当初の約束どおり、フェイトをプレシアの元へと送ってから約二時間、フェイトは残りのメンバーの前に現れた。
「ど、どうしたのフェイトちゃん!?」
「フェイト、あのババアに何かされたのかい!?」
涙の残るフェイトの様子になのはとアルフが慌てるが、フェイトは涙を拭いながら何でもないといった風に2人を手で制す。
そしてフェイトは快人とシュウトの前に立った。
「母さんから全部聞いたよ。 ありがとう、2人とも。
これで私と母さんは、やっと母娘を始められる…」
「…その口ぶりだと、うまく行ったのか?」
快人の言葉に、フェイトはコクンと頷いた。
「最初はすごくショックだった…。
私はアリシア姉さんのクローンで、今まで母さんは私を見てくれていなかったことが…。
でも母さんは今日、『フェイトはアリシアの妹で私の娘だ』って言ってくれた。
今日、今ここから母娘をはじめよう、って。
だから私も改めて始めようと思う。
プレシア=テスタロッサの娘、フェイト=テスタロッサの生き方を」
そう言ってフェイトは迷いの無い視線を空に向ける。
その視線はまるで未来を射抜くように真っ直ぐだった。
「…フェイトは強いね」
そんなフェイトを見てシュウトは言葉を漏らす。
今日の出来事は、文字通りフェイトの人生をひっくり返すような大事件だっただろう。
自分の出生の秘密、隠された姉の存在と母親の思惑…そのどれもこれもが、フェイトに大きなショックを与えていたことは想像に難くない。
だが、それでもフェイトは受け入れて前に進む道を選んだ。
フェイトの話を知る者なら、フェイトがそのショックに負け立ち止まったとしても誰も責められはしないだろう。
それほどまでに、今回フェイトに降りかかった事件は重い。
しかしフェイトは全てを受け止め、確固たる自分の想いを持って未来へ歩き続ける道を選んだのだ。
その心を、想いを、シュウトは強いと感じた。
だが、その言葉をフェイトは首を振って否定する。
「ううん、私は強くなんか無いよ。
実際、私が『人形』だって言われたときにはまるで世界のすべてが崩れたみたいにショックだった。
もう立ち上がれない…正直にそう思ったよ。
でもね、そんな時…シュウの顔が横切ったの」
そう言ってフェイトは微笑みながらシュウトを見つめる。
「シュウだけじゃない、リニスやアルフ、なのはに快人…私を想ってくれた人たち。
私が人形だって認めて諦めたら、その人たちの想いも無駄にしちゃう気がした。
その人たちは人形じゃない、人間『フェイト=テスタロッサ』に言葉を、想いを伝えてくれていたんだもの。
それを裏切ることだけは絶対にイヤだった。
そう思えたから私は前に進めたんだ。
シュウの想いが、私を未来に進ませてくれたんだよ。
だから…ありがとう、シュウ」
「フェイト…」
2人でほんのりと顔を赤くしながら見つめあうシュウトとフェイト。
「なんかよく分からないけど、完全に2人の世界なの…」
「うん、まぁ…蚊帳の外ってのは辛いわなぁ」
「アタシ、見てるだけで身体が痒くなってきたんだけど」
「僕もだよ」
残った3人と1匹は所在投げにポリポリと頬を掻くのだった。
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テスタロッサ親子になのは、アルフ、ユーノ、そして快人とシュウトの兄弟にアリシアの魂…この事件に関わった全員が時の庭園の大広間に集結していた。
「アリシア…」
「姉さん…」
プレシアとフェイトは名残惜しそうに声を上げる。
なのはたちもフェイトからすべての事情を聞かされ、その光景を涙混じりに眺めていた。
「ママもフェイトも泣かないで。 私はどこにいてもママの娘で、フェイトのお姉ちゃん。
私はいつだって2人の幸せを願ってるよ」
悲しい母娘と運命が交わらなかった姉妹は最後の抱擁を交わす。
そして、アリシアは快人へと向き直った。
「お待たせ、お兄ちゃん!」
「待っちゃいないさ。 旅の始まりは穏やかに、ってな」
そう言って、快人は蟹座聖衣(キャンサークロス)を装着した。
「シュウト、もしものことを考えてお前も聖衣(クロス)を着ろ。
みんな、シュウトの後ろに下がるんだ」
言われたとおりの位置に全員が動く。
「これで準備は整ったか…シュウト、お前は一応、小宇宙(コスモ)で障壁を張ってみんなを守っていてくれ。
もしも、ってことがあるからな」
「それはいいんだけど…」
シュウトは指をさしながら、おそらく全員が疑問に思っているだろうことを言った。
「兄さん、その手の袋は何なのさ?」
「これ? 見ての通りエチケット袋だが?」
それは船や航空機についてくる紙製のエチケット袋だった。
さらし粉やら脱臭剤などの入った、閉所での使用を考えたやつである。
意味が分からず全員が首を傾げるが、そんな全員の視線から逃れるように快人はそっぽを向くと話を先に進めることにした。
「…まぁいいさ。 それじゃ始めるぞアリシア」
「うん」
アリシアが頷くのを確認すると、快人が人差し指と中指を立てその手を掲げる。
その2本の指に濃密な小宇宙(コスモ)が渦巻き、紫に怪しく輝きだした。
そのエネルギーの凄まじさは小宇宙(コスモ)を感じられないなのはとフェイトたちにも何となく感じられる。
そして、快人はそれを発動させた。
「積尸気(せきしき)…冥界波(めいかいは)!!」
途端に空間が歪み、奥の見えない黒い穴が現れた。
積尸気冥界波(せきしきめいかいは)―――それは蟹座(キャンサー)の黄金聖闘士(ゴールドセイント)の代名詞であり、奥義。
強大な小宇宙(コスモ)で死の世界へのゲートを開き、相手の魂を肉体から引きずり出してそこへ送り込むという技だ。
運用の幅は広く、蟹座(キャンサー)の黄金聖闘士(ゴールドセイント)の確かな強さを支えるまさに必殺の技である。
その穴に吸い込まれるように、アリシアの姿が薄く揺らいでいく。
「アリシア!!」
「姉さん!」
「さようなら、ママ、フェイト。 私のお願い…2人が幸せになるってお願いを絶対かなえてね!!」
「ええ!」
「もちろんだよ、姉さん」
そんな返答に満足したのか、今度はシュウトたちを見やる
「それと…フェイトの友達にお願い。これからもフェイトを支えてあげて。
特にそこの薔薇男はこれからもフェイトを守ってね」
「薔薇男は酷いよ…。
でも、その言葉は守るよ。
この魚座(ピスケス)の黄金聖闘士(ゴールドセイント)シュウト、どんなときでも必ずフェイトを守る!」
苦笑しながらも、まるで騎士のように握り締めた左手を胸にあてて答えるシュウト。
それを見て、アリシアは満ち足りた顔で目を瞑る。
「これで安心…それじゃ、さよなら!」
そしてアリシアは完全に消え去り、黒い穴は閉じるように消えていく。
「よい旅を、アリシア=テスタロッサ…」
快人は掲げていた二本の指でビシリとアリシアに別れを告げた。
「…逝ってしまったのね、アリシア。
またいつか会いましょう、愛しい私の娘…」
「母さん…」
「大丈夫、私にはあなたが、フェイトがいるわ。
こんな病でボロボロの身体だけど、精一杯フェイトと過ごしてみせる」
そう言って柔らかく抱き合う感動的なテスタロッサ親子を、なのはたちは感動して涙目で見つめる。
だが、そこにその感動的なシーンをぶち壊すものが聞こえた。
「うぅ…おぇぇぇぇぇぇぇ!!」
苦悶の表情で膝を折った快人が、手にしていたエチケット袋に盛大に嘔吐していた。
「なに、どうしたの快人くん!?」
慌てて飛び出したなのはが快人の背中をさすり始めるが、ぜぇぜぇと荒い息を続ける快人。
胃の中のものを吐き胃液しかでてこないというのに、快人の息は収まらない。
「は、はは。 くそ、やっぱりかよ…。
あぁ、喰ったメシがもったいねぇ…」
やっと息が整ってきた快人が、苦笑しながら言う。
「快人くん、もう大丈夫なの!?」
「ああ…一時的な発作みたいなもんだ。 もう…大丈夫だよ」
心配そうななのはに礼をいい立ち上がる快人だが、その顔色は若干青い。
快人が指を鳴らすと、エチケット袋が掻き消えるように消えた。
おそらく『巨蟹宮』へと転送したのだろう。
そんな快人の姿を見て、シュウトはある疑問を口にした。
「兄さん、もしかして…冥界波が使えないんじゃ…?」
その言葉に、快人は頷く。
「お察しの通りだ。 俺は積尸気冥界波(せきしきめいかいは)をまともに使えない。
使えはするが、見ての通りの状態になるからとてもじゃないが実戦での使用は出来ないんだよ」
そう言って快人は苦笑するが、それは蟹座(キャンサー)の黄金聖闘士(ゴールドセイント)にとってどれほど重大な意味があるのだろうか?
先も述べたように積尸気冥界波(せきしきめいかいは)は蟹座(キャンサー)の黄金聖闘士(ゴールドセイント)の真髄と言ってもいい技である。
聖闘士(セイント)の戦う相手は人知を超えたものも多い。
異常なまでの再生力を持っていたり、強度が高すぎてダメージが与えられなかったり、そんな化け物を相手取ることも多い。
だが、積尸気冥界波《せきしきめいかいは》はそれを強制的に魂同士…同じ土俵での戦いに移行できる。
いかに強靭な肉体を持っていても、いかに倒しにくい相手でも魂までは無敵には出来ないからだ。
さらにピンポイントで死界の穴に相手の魂を放り込めば絶対的な勝利を得られる。
それだけの技が使えないということの重要性を、快人とシュウトだけが理解していた。
「兄さん、どうして…?」
「…まぁ、ちょっとしたトラウマってやつだ。 あんまり聞くな」
シュウトの言葉を、話はここまでと言った風にパンパンと手を叩いて快人は打ち切る。
すると、プレシアが快人に頭を下げた。
「あの娘を…アリシアを送ってくれてありがとう。 感謝してるわ」
「さっきも言ったけど感謝なんていいさ。
それより、アリシアの身体の方はしっかり弔ってやれよ。
死んでも弔われない身体ってのは悪いもの…亡霊やら悪霊やらを呼び込むからな」
「わかってるわよ。 少し落ち着いたら、アリシアの葬儀をしっかりするわ」
「そう願うよ。
さて、それじゃ俺たちも休んで体調が回復したら、あんたの病気を治す」
その言葉に、プレシアは驚いたように目を見開いた。
「これは不治の病なのよ。 そんなことできるはずが…」
「俺とシュウトが力を合わせれば、おそらくだけど出来る。
なぁ、シュウト?」
話を振られたシュウトはしっかりと頷いた。
「あなたには、まだフェイトと過ごしてもらいます。
まかさ、フェイトを残してさっさと死んで逃げようなんて思ってたんじゃないでしょう?
だったら生きてもらいますよ」
そんな快人とシュウトの言葉に同意するように、フェイトは涙を浮かべながらプレシアへと訴えかける。
「母さん、私、母さんとお別れなんて嫌だよ。
シュウたちの治療を受けて、お願い」
フェイトの必死の訴えを受けて、プレシアが頷かないはずもない。
「…わかったわ。
あなたたちが万全な状態になったら、私の病気を治して頂戴」
「もちろんです、プレシアさん」
プレシアの言葉に、シュウトは微笑みながら返した。
「ふぅ…これでジュエルシード絡みの事件は無事終わったな」
「ジュエルシードは全部集まったし、フェイトちゃんの家の事情も解決してよかったの!」
快人の言葉になのはが同意する。
「僕としては、君の壊したジュエルシードをどう報告しようか頭の痛い問題が残ってるけどね」
「そこは今回のプレシアを利用してくれ。
『偶然にもジュエルシード集めに協力してくれたプレシアが偶然に発動させた。そのためプレシアの不治の病が治った』って感じで」
皮肉げなユーノの言葉に快人は肩を竦めながら答えると、辺りがざわつく。
「アンタ、まさかそこまで考えてたのかい!?」
アルフの心底驚いたような言葉に、快人は肩をすくめて答えた。
「まさか。 シュウトのアイデアだよ。
俺たち聖闘士(セイント)の話は公にはしたくないからどうしよう、って話をしたときにそうやって帳尻を合わせようってシュウトが言ってきたんだ」
その言葉に周囲から安堵のため息が漏れた。
「一瞬、快人くんが頭がいいように感じちゃったの。
勘違いでよかったの」
「オイコラ、そりゃどういう意味だ!」
始まる快人となのはのじゃれあいに、皆がほほ笑みを浮かべる。
かくして、ジュエルシードから始まった物語は平和裏に終わりを告げた…。
…誰もがそう思った、その時だった。
「あっ…」
快人が何処か間の抜けた声で言うと、尋常ならざる雰囲気でバッと振り返る。
その姿に、全員が不穏なものを感じた。
『あっ』という言葉は、絶対に言ってはいけない時と場所がある。
たとえば床屋で顔を剃ってもらっている時。
目を瞑って顔を剃ってもらっている時、眉毛付近を剃っていた床屋が『あっ』とか言ったら誰だって最悪の事態を想定する。
空手バカな山籠りをするしかない、嫌な未来を誰だって予想する。
今の快人のタイミングは、まさにそれだった。
「こりゃ…やべェかな?」
快人が嫌な汗を掻きながら呟いたことで、全員が何か良くないことが現在進行形で起こっていることを確信する。
「兄さん、一体…。 !?」
快人に事の次第を訪ねようとしたシュウトだったが、その前にその理由を感じ取って快人と並んで戦闘態勢をとった。
「兄さん、この攻撃的な小宇宙(コスモ)は!?」
「ああ…。
さっき俺の積尸気冥界波(せきしきめいかいは)で開けた穴を…辿られた!
ヤバいぞ、向こうから何かがこっちに穴をぶち開けてきてる!!」
「そ、それってどういうことなの!?」
今までにない快人の雰囲気になのはが尋ねると、快人は真剣な表情で答える。
「つまり…だ。
死の世界からこっちにこわーい幽霊どもが向かってきてるってことだ!!」
「兄さん、来るよ!!」
シュウトの言葉とともに、空間に黒い穴が穿たれる。
そこから漏れだすのはいくつもの人魂。
「きゃ、きゃぁぁぁぁぁ!!?」
「な、何これ!?」
悲鳴を上げ混乱するなのはとフェイトに、シュウトから鋭い声がとんだ。
「うろたえるな2人ともォォォ!!
早く戦闘態勢に入って! これは…本当に不味い!!」
「わ、わかったの! レイジングハート、セットアップ!!」
「バルディッシュ、セットアップ!!」
シュウトの切羽詰まった声に、なのはとフェイトは即座に反応してバリアジャケットを展開して戦闘態勢を取った。
アルフ・ユーノ・プレシアも戦闘の態勢を取って辺りを漂う人魂を警戒する。
だが、快人とシュウトは周りの人魂を見ていなかった。
2人の視線は空中に穿たれた、黒い穴に注がれている。
人魂を2人が見ていない理由は簡単、それは本当の脅威ではないからだ。
本当の脅威…快人の積尸気冥界波(せきしきめいかいは)で開けた穴を辿り、穴を穿っているのはあの人魂たちではない。もっと別の『誰か』だ。
そして、その『誰か』がついに黒い穴から姿を現す。
「おお、本当に現世に繋がってやがった!」
「ふっ、この様子ではあの女神の言っていたこと、まんざら嘘ではないようだ」
現れたのは2人の男だった。
片方はガラの悪いちょっと近づきたくないチンピラ風の男。
もう片方は一見女性と見紛う美丈夫。
だが2人の特徴はそれだけではない。
2人は黒い鎧を纏っていた。それも、全員がよく知る物である。
「あれは…快人くんの蟹座聖衣(キャンサークロス)? でも真っ黒…」
「シュウトの魚座聖衣(ピスケスクロス)だ…でも、あの黒い魚座聖衣(ピスケスクロス)は一体…?」
なのはとフェイトは2人の男たちの纏っているものが、快人とシュウトの纏う聖衣(クロス)とまったく同じ形状であると気付いた。
「おいおい、ウソだろ…」
「なんで…この2人が…!?」
快人とシュウトは驚愕の表情で2人の男を見つめる。
そして2人はその男たちの名前を口にした。
「蟹座(キャンサー)のデスマスク!?」
「魚座(ピスケス)のアフロディーテ!?」
それは黒い鎧―――冥衣(サープリス)を纏った、蟹座と魚座の黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちの名だった…。
一部ボスはオリジナルのお2人。
戦力比がヤバい。
銅の剣で魔王と戦うぐらいヤバい。