俺たち転生者 蟹魚復権活動中   作:キューマル式

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今回からしばらくは聖域の様子を描く短編集のようなノリです。
今週は3本立て。

すずかの才能開花
アリサの決意
リーゼ姉妹の災難

となります。


第43話 少女たち、動き出す

カン、カン…

 

 

金属同士をうち合わせたような甲高い音が聖域(サンクチュアリ)に響いていた。

その音の先を見つめるのはハクレイとシオンである。

顎を擦るようにしながら真剣に見つめるハクレイと、同じくその音の発信源のすべてを探ろうとするかのような視線のシオン。

これほどの大人物2人の注目を集める人物とはいったい誰なのか…?

良く聞けば金属音に混じってポタリ、ポタリと水滴の滴るような音が聞こえる。

そして微かに香る鉄の匂い。

 

「…」

 

ハクレイとシオンの視線の先にいたのは、すずかだった。

すずかはその両手に手甲のようなものを付け、ノミと金槌を振るう。

そして、そのノミと金槌の振るわれる先にはポタリポタリと血を流す総司、そしてその血を振りかけられた彫刻室座の聖衣(クロス)の右腕パーツだった。

そう、すずかは今、聖衣(クロス)の修復作業を行っているのだ。

なぜ、すずかが聖衣(クロス)の修復作業を行っているのか…その説明のためには少し時間を遡らなければならない。

 

 

聖域(サンクチュアリ)にとって神話の時代から受け継がれてきたシンボルでもある聖衣(クロス)の修復は急務だった。

だが聖衣(クロス)修復者というのはある意味、聖闘士(セイント)以上に稀有な存在である。

その人材を育てることは生半可なことではないし、壊れた聖衣(クロス)に触れるという特性上、絶大な信頼のおける人物でなければならない。

とりあえず聖域(サンクチュアリ)は、身内とも言える黄金聖闘士(ゴールドセイント)5人に対して聖衣(クロス)修復の手ほどきをすることになったのだ。

ハクレイ・シオンの指導の元、聖衣(クロス)修復の手ほどきが始まった。

その時、興味のあったなのはたちも見学に来たのだが…ここで一悶着あった。

聖衣(クロス)修復に必須の材料の一つに、聖衣(クロス)の階級以上の聖闘士(セイント)の血液、というものがある。

その事実を、初めてなのはたちは知ることになったのだ。

アリサは早々に退出し、なのは・フェイト・はやては今後自分の選んだ戦いの世界では必ず見ることになるのだから、とハクレイに見学を強制させられ、青い顔をしながらも血を流す黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちを見続けていた。

血を見て気分が悪くなるのは仕方のないことである。

血液の匂いは人の不快感と嘔吐感を誘発する化学物質であり、気分が悪くなるのはその拒絶反応だ。

慣れの問題もあるが人の機能上、これは仕方がないといえる。

だが少女たちの中でただ一人、顔色一つ変えなかった者がいた。

それがすずかだ。

考えてみれば当たり前のことである。

すずかは『夜の一族』、いわゆる吸血鬼だ。

血を摂取する一族が、血に対して拒絶反応があるわけがない。

それと共にすずかたち一族にはもう1つ、血に対する体質がある。

それは血液感染型の病気を無効化できることだ。

肝炎やエイズなど、血液接触によって感染する病は多い。

だからこそ、救急医療の現場では血液に対して細心の注意を払っている。

聖闘士(セイント)の血液とて同じで、聖衣(クロス)修復者は小宇宙(コスモ)によってそれらの感染をガードしながら作業を行っているのだ。

だが、『夜の一族』であるすずかにはそれらの心配がなかった。

それを知ったハクレイが、すずかに聖衣(クロス)修復師としての弟子入りを薦めてきたのである。

戦闘の要とも言える黄金聖闘士(ゴールドセイント)5人の負担を増やす行為は、特に人材不足が顕著な今の聖域(サンクチュアリ)では大きな痛手だ。

だから、専業で聖衣(クロス)修復の行える人材が出来たのなら大きなプラスである。

その話に、元々機械いじりなどが好きだったすずかは即座に頷いた。

そして、それからハクレイとシオンの元で聖衣(クロス)修復師としての手ほどきを受けているのである。

 

 

カン、カン…

 

 

すずかがノミと金槌を振るうたびに、スターダストサントとガマニオンが火花を散らす。

そして総司の流した黄金聖闘士(ゴールドセイント)の血液が、スターダストサントとガマニオンを融解・凝固・定着させていく。

そして、しばらくの後には傷一つない形で修復された彫刻室座の聖衣(クロス)の右腕パーツがあった。

 

「ハクレイおじいさま、シオンさま。

 どうでしょうか…?」

 

すずかの言葉に、修復された彫刻室座の聖衣(クロス)の右腕パーツを手にとって眺めていたハクレイは顎を擦りながら頷く。

 

「ふむ…まだまだ細かな損傷は残っておるし、何より時間がかかりすぎで血液をかなり無駄にしておる。

 今のままでは聖衣(クロス)一体を完全に修復するのに、人間丸々2人分の血液が必要になろう。

 だが、この短い期間で基本となるものは見えているようじゃな。

 今後も努力するのだぞ」

 

荒削りながら合格点、という評価をハクレイは下す。

だが、それはとんでもないことだ。

効率を上げるために、すずかには修復の完了している彫刻具座の青銅聖衣(ブロンズクロス)の両腕パーツの使用が許可されている。

彫刻具座の青銅聖衣(ブロンズクロス)は、聖衣(クロス)修復をサポートするための聖衣(クロス)でありそのための機能が備わった、言ってみれば工作用聖衣(クロス)だ。

だが、その能力を差し引いても聖衣(クロス)に触れてこの短期間に、これだけ出来れば上出来どころか天才的である。

ハクレイとシオンも、すずかは磨けば超一流の聖衣(クロス)修復師になる、と確信していた。

 

「えへへ…ハクレイおじいさまの指導が良いおかげです。

 ハクレイおじいさま、これからもよろしくお願いします!」

 

「うむ」

 

ペコリと頭を下げるすずかに、ハクレイは満足そうに頷く。

ハクレイとしても、才能に溢れ、気立てが良いすずかを好ましく思っていた。

その優しき心は、自分たちの目指した平和な世界によって育まれたものであり、それは心を和ませる。

かつてはジャミールの一族を率いる族長だったハクレイであり多くの子供たちを育ててはきたが、戦士の一族であったためどうしても真面目で固い子供ばかりが育っていた。

それとは違う、真面目で柔らかな雰囲気はどことなく幼いころのアテナ(サーシャ)に似ている気がする。

すずかの方も今は姉と二人の家族であり祖父というものはおらず、何かを優しく教えてくれる老人であるハクレイのことを「おじいちゃんってこんな感じなのかな?」などと思っていた。

かくして、すずかは聖域(サンクチュアリ)のナンバー2とも言える、教皇補佐ハクレイの大のお気に入りになったのだった。

その可愛がり方はセージのなのはに対するものとどっこいどっこい、後年セージとハクレイが「なのはとすずかとどちらが良い子か?」で徹底口論し、あわや聖域(サンクチュアリ)崩壊寸前にまでなったという笑い話まで残っているぐらいである。

この後、聖衣(クロス)修復師としてメキメキと頭角を現していくすずかは聖闘士(セイント)たちにとって無くてはならない人物となる。

同時に、このすずかの存在は聖域(サンクチュアリ)と『夜の一族』との間を親密なものにした。

すずか個人を重用したこともあるが、同時に『夜の一族』が聖衣(クロス)修復師として適正が高いことを聖域(サンクチュアリ)に知らしめたのである。

やがて、『夜の一族』は聖衣(クロス)修復師を輩出する一族としてその名を轟かせるのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

聖域(サンクチュアリ)の一室、プレシアが指し棒を片手に投影された画像を指す。

 

「…以上が次元世界の戦国期から安定期に入るまでの歴史よ。

 ここまでで何か質問はあるかしら?」

 

そうやって尋ねる先にいるのは、机を並べたシャウラとアリサであった。

この2人が何をしているのか…それは『勉強』である。

何の『勉強』かと問われれば、それは歴史であり政治であり経済であり文化であり『次元世界のすべて』と答える。

それをプレシアを教師として2人は学んでいる真っ最中だ。

何故こんなことをしているのか…そのためにはまた、時を遡る必要がある

 

アリサは友達想いの少女だ。

気が強く、思った事をヅケヅケとハッキリと言う。

そして、それはほとんどの場合最良であり的確な言葉だ。

だが、そんな彼女の態度を多くの人間は『可愛くない』、『子供らしくない』と称して、彼女から距離を取った。

この性格こそが自分を『アリサ=バニングス』という人間たらしめているものだと思うし、それを変えようという気はアリサにはさらさらない。

だが、彼女も人間、自分から距離を取られるのは寂しいのだ。

だからこそ、アリサはそんな素の自分をさらけ出しても離れるどころか近づいてきてくれるなのはたちを心の底から大切にしている。

アリサには、なのはたちが近くにいることが何よりも喜びだったのだ。

だから、快人たちが黄金聖闘士(ゴールドセイント)と呼ばれる凄い者で、なのはたちも『魔法』という力を使い、すずかすら『夜の一族』という種族だと知った時には動揺が大きかった。

普通ではない世界に足を踏み入れた皆に自分が置いていかれる、距離が離れてしまうという不安があったのだ。

だから、シャウラが快人たちと同じ黄金聖闘士(ゴールドセイント)だと知った時には『皆と同じ場所』…黄金聖闘士(ゴールドセイント)の側に立てたことが嬉しかったのだ。

だが、その喜びもすぐに不安へと変わる。

十年後に迫った、ハーデス軍という世界破滅の危機の存在である。

その未来の脅威に対し、なのはとフェイトとはやては戦うためその力を高めようと動き出した。

すずかも、総司や教皇補佐のハクレイとともに動き出している。

『動き出した』皆と、『動いていない』自分…再び置いて行かれたような不安がアリサを襲う。

すぐにでも自分も十年後に迫る危機に、皆のように動き出したい。

だが、何をどう動いていいのか分からなかった。

なのはたちのように戦えるわけではない、すずかのように特殊な技能を持つわけでもない…あくまで『普通』の自分がどんな方向に動けばいいのか分からなかったのだ。

そんな中、アリサは自分の『動き出す』方向を見つける。

その道は、『経済』という道だった。

人は生物、食べなければ生きていけないし十分な物資がなければ力を満足に発揮できない。

それは聖闘士(セイント)とて同じだ。

現実の戦争でも『補給』というのは最重要課題であり、これを疎かにした者に未来は無いということは長い歴史が証明している。

聖域(サンクチュアリ)はその補給が無いのだ。

それに気付いた時、アリサは自分の進むべき道を見つけた。

経済的・物資的なバックアップを行う組織の立ち上げである。

具体的にはシャウラの実家、そして自分の実家の事業を次元世界に拡大、新しい企業を立ち上げる。

そしてそこでの利益を、聖域(サンクチュアリ)への支援に回すというものだ。

次元世界というのは、アリサたちにとっては新大陸発見にも等しい、新しい市場の発見である。

そのため、シャウラとアリサの親たちもこの話にはノリノリだ。

上手くいけば、その企業経営を2人に任せるとも言ってくれている。

経済活動とはどんな世界でも人間であればその本質はほとんど同じ、『損か得か?』のシーソーゲームだ。

ならばいかに魔法の国の人間相手だろうが何だろうが、アリサたちにも勝ち目は十分にある。

勝利のために重要なのは『知識』であり、それに裏打ちされた状況判断、そして決断力だ。

そのための知識を今、シャウラとアリサは養っているのである。

 

「必ず、次元世界最高の企業を作って、みんなを助けてみせるわ!

 シャウラ、あんたもしっかりするのよ!」

 

「うん!」

 

シャウラとアリサはそう言って、ある意味では最も難敵ともいえる『経済』との戦いに、決意を新たにする。

この2人の夢ともいえる企業はその後、凄まじい勢いで成長を遂げていく。

そこにはお抱えともいえるプレシアを中心とした技術開発陣ともう一人スカウトされた変態的天才科学者の技術力の影響も大きいが、同時にシャウラとアリサの経営手腕による部分も大きかった。

『生き馬の目を抜く』をリアルで行えるシャウラは、経営においても『生き馬の目を抜く』ような力を発揮したのだ。

この瞬間、後に管理局の運営にも影響を及ぼす超巨大企業、そして聖域(サンクチュアリ)の強力な後援組織である『グラード財団』は産声を上げたのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

その日、グレアム提督の使い魔であるリーゼ姉妹は聖域(サンクチュアリ)の『双魚宮』へとやってきていた。

その目的というのはパライストラでのカリキュラム作成への協力である。

 

聖闘士(セイント)となるための修行は過酷を極める。

100人の子供のうち聖闘士(セイント)になれたのは10人でほかの90人は死亡したか行方不明というのは有名な話だが、本来ならそれほどに過酷な修行があってはじめて小宇宙(コスモ)を体得できるのだ。

快人やシュウトといった黄金聖闘士(ゴールドセイント)の面々も、才能もあったがそういう過酷な修行はクリアしてきている。

なのはやフェイトのように命の危機に際して覚醒するようなタイプの方が稀なのだ。

なお、はやてのように『神』による強制覚醒はまったく別の話なので今は考えないでおく。

とにかく、『小宇宙(コスモ)に目覚める』というのは命懸けなのだ。

とはいえ、そんな命懸けの修行は今では不可能だ。

何度も語っているが、現在の聖域(サンクチュアリ)の人的資源は絶望的な状態だ。

それを増やそうという施策なのに、それで人材をさらに減らすことは意味のない行為である。

また、そういった過激な修行は管理局にも悪感情を与えるだろう。

そのため、パライストラのカリキュラム作成は非常に重要なものになった。

その内容の要旨は、『生かさず殺さず過酷な修行』である。

無論、過去の黄金聖闘士(ゴールドセイント)からは甘すぎるとの指摘はあったし、事実そう思う。

だが、それしか聖戦への戦力拡充の方法がないのだから仕方がない。

本格的な聖闘士(セイント)の修行は、希望者や見込みのある者だけを後期パライストラで行うとして、前期パライストラでの修行はそこまでの基礎教育となったのだ。

そしてリーゼ姉妹はそのカリキュラム作成のために、『聖闘士(セイント)の修行を体験し、そのカリキュラム作成に対する意見具申』という任務でここ、聖域(サンクチュアリ)へとやってきていたのである。

 

「やぁやぁ、お待ちしてました」

 

やってきたリーゼ姉妹をニコニコと出迎えたのはシュウトだった。

その不気味なまでの笑顔にリーゼ姉妹は顔を見合わせる。

リーゼ姉妹は、正直に言えばシュウトが苦手だった。

それというのも、あの『闇の書事件』でフェイトから蒐集を行ったことでシュウトが自分たちをよく思っていないことは知っていたからだ。

それが異様なまでにニコニコしながらの出迎えに、リーゼ姉妹は顔を見合わせる。

 

「まぁ、聖闘士(セイント)の修行体験の前にお茶でもどうぞ」

 

「あ、ああ。 ありがとう」

 

促されるままに、リーゼ姉妹はシュウトの淹れたローズヒップティを口にする。

 

「おお…」

 

「おいしい…」

 

薔薇の香りと酸味を含んだようなローズヒップティに感嘆の声を漏らす。

それを確認すると、シュウトはそのニコニコとした顔のまま言い放った。

 

「それじゃ修行の方を始めましょうか」

 

「え、でも何の説明も…」

 

その時、リーゼ姉妹は自分たちの身体を襲う違和感に気付いた。

感覚が、どんどんおかしくなっていく。

これは…。

 

「まさか…!?」

 

「毒!?」

 

「ええ、正解です。

 そして解毒剤はここ」

 

コトリと、シュウトはガラス瓶をテーブルに置く。

シュウトもあの『闇の書事件』におけるギル=グレアムの暗躍はある意味では致し方ないことであり、リーゼ姉妹の行いも仕方ないことだということは『理性』の部分では分かっている。

だが、シュウトにとってフェイトとは特別な存在だ。

シュウトにとってのフェイトとは何かと問えば、シュウトは真顔でこう答える。

『己の存在理由』と。

そんな相手が傷つけられて『はい、なかったことに』とは、いくら何でも『心』に整理がつかない。

そんなとき舞い込んだのが今回のカリキュラム作りのための聖闘士(セイント)の修行体験にリーゼ姉妹が来るという話だった。

その話に、シュウトは手を上げた。

あくまで修行体験、自分もやった五感を失われた状態での組手と、同じ状況を毒で疑似的に作り出したに他ならない。

だが、これをもってリーゼ姉妹への感情に決着をつけるという気なのだ。

 

「さぁ、始めましょう。

 修行の第一弾、五感が薄れていく中での追い駆けっこを!!」

 

「くっ!?」

 

即座に手を伸ばすロッテだが、それより早くシュウトはガラス瓶を取ると『双魚宮』の中央へと舞い降りた。

もはやリーゼ姉妹に選択の余地はない。

 

「行くよ!」

 

「ああ!」

 

リーゼ姉妹は解毒剤を奪うためにシュウトとの追いかけっこを始めた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

その様子を遠くで見ていた快人と大悟は完全に呆れ顔だった。

そしてなのはにフェイトにはやては、いつもとは違うシュウトの様子に若干引いた顔をしている。

 

「ぬぅ、あれぞ世に聞く死頭盃(ショウタオペイ)!」

 

「し、知っとるの、うっしー!?」

 

そんなノリのいい大悟とはやてに、快人は呆れたように言う。

 

「おい、大悟にはやて。

 友としていうが、お前らそのキャラでいくと解説役とかになっちまうぞ」

 

「…分かっている。

 はやてや俺の好きな漫画に乗っかっただけだ」

 

「そやそや、いつでも心のゆとりは大切やで」

 

ちょっと深刻そうに頷く大悟とカラカラと笑うはやて。

快人は、そんな2人にため息をついた。

 

「まぁ、俺もあの漫画大好きだけどよぉ…」

 

「快人くんの部屋に全巻置いてあったもんね」

 

「…なのははどの辺までマジだって信じてた?」

 

「…バットマンの元になった『抜婢万(ばっとうまん)』で流石に嘘だって気付いたの」

 

「けっこう最後まで信じてたな。

 俺はゴルフの起源の『()竜府(りゅうふ)』でもう駄目だった…」

 

「みんな一体何の話をしてるの!?」

 

ただ1人なんのことか分からないフェイトが声を上げる。

そんなフェイトに快人はあははと笑った

 

「まぁ、大した話じゃないさ。

 しかしまぁ、あいつもはっちゃけてやがるな」

 

「そうだな」

 

快人の呆れたような言葉に、大悟も相槌を打つ。

 

「ねぇ、本当に聖闘士(セイント)ってあんな修行するの?

 ちょっとシュウが怖いんだけど…」

 

「逆だ、あれでかなりマイルドになってるよ」

 

「あれで!?」

 

驚きの声を上げるフェイトに、快人は肩を竦めて言う。

 

「五感をことごとく奪われてセージじいさんと組手やったりとかな…。

 無論、死ぬほどボコボコにされたけど」

 

牡牛座(タウラス)はそう器用ではないがあれに近い、五感が無くなるまで殴られても組手を続けるとかはやったな…」

 

「「「…」」」

 

相当の地獄を見てきたのか、快人と大悟は遠い目で過去を思い出しながら呟く。

その言葉に、改めて3人娘は聖闘士(セイント)の修行の過酷さを知ったのだった。

そんな3人を尻目に、快人はシュウトに視線を戻す。

 

「まったくあのバカは…。

 普段冷静なくせにフェイトが絡んだ途端、火薬庫みたいにブッ飛びやがる…」

 

快人はこの一連の修行再現が、以前フェイトが蒐集されたことによるある種のシュウトによる報復だということは分かっていた。

リーゼ姉妹のやったことは『最高』とは言えないだろうが、あの段階で彼女たちとグレアムのとれる手段のなかでは『最良』の一手だということは分かっていた。

まさか『闇の書』の中に『神』がいるなどと知らない彼女たちからすれば、あの方法ならはやて1人の命ですべてが丸く収まる。

『人の命は地球より重い』という言葉があるが、それが大嘘だというのは誰でも知っている話だ。

『世界』はいつでも残酷に犠牲を求める怪物であり、それは誰にも止められない。

だから、できる範囲の力と知恵と努力で犠牲を最小限にしようとしたグレアム達の行いは理解はできるし評価できる。

聖闘士(セイント)という、ある意味荒唐無稽な切り札(ジョーカー)があったからこそ誰も欠けずに『闇の書事件』は収まったが、そうでなければグレアム達の行いは大局的には正しいのだ。

それにもう1つ、快人がグレアム達を評価している点がある。

それは『計画を個人で行い、管理局に報告しなかったこと』だ。

グレアムが自分の手で復讐をと考えたのと管理局を巻き込まないためだったのだろうが、もしも管理局にはやての詳細を伝えていたら、はやては間違いなく管理局によって『正式に承認されて』殺害されたであろう。

そうなれば、管理局全体が敵となる。

仮にその状態ではやてを救ったとしても、聖闘士(セイント)と『管理局』の溝は絶望的なものになっていただろう。

結果論の上かなり飛躍してはいるがグレアムの判断がはやてを救い、現在の聖域(サンクチュアリ)と管理局との良好な関係の足掛かりを作ったとも言えるのだ。

そんなわけで快人にリーゼ姉妹を恨む気持ちはないのだが、目の前でフェイトを直接的に傷つけられたシュウトにはしこりが残っていたことも快人は知っていた。

だからこそ、これはある意味ではシュウトの『報復』なのだ。

 

「まぁ、死にはしないし、ご愁傷様ってことか」

 

そう肩を竦めてもがくリーゼ姉妹と、多分に感情的な弟を呆れたように見つめるのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

今、仮に彼女たちに「地獄はどこにある?」と問うたとしよう。

ならば、彼女たちは間違いなくこう答える。

「今この場こそが地獄だ」、と。

 

「「…」」

 

魔導士としても優秀なリーゼ姉妹は、自分たちの体力には自信があった。

だがそんな自信はすぐに崩れ去った。

毒で五感が薄れていく中での恐怖の追い駆けっこに始まり、常識はずれの修行があるわあるわのオンパレード。

ニコニコしながらそれを行っていくシュウトを、実はこれは自分たちをなぶり殺しにするための、回りくどい処刑なんじゃないかと疑い始める。

そんなリーゼ姉妹の視線を無視して、シュウトは嬉々として次の修行を発表しようとしていた。

 

「さて、次は…」

 

その時、シュウトの肩に手が置かれる。

 

「その辺にしておけ、シュウト。

 これ以上はヤバいだろ」

 

「兄さん…。

 でも、修行の内容のまだ半分も体験してないよ?」

 

「焦らずゆっくりやってもらえばいいさ。

 今日はもう簡単な修行にしてやって、終わりにしろ」

 

「…わかったよ、兄さん」

 

快人の言葉に、シュウトが頷く。

この瞬間、リーゼ姉妹には快人に後光が差して見えた。

 

「それじゃ、最後に単純な筋トレで終わりにしよう。

 大丈夫、ただ単純に重いものを運んで筋力をつけるだけだから」

 

その言葉にリーゼ姉妹はホッと息を付いた。

それなら今までのような無茶な内容にはならないだろうと思ったからだ。

だがそこに現れたのは…。

 

「これを運んで階段を上り下り10往復で」

 

「「…」」

 

巨大、ひたすら巨大な岩だった。

リーゼ姉妹はいまだに地獄が続いていることを知る。

だが、再び快人の待ったがかかった。

 

「おいおい、今の状態じゃそれ背負った瞬間に潰れるぞ。

 まったく…ここは俺が受け持つからどいてろ」

 

呆れたようにため息をついた快人がシュウトを押しのける。

 

「さて…そんじゃ最後の筋トレは俺が受け持ってやるから感謝するように。

 大丈夫、この快人様が遺伝子の欠片まで鍛えつくしてくれるがががーっ!」

 

そして快人が取り出したものは…。

 

「ドラム缶?」

 

「うん、ドラム缶。

 これ押して行ったり来たりを数往復。

 これが基本の筋トレの代用ってことで」

 

それは中身満載のドラム缶だ。

相当な重さはあるが、巨大な岩を運べと言われるよりはこれを押すほうがはるかに安全な上、足腰も十分鍛えられるだろう。

リーゼ姉妹は言われたとおりにドラム缶を押す。

全身を使う単純作業ながら、重量のせいで結構な労働だ。

だが、命の危険が全くない『ドラム缶押し』は今までの修行と比べれば天国だった。

 

『これって…』

 

『結構楽しいかも…』

 

疲れすぎで脳が働いていなかったのか、そんなことを考えてしまう2人。

この後、数日間に渡ってリーゼ姉妹は聖闘士(セイント)の修行を体験し散々な目に合うのだが、一日の終わりにある『ドラム缶押し』だけは唯一安心してできる修行であった。

やがて、管理局へ帰還したリーゼ姉妹から、『修行内容のほとんどが生死を伴うものでありそのままの採用は不可能』という報告と意見具申書が提出され、その辺りがかなり甘くなったカリキュラムが組まれていくことになる。

だが、この『ドラム缶押し』だけはそのまま基礎体力作りとして残った。

パライストラにはそのための『ドラム缶押し』のスペースが作られ、まれにリーゼ姉妹はパライストラを訪れて何かを懐かしむように『ドラム缶押し』を行ったという…。

 

こうして紆余曲折とリーゼ姉妹の汗と涙の元に、パライストラのカリキュラムは着々と組まれていったのだった…。

 

 




というわけで、前々から書いていたすずかとアリサのこの物語における役割が判明しました。
聖衣修復師すずかとグラード財団総帥アリサの誕生でした。
どう考えてもなのはたちより重要人物ですね、これ。

そして猫姉妹への、聖闘士修行体験という名のシュウトの復讐。
とはいえ、猫姉妹は別にそこまで悪いことやったわけじゃないですからね。
ただ、普通に聖闘士の修行を体験してもらいました。
しかしそれでも十分イジメの域というのが、聖闘士の過酷なところです。

あと、修行風景は完全にネタに走ったものです。
私の名前のキューマル式は、自衛隊の90式戦車のことです。
そこからも分かるように私は戦車やら戦史やらが大好きですので、あの有名戦車ゲーのネタでした。
ここはいつの間にか、聖域から死十字になったようです。


べつに だれに めいれいされた
わけでもねえのに みんな
ときどき ドラムかんを
おしに くるのさ。
・・・・おしても いいんだぜ!
なつかしい ドラムかんをよ!

日― ― ― ― ― 1
日― ― ― ― ― 2
日― ― ― ― ― 3
日― ― ― ― ― 4
日λ ― ― ― ― 5

以上、パライストラの新しい風景でした。


次回もよろしくお願いします。



今週のΩ:ユナちゃん、マジヒロイン。
     魚座さんにナンパされて顔を赤くするなんて…。
     抵抗できなくされて無理矢理ソファーに座らされたり、光牙の回想でも別枠状態だし、ユナのピンチで嫌ってた闇解放とか、仕事をするヒロインだなぁ…。
     あの無理矢理ソファーに座らされるシーンで、ユナちゃんの肩を抱いたりする魚座さんがキャバクラおやじに見えたのは何故だろう…。
     
     思った通りですが魚座さんにバラはありませんでした。
     結局、旧作の技をしっかり使ってくれたのは牡牛座と蟹座のみ。
     …いい加減、泣いていいかな?
     マルス四天王はことごとく神様の名前だけど…まさか『神族』なのか?
     だったらΩ青銅が勝つヴィジョンが全然浮かばないんだけど…。

     総括として、ユナがとことん仕事をした回でした。
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