「プレシアさんがフェイトを呼び付けた?」
薔薇の世話をしながらその話をアルフから聞いたシュウトは、わずかに眉をひそめる。
「そうだよ、それも突然。
あのババア、いつもは研究が忙しいとかで籠りっきりなのにどういう風の吹き回しなんだか…」
そうアルフは吐き捨てるように言う。
その態度が、アルフのプレシアへの感情をよく表していた。
プレシア=テスタロッサ―――魔力Sランクオーバーの実力を持つ大魔導士にして研究者のフェイトの母である。
シュウトは、このプレシアに会ったことはほとんどない。
いつも研究で忙しいという理由で食事は自室で済まし、顔を出すことはほとんどない。
そして姿を現しても、フェイトとほとんど会話することもなく再び自室へと戻っていくのだ。
フェイトがプレシアのことを好いているのはシュウトはよく分かっている。
フェイトが魔導士として厳しい訓練を続けて強くなろうといるのもプレシアの言い付けであり、それによって母に褒めてもらいたい・認めてもらいたいという感情がフェイトにあることをシュウトは気付いていた。
だがシュウトのプレシアへの印象は、はっきりと言えば最悪だった。
会ったことは数度程度だがその瞳…フェイトを、実の娘を道端の石でも見るかのような目で見下ろすのだ。
あれは人として何かが壊れてしまった目だとシュウトは確信している。
(そのプレシアがフェイトを呼び出した?)
リニスが最後にシュウトに伝えた言葉が脳裏に蘇る。
嫌な予感がシュウトの中を駆け抜けた。
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「ロストロギアを回収してくる、って…フェイト! それがどういう意味かわかってるの!?」
戻ってきたフェイトから事の次第を聞いたシュウトは思わず叫んでいた。
聞けば、次元輸送船で輸送中だった願望成就型高魔力結晶体のロストロギア『ジュエルシード』合計21個が管理外世界にばら撒かれたらしい。
それを時空管理局より早く回収して来い、というのだ。
「フェイト…それが犯罪だっていうことは分かってるよね?」
「…」
シュウトの言葉に、フェイトは押し黙る。
次元世界を管理する組織、『時空管理局』により定められた法により、ロストロギアの不法所持は重罪となっている。
物によっては世界一つを破滅させることを考えれば無理からぬ話だ。
それは管理世界に生まれたシュウトとフェイトにとっては、当然知っていることだった。
「フェイト!」
「…わかってるよ、シュウ。
でも…母さんの願いだから。私は母さんの娘だから、母さんの願いを叶えたいの」
フェイトは頑なだった。
「…フェイト、ボクはフェイトが心配なんだ。 時空管理局に捕まったら…」
「大丈夫、ジュエルシードが落ちた世界は魔法文化の無い管理外世界。
それに時空管理局の艦艇は、すぐには出せない状態らしいの。
これなら時空管理局が来る前に回収して、痕跡を消して逃げる事が出来る…」
「そういうことじゃないんだよ…」
シュウトは思わず天を仰ぐ。
それに、フッと笑うとフェイトは言った。
「大丈夫、心配しないでシュウ。 シュウはここで今まで通りにしていてくれればいいから…」
「…待った、それはフェイトだけで行くつもりだってこと?」
「アルフも一緒に行くよ?」
「…」
その言葉を発した瞬間から、フェイトは周りの温度が2、3度下がったような気がした。
いつも温厚で、側に寄り添ってくれた優しい幼馴染が、静かに怒っているのが分かる。
「フェイト…」
「え、シュウ…?」
シュウトはフェイトの肩をがっしりと掴むと、フェイトを正面から真っ直ぐに見つめる。
「フェイト、ボクたちはもう出会って4年の幼馴染。
一緒に暮らして、一緒に笑って…フェイトと一緒に過ごしてきたんだ。
これからも、ボクはフェイトと一緒に過ごしていく。
ボクも、その世界に行く。 なんて言われたって、この決意は変わらないよ」
「でも…シュウは魔法が…」
「魔法なんか無くたって、フェイトを支える事は出来るよ。
だって…フェイトの好きな食べ物はボクしか知らないからね。
フェイト、実は好き嫌い多いもんね」
「…意地悪だよ、シュウ」
シュウトが表情を崩していたずらっぽく笑うと、フェイトも釣られたように笑った。
そしてフェイトは俯きぎみに、囁くように言う。
「ありがとう、シュウ。 ホントはね、凄く不安なんだ。
でもシュウが居てくれると、それだけでその不安が和らぐの。
何でだろう? 不思議だね」
「フェイト…」
「明朝にはここを発つから準備しておいて」
そう言って、フェイトはシュウトから離れて自室へと向かう。
そんな背中に、シュウトは問いかけた。
「ボクたちの行く世界は、何てところ?」
「第97管理外世界、現地惑星名は『地球』。 その『日本』っていう国だよ」
懐かしい単語に、フェイトの居なくなった廊下でシュウトは一人呟いた。
「地球? 日本?
は、ははは…そっか、遂に始まるんだね」
9歳…この世界に生まれ落ちる前に、女神から知らされていた約束の時。
「この事件、間違いなく大きなものになる…」
そう確信を込めて呟くと、シュウトはある場所へと歩き始めた。
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重厚な扉の一室、その扉をシュウトは躊躇することなく開けた。
「…ノックも無しなんて、礼儀を知らないのね」
奥から威圧感と共に、声が飛んできた。
奥の椅子に黒髪の女―――フェイトの母でありこの時の庭園の主、プレシア=テスタロッサだ。
まるで氷のような冷たい瞳でシュウトを見下ろす。その視線には感情が感じられない。
元は相当な美人だったのだろうが、長い髪はいくらかが傷つき、隠せないくまができていることで近付きがたい雰囲気に拍車がかかっている。
「フェイトから話を聞きました…それでいくつか確認したいことがあったので」
「…あなたに答える必要があるとは思えないわね」
そう言って興味なさげにプレシアはシュウトから視線を外す。
だが…
「ジュエルシードの使用目的は、あなたの病を治すことですか?」
シュウトの言葉に、プレシアはわずかに眉をひそめた。
「…何を言っているの?」
「巧妙に隠してますが、注意深くなればあなたの呼吸の乱れは分かります。
それにここで料理をしているのはボクですよ。
食品の消費量から健康状態の推察ぐらいはできますよ」
「…随分勘がいいみたいね、あなた」
シュウトに興味をもったのかプレシアがゆらりと視線を巡らす。
「それで、質問には答えてもらえるんですか?」
「…ええ、その通りよ。 これは不治の病。
ロストロギアのようなものでもない限りどうしようもない。
『運良く』願望成就型ロストロギアが管理外世界に落ち、『運良く』管理局がすぐに動けない今しかないのよ」
「『運良く』…ですか。 あなたの運は、確率計算の歴史に間違い無く一石を投じますよ」
プレシアの言葉に、シュウトは皮肉を込めて言い放つ。
やはりフェイトの話を聞いてから随分と都合がよすぎると思ったが、一連の事件の裏でプレシアが暗躍していたようだ。
恐らくハッキングか何かで次元輸送船に細工をしたのだろう。
そして…。
(間違い無い、プレシアの目的は病を治すことなんじゃない…別の目的がある)
その予想は話をして確信に変わった。
そして…。
(奥から微弱な小宇宙(コスモ)を感じる…あの奥、何かがある。
いや、何か…『いる』!)
恐らくそれこそがプレシアの真の目的だとシュウトの直感が告げていた。
「言いたいことはそれだけ? だったら下がりなさい」
「ええ、明日からフェイトと一緒に地球なので休ませてもらいますよ」
シュウトはそう言って部屋を出て行こうとするが、その途中で振り返ると最後に質問する。
「最後に一つ、あなたはこの一件が無事終わったらどうしたいんですか?」
「そうね…娘とピクニックにでも行きたいわね」
(嘘は言っていない…でも何かおかしい…)
シュウトはその言葉にそんな感想を抱く。
「そうですか…では」
シュウトはそれだけ言うと手早く自室へと戻る。
そして、辺りを確認してからシュウトは胸元のネックレス、クロストーンを握り締めた。
「魚座聖衣(ピスケスクロス)よ、守護宮への扉を開け」
シュウトが言葉を紡ぐと、光が溢れる。
慣れ親しんだその光が過ぎれば、シュウトの辺りの景色は変わっていた。
ここは『双魚宮(そうぎょきゅう)』…魚座の守護宮である。
「シュウトか。 どうしたのだ?」
「お師様…」
シュウトがその方向を見れば、髪の長い男が石造りの椅子で本を読んでいる。
一見すれば女性のようにも見える、絶世の美丈夫である。
この人物はアルバフィカ…セージと同じく、魚座(ピスケス)の黄金聖衣(ゴールドクロス)が内包する魂の一つがシュウトの小宇宙(コスモ)によって具現化した存在であり、シュウトの師でもある人物だ。
「お師様、明日…ボクは『地球』に行くことになりました」
「ほう…この世界にも『地球』が存在するのか。
だがその様子では喜ばしい帰郷ではないのだろう?」
シュウトは頷くと、今までの事情を話し始める。
「成程、親でありながら実の娘を道具の如く、悪の道に使うか…許せぬ話だ。
だが、解せないな。 ロストロギアという貴重品を強奪し使用することのリスクは分かっているだろう。
それでも成したい何かがある…お前はそう、読んでいるのだな?」
「はい。
プレシアの狙いは治療なんかじゃない、もっと大きなことだと思います」
シュウトの話を聞いて、アルバフィカは考え込むが、すぐに肩を竦めた。
「ここで如何に考えたとて真実は見えようはずはないか。
辛い道になるかもしれない。
だがお前はあの少女…フェイトを守るのだろう?」
「何があろうとフェイトは守ります」
それは姉リニスとの、そして自分が心にかした誓い。
そう迷い無く答えるシュウトを見て、アルバフィカか空を仰いだ。
「人との交わり…か。
お前は魚座(ピスケス)の黄金聖闘士(ゴールドセイント)でありながら、孤独となる必要はない稀有な力を持っている。
私は少し、お前が羨ましいよ…」
「お師様…」
「シュウトよ、人との交わりによって得たもの…それを己が『誇り』としろ。
そして…その『誇り』を守り、『誇り』のために命を賭けよ。
いいな、シュウト?」
「はい、お師様…」
シュウトは師の言葉を深く心に刻み込むのだった。
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「『地球』…綺麗なところだね、シュウ」
「うん…」
地球へとやってきた日の夕方、シュウト、フェイト、アルフは海岸沿いを歩いていた。
他の次元世界には無い、懐かしい海の香りと風と空気、そして赤い沈む夕日…やはり転生しようともこの『魂』の故郷は地球なのだと自覚する。
今日一日はここでの拠点を作ったりするなど、足場を固めていた一日だった。
と、歩くフェイトがスッとシュウトの手を取る。
「そろそろ帰ろう、フェイト。
今日はこの世界らしい料理を作るから」
「ふふっ、楽しみだね」
歩くフェイトがスッとシュウトの手を取る。
そんなフェイトにシュウトも笑みを返すと、拠点へと帰っていく。
こんな穏やかな日々がいつまでも続くことを願いながら。
ちなみにその日の夕食は焼き魚定食という和食で、フェイトが箸を使えるシュウトを随分と奇妙に思ったが、これは別の話。
フェイトが地球に到着しました。