俺たち転生者 蟹魚復権活動中   作:キューマル式

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舞台裏その2 少女、少年と出会う

 

少女…月村すずかがその少年と出会ったのは街の図書館でだった。

 

(あっ…)

 

全てがスローモーションになったような感覚の中、視線の先に見える天井へと無意味にすずかは手を伸ばす。

数冊の大きな本が自分と同じく宙を舞っていた。

身体は何物にも触れておらず、瞬きの間に身体は重力に捕らわれ地面に落ちるだろう。

それは高いところにあった本を取ろうとしたすずかが、足を滑らせ数冊の本を巻き込みながら台から落下したというだけの話。

普通なら打ちつけた身体を擦りながら、次回から注意しようと心に誓うだけの普通の出来事。

だが、それは『普通の出来事』にはならなかった。

 

ポフッ

 

「えっ?」

 

衝撃に備えてギュッと目を瞑ったすずかに待っていたのは床の硬い感触ではなく、柔らかい何かの感触だった。

そしてそれを追うようにバサバサッという音がいくつも過ぎると、静寂が戻る。

すずがはその静寂の中、そっと目を開けた。

 

「あ…」

 

1人の少年と、すずかは目が合った。

歳の頃は自分と同じくらい、長い髪が目を引く少年だ。

そんな少年の左手に、すずかは抱きかかえるように支えられている。

少年の右手はすずかの顔を覆うように掲げられていた。

辺りを見れば、数冊の本が散らばっている。恐らく、本がすずかに落ちてくるのを少年が右手で防いでくれたのだろう。

そのことを理解したすずかは、慌てて少年から離れるとぺこりと頭を下げた。

 

「あ、ありがとうございます…!」

 

「…感謝なんていい。 ただ、図書館では静かにしてろ」

 

少年はすずかを一瞥だけすると、興味が無いように視線を外し床に散らばった本を集めていく。

 

「…どれだ?」

 

「え?」

 

「取ろうとしてたのはどの本だって聞いている…」

 

「あっ。 そ、それです…」

 

一瞬何のことか分からず聞き返してしまったすずかは、慌てて一冊の本を指さす。

 

「…」

 

少年は何も言わず、すずかの指さした本だけを残して、他の本を本棚へと戻していた。

 

「ほら」

 

少年は、押しつけるようにすずかに本を渡すと奥の椅子へと座り、本を読み始める。

すずかは完全にタイミングを外してしまい、どうしたらいいのか分からない。

 

「あの…ありがとうございました」

 

すずかはもう一度お礼を言って、その場を離れる。

 

(さっきの子の目…綺麗だけど、どこか寂しそうな目だったなぁ…)

 

そんなことが頭の片隅に残る。

こんな何でも無いすれ違いが、すずかとその少年の出会いだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「こ、こんにちは…ここ、いいですか?」

 

「…」

 

その日以降、すずかはよく少年に話しかけるようになっていた。

少年はどこか面倒くさそうに視線だけで椅子を指す。

 

「あ、ありがとう…」

 

すずかは少年の正面の椅子に座ると本を読み始める。

 

「…」

 

「…」

 

しばらくお互いに無言のまま少年とすずかは本を読むと、すずかが少年に話しかけた。

 

「ねぇ、あなたは何を読んでるんですか?」

 

「…」

 

少年は無言で本のタイトルを見せた。

本のタイトルは『特殊相対性理論概論』…この歳の少年が読むような本では無い。

周りを見れば工学や化学、果てはオカルトのようなものまで少年が持ってきている本は様々だ。

 

「すごく難しい本読んでるんだね」

 

「…知識は力だ。 あるだけで人生における選択肢が増える」

 

そう短くすずかに答えると、少年は再び本に視線を落とす。

そんなやり取りをすずかと少年は繰り返しながら、時間は静かに過ぎていく。

 

「そうだ、あの…」

 

そう言ってすずかが取り出したのは綺麗に包装されたクッキーだった。

 

「…これは?」

 

「あの…私の作ったクッキーです。 もしよかったら…」

 

少年は無言で壁を指さす。

そこには『図書館では飲食禁止』の文字が躍っていた。

 

「ご、ごめんなさい! つい…」

 

「…別にこんな奥まで来る奴もいないか…一つ貰う」

 

そう言って少年は一つクッキーを齧ると、また本に視線を落とした。

また沈黙が続くのかとすずかは心の中で小さくため息をつく。

すると…。

 

「…一つ聞くがいいか?」

 

本から視線を外した少年が、すずかに話しかけていた。

その少年に、すずかは内心驚きを隠せない。

何故なら、すずかから話しかける事はあっても、少年からすずかに話しかけることはこれが始めてだったからだ。

 

「何故、俺に構うんだ? お互いに、はっきりと時間の無駄だと思うが?」

 

「時間の無駄なんて、そんなこと無い!」

 

思わず大きな声を出しかけたすずかは、すぐにハッとして身体を小さくする。

そんなすずかに少年は眉をひそめると、言葉を続ける。

 

「じゃあ聞くが、時間の無駄でないなら目的は何なんだ?」

 

そう正面から見つめられ問われ、すずかは自分の思ったことをぽつぽつと話し出した。

 

「…はじめは親近感、だったと思う。

 私は、ちょっと人に言えない秘密があって、それを隠して生きてるの。

 それで、あなたの目を見て、あなたの姿を見て思った…『ああ、私と一緒だ』って。

 私はあなたが何かを必死に押し殺して生きているいるように見えた。

 だから親近感が湧いて…どんな人なのか知りたくなって…」

 

そこまで思うままに言葉を繋げていたすずかはそこで始めて、最も適切な言葉に思い当たった。

 

「あなたと…友達になりたいの」

 

「友達、か…俺には必要無い。

 他の誰かとやれ」

 

そっけなく言い放ち、少年は本へと視線を落とす。

 

「…」

 

すずかも続けて言葉を発することが出来なくなり、静寂だけが2人の間を静かに流れていった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「もうこんな時間…」

 

そう言ってすずかが時計を見ると、すでに5時を廻っており閉館時間が迫っていた。

 

「…そろそろ閉館時刻だな」

 

「ねぇ、あなたの家ってどこなの? 私、迎えがくるから送ってくよ」

 

本を片づける少年に話しかけると、少年は首を振る。

 

「一人で帰れる」

 

「でも、こんなに遅いとお父さんとお母さんが心配するよ?」

 

「構わない。 俺の親兄弟は皆死んだ、心配するような相手はいない…」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

すずかは慌てて謝るが、とうの少年は気にした風もなくなんでもないと言い放つ。

 

「別に気にして無い。 とうに吹っ切れてる…」

 

そう言って黙々と少年は本を片づけ、席を立った。

それを追って、すずかも慌てて席を立つ。

図書館前、ここがいつもの2人の分かれ道だった。

 

「また、お話しようね」

 

「…」

 

すずかは朗らかな笑みと共に別れの挨拶をし、少年は面倒そうに無言で少しだけ手を上げて返答する。

いつもここですずかは家の迎えを待ち、少年はすずかに背を向け家路につく。

そして今日も変わらずその光景は繰り返された。

だが、今日はその後が違った。

 

キキィィィ!!

バタン!

 

車のブレーキ音と、ドアの閉まる音。

少年が振り返ると、そこには猛スピードで遠ざかっていく車と後部座席に押し込められたすずかの姿があった。

 

「…ちっ」

 

少年は舌打ちする。

知ってしまった以上、見過ごすことも後味が悪い。

それに…と少年は思いだした。

今日、自分はすずかに言い忘れたことがあったではないか。

それを伝えないのは不義理がすぎる。

そんな言い訳を頭の中で少年は展開すると、少年は車を追うことにした。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

すずかが誘拐され、連れてこられた廃工場でその人物と対面させられていた。

 

「ふふ、目が覚めたか? 月村」

 

「あなたは…氷村さん?」

 

氷村遊―――すずかの月村家とは浅からぬ縁を持つ男である。

その男を前にしてすずかは今の事情が大方呑み込めた。

つまり、これは一種のお家騒動なのだ。

自分を人質として月村家を取り込もうという氷村の企みだろうと即座にすずかは予想できたし、その予想に間違いはない。

 

「今日こそ月村の全てをボクが頂く。 お前を使ってな」

 

氷村の下卑た顔をキッと睨めつけるすずかだが、できることなどそれだけだ。

氷村はすずかと同じで、ある『秘密』を持っているがその力はすずかの比ではない。

逃げ出すことはおろか、抵抗すらできないだろう。

このままでは本当に自分のせいで大好きな姉が、家族がこの男に蹂躙されてしまう。

それを理解した途端、涙が溢れる。

 

「誰か…誰か助けて…」

 

目を瞑り、すずかは祈るように呟く。

だが、その祈りは神には届かない。

何故なら、神はそこにあるだけの存在、人を救おうとはしないのだ。

だからすずかのその言葉を聞き届け、手を差し伸べたのは同じ人だったのである。

 

「薄暗い廃工場に少女を連れ込む…趣味の悪い男だな」

 

「誰だ!?」

 

その声に反応して、その場にいた者全員が廃工場の入口を見やる。

そこに立っていたのは、すずかが図書館で別れたあの少年だった。

 

「な、なんで…?」

 

「お前が怪しい車に乗っているのを見かけて追ってきた。

 いくらなんでも、見て見ぬふりはできない…」

 

そう真っ直ぐに言われ、すずかは頭が真っ白になった。

彼は賢い。状況も危険も分かっているだろう。

それでも自分を助けようとやって来てくれた…その事実が胸を熱くさせるが、同時に絶望的な気分にもさせた。

改めて言うが、彼は賢い。自分を助けるために何かしらの手を打ってくれていると思う。

だが、それでは駄目だ。

この氷村という男は普通ではない。どんな手を打っても、それでどうこうなる訳が無い。

 

「おやおや、ナイトの登場かい? あんな『家畜』が良いなんて、やはり月村は下賤だな」

 

「…人を捕まえて『家畜』呼ばわりする大人のほうがよっぽど下賤だと思うが?」

 

「お前らなど家畜以外の何物でもない。 高貴な僕らにとってはね」

 

「『高貴』? それに『僕ら』?

 一体何を言っているんだ?」

 

少年の言葉に、氷村はニヤリと嫌な笑いを見せる。

…嫌な予感がした。

 

「何だ、お前は知らないんだな。 僕らの正体を」

 

「やめて…」

 

すずか震える、蚊の泣くような声では、この場の何も止まらない。

 

「正体?」

 

「そう、僕やこの小娘はお前ら人間とは違う。

お前たち下等な人間とは一線を画す高貴な存在」

 

「やめて、やめて…!」

 

ここで止めなければ絶望的な言葉が飛び出してしまう。

そして自分の『秘密』が、少年に知られてしまう。

それが分かっているのに、すずかには止められない。

そして…遂にその言葉が出てしまった。

 

「僕たちは『吸血鬼』、お前たち家畜とは違う高貴な血の一族だ!」

 

「いやぁぁぁぁぁ!!」

 

遂に出てしまった、隠しておきたかった言葉に、すずかは叫び声をあげてしゃがみ込む。

知られた、知られてしまった…。

あの少年が自分をどう思うのか、どんな目で見るのか…想像するだけで恐怖が湧きあがってくる。

そんなすずかの様子をまるで気にしないように、少年は氷村へと言葉を続けた。

 

「『吸血鬼』…か。

やはり映画のように血を吸って相手をゾンビに変えて従えるのか?

それに日光や十字架は平気なのか?」

 

「そんなフィクションと一緒にするな!

 お前たち家畜よりずっと高貴で優秀なだけだ!!」

 

その言葉を聞き、飲み込むように何度か小さく頷く少年。

そして、少年から漏れたのは、ため息だった。

 

「なんだ、ただ少々高スペックな変わりに特殊な燃料が必要になっただけじゃないか。

 いや、血液の入手難易度を考えればあまりにもコストが高いと言わざる得ないな」

 

「「はい?」」

 

少年のそんな冷静な評価に、すずかはおろか氷村まで目が点になってしまう。

そして、すずかは絞り出すように言葉を発した。

 

「私が…怖くないの? 私、吸血鬼なんだよ?

 血を吸う化け物なんだよ?」

 

その問いに、少年はさも当然のように答える。

 

「本物の化け物は悩まない。 何故なら化け物は人とは違う倫理観を持っているからだ。

 だから悩み、苦悩するお前は人間以外にはあり得ない。

 お前は少々特殊な薬を服用している人間程度にしか、俺には見えない」

 

自分が普通とは違う、人間じゃない…そんなすずかの言葉を少年はバッサリと当り前のように切り捨てた。

それはすずかが誰かに言って欲しかった言葉。

人間じゃないといいながら、誰かに人間だと認めて欲しかったすずかの、心から望んだ言葉。

その言葉を、少年は自分にくれた。

すずかは自分の心に温かい火が灯るのを感じる。

それが何なのか今のすずかには分からなかったが、すずかは今までにない幸福感を感じていた。

だが、そんな時は長くは続かなかった。

 

「貴様、この高貴な僕がお前ら家畜と変わらないだと!?」

 

「さっきからそう言っている。 理解力のない大人だ…」

 

激昂する氷村に、少年は呆れたようにため息をついた。

 

「家畜が…! 生きて帰れると思うなよ!!」

 

その言葉と共に、氷村の側の2つの人影が飛び出す。

それは…

 

「自動人形!?」

 

その正体を認めたすずかが悲鳴を上げた。

自動人形―――それはいわゆるアンドロイド、機械でできた鋼鉄の人形である。

すずかたち『吸血鬼』―――夜の一族と呼ばれる彼らの、過去の時代で作られたその精巧な工芸品は今では作りだすことが出来ない。

その戦闘能力は強力で、夜の一族にも匹敵する代物だ。

そんな自動人形たちに氷村は命令を言い放つ。

 

「やれ、あの家畜をひき肉にしろ!」

 

「や、やめてぇぇぇぇ!!」

 

すずかの叫びが木霊する。

だが、自動人形たちは機械、主人である氷村の命令を文字通り機械的に実行するのみ。

容赦も慈悲も無く、自動人形が少年に襲いかかる。

瞬きの間もあれば、少年は文字通りのミンチに変わってしまうだろう。

氷村も、すずかもその事実を冷静に認識していた。

しかし…。

 

ズドォン!!

 

「「え?」」

 

氷村とすずかの間の抜けた声が重なった。

瞬きの間でミンチに変わるはずだった少年…だが現実は、瞬きの間もなく2体の自動人形をスクラップに変えていた。

自動人形はまるで凄まじい衝撃を受けたかのように四肢を砕けさせ、床のコンクリートに埋まっている。

 

「な、何が起こった!? 貴様、何かの能力者か!?」

 

氷村がうろたえた声を上げる。すずかも今の状況が分からず、混乱しっぱなしだ。

そんなすずかに、少年は声をかける。

 

「お前の秘密を知りながら、俺が秘密を隠すのはフェアじゃないな。

 お前に、俺の秘密を見せよう。

 …来い、俺の聖衣(クロス)よ」

 

静かに少年が囁くと、薄暗い廃工場に黄金の光が満る。

そして光が引いた先には、黄金の鎧を纏った少年の姿があった。

少年は左手で小脇に黄金のマスクを抱えながら、月明かりの中静かにその場に立つ。

その光景をすずかは素直に綺麗だと感じた。

同時に、これこそが少年の抱えていた秘密の一端であるとも理解する。

 

「な、なんだその鎧は!? お前は…一体!?」

 

理解不能な光景にうろたえた氷村に、少年は興味がないように、どこか面倒くさげに右手を上げる。

すると、中空に黒い穴がぽっかりと空いた。

 

「な、これは…吸い込まれる!?」

 

黒い穴に氷村が吸い込まれそうになって抵抗するが、側のすずかには何の影響も無い。

 

「さっきの人形で、お前は俺を殺そうとした。

 俺は敵に容赦はしない。 だが、そいつの目の前でお前を殺すのも気が乗らない。

 だからこそ、これで妥協してやる。

 俺はお前の名を知らないし、名を聞く気もない。

誰とも知らないお前は、永劫にそこでさ迷え」

 

少年が冷酷に言い放つと、氷村は一気にその黒い穴に吸い込まれていく。

氷村はコウモリに姿を変え何とか逃れようとするが、全ては無駄だった。

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

長い氷村の絶叫が、段々と遠くなって行く。

そして空間に空いた黒い穴は静がに閉じていった。

後に残ったのは静寂の戻った廃工場と、黄金の鎧の少年、そして呆けたすずかだけだ。

 

「さて…怪我は無いみたいだな」

 

少年はそう言うと、すずかの元にゆっくりと歩み寄る。

 

「あ、ありがとう」

 

そんなすずかの言葉に、少年は首を振った。

 

「礼などいい。 どうせ…今夜のことは忘れてもらうんだからな」

 

右手をかざす少年に、すずかはやっぱりか、と思う。

あの夜の一族でも実力者の氷村を何の苦もなく退けるこの少年の秘密は、とてつもなく大きい。

だから秘密を知った自分をそのままにはしないだろうという予感はあったのだ。

ただ…残念でならない。

今夜はあんなにも欲しかった言葉を少年に言って貰った。

その記憶を無くしたくはない。

 

「私、絶対秘密にするよ?」

 

「そうかもしれないが悪いが俺は慎重でな、この記憶は消させてもらう」

 

提案を一瞬で蹴られ、すずかはどうあっても今夜のことを忘れることは逃れられないと知る。

そんなすずかに、少年は思いだしたように言った。

 

「そういえば、今日お前に言い忘れていた。

 …クッキー、ありがとう。 美味かった」

 

「…それ、今言うんですか? 今から記憶が消えるのに?」

 

幾分呆れたような口調のすずかに、少年ももっともだと頷く。

 

「それもそうだ。 だが言わねば不義理だろう?」

 

「それなら日を改めて、明日その言葉を言って下さい」

 

「…わかった。 明日改めて礼は言おう」

 

「それと…あと一つお願いを聞いて下さい」

 

すずかは少年に、ある『お願い』をする。

その言葉に少年は頷いた。

 

「…分かった、意図はわからないが明日からそうしよう。

 では、始めるぞ」

 

「はい…約束、守って下さいね」

 

「…ああ」

 

少年の肯定を聞き、すずかはゆっくりと目を閉じた。

これで今夜の記憶は消えてしまう。

でも…。

 

(この熱は消えないよね?)

 

この胸に灯った微熱…これはきっと記憶が消えても消えはしない。

だから、満足。

今夜の価値は、すべてこの胸にある。

そう思いながら、すずかはゆっくりと意識を失ったのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「こんにちは。 ここ、いいですか?」

 

「…ああ」

 

図書館の奥の奥、今や少年とすずかのいつもの場所で、今日もいつものようにやり取りを交わす。

 

昨夜、目覚めたすずかが見たのは見慣れた自分の部屋の天井と、泣きながらすずかに抱きつく姉、忍の姿だった。

匿名の電話が廃工場の位置を知らせ、忍たちがそこに踏み込むとそこにあったのは自動人形の残骸に、幸せそうに眠るすずかの姿だった。

すぐに精密検査にかけられたすずかだったが、何一つ異常はなく忍はホッと胸を撫で下ろす。

同時に、忍は事件の背後関係の調査を開始。

自動人形のメモリから、その主人が氷村だったことが分かり、すずかを攫った犯人であることはわかったが、その氷村と自動人形を撃退しただろう勢力については何もわからず、忍は頭を悩ませているのだが、それはすずかと少年には関係のない話だった。

 

「…ところで一つ尋ねるが…」

 

「…聞かないで下さい」

 

「そうもいかんだろう。 お前の後ろの人は何だ?」

 

少年のその言葉に、すずかの後ろに控えたメイド服の人物が優雅にお辞儀をする。

 

「月村家のメイドをやっておりますノエルと申します。

 私のことは気にせず、本をお読みください」

 

「…メイド同伴で図書館なんて聞いたことがないが?」

 

「ちょっと色々あって…」

 

少年の言葉に、すずかも説明しずらそうに苦笑いする。

彼女―――ノエルはすずかの姉、忍のお付きのメイド兼護衛である。

流石に事件の翌日に一人ですずかを出歩かせるのを渋り、忍は自分の護衛であるノエルをすずかの護衛に着かせたのである。

そのかわり、すずかのお付きのメイドであるノエルの妹は、今は屋敷で忍と共に事件の情報収集に大忙しだ。

 

「…まぁいい、そういうこともあるだろう」

 

少年はそう頷くと、視線を本へと落とした。

すずかも少年の正面で本を広げる。

その時だ。

 

「…そうだ、お前に言うことがあった」

 

「?」

 

そう言って本を閉じた少年に、すずかは可愛らしく小首を傾げる。

そして少年はすずかを正面から見据えながら言った。

 

「昨日のクッキー、美味かった。

 ありがとう…すずか」

 

「!?」

 

少年がすずかの名前を呼び、すずかの胸の鼓動が跳ね上がる。

ドキドキと脈打つ心臓と共に、すずかは自分の顔が赤くなって行くのを感じた。

少年はそれだけ言うと、何事も無かったかのように再び本を開いて視線を落とす。

少年にとってはこれは約束を守っただけの話―――『これからは名前で呼んで』という記憶を消す前のすずかの頼みを聞き入れただけに過ぎない。

だが、名前を呼び相手を認める事こそ、人と人との絆の第一歩。

少年はあくまでクールに、すずかは微熱をもってその絆の第一歩を受け止める。

 

 

 

これは図書館でのある日の風景。

秘密を抱えた少女と、未だ表舞台には立たぬ黄金の少年の、舞台裏での物語。

 

 

 

ちなみに、すずかはその日、ノエルから事の次第を聞いた忍に散々からかわれるのだが、それはまた別のお話…。

 

 




3人目の黄金聖闘士登場。

今回は顔見せだけで、本編で絡んでくるのはもっと先になります。
そのため、どの星座かバレバレかもしれませんがネタバレはご遠慮ください。
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