傷ついたなのはとフェイトの目の前にはアリサの姿があった。
親友のアリサを取り戻すためにここまで来た2人にとって、本来ならば再会は喜ばしいことのはずである。
しかし、なのはとフェイトは全く喜ぶことが出来なかった。
「アリサ…ちゃん?」
なのはの呼びかけに、アリサは口元を邪悪に歪めながらいう。
「成程、この娘は『アリサ』と言うのか」
「「!?」」
その声に、なのはとフェイトは直感した。
アリサの顔で、アリサの声で喋ってはいるが、『コレ』はアリサではない。
『コレ』は禍々しい『何か』なのだと、2人は理解した。
「あなたは誰! アリサをどうしたの!」
「ほぅ…存外に勘がいいようだな。
伊達に
『アリサらしきもの』は納得したかのように頷くと、杖にしていた矛を掲げ、そして宣告するように2人に言い放つ。
「私は…エリス」
「エリス? まさか、邪神エリスなの!?」
なのはの驚愕に、アリサ…いや、エリスは不気味に嗤いながら頷く。
「いかにも。
あんな狭いリンゴの中には住み飽きた。
お前たちのような若々しい肉体を手に入れ、一刻も早く自由になりたかったのだ。
人は誰しも星座を背負って産まれてくる。
この娘の星座は私と全く同じ、まさに私の肉体として捧げられるために産まれた存在よ」
「ふざけないで! アリサちゃんから出て行ってよ!!」
親友の顔で、親友の声で邪悪が語る…2人はその嫌悪感で吐き気がしそうだ。
そんな2人をエリスは楽しそうに見ている。
「威勢がいいな。 だが、そうでなくてはこの私の生贄には相応しくない。
この娘…アリサの心にはお前たち2人が焼き付いている。
それを自らの手で殺めたとなれば、その時この身体は完全に私のものになるだろう。
ジャガー、オルフェウス!
この2人は連れ帰って黄金のリンゴに捧げるわ。捕まえなさい」
その言葉に脇に控えていたジャガーとオルフェウスが立ち上がった。
それを見て、なのはとフェイトの行動は早かった。
残った魔力と
今の状態で戦って勝てる見込みも、アリサを助け出す見込みも万に一つもない。
何とかこの場を逃げ切り、快人とシュウトと合流して巻き返す…2人は正しい判断を下していた。
しかし、それを2人の
「とりゃぁぁぁ!!」
空中に飛び上がった2人の前にジャガーが現れ、2人の手を掴んで地面へと投げつける。
「「きゃぁぁぁぁぁ!!?」」
抵抗することも出来ず、2人は地面へと叩きつけられていた。
「他愛無い」
もうもうと巻き上がる土煙の向こうでは、2人がもはや動くことも敵わず地べたに這いつくばっていることだろう。
その光景の想像に、エリスは邪悪な笑みを漏らす。
その時だ。
「!?」
土煙を引き裂いて黄色い電光が走る。
土煙の中ではフェイトが片膝を付きながら、正真正銘最後の力でエリスへと魔法を放っていた。
魔法の非殺傷設定で気絶させれば、エリスを出ていかせられるかもしれない―――もはや逃げる事も叶わぬ状態のただの思い付きだが、黙ってあの邪悪の思い通りになるのだけは嫌だったのだ。
そんなフェイト最後の電光はしかし、割り込んだオルフェウスのよって防がれる。
「ぐ…うぅ…」
万策尽きたことで、フェイトは遂にデバイスを握る力も無くし、バルディッシュが乾いた音と共に地面に落ちる。
そんな中、エリスの激昂の声が響いた。
「おのれ…たかだか人に造られた造花の分際でこの私に、神に攻撃を仕掛けようとはその不遜、万死に値するわ!
その魂も私が吸い尽くしてやろうと思ったけど気が変わった。
ジャガー、もう1人は?」
「はっ、ここに…」
ジャガーの小脇には、気を失いぐったりとしたなのはが抱えられていた。
それを見てエリスはバッと身を翻す。
「その娘は予定通り、その生気を私に捧げて貰う。
そしてそこの小娘は…オルフェウス!」
「はっ」
そして背中越しにエリスはオルフェウスに命じた。
「痛みと苦痛の果てになぶり殺しにしなさい。 なるべく惨たらしくね」
そうフェイトの始末を命じると、エリスはジャガーを伴って背後の空間へと消えていったのだった。
「ぐ…」
フェイトはバルディッシュを拾い上げ、それを杖にしながら身体を立たせる。
まるで産まれたての仔馬の様にガクガクと足が震え、今にも倒れ込みそうだ。
だが目はまだ死んでいない。
アリサだけではない、なのはまで連れ去られてしまったのだ。
何としてもここから離脱し、快人とシュウトにそのことを知らせなければならない。
フェイトは諦めていなかった。
そんなフェイトの様子を、オルフェウスは鼻で笑う。
「無駄だよ、少女よ。
どのような手を使ったところで、君の死は変えようもない運命なのだ」
「そんなこと…やってみないと…分からない!」
もはや喋ることすら苦痛だが、自分自身を奮い立たせるつもりでフェイトはその言葉を吐く。
「…」
すると、オルフェウスはおもむろに手にした琴を奏で始めた。
澄んだ音で奏でられるその曲は、とても美しい。
こんな時だというのに、思わず聞き惚れてしまうほどのものがその曲にはあった。
「私は
伝説の吟遊詩人とも言われた
この曲は君のためのレクイエムだよ。気に入ってくれたかな?」
曲の終わりが近づく。
そして…最後の音が奏でられた。
「さぁ…処刑の時間だ。
私のストリンガー・レクイエムで!!」
「!?」
オルフェウスが琴の弦を弾くと、琴の弦が伸びフェイトへと絡みついた。
「あああぁぁぁぁぁぁ!!?」
フェイトの白い喉から絶叫が迸る。
腕に、足に、首にと絡みついたその弦は硬質ワイヤーのようなものだ。
皮膚が裂け、フェイトの白い雪のような肌を血で赤く染める。
(何とかして脱出を…!)
それで魔法を発動させ弦を切断しようと、フェイトの思考が動く。
「無駄だよ」
だが、そんなフェイトをあざ笑うようにオルフェウスは一本の弦を弾いた。
その弦は…フェイトの左手首に巻きついている弦。
ザシュ!
「あ、ああ…」
左手首から血が大量に溢れる。
脈を切られ、大出血が起こりフェイトの意識が遠のき始める。
身体の中の熱が血と共に消えていく。
その寒さが、フェイトに『死』を強く意識させ、絶望が心を黒く塗りつぶす。
もはや抵抗すらできないフェイトに満足そうに頷くと、オルフェウスはまた一本の弦へと指をかける。
その弦は…フェイトの首に巻きついている弦だ。
「さぁ、少女よ。 死の国へ旅立つ時間だ」
もはやフェイトにはどうすることも出来ない。
脳裏によぎるのは、いつだって自分に寄り添ってくれた大切な人の笑顔…。
「シュウ…」
オルフェウスが弦を弾く。
その衝撃は瞬きの間に首の脈を断ち切り、フェイトを死に至らしめるだろう。
その呟きが、フェイトの今生最後の言葉になる…はずだった。
だが、フェイトはこの時忘れていた。
フェイトの想う少年が、一体どんな存在なのかを。
ザン!
「なっ!?」
驚きの声を上げたのはオルフェウス。
何かが飛来し、
支えを失い、倒れかかるフェイトを優しく抱きとめる感触に、フェイトはうっすらと目を開ける。
そこには…。
「フェイト…!」
何より見たかった、幼馴染の少年の顔があった。
涙が溢れる。
いつだって自分を抱き止め、いつだって自分を支えてくれる存在。
その究極たる黄金の闘士。
それこそ人の究極にして切り札、それこそ
それこそ…自分の想い人!
だから、安心してフェイトは微笑みと共に呟いたのだった…。
「シュウ…やっぱり来てくれたんだね…」
~~~~~~~~~~~~~~~
ピラニアンローズでフェイトに絡みつく弦を全て断ち切り、フェイトの身体を抱きしめたシュウトはその冷たさに愕然とした。
出血による体温低下…未だに流れる血が着実にフェイトの命を奪っていく。
シュウトは人差し指を立てると、それをフェイトの胸元に突き立てた。
すると、フェイトの出血がみるみる止まっていく。
真央点…
「これで出血は止まった…」
シュウトは一息を付くが、事態はそう楽観できるものでもない。
フェイトが失った血は多いし、それに伴う体力と体温の低下も酷い。
すぐに手当てが必要だが…。
「…ごめん、フェイト。 少しの間、待っていて」
「うん…」
フェイトに微笑みを返し、シュウトは壊れものを扱うように優しくフェイトを横にならせる。
それが終わると、シュウトはオルフェウスへと振り返った。
「お待たせしました…」
「ふん…その娘は
愚かな…もう少しで安らかに死なせてやれたものを…」
「…」
オルフェウスの言葉に、シュウトの纏う気配が険呑なものに変わる。
フェイトには、シュウトの周囲に目に見えるほどの
「…
シュウトのその囁くような言葉に従って、フェイトの右手を守っていた
「オルフェウス…」
底冷えするような声でシュウトはオルフェウスへと語りかける。
「お前たちのこと、エリスのこと、アリサちゃんのこと…聞きたいことはたくさんあったけど、もうどれも聞く気はない。
ボクがお前に許す言葉はたった一つ…断末魔の言葉だけだ!!」
燃え上がるシュウトの
「ふん! 断末魔は君が奏でるがいい!!
受けよ、ストリンガー・レクイエム!!」
オルフェウスの琴から弦が伸びる。
だが…。
「その技は見切った! ピラニアンローズ!!」
シュウトから放たれた黒薔薇が、正確にオルフェウスから伸びる弦を砕いていく。
「なぁ!?」
「弦に絡め取られたら厄介だけど…それなら絡め取られる前に迎撃をすればいいだけの話!」
シュウトの身体からわき上がる赤い霧―――シュウトの血が
そして、シュウトが
「クリムゾン・ソーン!!」
「う、うわぁぁぁぁぁ!!?」
数え切れない血の針がオルフェウスへと突き立つと、シュウトはフェイトへと踵を返し、その身を抱きしめると、そっとフェイトの耳を塞ぐ。
「ぐ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
同時にオルフェウスから絶叫が迸った。
「ボクの血で造りだした激痛を生む神経毒をクリムゾン・ソーンで撃ち込ませてもらった。
気の狂うほどの絶え間ない激痛の中、死こそ救いと思いながら
冷たくシュウトはオルフェウスに一瞥をくれると、フェイトにこの光景を見せないように、この絶叫を聞かせないようにフェイトを抱きしめ耳を塞ぐ。
オルフェウスの絶叫が終わるまで、シュウトはそれを続けたのだった…。
~~~~~~~~~~~~~~~
オルフェウスが倒れた後、シュウトはフェイトの治療を始める事にした。
「フェイト…大丈夫?」
「シュウ…私はいいの。 それよりアリサが…なのはが…!」
フェイトが何かを訴えかけようとしているが、朦朧としているのか要領を得ない。
「待ってて、フェイト。 すぐに治療を始めるから…」
シュウトが言うと同時に、赤い霧がシュウトから立ち上る。
それはシュウトの血。
シュウトは他の
シュウトの血は
その血を操り、それを傷口からフェイトの中に流し込んでいく。
つまりは輸血である。
フェイトの血色が目に見えてよくなってくる。
「よし…次は…」
輸血を終えたシュウトはそのまま、フェイトへと
「う、うぅん…」
そして、その甲斐あってフェイトはしっかりと意識を取り戻した。
「ありがとう、シュウ。 助かったよ」
「よかっ…た…」
「!? シュウ!」
グラリと揺れたシュウトの身体を、フェイトは慌てて支えた。
「ちょっと…無理したかな」
シュウトは苦笑しながら呟く。
シュウトは戦闘でのクリムゾン・ソーンの使用と、フェイトへの輸血でかなりの量の血液を失っていた。
おまけに戦闘とフェイトへの治療でかなりの量の
「バカだよ、こんな無茶して…」
「フェイトを助けるのに無茶しなくて、いつどんな時に無茶するのさ?」
「…バカ」
ともすれば2人だけの世界を形成しそうな雰囲気だが、それは2人の前に人影が降り立つことで終わりを迎える。
「シュウト! それにフェイトも!!」
「兄さん!」
「快人!」
2人の前に降り立ったのは快人だ。
どう見ても無傷、
「無事…とも言えないみたいだが、五体満足みたいでよかったぜ。
ところで…なのははどこだ?」
「! そうだ!
アリサが! それになのはが!」
そしてフェイトが今までのことを話し始める。
邪神エリスがアリサの身体を乗っ取っていること。
そしてなのはがその生贄として連れて行かれたことをだ。
「…わかった」
聞き終えた快人は2人に背を向けると、小高い山の頂上を見る。
そこにあるのはエリス神殿。
「シュウトとフェイトは休んでろ。
あとは俺がやる」
「そんな! ボクも行くよ!?」
「私だって!」
「…そういう言葉は自分の状態見てから言え。
シュウトは血と
フェイトに至っては魔力も
それに比べて俺はまだ
着いてくるんでも、少し休んで回復してから来い」
それだけ言うと、すたすたと快人が歩き始める。
そして、遺跡の太い石の柱を通り過ぎる時、苛立たしそうにその右拳を叩きつけた。
粉々に砕け散る石の柱の中、快人が怒りの表情でエリス神殿を見据える。
「クソ神が…必ず後悔させてやる!」
そして、快人はエリス神殿へ向けて大きく跳躍した。
~~~~~~~~~~~~~~~
「う、うぅん…」
なのはの意識がゆっくりと覚醒すると、覚えたものは違和感だった。
辺りを見渡すと、自分の状態が見えてくる。
なのはは石造りの十字架のようなものに磔にされていた。
両手両足を固定されてしまい、身動き一つ取れはしない。
「目が覚めたようね、小娘」
言葉に視線を巡らすと、そこにはアリサの姿を借りた邪神エリスが立っていた。
右手には矛を、左手には黄金のリンゴを持っている。
「私を…どうするつもりなの?」
「ふふっ…知れたことよ」
そう言って掲げるのは黄金のリンゴだ。
「お前の若々しい生気を吸い取り、この私の完全復活の糧とするのよ。
さぁ…死の旅路を存分に楽しみなさい」
黄金のリンゴがなのはの左胸…心臓の位置に浮かび、禍々しい光を放つ。
「う…あぁ…!」
同時に全身に襲いかかってくる虚脱感になのはは悲鳴を上げた。
しかし…。
パァ…!
なのはのすぐそばで温かい光が漏れ、なのはを襲う虚脱感が和らいだ。
それは…。
「
なのはの左手に装着された
「忌々しい
「ふん、その
わずかな間の延命に過ぎないわ。
どちらにせよ、お前の死の運命は変わらない」
だが、なのはは真っ直ぐとエリスを見つめ返すと言い放った。
「あなたの思い通りになんていかないの…」
「何? まさか、私をどうにかできると思っているの?」
その言葉に、なのはは涼やかな表情で答える。
「出来るよ。 快人くんとシュウトくんがいる!
最強の
そこにあるのは確かな信頼。
なのはは心から信じているのだ、自分にこの
「…気にくわないわね。
小娘、お前の顔を絶望で染めてやりたくなったわ」
その時、側に控えていたジャガーがエリスに耳打ちする。
「エリス様、この神殿に向かっている
その言葉に、エリスはニヤリと笑い、なのはに言う。
「今ここに向かってきている
クライスト!!」
「ここに…」
その言葉にエリスの側に現れるローブの人影。
「
そのあと、死体をここまで持ってくるのよ」
「承知しました」
ローブの人物は即座に、神殿へ続く階段を下っていく。
「ふふふ…さぁ、
「…」
嗤うエリスの言葉に、なのはは無言だった…。
~~~~~~~~~~~~~~~
「ったく…何だって悪の親玉ってのは高いところに上りたがるのかね!?」
長い階段を見ながら、快人は毒づく。
どうやら結界のようなものが張ってあるのか、試してみたが空中走破やテレポートは使えないようで快人はその2本の足でエリス神殿への道を急いでいた。
「エリス神殿はもうすぐだ!」
気合いを入れ直し、快人が速度をさらに上げようとしたその時だった。
ドォン!
「!?」
突如として遺跡の一部が崩れ出し、巨石が快人に向かって降り注ぐ。
快人は即座に横に飛び、その巨石を避ける。
「ククク…流石だな、
見れば石の柱の上にローブの人影が一つ。
「俺は
貴様の命、貰い受ける!!」
そう言って、腕を十字に組み、強大な
「サザンクロス・サンダーボルト!!」
十字の光が、快人に迫る。
~~~~~~~~~~~~~~~
ドグォォォン!!
遠雷のような音に、エリスは楽しそうに顔を歪める。
「今、
これがどういうことか分かる? お前の信じる
「…」
エリスの言葉に、なのはは無言だ。
それがエリスには面白くない。
「何? 絶望で声もでないのかしら?」
「…」
そんなエリスの挑発にもなのはは無言を貫き、ただ一点…エリス神殿の入り口だけを見つめる。
すると…。
ガチャン…ガチャン…
一定間隔の金属音。それは
それを聞き、なのははポツリと呟いた。
「来たの…」
「戻ったかクライスト。 よくや…」
エリスたちにも足音は聞こえたらしく、エリスが満面の笑みで振り返る。
だが…エリスのその顔はすぐに凍りついた。
「よう!」
逆光の光を浴びるその人影が、気さくに片手を上げていた。
「いやぁ、ちょっと迷って遅刻しちまったぜ!」
この場に合わない、緊張感の欠片もない飄々とした声。
「でも、まぁ…フィナーレには間に合ったみたいだし文句はないだろ?」
何とも不真面目で、何とも頼りない…でも本当は誰よりも頼れる、自慢の幼馴染。
なのはの信じる
だから、なのははその幼馴染の名前を力いっぱい呼んだ。
「快人くん!!」
「助けに来たぜ、なのは!!」
蟹名快人―――なのはの幼馴染にして、
遂に発動、最強の召喚魔法『やっぱり来てくれたんだね』。
今後の鉄板パターンとなります。
そして輸血という名の『赤い絆』…魚座の血を分けるということの重さを考えると、これプロポーズじゃね?とか思いながら書きました。
まぁ、毒無しの血で、相手を殺さないとなると重さは半減どころじゃないですが、『血を分けた親子以上に近い2人になる儀式』と知ったらフェイトは狂喜乱舞でしょうね。
そして次回からは蟹のターン。
VSオリオン座のジャガー、そしてVSエリスと地獄を見そうなフルコースです。