ハイスクールD×D ~絶対悪旗のラスト・エンブリオ~ 作:白野威
「…………ふむ」
僅かな振動。それと共に聞こえてきたかすかな悲鳴。何者かの襲撃があった、と自己完結した“ソレ”は、座っていた玉座から立ち上った。
その手にはいつの間にか一振りの得物を持っていた。
「殿下! 大変です、で――――っ!?」
“ソレ”が臣下と思わしきモノを見る。
たったそれだけで臣下は心臓を鷲掴みされたかのような心持になった。
「喧しいぞ、我が眷属。どうせ何者かの襲撃であろう?」
殿下と呼ばれた人間がそう問うた。事実、臣下が知らせに来たのは襲撃があったという事だった。
だが
「は、はい……! しかし我々のような人の形ではありません……!」
「……ほう?」
殿下が興味を示した。
全てを既知とするあの殿下が、少しだけでも興味を示した。臣下は無表情という仮面をかぶりつつ、驚嘆していた。
殿下と呼ばれた男は生まれながらの王だった。誰よりも強く、誰よりも敏く、誰よりも心優しい。しかしてその実、誰よりも冷酷で、誰よりも闘争を望む男。それがその臣下から見た殿下と呼ばれる男だ。
流れる金髪を腰まで伸ばし、人とは思えぬほど整った顔立ちのその男は、僅かな微笑みと共に、視線で続きを促した。その意を察した臣下は早口で告げていく。
「偵察班によると、その者は白き巨躯にトカゲの様な尻尾を持ち、背には紅き布と不可思議な模様、影のような一対の翼を持っているとの事。またその体長は目測でも3mに及ぶそうで……」
臣下は突然、言葉を濁した。
殿下は表情にこそ出さぬものの、訝しんだ。殿下が覚えている限りの臣下は、何事も真摯に受け、嘘偽りなく答える、生真面目が過ぎたような人格の持ち主だったはず。その臣下が言葉を濁すことなど、彼を眷属としてから初めてだろう。
思わぬ所に未知があった、と内心喜びながらも疑問を投げかけた。
「どうした、我が唯一の臣下よ。貴公が言葉を濁すなど、初めてではないか?」
「え、えぇ……報告を受けた私も、信じがたい事ですが……」
二度三度、何かを言おうとしてやめる行動が続き、そしてその臣下は告げた。
「その襲撃者は、
瞬間、玉座の間から音が消えた。正確には、その臣下の耳に音が入って来なかった。
長年殿下に付き添ってきたその臣下だが、彼が笑っている所はついぞ見たことが無かった。だが、今日においてようやくその笑みを見ることが出来た。
――――残虐性に満ちた、狂気の笑みを。
◇
燃え盛る火炎。無数の突起状に隆起した大地に刺し貫かれている、無数の死体。死体より流れる血は川となり、散り散りになっていく。
死体の一つ一つを見ていく。
怒りに染まった顔。
絶望に満ちた顔。
訳が分からぬまま死した顔。
愛するものを奪われ、紅色の涙を流すもの。
――――みな、負の感情を表に出し、死んでいる。
その光景を見ているオーフィスは、崩れ落ちた街中を一人歩く。
死屍累々。今のこの町の現状を一言で表すのなら、それが正しいだろう。
何故ここにオーフィスが居るのか。それはあのムゲンに類するだろうドラゴンを引き続き見極めるためでもある。だがそれを抜きにしても気になったのだ、あの純白のドラゴンの事を。
三頭龍とオーフィスが戦った後、オーフィスはアヴェスター、もといそれに類する知識を徹底的に洗い出した。そして彼の純白のドラゴンの正体はおおむね掴んだ。よく考えればすぐに分かるような答えだ。
アヴェスターは
と、ここで疑問が出てくる。
仮にあの純白のドラゴンがアジ・ダハーカだとしよう。
だが
オーフィスの知るアジ・ダハーカは、どの個体でも度重なる悪行で精神を病んで狂気に囚われ、狂いに狂ってしまった。どれくらい狂っているのかというと、オーフィスから見ても「駄目だコイツ」と思わせる程度には狂っている。そんなドラゴンなのだ。
しかしあのドラゴンは違った。オーフィスの知らないアジ・ダハーカだった。外見も異なれば、その精神力も実力も違う。元来のアジ・ダハーカは“邪龍”と呼ばれるカテゴリに属し、精々が六大龍王レベルだった。それに生まれてくる時期も遥か先の事だ。
だが三頭龍は生まれた。“世界”が定めた時期よりも遥かに早く生まれ、ムゲンに類してしまう程の実力を有し、数千万の命を屠っても尚壊れない精神力を持つ。
――――未知、という言葉が、オーフィスの脳裏を過る。
思わず笑みを浮かべる。生まれてこの方、全てを既知と感じていたオーフィスが、初めて未知と感じれた存在。それがアジ・ダハーカに類するもの、ムゲンに属するドラゴン。
ピタリ、と立ち止まる。
この街の広場となっていたのだろう、大きく開けた場所に出た。そしてそこには、目的のドラゴンと、人間が相対していた。
アジ・ダハーカと思われるドラゴンと、このあたり一帯を支配していたらしい若い男だ。
恐らく、あの男は三頭龍に挑もうとしているのだろう。そう解釈したオーフィスは、近くにあった大きめの岩の上に座り、事の顛末を見守る。
――――あの三頭龍が勝つのだろうな、と、考えながら
◇
三頭龍は視界の端に黒衣の少女――オーフィスを捉えた。が、肝心の彼女は近くの岩へ乗っかって、ジッとこちらを見ている。どうやら事の顛末を見守る気のようだ。
本来ならば眼前のこの男と共に葬りたいところだが、恐らく彼女は争う気は無いのだろう。現に彼女からは戦闘に対する意欲が見当たらない。数瞬の思考の後、どのみち争うことになるのだから、まずはこの男と戦う事にしよう。そう考えてアジ=ダカーハは僅かに逸れていた意識を、眼前の男に向ける。
「――――初めまして、と言ったところかな? 異形の者よ」
『………………』
「……だんまり、か。或は言語を話せないのか。まあどちらでも構うまい」
一人、アジ=ダカーハと会話する人間の男。男の方はオーフィスに気付いていないらしい。極限まで気配を薄めているのか、あるいは気づいていて尚、三頭龍にしか目が行かないのか。
後者だろうな、と三頭龍は考えた。男の目を見ればわかる、あの目は“未知のモノ”に対する好奇心と、“知りたい”という欲求に飢えている目だ。外見上唯の少女でしかないオーフィスに興味を示すとは思えない。
「私の名はニムロド。しがない一国を束ねる王だ」
仰々しく礼をする男――ニムロド。前置きが長い男だな、と思うと同時に、やはりあの塔はバベルで合っていた、という確信を得た。
「……しかし、これは手酷くやられてしまったものだ」
周りを見渡してつつ一言呟いたニムロド。
ビル群はその大部分が倒壊し、下敷きとなった一般家屋と人間が見える。そしてその中からくまのぬいぐるみの片腕をもって下敷きにされている、恐らくは女の子供が下敷きとなって死んでいた。それを庇おうとしたのだろう、最早女か男かもわからないほどにミンチになったヒトガタがその子供と共に下敷きになっている。
三頭龍の周りには軍服に身を包んだ――恐らくは防衛班と思われる人間が野垂れ死んでいた。その一つの顔に、ニムロドは見覚えがあった。確か、己に憧れを懐いて防衛班となった少年だ。己のどこに憧れを懐いたのか、よく分からないままだった。その表情は恐怖に満ちていたが、その瞳には死した後も宿る闘志があった。
「如何に感情が希薄であると言われる私とて、ここまでやられてしまうと――――」
――――怒りしか湧いて来んのだぞ?
ニムロドは残像を残し、三頭龍の前に躍り出た。その手にはいつの間にか、長大な槍が握られていた。
あぁなるほど確かに、その素早さは人間からすれば脅威的だろう。
だが
迫りくる槍を前に、三頭龍は右手の甲でそれの側面を軽く打ち、軌道を逸らす。それによってニムロドは無防備な状態をさらし、その隙を三頭龍がそれを見逃すはずもない。右の首で、愚かにも挑んできた人間をかみ殺そうと牙をむき――――
ガチンッ、と、牙同士がかみ合う音が響く。その直前に右肩に僅かな衝撃が走った。
『…………?』
「我が民に手を出した報い、ここで晴らさせてもらうぞ……!」
右の首の視界が着地した瞬間らしいニムロドを捉える。どうやら右肩を足場に、牙から逃れたらしい。
だがその位置は尻尾の射程距離内だ。
尻尾を天高く振り上げ、大地諸共砕く勢いで振り下ろす。ニムロドは横に跳ぶことでそれを避けたが、地面を砕いたときの衝撃と無数の小石によって着地時に僅かな隙を見せた。
そこを狙い、尻尾でニムロドを突き殺そうとする。
『………………』
しかし、その尾による攻撃はニムロドが持つ槍で防がれた。尾と槍がぶつかる直前に真後ろへ跳ぶことで衝撃を極力いなしたらしいが、やはり無理な体勢で防いだためか、100m先まで吹き飛んでいた。
防がれたことを疑問に思いつつ、ならば、と三頭龍は身体の向きを変えるため、右脚を軸に急速反転。ニムロドと向かい合うような立ち位置になった瞬間、ニムロドに向かって跳躍した。一瞬にも満たぬ時間で距離を詰めた三頭龍は今度こそその命を刈り取らんとし、右手を鎌の様に形作り横に振るった。
普通ならばここでニムロドは死んだと思うだろう。しかし彼は槍の石突きで大地を打ち、まるで棒高跳びのように攻撃を回避した。
随分と戦い慣れているものだ、と三頭龍は関心を示す。だが空中へ飛んだのは下策である。
今度は左腕を下から上へと振り被る。もはやニムロドに回避の術はない。
直撃。
辺りの粉塵を消し飛ばすほどの衝撃が奔る。その衝撃の威力は、とてもではないが人の身体で耐えられるものではなく、脆弱な身体であれば一撃で消し飛ぶ。
強大な衝撃によってニムロドは吹き飛び、大地を転がる。数十と転がった後、両足を杭として勢いを殺していく。勢いが完全に止まったのは、三頭龍から見て大凡200mだった。
三頭龍から見える限り、ニムロドは満身創痍だった。左腕はあらぬ方向へ曲がり骨が見え、大地を転がった時に出来ただろう裂傷が体中に出来ている。傷だけを見れば満身創痍とは思えないだろうが、内蔵の方は致命傷と言ってもいいだろう。仮に先程の衝撃の威力をいなしたと鑑みても、大部分の内臓が潰れていると見ていい。
「ハ、ハハ……! まさか、一撃で致命傷を与えられ……ゴフッ」
衝撃を受けた時の反動か、足を震わせながら立ったニムロドの口から大量の血反吐が出る。恐らくは大腸の辺りをやられたか、あるいは心臓や肺に肋骨が突き刺さったか。どちらにせよ、もう長くはないだろう。
右手にある槍を見れば、先程まで神聖さを持つ光を放って輝いていたその槍は、持ち主の死を感じ取ったからか、徐々に高貴な光を失わせていく。
どうあがいても死ぬ。万人が見ても明らかであるがしかし、ニムロドの目から光は消えない。
『……強いな、貴様は』
つい、言葉を発した。
知恵無き者と思っていたニムロドは驚嘆の顔で三頭龍の顔をじっと見、フッとほほ笑んだ。
「……なんだ、人語を解すのではないか」
『末期の相手と別れ際に話す程度だ。本来ならば、私という“
「……そうか」
なにかを悟った表情で天を仰ぐニムロド。一瞬だけ瞳を閉じ、そしてなにかの決意を固めた目で三頭龍を睨む。
「ならば尚の事、膝を折ることは出来なくなったな……!」
光を失いつつあった槍から、先程とは比べ物にならないほど光輝く。どうやらあの槍は持ち主の意志の強さに応じて光の強弱が変わるらしい。同時に、その威力も増しているのだろう。現に、槍から漏れ出した光に当たった物質が消滅している。
なるほど、物質界の全てを消滅させる光のようだ、あの槍は。と、考えた時に一人の少年が三頭龍の脳裏を過った。
金色の髪を持つ、あの勇気ある少年を――
『……その決意、高く評価しよう。持てる蛮勇全てをもって挑むがいい、人を統べる王よ……!』
「言われずとも挑むさ。だが、一つだけ聞かせてほしい」
震える身体に鞭を打ち、ニムロドは片手で槍を構える。
彼の末期の問いに、三頭龍は答える。
『聞くだけ聞こう』
「あなたの名を、聞かせてほしい。生涯最後の相手の名を、心に残しておきたい」
『…………………』
ニムロドの問いに、三頭龍は数瞬だけ迷った。すぐそばには自信と同等以上の実力を持つオーフィスが居る。おおよその正体が掴めているだろう彼女の前で名前を言うのは憚られた。
が、その思考を別の思考で拭い去る。「何を迷う必要があるのか」と。
アジ=ダカーハは絶対悪の権化。暴力には更なる暴力で、策略にはより練度の高い策略で相手を捻り潰す。それが
相手は相応の覚悟をもって名を問うているのだ。ならば名乗るのが、絶対悪としての礼儀と言えるだろう。
『――――我が名はアジ=ダカーハ……世界全ての悪を背負う悪の心髄である』
「――――――」
息を呑む音が聞こえた。それは驚愕したからか、あるいは三頭龍が背負う重さを悟ったからか。
三頭龍は続ける。
『英傑よ、来るが良い。その一撃に己の全てを乗せ、我が心の臓腑に突き立てて見せよ……!』
――――その“覚悟”が偽りでないのなら
※一瞬でボコボコにされてますが、未来から見ても人類最強です
◇追記:今更ですが、タイトルを打ち忘れたので追加