「午前の訓練はここまでにしましょう、フェイト、アルフ」
滝のように汗を流すフェイトとアルフに、リニスが訓練の終了を告げる。
その瞬間、張りつめた空気が霧散し、フェイトとアルフはへたり込んだ。
「はぁはぁ…」
度重なる魔法行使で疲労した身体に荒い息を付くフェイト。
そんなフェイトに、スッと横からタオルが差し出された。
「お疲れ様、フェイト」
「ありがとう、シュウ」
フェイトは幼馴染からタオルを受け取り、身体の汗を拭う。
タオルの柔らかさと程よい日の温かさがなんとも心地よかった。
「はい、これ」
そう言って続けてシュウは持ってきた容器のものをコップに注ぎ、フェイトへと差し出した。
辺りに程良い花の香りが漂う。
一口飲んでみると、少し苦みを持った心地よい冷たさが全身に染みるように広がる。
それだけで疲れがとれるようだ。
「相変わらず美味しいね、シュウのローズヒップティは」
シュウが育てている薔薇園の薔薇で作ったローズヒップティが、フェイトはいたくお気に入りだった。
「そう言って貰えると、ボクの薔薇たちも喜ぶよ」
そう言ってほほ笑むシュウにフェイトがつられて笑う。
「おーい、あたしらにも分けとくれよ」
「分かってるよ、アルフさん」
そう言ってシュウは立ち上がると、フェイトへと手を差し出した。
「行こう、昼食の準備は出来てるよ」
「…うん」
フェイトはシュウトの手を取ると、2人で歩きだした。
~~~~~~~~~~~~~~~
「相変わらずシュウのご飯はおいしいね」
「ホントだねぇ。 顔と言い、あんたホントは女なんじゃないかい?」
「あはは、ボクはこう見えてもれっきとした男だよ」
ここは時の庭園の片隅にシュウトの作った自慢の薔薇園。
そこでシュウト、フェイト、アルフ、リニスの4人は揃って昼食を取っていた。
仲よく昼食を食べる3人を見ながら、リニスは思う。
シュウト=ウオズミが時の庭園で暮らし始めてからすでに2年の時が経過していた。
始め、プレシアは自分の意に反してシュウトを生かしておいたリニスに眉をひそめたが、リニスの説得によって一応の納得をした。
曰く、
「フェイトがこれからの厳しい特訓に耐えるのは、精神の安定が不可欠。
同年代のシュウトの存在はその助けになる。
フェイトが強くなることはあなたの狙いと一致しているはず」
ということである。
プレシアとしてはそれはそれで正しい意見ではあったし、自分の研究さえ邪魔しなければどうでもいいとも考えていた。
シュウトの魔力がFランクということもあり何かあっても脅威にはならないだろうと考え、リニスの提案にプレシアは乗ったのである。
以降、シュウトはフェイトの友達と言う名の『精神安定剤』としてここで暮らしている。
そんな彼に、たぐいまれな家事技能と園芸の才能があったことはリニスにとっては嬉しい誤算だった。
シュウトが来て以降、確実に周辺環境の質は向上し、フェイトの幼い精神は驚くほどに安定している。
しかし…。
(それ以上の何かが、この子にはある…)
リニスはそう考えていた。
例えば、シュウトにはどうやっても見つけられない『時間』がある。
1日のうちにそれこそ1時間程度の間であろうが、どんなに魔法で探査しても見つける事ができないのだ。
最初は何かしらの魔法をシュウトが行使している可能性を疑ったが、どう考えたところで魔力Fランクでデバイスも持たないシュウトがそんな魔法を使えるはずがない。
では何かのレアスキルかとも疑ったが、それにしても1時間にもわたってその状態を維持し続けるなんて常軌を逸している。
結果として、リニスは正体不明の『何か』を持っているのではないかという漠然とした推測しかできなかった。
だが、シュウトの『力』に関しては何一つ分からなかったリニスだが、一つ確かにわかったことがある。
それは、シュウトとフェイトの間には強い絆が生まれているということだ。
(これなら…フェイトのことを託せるかもしれない)
もう自分の時間はほとんどない。
自分の最後の仕事であるフェイトの専用デバイスは最終調整を残すのみ。
ならば…。
(…彼に話をしましょう)
リニスは決意を含んだ瞳で一人頷くのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~
その日の夜、リニスはシュウトを呼び出していた。
場所はシュウトの育てた薔薇園である。
「リニスさん、話って何ですか?」
「ええ、でもその前にあなたのお茶を淹れてくれませんか?」
「いいですよ」
シュウトは言われるままにローズヒップティを淹れる。
リニスはその薫り楽しむと、お茶を一口、口に含んだ。
「美味しいですね。 本当に…美味しい…」
そう言ってリニスは夜空を見上げる。そこには美しい星がまたたいていた。
「それでリニスさん、話ってなんですか?」
そう言ったシュウトにリニスは意を決して話を始める。
「私がフェイトのためのデバイスを作っていることは知っていますね?」
「もうすぐ完成するんですよね?」
「そう、そしてそれがプレシアが私に与えた最後の指示。
これが終われば…私は消えるでしょう」
その言葉は、ゆっくりと、だがしっかりとその場に響いた。
「シュウト…あなたはフェイトを、どう思いますか?」
「どうって…?」
「…私はプレシアの使い魔です。
だから、主人のことを多く語ることはできませんが…プレシアは危険なことを考えています。恐らく人としての最後の一線を超えてしまった、危険に過ぎる事を。
そしてこのまま行けば…フェイトはそのために使い潰されるでしょう。
あなたは、どう思いますか?」
「…なんでその話をボクに?
フェイトを守る、使い魔のアルフに話すべきじゃないですか?」
「あの子の性格から、こんな話を聞けばプレシアのところに殴りこみを掛けますよ。
そうなればどんな悲劇が待つのか…分かるでしょう?」
その言葉にシュウトは頷く。
「…フェイトはあなたが来てからよく笑うようになりました。本当の心の底からの笑顔で…。
私はあなたこそが、フェイトの笑顔を守る者だと思っています。
だから…どうかお願い。何があっても、フェイトの側にいて支えてあげて。
これから死にゆく私を憐れと、欠片でも思うなら…お願い、シュウト」
そう言ってリニスは懇願する。
そう、懇願だ。こうすれば情に熱いシュウトが必ず頷くと知り、シュウトの退路を断ちながらの卑怯な言葉だ。
でも、どんなに汚くても必ず頷いてもらわなければ困る。
フェイトの進むべき未来に自分はいないのだから…シュウトには自分の代わりにフェイトと共に歩んで欲しいから。
どれだけの時が過ぎただろうか?
沈黙していたシュウトが椅子から立ち上がり、口を開く。
「家族を全て失って、帰る場所を失って…ボクはここにたどり着いた。
そんな見ず知らずのボクに、リニスさんはずっとやさしく接してくれた。
リニスさん…ボクはあなたを『姉さん』だって思っていたんだ。
だから…誓います。
ボクの姉リニスと、ボク自身の心に。
ボクはどんなことがあっても、フェイトを守り支えます」
そして…シュウトは胸元のペンダントを握りしめた。
「そして今、その誓いの証を見せます。 魚座聖衣(ピスケスクロス)!!」
シュウトの言葉と共に、黄金の光が溢れる。
思わず目を閉じたリニスだが…目を開けた先には黄金の鎧を纏ったシュウトの姿があった。
バリアジャケットとは明らかに違う、神々しさを放つ黄金の鎧。
それを装着したシュウトは黄金の闘士だった。
そんなシュウトが、リニスの目の前で跪く。
「魚座(ピスケス)の黄金聖闘士(ゴールドセイント)、シュウトの名にかけてここに、姉リニスに誓います。
いついかなる時も、フェイトを守ると」
リニスにはシュウトの言う言葉の半分以上は意味が分からなかった。
シュウトが何なのか、この力は何なのか、何も分からない。
だが、そんなものはどうでもよかった。
あの星空と同じ輝きを放つ鎧を纏うシュウトが、フェイトを守ると誓うのだ。
だからリニスは目を瞑ると、満ち足りた顔のまま心の底から呟いた。
「ああ、これで安心ね…」
~~~~~~~~~~~~~~~
そして数日後…宣言通り、リニスは消えた。
悲しみにくれるフェイトの側に寄り添いながら、シュウトは改めて心に誓う。
(フェイト、どんなことがあっても君を守るよ。 どんな敵、どんな運命からだって)
黄金の闘士は静かに、そして深くその誓いを心に立てるのだった…。
リニスは正直、この段階では助けようが無かったです…。
次回からやっと無印開始。