世界が動く運命の時、9歳。
私立聖祥大学付属小学校からの帰り道を歩くなのは、すずか、アリサ、そして快人の姿があった。
「ねえ、今日の作文どうする?」
アリサのいうのは今日の宿題で出された『自分の将来について』というテーマの作文のことである。
「アリサちゃんとすずかちゃんはもう決まってるよね」
「まあね、うちはお父さんもお母さんも会社経営だし。
ちゃんと勉強して跡を継がなきゃって思ってるけど」
「私は機械系が好きだから…工学系で、専門職がいいなって思ってるけど」
アリサもすずかも小さいながら未来のヴィジョンはしっかりしたものを持っていた。
「そういうなのはは?」
「やっぱり翠屋の跡継ぎかな」
実家の経営する喫茶店『翠屋』、それを継ぐというのがなのはの最有力候補の道だろう。
だが…。
「でも…他の選択肢もあるのかなって思うの」
「まだ私たち小学生だからね、まだ将来決めるのは早いとは思うわよ。
でも、さ…」
そう言うとアリサは隣を見る。
「ふぁぁぁぁ…んあ、なんだ?」
大きなあくびをし、眠そうな目をした快人を指さしてアリサは言った。
「こいつみたいに何も考えないでのらりくらり生きるのは最悪よ!
早いうちに自分の将来のヴィジョンをしっかりしてた方がいいよ、なのは!」
「ちょっと待て、そりゃてめぇどういうことだ!」
「そのままの意味よ!
アンタみたいにあれだけ授業中寝て、いつものらりくらり適当に生きてたら駄目って話をしてるの!!」
「寝ようが適当かまそうが、学校はテスト出来りゃ何とかなる。あのぐらい余裕余裕」
「くっ…それがマジだからムカつくわ」
アリサの悔しそうな言葉の通り、快人の成績は悪くない。
もっとも、それは転生前の知識のおかげだとは誰も知らない秘密だが。
「ったく、さっきから黙って聞いてりゃ…お前ら俺が将来について何にも考えてないとでも思ってるのか?」
「「「ウソ! まさか違うの!?」」」
「…3人とも素敵な言葉をアリガトウ、お礼にたっぷり拳骨をくれてやりてぇ気分だ」
ペキペキと拳を鳴らす快人に若干引きながらも、すずかは引きつった顔で続ける。
「す、すごいね快人くん。 どんな将来を考えてるの?」
「もう完璧だぜ。 まず…朝になるとなのはが俺を起こす」
「わ、私?」
突然快人の将来図に自分が出てきたことに驚くなのは。
「でもって、なのはの作る朝飯を喰う。 あ、朝飯だけじゃなくて朝昼夜全部な」
「そ、それってお嫁さん…」
「それでそれで!」
その考えに至ったなのはが顔を赤くし、アリサは面白がって先を促す。すずかも興味しんしんと言った感じだ。
「朝飯が終わるとなのはが仕事に出かけるんだ」
「で、快人も仕事に行くんだね?」
「うんにゃ、二度寝する」
「「「はぁ?」」」
何やら将来図の雲行きが怪しくなってきたようだ。
「で、なのはが作って置いた昼食を喰い、寝ながらテレビを眺める。
それを夕方まで続け、なのはが仕事から帰ってきたらなのはの作る夕食を喰って寝る。
これ、毎日繰り返し。
どうだ、完璧な計画だろ?」
無駄に満ち足りたいい笑顔の快人に、即座になのはのツッコミが入った。
「それニートだよ、寄生虫だよ!! って、なのはに寄生する気満々なの!?」
「寄生虫とは失礼な。 男の夢の職業、『ヒモ』と呼べ」
「それダメ人間以外の何物でもないよ!」
「大丈夫、俺にも良心がある。 なのは以外にはたからないから」
「それ、絶対良心じゃない!!」
そんななのはの肩を、ポンとアリサとすずかが叩いた。
「快人くんをよろしくね、なのはちゃん」
「なのはがあれを引き受けてくれれば、世界はきっと良くなるわ。 ガンバ、なのは!」
「それただの生贄だから! お願いだから助けてよアリサちゃん、すずかちゃん!」
そんなやり取りに大笑いの快人。
なのははそんな快人の態度に頬を膨らませる。
「笑い事じゃないよ。 快人君だって真面目に将来考えないと」
「将来…ねぇ。 そんなもん本気で考えてどうすんだよ」
すると、快人からさっきまでのお茶らけた雰囲気が成りを潜め、変わりにあったのは思わずハッとしてしまうような雰囲気を纏った快人だった。
幼馴染のなのはは、快人がこんな雰囲気を放つ時の言葉を何度も聞いている。
「『命も幸せも塵芥』…今日にあったって、明日本当に存在しているのかもわからねぇ不確かなもんだ。
だったら、命も幸せも今この時にあるものを楽しまなきゃバカだぜ。
将来なんざ知ったことか。 今さえ繋げば、それは将来になるんだしな」
そう言って快人は遠い目をしていた。幼馴染のどこか寂しそうな横顔になのはは少しドキリとしてしまう。
アリサとすずかも、快人の両親がすでに他界していることは知っており、この言葉にはその影響が多分にあることを幼いながら察していたので何も言えなかった。
そんな、どことなく重くなった空気を払拭するかのように、快人は明るく言った。
「まぁ、そんなわけで俺の将来はよろしく、宿主さん」
「だからなのはも寄生されるのは嫌なの!!」
頭をポンポンと叩きながら相変わらずふざけたことを言う幼馴染に、なのはは頬を膨らませながら、そして少しだけ満足そうな顔で叫ぶのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~
「じゃ、私たち今日こっちだから」
アリサたち3人は、いつもとは違う道を曲がろうとする。
「あ? お前らどっか行くの?」
「うん、この先の動物病院にね。 昨日なのはちゃんが傷ついたフェレットを拾ったの。
それでその子を見に行こうってことになって」
「なるほどな。 だから今日、なのはが始終そわそわしてたのか」
なのはの様子に合点がいったのか、快人がしきりに頷く。
「快人くんも来る?」
「…いや、やめとく。ちょっとやっときたいことがあってな」
なのはの誘いの言葉を断ると、快人は3人に背を向け歩き出す。
「アンタ最近付き合い悪いわよ」
「まぁ、こう見えて色々忙しくてな。
じゃあな、また明日な」
「快人くんまた明日ね!」
なのはの声に手をあげて答える。
3人と別れた快人は公園へとやってきた。
憩いの場であるはずの一画…そこは立ち入り禁止となっている。
昨日までは普通だったはずなのに、そこには抉れた地面に折れた木、そして砕けた遊具が陳列する奇妙な光景が完成していた。
「ちっ…」
思わず快人から舌打ちが漏れる。
実際に見て分かった。これは間違いなく戦闘の跡だ。
「9歳…ついに始まったってことか」
この世界に生まれ落ちる前の女神との会話が思い出される。
「この現場には小宇宙(コスモ)を感じない。
となりゃ、小宇宙(コスモ)以外の力を使う『何か』が街に入り込んでるってことか…。
こりゃ、今夜あたりから街を巡回したほうがいいな…」
顎に手をあて、快人は思案する。
快人の戦うための力…聖闘士(セイント)の力はかなりのレベルに達していた。
どんな相手だろうと互角以上には戦える自信はある。
だが相手が複数…もしくは何らかの『組織』だった場合、全てを守りきって戦うのは難しすぎる。
だが…。
「『最強たれ』…ってか。
女神の言葉通り、最強に敵どもぶっ潰して、最強に守りきってやってやりますか!」
脳裏を、この街で手に入れたなのはや恩人、知人たちの顔がよぎった。
『命も幸せも塵芥』…でも、無駄に散っていいものでもない。散らずに済むのなら、守れるのなら答えは一つ。
快人は決意を新たに、夕暮れの街を進んだ。
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そしてその日の深夜…遂に物語は始まった。
「? なんだこの奇妙な気配は?
小宇宙(コスモ)じゃない。 だが…明らかに異質だ!」
街の異常を確認していた快人はそれを感じ取り、現場に急行する。
そこで快人が目にしたのは…。
「なのは!?」
そこには幼馴染のなのはと不思議な喋るフェレット、そして得体のしれない黒い影の塊のようなものがあった。
なのはは戸惑った様子だったが、フェレットに何かを言われ力強く頷くと渡された赤い宝玉を握り、朗々と聖句のごとく詠う。
「―――風は空に、星は天に。輝く光はこの腕に。
―――不屈の心は、この胸に! レイジングハート、セットアップッ!!」
その言葉と同時になのはの祈りが、想いが光となってその身を包んでいく。
(これは聖衣(クロス)? いや、違う。 って、それよりやべぇ!!)
一瞬なのはの姿に目を奪われるが、それより早く黒い影がなのはへと飛びかかる。
このままだとあの聖衣(クロス)らしきものを装着する前に、なのはに黒い影の攻撃が命中する。
「!!?」
その瞬間、今まで鍛え上げてきた己の小宇宙(コスモ)を爆発させ、快人は飛び出した。
そしてそれは、この世界での闘いの幕開けでもあった。
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喋るフェレットの『ユーノ』、そして『魔法』という力。
深夜、不思議な声に呼び出されやってきたなのはの見たものは、それまで見てきた世界を一変させるものだった。
『君には魔法の才能がある。 お願いです、僕に力をかしてください!』
そう言って渡された赤い宝玉。
困っているユーノの助けになりたくて、なのははその力を手に取った。
言葉と共に、自分を包みこんでいく力を感じる。
でも…。
(あっちの方が早いの!?)
飛び掛かってくる黒い影。
それの方が、自分の準備が整うよりも早い…それを本能的に感じてしまった。
(駄目っ!?)
光の中で思わず目を瞑るなのは。
だがその瞬間、光が駆け抜けた。
「えっ?」
気が付けば、なのはは呆けたような声をあげていた。
あの大きな黒い影が千切れバラバラになっている。
そして目の前には、まるでなのはを守るように拳を突き出す男の子の背中があった。
分からない訳がない。
それは口が悪くて不真面目で、ちょっとイジワルだけど優しい優しい幼馴染の背中…。
「快人くん!?」
「よう、なのは。 こんな夜中に奇遇だな」
まるで朝学校で会ったかのような何でもない風の挨拶で、快人はなのはに振り返る。
「それに…面白そうなことになってるじゃねぇか」
目の前で徐々に再生していく影に快人は不敵に笑いながら言った。
「君も魔法の素質が…いや、魔力は感じない。 まさか一般人が結界内に!?
危ないから下がって! そいつは普通じゃないんだ!!」
ユーノは切羽詰まったように言うが、快人は鼻で笑って返す。
「それはこっちの台詞だ、妖怪イタチ。
その様子じゃ、なのはの戦闘経験は全く無いんだろ?
何の予備知識もなく実戦に叩き込むなんて、ふざけたことさせんじゃねぇ!!」
「うっ…」
快人の言葉が正論なだけに、ユーノは言葉に詰まる。
「それに…実は俺だって普通じゃない」
「えっ?」
「なのは…お前に見せてやるよ。
俺の秘密をな!!」
すると快人は胸元のネックレスを握り叫んだ。
「蟹座聖衣(キャンサークロス)!!」
その言葉と共に、快人から光が放たれる。
思わず目を瞑ったなのはだが、次に目を開いた時には黄金の輝きが目の前に立っていた。
まるで星の輝きを凝縮したような黄金色の鎧。
それを纏った幼馴染の姿が、なのはの目の前にある。
「綺麗…」
驚きのあまり、なのはの口から出た言葉は素直に思ったその言葉だけだった。
そんな驚くなのはに、快人はしてやったりといった風に名乗る。
「俺は黄金聖闘士(ゴールドセイント)、蟹座(キャンサー)の蟹名快人だ」
その言葉と共に、目の前に迫っていた黒い影を一撃の元に快人は吹き飛ばす。
「す、凄い! 魔力を持っていないのにあれを足止めするなんて。
それにその鎧はバリアジャケットじゃない。
君は一体…?」
「おい、妖怪イタチ。 そんな話は後だ。
一体あれはなんだ? いい加減、うんざりなんだが…」
感心するユーノを遮って快人が顎で指す先では、黒い影は再び再生しようとしていた。
「あれは思念体、普通の攻撃では効果がありません! だから…」
「そうかい、意志だけの存在…言うなれば魂か亡霊の類か。
なら…得意分野だ!」
そう言って、快人は開いた右手に小宇宙(コスモ)を集中させると、快人の右手で蒼い炎が燃え盛る。
そして、快人はそれを黒い影へと解き放った。
「積尸気鬼蒼焔(せきしききそうえん)!!」
凄まじい勢いの蒼い炎の中で、あれだけの再生力を誇っていた黒い影が崩れ落ちていく。
積尸気鬼蒼焔(せきしききそうえん)―――その蒼い炎は物体は元より、魂のような実体のない物も焼き尽くす煉獄の炎だ。
その炎にとって、不確かな意志の集合体である思念体など紙よりも燃えやすい。
「燃え尽きな!」
そう言って快人がパチンと指を鳴らすと、炎の勢いが増し黒い影が燃え尽きる。
そして…パキンという甲高い音と共に、何かが砕け散ると、それも跡形もなく燃え尽きた。
「ほい、終了!
…何ボケっとしてんの、お前?」
快人はポカンとしているなのはの頭をポンと撫でるが、驚き過ぎたなのはは反応が薄い。
「…よし!」
そんななのはの頬を、快人はムニィっと引っ張ってみた。
「い、いはいいはい!!」
「おお、よく伸びる!」
「痛いよ、快人くん! どうしてなのはのほっぺ引っ張るの!?」
「いや、そりゃお前…誰だってほっぺがあったら引っ張りたくなるだろうが!」
「絶対普通じゃないから! 力説することじゃないから!!」
いつもの調子に戻ったなのはに快人は満足げに頷くと、ポンポンとなのは頭に触る。
「調子も戻ったみたいだし、そろそろ帰るか、なのは」
「う、うん。 でも…」
「聞きたいことなら、明日にでもゆっくり答えるよ。
俺も現状をその妖怪イタチから聞きたいからな」
そう言って指差すのは驚愕に目を見開く喋るフェレット、ユーノ。
「魔力を使わずに、ロストロギアであるジュエルシードを破壊するなんてありえない…。
君は一体…」
その言葉に、快人は不敵に笑って答える。
「だから言っただろ?
俺は黄金聖闘士(ゴールドセイント)、蟹座(キャンサー)の蟹名快人。
小宇宙(コスモ)を爆発させ戦う、最強の聖闘士(セイント)の一人さ」
無印編開始。
聖闘士のせいで内容は大幅に省略されていきます。