日は何用でございましょうか」
たまがいつもの通りメカニックな声で用を尋ねた。
「あー。ババァ居るか? ちょいと今月の家賃がさァ」
銀時がそのように冷や汗をかきつつ用件を切り出すと、若い女の声がした。
「今月、今月って、もう4か月じゃないかィ」
聞き覚えのない声に銀時はその声がした方向に目を向ける。
その姿を見て銀時は目を見開き、声を失った。
皺の目立つ老顔は、まるで石鹸の如くつるりとした肌になり、細い目はクリクリの可愛らしい瞳となっていた。
髪型も以前のようにまとまっておらず下ろし、ポニーテールをさりげなく混ぜていた。
「バ、ババァァァ! お前いつそんな整形したんだァァァァ!」
「嫌だね。整形する金なんかあったらもっと他の事に使ってるさ。朝起きたらこんなことになっちまってんたんだよ。それに」
お登勢は銀時の頬を拳で殴打。
その力は果てしなく銀時はあっという間に吹っ飛ばされた。
「ぶべらっ」
「あたしゃもうババァじゃねぇ! お登勢もしくはお姉さまと呼びな!」
「は、はひお登勢お姉さま……」
やべぇよ。若くなった分パンチの威力も二倍以上だこいつは下手にさからわねぇ方が身のためだ。と、店の外に吹っ飛ばされた銀時は思った。
――――――――――
銀時は万事屋一行を連れて店に戻る。
「こんにちはー」
「タダ飯かっくらいに来たアルよー」
三人はカウンター席につく。
「銀さん。なんなんですか急に連れ出して」
「せっかくドラマの再放送見てたのにさち子たちと話合わなくなったらどう責任取るつもりアルか!」
しかし、銀時はカウンターの机に目線を遣り、黙ったままである。勿論ずっとお登勢がなんで若くなっているのかを考え続けているからだ。
「銀さん!」
「え? 何?」
銀時はすっとぼけたかのような口調で目を点にした様子で新八を見る。
新八は少々苛立っている声で銀時に詰め寄る。
「何じゃないですよ。戻ってきたと思ったらなんかババァがババァがぁとか言いながら引っ張り出すように連れてきたのあんたじゃないですか!」
「ババァに何かあったアルか。とうとう宇宙戦艦にでも改造されたアルか?」
「あぁ。ある意味それよりも」
そう銀時が言いかけると、三人分の水が差しだされた。
「あ、どうも」
新八がそう言って水をくれた人に顔を向ける。神楽もそれにつられる。
あまりにも綺麗だったのか新八は一瞬だけ見とれたがすぐに
「あ、あれもしかして新しく入ったんですか?」
と言って銀時に目を遣る
「お前、ホンッと鈍いのな」
銀時は頭を掻く。
「え、ま、まさか……」
新八は瞳孔を点にしてお登勢を見る。
「おやおや、家主の顔も忘れるたァ。ずいぶんな恩知らずじゃないかィ?」
お登勢はマッチを取り出し、たばこに火をつけ、いつもどうりな様子で新八に毒づいた。
「え、えええええええええええええええええええええええええええええ!?」
神楽と新八はほぼ同時に空高く突き抜けるように叫ぶ。新八のメガネには少しヒビが入った。
「え、あの、嘘でしょ? あのお登勢さんが、こんな、こんな」
「おいババァ! いくら人気投票の順位が下がり調子だからって今更そんな若作りをしても遅いアルよ! この漫画のヒロイン・美人枠はもう一杯いっぱいアル! また人気投票篇があってもキャサリンと一緒に軒下で上位陣こきおろすくらいしか出来ないネ!」
と言葉では強気ではいるが、少々冷や汗をかいている。ヒロインとしての地位が危うくなっているのを感じているのだろうか。
「ババァじゃねえつってんだろうが!」
「どんだけ引きずってんだよ。お登勢さん、一体なにが」
新八はお登勢に尋ねた。
「朝起きたらこうなってたんだよ。いやーびっくりしたね。肌からなにまでピッチピチでさぁ。まるで辰五郎と結婚する前まで戻ったみたいだよ」
「俺たちの事覚えてるという事は本当に姿かたちだけが若い頃……綾乃として生きていた頃にもどったって訳か」
「どうやらそのようだね。ま、若くなったとはいってもあたしのやる事は微塵もかわらないさね」
「起きたら若返ったなんてにわかに信じられないですけど。それにしても」
新八は改めてお登勢の上半身を見る。
整った顔立ちに、肉付きの良さを示すふくらんだ胸元。新八は顔をほんのり赤くしている。恐らく新八の人生の中でこれほどまでにお登勢。いや、女性を意識したことはそうないだろう。
「おいおい、あいつ何想像してんだよ」
銀時は嘲笑う視線を新八にむけつつ神楽に言った。
「次の日にはガチガチになったティッシュが大量に見つかって姉御に白い目で見られるアル」
「し、しねぇよ! 僕には、お通ちゃんがいますから」
新八はそういってお登勢に背を向ける。
「うっわなにムキになってんだよこりゃ重症だな」
「マジキモイアル。しばらく私に近づかないでほしいネ」
「うるせぇよ! しねぇっつってんだろうがァァ! あんたらほんと僕の事なんだと思ってんですか!」
「メガネとメガネスタンド」
二人はほぼ同時に答えた。
「んだとぉ!」
「落ち着きな。これ以上暴れて店のもんちょっとでも傷つけたらどうなるか分かってんだろうねェ?」
お登勢は可愛らしい表情をしながらも、並々ならぬ殺気を出している。
若くなろうとお登勢はお登勢である。
「は、はい」
三人は大人しくなる。ただでさえ強烈な力を持つ女。それも若くなって筋力も回復したとなればどうなるかは赤子でも分かる事である。
「ハァ。それにしても良かったですよ。この状態で六股篇にならなくて」
「そうだな。もしこれで例のシーン迎えてたらK点越えどころの騒ぎじゃないよ。大気圏どころか太陽特攻しちゃうよ銀さん」
「大丈夫アルよ。そん時はマダオを代わりに居れれば万事解決ネ」
神楽は酢昆布を噛みながら言う。
「いや何も解決してねぇよ寧ろ更にとんでもない方向に行くだろうが! というか誰が得すんだよそんなの」
「元からして誰も得しませんよあんなの」
そんなこんなで万事屋メンバーが会談していると、お登勢は思い出したかのように言った。
「銀時。そういやあんた家賃の話しにきたんだろ?」
「あーそうそう。で、あのさ、今月ちょっとピンチであのその」
銀時はしどろもどろになりながらお登勢に提案する。
「いいよ」
「わー分かった分かりました! この際腎臓でもなんでも売り払って金作りますんでェェェ」
「ちょなんで僕の腹掴んでるんですか! 自分の責任でしょう!?」
「銀ちゃん。新八の腹なんか無価値アルよ。だってそれただのメガネ掛けスタンドネ」
「あぁ、そうだった。俺としたことが。ごめんよ新八悪く思わないでくれ」
と言いながら、銀時は新八のメガネを強奪し、椅子からはたき落す。
「なんでだァァ!」
「よしこれをマッドサイエンティストの下に持っていき、腎臓のあたりだけ売ればいいんだな」
「そうアル。腎臓はきっと耳にかけるあたりネ」
「いや売れねぇよ! つーかメガネに腎臓ねぇよ仮にでもそんなのあったら気持ち悪くて誰もかけねぇ」
「何言ってんだよあるじゃねぇか。メガネにはな。かけることでその娘の毒素を薄めて魅力を」
「何の話してんですか! それもうメガネの機能関係ねぇじゃん!」
「おい銀時、人の話聞いてたかィ?」
お登勢は少しだけ声量をあげて銀時に言う。
「え?」
「家賃はいいって言ってんだよ」
「え、な、なんで?」
「だってもう必要ないからねェ」
と、言いながらお登勢は一枚の紙を見せた。『寺田屋改造計画』と書かれている。
現在万事屋のある二階は30席にわたる客席がおかれ、カラオケもついている。
「はぁ!? どういうことだよこれ。こんなの聞いてねェぞ!」
「それに今の状態から客室にするって事は結構大がかりな改造になりますよね……どこにそんな予算があるんです? こんなの無理でしょう!」
「可能ですよ」
背後より無機質な声が聞こえた。
「た、たま! これ一体どういう事アルか!」
「お登勢様がこうも若くなられた事で、ここへの来客は私のデータによれば前月比3倍から5倍になると予測されます。そうなりますとまずこの一階だけではパンクし、最終的には爆発します」
「いや爆発はしねぇだろ!」
「これだとお客にスナックでゆっくりなんかしてもらえないという事で、急きょ二階に客席を新たに設置し利益・効率ともに向上をはかるという次第です。新八様のおっしゃるように予算はかなりかかりますが、しかし考えを変えれば3倍から5倍の客がくるという事は単純に考えて利益も3~5倍になるということ」
「しかもスナックなんてとんでもない額使う客もいるからねェ。実際はもっと上になるかもしれないよ」
お登勢は不敵な笑みを浮かべながら万事屋を見る。
「私の試算によれば、この通りの改造を施しても経費はおよそ2か月で回収できます」
「に、二か月!?」
「妙にリアルな数字だな……」
「そういう事さね。なかなか家賃を払わないあんたたちをあてにするより、いっそ客からもっと金を貰った方が得策ってもんよ」
「厄介払いが出来て、お登勢さんが儲かればワタシたちの給料もガッポガッポネ! という訳で早く出てけよオメーラ」
キャサリンが横やりを入れる。
「うわ居たのかよこの年増」
「どうせセリフはこれだけアルよ」
「チッ……。行くぞお前ら」
そういって銀時は寺田屋を後にした。新八や神楽はそれを追いかける。
「お登勢様」
「ん?」
お登勢は二本目のタバコに火をつけながらたまに視線を向ける。
「本当にこれでよかったのでしょうか。お登勢様は今まで更に多くの期間滞納されても嫌味をつける事はあれ本当に追い出そうとはしなかったではないですか」
お登勢はたまの言葉を聞きながらたばこを吸い、深くふうと息をついた後
「もうあたしもいい加減こんな事でギャーギャーいうのもうんざりしてね。いくら若くなったとはいっても疲れは美容の大敵。せっかくここまで若返れたんだから原因は少しでも削いだ方が良いさね。それに」
お登勢はたばこを灰皿に押し付ける。
「たまにはでかい子どもの尻をぶっ叩いてやるのもババァの役目だよ」
―かぶき町―
「ハァ……参ったなこりゃ」
「全くネ。このままじゃヒロインの座が危ういアル」
「どうするんですか。お登勢さん今回は本気みたいですよ」
新八はすがるような目で銀時を見る。
銀時は頭を掻きながら言う。
「どうするって何とか金かき集めるしかねーだろ。あそこ追い出されて次探すのもめんど臭ぇしな」
「そういやいくら払わなきゃいけないアル?」
「確かひと月分の家賃が6万円でしたよね?」
新八がそう言うと銀時は
「さっきババァが四か月とか言ってたから……」
「6×4で……24万!?」
「おい新八、家の中に金はいくら残ってる?」
現実を直視した銀時は上ずった声で尋ねた。
「確か緊急用予算が」
「それもしかして箪笥の中に入ってた?」
「はいそうで……おいまさか」
「こんの腐れ天パァァァァァァ!!」
「あべしっ」
神楽は銀時にトウキック。
「ちょっとォォォ! あんた何考えてんですか! いつもの事だけど!」
「しゃーねーだろ。依頼は来ねえし、家賃払わなきゃいけねーし。だから金稼ごうと思って桃源郷へのチケットをだな」
「桃源郷じゃなくて無間地獄の間違いです!」
「んだとォ!? 大体てめぇも詰め甘いんだよ。何前と同じところに隠してんだよそんなに大事なら場所くらい変えろってえの。そんなんだからお前はいつまで経っても」
「10年くらい前に隠した場所覚えていると思う方がどうかしてるよ。あーもうどうすんだよォ! こんな調子じゃ24万なんて大金どうにかなるわけが」
その時、野太い声が一つ三人の耳に入った。
「おや、こんなところでどうしたんだい?」
「お、お前は……」
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三日後、万事屋メンバーは這いつくばった格好で寺田屋の前に居た。
あの後西郷の経営するかまっ娘倶楽部で不眠不休で働かされ、嫌気がさして命からがらこっそりと抜け出たのだった。
「チィッ。あの化け物ボロ雑巾のように使いやがって。誰のおかげで四天王名乗れていると思ってんだ」
「銀さん。それは言わない約束ですよ」
「というか銀ちゃんあの時敵だったアル」
「うるせぇ。江戸っ子は細かいことは気にしねぇんだよ」
「はぁ……。24万にはとても足りないけどとりあえずお金は手に入ったんだし、これが精いっぱいの誠意という事で何とかお目こぼしを」
新八は三人分の三日分の給料が入った袋を取り出す。すると、途端に扉が開かれた。
「あ、あの! 全部じゃないですが、これ受け取ってください!」
新八はそのまま給料袋をお登勢に差しだした。
「へぇ……これはどういう風の吹き回しだィ?」
「ここ追い出されたらご飯を炊飯器の釜ごと食べたり乾き物ごっそり頂いたり出来ないアル」
「俺も、安酒だろうとただで酒飲めなくなるのは御免だからな」
3人とも、疲れた体を奮起して立ち上がった。
「だから、ババ……」
よく見てみると、お登勢は元のしわくちゃのババァに戻っていた。
「え?」
─ここ最近江戸で多発している急に若返ったという現象の原因が突き止められました。夢遊星よりやってきた天人が高齢者に寝ている間若い頃の夢を見させて、それをそのまま現実世界に持ち越させていることが大江戸警察の調査の結果分かりました。尚、この一時的な若返りは夢に起因するもののため、一日程度経過すると上書きされだいたいは元に戻るそうです。目的はその戻った姿を見てがっかりした所を……─
寺田屋から流れてくるニュースはそんなことをつたえていた。
「全くあんたら家にはたかりにしかこなかったんかィ? そのツケの分も今ここできっちり払って貰うからねェ」
「ヒ、ヒェェェェ」
青ざめる一行をキャサリンとたまは有無を言わさず店の中に引きずり込むのであった。
その後一ヶ月間。万事屋は営業を休止した。
─第一訓 化粧品は言うほどの効果があると思えない 終─