ハイスクールD×D ~絶対悪旗のラスト・エンブリオ~ 作:白野威
グレートレッドから問われた内容をこたえ、アジ=ダカーハはオーフィスに脅迫染みた要求をして、地球へ帰って行った。
心底くだらないと思っていただろう雰囲気を纏いつつ。
「……なぜ、急に呼び出した?」
グレートレッドと二人きりになった後、オーフィスは唐突にそう紅い龍に問うた。
問われた紅蓮の龍は、三頭龍がオーフィスの開けた穴から出ていった箇所を見つめながら答えた。
【……理由は特にないさ。強いて言うなら一つ二つ、気になってたことがあるんでな、直に見て答えを得ようとしただけだ】
「気になる……?」
【あぁ。まあ一つはさっき解けたが、もう一つが分からんままだった】
肩をすくめ、グレートレッドは再び次元の狭間を漂うために長大な翼を羽搏かせ始める。
【ほれ、お前も地球に戻れ。お前が監視から離れてたら意味がないだろう】
「……楽したいだけのくせに」
【それは言わないお約束だ】
そう軽口を叩いた後、グレートレッドは一際大きく羽搏いて宙に舞い上がり、そのまま飛び去って行った。
それを見届けてから、オーフィスも地球へ戻って行った。
【まさか"ヤツ"まで動くとはな……】
――グレートレッドが、何かを口にした事すら気づかずに。
◇
一方の三頭龍は、オーフィスが第四宇宙速度を超える速度で石を投げつつ開いた"穴"をくぐり、地球へと帰還した。ながら作業で開いていたため一幕の不安はあったが、どうやら杞憂だったようだ、と密かに安心した。
場所はオーフィスと三頭龍自身がグレートレッドに拉致される以前の場所と同じであった。そう時は経っていないらしく、無数の黒煙が天へ昇って行く。血の匂いや早くも腐りかけた肉の匂いが鼻を満たす。今となっては嗅ぎ慣れた匂いだ、いまさら感傷に浸る所以も無い。
『………………』
ふと、三頭龍は天高くそびえる塔を見上げる。雲を突き抜けた先にある頂上は、そういうデザインなのか、まだ建設途中だったのかはさておき、屋根や覆い一つも無い開放的な屋上だ。大気圏外から地球を眺めていた時ですらハッキリと見える程度の大きさを誇っていたのだから、屋上に降り立てばより大きいのは確実だろう。
恐らく高度は95km、幅は優に1000km以上はいっているだろう。あまり高すぎると吹き荒れる風で崩壊するはずだが、そういう類の
そう考えつつ塔をじっと眺めていた時、ふと背中に何かが当たる感触が襲った。
『…………?』
随分とあの塔を眺めていたらしい。1時か2時程度であった時間帯は、既に夕方になりつつあった。背中に当たったのはごく小さな物質――がれきの石だと判断したアジ=ダカーハは、首の一本をもたげて後ろを見る。そこには五体満足で健在している、頭部以外を豊かなローブで包んだ人間だった。
ローブに僅かながらも装飾されている事から、ニムロドの部下か何かだろうとあたりを付けた三頭龍は、その人間と面と向き合った。
「っ……王を、何処へやった……!!」
非常によく整った顔立ちをした、顔と声だけで判断するなら女であろうその人間は、三頭龍に対して極限の怒りと憎悪を込めた目で睨みつける。だが、その四肢はローブ越しからでも分かるほど震えていた。
立ち向かってくるのならば己の全てを持って砕いて来たアジ=ダカーハだが、その人間の姿勢を見て一人の少年を想起した。
だからこそ、気紛れを起こした。
『王、か……貴様の言う王は、そこの首のことか』
醜悪な笑みを浮かべながら、アジ=ダカーハは龍の遺影によって首から上のみとなったニムロドを視線で指した。腰まで伸びていた輝く金髪は龍の遺影によって、断ち切られた首と同じ長さになっている。
「――――――――」
すぐそばにあった身体の方は、アジ=ダカーハの分身たる二頭龍が喰らい尽したのか、いくつかの骨とそこにこびり付いた肉片だけがあった。頭部だけを残したのはただの気紛れか。
食うならもう少し綺麗に食ったらどうか、と思うが、この状況においてはむしろちょうどいい、とアジ=ダカーハは思案する。目の前の彼女を絶望させるに足る材料に、これ以上相応しいものはないだろう。
「――――――
小声で何かを呟いた。常人であったならば聞き取ることが難しい距離であったが、五感が著しく強化されているアジ=ダカーハの身体は、その小声を正確に聞き取った。同時に、余人から見れば嫌悪感を露わにするほどの醜悪な笑みが、より色濃く浮かび上がる。
――――さあ、お前は勇者足り得るか?
「許さない―――!!!」
女はその片手をアジ=ダカーハに突き出す。その刹那、彼女の周囲に浮かび上がるいくつかの魔法陣。数は八つ、恐らくは砲撃系統の魔法だろう。そうあたりを付けたアジ=ダカーハは真正面からそれを打ち破らんと闘気を高め――――身体に違和感を感じた。
『…………?』
両脚に何かが絡みついているような感覚がアジ=ダカーハを襲う。片首をもたげて見れば、樹木が足に纏わりついていた。いくら箱庭の世界とは法則の異なる世界であるとは言え、急激とまで言える樹木の成長などありえるはずがない。
ならば導き出される回答は一つ。
『操作系の
そう苛立たしげに吐き捨てながら軽く動く。それだけで足に纏わりついていた樹木は、ベキベキと音を立てて圧し折れる。だがその一瞬ともいえない合間に、女は魔法陣から太い槍を取り出し、それを射出した。
だが、なんの神秘も含まれていない武具など怖れるに足らず。神速を凌駕する勢いの裏拳を放ち、飛んできた武具を粉砕する。ギリッ、と歯軋りする音をアジ=ダカーハは聞き取った。その形相は、その視線だけで悪鬼羅刹を射殺さんばかりの鋭さを含み、瞳に映る憎悪は、アジ=ダカーハをして感心するほどだ。
『……この程度で私を殺せると思ったか? あの男の方がまだ歯ごたえがあったぞ』
「貴様のような醜い化物が、我等が王を語るなアアァァアアアッ!!」
喉が壊れる勢いで女は叫び、次いで八つの魔法陣から次々と武具を射出してきた。十や二十では事足りないほどの物量が音速の二倍の速さで襲い掛かるが、それを上回る速度でアジ=ダカーハの恩恵の一つ"龍の遺影"が、それらを打ち落とす。たった八つの魔法陣からのみの射出――それも一方向からのみの射撃など、アジ=ダカーハにとっては『ない』も等しい攻撃だ。
それを悟ったのだろう。女は憎悪の光をより濃くしながら、展開する魔法陣の数を劇的に増やす。その数は数瞬の間に幾万にも増加し、今なお増え続けている。
魔術の腕は確かなようだ。女の評価を一段階上にあげたアジ=ダカーハは、その実力を上回らんと言葉を発する。
『"大地"よ、"敵意"を防ぐ"盾"となれ』
片手を前に掲げる動作をしながら、そう発する。瞬間、女と三頭龍との間にある大地が、あたかも三頭龍をかばうように捲りあがり、文字通り"盾"となった。その一身で女が放つ武具の数々を防ぐ大地の盾には傷一つつかない。
女が放つ武具は、その射出速度や展開数などから驚異的なのは確かだ。だがその通常であれば脅威であるはずのそれらは、アジ=ダカーハから見れば児戯に等しい。それが神秘を少なからず持っているのなら話は別だったが、放たれるそれらは全てただの武具。ケルトの光の御子が持つような
『小癪な』
数千万を超える魔法陣から射出される武具群を、大地の盾ごと腕の一振りで粉砕する。振り抜かれた腕によって発生した暴風は、マッハ2に値する速度で降り注ぐ武具群をいとも容易く吹き飛ばし、それを間近で受けた大地の盾は粉々に砕かれ、弾丸となって女を襲う。それを防がんと、女は魔法陣そのものを自身の目の前に展開する。亜空間に繋がっている魔法陣に吸い込まれるように入って行った弾丸たちは、別口で展開された魔法陣から、逆にアジ=ダカーハ目掛けて襲い掛かる。
迫りくる凶弾に対して、アジ=ダカーハはどこまでも無感情な瞳を向ける。マッハ2程度の速度で飛ぶ大地の弾丸など、
故にアジ=ダカーハは、正面から岩の弾丸を付け止めつつも女に向かい軽く走る。
「ぐっ……!」
夕日に照らされて煌めく六つの凶星が、赤い尾を引く。女は全力で回避行動をとるも、軽い疾走状態であっても埒外の速度を誇るアジ=ダカーハを完全に躱すことは難しく、身に纏うマントが容易く引き裂かれ、腹部を深く切り裂かれる。血液の通路を引き裂かれ、血液が腹部から噴水の如く溢れだす。すぐさま治癒魔法によって怪我を治療するも、流れた血液が戻ることはない。
かるい貧血状態になりながらも、自身の怨敵であるアジ=ダカーハを睨む。その視線を受けながら、アジ=ダカーハは笑みを浮かべた。
『……良い目だ』
唐突に、龍は呟く。
『怨敵を前にしてなお、最低限の理性を保ちつつ本能が囁くままに敵を排除せんとする、その眼。実に潰しがいのある目だ』
「貴様如きに、屈する私ではない……!」
『威勢がいいな、女。だが貴様では私には勝てん、傷一つ付けることすらできぬままな』
事実だった。それは女も分かっている。
アジ=ダカーハは女が持つすべてを上回る。魔法による戦闘やその経験、身体能力や知能、それら全てを遥かに。
つまり―――その女では、
「――それが、どうした」
確かに、凡人では超常には勝てまい。蟻が象に勝てないように、人が自然から逃れられないように。
凡人である女が、超常の存在である龍に勝てる道理はない。
―――だが
「
多種多様な魔法陣から、アジ=ダカーハに向けて砲撃や武具が放たれる。
その一つも、アジ=ダカーハを掠りもしない。
「王に尽くす事だけが、私の全てだった!それこそが私の生きる理由だった!!」
当たらない。
「戦場で背を預けられるのはお前だけだと、そう言われた時の私の歓喜が……貴様に分かるか!?」
当たらない。
「王を返せ化物! 王を……あの人を返してぇ!!」
当たらない。
アジ=ダカーハは無情にも、迫りくる悉くを回避――するまでもなく、龍の遺影によって迎撃していた。最小の動き、最小の接触、最小の反動で、あたかも迫る武器の方がアジ=ダカーハを回避しているかのように錯覚させていた。全ての術を記憶しているというアジ=ダカーハの頭脳が、この神技中の神技を繰り出していた。
ゆったりと女の方へ歩いていく。激情に駆られる女は未だに魔法陣の展開数を増やして攻撃するも、その全てが打ち払われる。
―――そして、射出できる武器が無くなったのと、アジ=ダカーハが女の目の前まで来たのは同時だった。
「………………」
『……抵抗しないのか、女』
「……したところで、貴様には無意味なのは分かり切っている。それにもう放てる武器の類がない。これ以上は無駄だろう」
『賢明な判断だな』
手品はこれで終わりらしい。アジ=ダカーハはそう思い、口を開き
「――――と、諦められたらよかったんだがな」
僅かに驚愕の表情を表に出すも、すぐさま回避行動をとる。幸いにも女の身体から放たれた武器は、先程と同様の人間が使うような小さいもの。回避行動は容易だった。迫る武器をバックステップで回避する。再び、10m前後の間隔があく。
それを、女は見逃さなかった。
「まだ私の心は死んではいないらしい……どうせだ、この心が燃え尽きるまで付き合え化物!!!」
両の掌をアジ=ダカーハにつきだし、その掌から鎖の様なものが現れる。重力や物理力学を完全に無視した動きでアジ=ダカーハに迫る鎖の大群を前に、アジ=ダカーハは
『本当に、小賢しい女だ』
好戦的な笑みを浮かべた。
その自信を真っ向から潰すため、鎖を迎撃せんと龍の遺影を広げる。龍の遺影は主たるアジ=ダカーハの意思をくみ取り、体長の1.5倍前後まで広がり、その翼膜に類するだろう影から槍のように鎖に向けて放つ。
―――そうして、鎖と影による打ち合いが始まった。
◇◇◇
これは面白い。
思考の九分九厘を善なる感情で埋められていた。それはこの世界で生まれ変わった"彼"への
一方で、たんたんと処理する心を持ち。
一方で、しくしくと悲嘆する心を持つ。
視界に入れることすら悍ましく禍々しく恐ろしい――なのにこうも美しい。
なんと希少な
しかし口惜しいかな。私ごときでは君の物語を語ることはできない。
異界の理を持つ君よ。悪になろうとして、しかし今は悪になり切れぬ君よ。
彼方にある記憶の片隅にのみ残るその決意だけを懐き、君は悪へと走るのだろう。
"君"の知る"彼"には成れないと知っていてなお、君は彼のように走り続けるのだろう。
君の物語を語れぬとならばせめて、私は君の誕生を祝福しよう。
たとえそれが、誰にも望まれていない生誕だとしても。
たとえそれが、誰もが忌避するような生誕だとしても。
私が、私だけが、君を祝福しよう。
新たなるムゲン――
その道が途切れることの無いように、私は
|壁|・) チラッ
|壁|・ω・)つ 三「本文」カァオ
|壁|・)三 スーッ
追記:6/21時点でタグを一つ追加しました
対象タグ=ナメクジにも劣る更新速度