確実に地形が変わります。
砂漠の砂が、衝撃で巻き上げられる。
「はぁぁぁぁ!!」
「…」
シュウトとローブの男が互いに拳を打ち合い、巻き起こる衝撃波が辺りを揺らしていた。
シュウトの光速の攻撃に、ローブの男は一歩も引かず拳と蹴りを繰り出す。
ゴッ!
シュウトとローブの男が互いの拳を正面から打ち合わせた。
ギリギリと互いに力を込めるが両者一歩も引かず、互角と感じた2人は同時に後ろへ大きく跳び距離を離す。
「なかなかやりますね…」
「…」
シュウトの言葉にローブの男は無言だ。
その不気味さ、そして戦闘力にシュウトはツゥっと嫌な汗が垂れるのを感じる。
シュウトは黒い薔薇を取り出すと、
「ピラニアンローズ!!」
無数の噛み砕く黒薔薇が放たれる。
ローブの男は迫り来る黒薔薇を避けながら動きまわり、黒薔薇を全て叩き落とすと着地する。
だが、それを見てシュウトは笑った。
「かかった!」
ローブの男の降り立った場所にはいつの間にか赤い薔薇と白い薔薇が咲いていた。
シュウトの仕掛けたデモンローズとブラッディローズの陣である。
「あなたが何者かは知らないが感覚を狂わせるデモンローズの香気に晒されながらブラッディローズは避けれないでしょう。
これで、大人しくしてもらう!
ブラッディローズ!」
デモンローズの香気に晒されれば、いかな
殺す気はないため毒は麻痺する程度に弱めてあるが、それでもまともには動けないだろう。
地面から放たれたシュウトのブラッディローズはローブの男の両手両足に突き刺さるはずだった。
だが…。
「何っ!?」
ローブの男はデモンローズの香気の中でありながら、極至近距離から放たれたブラッディローズを全て拳で撃ち落としたのだ。
驚愕に目を見開くシュウトに向かって、ローブの男は一気に距離を詰めて拳を振るう。
その拳はシュウトの顔面を直撃し、シュウトは宙へと吹き飛ばされる。
「舐めるなぁぁぁ!!」
シュウトは空中でバランスを取ると青い薔薇を取り出した。
「ブリザードローズ!!」
空中からローブの男に向かって冷気が集中していく。
そして砂漠に青い氷の薔薇が咲いた。
「やったか?」
広域への凍結攻撃だ。避けられた様子は無いし、シュウトは勝利を確信する。
だがその瞬間、シュウトは背筋に凄まじい悪寒が走るのを感じた。
何故なら、攻撃的な
「まさか!?」
慌てて振り返れば、そこにはあのローブの男が手を掲げていた。
ローブの男から攻撃的な
「ぐっ!?」
シュウトは腕をクロスさせてその攻撃をガードするが、その勢いのまま自分の作りだした氷の薔薇を砕くように地面へと着地した。
「く…!?」
すぐに空を見上げるシュウトの視線の先には、悠然と宙に浮かぶローブの男の姿があった。
ブリザードローズは間違いなく発動し、シュウトの目を持ってしてもローブの男がそこから離脱することは確認できなかったし、あまつさえ背後をとられるような動きを見逃すはずが無い。
となれば答えは一つ…。
「テレポーテーション…」
テレポーテーションによりブリザードローズを回避し、シュウトの背後をとったとしか考えられない。
そうなれば先のデモンローズの香気が効いていない理由も、強力なサイコキネシスか何かでバリアのように香気を防いでいたのだろうと納得できる。
そして、それだけのことが出来る星座と言えば…。
「
双方とも攻防優れた星座であり、勝とうと思うなら命を賭けなければならないだろう。
さらに予想通り
「…」
シュウトは一度大きく息を付き呼吸を整えると、最大にまで
だが、そんなシュウトの前でローブの男は構えを解いた。
「…どういうつもりですか?」
「何、俺の役目は終わったということだ…」
ローブの男の物言いにシュウトは一瞬だけ首を傾げるがすぐにその意味に気付いた。
「あああぁぁぁぁぁ!?」
「!? フェイトぉぉぉ!!」
フェイトの絶叫に、シュウトは駆けだすのだった…。
~~~~~~~~~~~~~~~
「はぁ!」
「たぁ!」
砂漠地帯の上空に黒と赤の閃光が駆ける。
縦横無尽に動き回りぶつかり合うフェイトとシグナムは、互いのデバイスを打ち合いながら火花を散らした。
「さらに出来るようになったな、テスタロッサ!」
「あなたに勝つにはこのぐらいしないと…!」
シグナムはレヴァンティンを連結刃へと変形させた。
刃の鋭さと鞭の変幻自在な動きを、フェイトは得意の高速機動で避けながらハーケンを放つ。
互いに戦いながら、2人は決定打が無いことに気付いていた。
(テスタロッサのスピードは
しかも、
こうなれば
(やっぱりシグナムは強い。
クロスレンジもミドルレンジも圧倒されてる…
スピードでごまかせてるけど、このままじゃそのうち墜とされる。
2人は一歩も引かず、切り札を切るかどうか心の中で葛藤する。
だからこそ、2人は気付いていなかった。
2人の様子を探る第三者の存在に…。
「「!?」」
腕がフェイトの胸を貫いていた。
シグナムはもちろん、フェイトも自身に何が起こったのか分からなかった。
フェイトを貫く腕がフェイトから光り輝く何かを抜き取る。
それはフェイトのリンカーコアだ。
以前シャマルがなのはに行った攻撃と同じものである。
それを、いつの間にかフェイトの後ろに回り込んでいた仮面の男がやったのだ。
「あああぁぁぁぁぁ!?」
身体の中をまさぐられる不快な感覚とおぞましさにフェイトが悲鳴を上げる。
「貴様!?」
一騎打ちを横から邪魔されシグナムは激昂するが、仮面の男はそんなシグナムへと言い放つ。
「さぁ、奪え。 この魔力で闇の書の完成はまた近付く。
お前たちに迷う選択肢はあるまい?
それにあまり時間も無い。 早くしなければあの怒り狂った
「くっ…!」
騎士として一騎打ちを汚されたことは腹立たしいが、仮面の男の言っていることは事実だ。
見れば怒りの形相のシュウトがこちらに来ようとしているのを、あのローブの男が防いでいる。
「…わかった。 すまん、テスタロッサ」
シグナムは気を失ったフェイトにそう詫びて、フェイトの魔力を蒐集する。
「フェイトぉぉぉ!?」
そして用は終わったとばかりに投げ出されたフェイトの身体を、ローブの男に邪魔されながらもたどり着いたシュウトが抱き止めた。
「フェイト! フェイトォ!!」
「安心しろ、死んではいない…」
仮面の男の言うようにフェイトの呼吸は正常、外傷もかすり傷だけ。
以前のなのはと同じ状態である。
「では、我々はこれで行かせてもらおう」
「…待て」
引き際と見た仮面の男とローブの男、そしてシグナムが何処かへと転送の準備に入った。
シュウトはそれを邪魔するでもなく、気を失ったフェイトを抱きしめながらポツリと呟く。
「お前らは今、フェイトに手を出したんだ。
覚えておけ。 お前らの企みは必ず潰す。
このことがどれだけ高くつくか、必ず思い知らせてやる!」
シュウトの静かな怒りに大気が震える。
「…ふん」
仮面の男はそんなシュウトを無視して転移するが、その姿には若干の恐れが含まれていた。
ローブの男も何も言わずに消えていく。
「…テスタロッサが目覚めたら伝えてくれ。
決着はまたいずれ、と」
最後にそれだけ名残惜しそうに言うとシグナムも消えていく。
そして、それを待っていたかのようなタイミングで空中に通信ウィンドウが開いた。
『シュウトくん、聞こえる!?』
「エイミィさん!」
『突然ジャミングが展開されてそっちの様子がわからなくなったけど、どうしたの!?』
「フェイトが…やられました。
この間のなのはちゃんと同じ状態、リンカーコアを蒐集されてます。
すぐに転送をお願いします」
『わかった、すぐに準備するけど…怪我とかはない?』
「ええ、ボクもフェイトも特に大きなのは…」
『よかったぁ…快人くんみたいになってたらどうしようかと…』
シュウトとフェイトの無事に、ついポロリとエイミィは零してしまった。
その瞬間、エイミィは『ヤバッ』という顔をする。
「まさか…兄さんに何かあったんですか!?」
『う、うん。実は…』
~~~~~~~~~~~~~~~
「おらぁぁぁぁぁ!!」
「おおおぉぉぉぉ!!」
広大な森林地帯を舞台に、2人の黄金の闘士がぶつかり合う。
その攻撃は互いに
観戦するなのはとヴィータにとっては最早理解すら超えた戦いだ。
それだけ2人が本気だと言うことが窺えるが、だからこそなのはは不安を隠せなかった。
それというのも、なのははセージたちから『
その結末は一般的には双方消滅か、永久の千日手である『
「快人くん…」
なのはの不安をよそに、快人たちの戦いはさらに加速していく。
「おらららららぁぁぁ!!」
「うおぉぉぉぉ!!」
顔面・胸・腹と目にも止まらぬ速さで繰り出された快人の拳がアルデバランに直撃するが、アルデバランはそのまま大きく振りかぶった右拳を快人へと叩きつける。
何とか防御に成功する快人だが、大きく吹き飛ばされギリギリのところでバランスをとると着地した。
「ちぃ…このバカ力が…」
快人は毒づきながら、口に残る血を唾と共に吐きだす。
快人は予想を遥かに超えるアルデバランのタフさとパワーに舌を巻いていた。
(こっちが3発叩き込んでも、あっちのガードの上からの1発のダメージにも届いてねぇ…。
こんなダメージゲーム続けてたら確実にこっちが先に沈むぞ)
弱みは見せないようにしているが、すでに快人の両手は痺れが来ている。
このままではそう遠くないうちにガードが崩されるだろう。
早々に技を叩き込み相手を沈めるしかない。
「ついてこれるか、クソ牛!!」
快人は迫り来るアルデバランの拳を避けると、アルデバランを中心に円を描くように廻り始める。
余りの速さに、快人の姿が何人にも増えた様に見えた。高速移動でアルデバランをかく乱するつもりだったのだろう。
だが、アルデバランには快人かどこにいるのか見えたらしい。
一直線に快人へと向かい、その剛腕を振り下ろす。
「ちぃ!?」
最強の
だが、着地した快人はニィっと笑う。
「かかったな、クソ牛!」
「!?」
その瞬間、アルデバランの周囲に無数の蒼い鬼火が浮かび上がった。
「俺が何の考えなしにグルグル回ってるわけねぇだろ。
お前の周囲にくまなく鬼火を配置させてもらった。
これが一気に爆発すりゃ、さすがのお前も無事じゃいられねぇだろ。
全方位からの爆発でこげ肉になりやがれ!!
快人がパチンと指を鳴らすと、アルデバランの周囲の無数の蒼い鬼火が一斉に爆発する。
如何にタフなアルデバランでも、これだけの数の魂に直接ダメージを与える
だが、アルデバランも最強の闘士の1人。
『普通』などではないのだ。
「グレートホーン!!」
「なにぃ!?」
なんとアルデバランは天高く空に向かってグレートホーンを放った。
強大な
そしてその瞬間、アルデバランは駆けだす。
その突進はまさに猛牛の突撃。
巨体が蒼い炎を引き裂き、瞬きの間も無く快人へと肉薄する。
そしてその渾身の右拳が快人へと叩き込まれた。
「がはっ!?」
「快人くん!?」
胸へのその一撃は
血の混じった息を吐きだした快人になのはが悲鳴を上げた。
だが、快人はそのまま両手でアルデバランの右腕を掴む。
「この右腕…もらうぞ!」
そう言って快人は足でアルデバランの右腕に飛び付くと、その両足に
「
ボギッ!!
「うぐぁぁぁぁぁぁ!!?」
「あ、アルデバラン!?」
骨の砕ける鈍い音とアルデバランの絶叫に、今度はヴィータが悲鳴を上げた。
だが…。
「
「!?」
自身の腕を折られたというのに、アルデバランの
血走った目のまま、アルデバランは折れた右腕を持ちあげる。
そしてそれを快人ごと地面へと叩きつけた!
「ぐあぁぁぁぁぁ!!?」
クレーターができる勢いで快人が背中から叩きつけられる。
だが、快人には痛みに構う余裕などなかった。
何故なら、アルデバランから明らかに危険な
「ヤバい!?」
そう思った時にはもう遅い。
快人を叩きつけたアルデバランの右手から光があふれる。
それは踏み荒らす巨人の如き、大地を蹂躙する一撃。
「タイタンズ・ノヴァ!!」
大地を砕く輝きが、世界を染めた…。
~~~~~~~~~~~~~~~
「嘘…」
なのはのその呟きはこの戦いを見ていた者全ての言葉だっただろう。
なのはたちの眼下に広がっていた森林が…無くなっていた。
数キロ四方に渡って大地が返され、森林は荒れ地へとその姿を変えたのだ。
そしてその中心に立つのは、肩で息をし右腕を押さえたアルデバランのみ。
「あ、ああ…」
なのはは気が遠くなっていくのを感じた。
快人の姿は眼前にはない。
そうなればその身体は…あの返された大地の底にあることになる。
それが意味することはすなわち『快人の死』だった。
まるで巨大なハンマーで殴られたような衝撃に、気が遠くなっていく。
一方のヴィータも目の前の光景に、なのはと同じく大きな衝撃を受けていた。
「何で…何でだよアルデバラン…!」
アルデバランのしたことが信じられない。
大地を返すほどの力のことではない。
あの彼が、自分たちとの誓いを破ったことが信じられなかったのだ。
なのはとヴィータは方向性は違えど、『快人の死』を感じていた。
だが…。
「!?」
肩で息をしていたアルデバランが、突如として周囲を見渡す。
同時に、なのはも感じた。
とてもよく知る、強大な
「
「うぐぁぁぁぁぁぁ!!」
地中から蒼い巨大な火球が飛び出し、アルデバランに直撃して大爆発を起こす。
その爆発によってアルデバランは頭から地面へと叩きつけられていた。
「だりゃぁぁぁ!!」
そして、土砂を吹き飛ばし地上へと飛び出して来る黄金の人影。
「快人くん!!」
その姿を認めたなのはが、涙を浮かべながらその名を呼んだ。
だが、快人はその言葉には答えず、降り立った土砂の上に片膝を付く。
「ぐ…うぅぅ…」
快人はボロボロであった。頭から血を流し、口から血を流している。
もっとも、
直撃ならば如何に
「直撃を避けてこれかよ…ほとほとバカ力だな。
だが…これで…」
今の快人の技の中で一番破壊力のある
いくらなんでも、もう動けまい…そう快人は考えたのだが…。
「ぐ、うぅぅぅ!」
何とアルデバランは起き上がった。
ゆっくりと身体を起こすが立ち上がりきれず、快人と同じく片膝を付く。
だが、快人への相変わらずの殺気は変わってはいない。
その様子に、快人はため息まじりに呟いた。
「おいおい、まだやるつもりかよ…」
「
アルデバランの無事な左手に
明らかにグレートホーンの発射態勢だ。
快人も、右手に
「そう言うつもりならとことんやってやるよ、クソ牛!」
「
2人が片膝のまま互いの技を放とうとしたその時だった。
「やめてぇぇぇぇ!!」
「やめろぉぉぉぉ!!」
今まで観戦していたなのはとヴィータが飛び出した。
なのはは片膝の快人の正面から、ぶつかるように抱きつくと快人を止める。
「なのは、どけ!」
「もうやめて! 快人くん大怪我してるんだよ!
これ以上やったら本当に死んじゃうよぉ!!」
なのはの涙交じりの声。
なのはの泣きながらの言葉に、快人の戦闘用だった思考がゆっくりとクールダウンしていく。
一方のヴィータはアルデバランへと近付くと、手にしたグラーフアイゼンをその横っ面に思いっきり叩きつけた。
アルデバランの
「何をするヴィータ!!」
「何するって、そりゃこっちの台詞だ!!
アタシらは騎士の、お前は
主の未来を汚さないために絶対に殺しだけはしない、ってな!!
なのに何だよ、今の殺気は!
完全にあいつを殺す気満々だったじゃねぇか!!
私たちとの約束は! あの時の誓いは! 一体どこに行ったんだよ、アルデバラン!!」
「!?」
その言葉にアルデバランはハッとしたように表情を変え、そして痛みに耐えるように顔をしかめ頭を押さえる。
「大丈夫なのか、アルデバラン?」
「…ああ、お前のキツイ気付けのおかげで少し落ち着いた。
礼を言うよ」
「そう言うならあとでアイスを買ってくれよ」
「ははは、ハーゲンダッツを奢るよ」
アルデバランは落ちたヘッドパーツをかぶり直すとゆっくりと立ち上がった。
快人もなのはを放して立ち上がる。
「すまんな、
「精神修行が足りてねぇな、クソ牛」
「かもしれん…。 次はまともな形で決着をつけたいものだ」
それだけ言うと、アルデバランとヴィータは空へと浮かび上がる。
「アタシらは行くぜ。 今日はもう戦う気分じゃないからな」
「なのはもそんな気分じゃないよ。
でも…次はお話聞かせてもらうからね、ヴィータちゃん」
「…ほんとしつこいな、お前」
それだけ言うと、アルデバランとヴィータは何処かへと飛び去っていった。
「…行ったらしいな」
それだけ快人は呟くと、
「ぐっ…」
「快人くん!?」
倒れそうになった快人を慌ててなのはが支える。
そして、快人は自分の真央点を突いて止血を施した。
「派手にやられたな…。
悪ぃ、なのは。 しばらく寝るから、あとよろしく…」
それだけ言うと、スイッチが切れるように快人は気を失う。
「か、快人くん! 快人くん!!」
なのはが快人の身体を支えてみれば、その手がべっとりと赤く染まる。
快人は戦闘中に弱みを見せないよう
「エイミィさん! エイミィさん!!」
『ジャミングが解除された!?
なのはちゃん、やっと繋がった! 今そっちはどうなってるの!?』
「エイミィさん! 快人くんが大怪我を!! 早く、早く助けて!!」
『分かった! すぐ転送するから!!』
なのはの切羽詰まった声に、エイミィは即座に端末を操作するのだった…。
~~~~~~~~~~~~~~~
「…知らない天井だ」
「そんなバカ言えるんなら、心配はなさそうだね。 兄さん」
目覚めた快人の言葉は、シュウトの辛辣な一言で出迎えられた。
ゆっくりと快人が身を起こそうとすると、温かいものが腕に触れている事に気付く。
見れば、なのはが快人のベッドサイドの椅子に座り、ベッドに突っ伏す様にして眠っていた。
その手は快人の右手をしっかりと握りしめている。
「なのは…」
ここはアースラの医務室だ。
改装が終わって地球へ向けて航行中だったアースラが丁度近い位置にいたため、快人を回収したそうだ。
「なのはちゃんに感謝したほうがいいよ、兄さん。
ずっと兄さんの隣で看病してくれてたんだから」
「ああ、世話になっちまったみたいだな。
お前も俺の目が覚めるのを待っててくれたのか?」
「まさか。
兄さんがあの程度で死なないことは知ってるから心配なんて無駄なことしてなかったよ。
ボクはフェイトの方の看病さ」
そう言ってシュウトは顎で隣のベッドを指す。
そこにはフェイトが横になっていた。
「弟よ、ちょっくら兄弟愛について語り合いたいんだが。 主に拳で。
少しぐらい心配してもバチは当たらないと思うぞ」
快人は苦笑しながらそうこぼす。
「で、状況は?」
「ボクの方は例のローブの男と交戦、フェイトは仮面の男のせいで蒐集されまんまと逃げられたよ。
兄さんの方も、あのあとアルデバランたちと仮面の男が接触。 ジャミングを展開させて管理局の追跡を振り切ったってさ」
「…やってくれやがるな、連中」
「…正体が分かったら、あいつらには必ず報いを受けてもらう。
必ず、ね」
快人にはフェイトを傷つけられ、シュウトが本気でキレているのが分かった。
いつもは落ち着いた風のシュウトだが、ことフェイトが絡むとキレやすい一面をよく知る快人は苦笑するしかない。
(あの猫女ども、えらいことになるだろうな…)
快人は心の中でリーゼ姉妹に合掌する。
「それよりシュウト、あのローブの男については何か分かったか?」
「ああ、それなんだけど…」
そこまでシュウトが話した時、なのはとフェイトがまるで示し合わせたかのようにもぞもぞと身体を動かすと目を覚ました。
「よう。 おはよう、なのは」
「快人くん!?
怪我は? 怪我は大丈夫なの!?
痛いところない!?」
「ああ、大丈夫だ。 心配かけたな、なのは」
快人の言葉に、なのははホッと息をなで下ろす。
一方のシュウトとフェイトも互いの無事を確認しあっていた。
「フェイト、よかった…」
「シュウ…? 私…やられて…」
「…ごめん、守れなくて」
「ううん、いいの。
それに倒れた私にずっと
凄く優しくて温かいものを感じる…。 シュウが私を大切に思ってくれてるのが分かるよ。
ありがとう、シュウ」
「フェイト…」
そう言ってシュウトとフェイトは柔らかに見つめ合い、辺りに甘ったるい雰囲気が形成された。
「おーい、2人とも。 頼むからイチャつくのは後にしてくれ。
俺となのはの居場所がどこにもなくなるから」
「にゃはは…」
快人はゲンナリとした風に言い、なのはは苦笑いする。
そして、落ち着きを取り戻したシュウトとフェイトと共に、現状の話を始めた。
なのはとフェイトに状況を話し、遂に話題はあのローブの男の話となる。
「だからボクは、相手の星座は
「なるほど…」
シュウトからの説明を受けた快人は大きく頷く。
そんな快人になのはは疑問を投げかけた。
「ねぇ快人くん、その
「…よろしい、じゃあ、少し俺が講義してやるよ。
題して『猿やなのはでも分かる
パフパフ、ドンドンドンドン!」
「なにそれ!? 『猿やなのはでも分かる』ってどういうこと!?」
なのはの抗議の言葉を華麗にスルーすると、快人は
「まず
サイコキネシスからテレポーテーションなんでもござれ。
お前ら魔導士風に言うと、『詠唱・予備動作なしで強力な転移やバインドを無限に使う』って言ったら無茶苦茶さが分かるか?」
「…もの凄く無茶苦茶だっていうのは分かったの」
「さらに
「…強敵だね」
「まぁ、
ボクらを含め、誰一人として容易いやつなんていないよ」
そう言って
「次は
恐らく純粋な
この星座を極めたヤツは『もっとも神に近い』とまで言われる」
「正直、どの『神』と比べてるのかボクにはよく分からないけどね」
「チェーンソーで真っ二つになってくれる『神』にもっとも近いなら、敵となればこっちとしてはありがたかったんだがな…。
話を戻すが、
事実、
「
フェイトの驚きの声に、さもありなんと快人は続ける。
「
さらに幻術の類も大得意。
幻術で惑わし疲弊させ、感覚剥奪で相手を破壊すれば相手が大人数だろうと立ち回れるんだ。
さらに超能力に関しても
ここまでくれば反則もいいところだな」
「快人くんやシュウトくんより強いの?」
「…
俺やシュウトだってその一人。本気で戦うなら負ける気はないよ。
だが、本音を言えば戦いたくはないな…」
「どう考えても命懸けになるからね。
いくらボクも兄さんでも、無事ではすまないよ」
「「…」」
快人とシュウトにここまで言わしめる存在…なのはとフェイトは改めて
「…」
大きな外傷のないフェイトは目が覚めて検査が終わるとすぐに退院ということになったが快人はそうはいかない。
本局の魔導士の回復魔法は優秀だったらしく、おかげで快人はすでに動き回れるくらいに回復していた。
だが、普通なら死んでいるレベルの大怪我を負っていたため、大事をとって今日一日は入院ということになったのだ。
ベッドに寝転がりながら、快人は深く思案をする。
その内容はあのローブの男についてだ。
(
シュウトの言うことにも一理ある。
デモンローズの香気を防ぐような超能力は
さらに高精度のテレポーテーションを行うことも考えれば、その判断は妥当である。
だが…。
(牛のあの様子…まさか、『あの技』じゃねぇだろうな?)
快人の懸念、それはアルデバランの様子である。
アルデバランは今までとは違う殺気を放ってきた。
あれがもし『あの技』の影響だとしたら…?
そこまで考えて快人は首を振った。
(いや、よしんば『あの技』だったとしても
それにテレポーテーションは『技』で代用可能としても、デモンローズの香気を防ぐような超能力は
そこまで考えて、快人はハタッと気付いた。
もしかしたら自分もシュウトも、一番最初の前提条件で間違っていたのではないか?
シュウトはアレだけ拳を交え戦った。
だが、それでも…。
(あのローブの男…ヤツはそこに本当に『存在しているのか』?)
もし…快人のこの仮説がすべて正しいとしたら、とんでもないことになる。
それが示すのはローブの男の正体が『アレ』だということなのだから。
「…最悪を考えて、じいさんに『あの技』について聞くしかねぇな」
快人はため息をつくと目を瞑り、寝に入った。
睡魔に捕らわれる寸前、快人は柄にも無くどこかの女神様に祈りの言葉を吐く。
「どうか俺の予想が当たりませんように…」
~~~~~~~~~~~~~~~
八神家のリビングで、大悟にかざしていたシャマルの手から暖かな光が消える。
「はい、これで治療は完了したわ。
それにしても…相変わらず
本来なら死ぬかもしれない大怪我だったのに、もう表面上は回復してるんだから」
「ありがとう、シャマル」
そう大悟は答えてシャツを着るが、その際折られた右手へ鈍い痛みを感じて顔をしかめた。
「いくら骨が繋がったとはいえ、しばらくは痛みがでるはずよ。
全身の傷だって決して軽くは無いんだから、無理はしないようにね」
「ああ…と言いたいが
それまでは、シャマルの言う通り大人しくしているつもりだ」
「しかし…ヴィータから聞いたのだが、
ザフィーラの視線の先にはハーゲンダッツを食いながらアニメを鑑賞するヴィータの姿がある。
「大悟、殺しをしては主はやての未来が黒く変わってしまう。
主はやてに歩んで欲しいのは輝かしい白き未来だ。 我らがそこを汚すわけにはいかん。
お前とてそれはわかっているだろうに、何故…?」
シグナムの問い詰めるような詰問に、大悟は首を横に振った。
「俺にもよく分からない。
あの時は
戦闘の興奮で意識がトんでしまったかもしれない…」
「まぁ、戦の興奮で我を忘れるというのはある。
我らにもそういった経験はないこともない。
分かるつもりではあるが…」
そうは言うが、シグナムは納得できない様子だった。
だが、そうとしか言いようが無い。
大悟自身、何故あの時あれだけの殺意が
「…はやてのところに行ってくる」
どうにもシグナムの視線に耐え切れなくなった大悟は、逃げるように席を立つとはやての部屋へと向かった。
ヴォルケンリッターの面々も思い思いの行動で時間を過ごしていく。
だが…。
「は、はやてぇぇぇぇ!!」
「「「!?」」」
大悟の叫び声に、ヴォルケンリッターたちははやての部屋へと駆け込む。
そこには大悟に抱かれながら胸を押さえ苦しむはやての姿があった。
「シャマル、すぐに救急車を!!」
「は、はい!」
すぐに病院に搬送されたはやてはそのまま入院することになった。
足からの麻痺はすでにかなりの速度で進行している。
もはや一刻の猶予もない…ヴォルケンリッターたちはそのことを理解する。
そして…。
「大丈夫かはやて? どこか痛いところはないか?」
「あはは、大げさやな。 ちょっと胸が苦しなっただけやって。
きっとほら、胸の大きなる前兆やって」
「…それだけ冗談が言えれば大丈夫そうだな」
ベッドから身を起こしたはやてと、大悟は面会時間ギリギリまで傍にいながら話をする。
そして、面会時間が終わろうとしていた。
「じゃあはやて、また明日来る…」
「うん…」
暗い顔で頷くはやてに後ろ髪を引かれながらも、大悟は病室を出ようとしたときだ。
「なぁ、うっしー。 うっしーは『神様』にお願い事したことある?」
「?」
突然の話に、大悟はドアノブに掛けていた手を離すとはやての方に向き直る。
「私はあるよ。
『何でお父さんとお母さんと一緒にあの時死なせてくれへんかったの? 今からでも私を死なせて下さい』って…」
「はやて…」
「私はあの時、そう思っとった。
お父さんとお母さんが死んで、1人で生きないけなくなったときそう思った。
せやけど…私は1人じゃなかった。
私にはうっしーがいた。 傍にいてくれるうっしーがいてくれたんや。
うっしーだっておじさんとおばさんが死んでもうて辛いはずなのに、うっしーは私をいつでも支えてくれた。
だから私はいつの間にか思っとった。
『神様、あのとき生かしてくれてありがとう』って」
大悟は、はやてのベッド脇へと近づく。
「私な、最近よく『神様』にお願い事しとるんよ。
何だと思う?」
「…わからないな」
「それはな、『神様、どうか私を生かして下さい』や」
「!? はやて!」
その言葉と共に、はやての頬をツゥっと涙が流れる。
大悟はその姿にたまらなくなって、はやての身体を抱きしめていた。
同時に、はやての感情が堰を切ったように溢れ出す。
「うっしー、私死にたない。 死にたないよぉ!
うっしーがいて、シグナムがいて、ヴィータがいて、シャマルがいて、ザフィーラがいて…『家族』と過ごす毎日が楽しいんや! 楽しくて仕方ないんや!
今…幸せなんや!
だから私死にたない。 死にたないよぉ、うっしー!」
「はやてぇ!」
泣きながら感情を吐き出すはやてを、大悟は強く抱きしめる。
大悟も歯を食いしばり、滂沱のごとく涙を流していた。
もしはやての命を脅かすものがいるのなら、大悟はその
それが例え死の神だろうが古の大神だろうが、刺し違えてでも必ず倒す。
だというのに…自分の力は戦うことばかりで、はやての身体を治してやることなど出来ないのだ。
その歯がゆさに、大悟は歯を食いしばる。
だが…。
(まだだ。 『闇の書』が完成すればはやては助かるんだ!
そのためには…そのためには邪魔するあいつを、
ズキン、ズキン、ズキン、ズキン――!
大悟を強烈な頭痛が襲う。
(そうだ。 はやてのためにあの
守るべきもののために、そのすべてを賭けようという大悟の尊い想い。
その想いがいつの間にか黒い強烈な殺意に変わっていくことを、大悟本人も気が付かない。
「はやて、今年のクリスマスは盛大にやろう。
シグナムたちの、『家族』の増えてからはじめてのクリスマスだ。
それまでに安静にして、身体を直すんだぞ」
「うん…うん…!」
泣きながらはやての頭を撫でる大悟に、同じく大悟の胸で泣きじゃくりながら頷くはやて。
その光景は美しくもあったが、同時にどこか悲しい色を秘めていた…。
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「なぁ、すずか…」
「? 何ですか?」
図書館の奥、久しぶりに少年を見つけたすずかはいつも通り同じテーブルで本を読んでいた。
すると、少年の方からすずかに声を掛けてきたのだ。
その珍しさに、すずかは読んでいた本を閉じて少年の方を見る。
「病弱なお姫様とそれを守る騎士…それを引き剥がそうとする悪い魔法使いの末路はどんなものだと思う?」
「御伽噺か何かのことですか?
それはもちろん、最後は悪い魔法使いが倒されてめでたしめでたしになるんじゃないですか?」
「そうだな、お話だとそうだな。
だが現実ってのは残酷なもので、悪い魔法使いが強ければ倒されてめでたしめでたしにはならない」
「まぁ、実際にはそうですよね。
昔あった『仇討ち』ってあるよね。
成功例が美談になって残ってたりするけど、『仇討ち』の成功率は実は3%にも満たなかった、って何かの本で見たことがあるの。
きっと現実ではそういうものなんだと思う」
「…その通りだな。
すまない、変な話をしたな」
「それはいいですけど…」
何故少年がそんな話をしたのか分からないすずかは、ハテナ顔だ。
『悪』が『悪』として倒される保障はどこにもない。現実にはそんなものだ。
そして…少年には倒される気は毛頭なかった。
(…すべては目的のためだ。
『あの女』の我が侭がなければとっくの昔に終わっていたものを…)
少年は内心で舌打ちする。
『あの女』の我が侭でなければ、こんな回りくどい手は使う気などないというのに…。
しかし、どんなに文句があっても自分は『あの女』に逆らうことが出来ないのだ。
『あの女』の自己満足のための脚本通りに、大根役者を演じるしかない。
少なくとも今はまだ…。
「そういえばもうすぐクリスマスだな」
「うん! 友達とパーティしたりいろいろ考えてるんだけど…あの、あなたも…」
「クリスマスは頭のおかしな連中だって湧く。
大人しく家の中でパーティしておくことを俺は強く勧めるぞ。
いいな、出歩くなよ」
パーティに誘おうとしたすずかの言葉を強引に断ち切り、言いたいことだけを言うと少年は本へ視線を落とした。
その様子にすずかはため息をつくと、自分も本へと視線を落とす。
(すべての決着は『聖夜』だ。 そして、その時俺は…)
近付く聖夜…『闇の書』を巡る魔導士たちの、そして
極めたら折る、これぞキャンサー流。
蟹VS牛の第三回は互いにズタボロのドローとなりました。
戦闘描写は本当に難しいです。
ついにA‘S編は聖夜の最終決戦編に突入していきます。
ここから先はとても一夜の出来事とは思えないイベントとバトルの連続になると思いますのでご期待ください。
追伸:今週のΩ。牡牛座がただの外道さんだった件について。
ヒロインの鎖骨折って色々語ってくれました。
そして牡牛座新必殺技のグレーティストホーン…牡牛座の範囲攻撃ならタイタンズノヴァにして下さいよ。
次回はついに女双子座のパラドクスさんが龍峰と優雅にお茶会をします。
…女だよな? まさかあのなりで男ということは…。
しかし星矢ならやりそうなのが怖い。