俺たち転生者 蟹魚復権活動中   作:キューマル式

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今回は過去最高クラスの文字数になってしまった『なのは撃墜編』です。
ついになのは、墜ちる。
そして聖域のピンチは続きます。



第51話 白、墜ちる

「くっ!?」

 

 フェイトは何合目かの打ち合いの後、一端距離を離して静止すると思わず舌打ちをする。フェイトの腕や足にはいくつもの刃の掠ったかすり傷が出来ていた。そんなフェイトに、レンカはクスクスと笑いながら言う。

 

「せっかくの姉妹の戯れなのに離れるなんて寂しいじゃありませんか。

 私ともっと踊りましょうよ、お姉さま!」

 

 言葉と共にレンカが急接近、再びクロスレンジでの打ち合いが始まるが……。

 

「!?」

 

 レンカの黒い鎌をバルディッシュで防いだフェイトが、とっさに身体を捻って顔を逸らす。すると、何かが高速で横切った。フェイトの美しい金の髪が数本切られて宙を舞う。

 

「あらあら、また避けられてしまいましたか」

 

 まるで残念そうではなく、さも楽しそうに言うレンカ。これが先程からフェイトの身体にかすり傷を付けているものの正体だった。

 聖衣(クロス)にはギミックを搭載したものがある。ヒドラ聖衣(クロス)の毒の牙やアンドロメダ聖衣(クロス)のチェーンなどが有名なものだが、それと同じように冥衣(サープリス)にもギミックを搭載したものがあるのだ。丁度レンカの纏うマンティスの冥衣(サープリス)はそんなギミック搭載型の冥衣(サープリス)だったのだ。そしてそのギミックとは……。

 

「ふふふ……」

 

 笑うレンカ……その手と言わず足と言わず全身から、カマキリの腕と鎌のようなものが伸びている。

 マンティスの冥衣(サープリス)のギミック……それは全身いたるところにつけられた『隠し腕』だった。その隠し腕が切り結ぶ最中に不意打ち気味にフェイトに襲い掛かってくるのである。隠し腕の有効性は攻撃での連撃だけではなく防御までもこなしており、クロスレンジでの打ち合いでレンカはフェイトを完全に圧倒している。

 そんなレンカに対し、フェイトはクロスレンジでのインファイトを避け中距離からの砲撃を続けるが、そのことごとくが冥衣(サープリス)を抜く有効打には至らない。

 

(これが……冥闘士(スペクター)!?)

 

 冥闘士(スペクター)の戦闘能力に戦慄すると同時に、フェイトは今の自分の特性の欠点を思い知った。

 

(私の攻撃は……軽い)

 

 フェイトの得意とするものは高速戦闘、『スピードで敵をかく乱しつつ、近・中距離攻撃を連続して叩き込む』というものだ。なのはのように『一撃必殺』ではなく、『数で押す』タイプなのである。普通であればこれはこれで十分な戦術なのだが、目の前のレンカ相手にはこの戦術には根本的な問題があった。

 フェイトとレンカの速度帯はほぼ同じで、最も得意とするスピードで圧倒できていない点。そして最大の問題点は、フェイトの攻撃力でダメージが入っていないという点である。

1のダメージでも100回繰り返せば100のダメージになるが、0のダメージは100回繰り返しても0のままだ。ここに来てフェイトの『一撃の軽さ』が問題となっていたのである。

 中距離での砲撃では完全に防がれ、ダメージを与えられそうなクロスレンジでは完全に圧倒されている。距離を離したフェイトに冷たい汗が流れた。フェイトはその汗を拭い取りながら、自分を姉と呼ぶ少女に問う。

 

「あなたは何で冥闘士(スペクター)なんてやっているの!

 冥闘士(スペクター)と冥王ハーデスが、この世界すべてを滅ぼすって分かってるの!」

 

「無論分かっていますわ、お姉さま。

 すべては『正義』のためです」

 

「『正義』……?」

 

 その言葉にいぶかしむフェイトに、レンカは続ける。

 

「私もあなたも『プロジェクトF』……違法研究の末に産まれた。

 そして私はこの『世界』を見続け分かりました。

 この『世界』は……腐りきっています。金のため、地位のため、名誉のため……そんなことのために私たちのようなものが生み出され、それを容認する社会……そんな『世界』のどこに『正義』がありますか?

 そんなもの、一度すべてが死に絶え冥王ハーデス様による新しい『世界』になるべきです!

 そう、私は『悪』たる今を砕くため、『正義』のために戦っているのです!」

 

「それは違う!

 確かにこの『世界』には『悪』が蔓延しているかもしれない。

 でも、それが『世界』すべての命を奪っていい理由にはならない!」

 

「ご理解いただけなくて残念ですわ、お姉さま。

 なら……私は私の『正義』を力尽くで貫きますわ」

 

 叫ぶフェイトに、レンカは黙って鎌を振り上げる。また接近戦かと身構えるフェイトに、レンカは小宇宙(コスモ)を燃え上がらせると、その場で鎌を振るった。

 

「!?」

 

『右に急速回避を!!』

 

 フェイトの危機察知の本能と、バルディッシュの的確な指示がフェイトを救った。

 回避と同時にフェイトの纏った矢座聖衣(サジッタクロス)の左ショルダーが、まるで鋭利な刃物に切り裂かれたように落ちる。もし回避できなければ左の腕が落とされていたところだ。

 

「あら、私の『インビジブルサイズ』、よく避けましたね、お姉さま」

 

 レンカは意外そうに、だが嬉しそうに言う。

 小宇宙(コスモ)による不可視の鋭い刃で敵を切り裂く……それが天断星マンティスの冥闘士(スペクター)、レンカ・ヒスイの必殺技だった。フェイトはそれを小宇宙(コスモ)の流れと本能、バルディッシュは周辺の空気の流れの変化によって察知したのである。

 

「まだまだですわ、お姉さま。

 もっと踊りましょう!」

 

 クロスレンジへと飛び込んでくるレンカと、迎撃するフェイト。

 2人は再び刃の打ち合う音をBGMに、戦いというの名のダンスを踊る。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 白い雪の平原に、少女の狂笑が響き渡る。

 

「あははははははは、みんな死んじゃえ!!」

 

 エンプレスから伸びる蔓がはやてたちに迫りその足を取ろうとするが、それをシグナムがレヴァンティンを振るって切り裂く。そこにカイザー・ロードの兄弟が飛び込んできた。

 

「死ねぇ、管理局!!」

 

「…殺す!」

 

 殺意と共にロードの小宇宙(コスモ)が燃え上がり、その剛腕が振り下ろされた。

 

「グランドアクスクラッシャー!!」

 

 大地を割る勢いの衝撃がはやてたちに迫るが、飛び出したザフィーラが防御魔法を展開する。

 

「うぉぉぉぉぉ!!」

 

 無論、いかにザフィーラが防御魔法に秀でていようとグランドアクスクラッシャーを防ぐまでには至らない。事実一瞬の間もなくザフィーラの防御魔法は砕け散った。だが、それでも十分だ。防御というのは防ぐだけではない、攻撃をそらすこと、時間を稼ぐことも防御だ。ザフィーラの防御魔法は時として戦場で何よりも貴重な『時間』を稼いだのである。その隙にはやてたちは全員、空中へと逃れていた。

 

「逃がすものか!」

 

 その様子に、今度はカイザーが小宇宙(コスモ)と共に、その翼をはためかせる。普通ならば全く訳のわからない行動ではあるが、支援能力に特化しているシャマルはすぐにその行動の意味を悟った。

 

「周辺空気中に毒物反応、強力な毒攻撃です!

 対毒術式、発動!!」

 

 周辺状況を観測していたシャマルはすぐに全員に対毒のための魔法を発動する。この魔法はあの『闇の書事件』の時、シュウト対策のために組まれていたものでありシャマル渾身の作だ。その魔法が、毒の旋風からはやてたちを守る。

 

「いくで、リインフォース!」

 

『はい、マスター!』

 

 はやての掲げた杖に小宇宙(コスモ)と魔力が集中し、それが凍気に変わっていく。

 

「フリージング・ブリザード!!」

 

 マイナス130度にも達する強大な凍気が叩きつけられ、氷の大地の大気までもを一気に凍結する。それに巻き込まれ、冥闘士(スペクター)3人は氷漬けとなった。

 そこに間髪入れずにシグナムとヴィータが、G型カートリッジを発動させた最大魔法を叩き込む。

 

「シュツルムファルケン!!」

 

「ギガントシュラーク!!」

 

 光のごとく飛来した矢が氷漬けの冥闘士(スペクター)たちに炸裂し、そこに巨大な鉄槌が振り下ろされた。爆音にも似た衝撃が辺りに響く。

 魔導士であるヴォルケンリッターは、個々の戦闘能力では青銅聖闘士(ブロンズセイント)クラスならともかく、それ以上の敵には敵わない。だが、ヴォルケンリッターには気の遠くなるほどの戦闘経験というアドバンテージがあった。個々の力で敵わなくても、集団戦によって互いの長所を引き出しあい、コンビネーションによって格上の相手すら撃破せしめる戦闘集団がヴォルケンリッターの神髄なのである。その戦力が、はやてという『主』への敬愛により、さらなる力を発揮させたものこそ八神家なのだ。

 だが、そんな八神家の戦力を持ってしても、冥闘士(スペクター)というのは難敵である。

 振り下ろしたヴィータのギガントシュラークが、ゆっくりと持ち上がる。

 

「家族は俺が……守る!」

 

 それは冥闘士(スペクター)の中で一番大柄な次男、ロードだ。その巨躯に違わぬパワーで、ギガントシュラークの超重量を持ち上げていた。氷漬けになっていた冥闘士(スペクター)たちで手傷を負っているものは1人もいない。

 

「このぉ! 死んじゃえ、死んじゃえ!!」

 

 エンプレスから伸びる触手を散開して回避しながら、はやては呟く。

 

「敵もやりよるなぁ」

 

黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちですら、油断ならないと断言する敵です。

 難敵であることは間違いないでしょう。

 ですが……大悟よりは確実に弱い』

 

「あったりまえや、私らのうっしーがあんな一山いくらの冥闘士(スペクター)より弱いわけあらへん」

 

『ならば、このくらい凌駕して見せなければ釣り合いませんよ、我が主』

 

「わかっとるって!」

 

 言って、はやては刃のように鋭い触手を弾くと同時に、その触手たちを避けながらエンプレスの懐へと飛び込むとその十字の杖に魔力と小宇宙(コスモ)をありったけ叩き込む。そして、その杖を振り下ろした。

 

「サザンクロス・サンダーボルト!!」

 

 それは南十字星座(サザンクロス)の最大級奥義。十字の形に限界まで圧縮した凍気を相手に放つ技である。本来は小宇宙(コスモ)のみによって凍気を作り出す技なのだが、はやては魔力によって小宇宙(コスモ)の不足分を補い、完成に至らせたのだ。

 ちなみに命名者の大悟に「氷なのになんでサンダーボルト?」という質問をはやてがしたところ、「伝説の聖闘士(セイント)だって凍気の技に『オーロラサンダーアタック』って名付けてるからこの名前でいいんだ」と、よく分からない命名の理由を聞かされたことも記憶に新しい。

 その性質上、単一目標に対する攻撃だが現段階でのはやての最大攻撃力を誇る『サザンクロス・サンダーボルト』の温度は、何とマイナス180度。青銅聖衣(ブロンズクロス)を破壊可能なレベルであった。

 

 

ドゥン!!

 

 

「わぁぁぁ!?」

 

 『サザンクロス・サンダーボルト』の直撃を胸に受けたエンプレスは吹き飛ばされ、空中で体勢を立て直し着地する。その冥衣(サープリス)のブレストパーツには十字の傷が刻まれていた。

 

「この……私の冥衣(サープリス)に傷を!

 絶対、絶対許さない! 身体を切り刻んで、首を落として殺すぅぅ!!」

 

 激昂するエンプレスを前に降り立ったはやては、杖を持っていない左手をクイクイと動かし、挑発しながら言った。

 

「来ぃ、私が全力で相手したる!!」

 

「死ね死ね死ね死ねぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 氷の十字と断頭台の妖花の戦いは、雪のバトルフィールドを溶かす勢いでヒートアップしていった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ぐっ……!?」

 

 シュウトは対峙するその相手に、薔薇を構えているがその額には汗が伝う。

 周辺の温度は雪の大地とは思えないほどの高温だが、額の汗は決してその温度のせいではない。

 

(ここまで相性が悪いなんて……)

 

 シュウトは目の前の相手、天暴星ベヌウの輝火と自分との相性の悪さを思い知っていた。シュウトの神髄とも言えるものは薔薇を使った各種毒攻撃である。だが、その肝心の薔薇が高熱のせいで相手に届くまでの間に燃えてしまうのだ。無論、シュウトの薔薇は普通の薔薇とは違いシュウトの小宇宙(コスモ)の凝縮体とも言えるものだから耐熱性だって普通の薔薇とは桁が違う。だがその耐熱性をさらに上回る熱量を放つ輝火の前には、放つ先から燃えて行ってしまっていた。

 ならば別の方法で、とクリムゾン・ソーンを放ってみても超高濃度の小宇宙(コスモ)の凝縮体であるシュウトの血の針ですら蒸発してしまう。空気中に毒の香気を漂わせてみてもそれすら焼き尽くされる。まさに八方ふさがりである。

 だが、そんなことで『どうしようもありませんでした』などという結論は許されない。最大の戦力であるシュウトたち黄金聖闘士(ゴールドセイント)の投入はまさに切り札だ。その切り札に敗北は許されない。

 

「ふぅ……」

 

 シュウトは一つ深呼吸をすると腰を落として拳を握った。

 

「ほぅ……俺を相手に格闘戦をしかけるつもりか?」

 

「薔薇が効かない以上、この拳で砕くしか手はないでしょう」

 

 言ってシュウトは距離を詰めると格闘戦を開始するが、それはあまりに不利な戦いだった。魚座(ピスケス)は薔薇だけの星座ではなく、格闘戦ができないわけではない。だが、それはあくまで『出来なくはない』ということで、大得意というわけではないのだ。

 対して、ベヌウの輝火は冥闘士(スペクター)最速とも言える戦闘速度を持ち、なおかつ格闘戦に秀でたあの天秤座(ライブラ)の童虎と激戦を繰り広げた相手である。格闘戦は得意中の得意だった。

 

「ぐっ!?」

 

 案の定、シュウトの拳はことごとく防がれ、そのたびに反撃の拳がシュウトに叩き込まれる。2発3発と叩き込まれる拳の衝撃は聖衣(クロス)を突き抜け、シュウトの臓腑に響く。だが、そんな圧倒的に不利な状況下でシュウトは笑った。

 

「何?」

 

 気が付けば、輝火の回りには幾重にも白薔薇の陣が敷かれている。

 

「いけぇ、ブラッディローズ!!」

 

「ふん、無駄なことを!」

 

 シュウトはその白薔薇すべてを一気に輝火へと放つが、輝火の黒い炎がその白薔薇を一つ残らず燃やし尽くした。しかし、シュウトの狙いはブラッディローズではなかった。

 

「やぁぁぁ!!」

 

 黒い炎の壁を突っ切り、シュウトが輝火へ迫る。そして、シュウトはその右拳を輝火の顔面に向けて放った。

 

「……ぐ」

 

「……なるほどな」

 

 しかし、その不意打ち同然の拳すら右の手首を掴まれ防がれてしまった。そのシュウトの右拳には紅い薔薇が握りこまれている。

 ブラッディローズを囮に、握りこんだデモンローズを直接突き刺すというシュウトの策は見事に防がれてしまったのだ。

 

「毒による一発逆転狙いとは……なかなか油断のできないしたたかな男だな」

 

「お褒めに預かり光栄ですよ!」

 

 皮肉と共にシュウトは右の蹴りを放って距離を離すが、奇襲すらも防がれてしまったとなれば本格的に打つ手が無くなる。

 

(どうする? こうなればゴールデンローズストリームを使うか?

 でもあの戦闘速度じゃ、発動前に破られる!)

 

 そう思い悩むシュウトをよそに、輝火は言い放つ。

 

「……ここまでだな。

 次の一撃で決してやろう、魚座(ピスケス)……」

 

 その言葉と共に膨れ上がる輝火の小宇宙(コスモ)に、シュウトはゾクリと悪寒が走る。輝火の腕に黒い炎が生まれ、それは球体となって浮遊する。その熱量はまるで小さな太陽、雪が解けるだけでなく、付近の針葉樹が燃え始めた。

 これぞ天暴星ベヌウの輝火の奥義!

 

「受けろ、コロナブラスト!!」

 

 超高温の黒い火球がシュウトに向けて放たれる。

 

「!? プロテクトローズ!!」

 

 瞬間的に黄薔薇の壁が現れるが、それは太陽を薄紙で防ぐようなものだ。

 

「う、うわぁぁぁぁぁ!!」

 

 襲い来る黒い熱波に、シュウトの声が木霊した……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「はぁはぁ……」

 

「ふふふ……どうしましたか、随分とお疲れの様子ですが?」

 

 シャウラは指を構えながらも肩で息をする。対する天貴星グリフォンのミーノスは涼しい顔で嗤いながら、その手を動かす。

 

「くっ!? スカーレットニードル!!」

 

 それに即座に反応したシャウラはスカーレットニードルを放つ。放たれた閃光は、ミーノスのコズミックマリオネーションの糸を断ち切った。

 そんなシャウラの様子に、ミーノスはパチパチと手を叩く。

 

「お見事!

 さすがは聖域(サンクチュアリ)でも随一の精度を誇るという蠍座(スコーピオン)の紅い閃光ですね。

 私のコズミックマリオネーションの糸がこうもことごとく迎撃されるとは思ってもみませんでした。

 しかし……解せませんね。 何故、その自慢の閃光を私に打ち込んでこないのですか?」

 

 ミーノスの言う通り、シャウラのスカーレットニードルは未だに一発もミーノスへは撃ち込まれていなかったのだ。

 そんなミーノスは数瞬の間何事かを考えると、得心したように頷いた。

 

「なるほど、あなたはお優しいことに敵である私も傷つけたくないということですか」

 

「……」

 

 その言葉に、シャウラは答えられなかった。コズミックマリオネーションの糸の迎撃に全力を傾けていたこともあるが、ミーノスの言う通りどこかで人を傷つけることに抵抗があったのも事実だったからだ。

 そんなシャウラを見ながら、ミーノスは楽しそうに笑う。

 

「いやいや、これで納得しましたよ。 私があなたに興味があった理由がね。

 蠍座(スコーピオン)、あなたは私によく似ているのですよ」

 

「一体何を……!? 僕はそんなことは……!!」

 

 残忍な冥闘士(スペクター)であるミーノスと似ていると言われ、温厚なシャウラも思わず声を荒げるが続くミーノスの言葉に、シャウラは言葉を失った。

 

「いいえ、私たちは似ていますよ。人を意のままに操ることを好むという点においてね。

 私はこの糸によって相手を傀儡にし、相手の命さえ意のままに操ることを好みます。

あなたはどうですか?

 その紅い閃光によって降伏を、屈服を相手に迫る。

 痛みと恐怖によって相手の意志を捻じ曲げて、あなたの望むままに操っているのです。

 私の糸とあなたの閃光……この2つにどんな違いがあるというのですか?」

 

「……」

 

 その言葉に、シャウラは答える言葉を持たない。確かに、ミーノスの言うことには一理ある。そしてシャウラの人をできることなら傷つけたくないという思いから、できる限り戦いを回避し、慈悲深い技と言われる『スカーレットニードル』や『リフトリクション』によって相手に降伏を促してきた。だがそれは言ってみれば相手の意志を力尽くで捻じ曲げ操る行為だったのではないだろうか?

 そんなシャウラにミーノスは天使のように優しく、悪魔のように甘く囁く。

 

「それでいいのです。

 操ろうが捻じ曲げようが思いのまま、屈するしかない力ないものが悪いのですよ」

 

「それは違うよ!?」

 

「違いませんよ。

 力あるものは、力なきものを自由にする権利を有しているのです。

 そう、このようにね!!」

 

「っ!!?」

 

 ミーノスの言葉に動揺していたシャウラは、いつの間にか自身に放たれていたコズミックマリオネーションの糸を見落としていたのだ。その極細の小宇宙(コスモ)の糸はシャウラの左腕に絡みつく。そして……。

 

 

ボギン!!

 

 

 骨を砕く鈍い音が響いた。

 

「っっっっっっ!!?」

 

 シャウラが声にならない悲鳴を上げると同時に、スカーレットニードルを放ちその糸を断ち切っていた。

 

「う……くぅ……」

 

 骨を砕かれダランと垂れる左腕を押さえながらも、シャウラの目はミーノスを見つめる。

 

「ふふふ……ゾクゾクしますね。 そのあなたを傀儡にして自由にできるその瞬間!

 力あるものの特権を行使できる瞬間が!」

 

 ミーノスの嗤いにシャウラは再び右の人差し指を構えるが、心の動揺はその揺れる指先が物語っていたのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「うおぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 大悟の身体が宙を舞い、頭から叩きつけられる。

 

「ぐっ!?」

 

 即座に身を起こす大悟だが、それと同時にバッと横へ大きく飛んだ。さっきまで大悟が倒れていた場所にラダマンティスのかかとが突き刺さり、大地が陥没する。そのまま大悟への追撃のために迫るラダマンティスに、大悟は小宇宙(コスモ)を爆発させた。

 

「グレイティスト・ホーン!!」

 

「ぐぅ!!」

 

 大悟を中心として黄金の衝撃が駆け巡り、ラダマンティスが吹き飛ばされるが空中で体勢を立て直すと着地する。その姿にダメージはほとんどなく、大悟へと視線を向けゆっくりと歩いてくるその様子は、すべてを前進制圧し侵略するまさに竜の歩みだ。

 

「さすがは冥界三巨頭の1人……その名に恥じない凄まじい強さだ」

 

 体勢を立て直しながらの大悟の言葉に、ラダマンティスはさも当然として言い放つ。

 

「当然よ!

 貴様ら聖闘士(セイント)などに遅れを取ることなど冥界三巨頭に、いや冥闘士(スペクター)としてあってはならぬ!!

 すべてを俺に任せてもらえれば貴様ら聖域(サンクチュアリ)など俺1人で十分、聖戦などすぐにでも終わらせてくれるわ!!」

 

 言葉の1つ1つが咆哮となり、大気がビリビリと震える。

 

「近所迷惑な大声を……。

 だが、俺たちの聖域(サンクチュアリ)をたった1人で蹂躙できるなど、冗談にしてもいささか面白くないな。

 俺は不確かなものは好かん。 同じようにお前の妄言は聞くに堪えない」

 

「ほう……妄言というか?

 貴様ら軟弱な聖闘士(セイント)如きが、この俺の言葉を、妄言などとぬかすか!!」

 

 同時に高まっていくラダマンティスの小宇宙(コスモ)の強大さに、大悟も自身の小宇宙(コスモ)を最大にまで高め、最大の攻撃の準備に入った。そして、高まる小宇宙(コスモ)同士が解き放たれる。

 

「タイタンズ・ノヴァ!!」

 

「グレイテストコーション!!」

 

 片や大地を砕くエネルギーの奔流、片やすべてを灰燼に帰す竜の咆哮。

 その2つのぶつかり合いの結果は……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

ズドン! ズドン! ズドン!!

 

 

 積もる白い雪が衝撃で舞い上がっていく。

 白い雪の世界で、白と黒が交錯していた。

 

「オオオオオオォォォォ!!!」

 

 黒……冥衣(サープリス)を纏った冥闘士(スペクター)の1人、バイオレートはまるで荒れ狂う暴風のようだ。

 

「くっ!?」

 

『マスター、距離を!』

 

 対する白……楯座聖衣(スキュータムクロス)を装着したなのはは、その魔力と小宇宙(コスモ)を集中させ、その暴風を前に回避と防御を繰り返す。

 なのははレイジングハートの指示通り『フラッシュムーブ』を多用し、瞬間的な加速を繰り返しながら何とか距離を取って空中へと逃れようとする。

 

「甘い!!」

 

 バイオレートが大地を蹴った。その様はまるで撃ち放たれた砲弾、その重すぎる一撃がなのはへと迫る。

 

「パーフェクトスクエア!!」

 

 完全に回避は不可能と見たなのはが最大級の防御魔法を発動させるが、バイオレートの拳はなのはの発生させた光の盾を僅かな時間で打ち砕く。だがその僅かな時間こそ、なのはの欲していたものだ。

 最初からパーフェクトスクエアを破られることを考慮していたなのははその一瞬でロールしながらバイオレートを回避すると、至近距離から魔力と小宇宙(コスモ)を爆発させる。

 

「ディバインバスター!!」

 

 なのはの放つ桃色の光は、バイオレートへと突き刺さり爆発が巻き起こった。

 だがバイオレートはガードの体勢のまま雪の平原を滑るように着地、空のなのはを全く変わらない鋭い視線で見続ける。その様子に、なのはの背筋をツゥっと冷たい汗が流れた。

 

(この人……ものすごく強い!?)

 

 感じ取れる小宇宙(コスモ)で最初からバイオレートが強大な敵……現段階の自分より強いだろうことは分かっていた。

 

(これが冥王ハーデスの戦士……冥闘士(スペクター)!?)

 

 戦闘能力はどれもこれもが桁違い。特にパワーなど、あのしなやかな抜群のスタイルの女性のどこにあるのか理解不能なレベルのものを持っていた。

 聖闘士(セイント)に勝るとも劣らないその戦闘能力に、なのはは戦慄を隠せない。しかし、なのはは臆することなくレイジングハートを構える。

 

冥闘士(スペクター)が強いってことは最初から分かってたの。

 だったら、このぐらいで驚いてなんていられない!)

 

 戦いとは、総合的な戦力が高い方が勝つのではない。戦力の違いは戦術によって覆すことも可能だ。今までの戦闘から、なのははバイオレートが完全な『飛行』はできないことに気付いていた。できても精々が小宇宙(コスモ)による『浮遊』止まりと読んだなのはは空中を駆けまわりながらディバインバスターを連射するが、バイオレートはそのことごとくを避け、あるいは冥衣(サープリス)で防ぎ、隙あらば跳びあがってなのはに肉薄して格闘戦を仕掛けようとしてくる。

 

「くっ!?」

 

 バイオレートの拳をギリギリのところで避けたなのはは、アクセルシューターを放てる限り叩きこむがそのことごとくがバイオレートの冥衣(サープリス)によって防がれてしまい、決定打には程遠かった。

 

「ものすごい強度……こっちの聖衣(クロス)と同等かそれ以上の防御力だ」

 

『あの装甲を抜くには中距離以遠からの砲撃ではほとんど不可能に近いです』

 

「それじゃ、近接距離からの一点突破しかないかな」

 

 そうレイジングハートに答えてから、なのははチラリと目だけを動かし視界隅のカウンターを見る。それは刻一刻と時を刻む、聖衣全展開(クロスフルオープン)モードの限界時間までのカウントダウンだ。

 小宇宙(コスモ)を高める修行は続けている3人娘だが、未だになのはたちは自分たちの小宇宙(コスモ)だけで聖衣(クロス)の全展開状態を維持することはできない。どうしても小宇宙(コスモ)のバッテリーである黄金の腕輪のサポートが必要である。だが、目の前のバイオレートに対して聖衣(クロス)全展開状態以外で挑むのはあまりに無謀だ。だからこそ、なのはにはあまり時間が無い。

 なのはは強引にでも勝負を決するべく、近接距離での全力砲撃を決意する。それに応えるように、バイオレートも腰を落として構える。

 

「噂よりやるようだな、高町なのは……だが、その程度では私には及ばない」

 

「あなたも凄く強いけど、自信が過ぎると思うの。

 私だって……聖衣(クロス)を纏う者なの!」

 

「ふん……言っておくが蟹座(キャンサー)黄金聖闘士(ゴールドセイント)を待っているなら無駄だぞ。

 奴の元にはアイアコス様が向かった。今頃無残な屍をさらしている頃だろう」

 

 バイオレートの言葉を、なのははフンっと鼻で笑い飛ばす。

 

「それが誰かは知らないけど、快人くんはどんな相手だろうと負けたりなんかしないの。

 私はそれをずっと見てきたんだもの!」

 

 なのはの瞳にあるのは幼馴染への揺るがぬ信頼だ。

 

「大層な信頼だな。

 だがアイアコス様には敵うはずはない」

 

 バイオレートの瞳も決して揺るがない。それは隷属から来る忠誠からか、それとも別の大いなる何かか……とにかく、バイオレートもアイアコスへの絶対的な信頼を持って答える。

 

「はぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「やぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 バイオレートが拳を振り上げ、なのははレイジングハートを槍のように構えて接近する。

 交錯する白と黒の女たちは、雪の世界に火花を散らし合う。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 一方、そんななのはとバイオレートの信頼を一身に受ける快人とアイアコスの戦いはというと……。

 

「ぐっ……!」

 

「どうした蟹座(キャンサー)、その程度か?」

 

 血を流す快人が、大地に片膝を付いていた。相対するアイアコスの方には目立った外傷はなく、皮肉げな表情で嗤う。

 初撃で受けたガルーダフラップのダメージもあるが、その後の快人とアイアコスの戦いは一方的なものだった。光速戦闘での打ち合いでも、格闘戦における技巧に優れたあの快人がほとんど反撃もできずにその拳をまともに受けてしまっていたのである。

 

(バカな……。なんだってこんなに圧倒されてるんだよ!?)

 

 快人はアイアコスから視線を外すことなく、その胸中で理解できない今の状況に疑問を投げかける。

 聖闘士(セイント)冥闘士(スペクター)の戦いは、常にどれだけ小宇宙(コスモ)を高め、燃焼できるかにかかっている。そういう意味で言うなら、実は快人とアイアコスとの間にそれほどの差はない。身体能力に関してもスピード・パワー・テクニックともにそれほど目立った差はなく、言ってみれば互角の実力者同士なのだ。だというのに結果はこれである。快人にはその理由が分からなかった。

 

(チィ……早くこいつをどうにかしてなのはの所に行かないと……)

 

 チラリとなのはの小宇宙(コスモ)の感じる方を快人は見た。なのはの小宇宙(コスモ)はすでに戦闘状態、対するバイオレートの小宇宙(コスモ)も膨れ上がっており激戦が予想される。だが、バイオレートには時間制限はないが、なのはには聖衣(クロス)全展開の限界時間という枷が存在する。ただでさえ強力なバイオレートに制限時間付きの戦いだ。なのはが苦戦を強いられていることは間違いなかった。

 そんな快人の様子に気付いているアイアコスは笑いながら言う。

 

「どうやら向こうが気になって仕方ないようだな。

 そんなに俺の『片翼』が、白銀の楯を砕くところを見たいのか?」

 

「ああ、ぜひとも見たいね。

 なのはがイノシシ女をこんがり肉に変えるところをな」

 

「俺の『片翼』を『イノシシ』呼ばわりとはな。

 よくまだそれだけの軽口が叩けるものだ」

 

 特に気にした風もなくアイアコスは言い放つ。

 

「しかし俺も間近で見たくはある。

 どうやら丁度、フィナーレのようだしな」

 

 その時快人はそれを感じ取り、戦闘中だということも忘れてその方向へと振り返った。

 

「なのはぁ!!?」

 

 快人は感じた。高まった2つの小宇宙(コスモ)の1つが急速に小さくなっていく。そしてその小さくなっていく小宇宙(コスモ)は間違いない、なのはのものだった。

 

「どうやら決着のようだ。

 ではそろそろ、舞台の主演を迎えに行くとするか……」

 

「!!?」

 

 快人は振り向きざまに、高めた小宇宙(コスモ)を一気に解き放つ。

 

積尸気鬼蒼焰(せきしききそうえん)!!」

 

「スレーンドラジット!!」

 

 不意打ち気味に放たれた快人の青い炎を、読んでいたかのようにアイアコスのカルラ炎が迎え撃つ。中空でぶつかり合う2つの炎は、一瞬の拮抗ののち爆発した。

 そして、爆炎が晴れたその先には快人の姿はない。

 

「舞台の主演を迎えに行ったか……せっかちなものだ」

 

 苦笑すら見て取れる笑みと共に肩を竦め、アイアコスも快人と同じ場所へと向かい始める……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 バイオレートとの戦闘の末、なのはが異常に気付いた時には遅かった。

 

「身体が……動かない!?」

 

 まるで目に見えない誰かに押さえつけられているように、なのはの身動きが取れなくなる。その様子に、バイオレートはその形の整った唇を歪めた。

 

「ふん、私を力だけの女だと思ったら大間違いだ」

 

 見れば、バイオレートから伸びる影がなのはの足元まで伸びている。

 

(バインドのような捕縛技!?)

 

 すぐにそれに思い至り振りほどこうと小宇宙(コスモ)を込めるが、身体はまるで動いてくれない。そんななのはへ渾身の一撃を振るうためバイオレートは最大にまで小宇宙(コスモ)を燃焼させる。

 

「これで終わりだ!!」

 

 踏み込むバイオレート。その拳の狙いはなのはの心の臓だ。

 迫り来る『死』、だが『生』を諦めぬ不屈の心はその状況下でも起死回生の一手を模索する。その主の心に動かされたようにレイジングハートは己の判断で動いていた。

 

『アクセルシューター、ゲル・バインド、シュート!』

 

 レイジングハートの判断でなのはの魔法が発動する。なのは本人が動けなくても、射出した魔法は自由に動くことが可能だ。突進するバイオレートにアクセルシューターが全弾直撃し、そのスピードが落ちる。さらにゲル・バインドという吸着する魔法の重りがそのスピードをさらに下げた。

 だが、バイオレートの動きは止まらない。必殺の意志を持ってその拳を握り突進する。未だなのはは動けないが今の攻撃のおかげでバイオレートの集中力が切れたのか、腕の一本くらいならば動かせる。だからなのはは自身の小宇宙(コスモ)を全開にし、左腕の楯を構えて防御の道を選んだ。

 

「パーフェクト・スクウェア!!」

 

 光の楯は小さく限界まで圧縮しその防御力を最大まで上げると、まるで楯座聖衣(スキュータムクロス)の楯をコーティングするように展開された。そして、ついにバイオレートの拳となのはの楯がぶつかり合う。

 

「あっ……」

 

 その様子は、まるでスローモーションのようにゆっくりとなのはには映った。

 第一層、バイオレートの拳が限界まで圧縮展開された『パーフェクト・スクウェア』を破る。

 第二層、白銀聖衣(シルバークロス)最大硬度を誇ると言われる楯座聖衣(スキュータムクロス)の楯とバイオレートの拳がぶつかり合い、楯に蜘蛛の巣状のヒビが入ったかと思うと楯を貫き、なのはの左腕を上へと弾き飛ばす。

 第三層、なのはの胸部を守る楯座聖衣(スキュータムクロス)のブレストパーツに吸い込まれたバイオレートの拳はそのまま聖衣(クロス)をゆっくりと、だが確実に砕き貫いた。

 

「かはっ!?」

 

 なのはが息と共に吐き出した血がバイオレートの顔へと掛り、その血化粧の中勝利を確信したバイオレートはニヤリと笑みを漏らす。

 だが、なのはの開かれたその口はすぐに歯を食いしばるように閉じられた。そして、なのははバイオレートが勝利を確信したのと同時に動けるようになった右手に握ったレイジングハートを、突き刺す勢いでバイオレートの胸へと叩きつける。

 そして自身の残されたすべてを吐き出すように叫んだ。

 

「スターライト……ブレイカァァァァーーーー!!!」

 

「!!?」

 

 ゼロ距離から放たれたなのは必殺の極光は大地を抉り、その極光はバイオレートを包み込んだ。

 なのははその閃光の跡に、歪む視界を向ける。

 なのはの胸を守る楯座聖衣(スキュータムクロス)のブレストパーツはバイオレートの拳によって穴が開いていたが、なのはの身体はバイオレートの拳で貫かれてはいなかった。なのはの命を救ったもの……それは『魔法』である。バイオレートの拳は楯座聖衣(スキュータムクロス)の下、バリアジャケットによって止まっていたのだ。

 アクセルシューターとゲル・バインドによってバイオレートの勢いが幾分抑えられたこと、『パーフェクト・スクウェア』に楯座聖衣(スキュータムクロス)の楯とブレストパーツにバリアジャケットという、魔法と聖衣(クロス)の4重装甲がバイオレートの拳をギリギリで止めたのだ。

 もしもなのはが純粋な聖闘士(セイント)であったなら、楯座聖衣(スキュータムクロス)の楯とブレストパーツを破られた時点で、心の臓を貫かれて絶命していただろう。

 もしもなのはが純粋な魔導士であったなら、開戦と同時にバイオレートの拳に貫かれていただろう。

 ここに来て、なのはが『聖闘士(セイント)』と『魔導士』の双方の特性をもつ『魔法聖闘士(マジックセイント)』であることがその命を救ったのだ。

 

「かは……」

 

 だがそれでもバイオレートの拳の威力は強大だった。衝撃と共に叩き込まれた小宇宙(コスモ)はなのはの臓腑を深く傷つけている。

 襲い来る激痛の中、それでも決着を確認するために目を凝らすなのははその視界の先に、なびく黒い髪を見た。

 

「今の一撃は……なかなかだった」

 

 ヘッドマスクの吹き飛んだバイオレートは、頭から血を流しながらもしっかりと2本の足で立っていた。

 その姿に、なのはは自分の敗北を悟った。

 糸が切れたかのように、なのはの膝が折れる。同時に小宇宙(コスモ)の供給がストップした楯座聖衣(スキュータムクロス)をレイジングハートが強制転送、即座に戦闘モードから生命維持モードへとレイジングハートが状況変化させる。

 そのまま雪の大地にうつ伏せで倒れこむなのはだが、その身体を受け止めるものがあった。

 なのはがうっすらと目を開けると……。

 

「なのは! しっかりしろ、なのは!!

 頼む、目を開けてくれ!!」

 

「快人……くん……?」

 

「待ってろ、今すぐ真央点を!!」

 

 快人がなのはの真央点を付くと、なのはの出血が引いていく。その治療中、まるで泣きそうな顔の快人を安心させたくて、なのははその血まみれの手で快人の頬を触りながらか息も絶え絶えにか細い声を出す。

 

「だい……じょう……ぶだか……ら……」

 

「バカ! しゃべるんじゃねぇ!!」

 

 快人が一括と共になのはを抱きかかえながら、頬に触れるその手を握る。

 そんな2人の元にパチパチと拍手が響いた。

 

「さすがは俺の片翼、見事な白銀の血華だった」

 

「あ、アイアコス様……」

 

 即座に礼を取ろうとするバイオレートをアイアコスは手で制する。そして、なのはを抱きしめながら怒りの視線を送り続ける快人を見た。

 

蟹座(キャンサー)、なかなかにいい女ではないか。

 白い服に血の赤が俺好みのコーディネイト、センスがいい。

 いや、この場合センスがいいのはバイオレートか……」

 

「てめぇ……」

 

 快人の今にも爆発しそうな怒りと小宇宙(コスモ)は、右手に蒼い炎を宿らせる。だが、アイアコスはそれを気にした様子もなく話を続けた。

 

「しかもタイミングもぴったりだ。

 お披露目会のな」

 

 アイアコスのその言葉と共に、大地が揺れ始める。

 

「な、何だ!?」

 

 驚く快人に、アイアコスは大仰に両手を広げて言い放つ。

 

「さぁ、見るがいい!

 この俺の翼をな!!」

 

 その言葉と共に、山を砕いて中から何かが現れる。

 それは……。

 

「戦艦だと!?」

 

 それは黒い次元航行艦だった。鋭角的なフォルムをしており、アースラよりも一回りは大きい。その艦首には、まるで古代の帆船のように鳥をかたどった装飾が為されている。

 

「そうよ、これこそ俺の船、『ガルーダ』だ!!」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 謎の攻撃を受け続けていたアースラでも、その黒い次元航行艦は確認されていた。

 

「エイミィ! すぐにあの不明艦の艦種の割り出しを!!」

 

「もうやってます!!」

 

 リンディの指示より早く、エイミィが目にも止まらぬ速さでコンソールを叩き続ける。そして、ウィンドウには1つのデータが映し出された。そのデータを前に、エイミィが絶句する。

 

「嘘……これ……『G級次元航行艦船』!?

 何でこんなものがここに!!?」

 

 『G級次元航行艦船』――それは時空管理局の次期主力艦船に『なるかもしれなかった』艦種である。

 時空管理局の活動範囲の拡大・任務の多様化に、現在の主力艦種であるアースラを始めとする『L級次元航行艦船』では、対応能力に限界が来ていた。

 そこで時空管理局の次期主力艦船を開発することになったのだが、その際、最後まで残った候補が『XV級次元航行艦船』と『G級次元航行艦船』の2艦種である。そして最終的に次期主力艦船として決定したのは『XV級次元航行艦船』であった。

 だが、『G級次元航行艦船』は決して性能で劣っていたのではない。様々な新機軸の理論を積極的に導入した『G級次元航行艦船』は、むしろほぼすべての面で『XV級次元航行艦船』に勝っていたのだ。

 圧倒的な速力に高度なステルス能力、さらに対大型ロストロギアなどのための魔導砲の砲打撃力……『XV級次元航行艦船』が『G級次元航行艦船』より勝っていたのはただ1点と言ってもいい。だが、そのただ1点が『XV級次元航行艦船』を次期主力艦船に押し上げた。

 それは『コスト』である。数々の新機軸の理論を積極的に導入した『G級次元航行艦船』はほぼすべてが新たにデザインされた新品、現在の『L級次元航行艦船』との部品共有率はなんと10%にも満たない。『G級次元航行艦船』を次期主力艦船にした場合、整備ドッグから部品供給工場まで、何から何までを一新する必要がある。対して『XV級次元航行艦船』の基本構造は『L級次元航行艦船』とあまり変わらず、その部品共有率は90%オーバー。投資額に莫大な差が出ることは明らかだった。そのため、次期主力艦船の選考に敗れた『G級次元航行艦船』はその試作艦2隻が建造されたに留まり、その2隻も解体処分となっていたはずなのだが……そのうちの1隻が今、目の前にある。

 

 この後、冥闘士(スペクター)の移動拠点として聖域(サンクチュアリ)と管理局を苦しめる『G級次元航行艦船ガルーダ』はその姿を衆人の前にさらしたのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 彼方に現れた黒い次元航行艦船から、閃光を発する信号弾が発射された。

 その光を見たレンカはフェイトへと向けた鎌を降ろす。

 

「出航時間のようですわ。

 今日はここまでにしましょう、お姉さま」

 

「ま、待って!?」

 

 去っていこうとするレンカを、フェイトは思わず呼び止めるが、レンカは肩越しに振り返って笑顔と共に言った。

 

「そんなにさびしそうにしなくても、また必ず会えますわ。

 最も、お姉さまが出会うのは『プロジェクトF』で生み出されたほかの兄弟姉妹かもしれませんけど。

 ではお姉さま、またこの『世界』のどこかの戦場でお会いしましょう……」

 

 それだけ言い終えると、レンカは黒い次元航行艦船へと高速で飛行していく。

 

「『プロジェクトF』……」

 

 フェイトはレンカの背中を見つめながら、自分を産み出した『プロジェクトF』について調べることを決意するのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 はやてと対峙するエンプレス。

 だがそのとき、現れた黒い次元航行艦船から閃光が発せられるのを見たカイザーはエンプレスの頭をポンと叩く。

 

「撤退信号だ。 退くぞ、エンプレス」

 

「えー、せっかくいいところなのに……」

 

「……我慢しろ。船に乗り遅れる」

 

 面白くなさそうに頬を膨らませる妹をカイザーとロードが宥めると、3人の冥闘士(スペクター)は宙に浮いた。

 そしてエンプレスははやての方を振り返り言い放つ。

 

「お前、絶対絶対次は殺すからね!!

 首切り落としてやるんだから!!」

 

 それだけ言い捨てると3人の冥闘士(スペクター)は黒い次元航行艦船へと向かって高速で飛んでいく。

 それを見届けると、はやてはへたり込むように座り込んだ。

 

「なんや、悪い子になったヴィータみたいなのやった」

 

「はやて、あんなのと一緒にしないでくれよ」

 

「あはは、それもそうやな。

 皆、無事かぁ?」

 

「主はやて、ヴォルケンリッター一同、欠員はありません。

 ですが……G型カートリッジは全弾消費、全員魔力もほぼ底をついています」

 

 そう報告するシグナムも膝が笑っている。限界ギリギリの戦闘だったのだろう。正直に言えば、退いてもらって助かったというところだ。

 

冥闘士(スペクター)……ほんま凄い相手やった……」

 

「ええ、あの強さには尊敬を超え畏怖を抱くほどです」

 

「せやけど……負けへん。

 次は必ず勝つで、私の騎士たち」

 

「無論です、我が主。

 必ずや、冥闘士(スペクター)を凌駕してみせましょう」

 

 シグナムからの答えを聞きながらはやては満足そうに頷き、空の彼方の黒い次元航行艦船を見るのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ぐ……うぅ……」

 

 シュウトはガクガクとダメージで震える膝で、それでもしっかりと立っていた。その両腕はダランと力なく垂れ下がり、ブスブスと嫌な臭いが立ち込めている。輝火のコロナブラストをガードした両腕は酷い火傷を負っており、感覚がほとんどない。だがそれでもシュウトは小宇宙(コスモ)を練り上げ、口に薔薇を咥えて戦う姿勢を見せる。

 その時、彼方に黒い次元航行艦船が現れ、空に閃光弾が発射されていた。

 

「……」

 

それを見た輝火は、シュウトに背を向け黒い次元航行艦船とは『逆の方向』にゆっくりと歩いていく。

 

「待て! どこへ行く!?」

 

「どこに行こうが俺の勝手よ」

 

 そう言ってシュウトに興味なさそうに去っていこうとする輝火は、一度だけ振り返った。

 

「俺のコロナブラストで燃え尽きなかったことは褒めてやる。

 だが、それだけだ。

 お前は……弱い」

 

 そう言い終わると、輝火は黒い羽根をはためかせ空へと消えていく。

 それを見送ったシュウトはガクリと膝を付くと、肩を震わせ、歯を食いしばる。シュウトを震わせるのは『悔しさ』だ。

 

「く、くそぉぉぉぉぉ!!!」

 

 完全な敗北の悔しさに、喉よ裂けよとばかりのシュウトの声は辺りに木霊したのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「おやおや、ここまでのようですね。

 折角の遊びの最中だというのに、パンドラ様も無粋なものです」

 

 彼方の黒い次元航行艦船からの閃光に気付いたミーノスは、やれやれといった感じで肩を竦めるとシャウラに背を向けた。そして、シャウラにさも楽しそうに尋ねる。

 

「背中を向けているというのに撃たないのですか?」

 

「……背中を向けて去っていく相手を、僕は撃てない」

 

「正々堂々とした、潔い態度ですね。

 しかし……」

 

 そこでミーノスは振り返るとさも楽しそうに言う。

 

「あなたの毒針は、いつ、誰になら撃てるのですかね?

 自分よりも弱いものの意志を捻じ曲げるときだけですか?」

 

「……」

 

 その言葉に、シャウラは何も答えられない。そのシャウラの様子に、ミーノスは満足げに頷くと今度こそ完全に背を向ける。

 

「まぁ、今回は見逃して差し上げますのでゆっくり考えてみてはどうですか、蠍座(スコーピオン)のシャウラ=ルイスくん?」

 

 そしてミーノスは優雅に去って行った。

 

「僕は……戦いたくない、傷つけたくないって思って……。

 でも……」

 

 シャウラの胸の中ではミーノスの言葉が、いつまでも繰り返されていた……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

キィィィィィン……。

 

 

 甲高い金属音と共に、クルクルと回転しながら何かが落ちてくる。

 それは黄金の角だ。大悟の纏う牡牛座聖衣(タウラスクロス)の左角が根元から折れて地面に落ちたのである。

 大悟必殺のタイタンズ・ノヴァはラダマンティスのグレイテストコーションによって力負けをしたのである。

 

「ぐっ……!?」

 

「トドメだ、牡牛座(タウラス)!!」

 

 小宇宙(コスモ)で押し負け、体勢を崩した大悟に留めとばかりに踏み込もうとするラダマンティスだが、その身体を彼方の黒い次元航行艦船からの閃光が照らす。

 

「くぅっ……!?」

 

 その光に気付いたラダマンティスは悔しそうに顔を歪めると、大きく飛び退いて距離を取った。

 

「……撤退せよとのパンドラ様からの命令だ。

 どのような命であれ、主の命には必ず従う……それが冥闘士(スペクター)であり冥界三巨頭としての義務だ。

 命拾いをしたな、牡牛座(タウラス)!!」

 

 吐き捨て、背を向けるラダマンティスは

 

「貴様を出航の時間までの殺せなかったのは、俺の失態!

 貴様は、俺が必ず殺す!!」

 

 そう言ってラダマンティスは飛び去って行った。

 

「これが……冥界三巨頭の実力か……」

 

 ガクリと膝を付く大悟。

 折れた牡牛座聖衣(タウラスクロス)の左角が、雪の明かりを反射して悲しそうに瞬いていた……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「どうだ、蟹座(キャンサー)

 俺の船を見た感想は?」

 

「へっ……悪趣味の塊だな。

 特に艦首のガルーダ像がダサい」

 

「せっかくお披露目会に招待してやったのだ、そこは俺を讃える言葉があってもいいと思うが?」

 

「んなもん、あるわけねぇだろ焼鳥野郎!」

 

 言って、快人は小宇宙(コスモ)を最大にまで高めるとそれを爆発させる。

 

積尸気蒼焔弾(せきしきそうえんだん)!!」

 

「アイアコス様!?」

 

 アイアコスに放たれた蒼い火球に、バイオレートがその前に立ちふさがるが火球は急上昇、アイアコスとバイオレートの真上で爆発すると無数の炎となって2人に降り注いだ。

 

「ふん、小賢しい!」

 

 アイアコスが羽根を翻すと、自身とバイオレートに降り注いでいた蒼い炎は跡形もなく消え去った。

 だが……。

 

「逃げた、か……」

 

 視界が開けた時、すでにそこに快人となのはの姿はなかった。快人にとって最も優先すべきはなのはの命だ。だから今の炎を目くらましに逃走に徹したのである。

 

「追いますか、アイアコス様?」

 

 バイオレートの言葉に、アイアコスは首を振る。

 

「いや、いい。

 なかなか面白いやつらのようだからな、今後の楽しみに取っておく。

 蟹座(キャンサー)もそれに……楯座(スキュータム)もな」

 

 言って、アイアコスはバイオレートのブレストパーツを触った。

 

「あ、アイアコス様! 何を……」

 

 突然のことにバイオレートの顔に若干朱が入るが、その表情はすぐに驚愕に変わった。

 ピシピシと嫌な音を立てて、バイオレートの冥衣(サープリス)のブレストパーツが砕け落ちたからだ。

 なのはの最後の『スターライト・ブレイカー』は、バイオレートの冥衣(サープリス)を砕いていたのである。

 

「くっ……」

 

 突然、アイアコスにアンダーだけの身体を晒されたバイオレートは、冥衣(サープリス)に隠されていたその身体の傷をとっさに隠そうとするが、アイアコスによってその手を掴まれて止められた。

 

「何故隠す必要がある?」

 

「しかし、こんな傷だらけの身体をアイアコス様には……」

 

 そのどこか恥じるようなバイオレートの言葉を、アイアコスは一笑の元に切り捨てる。

 

「どこに己が片翼を恥じる鳥がいる?

 この傷は何物にも止められぬ、力強き俺の『片翼』の証よ」

 

「アイアコス様……」

 

 アイアコスはバイオレートの腰を抱き寄せ抱え上げると、どこまでも傲慢でどこまでも魂に響く言葉でバイオレートへと言う。

 

「行くぞ、バイオレート! 出航の時間だ!!」

 

「はい、アイアコス様!」

 

 バイオレートの声には喜色が含まれている。それはアイアコスに対する隷属への悦びか、信頼への感謝か、はたまた別の何かか……。

 ただ確かなことは1つ……『今の快人となのはは、アイアコスとバイオレートには様々な意味で勝てなかった』ということだけだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 快人は血塗れのなのはを抱えながら小宇宙(コスモ)によってその身体能力を全開にして走り続ける。

 だが今日に限って光速にまで到達するその速度が、絶望的に遅く感じるのだ。

 

「くそったれ!!」

 

 思わず毒づく快人に、なのははうわごとのように「大丈夫だから」とか細い声で紡ぎ続けるが、快人の心は散々に乱れたままだ。

 そして、快人はやっと後方のパライストラの部隊へと合流を果たした。

 

「おい、なのはの! なのはの手当てを早く!!」

 

「か、快人さん。 その怪我は!?」

 

「うっせぇ、俺はどうでもいいから早くなのはの手当てをしやがれ!!」

 

 快人の怪我に目を丸くしたリュウセイ・コトブキだが、すぐに言われたとおりにサビク・アルハゲと共になのはの治療を開始した。

 

「なのは……」

 

 その様子を見つめる快人。

 そこにはパライストラの生徒の憧れた、最強の黄金聖闘士(ゴールドセイント)の姿はどこにもない。

 そこにあるのはただ幼馴染の無事を祈り、不安に顔を歪める1人の少年の姿だった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 この聖戦の初戦とも言われる『雪上会戦』は、聖域(サンクチュアリ)および管理局の完全な敗北で終わった。

 第一報を聞き終えたセージとハクレイも、流石に言葉を失うほどである。

 

「幸いにして死傷者は0……か」

 

「幸いでもなんでもあるまい。 これは……意図的に手を抜かれた結果だ」

 

 ハクレイは状況を分析し、そう吐き捨てる。

 聖域(サンクチュアリ)に所属している黄金聖闘士(ゴールドセイント)やなのはたちは強敵と戦い傷を負ったが、彼らがそこまで手傷を負う相手に管理局の魔導士の死者が0というのもおかしな話だ。だからこそ、今回冥闘士(スペクター)は、少なくとも管理局側に対して意図的に手を抜いていたと推測できる。

 その目的は……。

 

「管理局の聖域(サンクチュアリ)への不信を煽るためでしょうな……」

 

 セージはそう判断した。

 管理局は聖域(サンクチュアリ)のその強大な戦闘能力に、信頼とある種の恐怖感を抱いており、それが双方の協力の原動力になっていたとも言える。

 その戦闘能力に不信感を抱かせるのが目的ではないかと考えられた。実際、今回の事件に参加した魔導士たちから、聖域(サンクチュアリ)黄金聖闘士(ゴールドセイント)の敗北は噂として管理局を駆け巡っている。これが突き進めば聖域(サンクチュアリ)と管理局との関係にも問題は発生するし、下手をすれば冥闘士(スペクター)たちに付くものも出てくるだろう。

 いや……。

 

「管理局の一部はもう、冥闘士(スペクター)たちに付いているのだろう」

 

 今回姿を現した黒い次元航行艦船が、それを如実に物語っている。後の調査で、解体処分になった1隻の『G級次元航行艦船』の行方が分からなくなっており、それを組み立てたものだろうという結果をクロノが持ってきたが、結局は『誰がどうして』というのは謎のままだ。

 

「此度の冥王軍の幹部は頭が切れる。

 この広い次元世界で活動するための、組織力強化をもっとも考慮しているのだからな」

 

 そう言って、セージは教皇の座から立ち上がると、教皇のマスクを脱いで椅子に置いた。

 

「行先は病院でよいな?」

 

「無論ですよ、兄上。

 しばしお願いします」

 

 それだけ言うと、セージは教皇の間を後にしたのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

『よくやってくれた、パーラ』

 

「いいえ、これも冥闘士(スペクター)たちが優秀であるお蔭。

 それに『G級次元航行艦船』の提供に感謝していますわ」

 

 ここは管理局の闇、『最高評議会』。

 不気味な液体につかる3つの脳の前でパーラは微笑と共に言う。その横では、スーツ姿のラースが相変わらず不機嫌そうな顔で3つの脳を見つめていた。

 

「今回のことを知った反管理局を掲げるものたちが、どこから嗅ぎつけてきたのか我々への支援・共闘を表明しています」

 

『馬鹿な奴らよ、これが反管理局の者どもを纏め上げ、管理するための策とも知らずに』

 

 今回の事件は、『最高評議会』の世界秩序のための計画の一部だ。

 社会不安を煽る反管理局組織はそれこそいくらでもあるが、それを1つ潰してもまた新しい反管理局組織ができるだけだ。

 だからこそ、『最高評議会』はそれすらコントロールした秩序の構築を考えていた。それこそがパーラの連れてきた強力な私兵である。

 彼らの力を見せつけ、『もしかしたら彼らなら管理局を打倒できるのでは?』と夢を見せる。そして反管理局組織の合流・統率を行うのだ。

 正義の『管理局』と悪の『冥闘士(スペクター)』、そしてその双方のバランスを『最高評議会』が執る。

 管理された『悪』による適度な不安と、それを律する『正義』。それを意図的にコントロールすることで秩序を永遠のものとする……狂ってしまった『平和』への思いは、3つの脳にそんな壮大な夢を見せていた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「……パンドラ様」

 

「なんだ、ラダマンティス?」

 

 3つの脳との会見を終えた2人は、私室にて本当の名前を隠すことなく話をする。

 

「今まで何も申し上げませんでしたが、あえて言わせていただきたい。

 何故あんな醜い脳みそ共の話を聞くのですか!!

 あんなゴミどもは早々に消し去るべきでしょう!!」

 

 決して礼は失っていないが、それでもあふれる憤りを隠そうともすることなくラダマンティスはパンドラに詰め寄る。

 ラダマンティスとしては、あんなコキュートスに落とすことすら死を司るハーデスの品位を落とすと本気で思える、醜すぎる脳みそには嫌気がさしていた。

 パンドラから「やれ」の一言があれば、ラダマンティスは喜んで3つの脳を塵も残さず消滅させるだろう。だが、それはパンドラから固く禁じられている。

 パンドラはため息と共に、ラダマンティスを諭す。

 

「何度も言っているだろう。 この『世界』は広い。

 いずれこの『世界』すべてをハーデス様の望む世界に変えるには、どうしても『魔法』という力が必要なのだ。

 精々、存分に利用させてもらう。

 だが今は、利用価値のある今は奴らを消してはならない」

 

「それは……理解できますが……」

 

 そんなあくまで生真面目なラダマンティスにふっと笑うと、パンドラはハープのそばに座り奏で始める。

 

「お前が落ち着くよう、一曲奏でよう」

 

「……俺には音楽の良し悪しなど分かりません」

 

「分からずとも、ゆっくりと聞いているだけでよい」

 

 しばしの間、室内にはパンドラが奏でるハープの音が響く。その演奏を、ラダマンティスは言われるままに目を瞑り静かに聞き入る。

 そんな中、パンドラは思い出したように言った。

 

「そういえば……目覚めていながら、統率に従わない冥闘士(スペクター)がいるという話だが……」

 

「はい。

 今回も雪原にて、聖域(サンクチュアリ)聖闘士(セイント)と戦う、こちらでも掴んでいない冥闘士(スペクター)小宇宙(コスモ)がありました。

 それに奴らの船、アースラへの攻撃した小宇宙(コスモ)もこちらの知るものではありません」

 

「我らの意に従わぬ冥闘士(スペクター)か……」

 

「そんな裏切り者など、聖闘士(セイント)どもと共にこの俺が蹴散らして御覧に入れましょう」

 

「頼もしいかぎりだ、ラダマンティス」

 

 優しいハープの演奏と紅茶の香りが、しばし2人を包むのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 椅子に座ったタキシードの男がシルクハットをクルクルと指で弄ぶ。

 

「グルグルグルグル……白一色も黒一色も味気ない。

 やっぱりグルグル混ざったマーブルが一番いい……そう思わないかい、輝火の兄ちゃんよぉ」

 

 ポフリと芝居がかった調子でシルクハットを被ると男は、壁に背を預け腕を組む男……天暴星ベヌウの輝火へと話を振った。

 

「知らん」

 

「相変わらずの連れないお言葉だねぇ、輝火の兄ちゃんはよぉ。

 まぁ、言わなくても嫌いなのは分かってるさ。

 そうじゃなきゃ、一緒に居ないもんなぁ」

 

「……」

 

 男の言葉に、完全に無視を決め込んだ輝火は目を瞑って無言だ。

 そんな輝火に、男は肩を竦めると話を変える。

 

「そう言えばどんなもんだったよ、魚くんは?」

 

「……弱い。 今のままでは話にならん」

 

「おお、厳しいねぇ。 でもまぁ、『今のままなら』だろ?」

 

「……」

 

「まぁ、今どうこうできるほどとは思わんさ。 要は聖戦のときにどれだけできるかだからな」

 

「……そういうお前の方はどうだったんだ?」

 

「こっちかい?

 こっちはやっぱりなかなかのもんさ。 流石は双子座(ジェミニ)の天才様さね。

 俺のマーベラスルームをあれだけの精度で無効化してるんだからな。

 もっとも……あいつの力も使ったオールレンジのマーベラスルームには流石に苦労してたけど」

 

 その時、ガチャリと金属質な足音が響き、輝火と男はその方向に視線を向ける。

 そこに立っていたのは黒い鎧……冥衣(サープリス)を纏う少年だった。輝火はそれが誰か認めると興味がないように無言で視線を戻す。

 

「よう、戻ったかい弟くん」

 

 一方の男は、少年の肩を馴れ馴れしく叩く。そんな男に、少年はうっとおしそうに目を細めた。

 

「やめろ、うっとおしい」

 

「おいおい、同じ弟同士仲よくやろうや。

 この間だって、お前さんが空間操って俺がそこにマーベラスルームぶち込んで、いいコンビネーションだったじゃないか」

 

「すべて止められていたがな」

 

「おいおい、直撃させてほしかったのかい?

 それは……お前さんのやることだろ?」

 

「そうだ、やったらあんただろうが殺すぞ?」

 

 少年の言葉に、男はクツクツ笑うと、突然、大仰に腕を広げて語りだす。

 

「いいねぇ、いいねぇ。

 俺たちゃ演出家、この神のつくりたもうたクソ芝居を、面白おかしく混ぜ返すのがお仕事さ。

 さぁさぁさぁ、聖戦までの短い間に、聖闘士(セイント)にはクソ芝居にふさわしい踊るクソ人形になってもらわないとなぁ。

 ふふふ、こういう裏方仕事は楽しいぜ。

 ああ、楽しみ楽しみ。 聖戦が楽しみだぜ」

 

「そうだな」

 

 少年は男に曖昧にそれだけ返すとポツリと呟く。

 

「総司兄貴……」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 聖域(サンクチュアリ)の一角、ここには聖域(サンクチュアリ)の出資によって作られた病院がある。

 危険な修行の多い聖域(サンクチュアリ)、その生存性を高めるためということでシャマルの提言を元に作られたその病院は、設備に関してはミッドチルダの最高峰の医療設備を揃えていた。

 その手術室の前のベンチで快人とセージ、そして高町家の面々が手術室のランプを見つめている。

 その快人の左頬は赤く腫れていた。

 なのはは応急処置の後、転送ポートを経由し最速で聖域(サンクチュアリ)の病院へと移され緊急手術となった。バイオレートの拳と小宇宙(コスモ)は内臓器官に深刻なダメージを与えており、通常の外傷のように回復魔法ではどうにもならなかったのだ。

 なのは撃墜の報を聞かされた高町家の面々はすぐさま病院へとやってきた。そして快人の姿を認めた恭也は思い切り快人を殴りつけたのである。

 

「なんで……なんでなのはを守らなかった!!」

 

 慌てて他の高町家の面々が恭也を止めるが、恭也は止まらず快人はされるがままだった。

 

「!! 恭也ぁぁ!!」

 

 士郎が恭也を殴りつけ床に転がり、やっと恭也は静かになる。

 

「恭也、お前も戦いに身を置いているなら分かるだろう!

 快人くんがなのはが傷つくのを指をくわえて見ていたわけじゃない。

 むしろなのはのために的確な処置もしてくれているそうじゃないか。

 それを責めるとはどういうつもりだ!!」

 

「でも!!」

 

「恭ちゃん、もうやめて!!」

 

 言い返そうとする恭也を、美由希が泣きながら押さえる。

 そんな恭也に何事かを言おうとしていた士郎だが、快人が士郎を止めた。

 

「いいんです、おじさん。

 恭也さんの言う通り、俺はなのはを……守れなかった……」

 

 

 

 快人と高町家の面々は揃ってなのはの手術の終わりを待つ。

 そして、手術中のランプが消えて医師が出てきた。

 

「先生、なのはは! 娘はどうなんですか!?」

 

 士郎の言葉に、医師は息を一つ付くと同時に笑顔を作った。

 

「成功です。

 普通ならば歩行すら危ぶまれる大けがですが、聖闘士(セイント)の回復力はすごいですね。

 もう意識すら戻っていますよ。

 多少のリハビリは必要でしょうが、すぐに今まで通りの生活に戻れますよ」

 

「ああ……よかったぁ……!」

 

「お母さん!」

 

 その言葉に、安心で力が抜けたのか桃子が泣きながら倒れこみそうになり、それを美由希が慌てて支えた。

 士郎と恭也もホッと息を付いた。

 

「娘と話せますか?」

 

「5分ほどなら」

 

 その医師に案内され中に入った快人にセージ、そして高町家の面々はなのはと対面することになった。

 

「お父……さん……。お母……さん……」

 

「なのはぁ!!」

 

 未だ酸素マスクを着けたか細い声だが、意識ははっきりしているらしい。

 涙ながらに抱き着く母に目を細め、父や兄や姉を見やる。

 そしてなのはの視線がセージを見つけた。

 

「ごめんなさい、セージおじいさん。 私……負け……ちゃった……」

 

 その言葉に、セージは首を振るとなのはの髪を優しくなでる。

 

「本当の負けとは、何事もなせずにいることだ。

 なのは嬢には生きて、何かを為せる機会がまだある。 それを誰が負けと言おう?

 今は何も言わずに身体を休めなさい……」

 

「ん……」

 

 なのはは髪を撫でられ気持ちよさそうに目を細めて頷く。

 そして、今度は快人の方を見た。

 

「ありがとう、快人くん。助けて……くれて」

 

「……どこも助かってねぇじゃねぇか、バカ」

 

「ねぇ……レイジングハートと楯座(スキュータム)は?

 私を守って、2つともたくさん壊れちゃったの。

 お願い、直してあげて」

 

 なのはのその言葉に、快人はいつものなのはと話す声とは違う、冷たい声で言い放った。

 

「お前がもうそのことを気にする必要はねぇ」

 

「えっ……?」

 

 快人の言葉の意味が分からないなのはは、目を瞬かせる。そんななのはに、快人は言い放った。

 

「わかんねぇか? お前がもうそのどっちも持つ必要はねぇんだよ。

 お前……もう戦いやめろ」

 

 それだけ言い放った快人はダッと病室から出ていく。

 

「快人……くん……」

 

 その背中になのはは手を伸ばそうとするが、その手は届かない。

 なのははその背中に届かない手を、動かない身体を恨むことしかできなかった……。

 

 

 

 




というわけで聖域の大敗北でした。
魔法少女たちは結構いい勝負してますが、聖闘士側はもうボロボロです。
まぁ、ライバル同士の初戦はこのくらいの絶望感でいいでしょう。


次回は『聖域始動編』の最終話。
ズタボロの大敗北をへて間違った方向に動き始める蟹と、それを察知していた男との友情の大喧嘩。そしてなのはの想いについての予定。テーマは『愛』です。

次回もよろしくお願いします。



今週のΩ:迷言大量産の回でした。うーん、ロックンロール。
     「今の俺はロックに仕えている!」
     「俺の新しいサンクチュアリ!」
     このあたりはもう、今後の聖闘士星矢を語るうえで必ずネタにされそうです。

     というか忍者か聖闘士かで悩んでたやつが、ラジオでロック聞いて「俺の魂に火が付いた」とか言ってバンド活動……絶対スタッフは忍者ならどうやってもギャグになるから何やってもいいと思ってるだろ、これ!

     次回は体育座のエデンさん出陣。なんか棍棒振り回してますが……。
     とりあえず一緒に戦った仲間なんだからせめてエデンを探すフリくらいはしろよ、光牙……。
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