remember(短編)   作:時貞

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「私はもうすぐ死ぬ」
長年共に生きて来た旦那が急にそんな事を言う。
旦那、弘文は92歳。
私は28歳の時に弘文と結婚して、三人の子供を授かるも上の二人は何日と待たずに死んだ。

唯一の子供である三女、智子もまた20年以上前に事故で死んだ。

私と弘文は二人ながら孤独な人生を歩んできている。

そんな弘文も私の前から消え失せようと言うのか。
私は泣き、弘文に懇願した。
「あなたが死ぬなら、その前に私を殺して」
弘文は困った顔をしながら唯一動く左手を出し
私の首を締めた。
その手は弱々しく私の細い首を締める事すら儘ならない。

「私はもう君の願いを何一つ叶える事は出来ない。死に行くのを待つ事しか残されてはいないんだ。」
弘文は眼から涙を流しながら私にそう訴えた。

翌朝、弘文は死んだ。
私は泣いた。暗い小さな和室で冷たくなった亡骸を抱いて
何時までも泣いて時は過ぎた。

旦那の死を伝える手立ても無く、私自身の身体も一気に駄目になる。
遂には寝たきりになった。
部屋は腐乱した弘文の死臭で蔓延し、膿が私の身体にまとわりつく。

意識が無くなる手間、襖が開き警察が数人と近所の人が入って来た。なにか言っているが聴こえない。

私は部屋から運び出され気が付いたら病院のベッドだった。身体は動かないから目で周囲をみわたす。

鼻は既に効かないのか、匂いはわからない。
四肢に感覚も無く、ただ意識だけがはっきりとしてる。

私は生きながらえた。
ただ生きながらえた。

もう、二度と立ち上がれないだろう。
弘文の方がどれだけマシな状態だっただろうと思う。

ある日、私は意識も失った。



未来転生

夢を見た。

 

私の身体は夢の中でも自由に動かない。

目の前で弘文が走り回る。

 

腐乱して崩れた肉を撒き散らしながら

走り、飛び、回り、私に対してそれら全ての感想を嬉々と伝えてくる。

 

この人は、死んで自由を得たのだろう。

私は自由を手にする事も叶わず、まるで子供の様に燥ぐ弘文を眺めるしか無かった。

 

急に弘文がこちらを見て静止する。

既に眼球が溶けた目で見つめてくる。

 

「君は今私を羨ましく思うか?」

 

私は頷く、それは自由を手にした事に対してでは無く

不自由から解放された事に対しての頷きだ。

 

「私は君が羨ましく思う。」

 

意外な言葉だった。彼は自由を欲した。

寝たきりの自分を哀れんだ。

 

そんな弘文は強欲だと思う。

自由の代償が生命なら、弘文はどちらも欲しいと言ってる事になる。

 

「あなたは、自由が欲しかったんじゃないですか?」

 

私の思いは声になった。

 

弘文は首を横に振り私に近づいてくる。

「私は自由を欲した訳では無い。今の私は君の首を締める事も出来ない。」

弘文の手は私の首をすり抜ける。実態の無い亡霊

 

「私はもう死ぬことも出来ない。永遠に実態の無い怪物として存在しなくてはいけない。そう神に懇願したからだろう。君に取り憑き殺す事も直接手を下す事も出来ないがな。」

 

「輪廻転生の道から落ちたんだろう。神を呪いながら死んだ人間の末路なのかも知れない。」

 

弘文は悲しそうな顔で嘆く。

「君はそうなってはいけない。どんな命を授けられるか、どんな運命を背負うのかはわからない。でも君には生き続けて欲しい。」

 

私は困った。新しい命も運命も欲してはいなかった。

全てを無に返し消えたいだけ。

 

弘文は生きろと言う。この男は生涯に渡り私を失望させてきた。

亡霊となっても私を失望させる為に現れる。

 

 

 

 

そうか、私はこの男を憎んでいたのか。

 

私は目の前の亡霊に感覚を取り戻した両手を出し

首に指を絡めた。

 

「ここは私の夢。役立たずのあなたに用は無いわ。永遠と彷徨いなさい。」

 

弘文の首はもげ落ちた。その目は笑っているように見えた。

 

 

 

 

 

 

目が覚めた。

私はどうやらもう一度人に産まれた様で

父と母と思わしき人物に見下ろされている。

 

声は泣き声にしかならないからすぐに諦めた。

神は私にどんな運命を与えたのか。

また我が子を失い、弘文の様な男に生涯を捧げ身を滅ぼすだけなのか。

意識が遠退く。

 

私の記憶も薄れてきた。

 

過ちを繰り返し何度も不幸になるに違いない。

亡霊も転生も結局は同じ事

 

自由もなにもない。

 

私は眠りに着く。

 

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