男は人生をやり直しする権利を得た。
【田代勇気】
それが俺の名前だった。
1991年に産まれ、2012年に妻【静香】と結婚して2015年には2歳になる娘が居た。
家族仲は良く、仕事も順調で不満の無い普通な暮らしを送っていた。
仕事が長引き21時に帰路に着いた俺は
凍結した路面で車の操作を誤り国道の中央分離帯へ突っ込み意識を失うった。
気が付いた時には実家の二階にある自室で朝を迎えていた。
母親が片ずけてないのか、部屋は高校時代の最後に出た時と変わらず残されていた。
見える範囲で自分の身体を調べるが傷は無い。
不意に下から名前を呼ばれた。
母の声だ。
ベッドから立ち上がり違和感を覚えた。
1年前に痛み出した腰の痛みが感じられない。
身体も軽く、結婚後に蓄えた余分な肉が無い。
部屋の鏡で自分を見る。
顎と首には区切りがあり、短く清潔な髪。
肌も若い。
理解出来ない俺は階段を降りてリビングへ向かう。
朝食の匂いがする。日は窓から差し込み朝食が並べられた机を照らす。
母は変わらず台所で忙しく動き、父は既に仕事へ行ったのか椅子に朝刊と灰皿に煙草の吸い殻がある。
テレビからは朝のニュースが映される。
極普通の朝の光景も俺には不自然に映る。
当然だ。俺は実家を出て妻と子供で生活して、母は1年前に事故で亡くなっている。
目の前には母の亡霊がいることになる。
気が付くと家を飛び出して公園にいた。
ベンチに腰掛けて今の現象の解を導き出そうと考えを纏めるも四方へ飛び散り纏まらない。
そとは太陽が近い。蝉は鳴き、照り付ける陽射しが肌を焼き汗がとまらない。
突然影が陽射しを遮る。
顔をあげると見馴れた顔があった。
静香だ。
白いカッターシャツに紺のスカート。
何度も導いては否定した解が現実になる。
不思議そうに俺を見てる。
そうさ、恐らくは登校時間なのだろう。
適当に誤魔化し俺はその日は夜まで公園で過ごした。
理由は不明だが、過去へ戻った俺はもう一度人生をやり直す権利を得た。
しかし、未来への不満もなく。
未来が変わらない様にこれから立ち回る必要があるようだ。
俺は本当の意味で人生をやりなおす。
記憶を蘇らせながらなるべくなぞる様に。
些細な変化が未来に変化を与える事は無かった。
何度か大きな間違いもしたが、それも俺の知る未来へ収縮した。
静香と結婚して、娘もまた産まれた。
ある日仕事が長引き21時に帰路につく。
現在に追い付いた俺。
慎重に運転し、例の事故現場へと近付く。
徐行してゆっくりと通過する。
安堵の溜息が出る。長い旅は終わりまだ見ぬ未来に俺は喜んだ。
直後に身体に衝撃が走る。
トラックが横から衝突して俺はまた気を失う。
未来は収縮して変わる事が無い様に。
俺の未来は失われたまま取り戻せないらしい。